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街灯の下  作者: かさのきず
街灯の下ver.1.20
6/13

シーン6

 僕のすぐ目の前で、お皿に乗っていたケーキが姿を消した。

 別に超常現象で、ケーキが消失したとかではなく、ただ食べられただけ。

 しかし、そんな光景ももう何十回となく繰り返されると、ただ驚きだけが僕の心を占めていた。

 一応小さく切り分けられているとはいえ、そのあまりのペースの早さに、僕はせっかく持ってきたパスタもあまり喉を通らず、ひたすらにコーヒーで間を繋いでいた。

「ヒロは甘いもの食べないの?」

 そんな僕に、不思議そうに首をかしげる有希。

 彼女こそが、目の前の超常現象と見まがうようなケーキ消費を繰り返している犯人であり、僕のデート相手だった。

 情報誌を読み漁って決めた今日のプランは、お昼ご飯代わりにケーキバイキング後、メインの遊園地に向かうということになっている。

 有希が甘いものをそれなりに好んでいることは知っていたので、自信を持って連れてきたのだが、時間制限があるからと言って急いで食べすぎだと思う。まったくムードも何もあったものじゃない。

 このままじゃ、この後の遊園地でお腹いっぱいで動けなくなるんじゃないか?

 そんなことが頭をよぎったが、楽しそうな有希に水を差すのも悪いので、僕は苦笑いしつつ言う。

「そりゃ、普段は食うけどさ」

 特に美味しいコーヒーと一緒なら、大好物と言ってもいい甘味だが、そういうのは食後というイメージが強くてパスタを取ってきたのに、真っ先に大きなケーキを切り分けに行った有希を見ていただけで、もう甘いものは良いやって気分になってしまっていた。

「これとか美味しいよ?」

 そう言って勧めてきてくれるケーキも、見事に甘そうなものばかり。

 食べてもいないのに、胃がもたれてきている気がする。

「いや、俺はいいよ」

「ふーん」

 とりあえず断ると、有希はそう言って、ケーキを口に運ぶ手を休めて、何かを考え込み始めた。

 気にはなったが、特に何も言わずに中々消費できずにいるパスタを味わっていると、いつの間にか彼女の顔が赤くなっていることに、ふと目を上げた僕は気づいた。

「有希?」

 何か体調を崩したのだろうかと思った僕が声をかけるが、彼女はちらりと僕を見て、そしてすぐに目をそらす。

「あのさ、ヒロ」

 そのまま僕に話しかけてくるので、僕もフォークを置いて、有希の話を待つ。

「これは作戦だからね?」

「何の話?」

「お姉ちゃんをおびき寄せる作戦」

 ああ。と僕は納得する。忘れてたわけじゃないけど、こうやって有希とデートしたりとかして恋人同士のふりをするのも、すべては有香の幽霊に嫉妬させて、おびき寄せるための作戦だ。

 しかし、なぜそんなことを急に言うのだろう。

「は……はい、あーん」

「有希!」

 驚いて声を上げた。

 こんな人目の多い場所で何をやろうというのだろうか。

「作戦なんだから仕方ないでしょ!」

 有香に聞こえないようにする配慮なのか、いったん上げた手を下げて、耳元で囁く有希。

「有希はいいのかよ。好きでもない男とそんなことして」

 僕も小声で返す。

 元から赤かった有希の顔が、さらに赤くなった。

「私のケーキが食べられないって言うの?」

 どこの酔っぱらいのセリフだ。とツッコみたくなるが、どうやら有希は怒っているらしい。若干低くなった声が、その怒りを物語っている。

 ちらりと、周りを見まわす。

 何人かの人と目が合って、即座に逸らされた。

 騒いでいたせいか、周りの客たちにも僕らが何をしようとしているかばれているようだ。

「はい、あーん」

 有希も気づいているはずなのに、そうしてまたフォークに刺さったケーキを僕に突きつけてくる。

 何の変哲もないショートケーキ。ご丁寧にフォークの先のほうには苺が刺さっていた。

「早くして。私も恥ずかしい……」

 断れそうになく、僕は覚悟を決める。

 口の中に入れて、噛んだ瞬間に広がる酸っぱさは苺のもので、それがケーキの甘さをさらに引き立てていく。とか、本当はもっと色々と深い味わいがあるのかもしれないが、今の僕の恥ずかしさにとろけている脳では、それらのすべてはただ甘いとしか認識されず、ひたすらにその甘さが口の中に広がっていく。

「あ」

 周りの視線から逃げるように目を閉じながら、その甘さを味わっていると、急に有希が声を上げた。

「な、なんだよ」

 何かしてしまったのだろうかと不安になって目を開ける。

 目の前の有希は見たことのないような顔で、にやけていた。

「これ、結構楽しいかも」

 恥ずかしさで顔を見れない僕とは反対に、有希は目を輝かせて言ってくる。

 そして、次なるケーキをフォークで刺す。

「はい、あーん」

 吹っ切れたというか、別のことに関心が行っていて、恥ずかしさなんかどこかに消え失せてしまったらしい。

 しかし、こちらはそれどころではない。

 一回やるだけでも恥ずかしかったのだ。

 そんな有希の視線から逃れるように周りを見る。

 店内にいた人たちは、もはやチラ見を通り越してみんな僕らをガン見していた。

「ヒロ、どうしたの?」

「どうしたって……」

 周りを見ろよ。そう言いたくて口を開く。

 それを「あーん」したとでも思ったのだろうか、いきなり口の中にチーズケーキのまろやかな味が広がる。

「早く食べてよ」

 口の中に物が入っていては、文句を言うこともできない。

 ごめん、有香。と心の中で謝って、僕は有希の差し出してくるフォークを口に入れた。

 先ほどまで有希が使っていたフォークで食べるケーキは、妙に甘いものばかりだ。

 胃が本当にもたれてしまいそうだ。

「うわあ」

 しかし、有希は嬉しそうな声を上げて、今度は別のケーキをフォークに刺してる。

「こっちも美味しいよ。はい、あーん」

 そんな有希に、色々と言いたいことはある。しかし僕はなにか、もう諦めてしまった。

「……あーん」

 有希が楽しそうならいいや。

 僕は何も言わずに、フォークへと口を寄せる。

 その途中で、有希の唇の横にクリームがついていることに気がついた。

「あ、ついてるよ」

 脳がとろけて、何も考えていなかった僕は咄嗟に手を伸ばして、そのクリームを指でぬぐい取った。

 汚れた手を拭こうと、ナプキンに手を伸ばしたところで、参考にしていた雑誌に載っていた一文が、ふと思い浮かんだ。

『ほっぺについたクリームは舐めとるのがグッド!』

 何がグッドだそんな恥ずかしいことできるか。恥ずかしさに思考力が落ちた僕だが、さすがに公衆の面前でそんなことをやれるほど脳はとろけおちていない。

 しかし、次の一文も思い出す。

『難易度が高ければ、手で取って舐めてあげよう!』

 先に難しいことを要求されると、普通なら十分難しいことでも簡単そうに見えるものだ。

 それぐらいならできるかなと思って、僕は指についたクリームを口に入れた。

 やっぱり甘い。

 気がつくと、有希はフォークを下して、机の上で頭を抱えていた。

「どうしたんだ?」

「うっさい、ほっといて、ばか」

 さっきまで楽しそうにしていたのに、どうしたというのだろう。

 女心と秋の空。なんて言葉を思い出しながら、僕は言われた通りに有希を放って、パスタを楽しむことにした。

次の更新は明日。

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