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街灯の下  作者: かさのきず
街灯の下ver.1.20
3/13

シーン3

 いつもの街灯の下。

 微かに星の見える空の下に、今日も有香の姿は見つからない。

 まだ肌寒さを覚える空気に耐えている僕は、もう一つ、体を蝕んでいく空腹にも耐えていた。

「本当に全部食べるとは……」

「うぅ、お腹が苦しい……」

 そう僕の横でうめく有希。五人前を一人で食べきったのだ。まさしく自業自得。

 しかし、最後まで美味しそうに食べていく有希を見て、嬉しさを覚えて箸を伸ばせなかった自分もいる。

 僕も、自業自得になるんだろうか……。

 そんなとりとめのないことを考えていたが、次第に空腹に耐えることがきつくなってきているのを感じる。

 隣でうめいている有希もだいぶきつそうだし、僕は有希に提案してみた。

「今日はやめておくか?」

 しかし、有希は首を振って「やだ」と言った。

「今日こそ来るかもしれないでしょ」

「今日も、来ないかもしれないぞ」

「それでも」

 そう言われてしまえば、僕に言い返す言葉はない。

 いつも通り、塀に腰かけて本を開こうとした時、有希が鞄からビニールの袋に入ったクッキーを僕に渡してきた。

「なにこれ」

「家庭科の時間に作った」

 一年は今日、家庭科があったのか。

「私は食べられないから、全部ヒロが食べて」

 そりゃ、お昼にあれだけ食べたら、もうお腹に入らないだろうさ。

 僕はまじまじとクッキーの入った袋を見つめる。

 ちょっとした怖さがあった。

 というのも、昔に有香が話していた「有希は料理が致命的に下手なんだよ」という言葉を思い出したのだ。

 ちらりと、横を見てみる。

 有希が見ていた。

 普段、街灯の下では簡単な挨拶と「コーヒー」「お菓子」等の要求しか言わなかった有希がこの間からどうしたのだろうか、今は僕の一挙手一投足を見逃すまいとしているようにじいっと見ている。

 自分の作った料理が人にどう判断されるのか気になるのは、仮にも料理が趣味なんて言っているくらいだ。僕にもわかる。たとえ厳しい採点になるとしても、きちんと評価してやるのが彼女のためだろう。

 まずは見た目だ。

 少し焦げているが、形も悪くない。及第点。

 匂いも大丈夫。クッキーのいい匂いだ。

 さすがに塩と砂糖を間違えるなんてマンガみたいな間違いは、材料を事前に揃えておいてくれる調理実習では起こり得るはずがないし、見た感じで不審な点がない以上食べられないほどまずいわけがないだろう、と僕は差し出された時とは違って安心した気持ちで彼女のクッキーを口に入れた。

「普通に美味い……」

「私も練習すればこれくらいはできるんだから」

「へえ、調理実習のために練習するなんてえらいじゃん」

 胸を張って言う有希の頭を撫でてやる。

 しかし、どこか有希は不満そうだ。

「私、子供じゃないんだけど」

「あー、ごめん」

 言われて思い至って、僕は謝った。

 ところが、手を引こうとすると、有希は僕の手を引っ張ってそれを止める。

 続けろ、と言いたいのだろうか。

 仕方なく撫で続けていると、肩に有希の体がのしかかってくる。

 その暖かい体温と、肩に感じる重さがなぜか落ち着きを感じつつ、片手で有希の頭を撫でながら僕は再び本を開く。

 そこからは僕が有希の頭を撫でている以外はいつも通り。僕が本を読んで、有希が携帯か何かをいじくって過ごす。

 そして、時刻が夜の十二時を回ったところで、時計を確認した僕は言う。

「今日も来なかったな」

 明日も学校だ。これぐらいが限界だろう。

 とはいえ、僕の声にがっかりしたような響きはない。ありえないことと、半分はありえないことだってわかっている以上、それは確認の言葉でしかない。期待しなければ落胆はしない。

「うん……」

 彼女の返事も、いつもはそうだった。なのに、今日はなぜだか少しだけ残念そうな響きを感じる。

 まあ、せっかく始めた作戦の一日目だったわけだし、ちょっとは有香が来てくれることを期待していたのかもしれない。

 その作戦とは、昨日の夜に有希が言った。「私たち、付き合わない?」のことで、僕と有希が付き合って、いちゃついているところを見守ってくれているであろう有香に見せつけることで、有香を嫉妬させておびき寄せるというもの。

 正直僕は期待していない。

 有香が僕にそこまで執着してくれるとは思わなかったから。

 たしかに、僕は有香のことが好きで、有香も僕のことを好いてくれていたのだろう確信はある。

 でも、どこかで思うのだ。有香は僕のことを必要とはしていなかったんじゃないかって。

 欠けてしまったパズルのように、合わさるピースを必要としていた僕と違って、有香は完成した一枚の絵だったんじゃないかって。

 そんな完結していた有香が、いまさら僕と有希が付き合っているのを見たところで嫉妬なんてしないんじゃないだろうか。

 むしろ、僕の隣に別の誰かがいることに安心してくれている気がする。

 でも、駄目なんだ。別の誰かじゃピースの形に合わない。

 僕は心の中でいるかどうかわからない有香にそう言って、有希に向き合った。

「送るよ」

 彼女の家のすぐ裏がこの街灯なのだから、正直送る必要なんてないのだろうけど、いつものように僕は言う。

「うん」

 しかし、いつもの有希の返答とは裏腹に、その様子はいつもと違っていた。

 その場から動かず、手を差し出してくる。

「あー、うん」

 作戦の内かと、一人で納得して僕はその手を取った。

 心臓に近い肩とは違って、ずっと外にいたからだろう冷たくなった手。

 望みは薄い作戦だけど、僕は有香の妹である有希の願いはなんでも叶えてあげたいと思っている。有香が死んだ責任は、僕にもあると思うから。

 そうして繋いだ手は、有香を裏切っているようで胸を締め付ける罪悪感と、どこかこれじゃないという虚無感を僕に与えてくる。

 もうしばらくは、この罪悪感や虚無感を心の奥底に封じておこう。

 そう決めた僕は、冷たくなった小さな手を温めたくて、包み込むようにそっと握る。

 僕と有希は並んで、街灯に照らされていない暗い夜道を歩きだした。

次の更新は明日。

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