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街灯の下  作者: かさのきず
街灯の下ver.1.20
2/13

シーン2

「ヒロ、お弁当は持ってきた?」

 クラス中のぽかんとした顔が僕に集まってきているのを感じる。

 ほんのちょっと前まで騒がしかった昼休みの教室は、有希が勢いよく扉をあけ放ち、僕にそう話しかけた瞬間にしんと、痛いほどの静寂を生み出した。

 僕は二年生で、有希は一年生。よくもまあ学年が上の教室に物おじせずに入ってこられるものだと妙なところに僕は感心した。

「持ってきたけどなあ……」

 そんな有希に煮え切らない言葉をかけて、僕は鞄から重箱を取り出す。

 そう、重箱だ。しかも家族旅行とかみんなでお花見に行くときに使うようなもので、何が言いたいかといえばでかい。具体的には五人前ほどがゆうに入る大きさ。

 二人分のお昼には大きすぎるそのお弁当箱は有希の希望だった。

 料理は趣味の一環ではあるからともかくとして、鞄の中がほぼこれに占拠されるという状況には困った。もう少し運びやすい容器にできなかったのだろうか。

「ダメよ。私はこういうのに憧れてるんだから。彼氏なら、それぐらい我慢しなさい」

 彼氏を何だと思っているんだろうか。というツッコミは置いておくこととして、『彼氏』という言葉に、クラス中の興味の視線が集まる。

 見た目、結構かわいい有希が僕なんかの彼女だってことにみんなは驚いているんだろう。

 しかし、有香は逆に料理を食べさせたがっただけあって、有希のその言葉には妙な新鮮味を感じる。

 ちょっといいかもしれない。

 そう考えた僕は慌てて頭の中からその考えを吹き飛ばす。有香と有希が姉妹とはいえ、その二人を比べてあまつさえ有希のほうがいいなんて。

 それでも、どこか有香と似通った部分のある有希の顔を見ていると、どうしても有香のことを思い出してしまうのだ。

 有希のことも、有香のこともまともに見えていない僕に気づいて、本当に嫌になる。

「どこで食べる?」

 これ以上、そのことについて考えるのは辛いだけだと思って、僕は努めて明るい声で話題を変えることにした。

「どこって……ここでいいじゃない」

 有希はしかしそう言うが、僕としてはこんな興味の視線にさらされた針のむしろのような教室の中でお昼ご飯を食べる気にはなれない。

 僕が何と言ったらいいかと悩んでいると、有希は察したのか急に周りを見まわす。

 それで別の場所に移動してくれるなら楽だったのだが、有希は「見せつけてやればいいじゃない」なんて楽しそうに言って、立ち上がりかけた僕をそのまま席に押し込んだ。

 そして、学食にでも行ったのか、たまたま空いていた前の席の椅子を借りて、僕の机を挟んで正面に座る有希は、待ちきれないといったふうに机をたたいて催促してくる。

「ねえねえ、ヒロ。早くご飯!」

 クラスの連中が思わず注目してしまうくらい、有希はかわいい。

 それ以上に、こんな風にねだるような感じで言われると、有香の妹ということもあって、まるで本当の妹のようにも感じてくるから怖い。

 その恐怖から逃れたくて、僕は素直に自分の机の上に重箱の中身を並べた。

「うわあ!」

 その途端に、有希が歓声を上げる。

 クラスメイト達も僕の広げた重箱の中身を見て「すごい」だの「なにあれ」だの「何時に起きたんだろう?」だの「愛されてるなあ、羨ましい」などという感想を言ってくれる。

 たしかに大変だった。起きる時間をいつもの二時間近く前にしたし、前日からちょっとした仕込みなんかもやったし、詰めるのにも僕の乏しいセンスを最大限に発揮して試行錯誤した。

 まあ端的に言うと、自信作だ。

「ねえヒロ」

 密かに胸を張っていると、有希は真面目な顔をして僕を呼んだ。

 じいっと、重箱の中を見つめている。

「こんなことで言うのは打算的に見えるかもしれないけど……私、ヒロの彼女になって良かった」

 心臓が跳ね上がった音が、聞こえてきた気がした。

「あ、今照れた?」

「……そりゃそれだけ恥ずかしいこと言われたらな」

 そう言って、僕はからかってくる有希にそっぽを向く。

 そんなことには構わず、有希は僕に話しかけ続ける。

「これ、全部私のために作ってきてくれたんだよね?」

「え? ああ、うん」

 確認を取るような口調で言う有希に、戸惑いながらも頷く。。

 たしかに、自分一人のためならこんな凝ったものを作ろうとは思わないから、有希のためと言えなくもない。

「つまり……」

 そこで、横目で見る有希の表情に変化があった。

 口元がにやけている。

「私一人で全部食べてもいいってことだよね!」

「いや、俺の分も残せよ!」

「やだ」

 僕のツッコミに短い返事を返したと思えば、有希は瞬く間に僕から箸を奪って猛然と重箱の中身を口に運び始めた。

 どんどんと重箱の中身がなくなっていく。

 とはいえ、中身は前にも言ったように五人分近く。たしかに、帰宅部であった僕や有香とは違って陸上をやっているという有希はよく食べるのであろう。

 それでも、僕には彼女がこの重箱の中身をすべて平らげられるとは到底思えなかった。

 それほどの量を用意したし、させられた。

 まあ、僕は彼女がギブアップしてからゆっくり食べさせてもらえればいいや。なんて思って、気持ちよく減っていく重箱の中身を密かに楽しみながら眺めていたのだった。

次の更新は明日。

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