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街灯の下  作者: かさのきず
街灯の下ver.1.20
11/13

シーン11

 紙の感触を手で感じながらページをめくる。

 男子学生としては中々片付いていると思う部屋の中には今、無数の本が散らばっていた。

 いや、散らばっているのではない。これから読む本を一時的に置いてあるだけだ。読み終わったらちゃんと本棚に大切に保管しておくさ。

 ちなみに本棚に入りきらない分は、箱に入れてクローゼットの奥のほうに入っている。時々読みたくなって取り出すときは不便だが、出したままだと確実に部屋の中が本で埋め尽くされてしまうからしょうがない。

 季節は既に夏に突入していた。

 去年は夏を制する者は受験を制す。なんて予備校の教師が言っていたせいで、読む本の数を減らしていた僕だったが、今年は自重しない。すでに十冊ほどの本を読み終えた僕だが、まだまだ読書欲は留まることを知らなかった。

「ねえヒロ」

 そんな至福の時間を過ごしていた時、不意に名前を呼ばれて僕は顔を上げた。

 有希が僕の机からこちらを見ていた。

「どうした、わからないところでもあったか?」

「そうじゃないよ……」

 僕が聞くと、有希は気の抜けたような声を出しながら机に突っ伏す。

「どうしてヒロの家に来てまで勉強しなきゃいけないのよお」

 うえーん、なんて泣きまねまで始めた有希を見て、僕は理解する。

 だいぶ勉強に疲れ始めてきているな。なんとかして勉強しなくていい理由を探し始めている。

「逆だろ逆。家だと集中できないから俺の家でやるって言ったのは有希のほうだろうが」

「そんなこと言ったってえ」

 駄々をこね始める有希は可愛いが、ここで甘やかすわけにはいかない。

「俺と一緒の大学に入りたいんだろう? だったらもうちょっと頑張れ」

「うん……」

 そう、もともと有希が俺と一緒の大学に行きたいと言ったことが始まりなのだ。

 僕だってこれからの大学生活で有希と一緒に居られるなんて嬉しくないわけがない。

 だから、あえて結構厳しめに家庭教師役をやっている。

「ヒロぉ」

 しかし、こう有希に甘えた声で呼ばれてしまうと、どうしても少しくらい優しくしてもいいかななんて思ってしまうのは仕方ないことだと思う。

「もうちょっと頑張ったら休憩にするか……」

「はーい、一緒にゲームやろう?」

「有希はゲームはじめると一時間くらいはずっとやるだろうが!」

 夏を制すものは受験を制すのだ。そんな長い休憩を取らせる気はない。

「たまには気分転換も必要でしょ?」

「有希はその頻度が高すぎるんだって……」

 僕は呆れて言う。有希はこの調子で受かると思っているのだろうか。

「それに、気分転換だったらもっとパーッとやったほうがいいぞ」

「それもそうね。一緒にランニングでもする?」

「足の速さの差で、確実に置いて行かれる未来しか思い浮かばないんだが」

 そういうのじゃなくて、僕は少し恥ずかしさを覚えながら有希に言う。

「勉強の進み具合を見てだけど、もしよかったら週末、デートしようぜ」

「よっし、ヒロ! 今日はどこまで終わらせるの目標なの? 絶対終わらせてヒロとのデートを勝ち取るから」

 やる気を出してくれてよかったよ。

 先ほどまでの机に突っ伏していた様子から打って変わって、背筋を伸ばして机に向かう有希の姿に、僕は苦笑しながらその横に立つ。

「ねえヒロ、私とお姉ちゃんどっちが好き?」

 不意に、有希が参考書から目を離さずに聞いてくる。

 僕は特に考えることなく答えた。

「どっちも好きだ」

「えー」

 すると、有希は顔を上げて、不満そうに僕を見てきた。

「その回答はずるくない?」

 唇を尖らせた拗ねた顔。

「でも、今大切なのは間違いなく有希だ」

 その顔が愛おしくて、僕は触れるだけのキスを彼女の唇にした。

 僕が有香を振って以来、彼女の姿はまた見えなくなった。

 でもそれでいい。僕も有希も、いつまでもいなくなってしまった人に囚われて生きていくわけにはいかないだろう。

 それに実は、僕はまだ彼女がいるんじゃないかって思ってたりするのだ。

 唇を離して、赤くなった有希の顔が目に入る。

 自分でこんなことをしておいて、僕も頭に血がのぼっているのを感じているから、真っ赤な顔をしているに違いない。

 しかしあえてそれを態度に表すこともあるまい。

 僕は努めて冷静な振りをして、言うのであった。

「さあ、ここまで終わらせないと週末のデートはなしだぞ」

「え、あ。頑張るからそれはダメ!」

 慌てて机に向かう有希。

 僕はそっと離れてまた読書に戻る。

 有香、見ているか?

 有希は必ず幸せにするし、俺はもう幸せだ。

 だから、まだ見ているならもう心配することはないぞ。

 そう、心の中で呟いた途端、先ほどまで感じていた彼女の視線がふっと消え去った。

 視線を感じるなんて不確かな感覚だから、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。

 でも、そうだったらいいなと思うのだ。

 だからこれでいい。

「ヒロー」

 有希に呼ばれて立ち上がる。

 どうやら問題でわからない箇所があったみたいだ。

 僕はすぐそばにいる有希のほうへ向かいながら、もういなくなってしまった有香に、心の中で呟いた。

 ばいばい。

次の更新は未定。

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