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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第四章 ボイドの記憶
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3,とある昼下がり:セイラ・カミネ

 病院からの帰り道。


 セイラはほっと溜息をついた。

 黒いトートバッグの中身を、誰かに見られるわけにはいかない……いや、冷静になって考えてみれば、実は見られても一向に構わない。

 見られたいか見られたくないかで言えば見られたくなく、絶対に見られたくないのかそこまで徹底して見られたくないわけではないかで言えば、見られたくないわけではない……そんな曖昧な線引きなのだ。

 まあ、結果的に見られずに済んだのだから、良しとしておこう。

 学校は今日まで休みで、明日からは普通にある。

 先日のシドー国での惨状を思い返せば、結構早い復帰と言えるのではないだろうか。

 病院に入院中の彼にとっては、関係ないことなのだろうけど。

「…………」

 ふう、と溜め息を漏らす。

 どうにも自分は、何でもかんでもをリュウトのことに繋げて考えてしまっているようだ。無論、何故そんなことになるのかもわかる。

 まったくもって、ナンセンスだ。あの少年は、リュウトは、セイラの記憶の底にいるとは、別人だというのに……。


 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


 そんなに、自分は淋しく思っているのだろうか――?

 セイラは、心の中で自問する。

 自分は、もう会うことは叶わないを、リュウトに重ねてしまっているのだろうか?

 正直なところ、とリュウトは似ていると思う。それは、容姿はもちろん、内面という意味においてもである。むしろ、外見以上に中身が酷似していると言って良いほどに。

 セイラの知りうる限り、あそこまでにそっくりな人間というのもそういないだろう。

 まあ、に似ているというのも、リュウトに失礼なことだとは思う。……好きだったとはいえ、は普通からいささか逸脱しすぎた。自分が言うのもあれだと思うが、あんな人格異常者に似ているというのは、普通の人間ならば、快くないだろう。

 しかし、あそこまで似ているのも……とも思っている。

 ということは、リュウトもまた、どこかで常人とズレている異常者……ということなのだろうか。

 なんにせよ、あのリュウトがただの思春期の健全な少年とは、もう思わないが。


 そこまで考えて、セイラの思考は「とリュウトがいかに似ているのか」という点から「リュウトと初めて会った時の印象」に変わっていった。


 始めはそう、路地裏に迷い込んできた少年だった。

 あれは、五か月も以前のことだったか。

 この国が、まだ放火事件で騒いでいた時だ。魔法を使った、かなり残酷な放火事件。しかし、これまでこの世界が歩んできた歴史を紐解いていけば、過去にもいくつか、そんな風な事件はあったりするのだが。

 件の放火魔事件の犯人たちは皆、二十歳にも満たない若者だった。

 皆が皆、たしかな実力があったにもかかわらず、学校からドロップアウトした不良たち。そんな彼らが非行に走ったのは、単純に自分たちを拒絶した社会への復讐(リベンジ)のつもりだったのだろう。

 ともかくとして、セイラはその事件に巻き込まれた。

 発端は、彼らの蛮行を偶然目撃してしまったが故のことだ。

 実家を焼き払われ、両親が死んだ。セイラ本人は奇跡的にも家の外にいたために助かった。けれど、父は、母は、もうこの世にはいない。

 にもかかわらず、別段、セイラに復讐心は芽生えなかった。自分はやはり、のことを言えないほどには非常で冷酷な性格だ……セイラはいつも、そう思うのだった。

 生き延びたセイラを、放火魔たちは執拗に追いかけた。そして、路地裏に追い詰めた。そこに偶然現れたのが、リュウトだったのだ。

 当初こそ、彼は逃げようとしていた。セイラには、それがわかった。なんとなくだが、彼が、面倒な場面に居合わせてしまったと考えているのがわかった。

 けれど、何の因果か、放火魔たちはリュウトを排除しようとした。

 しかしそれでも、リュウトは放火魔の攻撃を回避した。どころか、その時の攻撃のせいで、放火魔たちが退却せざるを得なくなった(思った以上に周囲への攻撃被害が大きく、警察がじきに集まるであろうことは自明だったからだ)。

 そうして、セイラとリュウトは知り合った。


 最初に抱いた印象は、なんとなくに似ているな、だった。


 黒髪に黒瞳。

 長身ではなく、かと言えば低身長というわけでもない、中肉中背の体格。

 顔立ちも、無表情も。

 そして何よりも、あの目が同じだった。リュウトは、と同じ目をしていたのだ。底なし沼のように、深い、何かが宿った眼差しを。

 しばし黙考して、セイラはふっと溜め息を漏らした。 

 やはり自分は、リュウトにを重ねていたらしい。

 そんなことをしても、無駄なのに。この世界のどこにも、はいやしない。いるわけがない。

 もう彼には、会うことは叶わないのだ。

 なのに、自分はいったいいつまでの影を……。

 深呼吸をして見ても、自嘲は止まらない。自分は、とは違うのだ。この孤独感を、拭い去ることはできない。

 自分セイラはこの世界で、たった独りだ。

 もちろん、それで悲劇に溺れるような愚は犯さない。に比べれば、自分はまだ、自らの境遇を悲観できるだけマシだろう。

 ……また、思考がに繋がってしまった。

 はあ、と溜め息をつきながらも、セイラはふと立ち止まった。


 いったい、どれくらい前からだろうか……?


 誰かが、自分をつけている……?


 いったいいつから?


 ここ数分の間か?


 もしかして病院を出た瞬間から?


 ――いや、それよりも、誰が……?


 考えながら、セイラは振り返る。人気ひとけもない通り。まわりの景色は、背の高い建物の群れから、人々の住宅の集まりへと変わりつつある。

 今、アスファルトで舗装された道路にいるのは、セイラくらいのものだ。

 だが、いる。

 セイラからそう距離を開けず、何者かが彼女を……見ている。

「……」

 無言で、片手を持ち上げるセイラ。

 前方を指さすように、人差し指を突き出す。直後、指先で何かが弾けたような、小さな爆発があった。

 それは、爆音も爆風もなく、さらに言えば視覚的にも何ら変化のない。第三者からすれば、ただ少女が前方を指さしているだけの光景。

 だが、当のセイラにしてみれば、たしかに自分の指先で錬気が爆発するのを感じたし、爆発的に拡散していく錬気を通じて、自分の周囲の様子を手に取るように把握していた。

 セイラがやったのは、ただ周囲に錬気をまき散らしたというだけのこと。

 だがばら撒かれた錬気には、セイラにとっての触覚に等しい感覚が通っている。

 もしこの場に視覚的に見えない何者かがいるとしたら、この索敵方法ほど、的確な対応はないだろう。


 果たして――――、


「――――!?」

 やはり、いた。セイラから五メートル以上の間合いを開けて、不可視の何者かが、いた。

 同時に、突如としてセイラに浴びせられる殺気。

 自身に向けられた敵意を感じ取り、セイラはすぐさま後ろへ跳んだ。

 ほぼ同時、セイラが感知した不可視の何者かがいる地点から、突如として姿を現し、すさまじい速度でセイラに肉薄するものがあった。黒色の姿が霞むほどのスピードのそれは、まるで大蛇のように細長く伸び、セイラを貫かんと迫ってる。

 間一髪。

 セイラは横に跳ぶことで大蛇の突進を回避する。

 大蛇もどきの、その太い体躯が道路を軽くかすっただけで、アスファルトの地面は容易く削られ、もしセイラが直撃を喰らっていれば、致命傷は確実だっただろう。

 額から、冷汗が流れるのがわかる。

 もしあれを自分の腹に喰らっていたら――そう考えると、さすがのセイラも心中穏やかでいられなかった。

 とは言えこの状況、自分が攻撃されたのだということはすぐに呑み込み、混乱するようなことはなかった。

 何故自分が襲われるのか――そんな疑問は、ひとまず、呑み込んだ。


 ――そして、セイラの切り替えは速かった。


 魔法を発動。一度で魔力弾を三発分生成し、即座に発射する。

 狙いは、蛇もどきではない。黒い大蛇もどきが現れた地点――不可視の何者かがいる場所、である。例えそこに人がいたとしても、致命傷にはならない程度に魔力弾は威力を調整している。


 だが、セイラの攻撃は防がれた。


 何が起こったのかは、簡単だ。

 魔力弾が何者かに当たる前に、大蛇もどきがそれを超えるスピードで不可視の何者かのもとへ引き戻り、竜巻のように何者かのまわりを高速で回転。それが盾となり、魔力弾から何者かを守ったのだ。

 再び、セイラめがけて黒い突進が繰り出された。

 身構えたセイラの前で、黒い大蛇もどきの先端が三又に分かれ、左右と上方の三方向からセイラを貫かんと迫った。

 明らかに、動物ではない動き。しかし、セイラに動揺はない。

 魔法壁を展開するか、後ろへ逃げるか、一瞬考え、セイラはバックステップを踏んだ。

 獲物のいない道路を、三方向からの攻撃がごりごりと抉る。

 魔法壁による防御は無意味――セイラはすぐにそう判断し、さらなる追撃をかわす。

 ここまでの観察で、いくらかわかったことがある。

 この、蛇のようなモノは、生き物ではない。

 セイラの視力が捉えたその表面は、やすりのようにざらざらしている。だが、ただざらざらしているのではない。まるで水面のように、蛇もどきの表面は常に波打っているのだ。

 それは、あの蛇もどきが決まった形を持たないが故のことであった。


 あれは、無数の、とても小さく鋭利な金属片の塊である。


 故に、あれはいかなる形状にも変化し、反応する。

 液体のような不定形さとは違う。

 分子レベルよりはまだ大きな、しかし人間サイズではとても小さい、鋭利な刃物の集合体。

 例えば、砂で作った城である。

 城という形を成しているのは、無数の砂粒の集合体だ。城という形を崩したとしても、形を形成していた砂は無事であり、また別の形になることができる。

 あの蛇じみた動きは、目まぐるしく形状を変化させているが故にできることであろう。

 どのような原理、メカニズムで動いているのか、疑問は浮かぶ。

 だが、まずはどうやってこの状況を打破するかが最優先であろう。

 さしあたっては……。

 セイラは、不可視の何者かがいる(と思われる)場所に視線を投げる。あそこへ魔法攻撃を仕掛けたら、大蛇もどきがすぐさま防御に割り込んできた。ということは、不可視の何者かないしはその者がいる場所は、大蛇もどきにとっては重要なカギになっている、と考えていいだろう。


 例えば、セイラに襲いかかってくる蛇もどきは何らかのテクノロジーで、姿を消している何者かがその動きを操作している、とか……。


 即座に魔力弾を生成、先程よりもさらに威力を落とし、発射する。

 ……やはり、その効果は絶大であった。

 セイラが魔力弾を発射した瞬間、蛇もどきは一目散に防御体制へと移行したのだ。先ほどと同様に、不可視の何者かがいる場所のまわりを高速回転して魔力弾を弾く。

 この後の展開は、容易に想像できる。

 あの蛇もどきは、これまた先ほどと同様、再び攻撃態勢になって襲いかかってくるのだ。

 ならば、セイラの取る選択は決まっている。

 イメージするのは、機関銃の如き連射であった。

 絶え間ない魔力弾の弾幕。防御態勢から攻撃態勢へ移行させるなど暇など与えない。

 一発一発の威力こそかなり落とし込んだが、次々に発射されていく超連射は、見事に大蛇もどきの防御形態を維持させていた。

 マシンガンの如き弾幕を浴びせながら、セイラは後ずさっていく。

 慌てず、走らず、やや速足で逃げる。

 さすがに、これだけの音を出せば付近の住人が不振がって出てくる。そんな状況で、不可視の何者かも追ってこようとはしないだろう。あくまでも、セイラの希望的観測に過ぎないが。


 だが、希望的観測は、希望的でしかない。


 突然、竜巻のように回転していた大蛇もどきが、無数に分かれてセイラの方へ襲い掛かってきたのだ。

 さながらその様は、蛇と言うよりかは無数の触手を蠢かせて獲物を追い詰める怪蛸のようだった。

 防御を捨て、一気にセイラを始末しにかかったのか。

 いや、違う。

 機関銃の如き魔力弾の弾幕は、防がれていた。威力を極力落としたために、魔法壁を展開されてしまえば防御力如何によっては届かないのだ。

 だが、当のセイラにしてみれば、この展開は望ましくない。

 いい具合にあの大蛇もどき(タコもどき?)の動きを制限できていたのに、これでは効果がない。

「――!」

 襲い来る攻撃を、セイラは紙一重で避ける。

 一つの攻撃を避ければ、直後にはまた別の攻撃が直撃寸前まで迫ってきている。そんな状況で、当たれば即死レベルの攻撃すべてを捌ききることは、流石に困難を極めた。

 避け損なった、と言うにはセイラに大した負傷はなかったが、かと言って無傷で済んだわけではない。

 セイラの右の頬には、鋭い刃物で切り裂いたかのような傷が真一文字に走っていた。

 そのわずかに生まれた隙をつくように、さらなる追撃がセイラを襲う。側面から迫ってきた蛇もどきの突進を、セイラは避け損なった。

 直撃自体は免れた。

 だが、ひゅっ、と右側を駆け抜ける風を感じた瞬間、彼女が肩にかけていたトートバッグが無残に引き裂かれる。彼女の右腕の袖が、少し掠っただけにも関わらずにビリビリ破けていく。

 もしあと数ミリでもズレていれば、ズタズタにされたのは生地だけに留まらなかったかもしれない。今セイラの視界には、引き裂かれた白と黒の布地だけでなく、鮮血や肉片すらも散っていたかもしれない。


「――――っ!」


 そのことを脳が理解するよりも先に、反射的にセイラは反撃していた。

 理性による抑制を外れ、手加減抜きの魔力弾が生成される。

 それは、弾丸と言うよりは、まさに大砲の砲弾と言えるほどの魔力の塊だった。当然、威力の面ではこれまでの牽制目的のものとは比較にならない。当たれば即死どころではない。跡形もなく、吹き飛ばしてしまうだろう。

 そんな危険な魔法を、人気ひとけがないとは言え住宅地の道で発動させてしまった。

 セイラが「しまった」と思ったのは、魔力砲弾が発射された後だった。

 今さら、魔力砲弾をキャンセルすることはできない。

 不可視の何者かがどうなるにせよ、これだけの大技を放ってしまった以上、副次的に起こる被害は免れまい。状況によっては、警察沙汰では済まなくなってしまうかもしれない。

 魔力の砲弾が、不可視の何者かがいる場所めがけて飛んでいく。

 蛇もどきがすぐさま防御壁として防ごうとするが、セイラの本気の魔力砲弾は、そんな蛇もどきの防御をいともたやすく突破してしまう。

 魔力砲弾の絶大な威力の前に、蛇もどきの防御は粉砕され、その破片はまるで水飛沫のように飛散していく。


 直後、展開されていた魔法壁と魔力砲弾の衝突があった。


 蛇もどきによる防御が無意味と見て、魔法壁の防御力を底上げさせたのだろう。

 だが、所詮は大した抵抗にもならなかった。

 魔法壁が粉砕され、派手な音が響き、そこで魔力の爆発が起こった。セイラの魔力砲弾は、放射状に威力が拡散され、塀の壁や道路は抉っていった。

 不可視の何者かが、ダメージを受けたのかはわからない。そもそも、当たっているのかどうかすらもセイラにはわからなかった。

 セイラが狙ったポイントは、あくまでも先ほど姿を透過させている何者かがいる場所、であり、不可視の何者か自身を狙ったわけではない。

 魔力砲弾の軌道上から避けてさえいれば、直撃そのものは避けられたはずだ。少なくとも、セイラであれば避けられなくもないだろうから。

 視界の隅で、飛散した蛇もどきの破片が再集合していく様子が見える。細かな粒が集団で動いていく様子は、イワシの大軍を思い起こさせた。

 当たったかどうかは別として、とりあえずは殺していない、と見ていいのだろうか。アレが自動オートで動いているのか、遠隔操作リモートで動いているのかもわからない以上は、どっちとも判断がつかないが。

 だが、不可視の何者かが無事かどうかにかかわらず、セイラはこの場から退却しなければならない。

 じきに警察か、あるいは安全委員の人間が駆けつけてくるはずだ。

 傍目から見れば、道路にセイラ一人しかいないというこの状況は、マズい。

 周囲には、依然として人の姿はない。目撃者がいないというのは、本当に奇跡に近い。となれば、野次馬が湧いてくる前に姿を消さなくてはなるまい。

 踵を返しかけたセイラの目に、ふいにあるモノが映りこんだ。それは、本来であれば入れていたトートバッグと共にズタズタに引き裂かれているはずのものだった。

「…………」

 損傷一つ見られないその本を、セイラは無言で掴み取り、その場から逃げるように(実際に逃げるために)走り去った。


 擦り切れだらけの黒い革張りの装丁。

 もはや判読も困難なタイトルの文字。

 実際に開かなくても一目でわかるほど、かなり酸化の進んだページ。

 セイラが持っているのは、タイトルを「私の心」という本だった。

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