16,再来する災厄たち(6)
◇
敵が去っていった。
引き止める力はもうない。
武器も取り上げられてしまった。
本当に、ただの一撃でこれほどの重傷を負ってしまうとは。
「く、ぐ……」
口から、血塊がこぼれ出る。
クラザは正しく、満身創痍の体だった。
本当に、ただの一撃……しかも、直撃ではなくガードの上でこの有様なのだからタチが悪い。
まさか、敵にオークがいるとは、完全に想定の範囲外だ。
「うっ……ぐ、くそ」
起き上がろうとするも、身体に力が入らない。
身体中の骨が折れているのか、ただ動こうとするだけで激痛がクラザの全身を襲う。
「クラザさん!」
その時、クラザを呼ぶ声がする。
首だけを動かして声のした方を見ると、
「……リック」
自らの部下が、そこにいる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫に見えるってのか?」
「……見えんっすね」
軽薄にそう答え、リックはクラザのそばにしゃがみこむ。
クラザに肩を貸し、リックは立ち上がった……が。
「あら? あらあらあら? あらららら?」
その場に響く、第三者の声。
ぎょっとして二人がそちらを向くと、二人の男女と対峙することになった。
黒い外套を羽織る黒髪の青年。
何かを大事そうに抱いている、白いローブを纏った女性。
先ほどの声は、女性が発したものだった。だが、クラザもリックも、女性ではなく、青年の方を凝視していた。
その男の顔を、二人はよく知っていた。
特にリックにとっては、これで青年とは二度目の対峙となるのだ。
「………………“死神”」
掠れたような声で、その名を口にする。
――“死神”。
安全委員にとっては、もはや「片目のヨミ」と同列視するほどの危険な存在。
その“死神”が、今、クラザたちの目の前で女を庇うかのように立っていた。
「あら、あら? “死神”さん? どうしてわたしの、前に立っているの?」
「あの二人は安全委員だ。リオナ」
どこか弛緩したような響きの女の問いに、“死神”は静かに答える。
「あらら? 戦うの? 争いはダメよ。だってこの子が、泣いてしまいますわ」
大事そうに抱えてるものを、赤子をあやすように揺すりながら、女は詠うようにそう言った。
「戦いはしない。彼らがそのつもりでないならな。それに、ベルスから招集をかけられたばかりだろう」
「あら、あら、そうだったかしら? ではでは、早いところ、行きましょうな」
楽しそうに口ずさみながら、女はくるりとその場で踵を返す。
――その時、
ふと、クラザとリックは、彼女が大事そうに抱えていた、それが何であるのかを見た。
ただの、布だった。
乳飲み子を包んでいたのだと思われるそれは、単に布を幾重にも巻き重ねただけの、白布の塊だった。
一瞬遅れてその意味を理解して、二人は身を強張らせた。
クラザでさえ、その不意打ちの異常さに言葉が出なかった。
「あらあら? リリス、そんなに鳴いちゃ、ダメじゃないの?」
白布の塊を、我が子のように大事そうにあやす女の様子は、あまりにも異常だった。
絶句する二人を、“死神”は無感情な視線で見ていたが、ふいに彼も踵を返し、女の後を追った。
その場には、もはや自分で動けないクラザと、彼に肩を貸しているリックが残された。
「――――っ、リック! 追え!」
「うぇ~~!?」
満身創痍にもかかわらず吼えるクラザに、うんざりしたようにリックは悲鳴を上げた。
◇
男の頭上に跳び上がったのは、ドーラ級の一体だった。
散らばっていたゴブリンたちが、試合場へと再結集し、男を取り囲んでいた。
男の頭上のゴブリンが振り上げた細長い腕は、その見た目からは想像もつかないほどの大破壊の力を秘めている。
真上から振り下ろされれば、男とて無傷で済ませられるほどの強靭な膂力である。
……振り下ろされれば、の話であるが。
男が片手を振り上げる。
緊張に欠ける、緩慢な動きで、
だが次の瞬間、男が発動させた魔法により、空中にいたゴブリンが体勢を崩し、真下の地面へ勢いよく衝突する。
そして男の魔法の効果範囲は、跳び上がっていたゴブリンだけに留まらない。計十一体もの魔獣がすべてその場に膝を着くことになった。
自重を支えることができず、ゴブリンたちは地に縫いつけられたかのように動けない。
その様は、まるで王に平伏す従者のようである。
そして、瞬く間に魔獣どもを下した当の男は――、
「――――」
男の視線の先には、黒衣の少女の姿がある。
男の背面から、しゅるしゅると複数本の羽骨が出て――、
瞬時に、ゴブリンたちの首を撥ね落とした。
活動限界状態に追い込まれたゴブリンたちが、たちまち核の形態に戻される。
男は周囲に散らばった黒い塊を見回しながら、
「ここまでの戦力を投下しておいて、君の目的は随分と自分勝手で我儘なんだな」
すべてを見透かしたように、黒衣の少女へそう語りかける。
実際、男は古代の魔法により、ベルスの考えている事柄を常に把握している状態だった。故に、ベルスの行動原理も筒抜けの状態だったのだ。
――いや、事実はもっと、深い。
男は既に、ベルスの過去まで知り尽くしていた。
だから、その正体についても……。
男の言葉に、ベルスは無表情で首をわずかに、傾けた。その仕草に、男は苦い笑いを噛み殺したくなってしまうのだ。
(まるで先生と変わらないじゃないか。末恐ろしいね、まったく)
内心で嗤って、男は鼻を鳴らす。
現状、彼女が本気で戦う姿勢を見せれば、今の彼では勝つのは無理だろう。
もしこちらも全力を出せるのであれば、あるいは――とも思うが、どうだろうか。
(万年かけて集めてきた魔力も精力も、全部注ぎ込まない限りはやっぱり勝てないだろうな……)
無論、そんな賭けはできない。
もし今魔力を空にしてしまえば、男はこの世界に現界できなくなる。
それはそれで未練などはないのだが、わざわざこの場に現界したからには、何かしらの爪跡を残しておきたいとも思うのが男の心情だった。
――その時だった。
先ほど男が屠ったゴブリンたちとは違う、筋骨隆々の黒い巨人が現れたのは。
大剣を軽々握り、もう一方の手で小さな老人を抱えた魔獣が、突如試合場へ乱入してきたのだった。
ゴブリンと同じく、人型の魔獣――オークである。
『 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■!! 』
黒い巨人の一吠えとともに、その重厚な大剣が振り下ろされる。
神速で振り下ろされた一撃は、それだけで男を肉塊にするほどの威力を持っている。
だが、大剣が男を斬り裂くような事態にはならなかった。
ガキンッ、という高質な音が鳴る。
男の羽骨が瞬時に動き、オークの振り下ろした大剣を受け止めたのだ。
本来ならば防御することもかなわずに斬り飛ばされてしまうのだが、今の男の羽骨は漆黒に変色していた。機動性を損なう代わりに、驚異的な硬度と耐久性を得る形態である。
男の反撃は、迅速なものだった。
防御形態をとる羽骨とは別の羽骨が、オークの首筋へと走る。
その速度は、既にオークの先の一撃を超える超速であった。
いかにオークが桁外れの戦闘能力を発揮する殺戮兵器であろうと、生物として設計されているため、首に穴を開けられれば活動は停止してしまうのだ。
だが、
「――――――!?」
男の目が、驚愕に見開かれる。
果たして、オークの首は見事、羽骨に貫かれ、
そしてその刺突の勢いのまま、黒い巨人の生首は撥ねられた。
宙を舞う化け物の顔。
だが、オークの肉体からその金剛力が抜けることはなかった。
それは、あるいは首が跳ぶのと同時だったのかもしれない。
オークは大剣の柄から手を離し、鉄拳を振り抜いていた。防御態勢に入っていた男には、それを躱すような余裕はなかった。
羽骨のガードの上から、オークは男の身体を弾き飛ばす。
男は十数メートルもの距離を弾み、フィールド内に突き出ていた岩に当たった。
「ぐぷっ」と男は口から血を少し吐きこぼす。
しかし、痛みに呻く暇はなかった。
男のすぐ前に、オークが猛スピードで突進してくる。
『 ■■■■■■■■■■■■!! 』
黒い巨人の胴の上には、先程男が飛ばしたはずの首が、きちんと乗っていた。再生能力か何かか、いずれにせよ、このオークは通常の魔獣より異質なのかもしれなかった。
抱えていた小柄な老人を降ろした魔獣は、大剣を掴み直すこともせず、素手で突っ込んでくる。
徒手空拳で、男を引き裂き、殺すつもりなのだろう。
対する男は、右腕に羽骨を纏わせ、ブレード状に変形させて迎撃の構えを見せる。
男とオークが、激突する――。
オークは握りこんだ拳を男の顔面めがけて打ち込み、男はオークの胸部へと刺突を放つ。
結果――オークのパンチは男の頬を掠り、男の刺突はオークの強靭な肉体の前に折れてしまう。
オークの拳の風圧で、男の頬が皮どころか肉まで裂けた。ドクドクと、血が溢れ出るが、すぐに傷口は塞がる。
男は、かすかに舌打ちを漏らす。
首を落としてもダメならば核を直接破壊しようとしたのだが、オークの胴は男が想定した以上に堅かった。
(防御力まで普通のオークよりも高い。こいつ、特別性ってやつか?)
「ほほほほほ。やってしまいなさい、そのようなヒョロ男など」
高揚したような甲高い声が、男の耳に届く。
それは、オークがその手に抱えていた、小さな老人の声だった。
「――――――」
男は、即断した。
切り結んでいたオークに背を向け、老人めがけて突進した。
「ひやっ!?」
その殺意の波に、さしもの老人――ヘーラックも怯んだ。
だが、
「!?」
ドシュッ、と男は戸惑いなくヘーラックの首を斬り飛ばした。
老人の生首はくるくると宙に舞う、はずであったのだ。
男の目の前には、自然の理を超えた現象があった。
ヘーラックの首が、胴体と離れ離れになることなく、くっついた状態のままになっている。
(……そうか! このあたりには、特殊な魔法がかけられているのか)
男は、瞬時に試合場に欠けられていた安全措置の魔法を見破った。
なるほどたしかに、模擬戦闘であっても魔法ありきならば、死傷者が出るリスクは高い。仮にも教育機関が主導で運営されている行事である。生徒たちの安全性は、最大限、保証しなければならない。これで死傷者でも出れば、毎年恒例のこの行事は、来年以降は中止されるだろう。
その点で言えば、もはや手遅れかもしれないが。
ともかくとして、男にはそれ以上考え事をする余裕は残っていなかった。
『 ■■■■■■■■■■■■■■!! 』
オークの怒りの咆哮が、試合場に轟く。
オークの黒い巨体が、次の瞬間には男のすぐそばまで迫っていて、オークは形振り構わずに男に掴みかかってくる。
だが、男はそれに怯むことなく、冷静に対処した。
掴みかかってきたオークの腕を躱し、オークの首を再度、斬り飛ばす。黒い首が宙を舞い、しかし首無しとなった巨人はやはり構わずに男を攻撃しようとする。
だが、視覚がない状態では男の姿を正確に捉えることができない。
オークが取った行動は、ただ暴れることだけだった。
そして、男にとってそれは、なんら脅威に感じる攻撃ではなかった。
「――――」
跳躍する。
男の姿が、首無し巨人の上に飛び乗った。
羽骨に包まれた右腕を振り上げ、直後その形状が、怪物めいた異形の腕状に変形する。三つの強靭な指先は鉤爪になっており、触れるだけで他者を傷つけ、引き裂いてしまうだろう。
異形の腕が、巨人の首部の断面へと突っ込まれ――、
すぐに、オークの身体から異形の手が抜き取られる。
その手の中には、黒い塊が握られていた。
「……呆気ない、な」
黒いドロドロした液体に塗れた、オークの核。
本体を抜き取られたオークの肉体は、すぐに魔力となって散っていく。
「ああ、ああああ、ああああああああああああああああ!!」
悲痛な鳴が、ヘーラックの口から漏れ出る。
涙さえ流して、小柄な老人はオークを下した男へ詰め寄っていく。
「返してくれ。それは、それは……」
「これは貴方の大事なもの、ということか」
手にしたオークの核を掲げ、男は静かにつぶやく。
だが、次の瞬間、核はぐしゃりと握り潰されてしまった。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!」
頭を両手で抑え、ヘーラックは絶叫してその場に崩れ落ちる。
まるで世界が終末を迎えたかのような絶望ぶりだったが、男は既に、ヘーラックに興味はなかった。
その視線が捉えているのは、新たに現れた青年だった。
「ヘーラック氏のオークを倒しますか。実に、お強いようですね」
マントを羽織った美丈夫は、かすかに微笑み、手甲に覆われた右手を男へと向ける。
「アレックス・バルホスと申します。御差し支えなければ、お名前をお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「……リウジ・サカイだ。人に名乗る時は本名を名乗るべきだ、と年上からの助言だ」
男――リウジの淡々とした言葉に、青年――アレックスの表情がわずかに歪む。
意表を突かれたような、驚きと意外感によって、アレックスの表情は一瞬、固まった。だが、すぐに微笑を取り戻し、アレックスはリウジに向かって言ったのだった。
「……以前の名は既に捨てております故、今はこれが、アレックス・バルホスの真名です」
「そうかい」
軽い調子で、リウジはそう返す。
体勢を低くして、アレックスの挙動を警戒しながら、リウジは深く、息を吐き出した。
「ラスパーナ王国は、今も昔も魔法第一主義らしい」
ぴくり、とアレックスの表情が固まる。今度は一瞬などではなく、彼は表情を固めたままリウジを睥睨する。
「とりわけ、大貴族や名家の血縁ならば、ずば抜けた魔法の才能が求められる。君のような欠陥があれば、存在そのものを否定されてしまうこともあるだろうが……」
アレックスの美貌が、見る間に凍りついていく。
凍てつく殺気、底冷えするような視線が、リウジを射抜く。
それを歯牙にもかけず、リウジは言葉を続けた。
「それだけの理由で、ヘルヘイムに入ったのか。何というか、浅はかなんじゃないか? お前さんたちのボスが何やろうとしているのか、知ってるのか?」
嘲笑の色を含んだリウジの言葉。
アレックスはその冷めた顔貌を維持したまま、魔法を起動した。
無言で発射される、魔力弾の雨。
クラザとの戦闘の後であったとしてもなお、彼の魔力量は未だ余裕を残していた。
だが、弾幕がリウジを呑み込む事態にはならなかった。
アレックスの魔法は、リウジから数メートルの地点で残らず見えない壁に阻まれたのだ。
「……対魔障壁、ですか」
忌々しげに、アレックスはリウジが使った魔法を推測するが、
「正しくは、対魔領域というところかな」
「領域……」
リウジの訂正を、アレックスは静かに反芻する。たった一言のヒントだけで、彼は正しく理事の言った意味を理解したことだろう。
(オレの半径五メートル以内の領域内では、魔法はすべて無力化する)
だからと言って、わざわざ答え合わせをしてやる気は、リウジにはなかったが。
「これはこれは。私の力ではあなたには及びもしない、というわけですか」
一転し、アレックスはその表情に微笑を取り戻し、どこまでもへりくだった言葉を並べたてる。
「いやいや、これは……困りましたね」
「ぬかせ。クソガキ」
言って、リウジはアレックスへ一歩、踏み出した――が。
「……これは、ヤバいな」
言葉を発したのは、リウジの方だった。
彼は足を止めて、目の前にいるアレックスではなく、明後日の方向を見回すと、
「お前さんたちのボスは、いったい何を考えてんのやら」
そうつぶやきを漏らした、刹那、リウジの姿がその場から消失する。
直後、入れ替わるようにしてその場に現れる、複数の人影。
それらは一瞬前までリウジがいた地点を取り囲むようにして現れ、すぐにまたその姿をかき消す。
その様子を冷めた視線で見ていたアレックスは、やれやれというように肩をすくめるのだった。
そして、姿を消したリウジは今、超高速での戦闘の中にいた。
彼が戦っているのは、複数の人影だった。
いや、とリウジは心中でほくそ笑む。
これを人と認めるわけにはいかないだろう。
犬の顔、猫の顔、わずかに覗く素肌はびっしりとした毛で覆われ、尻には尻尾まで生えている。
有体に言っていいのであれば、それは犬獣人や猫獣人、と形容できる風貌であった。だが生憎と、リウジはこの世界において、獣人という言葉の意味を知っている。彼らが魔獣と同様、戦争時代に兵器利用された生体兵器であることを。
唯一魔獣と違う点を挙げるならば、それは獣人は獣族の人間をベースに造られるモノ、ということだろう。
彼らには、人間だったころの記憶はない。人格は既に失われ、殺戮のためだけのマシーンと化してしまっているのだ。
(一、二、三……全部で五匹か)
瞬時に視界をまわして、リウジは襲ってくる獣人の数を把握する。
見る分では、三体が猫の獣人、二体が犬の獣人である。
獣人たちは、徒手空拳でリウジに向かってくる。
対するリウジの戦法は、これまた徒手空拳である。ただしこちらには、背面から出現する羽骨というアドバンテージがあった。
たとえリウジが両手両足の動きが封じられるような事態に陥っても、最大十二本は操れる羽骨が、獣人たちへ対処する。
そうした戦いの中で、まず二体の獣人が、リウジの羽骨に貫かれる。逞しい体つきの犬獣人と、小柄な猫獣人であった。
間髪を入れず、もう一体の小柄な猫獣人と、対照的に大柄な猫獣人が襲いかかってくるが、リウジは小柄な方を蹴飛ばし、向かってくる大柄な猫獣人の首ったけに抱き着くように跳びかかった。両手を巻きつけた獣人の首を起点にして身体を勢い良く回転させて獣人の背後まで回り、そのまま獣人の首を捩じ切る。
そこへ、休憩を挟む間もなく先ほど蹴飛ばした猫獣人と、ひょろっとした痩せ型の犬獣人が突進してくる。
人格は既に失われているため、彼らは次々に仲間が殺害されている事態に動揺しない上、リウジに対する恐怖心すらない。
跳びかかってくる二体へ、リウジは羽骨を横に薙いで迎撃する。
鞭のようにしなる赤黒い触手は、小柄な猫獣人の肉体をいとも容易く引き裂くが、犬獣人には身を反らされて避けられてしまう。
しかし、リウジは感覚を開けず、犬獣人へ突進した。犬獣人は、体勢を立て直すがために反応が遅れてしまう。
――それが、命取りとなった。
リウジの突き出した指が、犬獣人の両目を抉る。
視界が奪われたことに、犬獣人の動きが一瞬止まる。その隙をついて、リウジは鋭い回し蹴りを獣人の首へと叩き込んだ。
ボキッ、という首の骨が折れる音と感触。
犬獣人は勢いよく吹っ飛んでいき、そのまま、起き上がってくることはなかった。
「……さて」
襲撃者たちを全員屠り、リウジは再びアレックスの方へ視線を転じる。
しかしそこには、アレックスの他にも多数の人物がいた。白いローブを纏った女。癖の強い茶髪の青年。
そして、その集団の中心に、黒衣の少女――ベルスが立っていた。
「――――」
驚愕に、リウジの両目が見開かれる。
その両目は、鮮血のごとき赤色に染まっていた――。
(――赤眼か……)
ベルスの両目に起こった変化を、リウジは瞬時に悟った。
「オレが、カワサキに似てるといったな、お前」
「……ああ。そうしてるとますます先生を思い出すよ」
交わされる言葉に感情などなく、故に、意味などはない。
だが、直後にさらなる急展開が迎えられた。
「お前が、“あれ”の何なのかは知らないが……」
ベルスが片手を持ち上げる。
「“あれ”と一緒にするな」
真紅の瞳が、リウジを射抜き……、
「――開門」
一言、ベルスがつぶやく。
リウジの背筋を、悪寒が走り抜けていく。
直後、
試合場のはるか上空で、新円の穴がぱっくりと大口を開けた。




