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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
第1部 第1章 ソージック学園入学編
9/102

7,リュウト・カワキの日常

      ◆


「どうするんだ?」

 見晴らしのいい丘の上で、青年は蹲る僕にそう訊いてきた。

「…………イヤだ」

 僕の声は今にも泣き出しそうだった。

「つってもな。もう戻ることなんてできないんだぜ? 自分の運命受け入れろよ」

「イヤだ!」

 それだけはイヤだ。

「何だよこれ。こんな、これじゃまるでロボットじゃないか。僕は人間だ!! あんたとは違うんだ! イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!! そんなのは嫌だ!」

 目から涙がこぼれ落ちる。

 人間じゃなくなるなんてイヤだ。絶対に、そんなの嫌だった。

「甘えんなよ」

 静かな口調が、僕の声に割り込んできた。

「自分が人間だって思いたいなら、確かにお前や俺はまだ人間さ。でも、完全な人間でもなくなってる。異物・・を混ぜこんだ状態で、この先お前がこれまで通りに暮らしていけるもんか」

 僕の懇願を、青年は否定した。

こちら側・・・・を知らなければ、お前の居場所なんて簡単になくなっちまうぞ」

 青年の言葉はただの真実だった。

 僕だって本当はわかってる。もうどうしようもないんだってことくらい。

 でも、それと現実を受け入れることとは別だ。

 こんな急に、できるわけがない。

「別に壊れたきゃ壊れてもいいんだけどさ。お前、それでいいの?」

 ……いいわけがない。でも、受け入れてしまったら、この事実を認めてしまったら、大切な何かを失ってしまう。そんな気持ちになった。

「捨てられないってんなら、俺が捨ててやろうか?」

 青年が、突然僕の腕を掴んだ。

 そのまま、僕は軽々と投げ飛ばされた。

「とある小説家が言っていたことだけど」

 上空を舞う僕の耳に、声が響いてくる。

「『これが俺の人生だって思えるものを見つけたとき、人は心から安定する』と。人生なんて生きる意味探しなんだよ」

 その言葉は、容赦なく僕の胸を突き刺していく。

「みんな不安なんだよ。お前だけが、絶望してるわけじゃないんだ」

 そんな説教めいた声が、空中で聞こえた。

 高所からの落下は苦手な方だ。小学生のころにジェットコースターに乗った記憶は、軽くトラウマだった。

 上空から地面に叩きつけられる。その後数回地面をバウンドして、やっと身体は落ち着いた。

 とても痛い。尋常じゃない。こんなことをするなんて、あの人は異常だ。

「どうだ? 痛くて痛くて仕方ないだろ? でもさ、お前の身体に怪我なんてないぜ」

 はるか頭上で、声がした。

 言われたとおりだ。僕の身体は、丘の上からここまでの高低差を考慮しても、地上十数メートルほどは落ちたというに、骨折1つなかった。こんなにも痛いのに、身体は驚くほど負傷が小さい。

「あ……」

「そういうことだ。お前はもう逃げられない。その身体は、もう元には戻せないんだよ! いい加減現実を認めろ!」

 青年の怒鳴り声が降ってきた。

 確かにこれだけ見せられては、もう目を逸らすことなんて……。

「じきに性格の方にも影響が出てくるだろうさ。選択肢なんてもうないんだ」

 ……ああ、本当だ。

 だんだんと、落ち着いていくのがわかる。自分の中が、変わっていく。

「今この場を凌いでも、お前がそうである以上、逃れることは無理だ。その前に、自分でどうするか決めろ。死ぬのか、生きるのか」

 青年の言葉に、僕は涙を垂らしながらも俯いた。答えは、もう決まっていた。


 ――――――そうして、が選んだ道は、この上なく灰色の世界だった。あの選択が、間違っていたかどうかなんて、今でもわからない。


      ◆


 また変な夢だ。

 でも今回のは覚えがある。覚えがないわけがない。

 忘れようがない、あの日・・・の記憶だ。あの日、もし死ぬ選択をしていたら、俺はどうなっていたんだろう。いや、その答えはわかっている。あの場では、結局選択肢なんて・・・・・・なかったんだ・・・・・・

 ……やめよう、前世むかしのことを考えるのは。自分が何になったのかも曖昧なんだ。大事なのは今だ。

 時計に目をやった。

 朝の六時少し前。

 いつもより少しだけ早起きだ。

 ベッドから降りた俺は、すぐに自分の部屋を出た。二階から一階へ降り、まっすぐ洗面所へ。顔を洗って歯を磨いた後は、いつものように玄関の方へ向かう。

 既に起きていたようだ。

「にいさん、おはよう」

 動きやすそうな服に着替えたレンが、運動靴を履いているところだった。

「おはよう、今日は早く起きれたと思ったんだけどな……」

「ぼくも少し前に起きたところだよ」

 嘘つけ。

 普段着とそう変わらない格好で寝る俺と違って、レンはきちんとしたパジャマで寝てるじゃないか。顔を見る限り、洗面所で顔を洗って歯も磨いているようだし、絶対に俺よりもっと早くに起きたに違いない。

 黙って見ていると、レンはわけがわからなそうに首を傾げてきた。邪気のない表情を見ていると、無性に見づらくなるな。

「父さんはもう外か?」

「うん、ストレッチしてる」

「そ」

 毎朝父さんとレンとの三人でジョギング、というのが俺の一日の始まりだった。もっとも、俺が十分で走るのをやめるのに対して二人はきっちり一時間走るんだよな。走るペースも俺がいないときの方が速いみたいだし。

「にいさん、どうしたの?」

「なんでもない。とっとと走ろう」

「リュウト、慌てていたら転んでしまうぞ?」

 慌てたって別にいいだろう。俺は二人と違って十分で息が上がるし、どっち道二人より走る距離は短いんだ。

 ジョギングを一足早く終えた後の五十分間は、特にやることもないから庭で寝転んだり、または空を見上げていたりしている。

 今もそう。

 いつも通り十分で切り上げた俺は家の前で軽く伸びをしていた。二人が爽やかな汗を流して戻ってくるのは、大体三十分後くらいだろうか。

「リュウトくん」

 呼びかけられた。

 声の主は、最近この時間帯に俺に話しかけるようになってきた、隣の家のキヨさんだった。一年ほど前に引っ越してきて、一人暮らしをしている人だ。

「キヨさん、おはようございます」

「あらあら、おはようね。またパパとレンくんと一緒に走ってきたの?」

「……途中で抜けたんです」

 最後まで付いて行ってたら体力がもたない。

「うふふ、がんばってるわね。リュウトくんは」

「レンの方が頑張ってると思いますけど」

 思いますじゃなくて実際にあっちの方が頑張ってるけど。

「程よく頑張ってるって感じかしら。自分が続けられるようにやるのが一番よ」

「はあ」

 キヨさんはしゃがんで俺の頭を撫でてきた。優しい手つきだ。託児所にでも働いていたことがあるのだろうか。

「そう言えばリュウトくん、この前ユグシルナに行ったんだって? どうだったの?」

 あれから一か月くらいは経ってるが、そういえばキヨさんにはまだ話してなかったっけ。

 一か月前のユグシルナ見学の日のこと。あの金属甲虫がなんなのか、結局わからなかった。けれど、ひとつ奇妙なことが起こっていた。

 俺の記憶が正しければ、俺とテラとリンが大冒険に出たのは確か昼食の時。対して、見学から戻ってきた後、みんなの記憶はいささかズレていたのだ。

 みんなの記憶の中では、確かに俺とテラとリンはみんなと逸れたが、午後の見学の最中・・・・・・・・に迷子になったということになっていた。

 このズレは一体何だろうか。

「リュウトくん、どうしたの?」

「あ、いえ、わかんない物が多かったから、あんま覚えてないです」

 考え事もやる時間と場所を選ばないとな。

 キヨさんはそうなの、と少しがっかりしたような顔で頷いた。

 あまりそんな顔はしないでほしいものだ。キヨさんの見た目は二十代、下手をするとギリで十代に見えてしまうんだから、そんな表情をされると少し居心地が悪い。

「ま、私くらい長く生きてたらそんな些細なことは気にしなくなるんだけどね」

 立ち直りが早いな。まあ、もともと落ち込むほどでもなかったみたいだし。

 それにしても長く生きて、か。その外見でいったいどこまで「長く」なんだか。

「キヨさんって何歳なの?」

 この際だ。ある程度は地雷を踏んでみるとしよう。案の定、キヨさんは俺の頭に拳をこつんと落とした。全く痛くない。本心は「しょうがない子ねえ」とかなんだろう。

「女の人に、年を聞いたりしちゃダメよ? 私これでもリュウトくんのパパやママよりずっとずっと年上なんだからね?」

 俺の両親より年上か。両親も結構若い方だが、たしかどっちも今年で二十七歳だったはずだ。それより年上、しかもずっとずっとという単語が付く。……四十代くらいかな。

「四十歳?」

「四十って、そんなに若く・・見える~?」

 このまま聞くのはよしておこう。四十を若いって、なんか怖い。

「ただいまー」

「ただいま帰った」

 父さんとレンがジョギングから帰ってきたようだ。

「あら、じゃあね、リュウトくん」

「はい、じゃあ」

 キヨさんは手を振って自分の家へと戻って行った。

 あの人はなんとなく苦手だな。

「リュウト、俺とレンはいつもみたく始めるが、リュウトも見てるか?」

 ジョギングの後、レンと父さんはいつも剣類を使っての鍛錬に移る。時間は二十分ほど。俺は時々その様子を見てたりする。俺も一緒に鍛錬、なんてことはない。もし俺も一緒に入ろうものなら、まる一日は動けなくなるから。

「今日はいい」

「そうか?」

 朝早くからあんなものを毎日見るつもりはない。数日に一回で十分。

 俺はさっさと家の中へと入った。

 時計の時刻は七時十一分を指している。ソージックの登校まであと五十分ほどは暇がある。この暇をどうやって潰すべきか。

 ネワギワにはテレビとがない。技術力のレベルは結構進んでいるのに、これは残念な真実だ。

 魔法を使っても、ネワギワの科学はテレビを開発できなかったということか。いや、違うな。テレビを開発できなかったんじゃない。現に、モニターとかの映像伝達技術は魔法も組み込んでの話だがある程度は開発されいる。その技術を娯楽に使うという発想・・が出てこなかったのだ。誰か気付いてほしいものだ。

 ……仕様がない。こういうときは父さんたちが買ってきた本を読んでるしかない。

 母さんが起きるのはだいたい七時くらいで、今は朝御飯の支度をしている。

 ネワギワにはテレビがない。それはつまり、アニメやドラマもないということ。見てるだけでそれなりに暇を潰せる代物がないのだ。けれど、本はある。ネワギワ人も小説という娯楽は思いついたらしい。

 母さんはキッチンで料理、レンは日課となっている朝の訓練、父さんはその手伝い、そんな中俺はリビングで優雅に読書。

 ……俺一人だけ浮いてるような。それに全然優雅じゃない。まあ、やることがないんだから仕方ないわけだが。

 七時四十分、朝食を家族全員で済ました後の行動はそれぞれだ。

 学生たる俺は自室に戻って着替え、登校前の持ち物の確認など、学生にはまだなっていないもうすぐ五歳のレンはそのまま一人で自主トレ、仕事がある父さんは俺と同じように自室で支度、母さんは洗濯物や皿洗いなどの家事などだ。

 本日のカワキ家の朝は、何事も変わりなく終わった。




 ソージックの授業が始まる時間は一時限目が九時から。基本的にはそれまでに登校できれば校則上問題はないが、その前に朝のHRが約二十分、八時半からあるのでみんなそっちに合わせて登校している。

 俺の家とソージックの距離を考えると、本当を言えば八時十五分まで家にいてもよさそうなものだが、あいにく、最低でも八時までには学校に行けと両親から硬く言い付けられている。

 朝の八時五分。俺はいつものようにソージックへの通学路を歩いていた…………のだが。


「………………………………」


 なんだか、視線を感じる。

 立ち止まって、後ろを振り返る。誰もいない……気のせいだろうか。視線も、今は感じなくなっている。

「……まあ、いい……か」

 現時点で実害はないわけだし。

 そう思って、再び歩き出す。

 すると――また視線を感じるようになった。

 さすがにこれは鬱陶しい。特に何かされたかと言えばそうではないが、これはこれで苛つくものがある。いたずらガキにからかわれている気分だ。

「――――っち」

 誰にでもなく、舌打ちする。見られるというだけで、ここまでストレスを感じたのは久しぶりな気がする。

「よう、リュウト、何やってんだよ」

 突然、テラの声が話しかけてきた。というより、何でテラがいるのだろうか。寮暮らしのはずなのに……。

「ああ、最近寮からソージックまでまっすぐ行かずにそこら辺うろうろ散歩してから行くようにしてんだよ」

 俺の怪訝そうであろう表情を見て、テラが言った。

 ……相当暇なんだな。普通、五歳児はそのまま学校に行って、校内で暇潰しになることをするものだと思う。

「どうしたんだ、リュウト?」

「……いや、なんでもないさ。早く行こうぜ」

 テラがいれば、気がまぎれる。あの視線に、それほど敏感にならずに済むだろう。あの視線は、いやに俺の神経を逆撫する。

「おう、まだ早い気するけど、いいか」

 現在の時刻は八時八分。話しながら歩いたからか、俺たちが校門の門をくぐったのはそれから十三分後のことだった。

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