7,定期戦2日目
◇
割れるような歓声と、燃え上がりそうなほどの熱。
会場は、やはり昨日以上の熱気に包まれていた。
時刻は午後の十二時半。行われているのは、二日目の第一競技『ド・レース』である。
各校から選手が一人ずつ、三人が三キロメートルという長距離を競争する。レースは三回あり、つまりはこの競技も三対三対三の団体戦といえるのである。
そもそもとして、定期戦の競技はすべて見方は違えど団体戦の形式で行われているのだが。
三キロという距離を走破するため、当然、競技そのものはこの試合場では行えない。単純に、試合場の長さが足りないからだ。
『ハイ・サヴァイヴ』のように必要なのが広範囲なエリアであれば問題はなかったのだが、『ド・レース』に必要なエリアは超長直線距離であるためこの試合場は適さないのだ。
そのため、今試合場に選手はおらず、代わりに巨大なモニターが浮遊している。
『ハイ・サヴァイヴ』の林ステージを中継する際に使われるのと同じものである。
モニターでは、三人の選手がスタートラインの“位置について”いる姿が映し出されていた。
選手には魔法の使用が(制限はされているが)許可されている。
三キロの長距離を、魔法で身体能力を強化するなりしながら、さらに魔法を使って互いに妨害しながら競争していく。
この競技を攻略するには、魔法の併用行使は当たり前にできるくらいのスキルは必要だろうな。
『さあー、やってまいりましたやってまいりました。三校総合定期戦二日目の第一競技「ド・レース」の第一回戦! 注目の選手は、ラスパーナ魔法学院からは十三学年のイーグリー・ザスパー選手が。レタデミーオウドー校からは十一学年のチャン・ハング選手が。ソージック学園からは十四学年のイルミヤ・ヴェルヴレッド選手が、出場します。一回戦目の御三方は、いったいどんな手腕を見せてくれるんでしょうか』
実況の拡大された声が、観客席中に響く。
昨日から変わらず、かなりのテンションだ。
昨日もそうだが、よくもまあ、たった一回しか出ない選手たちの名前を逐一覚えていられるものだ。
さすがは、実況者といったところだろうか。
モニターの中で、選手たちがそれぞれ構えを取るところであった。
スタンディングスタートやらクラウチングスタートやらのポーズとは違う。
あくまでも、自分たちのやりやすいような“用意”である。
純粋な陸上競技ではないため、ある意味仕方ないが。
なお、この『ド・レース』には、選手同士を分けるラインなどは存在しない。
選手たちは、幅約六・〇メートルの一直線のラインの中で勝敗を競うのだ。
ただ一直線に、三キロ先にあるゴール地点を睨んでいる。
一瞬の間、試合場にも観客席全体にも広がる静寂、そして――、
◇
『――スタアァァッッットッ!!』
“ドン”の号令とともに選手たちが一斉に走り出し、シャルル・シゲキが叫んだ。
選手たちの初速は、一般的な若者の走力と変わらない。
しかし、彼らの本領はスタート後の爆発的な加速から始まるのだ。
身体強化の魔法。
主に使われるのはその魔法である。
他に加速力を得る方法がないわけではないが、身体強化魔法が一番効果的で、かつ魔力のコストもかからない。
スタートから一秒とたたず、三人の選手の身体から淡い薄青の光が溢れる。
直後、爆発的な身体能力を得た三人が、青色の光の尾を引きながら出し惜しみなく加速した。
スタートから四、五秒ほどが経過した時点で、三人は既に、スタートラインから百メートルほどの地点へと届こうとしていた。
しかし、『ド・レース』はただタイムを競う競技ではない。
この競技の常として、開始十秒ほどが経過すると、選手たちの速力ががくんと下がる。
魔法の維持ができなくなるからではない。
体が温まってきたところで、この競技は第二段階へ移行するのだ。すなわち、他選手への妨害である。
最初に攻勢へ出たのは、レタデミーの選手だった。
『おおぉっとー。ハング選手、先制して魔法を発動!』
実況の言葉どおり、チャン・ハングの周囲に瞬く間に魔力の塊が複数生成され、他の二選手へと襲いかかる。
襲いくる魔力弾を、イルミヤ・ヴェルヴレッドは障壁魔法を展開して防御し、イーグリー・ザスパーはその身のこなしだけで躱してみせた。
「お返しよ!」
反撃に出たのは、ヴェルヴレッドだ。
彼女は素早い動きで、片手を横へ薙ぎ払うようにして振るった。
ハングの前方数メートル先の地面が、突如として隆起し、何本もの槍となってハングへと突きかかった。
「うへっ!?」
数メートルもある距離。
しかし、今の彼らのスピードでもってすれば一瞬で縮んでしまうほどの、短い長さ。
ハングは咄嗟に上へ跳んで、槍の群れを回避しようとする。
しかし、空へ逃げたハングへ、今度はザスパーがハングを撃ち落さんと攻撃を放った。
――恐ろしく速い、たった一発の魔力弾。
威力も先ほどのハングのものよりも劣るだろう。
しかし、弾速のみに特化していると言ってもいいほどの魔力弾は、ハングに選択の時間すら与えず、彼の脇腹へと吸い込まれていった。
「ぐべえっ!?」
空中で体勢を崩すハング。
対して地上の二人は、既にハングのことなど気にも留めず、睨み合っていた。もちろん、走りながら。
『ハング選手大丈夫か? いや大丈夫だ。しかし二人に開けられた差は大きいぞおお! どう巻き返す!?』
シャルル・シゲキのハング健在の実況も、おそらくヴェルヴレッドとザスパーの二人にはっきり届いてはいまい。
二人の走行距離は、既にレース全体の三分の一、一キロ地点を消化していた。
「はっ!」
「――!?」
睨み合いながらの走行が続く中で、ザスパーがその膠着状態を破った。
最初、誰もがそれはザスパーが躓いたのだと思った。
観客席の誰もが、彼と並んで疾駆するヴェルヴレッドさえも。
しかし、前のめりに倒れこむような体制のザスパーが、地面に向けて掌底を叩きつけた瞬間、それは起こった。
ザスパーの掌を起点に、地面が砕き割れるかのような勢いで亀裂が走り、揺れた。
砕け、割れた地面の下から槍状に変形した土槍の群れが突き出て、ヴェルヴレッドめがけて襲いかかった。
土槍という起こした現象そのものは、ヴェルヴレッドがハングに対して使った魔法と同じものだ。
しかしだからといって、ザスパーの攻撃がヴェルヴレッドのものと同じというわけではなかった。
高質化した土の槍の群れが、ヴェルヴレッドへ迫る。
ヴェルヴレッドは自身の走力をもってして土槍の群れを振り切ろうとして――障壁を展開した。
最初、ヴェルヴレッドが防御ではなく回避を選択しようとしたのは、完全に防ぎきるには相当量の魔力を練り上げなければならないと判断したからだった。
そして、それを実行せずに防御へと切り替えたのは、迫りくる土槍すべてを掻い潜るには足の下の地面があまりにも不安定な状態になっていたからだ。
この足場では、踏ん張りがきかない。
体勢を崩してしまう。
槍すべてを避けることは、不可能に近い。
瞬時にそう判断して、ヴェルヴレッドは障壁を展開したのだった。
ここで自身も土槍を発生させて迎撃する、という選択をしなかったのは、ヴェルヴレッドの幸運によるものか。
ザスパーは掌底を地面に叩きつけた際、周囲一帯の地面に向けて魔力を拡散させていた。
もしヴェルヴレッドが土槍による迎撃を実行していたなら、ザスパーの魔力と拮抗して魔法の発動が一瞬でも遅れていただろう。
そうなれば、ヴェルヴレッドはザスパーに後れを取っていた。
ヴェルヴレッドの展開した障壁は、土槍を完全に防ぎきる。
しかし、障壁へ割いたヴェルヴレッドの魔力は、決して小さくない。
咄嗟の判断故、過剰量の魔力を使ってしまったというのもある。
予期せぬ大量の魔力の消費に、ヴェルヴレッドの勢いが一瞬、緩む。
果たして、そのことも含めてすべてがザスパーの術中だったのだろうか。
ヴェルヴレッドたちの前方から、無数の土槍が現れる。天へそびえる、塔のように。
無数の土槍は横に並んでそびえ立ち、強固な壁となってヴェルヴレッドの行先を阻んでいた。
「――――――――――くっ!」
魔法を使って破壊できないことはないだろうが、これ以上魔力を無為に消費することはできない。
ハングのように上へ跳ぼうにも、いったいどれほど高く跳躍すればこの壁を超えることができるのか。
壁は、幅六メートルのラインの全幅を塞いでしまったわけではない。
ザスパーの前方方向に、一メートルほど幅の隙間を作っていた。
ヴェルヴレッドが取れる選択は、旋回して壁を避けることだけだった。
ヴェルヴレッドが、前ではなく横へ――既にザスパーが通ったその隙間の方へと進路を変える。
しかし、土槍の壁から身を出した途端、すぐに足を止めて壁の奥へと戻ってしまう。その瞬間、幅一メートルの隙間をザスパーの放った魔力弾が通り抜けていった。
ザスパーの作戦は、ヴェルヴレッドの足止めに留まらなかったのだ。
ヴェルヴレッドより一足早く壁を抜けたザスパーは、そこで足を止めてヴェルヴレッドを狙い撃つべく背後に向き直っていた。
――紙一重の差で、ザスパーの放った攻撃はヴェルヴレッドに届かなかった。
しかし次は、隙間からヴェルヴレッドが顔話出した瞬間、撃てるだろう。
ザスパーは勝利を確信して、口角をわずかに引き上げた。
『これはエグい! ザスパー選手、ヴェルヴレッド選手を徹底的に下すつもりのようです! ヴェルヴレッド選手、これでは手も足も出ないかー!?』
実況の声が、子気味いい。
同時に聞こえてきた(ソージックの生徒のものと思われる)ブーイングすら、応援の言葉に聞こえるほどに。
しかし、いくら待ってもヴェルヴレッドの姿は壁の隙間から現れなかった。
「……?」
懐疑的に片眉を歪めるザスパー。
相手はいったい、何を企んでいるのか。
どうして何もしかけてこない。
ザスパーと違って、ヴェルヴレッドはこちらがどう動いているのかわからないはずだ。
どうして、飛び出してこない?
このままザスパーが回れ右してゴールを目指せば、ヴェルヴレッドは取り返しようのないほどの大差をつけられてしまうことになるというのに。
このまま彼女を倒すべくこの場に留まるか。
予定を変更して全速力でゴールを目指すべきか。
どちらが正解なのか。
どちらが勝利への道なのか。
「――っ!」
ザスパーは、己の思考が混乱してくことに気づいた。
冷静になるように心を落ち着け、余計な雑念を振り払い、目の前の敵にただ集中する。
――勝負は次で決まる。
何故か、そう確信できた。
そして――、
『おおっと、これは――』
実況シャルル・シゲキのその声が、合図となった。
ヴェルヴレッドが壁の端から姿を現す。
その右手には、第三者から見てもわかるほど濃い魔力が収束していた。
対するザスパーも、自らの掌の先へ魔力を込めてヴェルヴレッドを待ち構えていた。
ヴェルヴレッドがその姿を晒してから、まだ一秒とたっていない。
にもかかわらず、お互いが相手の込めた魔力にまで知覚が至ったのは、極限にまで高められていたからだろう。
――お互いが対峙してから、まだ一秒すら経過していない。
――そして、おそらくその一秒を迎えることはない。
その前に、互いの最大火力の攻撃が激突した。
どちらも放ったのは、単なる魔力を飛ばす系統の魔法『レイ・ベルム』だ。
しかし、定期戦選手の彼らが本気で魔力を込めたそれは、ただの基礎魔法と侮るには過剰威力過ぎた。
極太の魔力光線が、二人の中心点でぶつかる。
『ド・レース』の残りの距離は、未だ大半が残っている。
ここで力のすべてを絞り尽してしまえば、後の距離を走破する体力は残らないかもしれない。
それでも、二人は全力でもって拮抗した。
『おおーっとこれはー! 両選手共に本気のガチだあぁぁ!! こんなところで全力全開して大丈夫なのかー!! ――て、おや? あれは……』
シャルル・シゲキの首を傾げるような声の原因。
それは、観客席にいる者ならば誰もがすぐに知ることになった。
しかし、二人の選手には、全力での勝負に集中していた二人には、咄嗟に理解できなかったことだろう。
ヴェルヴレッドとザスパーの頭上を、何かが飛んでいった。
「――!?」
「しまっ!?」
二人の上を悠々と飛来していった物体、それは、先の魔法によって作られた土の槍だった。
「おっ先にぃ!!」
その槍の上に、四足体勢で充分にバランスを取って乗っている人物が一人。
二人の連係プレー(?)によって大きく差をつけられたはずのチャン・ハングであった。
ハングが乗る土槍は、そのまま二人を追い越しゴールへと飛んでいく。
おそらくは、土槍を浮遊魔法で浮かせ、それに乗っているのであろうが。
ハングの大逆転に、ヴェルヴレッドとザスパーは動揺を禁じえなかった。
しかしその動揺は、ザスパーの方が大きい。
そしてその動揺は、さらに大きなしっぺ返しとなって、彼に跳ね返った。
一騎打ちと言っていい勝負の最中で、ザスパーの見せた隙は、ヴェルヴレッド以上に致命的すぎる。
ザスパーの手に、ぐんっ、という無視できない反動が伝わってくる。
それがヴェルヴレッドの攻撃に押し負け始めたからだとザスパーが気づく頃には、既に二人の勝敗の行方は、誰の目にも明らかな状況へと至っていた。
ヴェルヴレッドの視線の先で、ザスパーが膝をつき、くずおれる。
定期戦の競技中は、安全フィールドによって、選手は最低限の安全が保障される。
しかし、致死に至る攻撃は無効化する、という安全フィールド本来の機能は、いささか変更されている。
すなわち、肉体的ダメージは無力化するものの、対象者を強制的に気絶させる、という変更だ。
今まさに彼女の目の前で、喰らえば死を免れないだろう威力の魔法を受けたザスパーが、安全フィールドの機能によって戦闘不能の状態に陥った。
ザスパーとの勝負に勝ったヴェルヴレッドは、ゴールの方へ視線を向ける。
ハングが乗った土槍は、既にヴェルヴレッドが追いつけないほど彼女と差をつけていた。
ハングは今や、ゴール目前だ。
ザスパーは完全にリタイアとなり、ヴェルヴレッドはほとんど魔力枯渇状態とはいえ一応まだ動くことはできる。
この場合は、一回戦目の結果は1位チャン・ハング、2位イルミヤ・ヴェルヴレッド、3位イーグリー・ザスパーとなる。
初戦の出来としてはまずまず妥協できるレベルだろうか。
ぼんやりと、ヴェルヴレッドはゴール目指して歩き始めた。
彼女が進む先では、既にハングが土槍ごとゴールに突っ込んでいた。
◇
『えー、「ド・レース」一回戦目は、ヴェルヴレッド選手とザスパー選手による近年稀に見るガチバトルが展開されましたが……見事1位に輝いたのはあぁぁ、ハング選手だぁー!! ……ちなみにザスパー選手は戦闘不能になってしまったので、3位となりまーす』
チャン・ハングは、土槍に乗ったままゴールを決めた。
「あの乗り方、どっかで見たことあるな……」
どこで見たのかとかは、あえて言わないが……。
直立不動で両手を後ろ手に組んでないだけマシか。
「もの凄く、暑苦しい展開だった」
隣のセイラの酷評には、思わず笑ってしまうしかなかった。
もう七月だというのに(前世では十月に相当する時期である)、わざわざ手をうちわのように仰ぐ始末である。
五か月も生活を共にしてきたからか、セイラのこのやや大げさなリアクションが彼女のジョークであることは、なんとなく察せられた。
しかし、他の面々はそうはいかない。
リン、テラ、さらにはリーンまでもが、やれやれと言った風に苦い笑いを浮かべていた。
レンやイルサは、苦笑する気も起きないようだ。
「たしかに、例年とはまるで違う試合運びだった」
これまでこの競技で、ここまでの魔法戦があったのは初めてだ。少なく尾も、俺が入学してからは一度だって、『ド・レース』がこんな展開になったことはあるまい。あったとしたら、記憶の片隅くらいには残ってるはずだし。
観客席には、大別して二種類の声が充満していた。
一つは、大喝采。
見事1位に輝いたチャン・ハングが所属するレタデミーの生徒、なんとか最下位は免れたイルミヤ・ヴェルヴレッドの所属するソージックの生徒、後は普通にこの競技に興奮した一般観戦客。
観客席に蔓延るのは、だいたいがこの熱を孕んだ咆哮だった。
残るもう一つは、落胆やらブーイングやら。
実力叶わず3位になってしまったイーグリー・ザスパーの所属であるラスパーナの生徒や、ラスパーナを応援していた一般客たち。
おおよそ、ラスパーナ生徒からは落胆、ラスパーナ派の一般客の口からはブーイングが出ているような気がする。
『さあーて。お次は第二回戦。今度はいったい、どんな展開になるのでしょうか!? ラスパーナ魔法学院からは、十三学年の……』
試合は一回戦の熱を残したまま、いやそれ以上に燃え上がらせて、次の第二回戦へと移っていく。
『ド・レース』一回戦目の結果は、1位レタデミー、2位ソージック、3位ラスパーナ。
先方戦としては、まずまずと言っていいだろう。
一番幸先がいいのはレタデミーであるが、俺はそこまで定期戦の勝ち負けにこだわっているわけではない。
俺は頬杖をつきながら、試合を見守った。




