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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
第1部 第1章 ソージック学園入学編
8/102

6,爆発事故(3)

 ……急展開という言葉がある 。

 物語を楽しむという上では、急展開についていくには、前後の話をよく理解して、どうしてそうなったのかを見つめてみるというのが俺の考えだ。

 しかし、現在。

 俺は現実の出来事についていけていなかった。

 食後、少しトイレまで行こうと思ったら、次の瞬間には階下を何フロアも突き破って落ちている。

 前世で言う「異世界に勇者としていきなり召喚された普通の男子高校生」というのが現実にあるのなら、恐らくはこんな心境なんだろう。

 ぼんやりと、自分たちが突き破ってきた階層を見つめながら俺はそう思った。

「っつ、大丈夫か、二人とも?」

 かと言ってこのままぼんやりしてるつもりもない。

 起き上がって、そばにいるであろうテラとリンに呼び掛けるも、返事はなかった。

「っ、おい」

 まず、すぐ近くでのびていたテラを強引に揺り起こす。

「ううん……」

 息はあるようだ。

 少し離れたところのリンも、身体がわずかに上下の運動を繰り返している。

 頭を押さえて起き上がったテラは、さっきの俺のように頭上、自分たちが突き破ってきた上階の天井及び床の穴を見上げた。

「リュウト、……ここは……?」

「知らない。ずっとずっと下の階だろ。いったい何階分落ちた?」

 最後のは一人言だった。けれど、テラはその答えを口にした。

「地下、三十階みたいだ」

「は?」

 驚きに、テラを二度見する。

 テラは静かに自分たちが落ちてきた穴を指さす。

 俺たちは非常階段の場所からこの階まで落ちてきた。普通に考えればこの場所も非常階段近くであるのが普通だ。なのに、俺たちの倒れていた場所は広い空間だった。付近に階段はない。上りように天井から降ろされている階段も、下りように階下へつながる階段も。この階だけ、他と構造が違う・・・・・・・のだろうか。

 かすかな疑問を抱きながら、俺はテラの指さす天井に空いた穴、上の階からすれば床に空いた穴を見上げた。

 上の階の様子は非常階段のもののようだ。

「で?」

 それだけでこの階を地下三十階と思うには、俺にとっては判断する情報が少なすぎた。

 テラは顔を少ししかめながらも、上階を指さしたまま、

「地下29階ってある」

「あん?」

 言われて、俺はまた天井の穴を見上げた。

 この階の天井は、他の階よりかなり高かったが、それでも天井に空いた大穴、そこから見える上階の非常階段の様子。壁に付けられたプレートから、地下29という表示を読み取れた。

 上が地下二十九、つまりすぐ下のこの階は地下三十というわけだ。

「……俺たちって何階にいたんだっけ?」

 少なくとも地下ではなかった気がするが。

 これだけ階層をぶち抜いてきても、全員少し気を失う程度で済んでるとは、テラもなかなかに魔法がデキる奴だ。

「どうやって上に上がればいいんだ? 階段ないぞ」

 テラがそんなことを呟く。

「とりあえず、ホルミナさんを起こそう」

 未だ起きないリンを親指で示し、俺は苦笑した。

「……そうだな。おいホルミナ! 起きろってば!」

 リンを起こすテラの口調は、女の子に対してのやり方としてはいささか荒かった。起こし方も、ゆさゆさと優しく揺するようなものではなく、ぶんぶんと表現した方がしっくりくる荒さだ。攻撃しようとしてきたのがよほど許せないのか。攻撃されかけたのは俺の方だけど。

 呆れたように笑い、テラに優しく起こすように言おうとして、俺はそこで不可思議なを聞いた。


 …………ヴウウウゥゥゥゥゥゥゥン……


 どちらかというと翅音だった。カブトムシ・・・・・なんかが飛ぶときに響く、あの音…………。

「っ!?」

 勢いよく振り返る。

 天井の穴の奥を凝視する。

「どうした、リュウト?」

 こちらを振り返りながら、テラが聞いてくる。

「……いや、なんでもない」

 先刻のヘラクレスオオカブトはいなかった。あんな金属の身体で、しかもあれだけの巨躯なら遠距離からも視認できる。少なくとも、まだ目の届く範囲にいないことは確かだ。

「テラ、も少し軽く起こしてやれよ」

「こいつ俺たちを攻撃しようとしてきたんだぜ!?」

「俺をだろ? お前を狙ってるわけじゃなかったはずだが」

「リュウトはこいつのこと許せるってのか?」

 その言葉からすると、やはりテラはリンのことが許せないようだ。けれどまあ、それはテラの考えだ。

「まあ、今のところは何もされてないし」

 攻撃してきたのにも理由があったっぽいし。――理由なく攻撃されるというのもいやだけど。

 俺の言葉に、テラは思いきり顔をしかめたが、反論はしなかった。しぶしぶといった風に、リンを起こす手を丁寧なものにする。

「う、……うう、ん」

 やっとリンも起きた。

「しかし一体何やるんだここ?」

 立ち上がりながら、テラは自分たちのいる部屋を見回した。

 天井も、壁も、床も白一色だった。

 何か実験でも行うのか、部屋の中央にはいかにも精密そうな巨大な機械が設置されている。何のための機械なのだろうか。青い液体で満たされたガラス製ポッドのような物やパイプや赤や黒のコードが取り付けられている。

「ん? 何あれ?」

 テラが機械に取り付けられたポッドを指さす。

 目を凝らしてみると、青い液体の中には小さな光が無数に発光していた。まるで夏の夜に飛ぶホタルの光のようだ。

 無数の小光は、それぞれが絶えず明滅しさらに液体内を不規則的に動いていた。

「なんか、きれいじゃね? リュウト?」

 テラの感想に、俺は何も言わない。

 テラはあの光をきれいだと言った。確かにきれいだ。最初は俺もそう思った。でも今は、もっと強く思う感情がある。

「リュウト、何で睨んでんだ? きれいじゃないか」

 気色が悪い。あれがなんだろうと構わないが、俺はアレに近寄りたくない。心の底から、嫌悪感が噴き出してくる。

 ――あれは一体、何だというのだ。

「ちょっと!!」

 鈴の鳴るような声が俺の耳に届いた。

「ここ一体どこよ!!」

 そういえば地下三十階の下りではまだ気絶していたっけ。

「うっせえ!! 黙ってろよ!! お前のせいでこうなったんだろ!!」

 テラの声が大きい。

 優しく起こしはしたが、リン自体を許したわけではない、ということか。実に面倒だ。

「2人とも落ち着け。とりあえず上に上がる方法を……」

 考えようという、俺の言葉が途切れる。


 ……ヴウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ


 またあの翅音だ。しかも今度はさっきより大きい。

「何、この音?」

「何だ?」

 二人も聞いている。空耳ではない。でもさっきは金属甲虫ヘラクレスの巨体なんて……。


「んん!!?」


 リンが悲鳴を上げる。

 俺がリンの体を押し倒したせいだ。

 倒れこんだ俺とリンの頭上を、一陣の風が駆け抜ける。ナニが風を起こしたかなんて見るまでもなくわかる。

「……!!」

 近くでテラが息を呑む音が聞こえた。


 ガシャガシャゴショ!! と、機械の部品が組み替わって変形していく音が響く。


 金属の巨人が、再び俺たちの前に現れた。

「にっげろおおお!!」

 テラが叫んだ。起き上った俺とリンも、一目散に巨人から距離を取っていた。

 ガシャシャッ、とまたあの変形音が背後でなる。翅音が幽かに聞こえた。

 壁際まで走っていた俺たちの横を、風と共に金属甲虫が飛び越した。

 普通の甲虫の、飛び方ではなかった。腹の部分を先端からV字に開き、そこから巨大な翅を六枚ほど展開して飛んでいる。

 金属甲虫は、空中で旋回して俺たちと向き合う形を取った。

「来る!!」

 直感的に、そう叫ぶ。

 まさに直後だ。

 V字に開いた腹の断面部、金属甲虫の背面から、火炎がジェット噴射のように噴出した。

 その加速は、すさまじいものだった。テラと俺が回避行動に移れたのも、ほとんど運が良かったからだ。もしもっと遅くに動いていたなら、間違いなく金属甲虫のツノに串刺されていただろう。リンの方は俺が抱えるようにして回避した。

 左右に避けた俺たちに対し、金属甲虫の軌道は変わらずのストレートだった。ジェット噴射を使うと小回りが利かなくなるらしい。

 けれど、大事なのはそこじゃない。

 金属甲虫が通り過ぎていくのを見た俺は、さらにヘラクレスの突進する先にあるものを見た。

 部屋の中央、精密そうな機械、さらに、そこに付けられていたガラスポッドへと、金属甲虫の鋭利なツノが吸い込まれていくところだった。

 刹那。


 金属甲虫の衝突した装置が、爆発を起こした。


 爆発自体は大爆発と呼ぶほど大きなものではなかった。しかし爆発の直後、物理的な爆発の後に、第二の爆発が起こった。閃光手榴弾でも使ったかのような、光の発行だった。すさまじい光量が俺たちを包みこむ。

「きゃああああ!!」

 俺のすぐそばで、リンが悲鳴を上げた。

 爆発そのものには、やはり大きな被害はなかった。俺たちも、しばらく動けなくなるなんて事態に陥ったりもしていない。

「……あのカーカスみたいな奴は?」

 テラの声が聞こえた。

 あの金属甲虫の様子は、爆発で生じた煙でわからない。

 でも、

「今は逃げる方が先だ!!」

 しかしどうするか。

「せめて上の階まで行けたら……」

 非常階段を使って逃げ切れそうなのだが。

「上の階?」

 すぐそばで、リンの声がする。

「上の階まで行ければいいの?」

 彼女の視線は、俺たちがここまで落ちてきてできた大穴を見上げていた。

「ああ、」

「なら」

 リンの右手が、天井の穴に向けられる。

「あそこのうるさい子も、あんたも一緒なのよね?」

「あ、ああ」

「――――――――――」

 彼女の口が、魔法詠唱を紡ぎ始める。

 浮遊呪文だ。

 これならば、あの天井の穴を通って29階に上がることもできるだろう。

 心に余裕ができたからか、俺は背後の爆発した装置を振り返った。背筋が凍りついた。

 破壊された機材、割れたガラス片、その中に、銀色のヘラクレスオオカブトの巨大な体躯が埋もれていた。埋もれているだけだった。

 俺の中に、原因不明の焦燥が生まれる。

「はやく!!」

 傍らのリンへそう叫んだ。

「――っ!? 『ブロード・バロー』」

 任意に指定した物体を空中に浮かせる浮遊魔法が、俺とテラとリンの身体を上方へと持ち上げる。

 大穴を潜り、無事地下二十九階に着地。

「じゃ、早くここを……」

 離れよう、というテラを、片手を挙げて制する。

「何だよ、リュウト!?」

「ちょっと黙ってて」

 口元に人差し指を当てて、沈黙を促すジェスチャー。ゆっくりと、俺は床の大穴から地下三十階を見下ろした。

 機械の残骸の山の中から、金属甲虫の姿が這い出してきた。あの爆発で、なんら大きな損傷ダメージにはならなかったらしい。金属甲虫は周りを見回していたようだったが、俺たちの姿が認められないと認識すると沈黙した。

「!?」

 ごくりと、思わず息を呑んだ。

 金属甲虫の巨躯が、見る見るうちに透けていく・・・・・

光学迷彩ステルス機能」

 それで翅音が聞こえても姿がわからなかったのだ。

「よし、もう十分だ。早く離れよう」

 もうここに留まるメリットもない。

 俺たちは無言で、地上の階まで階段を上った。




 さて、危機を乗り越えたところで。

「ホルムナさん」

 いろいろ確認しておきたいことがある。

「さっきの続き、おばあちゃんがなんたらって言ってたような気がするんだけど……」

 リンの目が、トイレを出たときのように鋭くなった。言わない方が良かったかな。

「……お姉ちゃんが言ってたもん」

 絞り出すように、リンが言葉を紡ぐ。

「おばあちゃんが死んだのは、カワキの神子が悪いんだって。あんたのせいで、おばあちゃんが死んじゃったって。なんでよ!! おばあちゃんは何もしてないのに!!」

 返す言葉が見つからない。これは思った以上に重い展開ではないだろうか。ここで俺がカワキの神子じゃないと言ったところで、言い訳してるようにしか聞こえないだろうな。だからって彼女に同情する気は微塵もないが。

「お前、何言ってんだよ」

 俺に変わり、テラが口を開いた。リンがテラの方へと視線を向ける。その目じりには、きらりと光る小さな雫があふれていた。

 それを見ても、テラははっきりと言った。

「カワキの神子カワキの神子って。リュウトはカワキの神子じゃねえよ!! それに、もしもリュウトのせいでお前のばあちゃんが死んじまったとしてもだ。仕方ねえじゃねえか!! 生き物はみんな死ぬんだよ!! お前はリュウトが自分からお前のばあちゃんを殺したっていうのかよ!?」

 今度はリンの番だった。悔しそうに歯を食いしばりながらも、その口からは何の音も出てこない。

「……あた、あ、しは……あ、ああああん」

 ついに堪えきれなくなったように、大量の涙が溢れ出す。

 泣き出した彼女を見て、テラは目に見えて狼狽した。

「え、と。あ?」

 もしかして泣かせる覚悟もなく語ったのか。話してる時はいつもながら5歳とは思えなかったが、こういう先のことを考えていないところってのはやっぱ5歳のそれなんだな。

「リュウト、どうしよう」

 助け船が求められた。

「とりあえずこのままみんなの所へ。ホルムナさんについては転んで怪我でもしたことにすればたぶん大丈夫だろう。実際怪我してるし」

 そんな悪知恵を働かせた俺の提案に、テラの表情は一気に冷めていった。


      ◇


 夜、ルーク・キミラは朝方訪れた研究所に再び足を運んでいた。

「ガード博士!」

 地下三十階。そこにいきなり通されたルークは、エレベータを降りた途端知人の出迎えにあった。

「ルークくん。よく来てくれた」

「それより連絡は本当なんですか!?」

 ルークの声音には、焦りが含まれていた。

「うむ」

 ガードが頷く。

「すまん、危険はないと言っておきながら……」

「原因は何ですか?」

「単純に、大きな衝撃が補完装置の機能をダメにしてしまったらしい。それで……」

Kr因子の爆発・・・・・・・ですか」

「うむ」

 ルークが自分の頭を、手で押さえる。

「犯人は?」

「不明だ。しかし……」

 ガードの顔に、わずかな戸惑いが浮かぶ。

「なんです?」

「うむ、今朝話したな。最近導入した警備兵があるから大丈夫だと」

「はあ、それが?」

「警備兵の数が合わん。一体足りない。研究所へは床を突き破って侵入したらしい。いまこの施設内で研究所の壁や床を破壊できるのは警備兵しかおらん」

「裏切りですか?」

「裏切りというよりは、ハッキング・・・・・じゃろうな。あれは最新式の人口電子頭脳をつんでおるから」

 それはルークを驚愕に固めるのに十分な言葉だった。警備兵が人でないことも十分驚きであったが。

「人口電……今の技術力で造れたのですか!?」

「表には公表しておらん。したら何に悪用されるかわかったものではない。しかし……」

「その警備兵が操作されたと?」

「現時点ではそうしか考えられん」

「まさか、奴ら・・のせいじゃ」

 ガードの顔が、わずかに歪む。

「奴ら? 安全委員の方が警戒しとるというやつか」

ルークの返答は、肯定の頷きだった。

「奴らならやりかねないでしょう」

「うむ、……ここは今も昔も物騒じゃな」

 そうですね、と頷いてルークは「しかし」とガードの目を見ていった。

「幸いでしたね。今日はソージックの子供たちが来ていたというのに、誰も被害に遭ってなくて」

「うむ。そこだけは安堵できるわい。子供たちの誰も・・・・・・・、Kr因子に侵されずに済んだのだからの」

 一息ついて、ガードはしみじみと呟いた。

「我々はもう、『ヨミ』のような怪物を生んではならん」

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