3,定期戦1日目
時刻は午後の三時頃……。
応援席にて。
『スカイ・ファイラ』は、まさに激動の瞬間を迎えていた。
『スカイ・ファイラ』はポイント制で、試合終了後の最終的なポイントの大小で勝敗が決まる。
ポイントの加点に深く関わるのは試合中の選手の戦闘、攻防の技量の高さ、技の威力、などなどだ。
相手に大きなダメージを与えるたと判断されればポイントが与えられるし相手の攻撃を防御しても同様、さらにそれが高い技術によるものならば、なおのこと高得点が見込まれる。
逆に、ポイントの減点に影響するのは、自身に与えられたダメージの大きさと、エリアに身体が触れていた時間、などなど。
この『スカイ・ファイラ』最大の特徴は、空中戦が主体であるというところにあり、エリアに足をつけていれば、それだけで減点の対象になってしまう。もちろん、相手の攻撃を防げなかった場合の減点も大きいが。
この競技では、選手はとにかく滞空していることを強要される。
浮く手段は、別に魔法でなくとも構わない(まあ、魔法以外で空を飛ぶ方法なんてほぼないに等しいが)。
浮くことさえできれば、基本的に減点はされない仕様なのだ。逆に言うと、常に浮く手段がなければ、常時減点されるというハンデを背負うということであるが。
『スカイ・ファイラ』が魔法主体になりがちなのは、このルールが大いに影響しているからだろう。
……さて、その『スカイ・ファイラ』であるが、今俺の目の前のこの展開は、歴史上初めての光景かもしれない。
戦っているのは、ソージックとラスパーナ。
選手は、ソージック側がレン・カワキ――ていうか俺の弟、ラスパーナ側がグランバルト・ドラグラン。まさに、俺の隣で観戦しているテラの双子の弟だ。この兄弟はいろいろワケアリらしいが、正直あまり関わりたくはないな。
グランバルトは浮遊魔法を自身にかけ、さらに魔法を同時使用して戦っている。特に異端というわけでもない、この『スカイ・ファイラ』においてはオーソドックスな戦法である。
問題はレンの方だ。
「…………」
「こんな飛び方もあるのね」
無言の俺と、簡単というより呆れるような声音のセイラ。
テラでさえ、唖然とした様子で試合場を見ていた。
くどいようだが、この『スカイ・ファイラ』は選手が宙に浮いた状態を前提になっている。浮く方法は基本的に何でもアリだが、現状、魔法による浮遊が一番効率的だ。
天然で空を飛べる人間なんてまずいないし、機械装置を使った飛行は、装置の開発及びメンテナンス等々は完全に自費で行うことになる。
そんなことをわざわざ模索するよりは、魔法で空を飛ぶ手段を考える方が早い。
魔法の場合、浮遊魔法での浮遊・飛行が一般的であり王道で、その場合は、浮遊魔法を自身にかけて浮遊するか、浮遊魔法をかけた物体に乗るかの二通りになる。
自身の魔力を下方へ噴射させ、フライボードの要領で空を飛ぶような戦法も過去にはあったらしいが、当然、浮遊魔法の方が効率がいい。使いようにもよるかもだが。
そんなわけで、グランバルトが今まさに浮遊魔法を自身に使っているわけだが。
浮遊魔法を自身にかける場合、他の物質へかけるよりも集中力を必要とする。もちろん、自分に使うか乗り物に使うか、それぞれでメリットもデメリットも変わってくるが。自分の浮遊に相当の集中力を使い、さらにその上で高いレベルの魔法攻撃を繰り出す魔法センスは、さすがといったところか。
対するレンの方は、浮遊魔法は使っていない。
では、フライボード式で飛んでいるのかといえば、そうでもない。
高速で、レンは試合場内を飛び回る。その速度は、グランバルトの魔法以上だ。炎の塊が、水の圧縮噴射が、風の刃が、レンをめがけて放たれては、あえなく的を外していく。
空を飛ぶレンの背中には、一対の黒い翼が生えていた。
試合開始直後、レンの背中から突如として出現した、鳥類のような翼だ。
「――生体変化魔法……」
あれが、レンの魔法によるものであればそれだろう。
記憶の中の弟の背中に羽なんてなかったし、おそらくは魔法による生体改造の一種だとは思うが……。
レンの背中に生えた翼は、力強い羽ばたきでレンを高速飛翔させる。
「よくわかったわね」
リンが、感心するような口調で俺の呟きに応じる。
「……完成させたのか、レンは」
生体変化魔法は、今のところは実用段階にないはずだ。
レンが使ってるということは、あいつが独自に開発してしまったということだろうが……。
「加速魔法よりよっぽど難しいと思うんだけどな……」
頬杖を突きながら、そんなことを呟く。
ちなみにその加速魔法はまだ完成してないらしい。
思い付きで提案してしまった身としては、少々悪いことをしてしまったと思わないこともないが……。
しかし、変形させた生体の後処理はどうするつもりなのだろう?
肉体を変形させた場合、元の形状に戻す方法はどうすればよいのか――それが、生体変化魔法が実用化できていない一番の理由だったと思うが。
レンがそのあたりを疎かにするとは思えない。
元の自分の姿に戻るための生体変化魔法を別に用意しているのか、時間で戻る式に設定しているのか。リスクを考えると後者だろうか。
もしそうならば、画期的な魔法の開発といえる。
さすがは天才。歴史を変えるほどの偉業を、まだ十四の年で成し遂げてしまうとは。同じ遺伝子を持っているとは、思えない。
別に、今に始まったことではないか。レンは昔からいろいろやってたしな。
『カワキ選手、ドラグラン選手の猛攻を躱す! 躱す! 躱す!! 凄いスピードだあァァァ!! 目にも留まらぬ速さとはまさにこのことだああぁぁぁ!!』
シャルル・シゲキの実況が、会場中を震撼させる。
呼応するように、割れんばかりの歓声が巻き起こる。
まあたしかに、実況の言う通りレンの機動力はかなりのものだ。
ぶっつけ本番状態であれだけの機動性をものにしているとは考え難い。かなり練習したのだろう。
常に浮遊魔法を使って自身を浮かせているグランバルトに比べて、その速度の差は歴然としている。
しかも、生体変化魔法ならばレンはグランバルトと違って魔力を常に消費する必要がない。つまり今レンが出せる最高火力の魔法攻撃の威力は、グランバルトのそれを大きく上回るはずだ。
「……動いた」
その時、今まで回避に徹していたレンが攻撃に移った。
グランバルトに向けられた掌から、極太の魔力の光線が放たれる。
自分自身への浮遊魔法は、高速移動に向かない。
ふわふわしてるグランバルトは、いい的だ。そして、レンがそんな的を外すはずもない。
命中すれば、たった一撃でかなりの加点が見込めるだろう。
果たして、光線がグランバルトを呑み込もうとした時、グランバルトが両の手を前へと突き出す動作をする。
次の瞬間、グランバルトの姿が、がくりと下へ落ちる。まさにグランバルトに当たるはずだった魔力光線は、その直前まで彼いた座標の手前で見えない壁に阻まれたかのように途切れてしまう。
回避は不可能と思われたその状況下で、グランバルトはレンの攻撃から回避してみせた。
グランバルトが何をやったのか、それは、彼自身の落下と、レンの魔力光線の結果を見ればすぐにわかった。
あらゆる魔法を無力化する、グランバルトが習得している最強の対魔法用の防御魔法。
――対魔障壁である。
対魔障壁発動中は、術者は魔法を一切使うことができない。
その特性を逆手に取ったわけか。
けれど、これはグランバルトにとっても大きな賭けだろう。
対魔障壁を解除して、自身へ浮遊魔法をかけ直すのがこの場合のセオリーだが、そうなればレンからの追撃は対処できまい。かといえ、このまま何もしなければたちどころに着地してしまう。エリアに触れてしまうのは、たとえそれが一瞬の時間であっても無視できない減点となる。
浮遊魔法を起動すれば、レンの攻撃を喰らって減点される。
このまま対魔障壁を起動させ続けても、エリアに着地することで減点を喰らう。
どちらの選択肢を選んでも減点は確実。
ならばこの場合は、より小さな減点に抑えるのが最適解のはずだ。
あくまでも……グランバルトのみに選択肢が与えられている状況ならば。
その時――。
落下していくグランバルトめがけて、レンの追撃の光線が発射された。
グランバルトにとっては最悪の展開だろう。
素直に着地を受け入れても、どの道攻撃を受けるのならば最適解も何もない。グランバルトにとっての大減点が待ち受けている。
この現状を、どう打破するのか――。
落下するグランバルトが、両腕を突き出す。
その両の掌から、ジェット噴射のように魔力が放射される。グランバルトの身体が、魔力噴射によって生まれた推進力で勢いよく横方向へと吹き飛び、魔力光線の軌道から逃れた。
軌道を上方へ修正し、立て直しを計るグランバルト。
だが、その間レンが黙っているわけがない。
上方へ上がろうとするグランバルトの先へ、レンが先回りする。巨大な翼の羽ばたきは、グランバルトの魔力噴射の速度を優に上回っていた。
レンの姿が、空中で縦に一回転する。
その足先、踵が、ちょうど上がってくるグランバルトと衝突する。
強烈な踵落としが、グランバルトの身体を下方へ弾き飛ばした。
さらに、なんとか踏みとどまろうとするグランバルトへ、レンの魔力光線が放たれる。グランバルトにそれを回避する余裕は――なかった。
グランバルトを飲み込んだ光線が、そのまま地面を抉るかのように激突する。
『見事な追い打ち! カワキ選手攻撃の手を緩めない! ドラグラン選手これは厳しいかぁ。戦闘不能となってしまえば、その時点でカワキ選手の勝利が決まりますが……立ったァァァ!! ドラグラン選手立ちました! 勝負はまだ終わっていない。しかしこの状況からどう巻き返すつもりだああぁぁぁ!!』
実況の声にも、白熱するほどのテンションが感じられる。
会場は、これ以上ないほどの熱気に包まれ、試合もいよいよクライマックスを迎えようとしている。
レンの怒涛の攻撃に耐え、再び空へと浮かび上がるグランバルト。
だが、レンとのポイント差を覆すのは困難だろう。踵落としと魔力光線と、立て続けに攻撃を喰らい、なおかつ地面に触れてしまった彼の総合的な失点は大きい。
レンの方は、二度の攻撃で与えたダメージで見ても、それなりのポイントが加算されているだろう。
大きくポイント差をつけられてしまったグランバルトが、この差をどう覆す算段なのか。
白熱する試合場で、レンとグランバルトが、激突する――。
――結局、試合に勝利したのはレンだった。
ある意味当然の結果であるといえてしまうのは、さすが天才と言われるだけの実力を幼少から発揮してきた弟だ。
で、今俺は、試合後の選手待合室が並んでいる廊下にいるわけだが。
何故か、セイラも一緒についてきている。それほどに退屈なのだろうか。
ソージック選手用に割り当てられている控室前。
レンの試合が終わってすぐに来たから、いるかいないかはわからないが、まあいなかったとしても少し待っていれば会えるだろう。
……ノックした方がいいんだろうか?
握り拳を上げようとした時だった。
「あれ、兄さん!」
まさに、横から声がかけられる。
知っている声。随分と身近に聞いてきた声。
幼少から天才と称賛されてきた我が弟は、未だその背中に黒く巨大な翼を生やした状態の、『スカイ・ファイラ』のユニフォーム姿で廊下を歩いてくる。どうやら、今しがた戻ってきたばかりのようだ。
「試合、お疲れさん」
まずは先のレンの試合への健闘を労った。
しかし、当のレンの返事は、
「なんでここに?」
という、せっかくの俺の慰労の言葉を無視した疑問の問いだった。
せっかく労ってやったというに、この弟は……。
「自慢の弟が試合で勝って、労いに来ちゃ不思議かい?」
「……兄さんはそういうことする性格じゃないと思ってたけど」
一瞬の間の後、レンは冷静にそう指摘してくる。
……このガキは。そりゃ、半分ぐらいは冗談が入っていたけど。
とはいえ俺も、明確に期待していたリアクションがあるわけでもない。
「試合、お疲れさま」
改めて、労いの言葉を送る。
もっとも、こいつにとってさっきの試合が苦労になっているかははなはだ不明ではあるが。
そもそもこいつは、試合中にピンチになるなんて状況にはならなかった。そんな奴に、「お疲れ」というのは少し滑稽に思えてしまう。
「健闘」という言葉を使うなら、むしろ相手のグランバルトの戦いぶりの方がよっぽど健闘しているといえるだろう。……あいつのことは嫌いだけど。
俺の言葉に、レンは苦笑するように鼻を鳴らす。
「あんまり、必死に戦ったわけじゃないけどね」
意外な言葉が、レンの口から紡がれる。
あんまり、自分の能力を鼻にかけるような子じゃないんだけど。
レンの口調を聞いていると、「割と簡単な方だった」という風なニュアンスに聞こえてしまう。
……そういえば、レンもグランバルトに対していい感情を抱いてなかっただろうか。
「……で、それだけ?」
――と、レン。
そうだった。
つい忘れるところだった。
「生体変化魔法、いつ完成させてた?」
「別に、まだ完成してるってわけじゃ」
「謙遜はよせよ。未完成の魔法だった場合、お前、結構やばいことになるだろ」
もし安全性の保障がないのであれば、勝敗の取り消しか、あるいは所属陣営への大幅減点か。
いずれにせよ、そんな危険物を持ち出したリスクは、小さくない。
けれど、レンは苦笑して首を振り、
「僕が考えてる生体変化魔法には程遠いってだけさ。それに安全面なら大丈夫。あと一時間もすれば、この翼も消えるから」
背後に折りたたまれた漆黒の翼を肩越しに振り返り、レンは言う。
黒い、鴉のような翼。
改めて見てみると、やはり中二臭い感じがするような気がする。レンも今年で十四だし、もしやと思わないこともないが。
まあ、変に勘ぐったりはしないでおこう。
「相手はどうだった?」
「さっきも言っただろう? あんまり本気出せる相手じゃ、なかったね」
……やっぱり辛辣だ。どうしちゃったのレン君?
なんともなしに、肩をすくめる。
一応、あいつ俺の友達の弟なのよ? まあ俺は嫌いだけどな。
もっとも、グランバルトの敗北に関しては得意としていた対魔障壁を存分に活かすことができない土俵での試合だったのだと、一応の弁明はできるが……。まあ俺はそんなフォローしたりはしないけど。
その時、背後からちょんちょんと背中を小突かれていることに気づいた。
それまで蚊帳の外の状態だったセイラが、やや上目遣いにこちらを見ている、
「何、でしょうかな?」
「リュウト君はあのラスパーナの選手と知り合いなの?」
あのラスパーナの選手、というのはグランバルトのことだろう。
たしかに知り合いではある。まあ、相手が俺のことを覚えてるかなんてわからないし知ったこっちゃないが。
「知り合い……ていうか、顔見れば気づくかもだけどあいつはテラの兄弟だよ」
グランバルト・ドラグランの双子の兄、テラヴァルト・ドラグラン。
「へえ、道理で、顔がそっくりだと思った」
胸の前で両手を軽く合わせ、セイラは納得の言葉を口にする。
なんとなくわざとらしいように感じるその仕草から、彼女のグランバルト・ドラグランへの印象が窺えるような気がする。
ちなみに、ドラグランという家系は、もともとはラスパーナ王国の名家とのことだ。
テラとグランバルトの容姿は、よく似ている。
瞳の色などで見分けはつくが、顔の造形は生き写しといってもいい。
というよりも――、
「カミネさん、あいつのこと知ってるの?」
「え、ああ、うん。まあ、ね」
歯切れのよくない答えが返ってくる。
過去に何かあったのだろうか? 因縁的な感じのやつが。
俺の視線の先で、セイラは苦笑する。気のせいか、視線が横に泳いでいるような……。
……なんだかな。
グランバルトって、結構不憫なキャラなのかもしれないな。同情しようとかは全然思わないけど。




