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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第三章 再来の襲
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1,通り魔のメソッド②

「がはっ」


 トレントは口から、大量の血塊を吐き出した。

 場所は、トレントが現在住まいとしている、とある家屋の一室。

 時刻は深夜。

 部屋が静寂に静まる中で、彼が吐血する音だけが生まれている。

 明かりもつけられていない部屋の中には、彼以外にも人がいた。

 膝をつき、苦悶の声と血を吐く彼の横に、足を組んで椅子に座る影があった。

 黒髪黒瞳で、黒装束の青年。

 青年は、無機質な視線をトレントへ向けている。彼の負傷に、まったく心配する様子は見られない。

 ただただ、血を吐きだして苦しむトレントを見ていた。

「おえっげ…………」

 やがて、トレントの吐血も、やっと落ち着いた頃。

「混血者になっていなかったら即死だったろうにな」

 感情のこもらない、淡々とした口調で、青年は言ったのだった。

 その視線は、トレントの左の脇腹へ向けられている。そこに、無残な傷があった。何か、やすりのような粗いもので、肉を服ごと抉ったような。皮膚はもちろん引き裂かれ、肉もごっそりと削られ、肋骨も何本かは外から見えるほどに。

 おそらくは、内臓にも多大なダメージを負っていることだろう。

「まったく……ぐっ、そう、ですね。ゲホッ」

 せき込みながらも、トレントは同意の言葉を口にする。

「あの、棚にある薬を、取ってくれませんか?」

 言って、トレントは部屋の隅に置いてある棚を指で示す。

 青年は溜めた息を吐くと、椅子から立ち上がり、トレントに言われたとおり棚へと向かう。

「どの薬だ? 俺には判断つかん」

 だが、ガラス越しに陳列された薬瓶の数を見て、トレントを振り返る。

「……12番のラベルのやつを、お願い、します」

 言われて、青年はショーケースの中へ視線を戻す。

 明かりのない部屋であるため、本来瓶に張られているラベルなど読めないはずだが、青年の視力には関係なかった。

「12」と、簡素にそれだけの数字が書かれたラベルの瓶を取り、青年はトレントのもとに戻る。

「あ、ありがとう、ございます」

 瓶を受け取ったトレントは、片手で瓶の蓋を開け、中身を脇腹の傷へかけた。

 瓶の中身は、短時間で欠損した部位さえ再生させてしまえる魔法薬だ。

 高度な魔法力を練られて作られた薬品の効果は、すぐさま現れた。

 ごっそりと抉られた状態だったトレントの脇腹の肉が、人智を超えた超再生により修復されていく。

「ぐ、う、あぁ……」

 一方で、肉体の超再生に伴う激痛に、トレントは呻き声を上げた。

 その様子を、やはり青年は無感情に見ている。

 やがて、トレントの呻き声も収まってくると、新たな質問を口にする。

「どんな奴にやられたんだ?」

 当然と言えば、当然の疑問だ。

 今現在のトレントの肉体は、常人のそれを超えた頑強さを持っている。

 身体の耐久力以外にも、筋力、生命力、感覚器官も、青年ほどではない・・・・・・・・にしろ常軌を逸する域にある。

 そんなトレントの肉体に、ここまでの損傷を与えたのは、一体何者なのか?

 安全委員の戦闘員クラス以上でも、実力的には相当困難だろう。たとえトレントに、戦闘経験がほとんどないとはいえ、だ。

「わかりません」

 しかし、トレントから返ってきた答えは、不明の言葉だった。

 その返答に、少なからず青年は目を丸くする。

 一応、トレントは今の彼・・・になる前は諜報活動を主としていた。その彼が、答えることができないとは、どういうことなのだろう。

「ただ、僕のことをもの凄く恨んでいるようでした。だから、余計にわからない。あんな男、今までに一度だって会ったことがないんですが……」

 自信を負傷させた相手を思い出すように、トレントは語る。

「たったの二撃で、ここまでの負傷を……。それに、武器もよくわからないものでしたし」

「心当たりはないわけか」

「ええ、まったく。まあ、我々に恨みを抱く人間など、いないわけでもないですから、そうそうに驚くことでもないですが」

 溜め息交じりに、トレントはそう言ってみせる。

 実際、トレントたちが所属する組織を恨む人間たちはいるわけで、トレントが襲われた理由自体は、深く考察する意味はない。

 もっと憂慮すべきことは、

「予定に変更はない。七月の計画は、中止されることなく実行されるだろう」

 トレントの思考を先読みした青年が言う。

「たとえ、新たな不安分子が現れても、だ」

「はい」

 青年の言葉に、トレントは短く答える。

 わかりきっていたことだ。

 どんな不確定要素が出ようとも、今回の計画が中止などされないことなど。

「そう言えば、今回の最終的な目的はなんなのでしょうか?」

 ふいに、トレントはそんな疑問をぶつけてくる。

 青年は、わずかの間を置いてから、

「さあな」

 とだけ言った。

「もともと、ベルスの行動に理由なんてないも同然だからな。前回と同じように、ただこちら側の戦力をあえて知らしめるのが目的なのか、それともバギーの時みたいに裏で誰かを切るつもりなのか、それとも、やはり意味などないのか……」

「“死神”さんは、ボスとは旧知の仲なのでしょう?」

 トレントの言葉に、青年――“死神”は苦笑を漏らした。

「あいつのことなど、誰も理解できないさ。それがベルスだ。お前の方は、あいつから何か指示があったりしないのか」

「……いえ、特にはありません」

 仮に指示があったとしても、極秘裏での任務であればこの場で言ったりしないだろうが。

「何はともあれ、また当日に予定変更なんぞされたらかなわん」

 疲労感を滲ませたような声音で、“死神”が溜め息をつく。

「そうですね」

 トレントはただ、同意の言を呟くのだった。

「定期戦襲撃。我らがボスは一体何を考えているのやら。三下の僕にはわかりません」

「それは俺もだ」

 定期戦襲撃。

 それは三年前にも一度行っている、トレントたちが所属する組織――ヘルヘイムが、本格的に活動を活発化させた第一歩の事件だった。

 その計画を、今年も行う。

 それが、彼らの計画。

 彼らが今、一番に起こそうとしている事件である。

 ただ一つ、三年前とは違う点がある。

 それは、


 三年前の安全委員との闘争とは違い、今回は定期戦そのものの破壊が目的であること――


 定期戦の破壊。

 それは、文字通りそこに集まる一般人たちをもターゲットにした襲撃計画であった。

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