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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第二章 解放のディザイア
75/102

14,解放への願望(7)

      ◇


 まさに――。

 それは、神からの啓示に等しい思いつきだった。


 ……二人を殺してしまえ。


 一旦その案が出ると、もう他に解決法がないように思えてきてしまう。

 だから、ナオトの手に、戸惑いはなかった。

 旅館を訪れた客の少年と、常連で通っているラッセル。二人のうち、少年の方はもう始末した。直前に聞こえた銃声は気になるが、今意識すべきは目の前の邪魔者だ。

 残りは、ラッセルただ一人である。

 手を、相手に向けてかざす。

 それだけで、ラッセルが怯むのがわかった。

 ――何故か、その反応に、言いようのない優越を感じた。


 自分は今、相手の命を握っている。

 相手の命運が、自分の手の中にある。

 相手の運命は、自分の思うがままだ。


 優越を感じずして、一体何を感じるというのか。

 ナオトは、自分の精神が極度に凶暴な状態へ変化していることに気づかない。

 ――何故、能力を行使してはダメなのか。

 ――どうして他人に知られてはならないのか。

 自分の中に、歪であれ強固な念を抱いていたナオトには、それらの疑問に気づけない。

 故に、今、殺人なんて大罪を犯すことに躊躇の神経は働かないし、その先に待ちうけているであろう破滅も理解できない。

 今のナオトは、ラッセルの抹殺しか念頭に置いてない。

 イメージを、頭の中でしっかりと形作る。

 世界の理を歪める強大なサイキックの力が、ラッセルを引き裂かんとうねりを上げる暴風を創りだす。

 まさに、ラッセルが風の暴力によって、その身体を吹き飛ばされる――時だった。


 空気を芯から震わせるような銃声が、吹き荒れる風すら引き裂いてナオトたちの鼓膜を叩いた。


 ぎょっと、した。

 先ほども大きかったが、今度はさらに大きな音だ。

 音の発生地点は、さっきよりも近い――。

 そこまで考えた時、ナオトは先ほどまで狂わんばかりに吹いていた風が突如として消え去っていることに気づいた。

 ――否、違う。

 ナオトの意識が、風の制御より優先すべき事態に直面し、能力が解除されたのだ。

 優先すべき事態――それは、ナオトの身体へのダメージだった。

 銃声が鳴ったからには、銃が発砲されたのだ。

 そして今回、銃口から発射されたであろう弾は、明確な照準のもと引金を引かれた結果だった。

「――――熱っ!」

 右手が、灼熱の業火に晒されているかのように、熱い――あつい。

 焼け焦げそうなほどに熱く、指先の感覚がない。

 ラッセルに向けていた右手を、銃で狙い撃たれたのだ。

 腕に残り続ける灼熱の感覚から、滝のように血が流れ出ているのがわかる。

 ドクドクと、脈打つ音が聞こえる。

 ナオトの背筋に、正体のわからない悪寒のような感覚が生まれていた。

 風は、すっかりなくなっている。

 あれだけ耳にうるさかった暴風は、その名残さえ残さずに消え去っていた。

 もともとナオトが起こす風は、自然現象からかけ離れた無理矢理な力業である。

 高気圧も低気圧もないから、ナオトの制御が消えれば途端に霧散してしまう。

 しかし、今ナオトが懸念すべきは別にあった。

 視線が、今しがたナオトを攻撃してきた人物へ向く。

 夜の闇を煌々と照らしだす月光は、ラッセルたちが現れた時と同様、襲撃者の姿を容易に認めさせた。

 その者は群青色の浴衣に身を包み、手にしているショットガンの照準をこちらへ向けていた。


「――――っ!?」


 艶のある長い黒髪が、月光の光を反射している。

 片手で猟銃を構える彼女の瞳には、冷酷な光が現れていた。

 それに気圧されたように、ナオトは底知れない不安感を感じていた。あの少年には、一切感じなかった不気味さが、ナオトの視線を少女に縫いとめる。

 こちらを睥睨する彼女にも、ナオトは見覚えを覚えていた。

 記憶を遡り、はっとする。

 この少女も、今は少ない客の一人である。あの少年と一緒に来ていた……。

「あなたは……」

「――動くな・・・

 ガシャン、と音がして、ナオトはびくりと肩を震わせた。

 それは単に、少女が手を動かしたことでショットガンが音をたてただけだったのだが、ナオトを怯えさせるには充分だった。


動けば・・・撃つ・・


 底冷えするような言葉は、到底、十代の少女のものとは思えなかった。

 先ほどまでナオトの頭の中にあった優越の余裕は、欠片も残っていなかった。

 あるのは、少女に対する恐怖のみだ。

 彼女がこちらへ向けているショットガンの銃口。引金を引かれれば、たちまちにナオトは死んでしまう。

 自分の命の命運を、他人である第三者に握られている圧迫感。

 心臓の鼓動のテンポが、早鐘を打つように速くなっていく。

 先刻のナオトとは、真逆の立ち位置である。

 痺れたように脳の思考が鈍くなり、意識が霞む。

 殺すはずだったラッセルも、猟銃を持つ少女すらも置き去りにして、ナオトは奇妙な浮遊感を覚えた。

 目の前に現れた死の重圧が、逆にナオトの意識を現実から引き離そうとしていた。

 ……しかし、現実逃避に走ろうとしていたナオトの意識が、ふとある点に着眼した。


 少女が、片手で猟銃を持っていることだ。


 少女の腕力が、ショットガンの反動を上回るほどのものなのか。

 あの銃は、成人男性でも両手で撃たなければ反動で腕を持っていかれるほどのものだ。片手で撃つなど、それこそ身体強化でもしなければ難しい。

 果たして、今少女が引金を引いたら、その反動に耐えることはできるのか。

 もしかすると、逆転できるかもしれない。

 ナオトの中に、淡い希望の光が生まれた。

 戦うという行為自体に慣れていないナオトが、自らの思考に矛盾を見つけられなくても、仕方なかったかもしれない。

 ここまでに二回――最低でも一回はショットガンを発砲している少女が、その反動を経験していてもおかしくはない。故に……片手で撃てばどうなるかくらい、予想は充分にできるはずなのだ。

 にもかかわらず、少女が片手でショットガンを持っているということは――――。

 ナオトが反撃のため、左手を少女に向けて上げようとした瞬間、


 ショットガンから、空気を切り裂くような轟音が鳴り響いた。


 照準は、ナオトより一メートルほど手前側の浜だった。

 一発ですさまじい威力を出すスラッグ弾が地面にめり込む。

 砂利が舞い散り、ナオトの足にまで飛んだ。

 それだけで、反撃の意志は瞬時に萎えた。

 少女は、片手でショットガンを撃った。反撃するために少女の挙動を見ていたナオトには、だからわかってしまった。

 少女の狙いは外れたのではなく、最初からナオトから外して撃つつもりだったのだろう。おそらくは、自分は片手でも充分だというアピールのための威嚇射撃だ。

 それが瞬時にわかったからこそ、反撃すれば撃たれると即座に理解してしまったのだ。

「――撃つ・・と言った・・・・

 希望は絶たれた。

 最後の足掻きなのか、撃たれたはずの右腕からは、痛覚が消えてジーンと温かい感覚だけが残った。

 次に少女が引金を引けば、それは間違いなくナオトを狙っての発砲であろう。

 つまり完全に、ナオトの運命は少女が握っている。

 次が、最後だ。

 次――と考えた時、ナオトは再び、あることに気がついた。

 少女は二発の弾を撃っている。

 あのショットガンは射的場に置いてあるものと同型に見えるから、おそらく装填で着るのは二発までだ。

 今、少女のショットガンには一発も弾が込められていないはず。

 ――今度こそ、ナオトは勝機を見た。

 ナオトのその意志は、一か八かの賭けである。

 身体に力を入れ直して、静かに少女を睨む。

 心なしか、少女は苦そうに目を細めた。ハッタリがばれてしまったのだと、あちらも気づいたらしい。

 勝てる――とナオトは確信した。

 たとえ相手の腕力が強かろうが、その前に風で吹き飛ばせばいいのだ。

 左手を少女へ向ける。

 台風にすら匹敵する風を起こそうとして――少女もまた、動いているのを見た。

 やはり、弾は込められていなかったのか、ショットガンを捨てた少女はナオトと同じように標的に向けて手を上げる。

 直後として、膨大な魔力が少女の周囲に収束する。

 その魔力が、火、水、風、三つの変質属性の塊へと変わった。

 まさに、ナオトが風を少女目がけて放とうとする瞬間、少女の三つの魔力塊が混ぜ合わさり、それが目もくらむような白の光へと変わって放たれたのだ。

「――――っ!?」

 放った風が、光に呑まれて霧散する。圧倒的な破壊の光が、ナオトに迫る。

 ナオトの視界が、白で埋め尽くされた。


      ◇


 白光は、先のショットガンよろしくナオトを外れて何もない浜へ衝突する。

 ショットガンのスラッグを優に超える威力が、小規模なクレーターを抉り、砂利を巻き上げ、その衝撃波は周囲を吹き飛ばす。当然、ナオトも。

 ナオトの身体は、光の余波だけで何メートルも後方へ吹き飛ばされた。

 セイラは撒き上がる砂煙に消えていくナオトを目で捉え、掌を向けた。

 青色の半透明の腕が突如として現れ、爆風に飛ばされたナオトへ伸びる。普通の人間よりもはるかに太く巨大なその手は、ナオトの身体を易々と鷲掴みにした。

 セイラは青の手を引いて、ナオトを引き寄せる。

 明確な死を目の前にした恐怖からか、それとも単純に先ほどの光の余波によるものか、気を失っていた。

 ひとまず、一見落着しただろうか……。セイラは吐息を一つついた。

 しかし、瞬時に気の弛緩は引き締まる。

 鋭い視線が、この場においてただ一人の目撃者・・・へと向く。

 ラッセル・ホルーは、呆然とした様子でセイラを見ていた。

 どうしたものか、とセイラは考えた。

 できれば、今しがたやった自分の行いは、誰にも知られたくない。特にこれといって秘密にするような理由はないのだが、面倒事は御免だった。

 前の学校でだって、目立って利益を得たことなどなかったし。


 とりあえず、目先の問題を解決することにした。

 未だ青き手に鷲掴まれたままのナオトの頭の上に、手を乗せる。

 錬気を相手の脳内に流し込み、彼の精神へ干渉する。

 二月の上旬、リュウトが放火魔の不良の一人に対して行っていたものの応用である。

 ナオトの記憶に干渉して、今夜の記憶の中からセイラが関係した場面を抹消する。

 セイラの錬気操作技術をもってすれば、そこまで難しい業ではない。相手側からの干渉・抵抗を避けるためにも、ナオトが意識を失っている今は望ましい。

 作業は、ほんの数秒で完了してしまう。

 青い腕を消し(当然ナオトはくずおれた)、改めてラッセルに向き合う。

 セイラの視線に気づいたのか、ラッセルははっと息を呑んだ。

「――君は……」

誰にも言わないで・・・・・・・・貰えると・・・・助かります・・・・・

 簡潔に、セイラは言葉を紡いだ。

 さして強い語調で言ったわけではない。

 強制したわけではない。

 しかし、

 ラッセルは眉根を寄せたが、反論はしなかった。

「君は一体……」

 ラッセルは、セイラに何かを訊きかけて、言葉を呑みこんだ。

 彼の脳内に再生されたのは、さしずめ先ほどのナオトとの戦い(?)の場面だろう。

 自分を殺そうとしてきた彼を、一方的な破壊の暴力で逆にねじ伏せたセイラに、警戒心が働くのは当然だ。

質問は・・・なしに・・・してください・・・・・・

 その一言が、決定的だったのだろうか、ラッセルは、言うか言うまいか揺れていた質問を完全に引っ込める。

 セイラは、大きく吐息をつくと、放り捨てたショットガンを拾い上げた。途端に、ラッセルがびくりと肩を震わせる。

 しかし、セイラの視線はラッセルには向いていなかった。


「いい御身分ね」


 セイラの視線の先には、先ほどナオトの風により彼方に飛ばされていったはずの少年がいた。

 黒い外套の下にセイラと同じ群青色の浴衣を着た、黒髪黒瞳の少年。

 セイラは、少年の出現にさして驚いた様子も見せず、猟銃を肩に担ぎ、話を続ける。

「いつからいたの?」

「……つい、数分くらい前からかな」

 とすれば、先ほどのセイラの行動は見ていたのだろうか。

 まあ、いいかと投げやりに考え直す。

 思い出してみれば、彼には、ある程度セイラのことは知られているわけだから、先刻の行為を見られたのだとしても、今更な感がしてならなかった。

 さすがに、最も秘密にしているあのこと・・・・は言っていないが……。

「そのショットガンは……」

「ええ。射的場から拝借してきたの。昼間は撃てなかったから、ちょっとわくわくしちゃった」

 冗談めかして、そう言った。

 リュウトは、呆れたような、引き攣ったような、微妙な笑みを浮かべながら「そう」とだけ返す。

 セイラは、地面にくずおれているナオトと、呆然としているラッセルをちらりと見て、


「後はお願いできないかしら?」


 後のフォローを、リュウトに丸投げた。

 暴れるだけ暴れて後片づけは他人任せ、と言えなくもないが、その辺りはお互い様だ、とセイラは考えていた。

 リュウトはわざと攻撃を喰らって、戦線離脱を謀って、後のすべてをセイラへ放り投げたのだから。彼が対峙していた問題を解決してやったセイラとしては、後処理まで引き受ける気は毛頭なかった。

 セイラはポルターガイスト発生を止めたかった。リュウトもまた同様の目的で動いていたので、それに便乗するような形で介入した(一発目の銃声)結果、リュウトにナオトを押しつけられた。

 どの道介入していたとは思うが、それにしてもあんな風に突然バトンタッチされるとは予想していなかった。

 しかし、結果として見てみれば、セイラにとってはポルターガイストの元凶を他人リュウトが教えてくれた。リュウトにとってはナオトの鎮圧を他人セイラがやってくれた。

 ギブアンドテイク……の関係になっているかはわからないが、これ以上、この場にいてもセイラにとって利益などない。

 リュウトは肩をすくめてみせたが、拒否はしなかった。

「……わかったよ」

「じゃあ、お願いね。いい夜を」

 微笑して、セイラはそんな捨て台詞を残して、その場を立ち去った。


      ◇


 群青色の美少女が、猟銃を担いで去っていく。

 無断で拝借して、事後承諾すら取らずにそっと返していく。数か月の付き合いで、彼女はそういう女性であるのだと、なんとなく納得できた。

「ラッセルさん、大丈夫っすか?」

 何も言わず、俺とセイラを見ていた青年へ、一応呼びかけてみる。

 ラッセルは、はっとしたように肩をぶるりと震わせた。

「あ、ああ。彼女は……」

 セイラが去っていった方を見ながら、上の空といった風に呟く。

「君の連れ、だよな……?」

「はい」

「……どうして」

 どうしてやってきたのだろうか? と問いたいのだろうか。

 俺自身、確証があるわけではないが、おそらく彼女はポルターガイストが発生した時点で、既に覚醒していたのだろう。

 俺たちが一階に下りた後、一人で部屋を抜け出て、射的場で件の猟銃をくすねて、この場にやってきた――と、多分そんなとこだと思う。

 性格が悪いというか……。俺が言えたことではないが。

 むしろ、単独の隠密行動なところは俺に似ているかもしれない。

「そうだ! リュウトくん、大丈夫かい? さっきは、凄い吹っ飛ばされてたけど」

 思い出したように、ラッセルが訊いてくる。

「まあ大丈夫ですね。受け身も完全に取れたので……」

 本当は、大量の錬気を身体の表面に纏って衝撃に耐えたのだが。

 錬気を体の外へ放出するのは、錬気量が多いからこそできる芸当だ。普通は錬気量が極小であるから、体内で一点集中するくらいしかできない。

 いや、実際のところ、俺の錬気量が「多い」というのも、ネワギワの世界の一般人の量を物差しにしているから言える表現である。前世むかしの世界を基準にすれば、今の俺の最大量だって「ちょっと多い」くらいだろう。

 豆知識として言っておくと、錬気を身体に纏って防御力を上げる技術を「装甲術」と呼ぶ。

 そのまんま、装甲術とは身体を鎧で覆ったようなイメージである。あくまで鎧を着たようなものであるから、身体能力を上げるような効果はやはりないが。

 ……まあ、錬気を使った技術が皆無のこの世界では、あまり意味がある知識ではない。そもそも前世でだって、錬気というのはほとんど認知されていない、生命の裏機能みたいなものだったし。

「そうか、それは、よかったな」

 ほっとしたような口調で、ラッセルは胸を撫で下ろした。

 俺はそんな彼をちらりと見て、視線を別の人物へと移した。

 セイラから後処理を頼まれたものの、ナオトにどう対応しろというのか。

 後始末は苦手なんだけどな。

 案外、セイラも面倒くさいから俺に押し付けたのかもしれない。

 ナオトの意識が回復した時、また俺たちを襲ってくるようであれば……。

 というか、もう死んでる可能性すらある。

 放置されたナオトのそばまで行き、そっと足先で小突いてみる。

「……んう」

 頭を小突かれたナオトは、小さな声を漏らす。

 まだ息はあるようだ。

 とりあえず、横たわる彼の身体を肩を貸すようにして起こす。少し強引だが、気遣う気はさらさらなかった。

 だが、それが原因か、ナオトは薄く瞼を上げた。

「……こ、こは?」

 随分と、呑気なものだ。

 気絶する前はあんなにも狂気的だったのに。気絶前と後とで、態度が急変し過ぎな気がする。気絶した際に、頭でも打ったのだろうか。

 ……なんだか、急に億劫な気分になってきた。

 まあ、この分ならしばらくは能力を使いたいだなんて欲求不満にはならないだろう。

 思いきり使っていたし、何よりそれが原因で殺されかけたんだし。

 しかしだからこそか、やる気が起きない。

「ラッセルさん、後頼みます」

「うぇ? 頼むって、何を……」

「女将さんとこに連れてって、彼がやってたことをそのまま説明してもらえれば、それでもういいと思います」

 ナオトをラッセルに押しやりながら、説明する。

「えーっと、また襲ってきたりしないかなー?」

 ラッセルは、すっかり、ナオトに対する警戒の度合いが大きくなったようだった。まあ、殺そうとしてきた相手に気を引き締めるのは、当然といえば当然だが。

 しかしなんだかんだ言って、押し付けられたナオトをちゃんと支えてやってるあたり、彼の根かが窺えた。

「大丈夫だと思います。さっきの彼のアレは、能力の暴走みたいなものですから。もう、凶行に及ぶことはないと思います」

 心の中で、彼が正気に戻っているのなら、とつけ加える。

 根拠という根拠はないのだが、ポルターガイストを引き起こしてしまうくらい精神が不安定になっていたことが、あの攻撃的な面の正体であるとしたら、今の彼の危険性は比較的低いと言える。

「女将さんには、なんて言えばいいのさ?」

「ありのまま、言えばいいと思います。女将さんも、能力については知ってるはずですから」

 なんせ、キリウの人間なのだからな。

 それに、俺が説明するよりは、熟女キラーが説する方が無難な気がするのだ。

「じゃ、頼みました」

 言って、俺はラッセルが反論する前にそそくさと旅館の方へ歩き出した。

 随分と呆気なく、またしこりを残すような結果に終わったが、俺はもう、ナオトに関わる気はない。

 この先、彼がまた欲求不満に陥ってポルターガイストが起こったとしても、知ったことではない。

 俺が滞在する期間内に何も起こらなければ、それで充分なのである。


 翌日の昼前、俺たち一行は旅館を後にした。

 俺とセイラ以外の三人は、夜に起きたポルターガイストすら知らない状態だ。

 本当に、呑気なものだと思った。

 こっちは、あのポルターガイストで結構危ない場面に直面したというのに……。

 女将は不在だった。ナオトも。

 心中とかだったら少し厄介なことになるが、ラッセルが上手く説明したことを祈ろう。

 ――何はともあれ、

 俺たちの一泊二日の温泉旅行は、こうして幕を引いたのだった。

第二部第二章はあと一話ほど続きます。

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