11,解放への願望(4)
◆
どうして、特別な能力を隠さなければならないのか。
我々一族が継承したこの力は、ただの飾りだというのか。いや、見世物にすることが禁じられている以上、この力は飾り以下の価値しかない。
一族がこの特別な力を得たのは、一体どれほど昔のことなのだろうか。
昔からある、魔法ではない超常を起こす力。
魔法などという、誰しもが習得できる力とは違う、選ばれた者たち――我々一族だけが使える力。
我々は、選ばれている。
なのに……どうして力を隠し、生きていかねばならないのか。
わからない。
わからない。
わからない。
この力は、大いなる大自然を統べる力だというのに。
どうして、外の世界で使うことが許されないのか。
◆
霧散していた意識が、だんだんと形を形成していく。
涼しい風が、顔にかかっている。
目を開けると、浴衣を着たセイラが正座して、うちわで扇いでいた。
群青色の布地の浴衣は、彼女によく似合っている。普段から、彼女のシドー着姿を見慣れていても。
俺は仰向けで寝ていた。
着ている浴衣は、随分と下手くそな着付けだった。俺は和服の着付けはできるので、自分で着付けたんじゃないな。第一、浴衣を着た記憶がないし……。
「……ここは」
と疑問を声に出してみるも、上体を起こして冷静に見てみれば、俺が今いる空間が旅館の部屋であるということがわかる。
温泉で気絶……もといのぼせてしまい、ここに運ばれてきたと言ったところだろうか。
……くそ。
俺はサウナに一体どれくらいいたんだろうか。
あの大富豪貴族め。
同じく前世の“記憶持ち”だとかなんとか、話を弾ませやがって。少なからず興味を引かれて話に付き合う俺も俺だが。
今わかった。
モヒカンの血族は俺の敵である、と。
今後、ホルー家というラスパーナ王国の貴族には十二分に注意しなければ。
髪を乱暴に掻き毟り、さらに頭を軽く振る。
「今何時?」
「午後の四時」
「他のみんなは?」
「君のお守りをわたしに任せて、全員外に出払ってっちゃった」
「…………」
長年の親友に対してとは思えないテラやリンの行動に、地味に薄情さを感じる。まあ、俺も似たようなものだが。
溜め息をつきかけるが、意味もなく思いとどまる。
「で、リュウトくん、どうする?」
「……もち、俺らも外に出よう」
その前にまず、この崩れた着付けを直さなければな。
セイラは、くすりと微笑った。
外に出ようと言ったものの、まずどこに行こうか……。
テラやリンを追いかける――もとい探しに行くのか、それともこっちはこっちで勝手にぶらぶらさせてもらうか。
旅館の玄関を出たところで、どんな選択肢が浮かんでくる。
合流を目指すか、勝手にやるか。
合流を目指したところで、三人がどこに行ったのかさっぱりわからない現状では、やみくもに探しても意味はないだろう。
となれば、現段階では俺たち二人でぶらぶらする方が時間を有意義に使える。
セイラに提案すると、彼女は反論することなく賛成の意を示した。
では、二人でどこに行こうか……。
何気なくまわりを見回した俺の視界に、パンパンと銃声を鳴らせる射的場が映った。
射的場内は、弓道場を思わせるような造りだった。
相違点を上げるとすれば、屋根がちゃんとついてることくらいか。
ほぼ正方形型の広い空間の一辺の壁際には、横に長く背の低いフェンスが設けられており、その向こう側で数人の男がパンパン的目がけて撃っている。
ライフルめいた長い銃身のものや、拳銃のように片手で撃てそうな大きさのものと、銃種もいろいろだ。
彼らの対面には、黒色の人間大ほどの大きさの的があった。
撃つ側との距離は自由に調節できるらしく、壁際ぎりぎりまでの位置に置かれていたり、かと思えばほんの二、三メートルほどの距離しかなかったり、バラバラだ。
何人か先客がいるようだが、テラ、リン、リーンの三人はいなかった。
代わりに……。
「やあ、さっきぶり」
先客の中に、ラッセルの姿があった。
その両手には、ライフルめいた銃が抱えられていた。
「……どうも」
「いやあ、サウナの中でいきなり君が倒れた時は、どうなることかと思ったけど、もう大丈夫なの?」
「……一応は」
まだ少し頭がぼんやりするけど。
「それは何より…………おや?」
ラッセルは、俺のそばのセイラに目を止める。
その瞳には、ただならぬ疑問が浮かび上がってる……ような気がした。
「……そちらは彼女さんかな?」
やや強張った表情を取り繕いながら、茶化すように言ってくる。
……どうしようかな。
ソーデスって言って敢えて彼の冗談に乗ってやるのも別にいいが(セイラの了承さえあれば)。
「……違います」
結局、変に悪乗りするのはやめた。
ラッセルはなおも興味深そうにセイラを見ている。
――惚れたのだろうか?
でも、彼女に好意を寄せたがために、お宅の親戚のモヒカンが酷い目に遭ってるんですぜ?
ラッセルは興味深そうにセイラを見たが、やがて、
「ふむ、他にも友達がいたような気がしたんだけど……」
「……別行動です」
「ほうほう。別行動、ね」
ラッセルは、いちいち何か含みのあるような声音だ。
セイラに何かあるというのだろうか。たしかにただならない女の子だとは思うが……。
それとも単に、俺とセイラの二人だけのこの状況を見て微笑ましい気分にでもなっただけなのか。
どちらにせよ、俺にとってはどうでもいいことか。
「射的に興味があるのかい?」
「……ええ、まあ」
どちらかと言えば、ものすごい威力のショットガンに興味があったのだが。
まあ、正直に言う必要もないだろう。
あいにくと、射的場は女性の利用は認められていなかった。
だから、せっかくついてきてもらって悪いが、セイラには見学してもらうことしかできない。別に、セイラならショットガンもライフルも扱えると思うのだが……。
俺はラッセルの隣で、受付で貸し出された件の「ものすごい威力」のショットガンを手に立った。
黒光りする銃身は中折れ式で、弾丸は二発まで込められる。
この辺は、世界が変わっても、武器の発想は変わらないのだろう。
もっとも、この猟銃は散弾よりもスラッグ弾なんかを込めるのに適した作り、らしいのだが。
ガンマニアとかじゃないから、その辺のことはよくわからない。
渡された弾丸は二十発分。ちなみに全弾がスラッグである。
さっそく二発を込め、的に狙いをつけて撃ってみた。
ちなみに、的は向こうの壁際まで、つまりこの射的場では最長距離に設定してある。
結果は、二発とも命中。
黒色の的には、白いラインで波紋状の印がしてある。
スラッグ弾の射程がどれくらいかは知らないが、至近距離からぶちかましたわけでもないので、木端微塵に吹っ飛ぶなんてことにもならない。
もっとも、よくよく見たところ多少へこんでいるようだが……。
しかし、今の問題は別にある――。
「――、――――。――――――、――」
隣のラッセルが何か言っているようだが、よく聞こえない。
どうやらこのショットガンの発砲音はすさまじいほどの大音量らしく、至近距離で聞いた俺の鼓膜は、一時的にその機能を麻痺させていた。
おまけに反動がすさまじいまでに強く、二発撃って肩が凄く痛い。脱臼したかと思うほどの激痛が肩を奔り抜ける。
「――あっ、――あ っ」
片耳を押さえて叫んでみるが、自分の声でさえ、今は酷く遠い。
しかし、じきに元に戻るだろう。
それからは、耳栓をつけてやればいい。反動については、身体強化魔法で無理矢理押さえこめばなんとかいけるだろう。
「耳、大丈夫?」
耳がまた聞こえるようになってきた時、それを察したのか、ラッセルが訊いてきた。
自分の耳を指差して、大袈裟な仕草でジェスチャーつきである。
俺にはまだ少し小さいが、実際は大声を出しているのだろう。口の動きも、やけに力強く、ゆっくりだった。
「はい。大丈夫です」
知らず、俺の声も大きくなる。
「そりゃよかった。ところで、さっきの話の続き、いいかな」
「……はい」
さっきの話と言うと、神様がどうたらの話だな。
神様がそんなにホイホイ、死者の前に現れるとは思えない、というのが俺の考えだが。
「本当に、神様に会ってないんかい?」
「死んだ時のことも覚えてないですし……」
難しそうに唸るラッセル。
悪戯で他人の運命を捻じ曲げて急死させ、適当に神を名乗って魂を勝手に転生させる(場合によっては特典をつけることも)、そんな性根の腐りきった魔法使いがいるということを、教えてやった方がいいだろうか。
少し考えて、教えることにした。
このままでは、どこまで言っても話が噛み合わないだけだ。
果たして、ラッセルの反応は、
「え、えーっとー。魔法使い? 魔術師? ごめん。何を言っているのか、さっぱりわからないんだけど」
見事に理解に苦しんでいるようだった。
「……普通に生きていたら絶対に聞かない人種ですからね」
「え、何? 風呂では僕のこと中二呼ばわりしてたけど、実は君の方がガチモンの中二秒だったの?」
声のトーンは、割と本気だった。
……多分これが普通の反応だろうな……。
普通に生きていけば、世界の裏側とかのイタい言葉や構造とは無縁だし。
一から説明するとかなりめんどくさいんだが、仕方ない。ラッセルの軽口は無視して、説明することにする。
「……まず魔術師がいますよね」
「ごめんそこからして既にわからない。魔法がある世界にこうして生まれてきたけど、その魔術師ってのはこの世界の魔法とは違うの?」
「……根本からして違うわい」
俺の言う魔術師は、この世界でいう魔法とはまったく関係がないものだ。
そもそも発生のルーツは違うのだから、別物なのは当然だ。
「……めんどくさい。とにかくそういう奴らがいるんです」
「お、おう……」
「で、そいつらの中にはかなり魔術を極めた奴もいて、これが魔法使いです」
「う、ん…………?」
難しそうな顔してる。そろそろ理解が難しいのか……いや、最初から難しいのか。
「この魔法使いの中には、他人を勝手に異世界に飛ばしたり転生させたりして遊ぶような奴も、時たまいるんです」
「…………」
相槌の類はなかった。
見てみると、ラッセルは目が点になっていた。
「……大丈夫ですか?」
「へ? あ、ああ。よく、わからないけど」
「……で、こういう遊びの場合、魔法使いは大抵自分は神だ、と名乗るわけです」
「……つまり、僕が会った神様も、その魔法使いであると――?」
「……可能性としては五分五分です。もしかすると本当に絶対神的な存在だったのかもしれない」
無言になる俺たち。
しばし、静寂が訪れる。
早く耳栓取ってまた撃ちたいんだけどな……。
「うーん、君は、魔法使いに会ったことがあるのかな?」
「……知り合いが何人かいました」
俺の返事に、ラッセルはまたうんうんと唸る。
「……どう捉えればいいのか、わからないな」
「言っておいて何ですが、あまり深く考えない方がいいですよ。考えても意味ないんだし」
「……なんか少し釈然としないけど、たしかにそうかもね」
ふうっと息を吐き、ラッセルが苦笑する。
……ラッセルという人物は、意外と人を信じやすいのかもしれないな。
俺なら、こんな話をしてくる奴は、即中二病断定して聞き流すかもしれないな。
それとも俺が疑り深いだけだろうか? 自分でも、他人のことは信用してないと思うが……。
まあ、いいか。どうでもいい話だ。
「でも、そうすると、異世界と呼べる世界は、他にも複数ある……てことになるのかな?」
「まあ、広義で言えば並行世界ですからね。似たような世界だけでも掃いて捨てるほどあるでしょう」
「……そこがわからないんだよな。パラレルワールドって、その世界と似たような別の世界ってことじゃないの?」
――たしかに、なまじパラレルワールドと聞くと、どうしても鏡映しのような現実そっくりな世界を想像してしまうだろう。
「パラレルワールドが生まれる要因ってわかりますか?」
俺の質問に、ラッセルは思案顔を作り、
「たしか、過去に選んだ選択肢とは別の選択肢をその時に選んでいた場合、今とは違った未来を辿っていたかもしれない……みたいな話だったと思うけど」
「そうです。恋愛シュミレーションゲームなんかに置きかえるとわかりやすいですね。選ぶ選択肢によって攻略することになるキャラクターも違ってくれば、最終的なエンディングも違ってくる。一種のパラレルワールドの見本です。ですがこの場合、選択肢は人間だけのものではありません」
「うん?」
ラッセルは、首を傾げてハテナ顔だ。
構わずに、俺は話を続けた。
「ホルーさんのさっきの疑問に答えるなら、地球誕生から人類誕生までの間になんらかの分岐点が生まれ、それが惑星の環境にもズレを及ぼし、そしてこのズレが、誕生した人類の進化にもズレを生じさせた、という考え方です」
「人類の進化に……?」
「育った環境が違えば、歩む進化の歴史も微妙に違ってくる。この世界の人間およびその他の生物は、進化の過程で魔法を行使するための魔力を獲得したが、他の世界の人類は生育環境が違うからまったく同じ力を宿すことはできなかった。――と考えることができます」
ラッセルは、一応納得したように頷いた。しかし、理解できたかどうかはわからない。
ふと、ラッセルがはっとしたような表情になり、俺にこう訊いてくる。
「ということは、僕の前世と君の前世が違う世界って可能性もあるわけかな?」
……まあ、これだけ教えてやれば気づく奴は気づくわな。
俺とラッセルの前世が同じ世界なのか、それとも似ているだけのパラレルワールドなのか、たしかめる手段はない。
「そういうことになりますね」
即答で返すと、ラッセルはやや気落ちしたように肩を落とした。
「じゃあ、これから先、転生者に会ったとしても、僕と同郷である保証はないわけか……」
……同郷じゃないとも一概には言えないんだけどな。
「そうそういるわけないと思いますけどね。“記憶持ち”なんて」
「……え?」
――――え?
なんだ、その「え?」って――?
俺、何かおかしいこと言っただろうか。
俺が眉をひそめて首を傾げると、ラッセルは取り繕うように片手を振り、
「――いや、なんでもないさ。ごめん」
と口にする。
少し気になったが、すぐにどうでもいいことだと割り切る。
「話を戻そうか。一応、カワキくんの言ってることはわかったよ。正直に言うと、まだ半信半疑な部分も多いけどね」
……まあ、妄言だと斬って捨てないだけましだが。
「名前でいいです」
「そうかい。じゃあ、リュウトくん。僕も、ラッセルでいいよ」
心の中じゃラッセルって呼んでるぜ?
冗談はさてお置いて――、
「俺の方からも一つ訊いていいですか?」
「うん、いいよ。僕より君の方が、よっぽど物知りな気がするけど」
「知識の話ではないですよ。俺が学校を卒業したら、ラッセルさんのとこに雇ってくれたりとか、出来ますかね?」
「………………うん?」
ラッセルの反応には、たっぷり三秒ほどの間があった。
「うーん。それは、質問ではなくお願いではないかな……」
「就職活動ですね」
「やめて。この世界でまでそんな単語聞きたくない」
ラッセルは、軽く頭を押さえる。
就職活動に厭な記憶でもあるのだろうか?
「その年でもう将来の仕事探すとか、かなり現実的だね~」
はぁ、と溜め息をつき、肩をすくめるラッセル。
ただたかろうとしていたとは、言いにくい。
「……将来の具体的なイメージが確立してないだけっす」
実際、俺は将来どんな職業に就くのだろうか? まったく想像できない。
代々継いできた家業があるわけでもないし、これと言ってやりたいと思える職業もない。
本当に、卒業したらどうすればいいのか。
「まわりに流されて自分の将来決めるのは、あんまりよくないからねえ」
苦笑を浮かべ、ラッセルは俺の背後を顎でしゃくる。
振り返ると、黒髪の青年が茶色のライフルめいた形状の銃(というか多分ライフル)を撃っていた。
険しい表情で、一心に黒の的をスコープ越しに睨んでいる。
どこかで見たことがあるような――と思っていれば、旅館の女将の息子ではないか。
男性従業員の制服らしい半被を着ていなかったから、一瞬わからなかった。
フェンスの上に銃身を置いて安定させ、さながらスネイパーのような雰囲気を醸し出している。
「彼も家のことでいろいろ悩んでいるようでね、射的場でああやって憂さ晴らししてるんだ」
「よく知ってるんですね」
「常連だからね」
青年の家事情が気になったが、深くは追求しないことにする。
「さ、この話はもう終わり。お互い、射的に戻るとしようか」
その言葉で、俺たちの会話は終わりを迎えた。
……結局のところ、テラたちとは部屋に戻ってから合流した。
俺が射的でばんばん撃ってるうちに、彼らは散歩から戻ってきたようだった。
どこに言っていたのか訊いたが、曰く近くの居酒屋で一足早くパーっとやってたようだ。薄情者たちめ。




