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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第二章 解放のディザイア
70/102

9,解放への願望(2)

      ◇


「キリウの湯」はジビロン国最南端にある温泉地だ。

 かなり歴史ある宿泊施設で、代々キリウという家が経営しているとのことである。

 シドー風の旅館本館の他にも、射的場や水族館的な娯楽施設も完備されている。こちらは最近になって客引き用に導入されていったとか。

 温泉の湯には疲労回復、滋養強壮、その他腰痛などの関節痛にも効果があるらしい。


 ……それにしても、キリウ・・・、か。


      ◇


 荷物を部屋に下ろした後、俺たちはさっそく温泉に行くことになった。

 浴場は一階にある。

 タオルやら着替えやらを用意して、俺たちは大浴場に向かった。

 部屋の鍵のカードは一枚しか渡されておらず、話し合いの結果代表としてリンが所持することになった。

 その関係上、俺とテラの男子陣はリンたち女子陣が風呂からあがってくれないと部屋に戻れないのだが、まあその辺は別にいいだろう。

 ちなみに、着替えは浴衣である。深い群青色の生地だ。

「おや、皆さんご入浴ですか?」

 階段を下りてすぐ、先ほど俺たちを部屋に案内した女将が、話しかけてきた。

 黒髪を、前世で言う京都の舞妓のようにまとめている。と言っても、肌も白塗りにしているわけではない。

 年齢は、四十代あたりだろうか。

「はい。さっそく入ってみようと思って」

 朗らかな声で、リンが答える。

 女将は口元に手を当ててほほほと笑うと、

「それはいいことですね。浴場まで私がご案内しましょう」

 とそんなことを提案してくる。

 館内には目に見えて客がいない。

 射的場からはパンッ、パンッ、という乾いた音が聞こえてくるが、実は俺がおい持っている以上に今現在のこの旅館の客数は少ないんじゃないだろうか。

「申し遅れました。この旅館の女将をしております。ノブメ・キリウと申します」

 ……キリウ。

 この女将は、「キリウの湯」を経営している家系の一員だったのか。

 大した客でもないはずの俺たちに、わざわざキリウ家の人間が案内がつけられるとは。

 よほど客足が遠のいているということだろうか。

 俺たちは、ノブメと名乗った女将に先導され、浴場へと向かった。案内板を見れば案内される必要などまったくないんだけど……。

 青色と赤色ののれん。

 白い字で「男湯」と「女湯」とある。

 大浴場への入り口には、どことなく温泉で見かけそうな印象を与える立て札が立てられていた。

 木造りで、三角の屋根(?)のようなものがついている、屋根付き看板、とでもいうのだろうか。

 書いてある内容は、要約すれば「浴場内ではマナーを守りましょう」であった。

「ナオト!」

 突然、女将が叫ぶ。

 総員、びくりとして女将が睨んでいる視線を辿ると、入り口の脇に椅子を引き、ウトウトと眠そうに舟を漕いでいる青年がいた。

 女将の叱責に、青年もびくりとして飛びあがる。

 全体的にのっぺりとした薄い顔立ち。

 身長は、俺より少し高いくらいだろうか。年齢も同じくらいに見える。

 彼もまた、この旅館の従業員らしい。

 こちらは黒色のはっぴを着ている。胸元に赤い文字でキリウの湯と刺繍されていた。

「ナオト、居眠りとは何事ですか! お客様に失礼があってはなりません」

 女将がぴしゃりと言う。

 青年は慌てたように姿勢を正す。

「はい! すいませんでした」

 気をつけの姿勢のまま答える青年に、女将は額を手で押さえながらやれやれというように首を振った。

「気がたるんでいます。今後このようなことはないように」

「はい」

 青年を叱責すると、女将はこちらに向き直り、

「愚息がご迷惑をおかけしました」

 と頭を下げてきた。

 親子だったらしい。

 迷惑をかけられたかどうかは微妙なところだが、反論はしないでおくことにした。

「ごゆっくり」

 俺たちがそれぞれにのれんをくぐって浴場に入っていくのを、女将と、その息子(ナオトと呼ばれていただろうか?)は深く頭を下げて見送った。


      ◇


 脱衣所には、リンたち以外に人の姿はなかった。

 この分では、浴場内はほぼリンたちの貸し切り状態になるのではないだろうか。

 籠の中に脱いだ自分の服を淹れながら、リンはそんな感想を抱いた。

(だからって宿泊費を十分の一にまで削るかなー?)

 やや呆れ気味に、そんなことも思った。

 衣擦れの音。

 リン以外の二人が、着ている服を脱ぐ音だ。

 ちらりと彼女たちの方を見てみる。

 白いワンピースを無表情で脱ぐセイラと、リーンが淡い色のTシャツを脱ぐ姿が見えた。

 二人ともとても綺麗で、魅力的な女の子だと思う。

 二人とも毛色は異なれど、かなりレベルの高い美少女であることは、言うまでもない。

 リーンは校内でも有名なほど大きな胸の持ち主だし、多分今のリンと同じくらいだろうか。それでいて明るく気さくな性格で、誰とでもすぐに仲良くなれる特技を持っている。

 セイラはリーンとは対照的で自分から誰かに話しかけることは(一人の例外を除けば)ほとんどない。やや無表情で寡黙な、大人しい少女の印象がある。スレンダーな体型で、この三人の中では一番背が高い。

 二人といると、なんだか自分だけがカーストが低いように感じてしまうのは、気のせいだろうか?

 リュウトやテラ、レンなど、親しい男子や姉からの話では、リンも彼女たちに負けないくらいには美人とのことらしいが。

(う~ん…………)

 いかんせん、自分のことなだけにその辺の感覚は鈍くなっている。

 それだけに、やはり自分だけ土俵が違うんじゃないかと思ってしまう。

 そもそもリンは、この二人が転校してきた時から特別に親しくしていたわけではない。

 リンが二人とそれなりに強い接点を持つに至ったのは、共通の知り合いという存在があったからだ。親友で、つい一年ほど前までリンが想いを寄せていた少年だ。

 セイラは家庭の都合上、現在リュウトの家に居候しているらしい。

 判明したのは二か月ほど前のことだったが、まだ新居は見つかってないらしい。まあ、見つかっても手続きとかで忙しくてすぐに移ることは無理そうだけど。

 そんなわけでリンが知る限りでリュウトは、無表情で基本自分から誰かに話しかけることがないセイラが唯一自発的に話しかけている人物だった。

 付き合っているのかな、と何度か二人の仲を疑ったことはあったし、そういう関係であることを前提に突っかかってきた連中もいたが、そういう事実はないらしい。

 謎である。

 リーンは何故か、リュウトによく話しかけている。

 別に彼としか喋らないわけじゃない。明るく社交的な彼女は、誰とでも親しそうに会話をする。

 でも、リュウトと話す時はなんだか、積極的な姿勢が感じられるのだ。

 これと言って、リーンとリュウトを繋げる要素はないはずだった。

 リンの見解では、リーンとリュウトの間には同棲関係は存在しない。生き別れた幼馴染とかの展開もあり得ない。

 本当に、在学生と転校生で、同じクラスのクラスメイトという関係しかなかったはず。

 となると、リーンはリュウトに惚れているのか、とリンは考えていた。

 でも――、

 それならそれで納得できなくもないが、それでもなんだか違和感を感じてしまうリンだった。

(あーもう、考えるのはやめ!)

 頭の中に湧き上がる疑問を振り払い、リンは別のことを考えるように努めた。

「わぁー、広ーい」

 うきうきした声音が聞こえる。

 いつの間にか、すべてを脱ぎ終えていたリーンが、真っ白なタオル片手に浴場への扉を開け放っていた。

「早く行きましょうよ、リン! セイラ!」

 はしゃぐように、リーンはそう言うと、浴場内へ入っていった。

 続くように、こちらもいつの間にかリンを追い越して服を脱ぎ終えていたセイラが、タオルで前を隠しながら入っていった。

 慌ててリンも下着を脱ぎ、タオルを手に浴場内への扉を開けた。

 大浴場は、板張りがされた広い空間だった。

 もうもうと白い湯気が立ちこめる。

 やはり、浴場内はリンたち以外に人の姿はなかった。

 肌色の木材を使った浴槽や黒色の岩風呂、透明な温水から緑やら白やらの色がある湯と、単に温泉と言ってもいろいろな種類があった。

 リーンはいきなり浴槽に入ろうとして、セイラにやんわりと止められていた。

 やや呆れたような表情を浮かべる彼女に、体を洗う用の湯が入った大きな桶のところまで引っ張られていく。

 リンも、二人の方へと歩いていき、温かい湯で身体を洗った。

 改めて、三人は湯につかることにした。まずは緑がかった黒色の岩風呂である。

 足の爪先を湯につけた瞬間、体の芯まで温かさが浸み渡ってくるような感覚を、リンは覚えた。

「――――んんん~~~」

 リーンも、心地よさそうに一声上げて湯船の中に入っていく。

 五分も湯につかっていれば、身体はぽかぽかと内側まで暖まった。

「気持ちいい~」

 リンも自然と、そんな感想を口にする。

 誰が始まりともなしに、三人の間で会話が交わされ出す。話のネタは、お互いのことについて、学校の学業などについて、自分たちの将来について、などだ。

「じゃあ、セイラはまだ何も考えてないの?」

 リンが、眉根を寄せてセイラに問う。

 リンが知る限り、セイラは学校での成績が悪かったことはない。

 まだたった二、三か月ほどしか彼女を知らないが、そこは既に確定化しているようなものだった。

 学業においての最終的な成績は、その学年の終わり頃に行われる学年末試験で決められる。学生にとって、一年で一番重要な試験であり、この学年末試験以外で大きな試験は行われない。

 また、学年末試験が行われるまでに出された課題や、定期的に行われた小テストの結果なども、成績判断の要素になる。

 セイラの成績は、今のところはそれで判断するしかないのだが、小テストの結果だけを見ても(たまに教師の気紛れで、テストの点数上位数名の名前が晒されることがある)、セイラの学業が非常に優秀であることは疑いようがない。

 それだけの成績ならば、進路についても視野が狭くて泣きたくなるようなこともないだろうに。

 セイラはまだ何も、自身の将来について明確な考えがないという。

 苦手科目は一切無いに等しく、魔法の才能もピカイチ。運動神経も抜群、身体能力も高い。おまけにあの見た目。

 逆に視野が広すぎて決められないのだろうか、とリンは思った。

 セイラは、困ったように表情をわずかに崩して苦笑する。

 返事を口にするのではなく、こくりと頷くことでセイラは答えた。

「あんなに成績いいのに?」

 思わず、リンはそう問いを重ねる。

 セイラは苦笑したまま、

「ええ」

 と短く簡潔に答えた。

 今度はリーンが、

「意外~」

 と口にする。

 リーンも成績は充分優秀だけど……とリンは内心で呟いた。

「それじゃあ、セイラはなんで勉強できるの?」

 気を取り直して、そう訊ねる。

 頑張ったことなんてない、なんて返されてしまったらどうしようか、とリンはそんなことを思った。

 しかし幸いにして(?)、セイラの返事は天才肌的な内容ではなかった。

「これでも、赤ちゃんの時は親から心配されたんだけど」

「……? なんで?」

「……言葉を話すのが、普通の子より遅かったから」

 曰く、セイラが言語を話し始めたのはもうすぐ五歳になろうという頃だったらしい。

 全国的な統計として、一般家庭で育った幼児が言語を習得しだすのは、おおよそ三歳前後の時期だ。

 一年以上も時期が遅れている。これは、何か問題を抱えているのではないか、と両親が不安になっても仕方がないかもしれない。

 でも、結果として彼女は秀才として育ったわけだから、親としては、ほっと安堵したことだろう。

「学校の授業は、興味が湧くのだけ聞いてる。だから、つまんないと思った時の授業は基本聞いてないから、その科目の成績は凄く悪いのよね」

 苦笑いを浮かべて、セイラはそう言った。

「…………」

 リンは心の中で、何とも言えない既視感を覚えていた。

 セイラの言葉が、以前に聞いたことがあった内容だったからだ。

「……それ、リュウトも同じこと言ってた」

 リンの親友である少年もまた、自分の興味を引かれた授業でしか教師の話をまともに聞いてないとか、以前に話していた気がする。

「え、そうなの?」

 喰いついたのは、リーンだった。

 やや前のめりになり、リンに訊いてくる。

「うん。リュウトも、前にそんなこと言ってた気がする」

「へー」

 リーンの声には、どこか感心するような響きがあった。

 その点で言えば、リンも感心を抱いていた。

 興味がある授業しかまともに受けない。

 リュウトとセイラ。二人の学校での授業に対するスタンスは聞く限りは共通している。

 それなのに、実際の結果としては、二人の成績には大きな差が生じている。

(世の中って厳しいんだな~)

 しみじみと、リンは思ったのだった。

 リュウトも、成績がすべて悪いというわけではない。

 魔法科は理論だけならかなり博識な方だし、戦闘実技では最近は学年で一番と評価されることもある。

 ただ、国語と社会学の成績が壊滅的に駄目で、後は平均を上回ったり下回ったりといった感じなだけで……。

 そういう意味で言えば、リュウトの興味を引く科目というのは、非常に少ないのだろう。

 逆に、セイラはほとんどの授業科目に興味を示しているということだろうか。

 常に無関心そうな表情をしているセイラではあるが、やはり好奇心というものはあるのだ。

 打てば響く……という表現はいささか大袈裟な感はあるが、一応、こちらの言葉に反応を示してくれるし。

 これから上手くやっていけるかどうか。リンはそんなことを考えた。




 露天風呂は、室内と同様に白い湯気が立ち込めていた。

 まだ昼間だというのに、一歩前がおぼろげに霞んでしまう程度には、湯気は濃い。

 ここが室内だったら、おそらく視界は白一色になってしまうだろう。リンはふと、そんな感想を抱いた。

 もうもうと白い湯気――というより煙(?)を吐きだす岩風呂は、やや不細工な長円型の形をしていた。

 三人で入って、ふっと息をつく。

 男風呂とを仕切っている高い塀の向こうからも、若干薄らいではいるが、白い湯気が立ち上っているのが見えた。

 パンッ、パンッ、パンッ、という、乾いた銃声。屋外に出たことで、射的場での音がよく聞こえてくる。

 露天風呂の湯は、乳白色の温水だった。

 夜になれば、ほの明るい提灯ちょうちんの灯が浴場の白い湯気を幻想的に彩るとか。

 今はまだ昼時なので、ただ視界不良なだけだが。

「夜にもまた来よう!」

 リーンが、元気な声で提案する。

 特に反論する気はないし、むしろリンとしてもそうしたいと思っていたところだった。

「そうね」

「……ええ」

 セイラも、一瞬の間を開けて静かに賛成する。

 それからはまた、三人の間で他愛もない会話が始まった。

 今度もまた、話題の中心はセイラだった。リュウトの家に居候しているという彼女に、二人があれこれと訊いていくという流れである。

 話はちょうど、セイラとリュウトが知り合うことになったきっかけについての話だった。

「その不良どもから守ってもらったと?」

 リーンが、喰い気味にセイラの方へ身を乗り出す。

「え、ええ。まあ、そんな感じ……」

 さすがのセイラも、やや引き気味だ。

 客観的に見ていたリンだが、もちろん、セイラの話に興味がなかったわけではない。

 リュウトとセイラにそんな過去(ほんの三か月ほど前だが)があったのか、と内心では思っている。

 同時に、二人の誕生日が同日で、しかも初対面の時がまさにその日であったことにも注目した。

 誕生日が同じ日であるというだけでも奇妙な偶然だと思うが、よもや、その誕生日に二人が出会うなんて奇跡が起きるとは。

 世の中はわからないものだな、とリンはしみじみ思った。




 温泉をまったり堪能した三人は、浴衣に着替えて大浴場から出た。

 赤色ののれんを潜ってすぐに見た光景に、リンは唖然としかけた。

 まず、両腕を組んで、困っているのか、呆れているのか、何とも言えない表情をしているテラ。

 リンたちと同様浴衣姿であるが、やや着崩れしているというか、着付けが下手だった。

 かくいうリンたち女子陣の方も、ほとんどセイラが二人の着付けもやったようなものなので、嗤うようなことはできないが。

 テラのそばに、何があったのか、見知らぬ青年に肩を貸された状態で目を回していた。青年も、困ったように苦笑を浮かべている。

 リュウトもまた、テラのように着付けが下手だったが、リンたちの意識には入らない。

 リンは、青年に既視感を覚えた。

 知り合いではない。以前に見たというわけでもない。

 記憶を辿っていくと、彼が二階ですれ違った青年であると思い出した。

 ラスパーナ王国の貴族ホルー家の者であり、またかなりの大富豪であるとか……。

 彼が一体、どうしてここにいるのだろうか?

「えっと……」

 リンたちを見た青年が、何かを言いかけて、何故かその口を止めてしまう。

 リンは、テラの方へ視線を転じた。

「オレに訊くな」とテラの目が言っていた。

「リュウトより先に温泉から上がったから詳しいことは知らん。リンたちが出てくる少し前に、このアンちゃんがリュウト連れて出てきたんだよ」

 と青年を示しながら簡単に言う。

 リンたちの視線が、再び青年の方へ向く。

 青年――ラッセル・ホルーは、苦笑の表情のまま、言葉を紡いだ。


「彼、のぼせちゃったみたいで……」


 ――どういう状況だ?

 女子陣三人の考えは、見事に一致していた。

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