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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
第1部 第1章 ソージック学園入学編
7/102

5,爆発事故(2)

 ユグシルナ研究開発機関は俺が予想していたよりずっと広大な規模だった。

 研究所、と聞いていたので勝手に科学館や博物館くらいの広さだと思っていたのだ。ユグシルナ研究開発機関とは、全てのエリア内の研究所と工場をまとめての呼称らしい。普段は〇〇部といった感じでエリアごとに区切っているようだ。

 ユグシルナを見た俺は何も言えなかった。ぽかんとした間抜け面を、しばし晒してしまっていたことだろう。

 巨大な貯水タンクが六つ並設された場所や、黒い煙を噴きだす煙突が何本も視界に映る。どこを見回しても、似たような風景だった。

「みなさーん、ちゃんと付いてきてくださいねー」

 レアの声が、遠くに聞こえた。

 俺たち一年生は、十五年生とは別行動だ。十五年生からしてみても、一年生と回るのはごめんだろう。十五年十五年と学生のように言っているが、彼らの年齢は二十。前世の世界じゃもう大人だ。

 ちなみに、ネワギワでの成人の基準は男女共に十五歳だ。こういうところはちゃっかり異世界だ。

 さらにちなんでおくと、結婚は成人を迎えてすぐできるようになる。つまりはだ、在学中に結婚――なんてことも起こったりする。……稀にしかないらしいし、そもそも十代の内は親の承認も必要になるのだが。

 俺たちは施設の中でもとりわけ大きな研究所へ入場した。

 中に入った途端、ツアーガイドめいた服を着た女性が四人、ビジネススマイルで頭を下げてくる。

 その内の一人が、手に持った拡声器を静かに口元へ持って行き、

『みなさん、おはようございます。今日は私たちが、この広ーい研究施設でみなさんを案内します。迷子にならないよう、後ろの人にしっかり付いてきてくださいね?』

 ビジネススマイルで、また一礼。

 すると今度はAクラスを担当している先生から続けて話があった。

「四クラスに分かれて見学します。AクラスとBクラスはまず研究理論部、CクラスとDクラスは開発部を見学するのでそれぞれ先生の言うことを聞いて動いてください」

 開発部はともかく、研究理論部なんてほぼ五歳児に言ってもわからないと思うんだが。

 とりあえず、俺たちは開発部を最初に見て回るのか。研究理論部よりは簡単そうだ。

 俺たちを案内するガイドさんは、先ほど拡声器を手にしていた人……ではなく、彼女の左に立っていた女性だった。

 黒髪と黒瞳、そしてその容姿的に判断して、シドー人かシドー系ザーナ人か。どちらにしても近親感が湧く人だった。

「Cクラスの皆さん、おはようございます。今日、皆さんを案内します、リリ・ジョーンです。わからないことがあったら何でも聞いてください」

 朗らかな笑みを浮かべて、リリは軽く頭を下げた。

「「「はーい」」」という、Cクラス全体からの返事に、リリの笑みがさらに深まる。

「それでは皆さん、さっそくユグシルナの開発部を案内していきます。付いてきてください」

 リリはそう言って、出口の方へと歩き出した。

 開発部はこの研究所内ではないらしい。俺たちも、彼女に続いて出口へ向かった。

「あら?」

 研究所を出てすぐ、リリは立ち止った。彼女の視線を何気なく辿ると、中年の男性の姿があった。茶色い髪を短く刈り上げ、上着を脱いだスーツ姿で、何か大きな筒のようなものを背負っている。

 頭を掻きながら周囲を見回す男性と俺たちの距離は十メートルとない。

 男性がこちらに気付いた。

「あら、リリちゃん? ちょうどいい所に…………あらら?」

 男性が、俺たちCクラスに気付いた。

「ソージックの子供たちか……邪魔してしまったか。いや申し訳ない」

 頭を軽くさすりながら、男性は困ったように一人笑った。

「ルークさん、今日だったんですか? というより、変わりましたね」

 リリが男性に、そんなことを訊いた。その口調は、おおよそ案内をする女性ガイドのものではなかったが、よほど男性の存在が意外だったのだろう。

「それね。博士にも言われちゃったよ。まったく、リリちゃんとは三つくらいしか離れてないんだけどね。僕もすっかりオッサン臭くなっちゃったよ。……さて」

 男性が俺たちの方へと向き直る。

「こんなところで、未来ある子供たちの邪魔をしては悪い。それでは坊やたち、あとお嬢さんたちも。ちゃんと勉強するんだぞ?」

 にっこりと笑い、男性は今度は研究所の方へと歩いて行った。

 デカイ図体の割に、優しそうな人だったな。笑顔も結構爽やかそうだったし。

「あの人だーれ?」

 と、クラスメイトの誰かがそう言った。リリは一瞬ぽかんとしたが、すぐに表情を戻した。

「えと、私の子供のころの上級生の人ですよ。さあ、案内しますよ」

 朗らかな声で、彼女はまた歩き出した。




 開発部の案内は午前一杯を使って行われた。

 最近の車のエンジンの仕組みとか、最新の携帯端末のこととか、五、六歳児が聞いて楽しいのか? と思う内容ばかりだった。なんと驚くことに、みんなが興味を持ったように見学していた。意外に、ネワギワの児童の知能は高いようだ。もっとも、リリがみんなが興味を持つように、またわかりやすいように説明したというのもあるが。

 そして今は昼食時。

 俺たち一年生は研究所内の食堂で、クラス別で長テーブルに座っている。十五年生はどこか別の場所で食べるようで、食堂には来ていない。

 それにしても、子供用の料理もあるとは、レパートリーが豊富だ。こういった見学の行事が結構あったりするのだろうか。

「なぁ、リュウト」

 隣に座るテラが、俺の皿を見ながら話しかけてくる。

「食わないんならオレが食おうか?」

 気付かなかった。少し考え事をしていただけなのに俺はほとんど皿にてをつけていなかった。気付いた途端に、空腹感が腹の中を踊った。

「いや、食べるよ」

 そう断って、皿の上の料理を食べ始めた。

 テラがなんだか物欲しそうな目で見ている。食べたければおかわりにいけばいいのに。

「そういえばリュウト」

「ん?」

 食べながら、返事を返した。

「何が一番おもしろかった?」

「…………んぐ。えっと、あんま覚えてないな」

 前世で聞いたことがある技術ばかりだったし、どう思ったかなど訊かれても困る。感動に乏しかったのだから。魔法も使ったテクノロジーはさすがに聞いたことはなかったが。

「おい、どこ行くん?」

「……トイレ」

 午後からは研究理論部の見学だ。今のうちに済ませておくに越したことはない。

「あ、じゃオレも」

 テラも付いてきた。

 トイレは、たしか食堂を出て左をまっすぐ行けば階段近くの場所があったはずだ。

「いや、凄かったな」

「テラは朝からそればかりだな」

「実際すげえじゃん。リュウトもそう思うだろ?」

「だからあんま見なかったって……」

 トイレは記憶の通り、非常階段のわきに備えてあった。

 用を足して、食堂に戻る足の最中、

「……何か?」

 正確にはトイレを出てすぐ、俺たちの前に女子生徒が一人立っていた。表情は不機嫌、というより明らかな憎しみを表していた。

 俺が先生で話しかけると、彼女はさらに強い視線で俺を睨んでくる。

「…………リュウト・カワキくん」

「……はい、なんでしょう? リン・ホルミナさん」

 舌打ちが聞こえた。

「あの、ホルミナさんは何で俺をそんなに嫌うの?」

 リンの目が大きく開かれた。驚きからだけの行動ではなく、少しの怒りも込められていた。

「なんで? なんでって何?」

「あの、俺はあなたに何かした?」

 返事はなかった。彼女はただ黙って俯いてしまった。いたたまれなくなるこの静寂は、食後の腹には重かった。

 リンはやがて、ぷるぷる震えながら、小さな声で言った。

「……この、…………人殺し」

「……はぁ?」

 これにはさすがに驚かざるを得ない。

 一瞬身を固くした俺に対し、リンは奥歯を噛みしめながら、右手をこちらに向けてきた。

「――――――」

 怒りで発音自体は雑だが、魔法の詠唱。

 淡い魔力の光が、リンの掌に集まる。

 入学初日で俺が受けた魔法、『レイ・ベルム』のものだった。ただの魔力の塊を体外に放出するだけの基礎の魔法。しかし、それだけに魔法を使った戦闘では遠距離において最も親しまれていると言われる魔法のひとつ。威力自体は魔法を使った者の魔力の量、正確には魔力弾に込めた魔力量に依存する。

 初歩なのはあくまで発動のしやすさだけであり、実際は威力の調整次第で大砲にも引けを取らない。

 リンの手には、すでに俺を消し飛ばすのに十分な量の魔力が込められていた。子供が喧嘩でやるような量ではない。

「――おばあちゃんを――――」

 おばあちゃんを何なのか、その先はわからなかった。リンが喋らなかったわけではない。

 俺の意識が、リンから別の物へと移った・・・・・・・・からだ。

「何、あれ?」

 自分が今現在魔法で殺されるかもしれないという状況において、そのことをきちんと理解した上で、俺はそう呟いてしまった。呟いてしまうほど、俺の目に飛び込んできたモノは常軌を逸していた。

 こちらに手を挙げるリンの、さらにその後ろ。彼女の背後で、うごめくモノ。

「は?」

 遅れて、テラもその異常ぶりに戸惑いの声を上げる。

 シルエットは有名なあの甲虫だった。

 ……ネワギワにも、一応カブトムシはいる。名前は違うが前の世界で見たことのある形のものや、見たことのない形のものも。

 前の世界でいう、ヘラクレスオオカブトのカタチだった。こちらではカーカスと呼ばれるものだ。

 異常なのは、そこにカブトムシがいることではない。その外見と、大きさだ。

 黒と黄色の配色ではなく、全身がメタリックなシルバー。さらに所々に、原種にはない突起物やいかにも装甲じみた部分がある。頭部にはそもそもカブトムシには存在しないハサミのような大顎まである。――生き物でない。虫以上に無機質で、ロボットと言われれば納得してしまえるほどの外観。いや、もしかすると本当にロボットなのかもしれない。

 そして大きさは、とにかくでかい。虫としての物差しでのでかいではない。リン越しでも、その巨体を隠すことはできない。むしろリンの身体の大きさでは、隠すための遮蔽物としてすら機能しない。

 何故もっと早くに気付けなかったのか疑問に思うほどの巨体は、まだ気付いていないリンに向けて、その巨大で鋭利そうなツノ・・を振り上げた。

「危ない!!」

「後ろ!!」

 今まさに魔法を放とうとしていたリンが、俺とテラの鋭い声にびくっと震え、反射的に身体ごと背後を振り向く。その巨体を目撃する。

「……きゃああああああああああ!!」

 魔法が放たれた。

 俺たちの方ではなく、ヘラクレスオオカブトの方へだ。

 魔力弾はツノを振りおろすところだったヘラクレスの頭部へ当たり、山のような体躯をひっくり返した。

 あれがもし、こちらに向けて放たれていたら……。ぞっとするほどの威力だ。

 しかし、

「何だよ、あれ。身体の下まで金属じゃねえか。やっぱロボットか!?」

 テラがヘラクレスオオカブトの裏側を見た感想を告げる。

「知らないよ。でもとりあえずは……」

 言いかけて、絶句する。信じられない物を見た。

 リンの魔法でひっくり返ったヘラクレスの巨体。その尻部分が、いきなり左右に割れた・・・のだ。パカリと開いた左右の断面から、人間の手のようなものが出てきた。剛腕と言うに相応しいその二本の腕は、やはりシルバーの金属質だった。

 剛腕が床に両手を付き、巨体を持ち上げる。

 次の瞬間、ヘラクレスオオカブトの形をしていたモノが、原形を崩して変形し始めた。

 六本だった足は、三本でひとつにまとまり、「虫の足」の形から「人の足」の形へと。身体の装甲、部品が目まぐるしい速度で移動し、更なる巨体へと変えていく。

 ガシャシャン、と変形の音が止んだ時。ヘラクレスオオカブトだったモノの形は、


   ――ヒトの物へとなっていた。


 身長は三メートルを優に超えるだろう。足が短く腕が太いその容姿は、まさしく巨人のようだった。

 ツノは変形の過程で別の場所へと変えたのか、頭部にはない。代わりに、あのクワガタめいた大顎が角として額部にスライドしていた。

 巨人は自らを見上げる俺たちの顔を順に見、一番近くにいたリンへと剛腕を振り下ろした。

「うおおおおい!!」

 間一髪、テラと俺でリンの手を引き、ハンマーのような魔手から助け出す。

「何だよ、あれ!?」

 テラが叫ぶ。

 巨人の腕が、また振るわれた。

 横凪ぎに、俺たち全員を狙っている。


 ドカーンと、強い衝撃が体に走った。


「あがっ!」

 呼吸困難に陥りそうになった。けれど、死んではいない。当然だ。剛腕に襲われる寸前で、テラが障壁の魔法を発動していたのだ。その反応の速さは、五歳なのか本格的に疑わしくなるほど迅速だった。俺たち三人を包むように、円状に展開された魔力の壁は、巨人の攻撃から俺たちの一命を守っていた。

 しかし、それでも、障壁を張ってもあれだけの負荷が身体に掛けられた。あの剛腕は、障壁ごと・・・・俺たちを後方――非常階段の場所まで吹き飛ばしたのだ。

「なんなんだよ!」

 悪態をつく暇もなく、巨人の姿がまた動く。

 瞬時に俺たちの前まで迫り、その両腕を、ハンマーのように振り下ろす。

「だあああああああああああ!!」

 テラの声に、力が込もる。

 ――しかし、それでも、

 ――――先ほど障壁ごと俺たちを飛ばしたように、


 二本の剛腕は、魔力でできた壁の上から、文字通り俺たちを階下へとぶち抜いた・・・・・・・・・

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