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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第二章 解放のディザイア
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8,解放への願望

遅くなりました。すみません。

      ◆


 彼の者には、生来の特殊な力があった。

 それは彼だけではなく、彼の血縁すべてがそうであった。

 だが、彼らは彼とは違った。

 己の中にある、他人とは決定的に違う、特別な力を、彼らは秘密にしようとした。

 自分たちの中だけに留め、押さえ込もうとしたのだ。

 ソレを人前で発揮することは赦されなかった。

 何故、どうして、と彼は訝った。答えなど、誰もくれない。

 ほんの少しでもソレを行使してしまえば、例え他人がソレに勘づかなくとも、厳しい処罰が下された。

 彼は、ソレを使いたかった。

 特別な力を、行使したかった。

 しかしそれは、赦されないことだ。

 不満は募り、今日も彼は、その抑圧された感情を無意識に吐き出していた。


      ◆


 五月の一の日。

 季節は真夏の真っただ中。

 全国の学校は一か月の夏季休業である。

 俺とセイラは、旅支度を整えて家を出た。

 向かう先はジビロン国のチカテツ駅だ。

 二人して歩道を歩きながら、目的地に向かう。

 時刻はまだ朝の八時頃。

 太陽も真上からではなく緩い斜めから差し込んでくる。暑いことに変わりはないけど。

 隣を歩くセイラをちらりと盗み見る。

 いつもシドー着姿の彼女とは違い、白いワンピースに薄桃色のカーディガンを纏っている。薄着なのは、やはり真夏の温度のせいだろう。

 制服姿と同じで、とても新鮮だ。

 彼女がソージック学園に転校してきてから、はや三か月がたつ。

 その間にもいろいろなことがあった。

 前世で言うホワイトデーに当たる日(何分バレンタインデーよりも意識が薄いからあってるかどうか自信はないが)にクッキーをプレゼントしてみたり……。

 セイラの居候事情がばれたことにより、決闘にこそ行かないものの男子生徒たちにいろいろとイチャモンをつけられたり……。

 またはあの決闘での俺のやり方に問題があったという理由で、精神病院に行かされたり……。そう言えば、その精神病院で、何故か安全委員のルークに会ったが……精神病院に何の用があったのだろうか?

 少し気になるが、そのうち忘れるだろう。

 まあ、そんなことがいろいろあったのだ。

 そして現在。

 俺とセイラがチカテツ駅に向かっている理由は、単純にデートとかではない。

 五月の一の日。

 この日は、テラの誕生日である。

 テラの、十五歳――成人になる年の誕生日。

 当然成人祝いをやろうという話になり、旅館で泊まり込みで祝おうということになったのだ。

 俺の時は喫茶店だったのに。格差が酷い……。

 と思わなくもないが、テンコーセーであるセイラの歓迎会の意味も兼ねてるらしい。

 メンバーは俺、セイラ、リン、テラ、とそして何故か計画に便乗してきたリーンの五人。

 リーンについては、俺たちが計画している時に偶然そばにいて、わたしも行かせてと強引に言ってきたのだ。

 転校してきたセイラの歓迎も含んでいるので、この際リーンの歓迎会も一緒にしようという話で落ち着いた。祝うのたった五人だけど。

 そんなわけで五人でのちょっとした旅行を計画して、今にいたるわけである。

 駅に着いた時、既に他の三人は集まっていた。

 リン、テラ、そしてリーン。

 三人とも、夏の気温を意識した薄着である。

「よお」

 手を上げて、気軽に声をかける。

 三人が揃って俺たちの方を向く。


 ――三人全員が、あんぐりと口を開けた。


 おそらくは、俺の服装を見ての反応だろう。

 他の四人と違い、俺はいつかのイソラから貰った黒い外套を羽織っていたのだから。

「どうしたん、リュウト。そのカッコ?」

 おそるおそる、といった調子で、テラが訪ねてくる。気でも触れたのか、と目が言っていた。

「黒いコートだ」

「見りゃわかるよそりゃ。なんでそんな暑そうな格好……」

「何言ってんだ。薄着を着るよりよっぽど快適なんだぞ、これ」

 防温性能はもちろん、防火や防刃、防弾性能にも優れる冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しいであろうアイテム。……冒険者なんて職業はもうないが、まあ旅行もいくらか見方を変えれば冒険だし……。

 たしかに、この真夏にこんなコートを着れば暑そうに見える。外からの熱は防げても、それは身体から発せられる体温をも遮断するということ。

 いわばコートの中に体温の熱を閉じ込めているようなものだ。

 それはもう暑いことこの上ないだろう。

 だが、このコートは違う。

 熱がこもらないのだ。コートの内側は、吸熱性能でもあるのだろうか?

 割と熱が入った俺の言葉に、三人はこれまた揃って疑わしげな目を向ける。

 そりゃあ、このコートの利便性なんて、着たことがある俺にしかわからないだろうが……。

 このコート最大の欠点があるとすれば、そこだろう。

 本当は快適なのに、傍から見ると暑苦しく映ってしまう。

 まあ、まわりからの目なんて気にしないから、俺にとっては別にいいのだが。

 でも、これから先会う人たちには、きっと暑苦しいイメージを植え付けてしまうことだろう。

 この服装がこの季節に第三者に与える印象は、想像に難くない。

 ――まあ、他人のことなんて知ったことじゃないが。




 チカテツの中は、冷房がよく利いていた。

 だからなのか、俺のいかにも暑そうな装いも、それほど周囲に悪影響を及ぼさなかった。

 ――さて、俺たちが向かっている旅館「キリウの湯」だが、ジビロン国の最南端に位置する海辺に建てられている温泉地である。

 創業百年を数える歴史ある旅館であるが、ここに決まった最大の理由は、なんといっても夕食で出されるウルスタイガー料理だった。

 メルーラ暦2315現在、危険種指定された生物の中でも断トツで危険と言われる、の凶暴極まりない海老の養殖は成功していない。

 獰猛すぎる性格だけでも充分リスキーであるが、奴らは同じ空間にいるものすべてを餌と認識する。それは同種に対しても例外ではなく、養殖しようものなら、共食いを避けるために一匹一匹個別で飼育することになってしまう。

 つまり奴らのパワーにも負けない強固な檻が海老の個体数分必要になるのだ。

 それに一匹にかかる飼料も半端なものではない。

 そういう経済的な理由もあって、ウルスタイガーの料理といったらもっぱら狩りで手に入ったものが基本だ。

 激しい戦闘……それこそ、死闘の末に勝ち取った、ウルスタイガーの身。

 言い換えれば、激しい戦いで多大なダメージを負った海老。

 そういったウルスタイガーは、少し痛んでいるらしい。味も少し悪くなってるとか。

 ウルスタイガーを最上級に美味しく食すには、かの海老にできるだけストレスを与えず、かつ身体にもあまりダメージを与えず、それでいて強力な一撃で瞬時に仕留める必要がある。


 ……狩人何人の犠牲の上に、そんな奇跡に近い狩猟ができると言うのか。


 ウルスタイガーの甲殻は非常に頑丈であり、成体ともなれば並みの魔法は弾いてしまうのだから。

 しかし、これから俺たちが向かう旅館では、新鮮なウルスタイガーの料理を提供しているらしい。

 宿泊料もそこまで高額なわけでもなく、むしろウルスタイガー料理が出されるにしては格安とさえ言える料金。もっとも、一般的な宿泊施設での宿泊料と比べて格安――なわけではないが。

 一泊二日の、ちょっとした旅行。

 まだ全員十代ではあるが、ネワギワの世界ではどこの国でも共通で十五から成人だ。というか、今回はそのことを祝うのが目的なのだが。

 チカテツは、ガタコトと音を立てて目的に向かって走っている。

 到着は、おおよそ一時間後と言ったところだろうか。

 遠い。

 車を走らせられればよかったのだが、あいにく誰も運転許可書を取得してない。

 まあ、走らせても実際そこまで時間がかからないわけではないのだが。

「楽しみ~」

 とリンは、早くも声に陽気さを滲ませている。

「キリウの湯」は、ジビロン国でも珍しいシドー風の様相らしい。つまり、俺にとっては純和風に近いイメージということだ。

 戦争が終わってからしばらくたつが、ザーナ大陸でシドー文化を生で見る機会はそうそうない。

 多様な文化を内包しているミカド帝国ならば、見ることもあるだろうが。

 浴衣とかあるんだろうか……?

 あるといいな、となんともなしに思ってみたり。

 海の近くに建てられた旅館ではあるが、あいにくと砂浜ではなく堅い岩ばかりだし、基本荒波な地域――ということなので、海水浴は今回なしだからな(もともと禁止されてるし)。

 某特撮映画などが始まる前に流れているあの映像を思い浮かべれてくれれば、情景的には大体合っている。……さすがに泳ぎたくないものだ。

 そんな考えを抱きつつも、チカテツは順調に目的に向かって走っているのだった。




 ジビロン国では比較的珍しいシドー風の旅館「キリウの湯」は、思っていた以上に大きな旅館だった。

 値段とサービスが(お得という意味で)釣り合っていないと言われるくらいには、デカい。さすがに、ソージック学園やユグシルナ研究機関ほどデカくはないけど……。

「はぁ~」

 リンはおろか、ほとんどみんなが圧倒されたような声を出している。

 まだ学生である俺たちのお財布事情からすれば決して安くはない宿泊費。しかしてそんな背景があってもお得と言えるほどに豪華な旅館。

 言うなれば、超高級ホテルリゾートに普通のビジネスホテルクラスの値段で泊まれる――みたいな感じだろうか。

 自分で考えといてなんだが、意味がちょっとわからない。

 建物もさることながら、その他も圧巻である。

 まず、庭と思しき敷地には鯉が数匹泳いでいる池がある。学校のプールくらいの広さで、近くに立てられている立て札には水深は最深で二メートル弱あると書かれていた。

 そして、本館のすぐ近くにはまた別の(旅館と比べると)小さな建物があって、時折空気を裂くような銃声が鳴り響いていた。

 事前に射的場があると知っていなかったら、パニックになってしまうだろう。

 超強力なショットガンも置かれてるとか。後で行きたいものだ。

 旅館の中に足を踏み入れると、着物、もといシドー着を羽織った女性従業員が数名、「ようこそお越し下さいました」と俺たちに頭を下げた。お越しやす~ではないんだな。

 店員たちを見てみても、シドー人には見えない顔立ちもちらほら。

 さすがにそこまでシドー風にこだわることはしなかったようだ。

 俺たちは、ビジネススマイルで頭を下げてくるシドー着姿の女性従業員たち(どうも「女将」という印象が持てない)を抜け、受付けで宿泊の手続きをした。

 予約は予めリンがしていたので、手続きは滞りなく進んだ。

「103」と番号が掘られた鍵が渡される。

 俺たちの部屋は、それなりに大きな部屋だ。

 五人も止まるし、男女混合なので寝室に使う部屋は二部屋分が必要だし、そうなると部屋数が比較的多い室が選択肢に上ってくるのだ。

 肝心の部屋は二階のフロアだった。

 他の従業員とは違う、緑色のシドー着を着たシドー風の顔立ちの女性(こちらは「女将」という言葉が似合う)に連れられて、103号室へ向かう。

 旅館にはエレベーターの類はなく、階移動の際は階段を利用するとのことだ。

 全体的に赤色が多く、不思議と脳内に「吉原」という言葉が浮かんだ。多分、俺の偏見が交ってるとは思うが……。

 やはり、階が変わってもこの旅館の雰囲気が変わることはないらしい。

 二階は、俺が頭の中に思い描く「和風」を体現していた。

 ふと、女将が足を止めた。

 すれ違うように通路をこちらにやってくる青年に、一礼する。

「ホルー様。ごゆっくり。お外に散歩ですか?」

 丁寧な口調で、おかみは青年に挨拶した。

 青年は朗らかそうな笑みを浮かべて、女将に答えた。

「ええ、女将さん。海を見てこようと思いまして」

 そう言うと、青年はゆっくりと歩き出す。

 すれ違う時に軽く頭を下げられたので、こちらも無難に頭を下げておいた。

 女将がまた歩き出そうとした時、

「どうしたの、リーン?」

 リンが、階段を下っていった青年の後姿を未だ見ているリーンに、眉をひそめて問いかける。

「……あの人、ラッセル・ホルーさんじゃない? ラスパーナ王国の貴族で大富豪の」

 ……そうなのだろうか?

 俺だけじゃなく、セイラやリンやテラもハテナ顔だ。

 正直、他国の貴族の名前なんていちいち記憶していない。

 待てよ、ホルー?

「それって、ええと、二月で俺が決闘した奴と同じ苗字だけど……」

 思いだすのは、モヒカン。

 この上なく立派な、モヒカン。

 最後には擦れきってしまった、哀れなモヒカン。

 ……ていうか、あいつのファーストネームってなんだっけ? 素で忘れちゃったんだけど……。

 そういえば、あいつもラスパーナの貴族だとか言ってなかっただろうか。

「ラッセル・ホルーさんは、ラスパーナ王国内でも有力貴族の一角であるホルー家の本家なの。決闘での彼は分家筋ね。ラッセルさんとは、一応血縁があるということかしら」

 首を少し捻りながら、リーン。

 というか……。

「詳しいね、トレムさん」

 学生が他国の一貴族の家柄事情にそこまで詳しいとは。

 そのホルー家というのは、それほど有力ということなのだろうか。

 やばいな。もう二か月ぐらいたつけど、あのモヒカンにやったことで恨まれたりしないだろうか。

 リーンは、少しの動揺を瞳の中に見せつつ、落ち着き払った声で答えた。

「ラスパーナ王国に、小さい頃住んでたから」

 俺たちは定期戦の時ぐらいしか行ってないからな。

 昔住んでいたというのなら、国の貴族について知っていても不思議ではないか。

 何はともあれ、今考えるべきはラスパーナ王国の貴族ではない。

 103の部屋だ。

 部屋の鍵はカードパス式だ。こういうところはやはり全然シドー風ではない。まあ、鍵がなかったらそれはそれでセキュリティ上問題だが。

 入口は普通にスライド式――というより、襖だった。

 襖って鍵使えただろうか?

 と思っていると、女将は襖の取っ手のところにカードをかざす。


 ピロリン、という電子音が鳴る。


 もしかして、あれが鍵ということなのだろうか?

 女将はカードを凛に手渡して、両手を揃えて優雅な所作で襖を開けた。どうぞというような仕草で、俺たちに部屋への入室を促してくる。

 入ってすぐには、そこそこの土間と短い廊下があった。脇の壁にはそれぞれ襖があり、正面は鳳凰(?)みたいな鳥が描かれた襖だった。

 俺たち全員が入室すると、最後に入ってきた女将が襖を閉め、部屋の紹介を始める。

「入って右側はトイレ、左側は洗面所になっております。正面には十六畳と十畳の部屋の二つがございます」

 部屋の中は、さすがに豪華だった。

 畳の数をいちいち数えてるわけではないが、おそらくは十六畳の方。部屋の奥には、さらに十畳の部屋とを仕切る襖がある。

「カードの鍵は襖の取っ手にかざせば施錠と解錠ができます。それでは、私は失礼いたします。何かございましたら、受付けの方へご相談ください」

 深く一礼して、女将のような女性従業員は退室した。

 俺たちは話そこそこに、部屋の中を見てまわっていた。

 豪華そうな花瓶や置物、調度品。

 サーベルタイガーめいた風貌をしているマントラの墨絵が描かれた掛け軸。

 緑色の壁。赤い座布団。

 木造りの、背丈の低いテーブル……というより、四角形をした巨大な面積の卓袱台ちゃぶだい

 そんな部屋にあるもの一つ一つに、優雅さが感じられる。

「よくもまあ、こんな豪華そうなのが安くなってるよな」

 テラが、そんな感想を漏らす。

「そう思うよねー」

 リンが、何故か棒読み口調で答える。

「ねえ、ここが料金の割にサービス豪華すぎなの、どうしてだと思う?」

 ……なんだか、厭な予感がするような……。

 俺たちの目の前で、リンは両手を身体の前で揃えて出して、静かな声音でこう言った。

「ここね……これ・・が出るんだって」

 これ・・、とは、彼女の手が表していた。

「夜中に突然物音がしたりとか、トイレの水が流されたりとか、襖が開いたりとか……それで今ちょっと客足が少ないらしくて……それで宿泊料金が結構お得になってるのよねー」

 旅館の経営側も大変だな。

 しかし、それって要は曰くつき物件みたいな要領だよな。

 リン、今まで黙って隠してたんだな。

 反対されると思ったのか。それともやはり、女の子にとって「お得」という言葉は魔性を秘めた単語ワードなのか。

 ……まあいいか。

 幽霊ぐらいなら大丈夫だろう。

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