6,学園風景(5)
決闘。
このネワギワの世界に未だ残留している、忌まわしき風習。
数々の戦士たちが、自らの欲望を叶えるため、または己が信念を貫くために行った闘い。
時に、仲間のプライドを守るため。
そして時に、愛する女をかけて……。
さて、冗談は置いておくとして、決闘なんて単語は久しぶりに聞いた。
たしか……一学年の時にイルサから申し込まれて以来だと思う。
あの時は、テラが勝手にOK出しちゃったんだっけかな……。
イルサが俺に決闘を申し込んできた理由……たしか、魔法科の授業での「レイ・ベルム」の誤射で、リンが保健室に運ばれたのをきっかけに、イルサが俺への怒り(逆恨みだが)を爆発させたからだったか。
今回の一件を、整理してみよう。
ラルド・ホルーこと、モヒカン頭が何故に俺に決闘を申しこんできたのか。
まず、そもそもの発端として、彼はセイラ・カミネという少女に恋心(笑)を懐いた。
しかし、その儚い想いはすぐさま極寒の凍土に落ちたかのごとく、ピッキピキに凍りついてしまうことになった。
その原因こそが、哀れにも知らず知らずのうちに恨まれていた俺である。
彼は俺がセイラと同じ家で暮らしているという情報を得た。
そんなバナナ、とばかりに一度は鼻で笑い飛ばしたモヒカン。
しかし、告白しようとセイラを屋上に呼び出すも、いつまで待っても彼女はやってこない。
後日、セイラと俺が喫茶店に寄り、その後一緒に帰っていったという目撃談(匿名希望)により、噂が真実であると確信。
純粋で儚い彼の想いは、途端に深い憎しみの業へと一転する。
さらには、二人は家の中で所謂あんなことやこんなことをやっている爛れた関係である、とまで邪推して、そしてそれが事実なのだと何故か確信してしまう。
あの二人は、こぞって自分の想いを踏みにじり、そして愚弄した。赦すまじ!!
結果として起こったのが、昼休みでの一件である。
……うん。
いろいろ脚色されてるけど、大体合ってる。
それで俺がこの決闘にどんな返事を返したのかだが…………簡潔にまとめると、引き受けた。
理由はまあ、もちろんあるわけだが。
今回の一件。
原因はいろいろと思い浮かんでしまうが、一つはモヒの嫉妬の感情が絡んでいると思う。
セイラは客観的に見ても美人だし、現段階でもラブレターを貰うことが絶えないという。
昼休み、モヒが盛大にぶち込んできやがったセイラの現在お住まいの住所、に関する発言……。
噂が出回るのはとても早い。
今現在、どこまで広まっているのかはわからないが、あのまま広まらずに今後は話題にされない、ということはまずあるまい。
今後、セイラに想いを寄せている男どもから、「セイラをかけて勝負じゃ!」と決闘を迫られるかもしれない。
断っても断っても、申し込んでくる輩は絶えないだろう。一年生の時、俺を天才と誤解した上級生が俺に対して行った嫌がらせのように。
であれば、彼らが申し込んでくる前にその戦意を無くしてしまえばいいのではないか、と俺は考えたのだ。
……だから。
一年生の時は、生意気な奴だ、とさらなる非難を買いそうだったからやらなかった方法を、実行することにした。
非常に申し訳ないことなのだが、モヒカン頭こと、ラルド・ホルー少年には…………。
尊い犠牲になってもらおうと思う。
放課後。
俺とモヒの決闘は、校庭で行われていた。
魔法は、実質上制限なし。
安全を第一に、安全フィールド内での決闘となる。
勝敗の決定は、両者のどちらかが敗北を認めて降参するか、戦闘不能(安全フィールドの効力があるので、この場合は気絶ないし意識不明の状態)と判断された場合。
一学年の時とは、ルールがいささか違う。
成長し、魔法を併用した戦闘能力も技術も向上しているからだ。
――さて。
戦闘開始の声が上がってから、まだ一分と時間はたってはいない。
にもかかわらず、俺の目の前には肩で息をするモヒの姿があった。
ぜえぜえ、ぜえぜえと荒い息遣い。それでいて、まだ闘志を宿した目で俺を睨みつけているのはさすがだと思う。
フィールドの外では、俺とモヒの決闘を観戦しようと生徒たちが群がっているが、ほとんどが呆気に取られたような表情をしている。
決闘は、俺の一方的な攻撃によって始まった。
開始の声と同時に、錬気によって巨人の如き一本の巨腕を創りだし、魔法を詠唱しようとしていたモヒを攻撃したのだ。
モヒの身体に、深刻なダメージは見られない。
当り前だ。
決闘が始まってから、俺がやった攻撃はどれもが即死するレベルの威力だったのだから。
具体的には、モヒの身体を鷲掴みにしてそのまま握りつぶしたり、真上から叩き潰したり、などだ。
致死レベルの攻撃は全面的に無効化してしまうこのフィールドでは無意味に等しい攻撃だが、今回は効果があったようだ。
俺の目の前で、モヒが片膝をつく。
自分が殺される感覚を何度も経験し、しかしてその肉体に欠損は一切なく、攻撃された痕もない。
こういうのは、精神的にストレスを溜めるようだった。身体は痛くないだろうが、殺される時の痛みは本物なわけだし。
一分と経過していないのに、このありさまだ。
頭部のモヒカンも、昼に会った時と比べてかなり乱れている。あんなに綺麗で立派に整えられていたのに、ニワトリのトサカみたいになっている。
「はっ、はあっ、はあ……」
息を整えながらも、モヒの目は油断なく俺を見ている。
でも、いくら注意深く相手を観察していたとしても、素人が錬気の攻撃を感知するのは難しいんだよなあ。
ネワギワの人間は錬気量自体が極小だから特に。
「――っ!?」
いきなり、モヒの身体が横に飛ぶ。
彼自身の跳躍などではない。
ほぼ透明にした触手状の錬気で、彼の身体を横から拘束し、振りまわしたのだ。
勢いをつけて、モヒの身体を地面に叩きつける。
手加減はしない。してしまったが最後、肉体的ダメージを残すことになる。
今回、俺が決闘を承諾したのはただ勝つためじゃないのだ。そのことを忘れてはならない。
激突によって舞い上がっていた砂煙が晴れてくる。
まるで隕石が衝突したかのように陥没した地面。
大きく抉られたクレーターの中心に、今まさに立ち上がろうとしている少年の姿があった。
五体に欠損はない。
ダメージの軽減ではなく、攻撃の無効化に魔法が発動したと見ていいだろう。
まあ、かなりの速度で叩きつけたからな。あれで死なないんなら、モヒはチタン合金製のサイボーグか何かとしか言えないだろう。
何はともあれ、よかった。
身体が無事であれば、こちらの目的も達成できそうだ。
俺はゆっくりした足取りでモヒに近づいていった。
「――っ!」
モヒの瞳には、怯えが混ざっている。地面に叩きつける前よりも、強い恐怖。
俺がモヒを殺す(ほどの攻撃をする)度に、モヒの中で俺に対する恐怖心が芽生え、増大しているのだ。
俺とモヒの距離が五メートルほどになった時、金縛りから解かれたかのように、急にモヒは後ろに跳び退って俺から距離を取った。
面倒くさい。
そのくせ、あいつ自身降参しようとは思っていないらしい。
言動から推測できるが、モヒにもモヒのプライドがあり、自分の中で降参するのが赦せないのだろう。
降参されないのはむしろ俺にとっても好都合だから、別にいいんだが。
しかし、まだ身体が動かせるくらいには、精神に余裕があるのだろうか?
……もう一度、やっておくか。
前方に掌を掲げる。
「『ウィルベルム』」
すっかり慣れ親しんだ呪文を唱える。
風の魔力が俺の周りに収束する。まだ、発射はしない。
さらに、別の呪文を詠唱。
「『フィルム』『ヒラドベルム』」
火・水・風、三つの属性の魔力が俺の周囲にそれぞれ塊となって充填される。
その三種類の魔力を混ぜ合わせるように、一つの塊にしてモヒへ発射した。
白色になった魔力の弾が、モヒへと迫る。モヒはそれに対して、障壁魔法を展開することで防御する。
別に抗おうが構わないが、無駄だと思う。
これは、普通の魔法の威力を超えるから……。
一つに合成された俺の魔力弾は、魔力の障壁に着弾すると同時に――、
すさまじい大爆発を引き起こした。
フィールド内に、太陽と見間違うばかりの光量と熱量が発生する。
白んでいた視界に、現実の光景が戻ってくる。
一気にフィールド端まで吹き飛ばされていたのがわかる。
首をぐりぐり回すと、こきこきという音が鳴った。
モヒは、どうなった。
いた。俺とは反対側の、フィールド端。もう、立っているので限界らしい。遠目でもわかるほど、膝がふるふる震えていた。
障壁魔法は、なんの効果もあげられなかったようだ。
圧倒的な破壊力を前に、防御すらできす呑みこまれたのだ。
俺もだが。
大爆発の最中、肉体的ダメージを無効化されたのはモヒだけではない。あんな大爆発、あんな近距離で弾けさせれば、俺だってダメージを喰らうのだ。
爆発に呑まれた後の感覚は、忘れるはずもない。
手が、足が、胸が、一瞬で千切れて飛散していく。痛覚が正常に作動する前に、肉体は消し飛び、フィールドの効果によって死をリセットされた。
だが、それでも自分の身体が爆散する感覚はあった。
俺と違い、モヒの方はかなり精神が擦れているようだ。俺が近づいているのに、立つことだけに神経を使っている。
本当に余裕のなさそうな表情で、モヒが俺を睨む。モヒカンは、すっかり萎れているかに見えた。
限界ならば、降参すればいいのに。莫迦な奴。まあ、都合がいいから何も言わないが。
錬気の触手を伸ばし、モヒの身体を拘束する。
触手は手足の先まで巻きつき、モヒの自由を完全に奪う。
「……くぁ」
モヒが、そんな声を静かに漏らした。本当に、開始数分でよくもここまで神経を擦り減らすものだ。
人の心は、こんなに脆かっただろうか?
触手がモヒの右手の、指先にまで伸びる。
そして――、
――――ボキッ、
と。
「――――!」
直後に悲鳴が上がった。
フィールドの外からも、ざわついた声が聞こえてくる。
一つの関節につき一回。つまり、親指以外の四本の指は各三回ずつ。
人差し指。それもまだ一回目だ。あと十三回は、折れる。
「ん――! ――――、んん――――!!」
激痛のためか、両目が大きく見開かれている。
ちらり、とフィールド外のガヤに視線を向ける。恐ろしげに、俺を見ている者がほとんどだった。
観衆の中には、セイラの姿もあった。
いつも俺が見ているのと変わらない、無表情な瞳。俺がやった蛮行にも、ほとんど動揺は見られなかった。
捻りだすような絶叫に、再びモヒの方を見る。
無様だった。右手の形は、すっかり変わっている。
即死する攻撃しか無効化しないこのフィールド内で、骨折には痛覚を軽減するくらいしか働かない。
緩和された痛みであっても、モヒの精神を摩耗させるには充分だったか。
拘束を解く。
どさっとモヒが崩れ落ちる。
錬気の巨腕を、再び創り出す。そして握りこんだ拳を、モヒの身体の上に落とした。
衝撃と砂煙が巻き起こる。
こちらのダメージは無効化されるだろうが、もうモヒが立ち上がることはないだろう。
時間はほとんどかかっていない。時間的に見ればあまりにもあっけない。
俺の勝利である。
この決闘の後で、俺に決闘を申し込もうなんて考える男がどれぐらいいるのか。
できれば、こんな面倒事はこれっきりにしてほしいものだ。
翌日の放課後。
図書室にて。
「派手にやったわねえ。リュウトくん」
歴史関連の書籍のページをめくりながら、イルサは俺にそう言った。
リンの姉である彼女は、リンをそのまま数年成長させたような女性である。
彼女と俺がここにいる理由は、語るまでもない。そう。ネワギワ史の課題だ。
結局、あれからほとんど進展を見せていない。今日ここに至り、ついに先人の知恵を借りることを決めたのだ。
セイラも引き続き、俺に協力してくれている。テラとリンは定期戦の練習で俺とは別行動だが。
「俺に決闘を申し込んでくる奴はもう出てこないと思ったんですけどね」
書籍の内容にざっと目を通しながら、俺はそう返した。
昨日、俺がモヒと決闘した理由。
なるだけ凄惨なやり方で勝利して、俺に決闘を申し込むのは止そう、とセイラに想いを寄せる男どもに思わせるためだ。
その目論みは見事成功したのだが、ある意味で言えば失敗してもいた。
「彼らの存在は完全に失念してました……」
セイラに想いを寄せる輩から決闘は迫られなかった。
代わりに、少々特殊な性癖をお持ちの、一部の生徒たちから申し込まれたのだ(もちろん、決闘をだ)。
俺はサディストではないから、他人を嬲って快感を得ることはできない。
決闘からまだ二十四時間もたっていないのに、授業時間以外はほとんど「是非我々とも決闘を!」と鬼気迫る形相で寄ってくるアホどもから逃げ回る一日だった。
セイラを手に入れるために俺に決闘を申し込んでくる主人公ではなく、俺にいたぶられるために決闘を申し込んでくる変態が現れたのだ。
「そっちじゃなくて、申し込んできた彼。えっと、たしか、ラルド・ホルーくん」
「あのトサカがどうかしたんですか?」
モヒについても、いろいろとわかったことがある。
決闘後、モヒの取り巻きだった生徒たちから色々と聞いたのだ。
あんなやり方はあんまりじゃないか、と涙ながら訴えるように俺を糾弾した彼らだったが、あいにくと俺の中に罪の意識は皆無である。
一つ、これまで見かけなかったと思ったら、奴は去年転校してきたテンコーセーだったのだ。それにしては、さっぱり噂が上がらなかったが……。
二つ、モヒはラスパーナ王国出身だった。あの偉そうな態度は、ラスパーナ王国の貴族だったからだそうな。俺の首、チョンパされたりしないよな……?
三つ、奴は今日も医務室で寝ている。右手の指関節をほとんど折られたことの後遺症か、それとも奴自身にトラウマが植え付けられたのか、決闘以来右手が小刻みに震えるらしい。
なんだか、本格的に身の危険を感じてきた……。
あいつが他国の貴族だとわかっていたら、他の奴でやったのに。
イルサは、静かにこう言った。
「ピアノのコンクールに出られないって医務室で泣いてたらしいわよ」
……吹き出しそうになった。
ピアノ? コンクール?
一体俺は、誰と闘っていたんだ?
ピアノのコンクールに出ようとする奴が、なんだってあんな不良じみた髪型をしてるというのか?
その時、俺の頭がぴん、と閃いた。
「なるほど、彼はネタ枠だった、と言うことですね」
「とんでもなく失礼な言葉ね。リュウトくん」
「……そうとしか思えないので」
モヒに対する同情は、もとからない。もともと、本当の意味で俺が他人に同情することなど、出来ないのだから。
「それにしても、あの大爆発は何なの?」
昨日の決闘を思い出すように、イルサはそう訊いてきた。
あの大爆発、が何を指す言葉なのかはすぐに思いいたった。
「中位の三つの属性をある割合で合成すると、特異属性を超えるエネルギーを発生させることができるんです。まあ、つまりは爆発ですけど」
「……そんなこと、初めて聞いたんだけど」
ほとほと呆れたような口調で、イルサはそんなことを呟いた。
「レンくんから教えてもらったの?」
「いえ、違います」
「じゃあ……彼女?」
すっと細めた目で、イルサはテーブルの向かいでページをめくるセイラを見た。
「ええ。まあ、そうです」
まあ、三属性の合成と言うのは、実際はかなり難しい。そこに、各属性間の一定の割合も入るのだから、なおさら難易度は上がる。セイラもかなり合成の工程に難儀していたようだ。俺は発動さえさせられれば感覚的にできたのでそこまで難しくは感じないが。
しかし、あれだ。
どうしてセイラは、こんなことまで知ってるんだろうか。
そんなことを考えていると、イルサは軽い溜め息と共に、呟くように言う。
「そんなものをやられちゃったら、どうしようもないわね……」
「もしかして、先輩はあのトサカが可哀そうだと思ってます?」
「それについては全然。あいつのせいでリンが落ち込んじゃったんでしょ?」
たしかにな。
本人も気にしていたっぽいし、精神的挫折と言うやつだろうか。
「レンくんと別れたりしなきゃいいけど」
「そうですね」
ぎこちない空気で話をされても、厭に気を遣わなければならなくなるからな。
「それはそうとリュウトくん、君、すごく怖がられてるみたいよ。わたしのクラスでも、結構言われてるわよ。リュウト・カワキは鬼だって」
「上等です。恐れられるほどいい」
「……それじゃ孤立するよ?」
リン、テラとは長いつき合いだ。それこそ、時間の長さで言えばイルサとも長い。
今更、孤立してもいいか、と思ってしまう。
というか、孤立に近い状況なら一年の時にもなっている。
まあ、イルサの言わんとすることはわかるが。
「俺は、友人は少数だけでいいという考えは持っていません」
俺の発言の意図がわからなかったのか、イルサは訝しげな表情を作る。
「しかし、友人が多くなればなるほど、関係維持が面倒になるのも事実です。それ自体を楽しいと思えない限り、多数の友人関係を成り立たせるのは無理でしょう」
イルサはまだわからない、と言うように眉をひそめた。
「ならば、最初から多少の退屈は承知で友人の数は少数にしておいた方がいい、という結論になります」
「……つまり、何が言いたいと?」
「孤立上等、ということです」
「そこは、リンとかテラくんがいるからとか、わたしがいるからって言うべきなんじゃない?」
「まあ、それもありますね」
苦笑して、書籍を閉じた。欲しい情報はなかった。
気分転換に、別の話題を振った。ふと、そのことが気になったから、という理由もあった。
「関係ない話ですけど、一昨日だったか、歴史本のエリアで変な本を見つけたんですけど」
歴史関連の書籍の中に、気配を消して紛れていた不思議な本。
いろいろとおかしい部分があった、小説の本。
タイトルはたしか、「私の心」だっただろうか……。
「変な本?」
「はい。何故か、小説があったんですよ。変ですよね」
「低年部の子の悪戯なんじゃない? 基本的に、学期末の大掃除の時以外書籍の整理とかやらないし」
なるほど、と納得した。
「どんな本だったの?」
「はい。語り手がどんどん心を壊していく話でした」
「何その話……」
俺もよくわからない。
「さ、そんなことより、他にいい本ないか探してきなさい」
「はい」
言って、俺は椅子から腰を上げた。
本を探している時に気づいた。
あの、おかしな本……。
低年部の悪戯で、あんなエリアに紛れこんでしまった。それにしては……。
悪戯をした低年部の生徒は、かなりの怪力だったのだろうか……?
図書室での勉強が終わった後、ふと体育館に寄ってみると、ちょうどテラやリン、レンたちが定期戦の練習後の片づけをしていた。
レンと一緒に作業しているリンは、やはりレンに対して少し遠慮しているように見えた。
練習で使った機材を二人して倉庫の中へ運んで行くのを見ていると、俺の脳細胞がふと名案を思いつく。
必要はなかったかもしれないが、忍び足で倉庫の入り口の方へ向かう。
倉庫には、二人以外に人はいないようだった。好都合である。
「これで、終わりですね」
「……そうだね」
そんな二人の会話も聞こえてくる。
機材運びは、もう終わりという解釈で大丈夫だろうか。だとすれば、他の誰かが倉庫に来る理由も、そうないだろう。なおさらに好都合だ。
俺は、素早く、二人が来る前に、倉庫の扉を閉めた。そして、鍵をかけた。
「は?」
「え?」
二人の間の抜けた声が、扉越しに聞こえる。
「え? ちょっと? すみません! 僕たちいるんですけど。え? ちょっと!」
扉の向こうの足音が、こちらに向かってくるように大きくなる。レンが、すぐそこまで来たのだろう。
扉をドンドン叩かれたりする前に、俺は口を開いてレンに話しかけていた。
「レン、待て」
「兄さん? よかった……」
安堵するように、胸を撫で下ろす気配。俺が扉を閉める瞬間は見ていないから、レンは俺が閉じ込めたのだとは知らないのだ。
「ねえ、兄さん。誰かが扉を閉めちゃったみたいなんだ。鍵を空けてくれないかな?」
「ああ、知ってる。俺が鍵かけたから」
「え……?」
困惑するように、息を呑む音。
「なんで?」
「お前ら、周りからどう言われてるか知ってるよな?」
レンだけでなく、リンに対しても声をかける。
「それは……」
「リンも、なんか迷ってるみたいだから、一度腹を割って話し合うといい」
そう言って、俺は踵を返そうとした。そこへ――、
「ちょっと待ってよ! 兄さん? じゃあせめて鍵開けてよ」
「リュウト?」
「やかましい! 三角関係とかドロドロとか、関係ないのに無理矢理噂に巻き込まれる俺の身にも慣れや、愚弟が!」
ピシャリと言い捨て、今度こそ俺は踵を返した。体育館内には、既に生徒の姿はほとんどなかった。
テラが呆れたようにジト目になってこちらを見ている。
……しかし、言い過ぎたな。レンが愚弟なら、俺は愚兄以下ではないか。
まあ、これで二人の間のすれ違いが解消するわけでもない。失敗する可能性だって充分にある。
そこは、二人が仲直りできる未来を祈ろうと思う。
――その後。
なんやかんやで、二人の仲は良好に修復された。
けれど、俺はその後すぐに教師に怒られてしまった。解せぬ。
これにて第二部第二章はひと区切りです。
長かった……(疲)




