5,学園風景(4)
翌日の昼休み。
俺とセイラは、教室で昼食を取っていた。
ソージック学園に、学食堂はない。故に、生徒は昼食は自前で用意しなければならない。
俺の食べる弁当は、去年までは母さんが作っていたが、今年からは自分で作っている。そしてそれは二月の初めごろ、女の子が居候するようになってからも変わらない。
弁当については、俺もセイラもそれぞれで作っている。
非効率的である面は否めないが、俺もセイラも自分の弁当は自分で作る、ということで合意した。
ただ……おかずはまったく同じ具を使っているので、俺とセイラの弁当は具材の配置が違うだけになっている。
勘が鋭い奴なら、簡単に気づくだろう。現に、今だって――。
「リュウトとセイラのお弁当、具がほとんど同じじゃなーい?」
リンが、身を乗り出すようにして俺たちの弁当箱を交互に見る。
「ん? あっ、ほんとだ」
テラも、リンと同じようにして、交互に俺たちの弁当箱を見比べる。
俺と、セイラと、リンと、テラの四人での昼食であった。
俺とセイラの席は近く、これまでも一緒になって食べることはあったのだが、今回はテラとリンの二人も参加しているわけである。
……さて。
どうしたものかな。
居候少女セイラの件は、別にばれてしまってもいいのだが……説明はめんどくさくなるだろうな。
無言で、セイラをちらりと見ると、彼女の方も困ったように口をわずかに微苦笑の形に歪めている。
セイラが転入してきてから今日まで、このメンツで昼食を取ることはなかった。
まあ、幼少の頃からつるんでる友人と、つい最近転入してきた転校生の弁当の具材がまったく同じなら、気になるということもあるだろう。
「……そうだね」
ほとんど棒読み口調でそんな反応を示したが、やはり二人の好奇の目は消えなかった。
なんて説明なら簡単に済むんだろ?
「えーっと……ハッ、もしかして!」
やや芝居がかった口調で、リンが何か閃いたようだ。
「セイラがリュウトの分のお弁当も作ってあげてるとか!?」
「……これ俺作の弁当なんだけど」
女の勘は鋭いって言葉、嘘なのだろうか。いや、ギリギリでかすってるだろうか?
「じゃあ逆!? リュウトがセイラの分のお弁当を作ってあげてるの!?」
「俺、自分の弁当しか作らないよ」
「……そうね。考えてみれば、リュウトは他人のためにそこまでしないわよね」
長年の付き合いの結果だろう。リンも、俺の行動パターンへの理解度が深い。
でもちょっと貶された気分だった。
「え? じゃあ、偶然?」
ここでうんと頷くのは簡単なのだが……。
まあ、いいや。
ここで頷いておこう。
ここでリンたちを騙したところで、誰かがアンハッピーになるわけでもないし。
好奇の目を向けてくるリンに、そっけなく頷こうとして、その瞬間――、
「セイラ・カミネはこの教室か!!」
教室の扉が勢いよく開けられ、同時にそんな声が轟いた。
昼の和やかな昼食時間、いきなりの怒声に、教室内にいた生徒たちはほとんどがびくりと驚いている。
リンとテラも、扉が開け放たれた音に肩を跳びあがらせた。
開けられた扉の方を見てみると、他のクラスと思われる男子生徒が教室の中を見回している。
人を見下したような目。
苛立ったような表情。
変な髪型、というかモヒカン、見事なまでの立派なモヒカン(全然不良顔じゃないから違和感が……)。
あと取り捲きを数人侍らせている。
どっかのボンボンみたいな雰囲気だ。頭さえ見なければ……。
男子生徒は、教室を見回していた視線を俺たちで止めると、そのまま取り捲きたちをその場に残し、一人でずんずんとこちらに向かって歩いてきた。
男子生徒のこちらを睨む目には、かなりの怒りがこめられている。
「セイラ・カミネ。貴様、どういうつもりだ?」
男子生徒の第一声が、それだった。
彼はセイラのそばにくるなり、いきなりそう言ったのだった。
対するセイラは――――気持ちいいくらいの無視だった。
その態度に、男子生徒はまた苛立ちをつのらせたように舌打ちする。
「ちょっと、いきなりなんなの?」
リンが、やや固い声で男子生徒に抗議の声を上げる。
凄いな。素直に称賛したくなる。
俺だったら、途中で笑ってしまうだろう。
あの頭を見ながら抗議するのは、今の俺ではちょっと難しい。
モヒカン頭の男子生徒は、不機嫌そうな表情でリンに応える。
「なんだ、君は?」
「なんだ、じゃないわよ! いきなりやってきて一体何様のつもりなのよあんた!?」
「君の質問に答える義務も必要性もない」
「なんですって!」
ダンッ、と机を強く叩きながら立ち上がったリンが、男子生徒を睨みつける。よくあのモヒカン見て笑わずにいられるものだ……。
男子生徒は、煩わしそうな目でリンを見ている。
俺は、小さな声でセイラに訊いた。
「誰、あれ?」
男子生徒の発言から、セイラの知り合いか、と思ったのだ。
なんか、違いそうな気はするけど……。
「……知らない」
予感は的中。どうやら知り合いではないようだ。
どうやら、男子生徒が一方的にセイラを知っている関係のようだ。これって結構厄介な構図な気がする。
「鬱陶しいな! 君は関係なんだから、横から口を挟まないでくれないか!?」
「あたしたちは、今日セイラと一緒にお昼食べてるの。少しも関係ないわけがないでしょ! セイラとだけ話したいって言うなら、あたしたちに一言断りを入れてもいいじゃない! あなた礼儀もわからないの?」
「ふん。どうして僕が、君たちごときにいちいち声をかけなくてはならないんだ? 君たちの方こそ礼儀がなってないんじゃないか?」
リンと男子生徒の口論も、白熱している。
モヒカン頭相手に、どうして笑わずにいられるのか、リンの迫力は本当に謎である。
その時、男子生徒はふと何かに気づいたように眉をぴくりと動かした。
「君は……リン・ホルミナか……?」
「だったら何よ?」
むしろ、今までどうして気づかなかったのか。リンはこの学園でも、かなりの有名人なのに。
男子生徒は、再び見下すような感情を視線に宿した。
「尻軽の女が、僕に抗議するとは随分と偉いものだな」
「なっ――――」
リンが絶句する。
尻軽――リンが、尻軽?
ああ、なるほど。こいつは、あの噂を鵜呑みにしてるわけか。
説明すれば簡単なことだ。
去年、俺はリンの告白を振っている。
そしてその後、リンは俺の弟であるレンと交際するようになった。
察しが良ければここでもうわかってもらえると思うが……要は、リンはレンを、俺の代わりにして乗り換えたのではないか? ――とかいう噂が、一部では流れているのだ。
真偽のほどは、定かではない。
俺自身、直接訊いてはいないからわからない。違っているとは思うが……。
でも、恋愛感情は複雑だから、どうなんだろう、という疑惑もある。
「よくもまあ、人の邪魔ができるね。それでいて、そこの彼とまだ一緒にいることも驚きだ。もしかして、もう浮気してるのかい?」
侮蔑するよう目で俺をチラ見して、男子生徒はそう言った。
……う~ん。かなり無理があるいちゃもんだ。
無論、後半の方は本気で言ってるというよりは、単にリンへの精神的な口撃として言ってるだけなのだろうが。
俺がそんなことを考えていると、テラが舌打ちして席から腰を上げた。
「おい、リンは関係ないだろ。おまえなんなんだよ!」
敵対心のこもった目で睨みつけるが、男子生徒はどこ吹く風だった。
「それを言うならば、君も関係はないんじゃないか? おや、関係があるって言うのかい? リン・ホルミナは、君とも恋仲だとでも言うのかな?」
めちゃくちゃだ。
何だ、そのカオスな……というかドロドロな人間関係は?
話だけ聞いていると、リンの評価がどんどん下がっていく気がする。
そしてこのモヒカン男子生徒はいつまで名乗らないつもりなんだ。彼が名乗ってくれないから、俺の中では男子生徒とかモヒカンのままなんだが……。
それにしても――。
テラもまた、あのモヒカン頭を相手に笑わないというのか……!?
「リュウトもなんか言ってやれよ!」
テラが、俺にも同意の声を求めるようにそう言う。
男子生徒が、じろりと俺を睨む。
侮蔑と、嘲笑のこもった目。この男子生徒とは初対面のはずなのに、そうとは思えないほどの怒気が滲んでいる。
どうしたものかな。
「そもそもとして……」
モヒカン頭の男子生徒を見る。もちろん、彼の頭は極力見ないように細心の注意を払って。
「君は誰だ?」
視界の外で、リンやテラがずっこけるようなモーションをするのがわかった。
俺、そんなに変なこと言ったつもりはないんだけどな……。
男子生徒は、忌々しげに俺を見る。
昔から俺って、覚えのない敵意を向けられることが妙に多いな……。
「貴様は……僕を、知らないのか……?」
「知るか。どこのクラスよ?」
お前みたいな愉快な頭をした奴なんか、一度見れば厭でも記憶に残るわい。
男子生徒は、頬をぴくぴく痙攣させながら、俺を睨みつけていた。
うーむ。
やっぱりこんな奴と会った記憶はどこにもない。
これが初対面のはずだ。
なのにどうしたことか。
初対面の相手にここまで恨まれることもそうないと思うが……。
「……いいだろう。考えてみれば、これが初対面なわけだしな」
落ち着かせるように一旦瞑目し、男子生徒は言った。
「僕の名前は、ラルド。ラルド・ホルーだ。クラスはCだ」
……ホルー。
……掘る~?
――いや、変な連想は置いておくとして、やっぱり聞いたことない名前だ。本人もこれが初対面だとか言っていたし、その辺よくわからないな。
「そう、ですか……」
俺がそう言うと、男子生徒はぎろりと睨みつけてきた。
やはり俺のことは嫌いらしい。
なら、別にそれでもいい。
俺も、自分のことを嫌ってる奴に友好的に接するつもりはない。
「で、君は一体、何しに来たわけさ?」
ラルド・ホルーの額に、青筋がぴくぴく浮き出ていく。
こいつの怒りゲージは、俺が何か喋るたびに問答無用でどんどん上がっていく仕様らしい。まったく、愉快なことだ。
「全部貴様のせいだっっっ!!」
ビシィッ、と人差し指を突きつけて、ラルド・ホルー(もう面倒くさいからこれからはモヒカンって呼ぼう)は怒声を飛ばした。
ちゃんと話をしようぜ?
それだけじゃ何言ってんのかさっぱりわからん。
「……あ、そう……」
小さく呟くが、モヒカンは耳ざとく俺の言葉を聴取したようだった。ビキッ、ビキッ、とさらに頭に血管が浮き出ていく。
「きっさっまああああああああああああああああああ」
今にも掴みかかってそうな形相で、モヒカンは迫ってきた。
「僕の心を弄んでおいて、貴様は何とも思っていないのかあああああああ!」
「やめて俺が悪かったから。だからそんなに近づかないで。嗤わせないで」
ドアップでモヒカンの顔を見てしまい、笑いが堪えきれなくなる。
「きっさまあああぁぁぁぁぁぁ」
モヒカンから、黒いオーラが立ち上っていく。
凄い。モヒカンがオーラを受けてゆらゆら揺れてる。
いや、そういう幻視はひとまず置いておくとして……。
さっき変なこと言ってたなこのモヒ。
僕の身体を弄んでおいてとかなんとか……。
……えっ!?
こいつもしかしてHOMOなの?
いやいや待てよ。
当然ながら、俺とこいつにそんな関係はなかった。だから弄んだとか言うのは完全にこいつの言いがかりであるはずだ。
そう言えばこいつ最初はセイラに突っかかっていってたよな。
……そういやセイラと俺って結構学校でも話してるな。
――――
――――
…………
…………
なんか、繋がってきたな。
こいつはホモで、俺のことが好きで、でも俺はセイラと話すことが多くて、それで失恋したと思っているのか……!?
我ながら、凄い推理が出てきたものだ。
とするとアレか?
こいつは俺に抱いてる感情はまさに愛憎入り乱れたなんちゃらというやつか?
……どうしよう。
ホモの友達は別に構わないけど、ホモに好かれるのは少し待ってほしい。
これって、やっぱり俺が悪いのか?
「貴様のせいで……貴様のせいでええああぁぁぁ!」
「うん、ごめん。俺が悪かったよ」
刺激しないよう、そっと謝罪する。
しかし、このモヒに大した効果はないようだった。
「貴様、僕を舐めてるだろ……」
舐めるわけないだろ! 気色悪い。
そういえば、テラやリンはどうして何も言ってこないんだ?
俺がこのモヒと討論しだしてから、一言も入ってこない。
「……いいだろう。貴様がそこまで僕を辱めるというなら……僕も覚悟を決めよう」
そうこう考えてるうちに、モヒがわけのわからないことを言いだした。
いっつも、俺の知らないところで話が進んでいくな……。
「僕は貴様に、決闘を申し込む!!」
…………ふぁ?
自分が勝ったら付き合えとか言いだすんじゃないだろうな?
俺は同性愛者じゃないから、好きでもない奴に迫られても嬉しくないな。
「どうやったらそんな発想になるの……?」
呟く俺に、モヒはやはり見下すような視線を向けてきて、
「僕が勝ったら、二度と僕の前に現れるなよ」
これまで一度たりともてめえの前に現れたことなんてねーよ。
さっきこれが初対面とか言ってたくせに。
それとも、あれか? これからはてめえの見聞に触れないように生きていけとでも言うのか?
付き合えと言ってこないあたりは、少しほっとしているが……。
「トサカ頭……」
ぼそりとそんなことを呟いたのは、俺のそばで未だ座ったままのセイラだった。
トサカ頭……もといモヒはセイラを憎しみのこもった目で睨んだ。
人間の嫉妬は、醜いものだな……。
「……ふっ、ふふふふ。まあいい。ここは、抑えておいてやる。それで! リュウト・カワキ! 返事を聞こうじゃないか!」
「……俺が勝った場合はどうなるんだ?」
冷静に、そのことを訊いた。
やっぱり、モヒが今後一切、俺の前に現れない、とかだろうか?
「ふん。その場合は、僕は君たちの前から消えようじゃないか」
「ふむ。ん~。ちょっと考えさせてくれ」
俺の申し出に、モヒは「は?」と一瞬キョトンとした表情になった。
「だから、考える時間をくれないか?」
「ちょっと待てよ。何故そこで考えるのだ? 男ならば、間を開けずに了承しろ!」
俺の言ってることが心底理解できないらしく、モヒはそう言う。
めんどくさいなーこいつ。
理解できないのは俺も同じなんだよ。
「わからない。やはりわからない。こんな阿呆に、僕は男として劣っているというのか……!?」
愕然として、モヒはそんなことを言った。
まあ、どんな意図があってそんなことを言ったのかは知らないが、ルックスの面でこいつに俺が負けてるとは思わない。
だってこいつモヒなんだもん。
「だが、負けない。肉欲で爛れた生活を送っている貴様などに、この僕は負けない」
散々な言われようだ。
――というか待て。
肉欲?
「何のことを言ってるんだ?」
「とぼけるな! 貴様とセイラ・カミネが、婚姻も結んでいないのに同じ家の下で生活を送っていることなど、周知の事実じゃないか!!」
……。
……。
……。
「え、そうなの?」
問いかけは、リンとテラに向けてだった。
この二人も、俺とセイラの居候関係を実は知っていたというのか。
二人の反応は、
「「えっ、そうだったの!?」」
「周知の事実じゃないじゃないか!」
モヒに視線を戻して、俺は非難するように言った。
少なくとも二人は知らなかった、ということで間違いない。
「だいたい、どこからそんな情報仕入れたんだ?」
人には話してないから、知ってる奴なんていないと思っていたが……。
もしかして、モヒもカマかけてきただけだったりして。
「同じクラスの、ラロードという者から聞いたのだ。セイラ・カミネは、リュウト・カワキと共に暮らしている、と。僕はそれでも彼女に告白しようと思った。所詮は噂でしかないのだと自分を奮い立たせて……。にもかかわらず、一昨日の放課後、セイラ・カミネは屋上には来なかった……」
一昨日というと、セイラは俺より少し早く下校していたな。
「アイソレーション」に寄り道したが、実はあの時モヒの告白のために屋上に呼び出されていたのか。
うん、つまり――。
結論・モヒはノンケだった。
少しほっとした。
モヒは、親の仇でも見るような目で、俺を呪い殺さんばかりに睨む。
「今、貴様ら二人が一緒にいるのを見て確信した。貴様らは爛れている。まだ結婚していない、成人の男女が同じ家で生活するなど、汚らわしい。不純異性交遊だ!」
勝手に決めるなよ。
妄想膨らまし過ぎだ。
俺とセイラは、そんなピンク色とは無縁の生活を送っているというのに。
俺の中で、どんどんモヒに対する印象が降下していく。もともと低かったけど。
「貴様のせいだ、リュウト・カワキ! 貴様らは、僕の心を弄んだのだ! そのことを、後悔させてやる。さあ、決闘を受けろ!」
こいつはアレだな。
ものすごいアレだな。
具体的にどうとはいえないんだけど、なんかアレなんだよな。
ただの八つ当たりじゃないか。
しばし考えてから、俺は答えた。
「ごめん。やっぱ考える時間ちょーだい?」
モヒが、これ以上ないってくらい、怒った。




