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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第二章 解放のディザイア
63/102

2,学園風景

      ◆


 辺り一面が、灰色の世界だった。


 ――ここどこ?


 なんの色もない世界。

 目に入るのは、命よりも、死の方が圧倒的に多い。

 多くの命が散ってゆくこの時代、一体、あとどれだけの死者が出るというのか。


 ――ここは…………


 俺は、目の前にいる少年を睨んだ。

 身長から、顔立ちまで、何から何まで俺の中の自分にそっくりな少年だ。

 少年の全ての要素が、俺の嫌悪感のスイッチを押す。

 その姿を見るだけで、苛立つのがわかった。

 少年と俺に相違点など、そうないだろう。

 ただ目的が違う。周囲の環境が違う。

 それだけのことで、俺達は今対立しているのだから。


 ――このあと、どうなったんだっけ?


 少年と、こうして対峙するのはこれが最初だが、こうも癇に障る奴も初めてだ。

 少年は、こちらを嘲るように、嗤った。

「なあ、お互い、まだここでくたばるつもりはない。引き分けってことで、今は手を打たないか?」

 俺と少年は戦っていた。

 能力的には、少年の方が上だ。

 俺が今、善戦できているのは、俺のこれまでの経験が活きているからだろう。

 でも、現状、このまま戦っていても、俺に勝ち目が出てくるわけでもない。

 それに、俺はまだ彼女・・と合流できていない。

 ……たしかに、ここらへんで中断しておいた方がいいかもしれない。


 ――たしか、これは……


「ああ、そうだな。オレも、戻ってきてまた・・すぐに死ぬのは御免だ」

 同意の言葉を投げかける。

 少年は、ふっと笑った。

 その姿が、一瞬で消える。

 敵はいなくなり、俺は周囲に視線を巡らせた。

 この先も彼とは、いや、彼らとは衝突していくことになるだろう。

 何人殺していこうが、あいつらはすぐに増えていく。

 俺の遺伝子データと遺伝子改造のデータさえ存在していれば、奴らは世代を重ねて製造されていく。

 ……まったく、変な怪異に巻き込まれたものだ。

 巻き込まれたのは、もう随分と昔のことなのに。


 ――第三次世界大戦の時だよな


 俺は、大きく息を一つ吐き出すと、首筋の後ろに手を当てた。

 そこで、思いだした。

は……あっち・・・に置いてきちゃったんだっけかな」

 どうにも、締まらないな。




 リノリウムの廊下を走る。

 俺ともう一人、黒髪の少女の二人分の足音が、忙しなく響く。

 少女は、とても綺麗で可憐だった。


 ――彼女・・と、初めて会った時か


 身長は、おおよそ俺と同じくらいか。日本人顔だが、灰色の瞳が印象的だった。

 少女は、俺に手を引かれながら走っている。少女のその瞳は、虚ろだった。

 まあ、無理もないだろう。

 彼女は今、自分の生を見失っている。


 ――あいつも、結構悲惨だったからな


 突然に、逃走は遮られた。

 追手が、俺たちの進行方向に回り込んできたのだ。

 もう振り切ったかとさえ思っていたのに、執念深いというか、なんと言おうか。

 追手は、奴一人だけだ。だが、その一人が厄介すぎるのだ。


 ――一人っていうか、一機なんだけどな


 奴の目的は、俺の隣の少女の抹殺。

 それだけの目的で奴は起動し、行動していた。

 少女が、欠陥品だったから。

 欠陥品は、速やかに処分すべきということか。

 ここの研究者たちに、怒りが湧いてきた。


 ――そういや、この時は―――


 どうして彼女が、殺されなければならない。

 この少女に、罪があったというのか。

 いくら兵器として製造されたからと言って、それだけで、そんな理不尽な理由で始末されるのなんて、どう考えたって間違っている。

 俺は、彼女を庇うように一歩前に出た。


 ――まだまともな考え方してた頃だっけな


「ふざけるなよ!」

 俺が奴に歯が立たないことなんてわかっている。

 彼女を消すために制作されたこのドロイドの出力は、必然的に彼女より強力に設定されている。

 つまり、そもそも俺が、物理的に奴をどうにかできるはずがなかった。

 でも、だったらどうしろと言うんだ。

 ここで彼女を見捨てることは、俺にはどうしてもできなかった。


 ――――そう、この時はまだ、俺の心も普通だった。

 ――――他でもない、あの出来事・・・・・よりも前のことなのだから




 世界は、赤かった。

 どこもかしこも、赤一色。

 見渡す限り、狂気の赤が広がっていた。


 ――いや、違うか。


 赤いのは、俺が視ている・・・・世界。

 俺がいる・・世界じゃない。

 この悲惨な世界を視て、どうして俺はこうも静かなんだろう。

 そこは、大きな街だった。

 名前も知らない、どこにあるのかもわからない。ただ、目に映る光景が、街らしき輪郭をなしているだけ。視覚情報から判断するならば、ここは街なのだろう。

 道路は舗装されていないのか、やけにごつごつとしていて、それでいてゴムみたいに柔らかくて、歩きにくかった。

 雨上がりなのだろう。歩くたびに、踏みだした足がばしゃばしゃと水音を立てた。

 ……赤かった視界に、徐々に他の色が戻ってくる。

 赤かった空は、次第にその色を黒ずませていく。今は夜なのだ。

 暗い街の中。

 正常な「色」が戻っても、そこは異常だった。


 ――光がない。

 ――音がない。


 静まり返った闇の街は、まさにゴーストタウンと言えるかもしれない。

 視線を下に転じる。

 そこだけは、まだ赤かった。

 夜の街の地面は、惚れ惚れするほどの赤に輝いていた。

 幻想的――まさにそれは、夢のようだった。

 赤い地面から、ところどころ、黒いでっぱりが見られた。とても大きな塊から、細い棒のようなものまで、様々だ。

 一体、アレは何なのだろう?

 踏んでみれば、とても柔らかいから、土や岩ではないだろうが。

「……………………………………暖かい」

 足下に、ぬるい温度を感じる。

 視線をそこに向けてみれば、俺の両足は、踝あたりから赤い地面の中に呑みこまれていた。

 ――おかしい。だったらなんで、今まで歩けていたんだ?

 疑問に思い、試しに一歩を歩こうとする。


 ――あっさりと、足は動いた。


 赤い地面だと思っていたそこは、赤い水溜まりだった。

 とても濃い、赤々とした溜まりだった。

 いや、違う。

 地面に満たされていたのは、たくさんの人々の血だった。

 降っていた雨は、血の雨――。降らせた張本人は、この俺だ。

 浅い血溜まりの中を歩きながら、俺は思う。

 いつまで、こんな惨劇を引き起こす日々が続くんだろう。

 もう、最初の頃ほどたくさん考えなくなっている。

 このままいけば、自分という心は死んでしまうかもしれない。

 あるいは、もう――――


 空に向けて、右手をかざしてみた。


 この街の住民を、残らず無差別に葬った俺の右手は……当然、返り血にまみれていた。

 濃厚な死臭が、鼻を突く。

 最初はとても、酷かった。

 もともと人殺しに免疫がなかったわけではないけれど、むしろ、既に何人かは殺してしまっているけれど。

 ――こんな殺戮を望んだことは一度もなかった。

 自分を生存させていくために、そのためだけに、自分の生を邪魔してくる者たちは殺した。

 彼らを手にかけたことに、少なからずの罪悪感はあった。

 その感情だけは……捨ててはいけなかったのに……。

 もう、彼らに対する気持ちも、何もなかった。

 人の死って、こんなにも無意味なものなのか?

 何がなんだか、わからない。

 今は、何も感じない。


 何も、

 何も、

 何も……。


 俺はもう…………元には戻れないな。


 ふとそう思った時だった。

 周囲の血が、波を打ち始めたのは。


      ◆


 目覚めは酷く悪かった。

 気分も酷いくらい悪い。

 ……けれど、そんなものは錯覚にすぎない。今更、あんな記憶を夢に見ても、何かを思うわけじゃない。

 けれど、随分と昔に戻ったような、そんな気分だった。

 ベッドから起き上がって、時計を確かめる。朝の五時半だった……。

 案外早くに目が覚めてしまったようだ。

 さて、何していようか。

 頭を掻きながら、そんなことを考える。

 二度寝するにしても、どうにも眼が冴えている。ジョギングは、今する気にはなれない。ちょっと凝った朝御飯のための下ごしらえ……もする気になれない。

 考える内容は、自然とさっき見た夢のことになった。

 夢は、三つの場面だったように覚えている。

 第三次世界大戦の時と、彼女アイツと初めて出会った時のと、あとは、あの日の出来事だろうか。どれもこれも、俺の記憶が基になっているのだろう。

 まあ、第三次世界大戦の記憶は、ほとんど実感がないんだけど……。

 それでも、知識としてならば、知っている。


 ――第三次世界大戦は、歴史上最悪の戦争である。


 勃発から終結まで、前回と前々回より遥かに期間がかかったため、百年地獄とも呼称された。

 この戦争で、多くの生命と国家が滅んだ。

 勃発当時百億近かった世界人口は、集結した時には二十億にも届かなかったという。小国、大国問わず、おおよそ十数国が滅び、数国が植民地になった。

 この戦争で、核兵器の出番はほとんど皆無だった。

 時代は、二十四世紀。

 勃発は二三〇七年の十月。集結したのは、二四三〇年の一月頃だっただろうか。

 戦争に投入されたのは、バイオテクノロジーで兵器と化した、所謂「改造人間」だった。もっとも、生体兵器自体は第二次世界大戦の時点で既に研究されていたらしいが。

 この戦争が残した爪痕は、あまりにも大きい。

 後にも先にも、少なくとも俺の知る歴史の中で、これほどの地獄と化した時代は他になかっただろう。

 今となって思い返してみても、あの時代に楽しい記憶はあまりなかった。

 まあ、結局のところ実感はないわけだが。

 あとは、前世での、噂の彼女との馴れ初めの場面だったか(噂じゃないけど)。


 ――彼女は、普通の人間ではなかった。


 精神面で言えば、俺は彼女よりよっぽど異常者だった。だが、肉体的に言えば、彼女は俺より遥かに異端と言えた。

 俺は、人間として生まれたのだから……。

 兵器として造り出されたわけじゃない。

 でも、彼女は……。

 彼女は、俺より強かった。少なくとも、純粋な身体能力だけという方面で言えば、俺は彼女に劣っていた。

 そんな彼女と初めて出会ったのは、俺が、十五歳の時だっただろうか。ちょうど、今と同じ年だな。

 高校に上がる、数か月前の出来事だった。

 今となっても、思いだすことができ、かつ自分の体験した記憶なのだと認識できるエピソードだ。

 ……なんて、昔の記憶について考えてみるわけだが、そもそも、どうしてこんなことが起こったのだろう?

 何故、俺には生まれ変わるより以前の記憶があるのだろうか?

 前世を覚えている意味って、なんだろう?

 前世なんて、覚えていなければよかったと、何度思ったことだろう。そう思ってしまうくらい、前の人生には地獄があった。

 しかし、その地獄のほとんども、今となっては鮮明に感じることができない。ただ、おぞましいということを知ってるだけだ。

 第一、自分のものだと自覚できない記憶は、経験にはなり得ない。それは、ただの知識である。

 人格を形成する上で、約二十年分の『経験』があれば充分であろうとは思うが……だとすれば、たった二十年で俺の精神の有り方は、今のようになっていたということになる。


 でも、それは本当にそうなんだろうか?


 果たして、『俺』という人格が出来上がるのに必要な『経験』は、たった二十年足らずの記録だったのだろうか。未だ、欠落の多い前世の記憶ではあるけれど、それでも俺が生きてきた事実は、事実なのだ。

 生きるということは、たとえそれがどんな生き方であれ、素晴らしく尊いことだと思う。一番に尊い概念、それが生命と言うものだろう。

 ……でも、生きることは、どんなことよりも残酷だった。

 考えるのは、もうここまでにしておこう。

 こんな夢を見たのは、やはり昨日「アイソレーション」でセイラと話したのが原因だろうか?

 時刻はもう、六時四十分ほどになっていた。

 本当、時間が経過するのは早いものだ。


      ◇


 ジビロン中央区にて。

 午前の七時半の出来事だ。

 輝く金色の髪の毛をツーサイドアップに纏めた巨乳少女、リーン・トレムは人気のない通りを歩いていた。中央区でも珍しい、まったく人の気配がないエリアである。

 静かに道を歩くリーンの表情には、普段、学校で見せているような気さくで親しみのある温もりはなかった。どこまでも冷たい、冷徹な眼差しだった。

 ふと歩を止め、周囲を見渡す。

 住宅街ではあったが、立ち並ぶ家々に人が住んでいるかどうかは、判別が難しい。

「……ここだと思ったんだけど……もうちょっと、先なのかしら」

 表情だけでなく呟かれた言葉にも、学校での彼女とはまるで別人のような彼女があった。

 今の彼女は、学校での彼女とは違う。

 ――突然、リーンがある一点を凝視する。そこには、おおよそ人が認識するのは困難な結界が施されていた。

「……あそこ、か……」

 リーンの澄んだ碧眼が、すっと細められる。

 急ぐことはせず、ゆっくりとそちらへ歩いていく。

 小鳥の囀りさえない静寂な朝の住宅街に、アスファルトの道路を踏む革靴の音が、異様なほどに響きわたった。

 そこは、とある家の塀だった。コンクリートで固められた灰色の壁面には、一見、なんの違和感もないように見える。

 しかし、このくらいでは、リーンの目は誤魔化せなかった。

「――――」

 呪文を唱える。

 彼女を起点として、魔法が発動する。

 途端に、それは姿を現した。

 文字通り、そこは一瞬にして異界へと変わった。


 二人の男の死体だった。


 中年と思われる男性と、二十代後半あたりと思わしき青年の二人が、灰色の塀にもたれかかって死んでいた。その姿が、突然に現れたのだ。二人の死因は、一目見て外傷によるものだとわかる。

 灰色だった壁一面に盛大にぶちまけられた血痕は、既に黒く変色してきていた。

 おぞましい惨状に、一瞬だけリーンの表情がしかめられる。

 しかし、すぐにまた、感情の消えた冷たい表情を取り戻す。

「……昨日、一昨日……?」

 今の彼女は、驚くほどに口数が少ない。

 学校での彼女を知る者が見れば、容姿だけ生き写しの別人だと確信してしまうだろう。

 死後既に一日以上は経過しているであろう死体二つを、感情のない瞳で観察しながら、リーンは思考する。

 ここ最近、この国で噂になっている通り魔事件の被害者と視て間違いないだろう。

 被害者の数は、既に二桁を超えている。年齢、犯行時刻、など、被害者に共通点は一切見られない。

 ――いや、それは表向きの情報だ。

 被害者の共通点――公にこそされていないが、一つだけ、判明していることがあった。

 それは、殺された被害者たちが、全員、安全委員として活動していた者たちであるということだ。

 そして、今リーンの目の前の二人も――。

 その時、一陣の風が吹く。

 ツーサイドアップの金髪がなびくのを片手で押さえながら、リーンは今一度周囲へ視線を巡らせた。

「一体、誰が……?」

 その行為が、なんの意味もないことは、言うまでもない。犯行は、数分数時間に起こったばかりではないのだ。であれば、犯人がこの場に留まり続ける意味などない。

 ひゅごうっ、と。

 再び、一陣の風がなびく。ふわり、とリーンの金色の髪の毛が浮き上がる。

 それは、この通りに潜んでいた異常を暴き出したリーンを拒むように、冷たく強い風であった。

 人通りは今のところ、ない。だが、全くのゼロというわけでもないだろう。

 この状況を、誰かに目撃されたりする前に、リーンはこの場を後にすることにしたのだった。

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