11,二月十四日とは
◇
二、三日が経過した。
今日は学校がまた休校になったので、俺とセイラは朝から準備にいそしんでいた。
準備――とは、もちろんセイラが俺の家で暮らすための準備である。幸い、空いている部屋はまだまだある。物置き代わりの一室から物を退け、彼女の私物を運び込めば万事オッケー――のはずだったのだが……。例の放火事件のせいで、当然彼女の所有物は残らずKESIZUMIになっている。
だから、ない物は新しく購入することにした。金はまだあるようなのでセイラの自腹である。彼女も俺に奢ってもらう気はないようなので、俺としてはホッと一安心といった心境だ。今の俺は、経済的にあまり余裕があるわけではない。……切羽詰まってるってわけでもないんだけど。
――と言っても、買った物なんてそう多くもない。寝具と衣類くらいだ。
で、今は自宅で休止中だ。
まあ、休憩するほど労働したわけでもないが、買いものに付き合ったりしたので、細かいことは気にしない。
休校の理由については、一応、重要な会議のため、ということになっていた。
放火魔の一件については、実は思わぬ形で世間は解決していた。
なんとあの連中、あの夜の内に警察に自首したのだ。
散々口封じで付き纏ってきた彼らが、今更自分たちの罪を認めたりするのだろうか? 考えられなくもない気もするが……なんとも違和感が残る。
魔法を使って操られたりしていても、まず警察にはバレてしまうし、そんなことがあれば術者は指名手配されてしまう。リスクを考えれば、精神支配をする利点など皆無だ。
つまり、放火魔は操られてはいない。
では一体、何故に俺たちは警察に呼ばれないのか?
奴らが俺やセイラのことを警察に言っていれば、事情聴取なりで呼び出されると思ったのだが。奴らが俺たちのことを言わなかったとか……いや、それはないだろう。そんな真似をするような奴らには見えなかったし、そこまで庇われるような筋合もない。
つまり、やはり放火魔は操られている……?
魔法以外の方法で操作され、自首したのだろうか。それならば、魔法が感知されることもなく、放火魔たちが操られていることにも気付かれにくいのではないだろうか。
でも、仮にそうだったら一体誰が操ってるというのか?
彼らを自首させるメリットはあるだろうが、俺たちのことを黙らせておくメリットなんてあるのだろうか?
それとも、彼らは完全に術者のコントロール下にあるのだろうか。ある程度の意思、記憶さえ封じられ、ただ術者の思うままの行動をし、命令通りの言葉しか話せない状態ならば、あるいは可能性はあるだろうが……。
とりあえず、現状ではわからないことの方が多い。が、もう終わったことだ。
あれこれと推測してみたところで、それだけで真実に辿り着くことなど、できようはずもない。
ジビロン国では、放火魔は逮捕された形で解決している。
だったら、俺としても、もうほじくり返すような気もない。
……ただ、放火魔の方は解決したのだが、この街にはもう一つ厄介な事件が連続しているわけで。
通り魔事件の方は、未だ犯人は逮捕されておらず、殺人事件は健在である。
今日の休校の理由だって、散々それっぽい理由を並べて誤魔化されたところで、とどのつまりこの通り魔事件が原因であるのは、一目瞭然だ。
この分では、犯人が逮捕されない限り毎月二、三回は休校になるんじゃないだろうか。まあ、それはそれで別にいいが。
なんにせよ、今度は通り魔事件に巻き込まれる、なんて事態は御免だ。
そうならないためにも、今後、夜の散歩は控えようかな。
そんなことを縁側でぼんやり考えていると、セイラがやってきて俺の隣に座ってきた。
「ご苦労様」
細かいことは気にしない、とはいったものの、労われるようなことをした覚えはない。よくて荷物持ちくらいだ。
でも、謙遜してそのことを言う気はない。
荷物持ちくらいでも、本人にとってみれば労うに値すると判断したのだろう。実際はそこまで真面目に考えてないかもしれないけど。
「はいこれ、わたしからの御礼」
なんてことを言って、セイラは長方形型の掌サイズのそれを差し出してきた。
一瞬、スマートフォン? とか思ったりしたが、もちろんそれはスマホではない。……ネワギワにスマホなんてそもそもないし。
板チョコだった。
菓子屋とかで普通に売ってるやつである。
「……ありがとう……」
何故にチョコなんだろうか?
ジュースとかでもよかった気がするのだが。
まあ、彼女の判断にあれこれ言うのも可笑しな話だ。素直に受け取っても、別に不利益が生じるわけでもない。
チョコは、キンキンに冷えていた。融かさないためにセイラ自身が魔法をかけたのだろう。
そう言えば、コーヒーとチョコは相性がいいと聞く。
コーヒーなら誕生日に貰ったインスタントの瓶のがまだあるし、あとで一杯淹れて飲むとしよう。ついでにセイラにも淹れてやろうかな。
「放火事件は解決したけど、世間はまだ騒がしいな……」
ぽつりと、セイラが呟く。
「放火魔よりも通り魔の方が、ある意味怖いから……」
「うん、そうね」
イソラは言っていた。
俺にとって今年は厄年になると。微妙に、通り魔の件にも巻き込まれそうな気がする。
「君は、自分が襲われたりとか、考えたりするの?」
ふと、セイラが問うてくる。
「考えないわけではないけど、いつもは考えないかな」
「そっか。たしかに、普通は自分が襲われるなんて、夢にも思わないからねー」
まあ、普通はね。
別に、俺も普段から何者かの襲撃を想定してるわけではない。むしろ、実際はほとんど考えない。
たしかに、夢にも思うまい。それが、日常を生きる普通の人間の心情だ。
「そうだね」
――夢。
唐突に、ここ最近に見た夢のことを思い出した。
火事の夢と、夜散歩に出る夢と、火事の夢と、どことも知れない道から落ちてゆく夢。二日間で見た、奇妙な夢。
夢だというのに、数日たった今でも覚えている。それに、不自然なほどに気になる。
あれは一体、なんだったのだろうか。
火事の夢は、どうにも今回の放火魔と関連付けて考えてしまうが……。
もしかすると、あれは、セイラと放火魔の悶着に巻き込まれる暗示だったのだろうか。現状、それ以外に思いつかないし、そう思おう。
でも、それなら火事じゃない方の夢はなんだったのだろうか?
……あれもまた、何らかの暗示なのだろうか? そう、思っておくとしよう。
「それより、カミネさんはこれからどうするのさ?」
「これから?」
「もうこれで、逃げる必要もなくなった。これからは、普通に生活していける。もう、学校にも行ける」
「ああ、そういうこと……。そっちの方は、まあまあで解決してるかな」
「へえ。学校の制服とか、とっくに燃え尽きてるかと思ったけど」
不謹慎とは思ったが、不意を突いて言葉が出た。
セイラは、微苦笑を浮かべるだけだった。
「まあ、なんとかなりそう、かな」
遠くを見るような目をして、セイラはそう言うのだった。
「ねえ、リュウトくん」
セイラが、俺の名を呼ぶ。
呼び方は、この数日で微妙に変化していた。何故か、彼女にこう呼ばれると、胸の奥がざわついた。
「何?」
「君は、どうしてわたしを助けたの?」
……答えづらい質問だ。
たしかに、どうして俺は、彼女を気にかけた?
そもそも、シドー着――着物姿の女性は、俺は苦手だったはずだ。それは、生まれ変わる以前の、とある記憶からだったが。
答えなど、わかるはずもなかった。
どうして俺は、彼女のを助けたんだろう?
なんとなくで、とりあえず答えておくことにした。
「……知ってる人に、似てたから」
「知人?」
「そう」
「その人、今はどうしてる?」
「……今はもう、会えない」
第一、架空の人物なんだから会うことなど最初からできない。
名前とか訊かれたらどうしよう。例によってバサラさんと答えようか。
……いや、ないな。
そんなことを考えたりしたが、幸い名前を訊かれたりはしなかった。彼女もそこまで詮索するつもりはないのだろう。
「そう……」
それだけ言って、セイラは立ち上がった。
「それ、速く食べないと融けちゃうわよ」
俺が持っている板チョコを指して、言った。
こんなに冷えてるんだから、そう融けたりしないと思うのだが。
ともあれ、それで食べるのを後回しにするつもりもない。
コーヒーを淹れてからにしようと思っていたが、ここで食べることにした。
包みを解いて、パキッ、と軽快な音を立てて食べ砕き、租借する。
チョコレート特有の甘みが、口の中に広がる。
……そういえば。
食べながら、思った。
――これは、偶然なのだろうか?
――それとも、意図的なのか?
今日この日に、チョコレートを渡してくるとか……いや、やっぱりないな。
ネワギワの世界に、バレンタインなんて風習はない。この世界の人間にとって、二月十四日という日付は特別な日などではなく、ただの二月の十四の日なのだ。
……でも、偶然にしても、これはなんとなく嬉しい気分になる。ちょっとしたサプライズにあった気分だ。
それに、休日の周期が定まっていないこの世界で、ちょうど前世でバレンタインの日に休校日が重なったのも、縁起がいい。
今日も今日とて、世間は平和だ(通り魔とか知らない)。
残った板チョコを、俺はしみじみと食べるのだった。
第1章/了
これにて第二部の第一章は終わりです。




