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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
第二部 第一章 業炎の序
60/102

10,arson(3)

      ◇


 静まった夜。

 周囲に音はなかった。

 街の喧騒から隔絶されたその空間の中心に、痩せ型の体系の青年――フエンは、一人ぽつんと立っていた。

 その後ろ姿を認め、空間に入ってきたガイルは足を止めた。その後ろには、彼の招集に集まった仲間たち全員が控えている。

「……フエン?」

 慎重に、ガイルはフエンに呼びかける。

 フエンから教えられた場所は間違いなくここだ。フエン自身もここにいる。だが、肝心のガイルたちの目的・・がそこにはいなかった。

 どういうことか。

 あの二人はもうここにはいないのか。

 だとすればどうしてフエンは二人を追跡せずにここに留まっているのか。

 そもそも、直前まで連絡を取りあっていたはずなのに、二人がいないことを言わなかったのはどうしてか。

 目を細め、ガイルはフエンを睨んだ。

 先ほどから、フエンは微動だに動いていない。

 ガイルたちが到着したのにもかかわらず、これといった反応も示さず、ガイルの呼びかけにも応じない。

 まさか、とガイルはある可能性を思いついた。

「フエン!!」

 強く呼び、フエンのもとに駆け寄ると、彼の肩を強く揺すろうとした。

 だが、ガイルがフエンの肩に手をかけた途端、痩せ型の体躯はふらりとよろける。まるで糸が切れた操り人形のように、力なく崩れ落ちた。

「……くそっ」

 ガイルの中で、混乱した思考が必死で冷静さを取り戻そうとする。

 ――状況から考えて、フエンがこうなってしまったのは、奴らにやられたからだろう。

 ならば、フエンがこうして立った姿だったのは、どうしてか――それは、奴らがなんだかの方法でフエンを強制的に立たせたからだ。

 何故、そんな真似をするのか――いや、問題はそこではない。

 どうやってフエンを立たせたのか、だ。

 魔法で他人を操ることは、固く禁じられている。もしやったりしたら、警察沙汰は確実だ。

 いや、自分たちは放火魔という犯罪者であるわけだし、奴らが反撃に違法な魔法を使ったとしても、今回は咎められることはないのだろうか。

 ガイルたちは、あの二人のことをまるで知らない。

 奴らがこの危機的状況でも違法行為はやらない優等生の鏡なのか、それとも危機的状況ならばどんな手段でも講じる性格なのか、予測できない。

 それに、フエンを立たせたのが魔法だったとしても、そうでなかったとしても――ならば一体、いつ・・フエンを操ったのだろうか。

 この場から移動する際、偶然フエンの存在に気付き、やったのか。

 それとも――最初からフエンを操っていたのか――?


 しゅん、という音が、背後から鳴った。


 特段、大きな音でもない。むしろ、小さな音だった。

 だが、街の喧騒から隔絶されたこの空間では、その音はよく聞こえた。

 一瞬、ガイルは何の音かと疑問を持つ。

 続けて、仲間の一人がどさっと音を立てて倒れた。

 すぐに振り返る。


 そこに――黒い外套を着た少年の姿があった。


      ◇


 大柄な青年、ガイルが、倒れた仲間に目をやる。

「ジャック!」

 ジャックの頭部には、ナイフと思わしき柄が刺さっていた。

 リュウトは、右手を前に着き出して、こちらに来いとでも言うように、くいっ、と手前に引く動作をする。その動作に釣られるように、ナイフが一人でにジャックの頭から抜き取られ、リュウトの手に吸い寄せられる。

 その光景を、ガイルたちは呆然と眺めていた。

 リュウトがナイフの柄を見事にキャッチしたところで、数人がはっとしたようだった。

 リュウトは、ガイルたちを見る。

 全員で立っているのは十人。フエンの記憶によればメンバーは全員で十二人だったはずだから、これで全員だろう。

「……てめえ……!」

 その内の一人が、声を荒げてリュウトを睨む。

 先ほどリュウトとセイラを追い回していた、グレイ・フィルヘインだ。

「よく、のこのこ出てこれたな。ビビって諦めたかぁ?」

 挑発するように、そんなことを言ってくる。

 リュウトはそれには答えずに、溜め息を一つつく。

 背後を見るように、視線を向ける。そこには、魔法で姿を透過している少女がいた。

 それを、挑発と取ったのか、グレンの両目がカッ、と開く。


 火種が散るのは、すぐだった。


 一瞬にして、リュウトが火炎に包まれる。

 一般的な火属性魔法とは違う。火炎に変質した魔力をリュウトに纏わりつかせることで、リュウトを消炭になるまで燃やし尽くす、ここ最近の放火事件の彼らの手口だ。

 ――けれど、彼らはすぐに、違和感に気付く。

 燃え上がるリュウトは、驚くでもなければ身体を燃やす火炎に苦しむでもない。平然としていた。

「な――っ!?」

 グレイが、あからさまに驚愕する。

「どう、して?」

「魔法は効いてるはずなのに」

 他の仲間たちも、ほとんどが同様の反応を示している。

 いかに優秀な能力を持っていようが、リュウトが火属性に焼かれない理由はわからないらしい。

 まあいい、とリュウトは思う。

 別に、種明かしをしてやるつもりもない。

 リュウトを覆う灼熱の火炎は、やがて鎮火する。

 グレイがこれ以上続けても無駄だと判断したからだ。

「おまえ、どうして魔法が効いてない?」

 なんて、愚直にも訊いてくる。

 リュウトは一度、放火の手口と同様のやり方で攻撃されている。つまり、リュウトにとって先ほどのグレイの攻撃は初見ではないのだ。しかしそれを考慮しても、抜群の成功率を収めてきた彼らのやり方が通用しないことに、理解ができないのだろう。

 グレイたちのやり方から逃れる方法は、対魔障壁を使う以外では焼却中に術者を無理やり攻撃するぐらいしかないはずだ。なのに、先ほどのリュウトは、少しの抵抗も起こさなかった。

 ――ならば、どうやってあの火炎を防いだというのか?

 グレイたちが疑問にかられるのは、必然であった。

 しかし――教えるわけないだろ、とリュウトは内心で罵る。

 リュウトがやったのは、難しい魔法ではない。

 風属性魔法「ウィル・レイ・ベルム」で風属性に変質した自身の魔力を、その身に纏っただけだ。

 属性間に相性の優劣は存在しない。故に、濃密な風属性の魔力はグレンの火属性を見事に遮断することができたのだった。

 魔法を使えば、多少の差はあるが、その痕跡を感じ取られてしまう。だから、リュウトが魔法を発動させたのは、ガイルたちがここに来るよりも五分ほど前のことだった。

 とはいえ、今のリュウトに余裕はあまりない。

 たった五分間ほどとはいえ、属性を付加した状態で常に消費し続けているリュウトの魔力は、蛇口を開けっ放しにしたかのように減少している状態だ。

 これは単に、リュウトの魔力量が常人より多いが故にできたことだ。

 そして、リュウトがグレイの攻撃を平然と防げるのは、おそらくはあと数分までだろう。残りの魔力量を考えると、もし彼らが複数人で放火してきたりしたら、とてもではないが防ぎきれない。

 しかし、リュウトにとってはそれでよかった。

 よくて、最初の相手の攻撃が放火の手口であったとしたらと警戒して張っていた対策が、見事に的中しただけのこと。

 もとより、リュウトは放火を無効化してみせることが目的だった。

 魔法を交えた戦闘は、そもそも考えてなどいない。


 だから、彼らがまた放火してくるより先に、リュウトは動いた。


 一番近くにいた男の懐に入り込み、鋭い一閃を胸部にくれてやる。

 相手は突然リュウトが現れたことに対する驚きで怯み、さらに胸部に奔った激痛に苦悶の声を漏らす。

 膝をついたところに、リュウトはさらに追い打ちをかけた。後頭部を一突きし、仕留める。

 攻撃に躊躇いはない。躊躇う必要も、ない。

 リュウトが持っているのは、おおよそ殺人などできない凶器だ。肉体的に傷つけることなど、あり得ない。

 はっと我に返った放火魔たちが、魔法で応戦してきた。

 魔力の弾丸の雨が、リュウトめがけて飛来する。

 しかし、それらがリュウトに当たることはなかった。リュウトに命中する前に、そのことごとくが、何かに阻まれるかのように途中で暴発したのだ。

 暴発せずにリュウトまで飛来した魔力弾も、リュウトにとってしてみれば回避が充分に可能な数と速度である。

「くそっ! どうして!」

 彼らにしてみれば、理解不能な現象の連続だろう。

 けれど、丁寧に説明してやるほどリュウトは親切ではないし、自惚れてもいなかった。

 魔法発射後の隙を狙い、相手との距離を詰めて、一人の首筋を斬りつける。本来であれば頸動脈から大量出血しているであろう軌跡。無論、そいつは首に奔る激痛に堪えられず膝をついた。

 残りの人数は、八人か……。

「くっそがあああ!」

 グレイが、突如リュウトの前へ躍り出る。

 淡い青色の光が尾を引いていた。身体強化魔法を使ったグレイが、リュウトに襲いかかる。

 強烈な右のストレートが、リュウトの顔面を穿たんと狙ってくる。顔を横に逸らして、それを避ける。さらに、こちらに向かってくるグレイの腹に膝蹴りを見舞った。

「がふっ!?」

 グレイの腹に、リュウトの膝がめり込んでいく。

 しかし――、

(効いてないな――)

 身体強化魔法によって底上げされるのは、筋力だけではない。身体強化をしていない今のリュウトの蹴りでは、決定的な一撃にはなりえなかったようだ。

 しかし、それでもグレイの身体を跳ね返すほどには威力はある。

 身体の移動ベクトルの急激な変化に対応しきれず、グレイの顔ががくんっ、と前方に倒れる。

 そして、グレイを蹴ったことにより、反作用でリュウトの身体は後方へ傾いていた。

 膝蹴りのために曲げていた足を伸ばし、自分の身体を支えるように踏ん張る。

 そして前方へと地面を蹴りだした。

 グレイは、リュウトの肉薄に気付けなかった。

 その視界にリュウトが映った瞬間には、既にリュウトはナイフを振り抜いた後であり、両足の太腿に奔る激痛に、グレイの意識が一瞬途切れる。

 グレイが、背中から地面に倒れ込んだ。

「うっ……、あぁっ……」

 苦痛に歪むグレイの声。

 それに聞き耳を立てることもせず、リュウトはまだ動ける敵を見据えた。

 残りは七人。正直に言えば、リュウトは彼らに怒りがあるわけでも、憎しみがあるわけでもない。

 リュウトが今回、放火魔と対立するような気を起こしたのは、単に彼らが邪魔だったからだ。


 そして……リュウトにとってこれは、ただの一方的な暴力であった。


      ◇


 静寂に沈む深夜の路地裏。

 街の裏側の通路を、セイラと共に歩く。

「カワキくん、よかったの?」

 もうじきに大通り出るかという時、セイラがそんな質問をしてきた。

 振り返り、彼女に向き直る。

「何が?」

「あの人たち……結局中途半端でやめちゃったじゃない? 君」

 探るような目つきを向けてくるセイラの口元は、本当に面白そうに笑みを浮かべている。


 まあ、たしかにな……。


 結局のところ、俺は七人ほどを倒したところで攻撃を切り上げた。

 理由はいろいろとあるが、まず彼らが相当に俺に対して怯えているようだったからだ。あれだけいたぶれば、もう俺に関わってこようとは考えないだろう。あとはまあ、マンネリ化――というよりは飽きたからだ。

 俺にとって重要なのは、彼らが俺の人生にこれ以上介入してこないことであり、その結果が得られるのであれば、彼らを必要以上に嬲る必要性はない。

「あれだけやっとけば、もう俺たちに関わろうなんて思わないだろうからね」

 いいストレス発散にもなったことだし。

 ……それに、いい加減、素肌の上に直で外套というスタイルから着替えたかったし。

 ふうん、とセイラは面白いものを見るような目で見てくる。

「それより、君はこれからどうするんだ?」

 俺の問いに、セイラはきょとんとするように首を傾げてくる。

 もしかして、素なのだろうか――?

「これで君は追われる身じゃなくなったわけだろう? 明日からどうするつもり?」

 彼女の家庭は、既に失われた。

 両親も家もない彼女は、これから一体、どうやって生活していくつもりなのだろう。

「あ――」

 ぽかんと、口を開けるセイラ。

 念頭になかったという感じだろうか。

「どうしよう……」

 小さく、そんな言を漏らした。

 今後の当てはないと見た。

 ……まあ、ここ数日の彼女との生活は、ストレスになるというわけでもなかったし、むしろほとんど苦にならない。

「当てが見つかるまでなら、家にいてもいいよ」

 だから、そんな提案をしたのだが、自分でも少し意外だった。

 苦にならないとはいえ、俺はそんな真似をするような性質ではないのに。

 果たして、セイラはまたきょとんとした表情になる。

「いいの?」

 眉根を少し寄せて、訊ねてくる。

 その仕草に、ふっと笑って、俺は頷いた。

「ああ、いいよ」

 答えると、セイラはくすりと笑って、

「じゃあ、お願い。これからもよろしくね」

 そう言ってくる。

 その微笑みを見ると、俺もつられて笑ってしまう。

「うん、よろしく」




 それは、本当に大通りに戻る直前の出来事だった。

「ちょっと待って」と唐突に待ったをかけるセイラ。

 背後を振り返ってみると、セイラは自分の身体のあちこちを触っているという、奇妙な光景があった。まるで、なにか忘れ物を確認するような……。

「……ごめんなさい。下着落としちゃったみたい……」

 …………。

 …………。

 …………。

 懐なんかにしまっておくから……。

 せっかく買った下着を、みすみす失うとは縁起が悪い。まあ、半分くらいは俺のせいなんだろうけど。

「ごめんね。先に帰っててくれない? わたし、捜してくるから」

 手伝おうか、と提案しようとして、やめた。

 捜そうにも、どのような物を捜せばいいのかわからなかったし、袋などに入れた状態ではあるだろうが結局それは下着であり、男である俺の協力は受けづらいだろう。

「心当たりはあるの?」

「ええ。まあ、大体検討はついてるから」

 そう言って、シドー着姿の少女は踵を返していった。

 さて、帰ってから少し忙しくなりそうだ。


      ◇


 四方を建物の壁で囲まれた四角形型の空間。

 街の喧騒から隔離されたこの空間の内には、件の放火魔たちがいた。

「はあ、ぐっ……。どれぐらい、やられた?」

 ジェイルが、仲間たちに呼びかける。

「はぁ…………ほとんど、やられたな」

 太股を押さえて、ガイルが答える。

 年下の少年一人に、ここまでいたぶられた。

 ナイフを躊躇なく振り回して攻撃してくる少年の姿は、ガイルたちには文字通り怪物を思わせた。

 未だ痺れる足を擦りながら、ガイルは思った。


 あれに関わるべきではなかった。


「くっ、何人動ける?」

 ガイルたちの内、頭を攻撃された者は気絶していて、今も意識か戻っていない。喋れるのは、ガイルやジェイルのように足や胴を斬られた者だ。

 ジェイルの問いに、ガイルはまた答える。

「さぁ……な。もう動けねえさ」

「ああ。…………あーあ、これで俺たちゃおしまいかねえ」

 どことなく、諦めの滲んだ声で、ジェイルは言った。

 自分たちの終わりを知りながらも、投げやりにそんなことを言えるのは、心のどこかで思っていたからかもしれない。


 ――自分たちは間違っている、

 と。


 それは、ジェイルだけに限ったことではない。

 ガイルたちも、無意識にわかっていた。でも、個人が思うだけではもう、彼らは止まれなくなっていた。

 全員が、元々は表で輝ける才能を持った原石たちだ。けれど、光を当てられる機会は与えられず、結果ドロップアウトしてしまった。

 理不尽な理由で抑圧された彼らは、どこに怒りの矛先を向けることもできず、放火なんて罪に手を出してしまった。

 そんな彼らを、世間がどう裁くのか、彼らはとうにわかりきっていた。

 いかに、彼らの犯行動機の根底に、彼ら自身が経験した理不尽な挫折があったとしても、そしてその責が彼らになかったとしても、鬱憤を晴らすために彼らがやったことは赦されることではないのだから。

 人を殺そうとした。そして、放火によって何人も焼き殺してきた。

 そんな未来が待ち受けているにもかかわらず、ガイルたちの心はいやに、静かだった。

 それは、彼らが悪にもなりきれなかった半端者だからかもしれない。

「これからどうなんだろうな。俺たち」

「なるようには、なんねえだろうなぁ」

 力なく笑う。しかし、腫れ物でも落ちたかのように、彼らはすっきりした気分だった。

 たった一人の少女に自分たちの素性を知られ、その綻びから全てが崩れていった。もう、自分たちに逃れる未来はない。でも、そうなってしまった今としては、その未来を受け入れようとしていた。

 ……ただ一名を除いては。

「くそがぁ!」

 グレイは、感情を爆発させて吠えた。固く握った拳を、地面に叩きつける。

「くそ! くそ! くそ! あいつらぶっ殺してやる!」

「グレイ、もう諦めろ。俺たちはもう、終わったんだよ」

 ガイルが静かに語りかける。

 だが、グレイは聞く耳を持たなかった。

「うるせえ! 大体、最初から俺の好きにさせてくれてりゃあ、あいつらを始末できてたんだよ! ちくしょう、舐めやがって」

「グレイ……」

 ガイルの言葉は、グレイには届かなかった。

 いよいよグレイが手に終えなくなろうという時、静かな声が、ガイルたちの耳に届く。

「うん。たしかに、逃げ続けるってのも面倒だったなぁ」

 透き通るような、凛とした声音。

 一瞬、グレイも表情を固めて声のした方をむく。

 そこには……。


 黒いシドー着を纏った、とても美しい少女が立っていた。


 その光景を見た全員の意識が、凍りつく。

 少女は、そんな彼らを見回して、言った。


「馬鹿みたい」


 その罵倒に、すぐさま反応する者がいた。

 グレイだ。

 右手を少女に突きだして、火属性魔法を発動する。

 灼熱の豪火球は、しかし少女の肉体を焼くこともなく無効化される。

「なっ!?」

 それは、一瞬の出来事だった。

 グレイはおろか、それを客観的に見ていたガイルたちでさえ、何があったのか理解できなかった。

 少女の細腕が、グレイの首を締めあげていた。

 底冷えするような声で、少女は言った。

オレに従え・・・・・

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