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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
第二部 第一章 業炎の序
56/102

6,放火魔事件(3)

      ◇


「あぐあっ!」

 ジェイルは、数メートルほど吹っ飛ばされた。

 攻撃してきたのは、まさにジェイルが焼き殺そうとしていた少年だ。

 ジェイルがその少年を見つけたのは、ほとんど偶然に等しい。

 少年を見つけた時のジェイルの反応は、「あの女と一緒にいた野郎だ!」だった。

 あの女――ジェイルたちが最近火事騒ぎを起こしていることを知っている、邪魔な女だ。

 一昨日ぶりに女を見つけた時は、運がついてると思ったものだ。だが、ジェイルたちは女を取り逃がしてしまった。……まさか、あんな手酷い返り討ち・・・・に遭うとは思ってもみなかったのだ。

 その女と一緒にいたガキ。間違いない。喫茶店から一緒に出てきて、何やら話しているのを、ジェイルたちは見ているのだ。

 もしかすると、俺たちが放火魔をやっていることを女から聞いたかもしれない。

 そう思った瞬間、ジェイルは咄嗟に行動を起こしていた。

 あの女には逃げられた。また見つけられるとも限らない。ならば、あの女と関係ある奴は誰かれ構わず消さなければいけない。

 ジェイルは普段、放火担当ではない。

 彼は、仲間たちが放火する際の周囲への警戒を担当している。仲間内で、索敵の魔法が彼にしか使えないからでもある。

 だが、今、彼は一人だった。

 仲間に連絡している余裕はない。

 ならば、自分でやってやる。

 そう思い、少年に放火したのだ。

 やり方は、これまで自分たちがしてきたのと同じやり方。火属性を付けた魔法、「フィー・レイ・ベルム」の魔力で、対象の周囲を覆い尽くすというものだ。

 ジェイルは放火担当ではなかったが、別段放火できないわけではなかった。むしろ、火属性など難なく使いこなせる。

 突発的な行動にしては、よくできた方だ。

 少年は見事に燃え上がり、地面に前のめりに倒れた。

 だが、次の瞬間、少年が掲げた手の先から風属性の魔法が放たれた。

 一切手加減なく放たれた魔法は、ジェイルの火属性の魔力を弾き飛ばし、ジェイル本人にまで及んだ。

 そして、ジェイルは吹っ飛ばされ、今に至る。

「くそお、あのガキ、撃ってきやがった……」

 大怪我をしたわけではない。

 だが、順調そうだったのに反撃された。それが無性に腹立たしい。

 少年は、もうそこにはいなかった。

「くっそ!」

 どうして!

 そう叫びたいのを、やっと堪える。

 火属性魔法で炙られて、どうして移動できるのか。

 全身を焼かれて、大火傷を負ったはずだ。火属性から解放されたからといって、普通、すぐに動けるはずがない。

 なのに、いない。

 ――逃げられた。

 ジェイルは、バカにされた気分だった。

「くそ! くそ! どいつもこいつも、俺たちをバカにしやがって!」

 ――いや、慌てるな。一旦冷静になって、考えるのだ。まずは、本当にそこにいないのかを確かめるのだ。

 ジェイルは、索敵の魔法を唱えた。

 周囲の情報が、ジェイルの脳内に流れ込んでくる。しかし、肝心の少年の反応は一切なかった。

 やはり、そこにはいない。

 信じられないことに、あの少年は、ジェイルが吹っ飛ばされて立ち上がるまでの短時間で本当に移動したらしい。

 だとすれば、またまずいことになってしまった。みすみす自分たちが放火魔であるという証拠を与えてしまった。

 警察か安全委員にこのことをばらされれば、即座に自分たちはお終いだ。

 ――いや、違う。

 あの少年はまだこの周辺にいるはずだ。探知できなかったのは、単純に索敵の範囲外だったに違いない。全身に火傷を負っているのだから、そう満足に動けまい。

 とにかく、仲間に連絡して招集をかけるのだ。

 あの忌々しい少年を、見つけ出すのだ。

 そこまで考えた時、ジェイルの脳裏に、きらりと閃くものがあった。

 ――そうだ、あのガキ、見たことあると思っていたら。

 ジェイルは思い出した。あの少年は、女を追い詰めた一昨日の夜、ジェイル自身が索敵で探知した少年ではないか。

(――っ! そうか)

 あの少年が、女を匿っていたのだ。それで、二人は行動を共にしていたのだ。

 ならば、なんとしてもあの少年を探し出さなくてはなるまい。

 上手くいけば、少年を生け捕りにして、女の居場所を訊き出せるかもしれない。


      ◇


「あんれまー」

 無理矢理訪問して、顔を合わせた時の彼女の第一声がこれだった。

 イソラは、扉を開けた先の空間で、例の如く椅子に座っていた。もう夜も遅いというのに、この老婆には、睡眠という言葉がないのだろうか。都合がよかったので、何も言いはしないが。

「どうしたのさ、その格好。今時のファッションかい?」

 俺の今の服装のことを言っているのだろう。

 今の俺は、お年寄りが戸惑う程度には奇抜な服装なのだから。

 着ている黒の長袖Tシャツは、背中や肘など、あちこちに大きな穴があいている。無事な部分より、焦げ落ちた面積の方が大きいだろう。ズボンはTシャツほど酷くはないが、それでも膝に穴があいていたり、もものあたりが剥き出し状態になっていたりと、散々だ。

 繊維の焦げる臭いが、未だ俺の服から漂っている。

 まさか、これがファッションなわけがないだろう。

 いや、こういうファッションがあるかもしれないが、少なくとも俺はファッションのために衣類を燃やしたりなんかしない。

「すぐそこで、放火魔にやられた」

 それでなくとも、全身大火傷の重傷を見れば、察しはつくだろうに。

 比較的距離が近かったとはいえ、ここまで移動してこれたのは、ほとんど気合いによるものだ。

「外はそんなに騒がしくは、ないけどねえ」

「俺自身に火がついたんだよ」

 みすみす火事に巻き込まれたりなんかするか。

 イソラは、吸っていた葉巻を指で挟むと、むっとするような紫煙を吐きだした。

「でー、こてんぱんにやられて逃げてきたわけかい」

 今一度、俺を観察するように眺めて、一言。

 今の俺の惨状を見れば、そういう考えになるのもわかるにはわかるのだが、もう少し、労わってくれてもいいと思う。

 全身余すところなく焼けただれて火ぶくれができているこの状態。

 身体を少し動かすだけで、爛れた肌と焼け焦げた生地が擦れて痛い。体中が、じーん、と熱を持っているようだった。それはまるで、身体のいたるところから血が流れ出ているような感覚だ。

 炙られた時間はそれほど長くなかったと思うが、これは、後遺症が残るかもしれない。

「魔法で治さないのかい?」

「回復魔法は……使えない」

 今後のためにも、覚えておこうと切に思う。

 イソラは、やれやれというように首を振る。

「仕方ないねえ。こっちで治してやるさね」

 イソラはそう言うと、椅子から立ち上がる。

 背後の扉を開けて、奥へと姿を消した。

「ついといで」

 この上さらに、俺に動けというのか?

 これ以上動いたら、カピカピになった皮膚が剥がれ落ちてしまう。感染症とか、いろいろとやばいことになるのだが。

 その場に留まっていると、しびれを切らしたイソラが、戻ってきて俺の背中をど突く。――こいつ、鬼婆だ。

 ぎくしゃくとした動きで、仕方なくイソラの後に続いて部屋を出た。

 部屋を出ると、奥まで伸びる廊下のすぐ脇に、階下へ伸びる階段あった。イソラは、廊下をまっすぐに進むのではなく、その階段を下りていく。当然俺も続くのだが、段差より平面の移動の方が、俺としてはよかったんだが。

 階段を下りる速度がゆっくりになるのは、この際致し方ないだろう。一歩を下ろす度に、膝やらももやら股関節やらがパキパキ痛んだ。

「ほら、速くしな」

 下方から、イソラの叱責が飛んでくる。

 ……鬼だ。

 やはり、こんな夜遅くに訪問したのがまずかったのだろうか。でも、緊急事態だったし、仕方ないじゃないか。

 そして、もう一度言う。階段を下りる速度がゆっくりになるのは、この際致し方ないのだ。

 階段は、階にしておおよそ二階分ほどの深さがあった。

 一直線になっていたのは、せめてもの救いかもしれない。これが螺旋階段だったり、頻繁に踊り場でターンしなくてはならなかったりしたら涙目だ。……まあ、そんなに差はないが。

 最後の一段を下りきると、狭いながらに人二人くらいなら余裕のスペースがあり、奥には黒い扉があった。細部まで精巧な作りが施された、王城にでもありそうな扉だ。

 イソラは、扉の前に立つと、右手で触れる。

 途端、扉に刻まれた模様が光を放ち出す。

「デファール」

 ゆっくりと、噛みしめるようにそう発音する。

 模様が、さらに強い光を発する。粒子状になった光まで溢れてくる。

 発光が止むのは、すぐだった。

 イソラは扉から手を離さずに、奥へと押した。

 扉は、ぎい、と音を立てて開いた。

「さあ、入りな」

 イソラは俺を、扉の奥へいざなう。

 俺は、一瞬だけ戸惑った。

 そこ・・からは、今俺がいるのとはまったく別の空気が漂っていたのだ。まるで、その扉が、こっち・・・むこう・・・を区切っているような……。

 ……それに、さっき光っていた模様は――。

 けれど、考えてみれば、俺をここに連れてきたのはイソラだ。なら、今はそこまで深く考える必要もないわけだ。全幅の信頼を置いているわけではないけど。

 そこ・・は、薄暗い照明の工房だった。

 中央にそれっぽい木造りの台と、部屋の隅に陳列棚が並べられている。でも、何かを作ってるような空気はしない。見た目が、いかにも工房――というだけだ。

「そこに座ってな」

 台を指して、イソラは棚の方へ向かった。

 座ってもいいのだろうか――と思いはしたが、俺が遠慮する理由はどこにもない。

 年輪めいた模様の上に腰を下ろす。正直、それだけでも身体が痛い。

 イソラは、観音開きになっている棚の蓋を開けると、不思議な紋様の入った壺を抱えて戻ってきた。台に腰掛けている俺のすぐ隣に、壷を置く。すると、今度は棚とは別の方へと向かっていった。

 その背中へ、ぼそりと問う。

「婆さん、魔術師だったのか」

 イソラの動きが、一瞬だけ止まる。あくまでも、一瞬だけだ。

 ちょっとした風呂の浴槽ほどもある大きなたらいに水を入れていた。

「どうしてわかったんだい、て訊いてもいいかね?」

「扉にあったルーン記号」

 全部を把握しているわけではないが、扉に刻まれていた模様のいくつかはルーンだった。

 イソラは、ああ、と頷き、こちらに戻ってくると、壷を抱えて、蓋を外し、再びたらいの方へ歩いていく。

「あたしは占い以外にはとりえのないポンコツだけどね」

 自嘲の言葉を吐きながら、イソラは壷の中身を、半分ほどまでを水で満たしたたらいの中へ垂らしていく。光を液化させたかのような、少し粘性のありそうな発光液がたらいの中の水と溶け合っていく。

「あんた、魔術師のことについて知ってるんだね。お得意の前世の記憶かい? あんた、生まれ変わる前は魔術師だったとか?」

「いや、俺は魔術師の世界・・・・・・に生まれたんじゃなかったから。魔術師の友人が何人かいたってだけだ」

 俺のいた世界は、魔術を使う人間ではなく、錬気を使う人間がいる世界だった。魔術行使のための魔力ではなく、体内に錬気が流れている人間がいる世界。無数にある世界のうちで、そういう不思議な力を潜在的に宿すことは、人間の進化の歴史上、よくあることだ。

 世界の数だけ、そういう力にも種類があるわけで、ネワギワの世界の魔力や、イソラのような魔術師が持っている魔力、そして錬気と、実にさまざまだ。

 ……ここでちなんでおくと、イソラが使う魔術に用いられる魔力と、俺たちネワギワの人間が発現する魔法に使われる魔力は、名称こそ共通しているが全くの別物の力だ。

 だから、ネワギワの世界の魔力が身体に流れていないイソラは、この世界の魔法を使うことができない。逆もしかりだ。俺たちは、そういう身体のつくりをしていないから。

 だから、前世の俺に魔術師の友達が何人いようとも、俺自身が魔術を使えたわけではないのだ。

「ああ、なるほどね。そういうことかい」

 イソラは頷き、壷を脇に置くと、大きなへらでたらいの中を撹拌する。

 たらいの中からは、淡い青白の光が漏れ出ていた。

 ゆっくりと、こちらに向き直り、イソラは、


「入りな」

 とだけ言った。


「それについての説明とか、ないんだな」

「いいから入んな。説明は後からでもいいだろう」

 状況的に治癒薬であるのだろうが、せめて安全を保証してほしい。

 まあ、だからって頑なに戸惑うこともないのだが。

 服を着て(ボロボロだが)、靴を履いたままだったが、特に気にしないことにした。台から降りて、たらいのもとへ歩いていく。

 右足から、遠慮なく入った。

 じゅわっという音がする。液体に浸かった部分から、熱が奪われてひんやりとしていくいくのがわかった。

 間もなく、俺の全身大火傷は、イソラの作った薬によって完治したのだった。後遺症も残さずに治ったのは得だ。

「どうも。助かった」

「あんたも大変だねえ。まあ、占ったあたしが言うのも変だと思うけどさあ」

 そういえば、今年は大変な年になるって、結構言われたな。

 たらいの中から出る。たらいにはまだ液体が満たされているが、あの不思議な光は失われていた。

 しっとりと濡れたまま盥から上がったので、イソラはかすかに、顔をしかめる。しかし、構うものか。タオルなり拭く物を用意しないイソラが悪いのだ。

「着替える服とか、ないか?」

 いけ図々しくも、そんなことを訊ねる。

 イソラは、呆れるように口をへの字にした。

 我ながら、自分がいかに図々しいかはわかっているが、火傷が癒えた今、こんなボロクズみたいな服装で外に出るのは、さすがにおれとしても、きまりが悪かった。

 イソラの表情に苦笑を返すと、彼女は諦めたように溜め息を漏らし、工房の奥の方を指差した。

 俺はそちらを振り返って――絶句した。


 弱い照明の空間の中で、そこだけ光の強さが違っているかのように、はっきりとその姿が見て取れた。

 そこにあるのは、人形だった。数は、五人。

 全員が黒髪で、とてもよくできた人形だった。

 それが人形なのだと容易にわかる無機質さと、かといえば今にも動き出しそうと表現できるほどの有機的なリアルさが、不気味なほどの調和を奏でている。

 生きた人間をそのまま固めてしまったような、細部までいきわたっている人間臭さと、同時に、これは完全に作り物だ、人の手で一から作られた人造物なのだと認識してしまう、根拠もない確信があった。

 息を呑む。

 どうしてか、俺はその五つの人形に魅入っていた。

 それは、一昨日、セイラと初めて出会った際、彼女に見とれた時と同じように思えた。

 この人形たちには、俺の意識を引きつける魔力があるのだ。

 イソラに示されるまで、どうして気がつかなかったんだろう。

 五つ――五人の人形。

 性別は、男が二人、女が二人、後の一人は、判別がつかない。

 プラスチック製なのか、それとも塗料を塗った木材なのか、肌は病的なほど白い。そして、その生唾を飲んでしまいそうな白肌の上に、人間の衣服を着ていた。

 しかしやはり、今にも動き出しそうだ。なのに、やはり決して動きはしないという安心感がある。

 この矛盾した印象は、一体どうしたことだろうか?

 こういう人形を、生き人形というのだろうか。


「そこの、一番端っこの奴が着てる外套、あれ持ってきな」

 イソラの言葉で、俺の意識は引き戻される。

 端っこ、外套、あれか。

 俺から見て、右端にいる人形。

 黒い外套を着た、少年の人形だ。すぐ隣にある少女の人形と向き合うようにして、立っている。その瞳は、当然のことだが空っぽだった。

 随分な奮発だ。あの立派な外套くれるのか。

 俺は、五人の人形が並んでいるところまで行くと、少年の人形が羽織っている外套を拝借した。

 近寄ってみれば、少年の人形の背丈は、俺とそう変わらないほどだった。これならば、サイズの方も、違和感はそうないだろう。

 着ていた服と、下着も脱いで、その上から着込んだ。

 地肌はそれでもまだ濡れていて、やはり身体を拭く物が欲しかったところだ。

 たらいのところまで戻り、水の滴る服と下着を纏めて絞る。たらいの中の水かさが、少しだけ上がった。

「その服、まだ使うつもりなのかい?」

 そんなわけないだろう。こんな焼け焦げた服、もう着ようとは思わない。ただ水を吸っているようだから、絞ってやろうと思っただけだ。

「捨てるんなら、外で捨てておくれよ」

 イソラは、そんなことを言ってくる。

 まあいい。ここを出た後で、魔法で燃やしてしまえば、荷物になることもない。

 そこで、思い出した。

 そうだ、あの放火魔たちをどうしよう?

 奴らが俺を焼き殺そうとした理由なんて、セイラ絡み以外にないだろうし、俺が生きてるとなれば、また殺そうと迫ってくるだろう。万が一の場合は、自宅の方も危ないかもしれない。

 まったく、つくづく変な連中にかかわってしまったものだ。

 とりあえず、ここを出た瞬間に奴らと鉢合わせなんて状況は避けたい。

 どうすればいいのだろう?

「どうしたんだい? なんか考えるような表情しちゃってさ」

「……人は考える生き物だ」

 当り前のことを、さも珍しいことみたいに訊ねないでほしい。

 いや、そうだ。この占い師の力を借りられれば……。

「婆さん、今、占える?」

「何をだい?」

 少し考えてから、言う。

「ここの周辺に、俺に放火した連中がいないかどうか、とか。わかる?」

「そりゃあ、難しいねえ。他の条件になんないかい?」

「……この周辺にいる人間全員の位置関係、とかは? 放火魔とかは関係なしで」

「うーん、それくらいなら、なんとかいけるかね」

 イソラはそう言うと、棚のところに行き、折りたたまれた紙を取り出してきた。

「ちょこっと特別な羊皮紙さね」

 台の上にそれを広げると、それなりに面積が大きいことがわかった。

 イソラは、何も書かれていないまっさらな紙面の上に、羽根ペンで正四角形を描く。

「なあ、あんた、あの人形たちをどう思う?」

 さらに、記号やら小さな文やらを書き込みながら、イソラが言ってくる。ペンを動かす手は止めず、顔も、羊皮紙に固定したままで。

 言われるままに、俺は再度、あの幻想的な五人の人形を見た。


 ああ――なんとも言えなくなってしまう。


「あたしの友達がよこした物なんだけどね、随分と細かく作られてるだろう。ほら、その外套を着ていた人形、あれとその隣の女の子は、あたしも知ってる子たちがモデルなんだがね」

 少年の人形と、少女の人形。二人は向き合い、見つめあっている。少女の人形は、少年よりやや身長が低かった。

 とても、綺麗な女の子だと思った。

 ――でも、なんだってイソラはいきなり、この人形たちの話を振ってきたんだろう。

「人形は、あくまでも人形。そこに意思が宿ることがあっても、最初から中身があるわけじゃあない。そこにある五つの人形は、どれも完璧だろう? 生き人形として、この上のない最上さね。でも、だからこそそこに外部からの魂は宿らない。器が完璧であるが故に、ね」

 ――五人の人形。

 器が完璧であるが故に――魂は宿らない。

 そんな心霊絡みの話は聞いたことがないけど。

「なあ、だとしたら、心が抜けちまった抜け殻には、何が宿るんだろうね?」

 ……このババア……!

 何を言いだすかと思えば……!

「あたしはそこんところはよくわからんがね……あんた、何か迷ってないかい?」

 こっちを見透かしたように、物を言ってくる。

 でも、どうしてか、反論できない。

「あんた、今までどうしてきたんだい?」

 今まで、どうしてきたか。


 ……そうか!


 俺の心境の変化を敏感に察したように、イソラが言う。

「やっぱそうなのかい」

「……ああ」

 そうだ。今までやってきたようにすればいいんだ。何を弱気になる必要なんかあるんだ。

 連中と鉢合わせになるのはまずい?

 違う。

 先にあちらが攻撃してきた時点で、もう傍観することもできない。俺にとって、もう奴らは邪魔者でしかない。――なら、そんな障害は排除していくまでのことだ。

「さて、こんなもんかね」

 イソラが、羊皮紙をこちらに見せる。

 どうしたものか、紙面には迷路のような見取り図が描かれていた。そして、その迷路の所々に、動き回る点が見て取れた。

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