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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
第二部 第一章 業炎の序
52/102

2,十五回目の誕生日(2)

 俺の新たなる自宅は、ホッフド通りの四番地にあった。去年まで住んでいたポテン通りの実家からは、徒歩で十数分ほどかかる距離だ。

 警察やじゃじゃ馬が集まりだしていた中、無事に路地裏から抜け出した俺は、静まり返った住宅街を歩いていた。

 そして、そんな俺のすぐ後ろには、先程の黒色のシドー着の少女がついてきていた。

 どうしてこんな状況になったのか、よく覚えていない。路地裏で彼女といくつか話して、なんやかんやで、今日は彼女を家に泊めることになったのだったが、彼女と何を話したのかはさっぱり思い出せない。

 いや、うっすらとだが思い出してきた。

「助けてくれて、どうもありがとう」

 彼女は、表情を変えずにそう言った。

「今日は、帰るところがなくて、もしよろしければ、あなたの家に、泊めてもらえないでしょうか?」

 彼女は、口調を変えずに、静かに言った。とんでもない言葉を。

 しかし、俺は何も言わなかった。言えなかった。反論しようとしても、言葉が喉の奥から出てこない。

 その原因は、彼女の容姿だった。

 薄暗い路地裏でも彼女の顔立ちが相当整っているのはよくわかったし、何よりも見ているこちらを惹きつける何かが彼女にはあった。

 彼女は「セイラ・カミネ」と名乗った。年齢は今年で十五、まだ今は十四歳だという。同年代どころか、同い年だった。

「さっきの奴らは?」

 歩きながら、しかし振り返ることはしないで、セイラに訊ねる。

「――知らない」

 淡々と、彼女は答える。

 十四、五歳にしては、やけに無表情そうに思える。リンと比べてみても、少し無愛想だ。大人びてるといえば聞こえはいいかもしれないが、彼女はピクリとも笑わない。

「もう襲われちゃったり、してた?」

 失礼だとは思ったが、つい訊いてみてしまった。

 ぴたりと、彼女が立ち止まるのがわかった。振り返ってみると、彼女は眉をわずかに吊り上げて、不満さを表していた。

「襲われてない」

 彼女の瞳が、まだ事前だったのだと抗議してきているようだった。

「それは……よかったね」

 俺にはそれしか、言葉が思いつかなかった。

 気圧されるほど強い口調ではなかったが、彼女の声にはたしかな不満が感じられた。

 なのに何故か、俺の中でほっとした安堵の念が生まれていた。一体、何に安心したというのだろうか?




 一人暮らしであるため、現在の住まいはそう大きくない。実家と比べてみても、一回り以上小さい。一人暮らしをするには充分な広さはあった。

 もっと広い家にしてもらえばよかったかな、などと考えながら、俺は彼女を家に上げた。

 やはり、というべきなのか、既に日付は変わっていた。

 俺の十四歳、未青年としての時間は、みょうちきりんな男どもとの対峙と、目を見張るような美少女との出会いによって終わっていったわけだ。

 セイラはリビングに入ってくると、ぐるりと部屋全体を見渡した。

 部屋の明かりで、セイラの容姿は外で見るよりずっとはっきり視認できた。

 着ているシドー着の黒地には赤色の花模様がそこかしこにあり、雪のように白い肌は透き通っているかのようだった。大和撫子って感じだ。

 背丈は割りと高く、俺より少し低い程度だろうか。

「まあ、何もないけど、今日はここで寝てもらっていい?」

 きょとんとした瞳で部屋を見回しているセイラに、そう提案する。

 俺の言葉通り、リビングには部屋の中央の木製ちゃぶ台テーブル以外の物はなかった。自分の家ながら、殺風景にもほどがある光景だった。

 寝床として、俺の寝室を貸すという手も考えるには考えたが、さすがにそこまでしてやる気にはなれなかった。それに、思春期の女の子にとって男が寝ているベッドで寝るというのは、不快感を催してしまう場面だろうし。

 空いている部屋はあるにはあるが、使っていないというだけで、イコールそこがすっからかんというわけでもない。

 結果、彼女に寝床として提供できるのはリビングということになってしまった。

 しかし、固い床の上で寝ろとも言いづらかったので、クッションをいくつか持ってきて、ブランケットと一緒に布団の代わりにしてやる。

「本当に今夜泊まんの?」

 念を押すようにして、訊く。

 やはり、男の一人暮らしの家に女の子一人が泊まるというのは、いろいろ危ないと思うのだ。

「うん」

 こくりと、セイラは頷いた。

 別に、彼女が泊まることが厭だというわけではないのだが、この子は危機感とか持ってるのだろうか?

 ……あまり深くは考えない方がいい気がしたので「じゃあ、おやすみなさい」と言って、リビングを出ようとする。他に彼女に言うことは出てこなかったし、もう夜も遅い。

 だが、背後から声をかけられた。

「その……泊めてくれて、ありがとう」

 小さな声で、セイラがそう呟いた。

 今まさにリビングを出て寝室に向かおうとしていた足を止めて、少しだけ振り返る。

 黒のシドー着姿の少女は、小さく薄い笑みを浮かべていた。

「おやすみなさい」

 丁寧に頭を下げる彼女に「うん、おやすみ」とまた返して、早足でリビングから退散した。

 廊下を歩いて寝室に着くと、着替えずにベッドに横になった。手だけを動かして、ベッド下に隠してあるグレーの大きめのケースを取り出す。

 ストッパーを外して蓋を開けて、ケースの中に今日買った得物を新たに収めて、またベッド下に戻した。

 風呂は散歩前に既に入った。

 寝る前にやることも、特に思い付かない。

 だから、俺はこのまま就寝することにした。

 ……しかし、何故かあまり寝付けなかった。


      ◆


 マンションの一室を出ると、夜の闇が目の前に広がっていた。

 もう、日付が変わるか変わらないかという時間帯。

 目を見張るほど、空は暗くなっていた。朝昼はあれだけ自己主張が激しい太陽も、今は物静かな月に空の主権を奪われている。

 マンションに空き室はほとんどないはずだったが、しっかりと遮音されているためか騒がしさはなかった。

 夜の散歩に出ることにした。

 それが、ここ最近の習慣だった。

 夜の街はネオンと、騒々しい人ごみで賑わっていた。こんな夜更けだというのに、いや、夜更けだからこそ、この騒々しさはさらに深くなっていくのだろう。

 当てもなく、彷徨い歩く。

 それだけなのに、何故か気分は落ち着いていく。あるいはそれが性分なのかもしれなかった。

 どれくらい歩いただろうか。もうそろそろ帰ろうと思い、踵を返した。

 しかし、ある一点に視線が行き、足を止めてしまう。

 一本の電柱だった。

 けれど、どこかおかしい。

 何がおかしいのか。

 そうだ、色だ。

 灰色であるはずの電柱には、何故か赤黒い色の線があった。線は縦に垂れており、幅はかなり太い。線は、街灯の光をてかてかと反射している。

 それは、液体だった。電柱の根本を見下ろすと、街頭に照らされる地面に血溜まりができていた。

 つい、と電柱の上へ視線を上げていく。

 電柱の先に吊るされていたモノを見た途端、視界が黒一色に染まった。




 闇の黒が薄れていく。

 途端に目の前に広がったのは、赤々とした火炎が燃え上がる様だった。

 とても大きい。キャンプファイヤーなど比べ物にならない。家一つ分くらい、簡単に覆い隠せそうなほどに、巨大な業火。いや、実際に火炎は一軒家を丸ごと燃やしていた。

 周囲には黒煙が漂う。

 咽かえりそうな濃いにおい。煙が目を刺激して、涙が溢れてきそうになる。

 この惨状を演出したのは、放火魔か。

 それとも単なる事故か。

 ごうと唸る火炎は、隣の家々にも燃え広がりそうだったが、見物人の何人かが魔法で水を起こし、消火活動にいそしんでいた。

 それでも、一軒家を包む炎は消えない。

 燃え上がる火炎の中で、家の黒いシルエットがだんだんと崩れていく。

 その光景を見ていると、どうしてか、胸が締め付けられるように痛くなっていく。

 中の人はどうだったのか。

 どうして誰も助けようとしないのか。

 やがて、変えんの中で黒いシルエットが崩れ落ちていった。直後にあれだけ盛っていた業火が嘘のように鎮火される。

 ついに、家の中にいた住人は助け出されなかった。何故か、胸の奥から淋しさが湧いて出てくるようだった。

 そして、また視界が暗くなっていく。

 じわじわと、視界の端から黒が広がっていく。

 ――――暗転。


      ◆


 目が覚めた。

 わけがわからなかった。

 なんだあの夢は。

 寝起きだというのに、頭の調子はすこぶる冴えていた。

 ベッドから起き上がり、頭を掻きながらさっきまで見ていた夢を考える。

 見た夢は二つ。

 夜に散歩に出る夢と、家事を見物している夢。

 やけに新鮮だったために、夢の内容は鮮明に覚えている。

 夜の散歩の夢はとんと心当たりがない。ネワギワの世界には、まだマンションなんて建物はないはずだ。この世界にない物が出てきた夢。あれは、俺の前世の記憶が起因しているのだろうか。火事の夢については、最近多発している火災事故の何がしかの暗示なのではないだろうか。

「――そうだ、あの子」

 他にも、俺の思考の波に浮かんでくる出来事はあった。昨夜の出来事だ。

 シドー着を着た、大和撫子のような少女との出会いを。彼女を昨夜、家に泊めたことを。

 結果的に、女の子を「お持ち帰り(?)」する結果になったが、彼女は今どうしてるのだろうか。

 リビングでまだ寝ているのか、それとも起きているのか、もう出ていったなんて非常識人には見えなかったけど。

 普段着兼寝間着の服装のまま、リビングへと向かった。

 セイラは起きていた。

 布団代わりに貸したクッションとブランケットを綺麗に畳んで、その横に正座していたのだった。

「……おはよう」

「おはよう」

 お互い、淡々としたやり取り。まあ、昨夜会ったばかりなのだから当然だ。逆に、そんな間柄でお泊りなんて現象が成立していることがおかしいのだ。

「今日は、学校に行かなくてもいいの?」

 静かな声音で、彼女は訊ねてきた。

 部屋にかけてある時計を、ちらりと見る。午前十時四十分。遅刻は確実の時刻。

 だが、

「今日は休みだから」

 意地っ張りでも強がりでも何でもなく、俺の言葉は事実だった。

 たまたま、今日はソージック学園は休みになっている。誕生日と被って、俺としてはかすかな幸運さを感じなくもない偶然だった。

 休みになった理由は覚えていない。

 臨時の休日の理由を覚えているかどうかなんて、それこそ俺の興味次第だ。

「カミネさんの方こそ、学校に行かなくても大丈夫なのかい?」

 セイラが俺と同い年ならば、彼女もまた、まだ学生のはずだ。

 俺も、ソージックに入学して既に九年ほどはたつ。同学年の女子の中にセイラを見かけたことは一度もない。セイラがソージックの生徒なら、一目見ただけで俺も記憶の中に留めただろう。そうではないということは、セイラはソージック以外の学校の生徒ということであり、彼女の方が通学していないとおかしいはずなのだが。

「えっと……わたしの学校も、休みだから」

 少しの間を置いて、彼女は答えた。

 ソージック学園限定の休校だと思っていたが、もしかするとジビロン国全域――とまではいかずとも、それなりの数の学校が臨時で休みを設けたのかもしれない。

「そう。カミネさんって、どこの学校に通ってるの?」

 何気なく会話を繋げたつもりだったが、これではまるでナンパだった。

「レープ」

 セイラは静かに答える。

 レープ校というと、ジビロン国内ではソージックに次ぐというあの学校か。

「そう」と頷きながら、俺はリビングのすぐ隣に備えてあるキッチンの方へ向かった。

 簡単にトーストを二枚焼いて、一枚を彼女に手渡す。

「朝食、どうぞ」

 彼女は渡されたトーストをしばし眺めていたが、やがて小さく「いただきます」と口にして、頬張り始めた。

 俺は手早くトーストをたいらげると、リビングから出ていこうとして、

「カミネさんは、いつまでここにいるの?」

 失礼とは思ったが、訊ねた。

「……わからない。また今夜も、お世話になっちゃうと思うけど……」

 セイラはそう言うと、「いいかな」と言うようにやや上目遣いで見上げてきた。

「ああ、うん、いいよ」

 気圧されるようにして、了承する。まあ、俺の方に実害はないから別に構わないだろう。

「俺、これから外に出てくるから。ああそうだ、身体洗いたかったら、シャワー使っていいよ」

 バスルームの方を指差して、言う。彼女の口ぶりからすると、昼間彼女はこの家にいるのだろう。なら、留守番を頼もうと思ったのだ。こちらは一泊泊めてやったんだし、それくらいはいいだろう。

 彼女は小さく口の端で笑って頷いた。

 会釈を返して、寝室に戻った。

 クローゼットから、今着ているのと似たような服を引っ張り出して着替えて、寝室を出る。

 実家と違い、この家は一階建てだ。玄関から入ると板張りの廊下が続いており、左手にリビング、キッチン、空き部屋、寝室、右手に空き部屋とバスルームという構図になっている。

 玄関前まで来たところで、リビングから出てきたセイラに呼び止められた。

「タオルとか、どこにあるの?」

 バスルームの場所だけを教えていたことに、今更に気付いた。

「……洗面所にあるやつを、適当に使ってくれていいよ」

「うん、わかった」

 頷いて、セイラはバスルームではなくリビングの方へ姿を消した。まだ、身体を洗うつもりはないようだった。

 ふっと笑って、俺は外に出た。

 空の支配者である太陽が、さんさんと輝いていた。

 時刻は既に、十一時を回っていた。




 喫茶店「アイソレーション」は、今年の始めに開業した注目の店だった。

 ジビロン西部地区の街の外れに構えられた一店で、店内は主に黒と茶の色で、並べられたテーブルや椅子には特に飾り気というものはなく、シンプルだが落ち着きのある内装だった。

 そんな今注目の喫茶店を貸し切りにするなんて暴挙がまかり通ったのは、やはり店のオーナーである老婆と繋がりコネクションがあったからだろう。

 正午。

 店内には俺の他に四人の客がいた。

 昨夜も遭遇した、真っ赤な長髪につり気味の大きな目をした少女――リンは酒を注いだジョッキを手にしている。

 その隣には、リンをそのまま成長させたような(胸部位に関してはリンよりも小さいが)容姿の女性が、同じく酒を入れたジョッキを持っている。彼女の名はイルサ。俺たちより五つ上の、今年で二十歳の俺の友人である。

 また、俺の正面には堀の深い顔立ちと、がっしりとしたいかにも男っぽい体格をした少年、テラヴァルト・ドラグラン――通称テラが、ジュースのグラスを持っていた。

 最後に、黒髪黒瞳と俺と共通点の多い容姿ながら、俺よりルックスがよく、また俺より身長も高い少年は、俺の弟であり、現在リンと交際しているレンだ。まだ未青年なので、レンもまたテラと同様手にしたグラスの中身はジュースだった。

 俺たちは店内でも大きめのテーブルを二つ繋げて、それを囲むようにして立っていた。テーブルの上には、クッキーやタルト、ケーキなどの菓子類から、スパゲティ、サンドイッチなどの軽食が山のように置かれている。

 乾杯の音頭を取ったのはリンだった。

「えっと、今日は、リュウトの成人を祝しまして……かんぱーい!」

 それからは各々に菓子や軽食を食べたり、飲み物を飲んだりした。

 俺の成人祝いということで、当然のように俺のグラスには酒が注がれていた。前世では、酒などほとんど飲まなかった。飲む意味がまるでなかった、という方が正しいだろうか。

 いくら飲んでもアルコールの毒素は身体に無害で、酔うことはなく、しかし飲み過ぎれば何故か二日酔いに似た症状が出るという、酒好きにとっては損な特異・・体質だった故だったが。

 この世界に生まれて初めて飲んだ酒は、パンボンとかいう名前だった。たしか、リンの成人祝いの時で、彼女が飲んでいた酒だ。

 それほど強い酒ではないらしいが、一口目を飲んだ時、熱い何かが飲んだ先から込み上げてきて、俺の意識を揺らしてきた。

 これが、酔うというものなのだろうか。前世で、ついに知ることはなかった感覚。

 まだ酔ってるわけではないが、悪い感じはしない。

 一方で、リンやイルサの方は、既に出来上がっているようだった。酒に弱い体質なのか、それとももうそこまで飲んでしまっているのか。なんとなく、後者な気がした。

「今何時ー?」

「一時か三時か、ヒチジよー」

 酔っぱらった二人は、完全に別人だった。

「アイソレーション」にアルコール度数の強い酒は置かれていないはずだが、まさかパンボンだけでここまで酔っぱらえるとは思えなかった。

 店でよく話す店員のウェイターに視線で問うと、苦笑を返された。

 ギルフォン・バーという青年で、年は二十代らしい。

「すいません。乾杯が鳴ってからすぐに、二人にブラックパンボンを一瓶頼まれまして」

 ブラックパンボンはパンボンと名前が似ているが、アルコール度数はその実比較にならないほど高いという。

 呆れの念を滲ませて、俺はホルミナ姉妹を見た。

「あえ、リュウト? らんでこっち見てんろー?」

 リンは、既に呂律が回らなくなっているらしい。恐るべしブラックパンボンだ。

 というか、なんで「アイソレーション」に置かれているのだブラックパンボン。ここに置いておくにはアルコール度数がぶっちぎりだろうに。

 俺がそんな疑問を懐いていると、ふと名前を呼ばれた。

「リュウトくん、ちょっと」

 そちらを見てみると、ギルフォンと同じくこの店でよく話すウェイトレスだった。サラ・バンズという名前で、年齢は聞くところでは二十二歳とのことだ。

「なんですか?」

 皆から少し離れたところに移動してから、サラに訊ねる。

「うん、ちょっとね、イソラさんが呼んでるから、この宴会終わったら顔見せてあげてくれないかな」

 両手を合わせて、パチッ、とウィンクしてくる。

「俺に何か用なんでしょうか」

 質問する声を、潜める。

 テラやレンに聞かれても特に問題はなかったが、今は宴会中につき、ヒソヒソ声にした。当の主役が気を使うのもおかしな話だが。

「うん、そんな感じだったわよ」

 サラも、詳しくは知っていまい。

「わかりました。これが終わったら、顔出しときます」

 そう言って、俺は自分の成人祝いに戻っていった。主役が抜けたのに、場の空気はあまりに変わっていなかった。

 テラはクッキーやタルトをかじっているし、リンとイルサは酔っぱらっているし、レンはそんな二人の話し相手をしているし。

「リュウゥトオォォ。今までろこにいたんだのぉ?」

 しかし、四人の近くに戻った途端、リンが呂律が回らないながらも咎める声を発してきた。

「酒臭いぞ、リン。もう飲むのはやめておけ」

「了ぅぅ解でありまあぁす」

 適当にあしらおうとして言った言葉に、何故かイルサが返事をした。

 やってられない。酒飲み二人はレンに任せて、俺はクッキー、ケーキ、タルトを食べているとしよう。

 こっそりと、ホルミナ姉妹から距離を取ってからクッキーに手を伸ばした。

「リュウト、知ってるか? 転入生が来るって話」

 テラがそう切り出してきたのは、それから十分ほどたってからだった。リンとイルサは飲酒こそ止まったものの、完全に酔っぱらい、リンはレンに甘えっぱなし、という状況の中で、俺とテラは二人でぱくぱくとテーブル上のものを口に運んでいる――という状況になっていた。

 テーブル上の食べ物は、既に半分ほどなくなっている。

「転入生?」

「おうさ。来月あたり、来るらしい」

 今も昔も、俺はこういう話題には疎かった。転入生の話など、今日初めて聞いた。

「どんな奴なんだろうな」という俺のありきたりな言葉に、

「金髪碧眼、しかも美人らしい」

 テラはこともなげに、そう答えた。

「その情報、どったから仕入れたんだ?」

「少しな。知り合いにその手の情報集めに熱心な奴がいるんだよ。ほら、Cクラスのラロードって奴」

 ソージックでの学園生活の記憶を遡ってみても、まったく聞き覚えのない名前だった。

「職員室に数人で忍び込んで入手したらしい」

「情熱を向ける先を間違ってるような……」

 ジャーナリストにでもなるつもりか、そいつは。テラは「まったく大した奴だぜ」とラロードなる生徒に感心してしまっているが。

 そういえば、前世むかしの俺の友達にもいたな、どこからともなく情報を仕入れてくる奴。大和とかいう、大層な名前を持った友人だったが……今はそんなこと、どうでもいいか。

 成人祝いはそれから一時間ほどして解散になった。

「兄さん、夜は母さんたちと成人祝いするの、忘れないでよ」とは、帰り際のレンの言である。

 リンとイルサは酔い覚めしやすい体質らしく、「アイソレーション」を出る時の彼女たちの足取りは、千鳥足ではなかった。

 ちなみに、対する俺の方は今回の主役ではあったが、昼間から酔っぱらいたくなかったため、パンボン二杯でやめておいた。

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