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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
第二部 第一章 業炎の序
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1,十五回目の誕生日

 夜の散歩が、最近の俺の習慣になっている。

 こうして夜の街を歩いていると、昔を思い出す。生まれ変わる以前の俺も、夜、散歩に出ることを嗜好していたから。

 メルーラ暦2315の、二月の九の日。

 時刻は午後の十一時。

 俺は今、西区の繁華街を歩いている。

 二月の夜は、まだまだ春の季節だ。

 だが、この時間帯なら季節に限らず空は闇に包まれている。

 いつもの服装で、目的もなく街を彷徨う。

 夜よりは、朝や昼の方が好きだ。

 だが、こういう形容しがたい気分にさせられるのは、決まって夜の闇だった。

 何の気なしに、空を仰ぐ。

 昼間晴天だったこともあり、黒色の空には驚くほどの星が浮かんでおり、それら無数の煌めきを侍らせて、今日も月は青白い光を発していた。

 宇宙そらの光とは対照的に、地上の街中は人工的な光に包まれている。

 コンクリート造りと思わしきビルの群れと、随所で光輝くネオンや電灯。なまじ魔法なんてものがあっても、ネワギワの世界は、いや、ジビロンの様子は中世ヨーロッパのそれとはかけ離れている。

 魔法があっても、ここまで近代的な作りになるという、一つの解とも言えそうだが。

 こんなネワギワの世界でも、ラスパーナ王国の方はまだマシだと聞く。魔法大国であるあの国は、それこそ日常から何までほとんどを魔法技術で賄ってるとか。

 それでも、科学技術自体は廃れていないわけだが。

 そろそろ帰り時と勝手に判断して、街の放浪から帰宅へと目的を変更する。

 夜の街を、今度は自分の住まいを目指して歩き出す。

 目的は変わったが、それで視界に映る夜の光景が変わったわけでもなく。

 こうして、俺は十四歳最後の夜を何事もなく使いきろうとしていた。




 帰りがてら、武器店に立ち寄った。

 廃刀令も銃刀法もないこの御時世、武器など持っていても、特に咎められたりはしない。

 だが、この手の店は現状、あまり繁盛したりもしない。理由は簡単で、買い手に恵まれないからだ。

 この世界には、冒険者というような職業は存在しない。それこそ大昔にはあったらしいが、今は過去の遺物となっている。

 冒険者がいなくなってしまえば、武器を買おうとする者はそう出てこない。護身用に軽銃器を購入する一般家庭や、武器が大量に必要だが正規ルートで仕入れることが難しい武装テロリストの類くらいだ。そうなれば、武器屋の未来は廃業しかなくなるだろう。

 俺が寄ったこの店も、武器屋というのはほとんど副業になり果てており、本業はもっぱら鍛冶屋らしかった。

 店内に並べられている武器類の中で、俺は近接型の武器を眺めた。

 大振りの両手剣、大太刀、片手剣、メイスなど、メジャーな近接武器はどこの世界も共通らしい。まあ、だからといって購買意欲はさらさら湧いてこないのだが。

 中型、大型の武器から、手軽な小型の物へ視線を移す。

 ダガーとナイフくらいの品揃えしかない。

「お客さんは、武器マニアですかな?」

 どうもこの店の店主っぽい雰囲気をした、中年の男性店員が声をかけてきた。

「いえ、そういうわけでは」

「ほう? ですが、よくよく熱心な眼をしてなさる」

 中年の店員の話し振りは、時代を積み重ねた老人めいていた。

「小さな武器がお好きなんですかな?」

「まあ、そうですね」

 店員が、並んでいるナイフの一つを指差す。

「これなんて、どうでしょう?」

 いかにも、中学生が買ってしまいそうな、中二病的な禍々しいデザインだった。

「普通のナイフでいいんですけど」

「そうですか。でも、かっこいいですよ、これ」

 店員は、なおも食い下がる。少し、しつこい。放っておけばこの店員は、自分のお勧めだという漆黒のナイフのセールストークを始めそうだった。

 それは、とても退屈そうに思えた。

 もう少しナイフを眺めていたかったのだが、仕方ない。手近な所にあった一振りを掴んで「これ買います」と店員に言ってやる。

「そうですか……」

 店員は、寂しそうに言った。

 久しぶりの武器屋に対しての客にテンションが上がったのだろうが、俺としても店員のセールストークに付き合ってやるつもりは毛頭なかった。

 購入したナイフは、特に何の変哲もない形状だった。シースナイフというやつだろうか。刃渡り約十五センチ、黒色の鞘に納められた刃は銀色にぎらりと光っていた。

 武器屋は名前通りに武器を売ることが仕事であるが、購入するのは成人――十五歳以上でないとできない。

 まだ十四歳の俺が買うのは、本当は違法ともいえるのだが、別に構わないだろう。

 あと三十分足らずで日付は変わる。

 俺の未青年としての人生も、それで終わってしまうわけだし。

 そういえば、「自分まだ未青年なんで」と言って断ればよかったかもしれない。武器屋を出てから気づいたことだった。

 あの店員がセールストークを展開しそうだったから咄嗟に買ってしまったが、もしかするとお金の無駄遣いだったのではないだろうか。まあ、ナイフ自体は安物だったのだが。

 それに、未青年だと言ったとしても、なら何故に武器屋で武器を眺めていたのだ、ということになってくる。まだ未青年である俺が武器屋に入るということは、わかりやすく例えるなら、スーパーの酒のコーナーの中で、少年が陳列した酒やワインを吟味しているようなものだ。あるいは、未青年にもかかわらず煙草を買おうとするようなものだろう。

 ……何気に重罪な気がしてきた。

 まあ、明日からは堂々といけるわけだから、今は目を瞑るとしよう。

「あれ、リュウト?」

 聞き慣れた声がする。前方からだった。

 真っ赤な長髪、つり気味の大きな目、そして、非常に発育のよろしい胸部をお持ちの少女が目の前に立っていた。俺の親友と呼べるほどには親しい一人、リン・ホルミナだ。

「なんでいんの?」

 俺の質問に、彼女はすらりと答える。

「デートの帰り」

 リンの答えは、俺にとっては少なからず予想外な内容だった。

 表情に出たのだろう。リンは眉を僅かに曇らせて、

「何よ?」

 と言ってきた。

「意外だ。俺、レンはイイ子だと思ってたのに」

 今何時だと思ってるんだろうか。

 いや、リンがデート終了をひたすらに引き延ばしただけかもしれない。

レン・・はイイ子よ。リュウトと違って素直だし、表情もわかりやすいし」

 リンが頬を膨らませて抗議してくる。

 彼氏自慢は別にいいが、彼氏の兄に向って言うのはどうなんだろうか。

 リンの抗議を、肩をすかしてかわす。

 素直で表情がわかりやすいって、そりゃあそうだろう。俺とレンは兄弟だが、性格はあまり似てないから。

「まあ、順調そうで何より」

 そう言うと、何故かリンは表情を曇らせた。

「順調、なのかな……?」

 懐疑的な言い振りに、俺は首を傾げた。

「上手くいってないのか?」

「レンって、ほら、まだ魔法の開発が完成してないでしょ。それで結構ストレス溜めちゃってるみたいで」

 なるほど、と納得する。以前から、具体的には一、二年ほど前からレンには複数の悩みがあった。

 魔法開発の滞り(開発しようとしている魔法は俺が思いつきで口に出したものだ)と、恋愛方面(なんと、これも俺が原因になっていたりする)などだ。

 今年になってリンと付き合うようになり、「悩み事」の一つは解決したはずだが、それでもレンのストレス全解消にはならなかったらしい。

「難儀だな~」

 ぼそりと、呟く。リンも苦笑しながら頷いた。

「デートの終わりがこんな遅くなったのもそれが原因?」

「ああ、うん……まあ、ね」

 リンの口調から察するに、気晴らし程度にはなっただろうか。

「そう」

「リュウトも何か言ってよ。兄弟でしょう?」

「と、言ってもね。俺、最近はあいつとあんまり会話ないからな」

 溜め息と一緒に、そう呟く。

 恋人関係のリンならば、学校内でもそれなりに会う機会はあるだろうが、兄弟である俺たちはそうでもない。なら、必然的に校内ではなく校外、自宅内でということになってくるが、それも今となっては微妙なところだ。

 今年から晴れて俺の一人暮らしが始まった。俺の新たな住まいは実家からそれなりに距離がある。俺とレンが顔を合わせる機会も、それでぐんと減ってしまったわけだ。

「まあ、見かけたら根を詰めるなって言っておくさ」

「うん、お願い。あたしだけじゃ荷が重すぎるの」

 自分の腰を撫でるリン。レンとのデートで、神経をすり減らしてしまっていたらしい。

 これは、俺が思った以上に由々しき事態だったのではないだろうか。リンとレンが、別れてしまうようなことが万が一にもあったら。

 そうなったら、俺としては、リンに対して微妙な気分を抱かざるを得ない。責任感、罪悪感とかの類の、とても微妙な感情だ。

 その後、俺たちは並んで歩きだした。

 行先はリンの自宅だ。俺がリンを家まで送る、という形になる。本当はこういうのは、レンの仕事のはずなのだが。俺の家とも逆方向だし。

「リュウトってさ、明日で成人だったよね」

 リンの家が間近になってきた頃、リンがそんなことを切りだしてきた。

「ああ、そうだな。まあ、俺が生まれるまで、あと十分くらいはかかるだろうけど」

「じゃ、成人祝いしなきゃね」

「成人祝い、か……」

「そ、あたしの時もリュウトたちやってくれたし。じゃあ、昼頃に『アイソレーション』に集合ね」

 人差し指をぴんと立てて、リン。

 リンの成人祝いの時は、俺と、テラと、レンと、リンの姉のイルサで祝ってやった。もっとも、俺たち五人の中で、飲酒できたのはイルサと成人なりたてのリンの二人だけだったが。

 しかし、断る理由は特にない。

 自宅の玄関扉に手をかけながら振り返ったリンに、俺は「オッケー」と言いながら、軽く手を上げた。リンも笑顔で軽く手を振って、そして自宅の扉の中へと消えていった。

 今のリンと俺の間に、わだかまりはない。

 わずか一年足らずでここまで普通の友人として接することができるようになった。もう少し時間がかかるかと思っていた分、リンとの友人関係続行は素直に嬉しかったりする。

 それにしても、さっきの、別れ際のリンの笑顔はとても綺麗だった。やはり、なんだかんだで美少女なだけはある。

 あの笑顔は、レンも今日見たのだろうか。

 それとも、ストレスを溜めているレンに、リンは遠慮してしまったのだろうか。

 もしそうなら、少し残念だ。

 あの笑顔を見れば、レンの悩みも少しは和らぐだろうに。




 親父からの成人祝いのプレゼントは、一軒家だった。

 去年、成人祝いは何がいいという親父の問いに対して、俺が答えたのは「一人暮らし」だった。それを、親父は本当にかなえてくれたというわけだ。

 今年から、俺はそっちの家で生活している。

 以前に住んでいた住宅街の通りであるポテン通りとは別の通りだが、通っているソージックへの登下校にかかる時間はさほど変わらない位置関係の場所にあった。

 リンを無事に送り届けた俺は、そのまま踵を返して帰宅することにした。

 再び、夜の街の中を歩く。実家から距離はあるが、その実徒歩で十分そこそこの距離だ。

 位置的には、ちょうど西部地区の街を挟んだ反対側の通り、ホッフド通りにある。だから、リンを送ってから帰宅するには、また街の中を通る必要があった。

 もう日付が変わろうというのに、夜の街は静けさを知らない。こうも騒がしいと、ここが本当に異世界かと思ってくる。

 人、人、人。

 俺のようにただ歩いている人。

 買い物のために店を回っている人。

 仕事後の飲み会の帰りなのか、酔っぱらっている人。

 生まれ変わる以前と、さして変わらない光景。あまりに新鮮さを感じないが、それがかえっていいと思う自分もどこかにいる。

 夜景の光量がだんだん弱くなってくる。もうすぐ俺の現住所のある住宅街に出るのだ。夜の街は、中心に行くほど眩しくて賑やかだ。

 今、何時頃だろうか。

 もう十二時を過ぎたか、まだ過ぎていないのか。腕時計をしてくればよかったかもしれない。どこかの店に入ればどこかにかけてある時計が見れるだろうが、そこまでして時間を確認したいわけではない。

 自宅に戻ってから、もし覚えていたりしたら確認しよう。

 そんなことを思っていると、ふと立ち止まる。

 何かを感じて真横を見てみると、建物と建物の隙間が、路地裏という街の裏側への入り口が、やけに俺の視線を引いた。

 憑き動かされるように、そっと、俺はその路地裏に入っていった。

 鉄パイプと排気口、店かレストランかの裏口らしき扉が見える中を、歩く。

 右への曲り角に差しかかった時、複数人の会話をする声が聞こえてきた。

 男、男、男の声。推測するに四、五人程度か。声だけで人の形を想像するのは難しいが、おおよそ善人らしからぬ声質と言葉遣いだった。

 そっと、顔だけを出して曲り角の奥の様子を窺う。

 俺の視界に、一人の女性を取り囲む複数の男たちが映った。女性は黒色の服装で、壁に背をつけていた。男たちは見るからに柄が悪そうに見える。不良だろうか。

 男の一人、特に体格の良さそうな(つまり、大柄な)一人が、女性に向けて手を伸ばした。

 そこまでを見て、俺は回れ右して――見なかったことにしようとした。

 痴漢、強姦の類であれば、俺に事件解決をしようとする気はさらさらない。

 襲われているのがリンなどの顔見知りであれば、あるいは俺も止めに入っただろうが、あいにくとあの女性は赤の他人だ。

 あの女性には悪いが、俺はここで失礼させてもらう――つもりだったのに。

「おい、そこにいる奴。出て来い!」

 今まさに回れ右、というより正確には、回れ左しようとしていた俺にお呼びの声がかかる。

 それで、ガタイのいい男の行為・・(未遂)は中断されたらしかった。

「おい、誰かいんのか?」

「ああ、間違いねえ」

 男の囁き声での会話が聞こえてくる。


 ――仕方ない。

 走って逃げよう。


 足に力を入れようとして、背後の壁で小さな爆発が生じた。

 破壊された壁の向こうから、先ほど女性に暴行しようとしていた(未遂)男がこちらに掌をかざしているのがわかった。

「出て来い」

 腹の底から響いてくるような、重い声だった。

 ここで力づくで逃げようものなら、間違いなく魔法の雨が炸裂する、という予感がした。

 路地裏とはいえ街中で、こんなゴロツキどもがそんな大層なことを仕出かすとはことは思えなかったが、俺は大人しく彼らの前に姿を晒すことにした。

 俺の直感は、昔から厭なところで鋭いからな。

 男たちと向き合って、俺は男たちをさらに詳しく観察することができた。数は四。年の頃は、全員がおそらく二十歳前後といったところか。

 ついでに、彼らに襲われそうに(あくまでも未遂だ)なっていた女性も、よく見えた。長い黒髪、色白の肌。そして、女だと思っていたが、実は年は俺の変わらないのではないだろうか。黒い服装は、よくよく見れば黒色の着物――シドー着だった。

「おい!」

 俺を発見したと思わしき男が、イライラしたような口調で言ってくる。

 物音を立てたつもりはなかったのだが、魔法で索敵でもしていたのだろうか。

「おまえ、どこまで見ていた」

 怒りを押し殺したような、男の声。それに、意味不明だ。

 どこまで見てたって、さっきの男のやろうとしていた行為・・のことを言っているのだろうか。未遂だと思っていたが、何かがあったというのか?

 そうやっていると、痺れを切らしたように、男が怒鳴ってくる。

「おいっ!」

「……特には、何も」

 正直に答えるのが一番だ。実際、俺は何も見ていないわけだし。

 男たちが、無言で視線を交わす。

 やがて、一番に大柄な男が、

「そうか……なら、さっさとどっかに行け」

 と唸るように言った。

 シドー着の少女には悪いとも思うが、願ってもない言葉だった。

 堂々とこの場を離れてもいいのだ。

「はい」としっかり返事をしようとして、男の一人の呟きに遮られた。

「おい。嘘なんじゃねえか?」

 大柄な男の眉間にしわが寄り、発言した男を向く。

「あいつの言ってること、嘘なんじゃねえか?」

 当然なことだが、その日初めて出会った人物の言葉を信じるか否かで問われたら、大抵、その答えは否だろう。

 大柄な男は、俺に掌を向けたままだった。

 その掌に、魔力が集中していくのがわかる。

「……そうだな。念のためだ」

 言葉と共に、冗談抜きで魔力の塊が発射された。

 なんの予備動作もなく、突然の魔法攻撃。

 一般の人にとっては、初見であれば、回避は難しいだろう。

 不意をついて放たれた一発を、俺は身を大きくのけ反らせて回避する。背中と地面がほぼ平行になるほどにのけ反った俺のすぐ上を、魔力の塊が駆け抜けていく。

 駆け抜けていった先で、先程よりも大きくて鈍い破壊の音が響いた

 俺は、上体を戻すのではなくその勢いのままバク転するようにして体勢を立て直した。

 なんとも厄介な輩に出会ってしまったらしい。

 これは、ただの不良たちではない。

 やけに強力な魔法、そしてこんな場所で破壊活動に踏み切ってしまえるモラル感の欠如。……その点モラルのことでは俺も人のことは言えないけど。

 興味本位で路地裏に入るんじゃなかった。

 彼らに対して、さしたる脅威は感じない。

 けど、こうして彼らにかかわってしまった今、面倒なことになってしまったと予感してしまう。

「……速いな」

 男が呟く。

 というか、マジでやりやがった。

 街中での争い事には、その近くに安全委員でもいない限りは警察がやってくる。こいつらは警察が怖くないのか。

 ここまで大きな爆発の音が鳴れば、既に警察が向かってきていると見ていいだろう。

 やはり、面倒事だ。

 この状況のまま警察が到着すれば、不良に襲われそうな少女と、不良に絡まれている善良な少年、という風に捉えられるが。まさか仲間割れした不良の一人とか思われないだろうか。どう見てもあの四人とは体格も外見年齢も違うし、大丈夫だとは思うが。

 外の方で、ガヤガヤとした人々の話声が大きくなってくる。騒ぎを聞きつけたじゃじゃ馬か、それこそ警察が近づいてきているのだろう。

「……っち。ズラかるぞ」

 大柄な男が、一声、三人に呼びかける。

 三人も苦々しそうな顔をしながらも、それに従うようだった。

「『ポーター』」

 男の一人が詠唱する。

 四人の男たちの周囲から黒色の霧がどこからともなく出現し、四人を包み込んでいく。

 ほんの僅かな時間。霧が晴れてきた頃には、男たちの姿は消えていた。

「…………逃げやがった」

 騒がしくなってきた途端に逃げてしまうなら、始めから大騒ぎになるようなことをしなければいいと思うが。

 しかし、他人事にはできない。

 俺の方もズラからなければ、この状況では俺一人が痴漢にされてしまう。ちょうど運の悪いことに、今俺はナイフを所持してしまっているし。

 ふいに、男たちに襲われそうになっていた(未遂ったら未遂なのだ)少女に目を向ける。

 壁に背をつけたまま、彼女は俯くように地面を呆と見ていた。

「君も、早く逃げた方がいいんじゃない?」

 気にかけてやるような義理はなかったが、一応そう呼びかけてみる。

 少女は、ゆっくりとこちらに顔を上げた。

 青白い月の光が、俺たちのいる場所にも差し込んでくる。月光が、少女の顔を照らし出す。

 そして、時間が凍ったような、気がした。


 黒髪には艶があり、まさしく黒真珠を思わせる瞳を収めた目は切れ長で知的さを感じさせる。しかし、全体的にはまだどこか幼さの残った顔立ちであり、年の頃は、やはり俺とそう変わらない気がした。


 ――その日。

 ――俺は、彼女に出会ったのだ。

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