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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第4章 リンの恋模様編
49/102

11,襲撃②(3)

      ◇


 意識が、再びくっきりとしてくる。

 目まぐるしく視界の色が変わっていた先刻とは違って、あたしを捕えてるこの男は、今は大人しくしているらしい。激しく揺すられるようなこともない。

 思考が纏まりかけたその時、あたしの視界にとんでもない人物が入ってきた。

 灰色の柱の陰から、黒づくめの少年が、やけに大きなアタッシュケースを両手で抱えながら現れた。

 アタッシュケースは横に長く、取っ手のような物はなかった。だから、両手で抱えてるんだろう。

「はハは、やっぱぁ女の命ア大事か」

 狂ったように、男が叫ぶ。

「お前の大事そうにしてた物は、ここにある。リンを離せ」

 リュウトの落ち着き払った声が聞こえる。やっぱり、いつもと変わらない、彼の口調。

「けッエっエ、ああ離すサ。おまえがそれをちゃンと渡せばな」

 リュウトが慎重な足取りでこちらに向かってきた。

 それを、男が片手で制した。

「待て、マて。おまエは動くな」

 リュウトの眉が、ぴくりと動く。

「俺は何もしない」

「いんや。おまえには近づかナい方がいイって、オレの直感がびんびん言ってる。……おまえは、キケンだ」

 リュウトの目が、じゃあどうするんだとばかりに細くなる。

「こっちに投げろ。投げる力モねえナヨ男じゃネえだろう。投げねエんだったら魔法使え」

 リュウトが頷き、両手で抱えていたアタッシュケースを放る。

 アタッシュケースはあたしの目の前、約一メートルほどの位置に落ちた。

 男はケースに向けて空いている左手を向ける。

 ミミズのような触手が伸びて、ケースに巻きついて回収してくる。

「おし、オし」

 触手を巻きつけたまま、男がケースを抱えるように手を回す。

 左手であたし、右手でケースを抱える、見ようによっては珍妙な恰好。

「リンを離せ」

 リュウトが落ち着いた声であたしの開放を促してくる。

 でも、これで、この男から解放される。

 そう思っていたあたしだけど、男はとんでもない言を言った。

「うンにゃ、今はマだダメだ。今こいつを離すと、いろいろとこっちがヤバくなるからなァ」

 男は、あたしを開放しないつもりだ。

「ここカら出られたら、ちゃあんと離しテやらあ」

 男は、後ずさりしはじめた。

 慎重に、リュウトから距離を空けようとする。

 ちょっと待って。あたし、どうなるの?

 あたしの視界では、リュウトが眉をひそめる様子が確認できた。

「話が違うぞ。今すぐに解放しろ」

 リュウトの声には、さっきまでの落ち着き払った口調にはない、苛立ちのような響きが聞こえてとれた。

 男は特に慌てた様子もなく、不気味な笑いを漏らした。

「硬いこと言うなヨ。どっち道ここ出りゃ離すッつッてんだろ」

「ここってのは、この博物館のことか? それともプースランドのことか?」

 リュウトの問いに、男は少しだけ考えるように視線を上に泳がせた。

「アトの方だな」

「そうか、それは……厳しいな」

 くいっ、とリュウトが右手の人差し指を立てて、挑発するようなサインを出した。

 それにつられるように、男の抱えるケースが、ぐいとリュウトの方へ引っ張られたようだった。あたしの身体も、リュウトの方へ引かれる張力を感じた。

「うおっ?」

 男の腕から、ケースが飛び出る。巻きついていたミミズじみた触手は、リュウトの方へ引っ張られるケースの勢いに、ぶちぶちと千切れていってしまう。リュウトが、片手でケースを抱えるようにキャッチする。

 ケースを逃した男は、あたしという人質まで手放したくはなかったのだろう。ケースに続きリュウトの方へ引かれるあたしの腰辺りに、締めつけるような激痛が走った。男の背中から生えていた触手が、瞬時にあたしを捕えなおしたのだ。

 さらにもう二本の触手もあたしに巻きつき、それで、あたしをリュウト方へ引っ張る謎の張力と、男が出した気色悪い触手の綱引きは、男の触手の勝ちになってしまった。

 男が再度あたしを抱える。先以上に強い腕力を感じた。

 小さい舌打ちの音が聞こえた。リュウトだ。

「てめえ、今ノあ一体何だ? 超能力か?」

 男の声は感情を抑えていたが、これまでにはなかった、憎悪の怨念がこめられていた。

 リュウトは特に怯んだ様子もなく、

「答える必要はない。で、これで振り出しに戻ったな。どうする? リンを今この場で開放するのなら、このケースを返してやってもいいけど」

 言葉の内容とは裏腹に、リュウトの声はやはり何の起伏も感じられない調子だった。

 得意そうな響きもなく、酷な言い方をすれば棒読みともとれるかもしれない。

 けれど、それでも、男の激昂を買うには充分な言葉だった。

「うルせえ!」

 男の声には、明らかな敵意があった。

 男の背中からは生えていた三本のミミズのような触手のうち、二本の外見が変貌する。

 赤黒い肉のような見た目が、節足動物の甲殻のような黒光りする外観に変わる。

 二本のムカデのような触手と、一本のミミズめいた触手が、リュウトに向かって襲いかかった。

「……交渉決裂か」

 リュウトの、そんな声が聞こえた。


      ◇


 三本の羽骨が、リュウトに向かって唸りをあげる。

 リュウトは冷静に、抱えていた横長の箱を盾にした。

 羽骨の一撃(三撃)は、グレーの箱を粉々に砕いた。飛び散る破片は樹脂製なのかプラスチック製か、リュウトはそんなことを考えた。

 破壊された箱の中から、一振りの大剣が現れる。

 漆黒の柄を、リュウトは迷わずに掴んだ。

 漆黒の大剣、その名を「魔剣グニグル」、手にするだけで絶大な力を得る代わりに、一生を狂人として使い果たすことになる邪悪な魔道兵器。

 握った瞬間、リュウトは自分の身体に力が流れ込むのを感じた。

 自分の能力が何倍にも跳ね上がっていくのを、実感する。なんとなく、気味悪いと思った。

 自分の感覚が、どんどん昔の自分に近づいていくのがわかったから。

 自分の首筋の後ろを、一回だけ撫でた。

 一時の静寂が訪れる。

 リュウトは単にその場にたたずみ、バギーは「グニグル」を剥き出しにしてしまったこと、突きつめればそれまで「グニグル」と他とを隔てていたケースを破壊してしまったことに絶句していたが故だ。


 やがて――。

 魔剣を携えたリュウトが、地を蹴った。


 一瞬で、バギーの前に現れるリュウト。

 振るわれた凶暴な斬撃。

 漆黒の刃は、バギーの左片口から左腰部までを、綺麗な弧を描いて抉った。左腕が抱えていたリンを傷つけることなく、リンとバギーを分断する。

「レン!」

 リュウトの鋭い声が響く。

 直後にリンの身体が浮き上り、リュウトとバギーの二人から遠ざかっていく。その先にレンがいるのだろう。そう考えてから、リュウトはバギーに視線を戻した。

「あああアあ、痛ええええええ。イてエエええよお。何だ。おめえ、なんで『グニグル』持って喋れるんだ?」

 抉られた左側は、既に再生を始めていた。背広まで元には戻らないが、赤い肩や腕は、すぐに色白の肌へ変わるだろう。

 リュウトは息を一つ吐き出した。

 手にした者の精神を破壊してしまうといわれる「グニグル」だが、今のところ、リュウトは普通に思考できる。

 なんとなく・・・・・丈夫そうだ・・・・・と思って・・・・掴んだ・・・のが、本当に大丈夫だったというわけだ。

「さあな。俺も知らない」

 ただ一つ言えるとすれば、さっきまでリュウトとバギーを隔てていた実力差が、今はすっかりなくなっているということだ。

 そしてそれだけで充分だった。

 バギーの再生が完了する。

 直後にリュウトは動いた。

 バギーの首を狙って、真横に「グニグル」を振る。

 バギーの背中の羽骨が防御に動くが、「グニグル」はそんな触手の壁をやすやすと斬り裂いて、バギーの首筋へ吸い寄せられた。

 間一髪、直前でバギーの回避が間に合って、漆黒の刃はバギーの目の前をひゅんと斬る。だが、バギーの回避行動とは、首を後ろへ反らすというだけのものだった。

 一閃をかわされたリュウトが、バギーの腹めがけて膝蹴りを打ちこむ。右足の膝が、バギーの腹部にめり込む。

「がッ」

 バギーが息を吐き出す。

 そこへ、リュウトは再度斬りこんだ。

 だが、羽骨が横から邪魔してくる。「グニグル」の軌道が逸れて、バギーの右肩を斬り落とした。

 黒い生地を纏った右腕が、宙を舞う。

 そして、「グニグル」を振り抜いた勢いのまま、リュウトは回し蹴りを放っていた。

 靴底がバギーの腹に沈み、バギーを弾き飛ばす。

「ぐっ、あアア!」

 床に打ちつけられたバギーが、吐き捨てるように叫ぶ。

 上体を起こして、リュウトを睨み上げてくる。リュウトは「グニグル」の切っ先をバギーに向けて、

「再生が、遅くなってるな」

 ――正に。

 斬り落とされたバギーの右腕は、未だ、元に戻ろうとしない。

「エネルギーの使いすぎだ」

 左腕の再生に、既に複数本の羽骨の生成、バギーの中には、もうそれほどエネルギーは残っていまい。

「あッ、くっそ……!」

 吐き捨てられたバギーの声音は、悔しさのような念がこもっていた。

「グニグル」を肩に担ぐようにして、リュウトは言った。

「詰みだぞ、あんた」

 その声には、自らの勝利を確信している響きも、それ故の油断した奢りの色も、ましてや相手への同情などの、一切の感情がなかった。

 リュウトの瞳も、ただバギーを見ているのみで、感情を感じさせない闇が広がっていた。

 その瞳を、バギーは見返してきた。

「…………」

 リュウトが、柄を握る右手に力を入れる。真上から、「グニグル」を振り下ろした。

 漆黒の刃が床に触れた――直後、衝撃波が発生して、バギーを襲う。

「があッ!」

 さらに、数メートルほど飛ばされるバギー。

「グニグル」の威力はすさまじく、直接に上段の攻撃に触れた床の部分は抉れ、リュウトとバギーの周囲には粉塵が舞っていた。

 その様子を見たリュウトは、

「……やってみようかな」

 ふっと、思いついた。

 周囲を確認して、レンとリンが充分に離れた位置にいることを再確認する。

「グニグル」を肩で担ぎ、左手を前方に上げた。

 リュウトは頭の中に、一つの呪文式をイメージした。それは、自分の弟に教えてもらっていた、属性魔法「フィー・レイ・ベルム」の短縮魔法・・・・だった。


「チェックメイトだ。『フィルム』」

 左手が火炎に包まれて、


 その直後、二人の周囲を地獄の業火の如き爆発が埋め尽くした。


      ◇


 バギーは、ほとんど瀕死の状態にあった。

 あれほどの火力で焼かれたため、また既に再生に回せるエネルギーが枯渇寸前だったためだ。

 それでも、焼死体にならなかったのは、やはり吸血鬼の生命力故だろう。もっとも、実は本物の吸血鬼、真祖はもっとバケモノじみた生命力なのだが。

 バギーという男の身柄は、安全委員が預かることになったらしい。なんとあの男は、危険指定された極悪な犯罪者だった。もっとも、俺の印象ではただのおバカだったが。

 さて、俺の方だが、きちんと無事だ。

「グニグル」と錬気で爆風を防いだため、もろに焼かれたバギーに比べれば、軽い火傷など大したものではない。

 周りに粉塵が漂っているから試してみようと思ったのだが、ここまでの爆発力だったとは、さすがに予想外だった。

 俺がやったこと……それはつまり粉塵爆発だった。

 それにしても、あの地下の空間はコンクリート製じゃないのか? コンクリートって、可燃性物質だったっけ? あの舞い上がった粉塵が、粉砕されたコンクリートであることは明らかだ。まさか、小麦粉とかだったなんてことはあるまい。床を吹き飛ばしたら小麦粉が舞い上がるなんて、そんな話聞いたこともない。

 コンクリートといっても、ネワギワのそれは、俺が知ってる物とは少し違うからな。

 何かしら、可燃性のある成分を含んでいたと考えるべきか。火災が起きた時は酷いことになるだろうなあ。


 ……何はともあれとして。

 騒動は決着した。


 今回不運にも俺たちが遭遇したのは、神魔の武具の一角たる、魔剣「グニグル」の強奪を目論んだ大規模なテロ活動、らしい。

 プースランドは全体的に打撃を受け、おそらく数か月ほどは復興作業に力を入れることになるだろう。開園して間もないというに、気の毒なことだ。

 そして今、時刻はとうに夕方も時間帯。

 運営されていないはずのプースランドの観覧車の一室に、俺はいた。

 向かいには、真紅の長髪をした少女が座っている。しかし、彼女は今日一日、俺が行動を共にした少女とは別人である。

 というか、なんでこんな状況になった?

 やっぱり、あれ・・が原因か?


 不思議なことに、俺たちは事情聴取を免除されたのだ。

 俺だけなら、納得はできるかもしれない。触れた者の精神を蝕む魔剣を握って、きちんとした受け答えができたら、誰だって警戒を抱くだろう。

 駆けつけてきた安全委員の職員たちは戸惑いの色を顔に浮かべていた。

 事件の重要参考人であるが、当人は「グニグル」を使用したにもかかわらず精神異常は見受けられない。事情を聴取したいところだが、果たしてそのまま連れて行っても大丈夫なのだろうか?

 ――て、ところだろう。

 だからって、連れの聴取まで免除することはないと思う。多分、テラやイルサたちは、「グニグル」を握れば普通に壊れるだろうから。

 もっとも、後日改めて事情聴取ということになったわけだが。


 で、何故かその後、安全委員からの聴取から解放された後、リンに重要な話があると言われた。

 一応、リンは体調不良だったのだが、あの使徒に吸血されたのは見ればわかった。

 貧血はある程度回復してるようだが、やはり安静にしていた方がいいと思ったし、それにリンはおそらく人が殺される場面を見ている。

 あの現場には、「グニグル」を入れたケースを秘密裏に別の場所へ運ぼうとしていた人間(運び屋だったらしい)の死体があった。

 人の死を目撃して、リンの精神は摩耗しきってただろう。なのに、リンはそれを強引に押しのけたのだった。

 俺を見るリンの瞳には、決意の炎が燃えているようだった。

 思えば俺は、いつかこんな日が来るんじゃないかと、予感はしていたのだ……。


「なんか、寂しそうね、リュウトくん」

 向かいに座っているイルサが、そんなことを言った。

「どうかしたの?」

「先輩。わかってるんでしょう?」

 観覧車は、ゆっくりと回っている。

 俺たちが乗っているゴンドラは、まだまだ上へと上っている。乗りこんだのは十分ほど前だ。この時間が遅いのか、それとも早い方なのか、観覧車に乗った経験に乏しい俺では判断に迷う。

 ていうか、やっぱりなんで稼働してるんだ?

 俺たち以外には乗ってる奴らなんかいねえぞ。

 これ、大丈夫なんだろうか。

「先輩は……」

 ん、とイルサは首を傾げてくる。

「なんで俺と乗ってるんですか?」

「あら、わたしと一緒は嫌だった?」

「厭というか、妹の告白を断った男と観覧車に乗る理由が思いつきません」

 視線を、下へと向ける。

 既に地上からかなりの距離になっていた。リンたちがどこにいるのか、よくわからなくなるほどに。

 リンは、多分まだ泣いているのだろうな。

 レンやテラが上手く慰めてくれることを願うしかないか。

「ねえ、真面目に訊くけど、どうしてリンはダメだったの? リンのこと、好きじゃなかった?」

 イルサが、言葉とは裏腹に面白そうな声音を含ませた問いを投げてくる。

「恋愛感情云々で好きかどうかと言ったら、好きではありませんでした」

「あらー」

 はっきりとした回答に、声も出せない御様子だった。

「それは、女の子として見たことがないってことかしら?」

「リンは女の子でしょう?」

「いや、そういうことじゃなくてね……」

 困ったように、イルサは言葉を探す。

 まあ、俺も彼女が何を言いたいのかはなんとなくわかる。

「ざっくり言ってしまうと、恋愛的な方面で惹かれたことはありませんでした」

 はっきりと、答えた。

 イルサは困ったように笑う。

「そっかー、じゃあ、わたしたちの企みは最初っから失敗だったってわけか」


 失敗。

 ふと、思う。

 ならば、俺にとって今回の騒動は、一体どこまで失敗だったというのだろうか。

 この日を選んでしまったことだろうか。

 それとも、リンの誘いを断らなかったことだろうか。

 思い返せば。

 俺の歩んできた人生は、常に失敗続きだった。この世界に生まれる以前など、俺はどれだけ失敗して、そしてどれくらい成功を実らせることができたというのか。

 覚えてはいない。

 しかし、俺自身が前世むかしの記憶にあまり思い出したくない不吉さを感じるからには、きっと俺の人生は悲惨に満ちていたに違いない。

 失敗続きの、ろくでもない道。

 でも、人生なんて大抵そんなものだ。

 失敗に失敗を重ねて、やっと成功を掴みとっても、その後はやはり失敗してしまう。

 でも、だからこそ、成功した時の歓びもひとしおなんだと思う。


 何故か、あの占い師の言葉が浮かび上がった。

 今日初めて会ったはずの、占い師の老婆。

 どういうわけか前に会ったことがあると直感した彼女は、俺にこう言ったのだ。

『あんたの占いは、まだ終了していない』と。

 意味など解るはずもなく。

 俺はどうにも返事ができなかった。

 しかし、同時にこうも思った。

 やはり、俺はこの老婆と会ったことがある、と。前世の記憶に彼女の姿はない。覚えていないだけなのか、それとも会った際の姿が違っているのか。

 そういえば、占い師は最後に変なことを言った。

 とてもとても、俺の気分が悪くなる言葉を。


「そういえば……」

 考え事に耽っていると、イルサがそんなことを言いだした。

「もしかしてリュウトくん、あの男の居場所がわかってたの? 最初にあの男を見つけたのって、リュウトくんでしょ」

「ああ、それですか。これですよ」

 俺は、ポケットから拉げてしまったオモチャのダガーを出して見せた。あの大爆発で、形が残っていたのは凄い幸運ではないだろうか。メッキは剥がれおちて、真っ黒に焼け焦げていたが。

「オモチャ?」

「はい、俺の錬気がまだ残っていたみたいで、それを辿ってきたんです。安全委員が来る前にあの男からくすねました」

「くすねるって、これ、証拠品になったりするんじゃないの? 大丈夫? それに、言ってる意味さっぱりわかんないし」

「問題ありません。もともと俺が買ったものです。それとですね、要するに、俺が感知できる発信器を、あの男が拾って持ってたってことです。あの男、頭の中は粗末でしたから、今回は敵の無能さに感謝ですね」

「えっと」

 イルサは何故か戸惑っているようだった。

 俺が他人をこけ落とすのが珍しいのだろうか。俺、結構他人には批判的だと思うのだが。

 それとも他に何か、彼女を戸惑わせる要素でもあったのか。

 ……まあいいか。終わりよければ全てよしって諺もあるし。リンのことを考えると終わりよかったとは言えないかもしれないが。

 時間が解決してくれることを祈ろう。

 そう思って、俺は外の景色を見た。

 遠くの空に、太陽が沈んでいた。


      ◆


 占いの館「アイソレーション」の中。

 俺と、イソラなる老婆は沈黙の中にいた。

 リンが退出してから数分が経過しているはずだが、俺は変わらず右手を出した格好だったし、老婆はそんな俺の右手の相をしげしげと眺めていた。

 やがて。

「率直に言うけど――」

 いかにも占い師めいた服装の老婆が切りだす。

「あんたの人生は、殺戮と破壊によって成立している」

 とても、ユニークな発想だ。殺戮と破壊で成り立つ生き方なんて、あってたまるものか。

「いや、でもそれはあんたの望むところじゃない。あんたは、自分から誰かを傷つけようだなんて、露ほども考えない。でも、あんた自身が自分を害されたと認識したのなら、その時は別だ。事前に抑えるとか丸く収めるとかじゃない。攻撃してくる者がいれば、そして攻撃されれば、それだけであんたにとってそいつは『要らない』命なわけだ。攻撃してきた者に、あんたはまず仕返す選択しか考えない。そういう考え方だから、ああ・・なるんだよ」

 ああ・・とは、一体何のことだろうか。確証は何もなかったのに、俺はそれを、前世の俺のことだと理解した。

「昔、あんたに似た相を持った奴を視たことがある。そいつは、あたしが視た時点でそう長い人生じゃなかったが、それから四年後くらいに死んじまったさ」

 懐かしむように、老婆は語る。

「俺にも、死相が視えるのですかい?」

「うんにゃ、あんたはまだまだ死なないだろうさ。そうだね、どころか近いうちに運命的な出会いが待っているかもしれない」

「それって、恋愛運の方面ですか?」

 だとすれば、嘘臭い。なんとなく、俺はもう誰かに恋することはないんじゃないかと思う。夢に見た、あの少女が脳裏にちらついた。

 だが、そんな俺に、老婆はふんと鼻を鳴らして答えた。

「そうだったら、楽だったんだろうけどね。あんたの相は、複雑すぎる。それから待ってる出会いは、間違いなくあんたの道を大きく揺らすことになるんだろうけど、それがいい方なのか、悪い方なのか、それはわからない。ただ、一つ。あんた、これから大変になるよ」

 少し、げんなりする占いだった。生まれ変わる前も大変だったのに、これからまた大変になるとでも言うのか?

「でも、ね。これだけは言っておく。あんたの占いは、まだ終了していない。だから、あんたの願いは、きっと叶うさ」

 眉をひそめた。この老婆が言ってることが、少し不思議だった。もしかしたら、と思う。もしや、やはりこの老婆は――。

「さて、何か他に、訊きたいことってあるかい?」

「……じゃあ、一つ」

 何だい、と訊ねてくる老婆に、俺は質問を投げかけた。

「婆さんの本名って、何?」

「何って、あたしはイソラさ」

「それは、この店の名前から取ったんだろう。『アイソレーション』って店に、『イソラ』って名前の人物がいるなんて、偶然にしちゃできすぎてる」

 趣味が悪すぎる、とも思う。

 老婆は、面白くなさそうに肩をすくめた。

「それは、答えることはできないね」

 断言される。

 俺と老婆は、そうして睨みあっていた。

 やがて、どちらが先というでもなく、俺たちの対面はそうして終わったのだった。

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