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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第4章 リンの恋模様編
47/102

9,襲撃②

 サイレンが鳴り響く中、リュウトは構わずあたしを屋外へ連れ出した。

 エリア10の動物園内において、昆虫エリアの建物を出ると、動物園の入場口まで陸上動物エリアが続いている。

 いろいろな陸上動物が飼育されているケージ、または柵を全て無視して、リュウトはずんずんあたしを引っ張る。

 周囲には戸惑う一般客の姿がちらほら見える。中にはリュウトほどではないが、どこかへ移動しようとしている人たちもいた。

 だが、あたしの手を引っ張るリュウトの横顔には彼らには決してない必死さのようなものがあった。

「ちょっと、リュウト。なんで外に出るの? それに、このサイレンは――」

 言葉は遮られた。

 リュウトが突然止まって、あたしはもろにリュウトの背中にぶつかった。

 リュウトの背中は思った以上に力強く、あたしは鼻を押さえてリュウト越しに前方へ目をやった。

 リュウトが突然立ち止まった理由があった。

 まるで生気が抜け落ちたかのように、蒼白な顔の男と、女……。


 囲まれていた。

 前方に三人、振り返ってみれば背後にも二人。


 身体が満足に動かせないのか、彼らの動きは機械マシンのように無機質で、表情は固まったままだった。

「この人たち……」

「友好的には……見えないな」

 口端をわずかに歪ませたリュウトが、そんなことを言う。どことなく、ひきつったような固い笑みだった。

「これまずい奴じゃないかなー。絶対に、新聞の勧誘とかじゃないぜ」

「……どうするの?」

 ふざけたリュウトの言葉に返事をする余裕は、あたしにはなかった。

 ロボットめいた動きであたしたちに迫る彼らは、生き物以外のナニカに思えた。


 ――怖い。

 彼らは、異常だ。

 彼らは、生きていない。

 ――やだ、来ないで!


 そんな彼らを、リュウトは憎々しいとばかりに睨んでいた。

「死体だ」

 ぼそりと、呟き。

 あたしがその呟きに反応する前に、リュウトは片足を半歩、前に出した。

 途端に、向こうにも動きがあった。

 前方の三人の内の一人が、両腕を前に突き出した体勢で走ってくる。知性の欠片もないその単純な動作は、一直線にリュウトを目がけている。

 そして接触の瞬間、リュウトは首を捻るだけの動作でそれを避けた。

 向かってきた男は、勢いを殺すことができず、リュウトとあたしの横を通り過ぎていってしまう。

 振り向いた男は、なおもあたしたちに向かってきた。

 リュウトはそれを、反撃するでもなくただかわし続ける。

 突進、パンチ、男の攻撃を捌く姿は、男の動きを見切っているかのように思える。

 しかし、男が引っ掻くようにリュウトに襲いかかった時、リュウトの回避が甘かったのかリュウトの頬に赤い線が一本走った。


 その直後の出来事。

 あたしの手を掴んだまま、リュウトが向かってくる男に手刀を落とした。


 たった一度のリュウトの反撃で、男は膝をついて倒れ込んでしまう。

 ――それが、合図であったかのように、

 残りの四人……前方後方それぞれ二人ずつ……男二人女二人が、一斉にあたしたちに襲いかかった。

 あたしは既にパニックを起こしかけていたが、どうやらリュウトは冷静だった。

 前から襲ってきた二人に足払いをかけて転ばせて、後ろからの二人には目もくれずに走り出した。もちろん、あたしの手を掴んだまま。

 リュウトの疾駆は速く、あたしは腕がちぎれると思ったほどだった。

 走りながら振り替えると、後ろから来ていた二人が、転ばされた二人を踏み越えてくるところだった。

 あたしはゾクリとした。

 平気で仲間を踏みつける彼らの思考がわからない。

 視線を、前に戻す。

 さっきの集団と似たようなやからは、どうやらあちこちで出没しているらしい。

 一般客たちが追い回され、逃げ惑っている。

 リュウトが走る速度を落とした。腕を引っ張る力が弱まって、やや楽になった。

 リュウトが走りを止める。今度は急に立ち止まったんじゃないから、ぶつかるなんてことにはならなかった。

 そして、立ち止まった理由も、すぐにわかった。さっきと同じ……いや、さっきより、断然大勢だった。

 さっきは五人だったけど……何人くらいいるんだろ、これ?

「こいつら、うじゃうじゃいるな」

 淡々とした、リュウトの呟き。

 なんでそんなに他人事のように言えるんだろう。

「あんまり、面白くないな」

 こんな状況を面白いなんて言ってたら、それこそあなたは絶対に狂ってる。

 リュウトがあたしの手をそっと離す。少しだけ、不安感が募った。

「リン、俺から少し、離れてて」

 なんてことを言ってきた。

「何する気?」

「こいつらは死体だ。もう生きてはいない。なら、俺が気負う必要はないってわけさ」

 説明になってない。

 リュウトは一体、何を気負うというの?

 思考が纏まらないあたしを他所に、リュウトは懐から金色のダガーを取り出した。お土産屋で買った、オモチャのダガー。そんなもので、何ができるというのか。

 これまでもあたしはリュウトの行動に驚いてきたが、リュウトのこの行動には、甚だ呆れてしまった。

 リュウトは片手でオモチャのダガーを握り、切っ先を奇妙な集団――リュウトの言葉を使うなら死体の群れ・・に向けた。まるで、あんなオモチャで戦おうとしているかのように。

「さっき、俺はこいつらの仲間から攻撃された・・・・・。集団が相手の時はたった一人分だけで攻撃対象にできると決めてるんだ」

 そんなことを言って、リュウトは双眸を細めた。


「リンはそこでじっとしてな」


 言うが早いか、リュウトは前方に弾けていた。

 前傾の姿勢で突進するリュウトは、死体たちが反応を示すより先に一人目を下していた。右の肩から左の脇腹までの斜め一文字に、オモチャであるはずのダガーが死体を斬り裂いた。

 それを見た瞬間には、既にリュウトは三人目・・・に入っていた。

 一人に対して、たった一撃。リュウトは一撃で相手を屠り、敵を減らしていく。

 一人にかかる時間は、一秒もかかってない。

 ――リュウトは極めて戦闘スキルが高い。

 初めてそう思ったのは六歳の頃、お姉ちゃんとリュウトが決闘した時のことだ。それから二年前、十二歳の時の定期戦の新人戦でもそのことを感じた。

 しかし、今あたしの目の前にある光景は、あたしの中のリュウトの強さについて再び認識を改めることを促していた。

 オモチャで敵を斬り下していく友人を見て、あたしは微かに思った。


 ――“怖い”

 と。


 それは、大雑把にすれば意外な情景。

 今まで慕ってきた隣人が、実は大量殺人鬼だった時の意外感とでもいおうか、とにかくリュウトと死体たちとの乱闘に、あたしは違和感を感じた。

 何がおかしいと言うんだろう?

 あたしの視線の先で敵を蹴散らすリュウトは、いつものリュウトだ。いつもと何の遜色もない、リュウトの気配を感じる。何もおかしいことはない……


 ――いやおかしい。

 一息遅れで、その事実に気づく。


 アレは異常だ。

 こんな状況なのに、リュウトはいつもと全く変わらない雰囲気を出している。

 そこには非日常を前にした緊張も、動揺も感じられない。

 どんな歴戦の戦士でも、敵と殺し合う時はいつもと全く違う、日常と非日常とを切り替えるための「」を発するものだと、あたしは思っている。


 ……リュウトにはそれがない。


 今、あたしの目の前でオモチャのダガーを振り回すリュウトと、いつもあたしが見ていたリュウトに、裏表の違いなんてない。

 上手く表現することができないけれど、あたしにはそれがとても恐ろしいことに思えた。

 そして、あたしがリュウトの異常性に息を呑んでいる間に、何十人といた死体の群れ・・は、数えられるほどにまで減っていた。

 ふいに、動き回るリュウトの左手に炎が灯る。

 リュウトが左腕を振るうと、炎は扇状に拡散していき、残っていた動ける死体全員を焼き払った。

 最後は一瞬だった。

 あたしはリュウトが何の魔法を使ったのかわからなかったけど、あんなに激しく動き回る中で魔法を発動させたのかと思うと、なんだかリュウトが遠い存在に思えた。

 でも、目の前のリュウトはたしかにいつものリュウトで……その矛盾に、わけがわからなくなってくる。

 しばらく、あたしは声を失った。

 思考の渦から脱け出せたのは、リュウトが声をかけてきたからだった。

「早くここを出よう。なんだか変だ」

 とても、あんな大勢を倒した直後には思えない、いつもの彼の口調。

 やっぱりおかしい。

 なんで、そんなに動揺しないの?

 まるで、散歩するような自然さで戦闘に身を投じて、そして帰宅するようにそこから戻ってきたような――、

 完全に自然に溶け込んだ不自然さ。

 どんなに戦いに明け暮れた者でも、こんな違和感を抱かせる振る舞いにはならないだろうに。

 疑問を口にしようとして、その口を止めた。

 リュウトの表情が、一瞬固まる。

 さっと振り返ったその先に、黒のビジネススーツを着た青年が立っていた。

「あーりゃりゃー? なんでえ、おめえさんは?」


      ◇


 サイレンが鳴り響く中、リュウトがリンの手を引いて、昆虫エリアから出ていった。

 それに対してイルサとテラの二人は、こんな状況にもかかわらず密かに尾行しようとしていた。

 しかし――、

「待って下さい!」

 そんな二人に、待ったの声がかけられる。

 二人を呼び止めたのは、二人と共にプースランドに来ていたレンだった。

「どうしたの、レンくん?」

 イルサが疑問を投げかける。

 その疑問には答えずに、レンは周囲を見回した。

「イヤな……予感がします」

 静かに、口にする。

 イルサとテラは、眉根をひそめながらも一応レンにならって周りを見渡す。


 ガシャンッ、と。

 ガラスが割られる音が響く。


 サイレンの音にも負けないほどの破砕音に、イルサとテラの表情から余裕が消える。

 周囲では、予期せぬ音に戸惑いを見せる一般客たちの姿があった。

 しかし、音は一つではなかった。最初の破砕音に続いて、ガラスが割れる音がもう三回ほど響く。

「来ます!」

 レンが声を張り上げる。

 まさに直後、室内に侵入者が現れた。

 蒼白な顔、痩せこけた身体つき、死人のような形相。

 総勢、十数人あまり。

「うおっ!」

 侵入者の一人が、テラに向かって襲いかかる。

 細長い腕を、ただ振りまわすだけの動作。

 テラに襲いかかったのは、長身の女性だった。相手が女性ということもあってか、テラが一瞬、対応に戸惑う。

 一瞬で遅れて、テラは両腕を交差させて防御の体勢を選んだ。

 バシッ、と音を出して、細長い腕がテラの腕を叩く。女性ということを加味しても、あまりにも力がなさすぎて、テラは肩透かしを喰らったような気分を覚えた。

 周りをさっと見渡せば、レンやイルサの方でも似たように侵入者に襲われている場面だった。

「レン、こいつら何なんだ!」

 情けない言葉だと思いながら、テラは叫んだ。

 レンがこの侵入者たちを知っているとは思っていない。

 テラにとっては、レンへの質問というよりは、レンに言葉をかけるという方に意味があった。

 試合前に選手たちが鬨の声を発して気合いを高めるかのように……あるいは、声をかけることで自分はまだここにいるということを仲間内にアピールするかのように……。

 そんな言い訳をしてみても、テラがとっさに選択した言葉は、年下に言うものとしては情けなかったが。

 レンの返した言葉も、テラの予想の内だった。

「わかりません。――とにかく、まず、無力化して下さい!」

「わかった」

「オッケー」

 レンからの指示に、テラもイルサもイヤな顔一つせずに了解した。

 二人とも、レンがただの年下でないことを知っている。年下に指示を下されたからといって突っかかるほど、二人とも幼い対応しかできないのではないのだ。

 明確な指示を受けて、テラは腕を振り回してくる女性から距離を取った。

 単純な思考しか持っていないのか、蒼白な女性は警戒感の欠片も見せず、突っ込んできた。

「アホか……」

 テラも呆れを隠せないほど、迷いがない。

 向かってくる愚女に、足払いをかけると、面白いくらいにズッこけた。

 しかし、テラが苦笑する暇もなく、次の相手が襲いかかってくる。

「くっそ」

 舌打ちをして、その対応に切り替える。

 相手への攻撃に対する躊躇は、既になかった。

 侵入者たちは性別、年齢に特に共通性があったわけではない。

 男もいたし女もいた。

 若者といった風の年齢もいたしどう見ても中年の男女も、果ては、テラたちと同年代ではというくらいの少年までいる。

 何なんだこの集団は、と戦いながらもテラの中には疑問が渦巻き始めていた。

 一方で、イルサとレンらの方はテラとは一風変わっていた。

 テラが向かってくる敵のみに対応しているのであれば、二人はむしろ率先して敵を仕留めにかかっていた。

「ふっ!」

 イルサが掲げた掌から、風の属性魔法「ウィル・レイ・ベルム」が放たれる。

 威力を落としに落としているため、相手の肉体を斬り裂くなどというスプラッターな展開はなかったが、その一撃は一度に数人を纏めて薙ぎ払う。

 イルサのすぐ近くでは、レンが侵入者を次々と無力化していた。

 体術と魔法を使い分け、この場で侵入者を迎撃する三人の中では、もっとも速く、敵を倒している。

 その華麗さは、目を見張るものがあった。

 ほどなくして、レンたちは侵入者十数人全員を無力化した。

 戦闘が終了した時、建物の様子は様変わりしていた。昆虫を入れていたショーケースのいくつかが破損し、数種の昆虫たちが解放されてしまっている。幸いなのは、トビクロムカデやリョグといった危険な虫のケースには被害が及んでいない点だろう。

 侵入者たちは、何故か一回攻撃するだけでそれきり動かなくなるなど、非常に弱かった。

 殴る、蹴る、魔法、当て身――攻撃手段は多様。三人によって十数人の奇妙な侵入者たちは敗北した。

「こいつらは一体何なんだ?」

 テラが、今一度その疑問を出す。

 今度はレンに対する質問というわけではなく、この場の三人の共通の疑問を代弁して――といった具合だろうか。

 ふと、レンが倒した侵入者の一人に近付き、慎重にその身体を調べ始めた。

「――――!?」

 レンの表情が、凍りつくように固まる。

「これ、は――」

「レン、どうした?」

 レンの様子がおかしいことに気付いたテラが、眉根を寄せながら問う。

 レンはしゃがんでいた体勢から立ち上がり、どこか強張るような表情を作る。

「なんか、すごいですよ、これ……」

 倒した侵入者を指差して、言う。

「何がだよ?」

 テラの問いにレンが答えようとして、三人以外の第三者によって遮られる。

「君たち、いいかな?」

 二十代ほどの、男性だった。やや癖になっている茶髪が、妙に印象的だ。服装を見る限りでは、一般客だ。

 茶髪の青年は、先ほどの侵入者たちの出現に迅速に対処したテラたちを、称賛の入り交じった視線で見ていた。

「すごいんだね。なんか、こんなわけがわからないことが起こったのに……」

 動揺が抜けきってないのか、上手く言葉を纏められていない。

「いえ、この集団、思ったほど強くなかったので……」

 イルサがそう返す。実際、驚異には感じられなかった。

「それでも、すごいよ。僕なんか、今の今まで混乱してたんだから」

「はあ……」

 合いの手を入れながら、イルサは少し訝った。

 この人は、それだけを言うために来たのだろうか?

「あの、何か、他に話があるんじゃ……?」

 イルサが訊ねると、茶髪の青年は爽やかな笑みを作って頷いた。

「うん、君たちが解決してくれたけど、僕ら、一応襲われたってことになるよね? それで、ここを離れるべきか否か、僕の意見としては、またいつ変な連中が出てくるかもわからないから、ここを出たいんだけど、みんなを避難させるのを手伝ってはくれないかな?」

 要点を纏めて、茶髪の青年は提案する。

 その落ち着き具合に、レンは「おや」と意外感を覚えた。

 それだけ頭の整理がつくなら、もっと早く正気に戻ってもおかしくないんじゃないだろうか。

 いや、そんなのはただの憶測だ。

 レンは疑念を打ち消した。彼がもっと早くに正気に戻っていたのか否なのか、疑っても仕方がない。今は他に、するべきことがある。

「わかりました」

 イルサが、三人を代表して答える。

 茶髪の青年は、顔をほころばせた。

「ありがとう。ありがとう。中にはまだ混乱してる人もいると思うけど、協力してがんばろう!」

 活気づくようにして、茶髪の青年がくるりとターンして――何を思ったのかもう半回転して再びレンたちと向き合う。

「ごめん。自己紹介がまだだったね。僕はトレント、トレント・マクガフィアだ」

 茶髪の青年トレントは、テラの方へ握手を求めるかのように右手を差し出した。

「あっ、オレはテラヴァルト・ドラグランです」

 テラが握手に応じる。

「イルサ・ホルミナです」

「レン・カワキです」

 イルサとレンも、順にトレントの握手に応じた。

「うん、さあ、がんばろうか」

 仕切り直し、トレントがまた踵を返そうとして――、


 ちょうどその瞬間、再びガラスを割る破砕音が轟いた。

 また新手かっ、とレンたちが音のした方向を素早く振りむき、固まった。

 砕け散るガラスの破片と一緒に、建物の中に突っ込んでくる一人の影。

 その人物が誰なのか、レンたち三人は何故か一瞬でわかった。

 今日、この日、三人が密かに見ていた二人の男女の内の、男の方。

 黒髪に、黒の服装、体格、身長はいたって普通。

 吹っ飛んできたリュウトの身体の周辺には、形容しがたい青い光がまとわりついていた。


「兄さん!?」

 レンが叫ぶ。

 大理石の床に背中を打ちつけたリュウトが、苦悶の音を吐く。

 肘をついて上半身を起こすリュウトを、さすがに整理が追いつかない三人が呆然と見る。

「ああっ、くそ」

 その中で、リュウトだけが自分が飛ばされてきた方向――すなわち自分が突っ込んできたガラスの大窓に開いてしまった穴を睨んでいた。

 三人は、その場に根が生えたように動けなかった。

 そんな三人に、状況を説明するほどリュウトに余裕はなかったし、第一リュウトは三人の存在に気付いてもいなかった。


      ◇


 背広の男は、やけにハイな口調で問いかけてきた。

「おまえは何だ」というその問いに答える気はないし、事実俺は答えなかった。

 背広を着た男――というより青年は、やれやれとばかりに頭を掻いた。

「なんか、さー。おまえ、ウザいな」

 青年はそう言って、前屈みの姿勢をとった。


 ……一瞬で、目の前にまで迫っていた。

 俺の身体が動く前に、腹にきつい一発を蹴り込まれた。


 サッカーボールでも蹴ったかのように、俺の身体は吹っ飛ばされた。

 その勢いの強さに、遥か彼方まで飛ばされることを予感して、俺は瞬時に錬気を行使した。

 形状のイメージは、細い木の枝といったところか。いくつか枝分かれさせた錬気体は、どこか骨の浮いた細腕のようでさえある。

 錬気で形成したの先を、地面に突き立てる。

 先端部は、例のごとく鉤爪のように鋭利になっている。それに俺の錬気量なら、地面に突き刺せるくらいの硬度にするくらいはわけない。

 透明感のある青色の奇形なは地面に深々と刺さり、俺はそれをブレーキがわりにしてふっ飛ばされる勢いを踏ん張り、体勢を立て直した。

「あんだぁそら? 錬気かぁ? 『ヨミ』と同じ力ぁ使うってかあ?」

 背広を着た青年は、意味不明の言葉を並べる。かろうじて俺が何をやったのか理解できているらしいことはわかったが、その他はさっぱりだ。

 背広を着た青年に、変化が起こる。

 青年の背中の生地が、対峙している位置関係からもわかるほど盛りあがった。

 次いで、背中の黒い生地を突き破って、赤黒い、ミミズを連想させるような触手が出てくる。


「…………羽骨?」


 俺は、その触手を知っていた。

 生まれ変わる前、前世において蓄積した知識の中に、この奇怪な器官の記憶がある。

 確認のために、目の前の怪物を観察する。

 背中から蠢いている三つの羽骨。髪の毛は金髪だが、ところどころが白く変色している。肌の色も、透き通るほどではないにしても見てわかる程度には色白だ。そして、赤い宝石ルビーのような深紅の両眼。

 この青年は、「使徒」の特徴の多くを持っている。

「お前、使徒か」

 俺の質問に、背広を着た青年は不気味な笑みを返してきた。

「……吸血鬼ヴァンパイアの奴隷がテーマパークに一体何のようだ?」

 青年の姿が消える。

 錯覚でも何でもない。

 一瞬で、俺の視界から消え失せた。

 そして、すぐ目の前に、現れる。

 背中で蠢いている三本の羽骨、そのうちの一つは、黒い外殻を形成していた。

 筋肉組織剥き出しの、ミミズじみた羽骨の形態とは違い、桁違いの硬度を発揮する形状。

 外観的にその様を説明するとしたら、黒光りのする背骨、ムカデの甲殻側――のような感じだろう。

 黒い羽骨が、しゅんと疾る。

 錬気のが防御に動くが、黒光りする羽骨はその防御の上から俺を薙ぎ払った。

 体勢が崩れたところへ、背広を着た青年は拳を振り抜く姿勢を見せる。

「じゃアな!」

 錬気のを、俺と青年が振り抜いた拳の間に割りこませて防御を計る。

 しかし、次の瞬間、青年の拳は、俺の身体をやすやすと弾き飛ばした。

 俺の身体は青年からどんどん遠ざかっていく。


 ガシャンッ、という、

 ガラスが割れるような音。

 俺自身が、どこかのガラスを割ったのだ。気付くのに、数瞬の間があった。


「――あっ」

 周りを見回す。

 昆虫エリアの建物の中。

 何故か、少し前に出た時より荒れている。

 ……嘘だろ。

 ここまで吹っ飛ばされたのか?

「ああっ、くそ」

 肘をついて状態を起こし、たった今俺の身体が割ったのであろうガラス窓の穴を睨む。

 リンとはぐれた。

 あの場所で、リンは俺から数歩離れたところにいた。

 俺がここまで吹っ飛ばされてきた以上は……、

「…………」

 最悪だ。

 リンには申し訳ないが、今日は不運の一日かもしれない。

ちょっとだけ文章を弄りました。

「吸血鬼がテーマパークに…」→「吸血鬼の奴隷がテーマパーク…」

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