8,デート(2)
◇
「むーん、今のところは特に何もないわねー」
プースランドエリア5のとあるレストラン内にて。
イルサ・ホルミナは離れたテーブルに座るリュウトとリンを見据えてそうこぼした。
リュウトとリンは、何やら熱心に話していてイルサたちに気がつかないようだ。もともと、気づかれるほど二人に接近してもいないのだが。
「まだ告白しないのかしらねー」
焦れたように、二人を睨む。
「告るにしても、シチュエーションが大事っすからね。今ここで『好きです』なんて言われても、さすがにリュウトでも呆れるんじゃないすかね」
そう返すのは、今イルサが睨んでいる二人の親友であるはずの――テラだった。
「テラくん、あなた結構わかるのね」
無駄にいい笑顔を浮かべたイルサが、テラに称賛の言葉をかける。
「先輩も、さっきのはわざと言ったんでしょう」
「まあね」
「先輩って……リンは先輩の妹ですよね。なんでそこまで他人行儀みたいに振る舞えるんですか?」
さすがに、テラは呆れた。イルサのあまりの遊びっけに。
「まあ、こうして二人を監視している以上、テラくんも人のことは言えないんじゃない? リュウトくんとリンは、テラくんの友達なのに」
「――そうですね」
ニヤッ、とテラが悪い笑みを浮かべる。
この二人、何かと共謀することが多い。
初めての出会いはお互い最悪の形だったはずだが。
「……はあ」
そんな二人が座っているテーブルにもう一人、レンは二人の奔放さに溜息を吐きだした。
◇
正午になって、あたしたちはエリア5にあるレストランで昼食をとることにした。
「アイソレーション」でのリュウトの占いの結果は、残念ながらはぐらかされてしまった。
なんだろう、無性に気になってきた。
問いただしたかったけど、「アイソレーション」から出てきた時のリュウトはなんとも嫌そうな表情をしていたので深くは訊かないことにした。嫌なことがあったのだろうか?
レストランの従業員に各々注文して、あたしたちの会話は何故か家族についての話題になっていった。
「レンくん、まだ魔法の開発できてなかったんだ」
あたしは少し意外感を覚えながら言った。
リュウト曰く、レンくんは先月開発中だった魔法をまだ完成させていないとのことだ。苦戦するということは、それだけ難しい魔法なのだろうか?
「ねえ、どんな魔法を創ってるの?」
「加速魔法」
リュウトは即答する。
「加速? 運動能力向上か、速度上昇の魔法ってこと? それなら、もうあるんじゃない?」
たしか「特化型」魔法の中にそんな魔法があったと思う。「特化型」は今の段階で授業ではサラッとしかやらないから、あんまり覚えていないけど……。
「いや、そういうのとは少し違うんだ」
リュウトは、どこか遠くを見るようにして続ける。
「既存の魔法の中では、たしかに運動能力向上系――要するに身体強化の類の魔法とか、運動中の速度を上昇させる魔法とかはあったけど、今レンが創ってるのはそういうのとはちょっと別方向なんだよ」
こと魔法の知識に関していえば、多分リュウトはあたしより多くを知っている。
実技はあたしの方が断然上手いけど。
「どう違うの?」
「うん、思考速度の加速魔法」
……なんて?
「物理的な速度を速めると同時に、思考速度も加速させる。うん、魔法をかける対象は主に自分自身だな。思考能力の加速をする以上は、人間くらいにしかかけられないから」
淡々と、リュウトは説明する。
言われたことはわかったけど、要は周りが遅く見えるようになるってことだろうか。あんまり、
「よく、理解してるのね。レンくんのやってること」
レンくんのこと、いつも見ているからこそなんだろう。
「ああ、うん。思考加速自体は、俺が言いだしちゃったことだから。レンの奴、本気にしちゃってさ」
どっこい、元凶だった。つまりはアレか? レンくんが魔法の開発で悩んでいるのは、大元を辿るとリュウトのせいってことか?
何やってるのよ。あんたお兄ちゃんでしょうが。
「リュウト、手伝ったりしないの?」
発端はあなたなんでしょう?
すると、リュウトは表情をキョトンとさせて、とんでもないことをのたまいやがった。
「はあ? 無理無理。レンが苦戦してるヤツなんて、俺が何かできるわけないじゃん」
頭おかしいんじょねーの? とでも言いそうな口調だった。多分、あたしじゃなく赤の他人が相手だったら、言ってたんだろうなあ。
なんて無責任。
呆れることもできずに、笑えてくる。
「ていうか、魔法創んのがどれだけ複雑かわかる?」
ふと、リュウトが訊いてきた。
魔法を創る大変さ?
それは…………知らないかな。
魔法なんて、唱えるだけで創ろうと思ったことなんてないし、そもそも創り方なんて聞いたこともないし。
リュウトはどこか苦笑を浮かべて(あたしは少しむかっとした)講義を始めた。
――曰く、魔法とはそもそも何なのか。
魔法とは、「世界が持つ膨大なエネルギーに人間が干渉して任意の現象を引き起こすための方法」のことを言うらしい。
魔力を練り、呪文式をイメージし、呪文を詠唱または感覚だけで魔法発動の回路を繋げる。そうやって世界のチカラを自分の望むカタチに翻訳して現実世界の現象として具現化させる。
ここで浮かび上がってくる疑問が、「何故に呪文式や詠唱」なんてモノがあるのか、だ。
魔法が世界が内包するエネルギーによって起こされているのだとしたら、どうして人類が造り出したモノで、そんなことができるのか。
簡単だ。
呪文式も、詠唱節も、もともとヒトが一から造り出したものではないからだ。
どうすれば現象が起きるのか、どこを繋げれば細かな調整を施せるのか、そういったあたしたちが使っている呪文式や詠唱節と引き起きる魔法の現象は、予め決まっている関係なのだ。
「ここをこうすればこういった現象が起きる」ではなく、「この現象を起こすにはこういったことをすればよい」なのだ。
わかりずらいが、この違いはかなり大きい。
すなわち、魔法を開発するということは、ただ式を組み合わせて任意の現象が起きるようにする――というのではなく、そういった現象を起こすのに必要なパーツを見つけ出していくといった感じで、開発というよりむしろ謎解きに近い。
以上、リュウト・カワキ先生の特別魔法講義。
……これだけ魔法について詳しいのに、なんで実技の成績は悪いんだろ?
そう訊いてみようと思ったけど、なんか話の腰を折りそうだったので自重した。
「つまり、現象そのものは既にあるんだよ。あとはその設計図を探していくってだけ」
それでもいまいちピンとこない。
そんなあたしに、リュウトはわかりやすい例を提示する。
つまり、設計図を見て製品を完成させるのか、製品を見て設計図を作るのか、ということだ。
……さらに噛み砕いた例をあげるとしよう。
ここにコンピューターの設計図があったとする。これを見て、そのとおりに部品を組み立てていけばコンピューターを造ることができる。
簡単かどうかは別として、とりあえず素人でも設計図を見ればなんとかできる(かもしれない)。
ところが、設計図を作るというのはこれと全く逆だ。
既に完成されたコンピューター、その外見だけを見て、内部構造や稼働の仕組みを読みとり、どうすれば造れるかを探るということなのだ。
これは素人では到底できないだろうし、まして、できる人間などそういないはずだ。
ちなみに、この例に出てくる素人とはあたしたち「魔法を使う側」の人間の例えだ。
あたしたちは設計図――呪文式を見て魔法を作る――つまり発動させるが、呪文式単体だけではそれがどんな魔法になるのか、一目見ただけではわからない。
設計図を見て、それが何なのかをよく理解して、そうして製造に移るように、呪文式を覚えて魔法のイメージをしっかり固定させて、そうしてやっと魔法を発動させるのだ。
そして、もし初見の魔法――完成品があったとすれば、あたしたちはその魔法の呪文式――設計図を一から再現することはできない。
魔法の開発とは、至極難しい分野だったのだ。
「おわかり頂けた?」
リュウトのけろりとした問いに、あたしは頷きを返した。
正直、そこまでの難問だったとは思っていなかったから、言葉が出てこない。
既にいくつか魔法の開発に成功しているレンくん。一体どれだけ頑張ったのだろう?
そして、リュウトは一体、どれくらいレンくんに負担をかけているのだろうか。
お兄ちゃんなんだから、もっとしっかりしないとダメでしょう。
あたしは、責めるようにリュウトを見た。
本人は、いかにもケロっとした顔を浮かべている。
「……あれ?」
少し、ひっかかった。
「どうした?」
「それだと、レンくんは何に躓いてるの?」
魔法で引き起こせる現象は、始めから決まっていて、魔法を開発するというのは、単にそこまでの道筋を探し出すというだけ。
レンくんは、どこで躓いているのだろう? 呪文式がわからないのか、詠唱節がわからないのか、それともイメージングの方だろうか。
思案するあたしに、リュウトは答える。
「最初の方。どうすれば加速現象を起こせるのかってところ」
……思っていた以上に難しいんだな、魔法の開発って。
「正確に言うとどうやって思考まで加速させるかってとこだな。魔法の開発って、起こす現象が明確に想像できてないとできないし」
つまり、思考能力を加速させるかわからないから先に進めないと。
「リュウトはどうすればできるかとか知らないの?」
一応訊いてみる。
レンくんでも苦戦する難問をリュウトが解決できるとは、正直思っていない。
それに、解決法を知っていたとしてもリュウトの性格上絶対にレンくんに教えてるはず。それがないから、レンくんは今苦戦しているのだ。
しかし、事実はあたしの予想の上を行った。
「一つぐらいならある」
なんとこの男、肯定を返してきたのだ。
え? 知ってるの?
「タキオン粒子を操ったりとかできれば、そういうことができるって話を聞いたことがある」
――なんて?
タキオン粒子?
何それ?
何かの星の名前?
「わかんないって顔だな」
わかるわけないじゃん。意味のわかんない単語出てくるし。
「タキオンって何?」
まず、そこからだ。タキオン粒子とは、一体何のことだ。
リュウトは、少し困ったように眉根を寄せた。口の形は笑っているけど。
「うーん、なんて言えばいいかなー。超光速で動くと仮定される粒子のことなんだけど、わかる?」
わからない。ていうかそんな粒子は聞いたこともない。教科書にも載ってないんじゃないかな。
「なんだろ。すごく速く動き回る粒子って感じかな。それを操れればどうにかできるんじゃないかなーとは思うんだよね」
「じゃあ、レンくんに教えてあげればいいじゃん」
そうすれば、レンくんの悩みは解決だろうに。
しかし、リュウトは首を横に振って見せた。
「ああ。そりゃ駄目だ。超光速で動くと仮定されている粒子だって言ったろ? 仮定されてるだけで、本当にあるかどうかは、実際のところはまだわかってないんだ。それに、タキオンがあったとして、それをどういう風に操作すれば思考能力を加速できるかもわからないしね」
リュウトはしれっと、そんなことを抜かした。最後に、この男は自分の意見を自分で踏み潰したのだ。
こういうところは、清々しくさえあった。
レストランを出たあたしたちは、近くのお土産屋に寄った。
あたしとしては、一応家族に対してお土産の一つくらい買いたかったのだ。
いろいろと見てみて、プースランドの人気アトラクション「ジョーキン―ベルク」で、山の部分に差しかかっている様子が焼かれたクッキー一箱を買うことにした。
リュウトも同じ物を買い、お揃いということでちょっと気分が上昇した。
しかし、その後リュウトは個人用にダガーの模造製品を購入した。
買った物を持参していたカバンにそれぞれ詰め込みながら、あたしは思う。
こういうところは男の子なのだ――というよりは、ちょっと子供すぎないだろうか。
午後はエリア7から10までのゾーンをのんびりと見て周ることにした。
今あたしたちがいるのはエリア7。エリア7には大きな博物館一館だけで占められている。
展示物は多く、ネワギワの歴史が詰まった場所と、パンフレットには載っていた。
博物館といえば……。
「ねえ、知ってる? ミラーツ館に強盗が入ったって事件」
隣で博物館を見上げているリュウトに問う。
「……ミラーツ館ってどこ?」
「えっと、ミラーツ区の博物館。ジビロンの中じゃ一番大きな総合博物館なんだけど……」
先月あたり、何者かによる襲撃を受けて大壊し、今は大規模な工事中とのことだ。けっこう、話題になったはずなんだけど。
「近所じゃないならあんまり知らないな」
面倒くさそうに、リュウトは言う。
「何を盗まれたん?」
「魔杖『クルニール』の本物を盗られたって話」
「クルニールって、ウバー神話の? あれって本当にあったの?」
「少なくとも、『クルニール』と『グニグル』は発見されてるらしいわよ。ここにも、『グニグル』があるみたいだし」
へえ、とリュウトは意外なことに感心したような声を出す。
「ねえ、見てないで早く入ろうよ」
未だに建物を見上げているリュウトを促す。
大理石でできた黒色の床は、靴底と摩擦するとキュッキュッ、というなんとも形容しがたい音が鳴った。
外見的にはあんなに大きかったが、この博物館は二階までしかない。いや、このあたりが普通なのだろうか。あたしが以前に行ったことがあるミラーツ館は、五階か六階くらいはあったと思うが。
一際に人ごみが濃いエリアの一角に、それはあった――はずだった。
黄色のテープで一辺五メートルほどの正方形に区切られた小規模な立ち入り禁止エリア。
ここから先に踏み入っての観覧は控えてほしいという経営側からの要望。にもかかわらず、そこに展示物はなかった。
そこにあるのは、展示物があったことを示しているような、何も乗せていない今は無意味な台。
台の大きさから推測するに、展示物はそれなりの大きさだったらしい。
近くに行ってみると、展示の一時中断とそれに対しての謝罪の旨を伝えるプレートが立ててあるのがわかった。
『「神魔の武具」魔剣グニグル』とあった。
「今は展示してないんだな。『グニグル』」
リュウトが囁く。
プレートには、「グニグル」の写真も添えられていた。大きさ比較なのか、一人の男性と共に写っている。
おそらくは成人の男性と、その横に漆黒の大剣が柄を上にして突き立てられている。禍々しい、というのが第一感想。
「酷いな」
隣で、あたしと同様に「グニグル」の写真を見たリュウトが、ぼそりと言う。
「なんで展示を中断するんだろ?」
リュウトの言葉には答えずに、疑問を口にする。
「ていうか、レプリカとかじゃなくて本物を展示してたってこと?」
「そういうことだな」
「どうしてそんな、盗まれたりしたら大変なのに」
「『グニグル』を盗もうとする奴なんていないだろ」
当然のように、リュウトは言う。
「『グニグル』に触ったら、死ぬまで気が狂う。誰も、そんな危険な物を盗もうなんて考えないよ」
なるほど、と納得する。
ウバー神話に出てくる神魔の武具の中でも、魔剣「グニグル」は特におぞましい武器と言われている。
曰く「その柄を握れば百万の敵を凪ぎ払い、その生涯に理性は要らず」という伝説がある。
持ち主の能力を十数倍に引き上げる代わりに、直に触った者の精神を蝕みやがては破壊する、という性能らしい。
一度触れたが最後、死ぬまで手放すことができなくなる呪いの剣とも揶揄されている。
使用者の身体能力が跳ね上がるのは破格の性能だと思うが、そのために残りの人生を発狂して崩壊させてしまうのは割に合わないと思う。
しかし――、
写真の中の「グニグル」をもう一度見てみる。
漆黒の巨剣。
横幅四十センチから五十センチくらいの片刃で、鍔に当たる部分にはルビーのような深紅の宝玉が埋め込まれている。
しかし、写真越しでも伝わってくるおぞましくも圧倒的な存在感に、あたしは悪寒を拭えなかった。
ハダール王直属護衛兵団三将軍の一人、剣王将=ミカドは屈強な精神力を持っていたが故に「グニグル」の精神汚染にも抗い、浸食から抜け出すことができたと言われているが……。
(こんなのあたしには無理だな)
絶対に、触りたいとも思わない。
ウバー神話でも、ミカドが「グニグル」を握ったのは二回か三回くらいだったというし。
博物館を出ると、次はエリア10にある動物園に向かった。
こちらも一エリア分を占領する規模で、ザーナ大陸中に分布する生物と、大陸外で生息している生物など、非常に多くの種を見ることができる。
主に、陸上動物エリア(鳥類系含む)、昆虫エリア、植物エリア、水生動物エリアの四つのエリアに分かれている。
「でっけーな」
あたしたちは、まず陸上動物エリアから周ることにした。
体長約五メートルほどのマントラを見ながら、リュウトは感心するように呟いた。
「……サーベルタイガーみたいだな」
こちらは、ぼそりとした囁き。
サーベルタイガー?
サーベルとは、あの武器のサーベルのことだろうか。
たしかにマントラのあの大きな二本の牙は、サーベルのようだといえばそうだが……どちらかといえばナイフの方がしっくりくる。
タイガーは……多分、ウルスタイガーから取ったんじゃないだろうか。
マントラはウルスタイガーと同様に危険な動物だが、危険種指定には至っていない。いくら襲われたことがあるからといって、あんな危険生物の名前を取るのは大袈裟だと思う。
その後も、あたしたちはいろいろと動物たちを見ていった。
両翼を広げた際の体長は四メートルにも達するエラバートン亜種、黒の体躯と白銀の角を持つジョーヤコップソンなどと、大陸外の珍しい動物はなかなかの見物だった。
もっとも、マダラトゲトカゲを見た時は、思わず「レイ・ベルム」をやりそうになったが。
七年生の時、ラーデの森でマダラトゲトカゲの狩りを見た瞬間から、このトカゲは嫌いだ。
そういえば、マダラトゲトカゲが白ウサギをむしゃむしゃ食べる様子を、リュウトだけが平然と見ていたっけ。
リュウトにとって、可愛らしい小動物が虐殺されたという事実はほとんど心を痛めなかったらしい。
なんて薄情な奴なんだ、とあたしはリュウトが信じられなかったものだ。
陸上動物エリアの次は昆虫エリアだった。
昆虫ってあんまり得意じゃないんだけどな。
昆虫エリアは、他のエリアと違って全てが屋内に収められている。建物の中には、ガラスのショーケースが並び、その中にありふれた虫から珍しい虫まで、さまざまな種が入っていた。
あたしとリュウトの前にあるガラスのショーケース内には、二種類の蟻が蠢いている。
一際動き回っているのは、黒色の身体をしたチノヒアリ。そして、彼らを奴隷のように使役する赤色の蟻はアリツカイだ。
「……面白いな」
リュウトが、口を僅かににやりとさせながら言う。
「何が?」
「アリツカイだよ。違う種の蟻を奴隷にする習性は、アリツカイだけに見られる。どういう進化を辿ったんだろ?」
言葉を紡ぐリュウトの目は、本当に面白そうにアリを見ていた。
「……まるっきり、サムライアリだ」
また、ぼそりという呟き。
サムライアリなんて蟻、いただろうか?
虫はあまり好きじゃないから、わからない。
カーカスカブトや、クロパラドカマキリとかなら、わかるんだけど。
リュウトはしばらくショーケースを見ていたが、ふと興味が失せたように視線を逸らす。そこには、先ほどまでに感じられたかすかな興奮も、好奇の色もなかった。
……その無表情が、やけにぞっとした。
「リュウト?」
少し疑問に思って、あたしはリュウトに問いかける。
「何?」
いつもと変わらぬリュウトの表情が、あたしに答えた。
さっき感じた悪寒は、今はもう感じられない。
気のせいだったかな? と、あたしは一瞬思った。
リュウトの表情が鋭くなる。
さながら、身体中の細胞が凍りついたかと思った。
「え?」
戸惑うあたしに、リュウトは視線を周囲へ巡らしていく。
「――――――っ」
「へ?」
今度の戸惑いは、リュウトがあたしの手首を突然掴んだからだった。
「何、を――?」
「外に出るぞ」
リュウトはたったそれだけ言って、外に引っ張っていこうとする。
「ちょっ、――――」
それ以上は、何も言えなかった。
けたたましいサイレンの警告音が鳴り響いたのだ。




