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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第4章 リンの恋模様編
44/102

6,襲撃(3)

 シニガミへの警戒を引き締めながら、ユハラは右手に持ったシロⅠにも意識を向けていた。

 シロⅠの硬度は、安全委員が開発したKr兵器の中でも随一に高い。

 そのことを踏まえて、先ほどの衝突のことを考えてみる。

 ……あり得ない。

 シニガミの身体は、あの激突で切り裂かれなかった。

 それはつまり、シニガミの肉体がシロⅠと同等の硬度を持つということに他ならない。冗談じゃない。それはユハラの常識を超える結論だ。シロⅠは、一般に販売されている刃物の何十何百倍も硬く、鋭利なのだ。人間の身体で、これの斬を弾き返せる体組織などあるはずがない。

 あの激突の瞬間、魔法発動の兆候は感じられなかった。

 シニガミは、やはり生身で落ちてきたのだ。だというのに、落下によるエネルギーとスピードによって白刃に喰いつかれず、あわやそのままユハラを押し潰しにかかってきた。


 身体強化も障壁魔法も使用せずに、そんな常人離れした頑強さを発揮できるのか?

 ――否だ。


 ユハラの視線の先で、シニガミは小さく息を吐いた。

 あまりにも場違いな仕草。常に警戒で張り詰めているユハラとは対照的に、シニガミは一切緊張していない。

 シニガミの緩んだ意識に、ユハラは呆れの念を抱けなかった。それが「ユハラ」という自分と、「シニガミ」という青年との実力の差なのだと、問答無用で思い知らされた。悔しささえ、ユハラの中にはなかった。

 シニガミが首元に右手を当てる。

 ただ首を鳴らすだけの行為に、ユハラの全神経は必要以上に縮みあがったようだった。

 黒い外套を纏った青年は、黒の双眸をユハラに向ける。


 ――その瞬間、ユハラが見たモノは――――

 一瞬で目の前に迫ったシニガミの姿と、

 首筋を押さえていた彼の右手が、掌底の形を作っている場面。


「ッあ!」

 ほんの一瞬、右手の動きが遅かったら、ユハラはどうなっていただろう。

 シニガミの掌底の狙いはユハラの胸だったのだろうか?

 シニガミの掌底は、強烈な打撃を生みだしたのだろうか。それとも、掌底はユハラの肉を穿ったのだろうか。

 考えただけでも、ぞっとするかもしれないが。ユハラの中に、掌底に対する恐怖はなかった。

 シロⅠを盾のようにかざした直後、まさにソニックブームさえ起こしそうな衝撃が爆発した。

 ユハラの全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 踏ん張ることさえ叶わず、ユハラの身体は壁際まで弾かれた。壁に亀裂が入るほどの勢いで背中を撃ったユハラは、冗談抜きで一瞬呼吸が止まった。

 格が違う。

 それはわかっていたことだ。だが、実際に対峙して、改めてその壁の高さを実感する。

 ユハラ一人では決して勝てない。

 まして、もう一人二人味方がいたとしても、勝つことなど甚だしい。

 どうするか。

 一発逆転を狙って戦闘を続行するか。

 このまま離脱リタイアしてしまうか。

 普通ならば後者だろう。

 これほどの実力差。例え逃げたとしても、誰も非難はするまい。

 しかし、ユハラが今ここに立っている以上は――安全委員として、覚悟を決めてここに来た以上は、ユハラ自身が逃亡を許さない。

「ぐっ……うぅ」

 自分の身体に鞭打って、ユハラは立ち上がった。

 さすがのシニガミも、ユハラのこの行動は予想外だったらしい。きょとんとした表情に一瞬なり、そして首を傾げた。

 圧倒的な実力差を見せられて、それでも立ち上がるユハラが理解できないと視線が言っている。そんな莫迦でもないだろうに、何故単純に突っ込んでくるのかがわからないと。

「意外だな」

 一言。それだけを口にした。それだけが、彼の感情だった。

「は、は……あいにくと……僕は、バカなんでね」

 挑発するように、ユハラはそう吐いた。

 シニガミは、表情を変えることなく首をさらに反対側に傾げる。

 ユハラは努めて冷静に、自分の状況を判断する。

 全身が重い。さっきまであれほど緊張して身構えていた身体が、今では糸が切れた人形のようにふにゃりと力が入らない。

 こうしてシニガミと対峙していることから発生するストレスと、さっきの攻防によって、全身から緊張という糸を切られてしまったのだ。

 力なく、ユハラは己の無力さを嗤った。――笑えたかどうかも怪しいが。

 現時点で埋めることができない壁を目の当たりにして、「覚悟を決めた」という理由だけで立ち上がったユハラの行動など、当のユハラが一番理解不能だった。

 にもかかわらず、逃げようとしない姿勢は、やはりユハラの言通り、バカだからなのだろうか。

 ……それならばそれでもいいかと、ユハラは開き直った。

 両手でシロⅠの柄を握る。

 深く息を吐きながら、突撃するように足を開く。

 もともと勝てるとは思っていないが、どうせ一矢報いるのなら無駄とわかっているやり方よりは、まだまだ結果が予測できない手を使いたい。

 無駄に足掻いただけで何の結果も残せないよりは、一発逆転にかけてしまった方が現実的だ。

 幸なのか不幸なのか、この場合は明らかに幸だろう、ユハラが握るシロⅠには好都合にも意外性のある特殊機構が備わっている。

 それを使って勝てるかはわからない。だが、真っ向からやるよりは可能性の光は灯っているはずだ。

 ちらり、と何気ない様子を装ってシロⅠの刀身を一瞥する。表面に不可解なへこみなどはない。これならば、特殊機構も正常に機能するだろう。Kr兵器随一の硬さは伊達ではない。

「…………」

 身体強化をかけているいとまはない。

 ユハラは足に溜め込んでいた力を、一気に爆発させた。

 接近にかかった時間は、あまりに長かった。満足に力が入れられない足では、それくらいがやっとといったところか。

 だが、シニガミはその間不動の体勢だった。

 その気になれば、瞬時に逃げることも先手を打つこともできたのに、ユハラが間合いに彼を捉え、両手を振り上げるまで、シニガミは一切の行動を起こさなかった。

 緩慢な動作で、右手を前へ突き出す。ユハラの一撃に対する反応は、たったそれだけ。

 無造作に何かを受け止めるように差し出された右手は、大上段から振り下ろされたユハラのシロⅠの白刃と衝突し、がきんッ、と火花を散らした。

 またしても防御されてしまったが、ユハラの中ではある程度予測できたことなので動揺もない。

 ただ、認めるしかなくなったことに苦く思うだけだ。

 再度真正面から防がれた斬撃。もはや認めざるを得ない。シニガミの肉体の防御力は、自分たち安全委員が想定しているよりもはるかに硬いのだ。

 二年前の定期戦闘襲撃事件の報告書にあった、片手でKr兵器の一撃を弾いたというのは、疑いようがない。であれば、Kr兵器を握り潰したというのも本当だろうか。

 ……もっとも、今のユハラにはそこまで考えていられる時間はない。

 斬撃を防がれたこの状況は、まだ想定の範囲内。こちらの手札はまだ残っている。やはり奥の手を使うしかないのだ。

 一発逆転の可能性の残っている、シロⅠの特殊機構を起動させるしか……。




 その瞬間、ユハラは精一杯の強がりを見せて、表情をニヤリとさせた。

 ユハラの表情を訝ったのか、シニガミの眉間にしわができる。

 ――シロⅠの刀身にある折れ刃式のカッターナイフのような線は、ただの模様ではない。

 シロⅠに入っている計七本の線は、文字通り、八つの刃を繋いでいる・・・・・・・・・・境界線なのだ。

 ユハラは、シロⅠを握る力を抜いた。競っていた力が消え、後に残るのはシニガミのシロⅠを押し返そうとする右手だけだ。その力の向きを全面的に受け入れて、ユハラは後ろへわずかに下がる。

 シロⅠの刀身が、全ての切れ込み線に沿って切り離された。

 計八つに分断された白刃はワイヤーによって繋がっており、さらにユハラが魔力を流し込むことによってある程度操作することができる。

 シロⅠの特殊機構とは、すなわち蛇腹剣の構造だった。

 シドー国の宗教で使われるという「数珠じゅず」のように連結されている白刃の鞭が、シニガミの周囲を取り囲むように展開される。

 刃の部分は、全てシニガミに向けられている。

 シニガミの表情が、一瞬強張る。

 それを見るまでもなく、ユハラは鞭を巻きつかせるような要領で、宙に浮く七つの白刃による全方位からの斬攻撃を見舞った。

 ……冷静に考えてみれば、Kr兵器以上に頑強な肉体をもつシニガミに、既に防がれている斬撃をまた見舞うというのは、無駄な攻撃以外の何物でもないではないか。

 白刃がシニガミに押し寄せる中で、ユハラはそんな簡単なことに気付いた。

 駄目だ。防がれてしまう。

 意外性を求めて賭けた一手は、そもそもの前提が破綻していた。斬撃が利かない相手に、斬撃の攻撃範囲を広げても無駄だったのだ。

 七つの白刃は全て、頑強なシニガミの肉体によって弾かれてしまう。

 ユハラはその結果を悟った。


 ……しかし、現実はそうではなかった。


「おッ」

 シニガミの口から間の抜けた声が漏れる。

 その後に、シニガミへ押し寄せる七つの白刃に、抗う力があった。

 シニガミの背後、右方、左方の三方向から、透明度のある青色のが出現し、それぞれ白刃を受け止めたのだ。

 青色の腕は人間というよりは獣のそれに近い形状をしていて、ともすれば液体のような柔軟感さえ感じられた。しかし、事実そのによって蛇腹剣と化した白刃は防がれてしまっている。 

 ユハラは絶句した。

 攻撃を止められたからではなく、攻撃を止めた手段に驚きを感じたからだった。ユハラは、そのチカラを知っていたから。

(錬気……!?)

 二年前の襲撃事件において、安全委員もといカワサキ対策委員会が最優先で警戒している「片目のヨミ」が、それを使うという事実が判明してから、安全委員内では錬気の特性を徹底して見直していた。

 もともとその方面の研究が進められていたこともあり、一介の職員に過ぎないユハラも錬気というモノが判別できるだけには情報が整理されてきている。

 ユハラたちも生まれながらに持っている純粋なエネルギー。魔法を使うために用いる魔力と違って、今まで研究が進められてこなかったのは、その個人の保有量が圧倒的に微弱だったからだ。

 だが、シニガミの身体から出現した三つの腕状の錬気体は……。

 ほとんど素人のユハラでもわかる。あの濃度は、普通ではない。

 シニガミは、ネワギワの常人の比ではないほどの錬気量を持っている。

 ……だが、とユハラは思う。


 今の防御は、果たして必要だったのか?

 錬気を使うと言う事実は驚きだが、そもそもシロⅠと同等以上の防御力をもつシニガミが、どうしてわざわざ防御の体をとったのだ?

 防御体勢をとらずとも、白刃を弾けるのではないのか?

 何故、そんな無駄なことを?


 ……無駄なことじゃ、ない?

 今の防御は、必要な対処だった?

 ユハラの中で、何かが答えを出そうとしていた。だがそこで、状況が動く。

 先に硬直から脱したのは、シニガミの方だった。彼が、突き出したままだった右手を半円を描くように薙いだ時には、シロⅠの白刃同士を連結させていたワイヤー部分が二か所、綺麗に断絶されてしまっていた。

 蛇腹剣という鞭状の武器になったシロⅠは、三つの刀身に割られてしまったのだ。

 Kr兵器随一の硬度を持つシロⅠを繋ぐワイヤーは、もちろん普通のワイヤーではない。それ自体もシロⅠと同じ合金を元に造られている。それを、シニガミは右手だけで二か所も切り裂いた。

 その事実に、さらに驚きを覚えるのではなく、

「……そうか」

 自分の得物を破壊されたことよりも――、

 閃きはあっさりと。答えは唐突に。

 ユハラはシニガミを見据えて、仮説を出した。

「おまえの硬い防御力は、右手だけ・・・・か」

 シニガミの目が細められる。

 あの規格外の防御力が全身を覆っているのなら、先の蛇腹剣の攻撃を防ぐ必要はない。むしろ、あの状況では防御しなければいけなかったからこそ、シニガミは錬気を行使したのだ。

「……まあ、そんなことはないが……」

 操り手を失い、地に落ちたシロⅠの白刃の数珠を見下ろして、シニガミは呟いた。

「その気になれば、左手も、背中も、腹でも、どこでも防ぐことはできる。でも、そうだな。さっきみたいな複数の攻撃箇所は・・・・・・・・防げない・・・・な」

 含みのあるいい方。しかし、つまりはユハラの仮説は遠からず当たっているということ。

「……時間だ」

 そう言って、シニガミは懐から黄金の懐中時計を取り出した。

「あんたの話し相手も飽きた。クル二ールを取ってこいと、ベルスに言われてるんだ」

 踵を返して、立ち去ろうとする。三方向から出現していた青い腕は、既に消えていた。

「っ……ま、待て!」

 刀身が三分の二になってしまったシロⅠの柄を握りしめながら、ユハラは呼び止める。

 不機嫌そうな表情で、シニガミは振り返る。

「こっちも、あんたに付き合ってる暇は、ないんだけどなあ」

 低い声で、シニガミが唸る。

 しかし――奥歯を食いしばって、ユハラは一歩を踏みこんだ。

 二歩目を踏んで、それまで握っていたシロⅠをあっさりと手放す。

 武器を自ら放棄したユハラの奇行に、シニガミの眉が懐疑的につり上がる。

「へえ……」

 ベルトにくくっていた金属状の棒を取り出したユハラを見て、シニガミがそう漏らす。

 ユハラが握りしめているのは、アオⅡの「呼び出し棒」状態の物だった。

 左手に握ったそれのボタンを押しこむ。

 光の瞬き。

 直後に奇形な青色の槍が召喚される。

 柄を握り直し、狙いを定めることも甚だしく切っ先をシニガミへ向け、さらに足を進める。

 シニガミとの距離はもう数メートルとない。

 五つの鉤爪が、高濃度のエネルギーを撃ちだすために外側に向かって開く。

 シニガミの右手が再度動く。

 銃に置き換えれば銃口に当たる場所の真前に、砲台から発射される砲弾を受け止めようとするかのように、右手が動く。

 量産型Kr兵器の一発を防ぐ防御力は、アオⅡの一撃すら防ぎきるというのか。

 果たして、火花を散らして撃ち出された青白いエネルギーの光が、シニガミの右手、そして前身を包みこんだ。

(――やった……?)

 光が晴れていく。

「なっ――!?」

 シニガミはわずかに後退していた。

 掲げられていた右手は、さすがに完全に防ぎきることはできなかったらしく酷い有様になっていた。その痛みに耐えているのか、シニガミの表情は苦悶に歪んでいる。しかし、それ以外は――死神に傷は見られない。

 量産型を超えるエネルギー出力は、“死神”の防御を突破できなかった。

「――っ!」

 シニガミが焼けただれた右手を横に振った。

 ――それがユハラが見た最後の映像だった。


 直後に――――――暗転の闇が広がる。


      ◆


 彼が“死神”になったのは、百年ほどは昔になる。

 今でも「彼」は覚えている……。

「ベルス、誰、これ?」

 ぼやけていた視界が、クリアになっていく。

 同時に「彼」が認めたのは、黒い着物を着た少女だった。失明してしまったのか、それとももしかして中二病の類なのか、左目には黒い布を眼帯のように巻いている。

「本当に、これを仲間に引き入れると?」

 また、視界に人が入ってくる。

 今度は白のローブを纏った少女だった。

 色白の肌とさらに白い髪の毛、そしてルビーのように深紅の瞳。

 対称的な二人の少女が、「彼」を覗きこんでいた。

 そこに、世にも恐ろしい大きなバケモノが現れる。

「ああ、いいだろう? こいつなら、大きな戦力になる」

「……強さの証拠がありません」

「お前、俺の目を莫迦にするのか? こいつを仲間に入れると言ったら、仲間にする」

 バケモノは、低くしゃがれた声で、威嚇するように言った。

 白の少女は、渋々といった風に押し黙る。

「ベルス、了承するの、この人?」

 黒の少女が、首を傾げて言う。

「ああ、大丈夫だ。その点についてはな」

 バケモノが、大きな口を盛大に歪ませた――気がした。

 ……それが、約百年前の“死神”とヘルヘイムとの出会い。ネワギワという異世界に行きついた「彼」を迎え入れたのは、かつて同胞だった者の生まれ変わりだった――。


      ◆


 意識を昔の記憶から今に引き戻して、“死神”は正面に浮かんでいる画面を見た。

 画面そのものは、床に置いたプロジェクターによって投影された立体映像プログラムによって構成されている。

 この世界の通信技術は、ここ最近で目覚ましい発展を遂げている。

 しかし、その技術力を以ってしても、ベルスが率いるヘルヘイムの技術テクノロジーには及ばない。

 ミラーツ館は静寂に満ちていた。日没してしまった今となっては、不気味ささえ感じられる。

 “死神”は自分の右手を見下ろした。見る影もなく無残なカタチになっていた“死神”の右腕は、再生の領域にまで至った治癒能力により既に元通りに再生していた。

 画面が、ぱっと明るくなる。

 そこに、“死神”もよく知る人物が映し出された。

 “死神”と同じ――黒い髪、黒の瞳、やや色白の肌。

 百年前の記憶に出てくるバケモノの正体こそ、この“死神”と共通点の多い少年――ベルスである。

「『クル二ール』は回収した。言われたとおりやってやったぜ」

「ああ、ご苦労だった」

 画面の先で、ベルスは労いの言葉をかけてきた。“死神”が片目を細め、皮肉のような表情を作る。それが、精一杯の反応だった。

「後は――『グニグル』か」

 ベルスが呟いたこの言葉で、“死神”のその表情も崩れたが。

「『グニグル』? アレも回収するのか? アレは触れることすら危険な魔剣だと聞いていたが?」

 どうやって回収するのだ、と“死神”は訊く。

 触れることすら危険ならば、奪取するのも無理ではなかろうか。

「言っとくが、俺は御免だからな」

「安心しろ。そんな危険な仕事に、お前を使うわけがないだろう」

 ベルスの言葉に、“死神”はまた皮肉めいた表情を作りそうになった。

 この世界で再開したベルスは、“死神”の知っていた彼とは少し違っていた。

 十中八九は偽物であろうが、「仲間意識」に近い感情を、彼は会得していたのだ。それは、“死神”のかつての同胞にはないモノだった。

「じゃあ、誰をやるんだ? カリンか?」

 しかし、その「仲間意識」も、現状では“死神”ともう一人、ヨミという、あの黒装束の少女にしか働いていないらしい。それ以外の者に対しては、やはり“死神”の知る彼だった。

 自分以外の生命を踏みにじってきた彼が、どうして「仲間意識」なんてモノを身に付けたのか、“死神”には理解不能だった。

「いや、バギーを使う」

「バギー? あんな下っ端を使うのか?」

「ああ、グニグルのためにカリンを駄目にするぐらいなら、な」

 言われたことを、“死神”は正確に理解した。

 グニグルを奪取するリスクと、カリンをそのまま使い捨てにせずに使い続ける利益とで天秤にかけ、結果カリンをこのまま生かしておいた方がベルスにとっては益、と判断したのだ。

「いいのか? バギーとかいうのだって、わざわざ使徒にした奴だろう?」

「あいつはもういらん。せっかく使徒にしてやったのに、その能力をコントロールできていない。カリンを使い捨てるぐらいならあれを使い捨てる」

 ベルスの言葉に、“死神”は何も返さない。

 もとより異論など有り得ない。“死神”もまた、他人の生命に対して無感動なのだから。

「そうかい。ああ、その『グニグル』だけど……」

 ふと、“死神”は思い出した。

「もうフルド博物館にはないらしいぞ。別の場所に移動だとさ」

「ほう、どこに?」

 興味深そうな声音で、ベルスは問うた。

「プースランドの、エリア7とかいう場所だとさ。ここの館長が言ってた。変な喋り方だったな……」

「そうか……。いや、保管場所移動させたという噂はもう掴んでいたが、これでいろいろ手間が省けた。ご苦労さん」

 通信はそこで切れた。

 “死神”は空を仰いだ。

 倒壊したミラーツ館の中、破壊された天井の先には、夜の闇が広がっている。

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