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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第4章 リンの恋模様編
39/102

1,記憶:ユメ

おひさしぶりになります。

 ――ユメを、見ていた。


 見渡す限り、世界は灰色だった。

 あるいはあかだろうか。全てが無色なこの世界では、その色だけはやけに映える。

 おびただしい、生き物が生きているという証明色だ。

 ふと、自分の右手を見下ろした。

 異様に細く華奢そうで、透き通るような色白の肌が確認できる。

「……なんだ、やっぱダメじゃないか」

 何ともなしに、そう呟く。俺が今生きているということは、“あいつ”の計画は、とんだ的外れな迷惑行為だったわけだ。嗤う小さな声が、俺の口から漏れ出ていた。

 何故嗤ってしまうのか全くの疑問だったが、とにかく滑稽だった。

「なぁ」

 ふと前方から声がした。

 だから、右手を見下ろしていた顔をゆっくりと上げていく。

 声の主は、黒髪の少年だった。外見から判断する限りでの年齢は十代後半あたりだろうか。若干鋭い目付きは、俺とよく似ている。背丈も、大体俺と同じくらいだろう。この少年の容姿は、俺に酷似している。

 ……だからだろうか。この少年に対して、俺は心の底から嫌悪の感情が溢れてくる。自分の存在が許せない俺にとって、彼という存在というのはそれだけで許し難い。

「何でそこまですんの? あんた」

 首を傾げながら、少年はそんなことを訊ねてきた。その時、

 ……ズキン、

 と。

 一瞬頭が痛くなった。この頭痛は何だろう。何かを忘れているような、そんな気分に囚われる。

「なー、あんたは何でそこまで戦うんだ?」

 ……ズキン。

 また頭痛だ。俺が、戦う理由?

 ……そう言えば、俺は一体何故戦うのだろう?

 戦いほど無意味な行動はないというのに。なのに、俺の口は勝手に動いた。

「ハ、そんなこと決まってるだろ」

 随分と高い声が響く。思考とは別に、俺の口は勝手に言葉を紡いでいた。

 戦う理由、

「なんだよ? もしかしてあの女か? あいつのために命賭けてるってか?」

 からかうように口笛を吹いて、少年は俺を嘲う。

 少年の言葉が俺の鼓膜を震わせてくる。……あの女、とはあいつのことだろう。いつも俺の傍にいる、あの少女の笑顔が頭に浮かんだ。

 そうだ、彼女がいたから、俺の人生は楽しかった。彼女がいたから、俺は今の今までこうしていることができる。例え、彼女と永遠に並行になるとしても、彼女といられればそれでよかった。俺にとって彼女は、そんな存在……

 けれど――

 問いかけに対して、俺は静かに頭を横に振っていた。

「いや、あいつのために死んでやるなんてまっぴらごめんだ」

 彼女を救うために俺の命を犠牲にする? そんなの御免だ。それじゃあ俺が納得できない。俺の返答に、少年の顔が怪訝そうに歪む。よほど意外な回答だったらしい。こんなもの、簡単な方程式だっていうのに。

「じゃ、なんだよ?」

 少年が、改めて問うてくる。俺が戦う理由、そんなもの決まってる。それは――――


「――――――――――――」


 俺の告白に対する少年の反応は、ひどく乏しいものだった。しばらく、沈黙が続いた。

「……なーんか」

 少年の口が、やっと開く。

「だっせえーな」

嘲笑の音が、俺を笑う。でも、それでも構わない。

「言ってろ。とにかくそれが俺が戦う理由だ。そう約束したんだからな」

 ぴんと伸ばした指先を、少年の方に向ける。

「覚えておけ」

 若干決め台詞めいた調子で、俺はそう言った。

「ふーむ、まあ要するに、あんたに退く気はないってわけ?」

「ああ」

 俺は肯定の頷きを返した。俺は、こいつから逃げるつもりはない。自分の“ルール”に従って、俺はこの少年との対決を選んだのだから。

 この時点で、俺と少年の意識はある意味一致した。直後、少年に動きがあった。

 少年を中心に、エネルギーの渦が巻き起こる。錬気というエネルギー体は、少年の中では青色のイメージらしい。つくづく、俺と被る。しかし、

「……さすがたな」

 その現象に、俺はそう呟くしかなかった。

 荒れ狂う風は、少年が放出する錬気によって引き起こされた豪風だ。

 この少年の実力は、俺より上なのだった。

 俺がこの少年と遇うのはこれが初めてだが、俺はある程度この少年のことを知っていた。敵の情報収集は基本であるが。

 身体のスペックにおいていえば、俺は少年に数歩も劣っている。だから、戦うのであればそれを踏まえたやり方をする必要がある。相手の動きは常にこちらを上回ると覚悟しておく必要がある。もっとも、俺と少年の力量差は少年(あちら)も把握してるだろう。それ以前に、少年の方が俺のことを知り尽くしているだろうし。

 能力の上でも、敵をどれだけ知っているかという点でも、俺に勝機はない。

 それでも――――


 俺は、少年に対して一歩を踏み出した。




 ……彼女は微笑んだ。

 艶のある黒髪に、俺より一、二センチ低いかくらいの身長。

 彼女は俺を見た。可憐な容姿には、少しばかり心拍を高める効果があった。

「ねえ、R$%&……」

 彼女が俺の名前を呼ぶが、何故か、靄がかかったような感触ではっきりとは聞き取れない部分がある。それは、俺自身の名前だった。

「なんだ?」

「わたしたちは、これからどうなるんだろ?」

 さみしそうに、彼女は言った。

「……不安なのか?」

 俺は訊く。

「まあね」

「そうだな……」

 俺は考え込むようにして空を仰いだ。澄み渡った蒼穹が広がっている。彼女の悩みを莫迦にするような陽気さは、俺の晴れない心情さえ小莫迦にしているようだった。

「R$%&……?」

「いや、何でもない。そうだな、お前が一体何を不安に思うかってのが、俺にはイマイチ思い浮かばないけど、お前が不安であるのなら……」

 俺は、彼女の瞳を覗いた。

「君が、不安であるのなら、十年も、百年も、千年先でも、ずっと俺が一緒にいるさ」

 悩みなんて、いくらでも一緒になって悩んでやるさ。

 我ながら赤面もののキザな台詞を吐いて、彼女から目を逸らした。だから、俺は彼女の反応を見ることはできなかった。

 俺自身悶えそうなくらいだったのだから、彼女も相当赤面していなければ、たまったものではない。

 しばらくの間、彼女は何も言ってこない。やはり、俺の発言に悶絶しているらしかった。

 少しばかり安堵の息を吐きながら、俺は柄にもなく、照れたように笑った。ほどなくして、彼女の方からも笑い声が聞こえてきた。

 俺が、彼女の顔をまともに見れるようになったのは、それからしばらくたってからのことだった…………


      ◆


「…………」

 今更になって前世むかしの夢を見ると言うのは、なんとも感慨深い。

 夢で見た前世の記憶は、ふたつほど。どちらも実感に薄い記憶だったので、二十歳以降の記憶だろう。それに、最初の方に見た記憶は、昔たびたび見ていたものだ。最近は見なくなっていたかと思えば。

 期間が開いていたからか、細部の情報が昔見ていた時よりも違っているように感じられた。

 最後にあの夢を見たのは、一体何年前のことだったろう?

 九歳まで見ていた記憶はあるのだが、それ以降に見ていたかどうかはどうも曖昧だ。それでも、その時に比べれば、俺の肉体は大幅に成長していると言えるだろう。

 肉体の成長に比べて、精神の成長はあまりない。もとより、俺のような存在には伸びしろなどないのだろうから、別にいいのだが。

 それにしても、こうして再びあの夢を見るようになって、改めてあの記憶が何であるのか疑問が出てきた。

 あれは、一体いつの記憶で、あの少年は誰で、結局どうなったのだろうか?

 記憶の中の少年との対話時の情景を思い返してみても、都合のいいように夢の中の背景にモザイクがかかり、あれがどこで行われていたのかわからなくなってしまう。あれがあった年代もわからなくなってしまう。

 あの少年についても同様だ。夢にいる間は俺は記憶の中の俺として見ている。その時点ではたしかに少年が誰なのか、何なのかがわかっていたのに、こうして現実に帰還してくると、その感触が虚構の海に呑まれてしまう。

 それに、未だにあの後の記憶が欠如している。俺と少年との対決が果たしてどのように決着したのか、それとも決着はしなかったのか、もしかするとそもそも対決自体しなかったのではないか。俺にはとんとわからない。


 ……もうひとつの方は、もう少しわかりやすいだろうか。少年との対決の記憶(以後、記憶Aとする)に比べて、まだ遠いような感じがしない。少なからず、あれは俺の記憶だと感じる部分はあった(無論、実感は皆無だが)。おそらくは二十歳を過ぎてまだあまりたってない頃のものなのだろう。その基準で考えると、多分あれは記憶Aの時よりも以前のものだ。……確証はないが。

 それはそれとして、思い出しただけでまた悶えたくなってきた。まさか俺も、あんなことを喋っていたとは。俺は、冗談であそこまでのことは言わないから、あれはやはり本気で言った内容なのだろう。とても、恥ずかしい。

 それだけ彼女が好きだったとも解釈できるが、それにしたってあれはないだろう。

 と、俺は思っているわけだが、一概にそう言ってしまうわけにはいかないだろう。

 生まれ変わる以前の俺と、今の俺とでは決定的に違う部分が多い。

 今の俺に、彼女との時間はない。彼女と共に過ごしてきた時間が、今はないのだ。だから、彼女と共に在った時の自分を、否定しきることはできない。

 それなのに、今の俺は生まれ変わる前の俺が一番欲しかったものを持っている。

 けれど、皮肉だ。生まれ変わる前はあんなに渇望してやまなかったのに、それが平然とある今となっては、もう彼女はいないのだから。

 前世の経験から、平穏が覆るというのは簡単なことなのだから、いずれこの世界での日常も、非日常へ転化してしまうはずだ。だとすれば、そうなるまでの柄の間の平和は、なんて希少で、なんて儚いのだろうか。

 俺は、ベッドの上で吐息を漏らした。

 もし、日常が非日常に塗りつぶされる瞬間が来るのなら、俺はその時を受け入れるしかないだろう。


 自分の右手を、頭上に持ち上げる。

 この十四年で、俺の身体もだいぶ成長した。

 日に日に大人に近付きつつある身体を見ていると、やはり成長を実感できるものだ。同時に、時間が過ぎる早さを改めて痛感してしまう。

 今年の身体測定で計測したところ、俺の身長は一六五センチまで伸びていた。俺の理想としては、あと五センチほどだ。しかし、二年前と比べるとおよそ二〇センチは伸びているという事実に、ここでも自分の成長を実感した。

 俺は軽く伸びをしてから、ベッドを下りた。

 今になっては日常のひとつに同化してしまった、朝の恒例行事を行うため、部屋を出た。




 メルーラ暦2314 五月上旬。

 洗面所で洗顔と歯磨きを済ませ、玄関から外に出た俺は、やはり俺よりも早く準備していたレンと遭遇した。

「おはよう、兄さん」

「ああ、おはよう」

 俺は、レンの傍まで歩いていく。

 この二年で、とうとう身長はレンに抜かれてしまった。十三歳時点で、一七一センチほどらしい。さしずめ、十五歳あたりには一八〇に届いているのだろうな。そこまでの長身になりたいとは思っていないから、僻みは“少し”しかないが。

「父さんは?」

「寝てる。二人で行ってきなさいって。最近サボってばっかりだよねー」

「……珍しいな。レンがそんなこと言うなんて」

 最近仕事が忙しくなって、早起きができなくなってきた父さんをそんな風に言うとは。

「組手はやってくれるんだから、いいんじゃないか?」

「最近、父さん集中力が散漫なんだよ。僕が父さんから一本取るのが多くなってきてさ」

「……そりゃあ、お前の方が速くなってきたからなんじゃねえの」

 十代のパワーというのは、侮ることができない。

 俺でさえ、レンのような鍛錬を積んでいないのにめきめきと身体能力が日々向上しているのだ。レンを始めとする学校の知人たちによれば、何もしてないのにそれだけの身体能力はおかしいとのことだが。

 たしかに、レンの相手ができる程度の身体能力が、朝のジョギングだけでついたらおかしいとは思ってもみたが。

 ……皆、十代のエナジーを軽視し過ぎだと思うのだ。

 俺の目の前にいるレンだって、現に今さらに注目されてるわけだし。

「兄さんが組手してくんない?」

「はあ? 何言ってんの? いくらお前の頼みでも無理だよ? やりたくないよ? やんないよ? お前最近剣術もやり始めてんだろ? そっちもつき合わせる気だろ。やんねーかんな!」

 二年前に組手の特訓を施されたのは、未だにいい・・思い出だ。

「俺がやるのはジョギングだけだ」

 先行して、走り出した。

 レンもすぐに走り出す。

 現在の俺の走行時間は一時間。レンのジョギング時間に、ようやっと追い付いた。

 とはいえ、走っている一時間の間ずっとレンと並行して走っているために、やはりいつもジョギング後は滝のような汗をかいた。レンは涼しい顔をするというのに、やはり体力の差は歴然か。

 ジョギングの後は、レンが恒例の組手、俺はそれを見学するか、家の中に戻ってシャワーを浴びるか、読書するか、二度寝するかのどれかだった。

 今日は、家に戻ってきた時点で、いつもの流れとは違っていた。

 父さんは、ジョギングに参加していない日は俺たちが家に戻ってくると、庭に出て舞っているのだが、それが今日はない。

「起こしてくる……」

「待て待て待て待て」

 家の中へ入ろうとするレンを、引き止める。

「何?」

「俺が行く」

 レンは、目に見えて苛立った様子だった。最近、少し気難しい性格になってきている。

 心当たりとしては、思春期に入ったのか、もしくはアレ・・が原因だろう。思春期でない方だったとしたら、解決には少し時間がかかるかもしれないが。

「叩き起こしてきてよ」

 あの頃の純粋なレンは、もういないのだろうか。父さんを叩き起こすとか、どこの鬼畜に育ってしまったんだか。

「ああ」

 頭痛を感じながら、俺は家の中へ入った。

 両親の寝室のベッドで、予想通り父さんは眠っていた。

「父さん、起きて。レンが組手の相手待ってる。起きてよ」

「ううん……」

 寝ている身体を軽く揺すると、父さんは一回自分の身体を震わせて、しょぼついた視線を俺に向けた。

「リュウトか。おまえが、代わりに――」

「やんねえからな!?」

 釘を刺すと、苦しそうな呻き声が返ってきた。割と大きな声で言ったので、父さんの隣で寝ていた母さんが起きたようだった。

「じゃあ、今日は休みってことに、してくれ。昨日の、残業が……」

「残業……。軍人の息子がどんな残業やるってんだよ」

 父さんの両親――俺やレンにとって父方の祖父母は、ミカド帝国軍の元中将(父)と元准将(母)と聞いている。昔から、何故レンとの組手の相手をあそこまでできるのか不安だったのだが、この経歴を聞けば納得である。実家が軍人であるのなら、手ほどきくらいは受けていたのだろう。

 ならば何故、そんな二人の息子が他国で平社員などやっているのか、と首を傾げたくなってしまうが。

「ねえ、父さん」

「休ませ、て……」

 父さんは、頭から布団を被ってしまった。

「ねえ、母さん」

 視線を父さんの隣に向け、母さんに助けを求める。

「ううん……父さんを寝かせてあげて、リュウト」

 助けなど、最初からなかった。このままレンに、今日は中止と告げたら、あいつは一体どんな反応を示すのだろう。

 俺の両親は、つくづく人任せな二人である。

「っち」

 最近は全くきしまなくなったこのダブルベッドを、久々にぎすつかせても大丈夫だろうか。もっとも、ベッドの上で発生する衝撃でではなく外部からの衝撃でだが。

 しかし、結局俺がやったのは、ベッドの足を爪先で軽く小突くというだけだった。




「リュウト、おまえ、来年成人だよな?」

 朝食の席の場で、父さんは俺にそう訊いてきた。

「そう言えば、そうだったかな」

 今年は十四歳(現在五月につき、誕生日は既に迎えている)だから、たしかに来年は成人の年だ。早いものだ。生まれ変わる前は、あと六年ほどは待つというのに。いや、四年だったかな。レンタルビデオ店とかの暖簾のれんをくぐるには十八歳で十分だったと思うが。

「何か、プレゼント買ってあげるよ。成人の年に」

「プレゼント?」

「ああ、お祝いだ。もちろん、レンの時もプレゼントあげるからな」

 父さんはレンの方を向いて笑いかけた。

 あの後、父さんが取った睡眠時間は一時間ほどだったが、どうやら疲労回復には足りたらしい。

 対称的に、レンの方は気難しげな一面が出てしまったが。

「で。リュウト、何が欲しい? ガールフレンドとかはさすがに無理だけど、物とかならまあ、なんとかできるぞ?」

 物――か。

「お金の心配は?」

「大丈夫――てぐらいには溜めてるからな。おかげでかなり働き詰めになっちゃってるけど」

 最近多い残業は、俺の成人祝いの資金稼ぎだったということか。

 なんとなく、痒い気分になる。

「何が欲しい? 何でも言ってみなさい。成人祝いなんだから」

「じゃあ…………ショットガンとかかな」

 ガチャン、と母さんが持っていたカップを取り落とす。コーヒーの飛沫が、テーブルの上に僅かに跳ねた。

「ショ、ショットガン!?」

「うん、ショットガン」

「えっと、でも、機種とかは……?」

「ショットガンて名前の銃なら、なんでもいいよ」

 父さんが、困ったような表情をした。

「うん、と……何に使うんだ?」

「護身と鑑賞、あとはもろもろ」

 俺の返答は、父さんを納得させるには不十分すぎたらしい。

「えっとな、リュウト。何でも言いなさいって言っておいて悪いんだけど、できれば別の物にしてくれないか?」

 押し切れば、ショットガンを手に入れることはできるだろう。本当にショットガンが欲しいわけじゃないから、もう頼んだりはしないが。

「いいよ、そうだな……」

「まあ、今すぐにとは言わない。あくまでも、プレゼントは来年だからね」

 考えるそぶりをした俺に、父さんは宥めるように言ってきた。けれど、俺の中では、既に答えは決まっていた。

「……一人暮らしが、してみたいかな」

 今度は、母さんだけの動揺では済まなかった。

 母さんはまたコーヒーを入れたカップを取り落とし、今度こそ床にぶちまけてしまったし、父さんとレンは咽こんでしまった。

「一人暮らしって、本気か?」

 口を押さえながら、父さんが訊ねてくる。さっきのショットガンと同じくらいにはショックだったようだ。

 俺は真面目な表情で頷いた。

「うーん、でも、なんで一人暮らしがしたいんだ?」

 早すぎないか? と、視線が問うてくる。

「自立するタイミングが、わからないから。ソージックを卒業する前から一人で生活するのに慣れておきたいし」

 もっともらしい理由だが、実は、半分ほどは即興で作った、その場しのぎの嘘に他ならない。

「うーん」

「できそうかな?」

 父さんは、今度は否定らしい言葉を出さなかった。それは、少なくとも脈はあるということだ。

「家具とかは、どうするんだ?」

「あんまりなくてもいいさ。必要なものがあれば、それだけでいい」

 父さんが、さらに唸る。

「そうだな。……家も、ここより狭いのになっちゃうとは思うが、なんとかやってみよう」

「うん……ありがとう」

 父さんは、にやりと笑った。

「兄さん」

 レンが、疑問の浮かんだ表情を向けてきた。

「兄さんは、一人暮らしがしたいの?」

「まあ、ね。言っただろ、今の内に一人に慣れておきたいって」

「この家が嫌になったとかじゃ、ないんだよね?」

 俺は、驚いてレンを見た。何故そんなことを言うのか、一瞬、本当にわからなかった。

 だが、やはりレンはレンなのだ、と納得した。最近、いやに苛立つことが多かったから、多分それが俺のストレスになってるんじゃないかと思ったのだろう。

「俺が、この家が嫌に? 冗談だろ? なんで俺が、この家に嫌気を注さなきゃならないんだよ」

 鼻で笑って、俺は椅子を立った。レンの表情は、心なしかほっとしたようだった。

「じゃあ、そろそろ行くよ」

「ええ、行ってらっしゃい」

「楽しんでこいよ」

 俺は、壁にかけてある時計を確認する。

 午前の九時五分。もし今月が五月でなかったら、間違いなく学校に遅刻している時間だ。

「うん、夜の八時頃には帰れると思うから」

「ええ、リンちゃんに、あまりつまらない思いさせちゃダメよ?」

 部屋を出ていこうとする俺に、母さんがそう言った。

 今日は、リンとの約束がある日だった。

 ソージック学園校門前を待ち合わせの場所にして、最近開園したテーマパークに付き合う約束――所謂デートの約束だ。

「行ってきます」

 玄関の前でそう言って、俺は家を出た。

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