14,カワサキとは
今回で第3章も終了です。
今回はいつもより短いです。
◇
「テラ、こんなところに、なんの用?」
七月の二十八の日。三校総合定期戦があった日の夜の午後八時。
リンは、ラーデの森の入り口の所で、テラに呼び出されていた。
「少しな。本当はリュウトも連れてきたかったんだけど、あいつは今怪我人だからな……」
テラの声は、心なしか思いつめているような響きだった。何か、悪い噂でも聞いたのだろうか。結局、テラが現れたのは閉会式も終了して、帰ろうとなった時だった。Bクラス担任のレアが点呼を取り、テラがいないと半ば騒ぎになりかけたところで、ブラウン髪のこの友人は、何食わぬ顔で現れたのだ。
「すいません。昼寝しちゃってました」とは、彼の言い訳である。
しかし、こんな時間に呼び出すとは、一体何事なのだろう。
リンは、思考してみた。
告白するためだろうか?
ありえなくはないが、リュウトも呼ぶつもりだった旨の言葉を聞くに、それはないだろう。基本的に、特殊性癖でもない限りは、告白と言うのは一対一で行うのが望ましいはずだ。
だめだ。思いつかない。
リンは、推理を放棄した。第一こんなものは、リュウトの得意分野だ。リュウトのマネをしたところで、リンがテラの意図を理解できるわけがない。素直に訊いた方が早いだろう。
「何の用なの?」
もう一度、同じ問いを投げかける。
「それは、目的地に着いてから、おいおいだ」
テラは茶を濁した。
リンの顔が不満に膨れる。
「とりあえず、まずは向かわないとな」
言って、テラはラーデの森へと入っていった。リンも渋々ではあるが、テラに続いて森へ足を踏み入れた。
夜の森と言うのは、なかなかにホラーな自然だ。『レイ・ベルム』で作りだした魔力球で照らし出された半端な森の様子を眺めて、リンは思った。
そう言えば、前にリュウトが言っていた。人に恐怖を植え付ける幽霊や呪いは、超自然的な存在なんだとか。だとすれば、始終自然に囲まれている森中という状況は、まさしく恐怖そのものの具現体ではないだろうか。
リンは身震いした。
意識すると、やはり急に怖くなる。
向こうの木の陰で何か動いた。ざわざわという、葉の擦れる音がした。リンのものでも、テラのものでもない何かの息遣いを感じた。
リンは、自然とテラとの距離を詰めた。同時に、やはり誰か大人を連れてくるんだったと後悔した。
前方から、大きな音がした。草の上を踏む音だったが、どっしりとした重い身体であるのが伝わってきた。
「大丈夫だ。マダラトゲトカゲだよ」
やや前の方だったテラが言った。
恐る恐る、リンは音のした方を注視して、闇に光る、二つの双眸を捉えた。やがて、双眸の主の輪郭もわかってくる。体長一メートルほどの、強固な鱗で全身を覆ったトカゲだ。野外活動で目の当たりにした、凄惨な狩りを思い出した。
リンは顔をしかめる。あまりいい記憶ではなかった。リュウトは仕方ないと割り切っていたようだが、リンはどうしても、あの可愛いウサギを捕食したトカゲが苦手だった。
しかし、音の主が動物であるのなら、恐怖は感じない。
リンは、マダラトゲトカゲに向けて右手を上げた。
「リン、何を?」
「『レイ・ベルム』!!」
魔力弾がリンの掌から発射され、トゲトカゲの脇腹に直撃した。
「ふん!」
マダラトゲトカゲがどうなったかなど知らないとばかりに、リンはそっぽを向いた。
道なき森中の道を蛇行して、途中何度か夜行性の動物たちに遭遇して(そのたびにリンが駆除したが)、テラとリンは、目的地と言う場所にたどり着いた。
「ここって」
「ああ、あの向こうだ」
リンとテラが見つめる先には、大口を開けたような洞窟があった。
あの不思議な発行体が存在している、広大な湖畔がある空間への入り口だった。
「調べ物?」
「うん」
間を置かずに、テラは頷いた。
「じゃあ、明日の昼に来ればよかったじゃない。振り替え休日で休みなんだから」
もっともな指摘に、テラは首を横に振った。
「急ぐ必要があるんだ。ちょっと、どうしても知りたいことができてさ……」
「じゃあ、せめてお姉ちゃんを一緒に来させてよ。こんな森の奥、あたしたちだけじゃ……」
「なんだ、怖いのか?」
挑発的な問いが返ってきた。
「怖くなんか……!」
「なら大丈夫だろう? ……それに、なんとなく大勢に知られるのはまずい気がする。オレや、リンや、リュウトの中だけで秘密にしといた方がいいと思うんだ」
テラが、洞窟の中へ入っていく。
「あっ……ああ! もう!!」
どうにでもなれ、とやけを起こしてリンはその後に突っ込んだ。
前に来た時と同じ長い通路めいた洞窟を、今回は走って消化する。十分ほどかかった前回に比べて、今回はそう時間を食わなかった。代わりに、リンたちの方のエネルギーは大分食ったようだが。
「さて、と……」
一辺約五十センチメートルの、正八面体の構造をした発光体。湖岸辺りに静かに浮遊する情報検索ソフトは、以前の記憶の通りの光景だった。
テラが、発光体の表面を軽く触る。そして――、
『検索者の接触を探知。世界接続検索ソフト“ユグドラシル”起動』
高らかな女性の声が、洞窟内に木霊した。
『検索事項があれば、口述下さい』
ユグドラシルは、問う。
テラは、深呼吸してから、検索事項を述べた。
「オレが、訊きたいのは…………『片目のヨミ』が何なのかってことだ」
◇
回答は、あまり時間を掛けなかった。
『「片目のヨミ」、と言うのは、犯罪組織ヘルヘイムの幹部、通称ヨミのことでよろしいでしょうか?』
「そんな細かいことなんて知らない。オレが訊きたいのは、今日、定期戦の最中に闘技場の裏門で安全委員の人たちと戦ってた女のことだ」
散歩している最中に偶然見てしまった、あの激闘。テラの中には、原始的な恐怖心を生みだしたあの少女への好奇心が芽生えていた。
『情報照合中……。ヘルヘイム幹部、通称ヨミで間違いありません。説明を開始します。「片目のヨミ」とは、今から五百十二年前、赤月の目計画によって体内にKr因子を取りこみ、カワサキ化に成功した唯一の実験体の通称のことです』
「アカツキの目? なんだよ、それ?」
『赤月の目計画とは、Kr因子の大量投与を前提とした、カワサキ製造計画という別名を持った軍事計画です。カワサキの因子と言われるKr因子を十三歳未満の児童の肉体に吸収させ、肉体を遺伝子レベルでカワサキのものへ変質させようという内容でした。記録上、カワサキ化に成功した被験者は通称「片目のヨミ」ただ一人とされています』
「ちょっと待て……カワサキ化? カワサキって何だよ? あれは、カワサキってのは御伽噺の迷信だろう? カワサキってのは、本当にいるっていうのか?」
新しく出てきた疑問に、テラの思考は混乱寸前だった。
『カワサキ、と言うのは今から約一万十二年前、シドー国のジャミヤ地方に突如出現し、当時活動していた十日間で一億人以上の大量殺人を行ったと言われる、連続殺人鬼の名乗った名です。正確には、「カワサキ・カオリ」と名乗っていたようですが』
「…………な!?」
『黒のシドー着と思わしき装束をして、身長は女性にして高く、一七〇センチはあったと記録されています。容貌はおおむねシドー人と同じであり、カワサキが潜伏するのにかなりの利点だったでしょう』
「待て、女性って、カワサキは女だったのか!? じゃあ、『カワサキの話』はどうなるんだ!?」
カワサキの話では、カワサキと化したのは少年だった。今の話が本当だったとすれば、あの童謡はものすごい勘違いだったのではないか。
『ご質問に対する回答は、残念ながらできません。一七〇センチと言う長身だったカワサキですが、本人は十五歳だと言っていたようなので、“女性”と言うよりは“少女”と訂正した方が適当かもしれません』
カワサキが、十五歳の少女。今のテラたちと、たった三しか違わない。それなのに、わずか十日間で一億人もの人々を虐殺した。
恐ろしい殺人鬼だ。
『赤月の目計画は、このカワサキを人工的に作り出し、軍事的に利用するための計画でしたが、研究そのものが後ろ指をさされ、また研究者たちの非人道的なやり方もあり、計画は凍結されてしまいました』
「なん、で……?」
今まで黙っていたリンが、口を開いた。
「なんで、カワサキって人は、そんなに人を殺したの?」
一億以上の死者を出した理由。
『未だその理由は明らかなものはありませんが、現在で一番有力なのは「赤眼病だったから」というものです』
「赤眼……?」
『赤眼病――別名「レッドアイ・デビルス症候群」とも言われ、ウイルス性の感染力最弱の病気です。感染者は、定期的に両目の光彩が赤く変色し、この際に視界に入ったものに対して、異常な破壊衝動を発現します。カワサキはこの赤眼病を患ったため、極度の殺人衝動に駆られたと見るのが妥当でしょう』
ユグドラシルの解説が、頭の中に入ってこない。
『また、Kr因子によってカワサキ化した「片目のヨミ」には、中途半端な形で赤眼が現れているため、ヨミ個人も連続殺人を引き起こす可能性があります』
「Kr因子ってのは、なんだよ?」
『Kr因子とは、カワサキの遺伝子情報を内包した魔法的因子の名称です。人間の遺伝子をカワサキのものへと改編させるために開発され、現在は安全委員が厳しく管理、解析しています』
「……さっき言ってた、ヘルヘイムってのは?」
『約百年ほど前、安全委員が特定した犯罪グループです。ベルスと名乗る少年を筆頭に、先のヨミを含む極悪な構成員が所属しています。最近の活動としては、三校総合定期戦襲撃と、さらに同時進行での安全委員ミカド帝国支部の襲撃や、元安全委員特別部長にあったミリー・ハルトイヤー暗殺での暗躍があります』
淡々とした説明が、洞窟内に響く。
けれど、テラたちは、その意味を理解できなかった。
今まで自分たちが信じてきた現実が、跡形もなく破壊される感覚。
いや、違う。今まで自分たちが信じていた現実の陰に潜んでいた、大きな闇を垣間見てしまったのだ。
やがて、テラはリンが服の裾を引っ張っているのに気がついた。
「もう、行こう。これ以上ここには、居ない方がいいわ」
テラも、それはわかっていた。
自分たちは知りすぎた。知りすぎてしまった。
このことは、今後一切、誰にも言わない方がいい。
「――――ああ」
テラが頷く。
二人は、早々にその場を立ち去った。
――ユグドラシルへの質問をやめるという、二人のこの選択が正しかったかどうかは、今の時点で知る者はいない。
第3章/了




