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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第3章 定期戦<下> 災厄襲来編
35/102

11,災厄――片目のヨミ

      ◆


 赤月の目計画というプロジェクトがあった。

 人間の体内にKr因子を投与し、強力な改造人間を製造して軍事利用しようという計画だった。

 同時にこれが、安全委員がKr因子の存在を知る事件となったのだ。

 Kr因子とは、「カワサキの因子」とも呼ばれ、大昔実際に存在し、大量虐殺を行ったと言われるカワサキの遺伝情報を内包した特殊な魔法的因子だ。

 理論上、Kr因子の影響を受けるのは満十三歳未満、十二歳までの間で、それまでに体内にKr因子を取りこんだ児童の肉体は、筋力増強、五感能力の向上、毒性への強い耐性を得る……らしい。

 実際には、ほとんどの児童がKr因子に適合できず、Kr因子投与の初期段階で狂死していた。

 にもかかわらず、計画そのものは進められていった。大勢の子供の死体を積み重ね、赤月の目計画の凍結はあり得なかった。

 理由の一つとしては、この計画の成功によって得られる利益が、他のどの研究の功績をも上回るからと言うのがある。だが実際には、この計画を進めていた研究機関が、ユグシルナのような真っ当・・・な機関とはほど遠く、非人道的な手段にも手を染めるような研究者たちで構成されていたことが大きいだろう。被験体としての小児も、おそらく全てが誘拐によっての調達だったと言われている。

 安全委員は、この研究機関を連続少児誘拐犯グループとして捜査。計画の全貌を知るに至る。

 ただちに研究機関は解散、構成員はいずれも逮捕され、霧隠れした構成員も指名手配される。

 この計画の被害者数は、推定されるだけでも5万人に上った。

 安全委員は、今後このような事態を起こさないため、研究機関が進めていた赤月の目計画のかなめとも言える、Kr因子についての研究を開始した。


 事件は、研究機関解散の一か月後のことだった。

 Kr因子の研究を行っていた研究所が、何者かの襲撃を受けたのだ。

 安全委員はこの襲撃事件に対し、霧隠れに成功した元研究機関構成員による復讐劇と見て職員数名を駆逐に向かわせた。

 しかし、駆逐に向かった職員は一人を残して全滅。応援がついた時、生き残っていた一人も瀕死の重傷を負っていた。

 安全委員はすぐに調査を開始し、現場に残っていたわずかな血痕から、襲撃者が赤月の目計画被験体の内の一人であることを突き止める。さらに、その血痕から大量のKr因子が検出されたことも判明する。

 生存者の「あいつは……ヨミ……」という言葉から、安全委員は襲撃者である被験体を「ヨミ」と仮称、複数の職員を返り討ちにした実力を考慮し、「危険指定」した。


 同年末。

 安全委員のミカド帝国支部を、ヨミが襲撃する。

 援軍の要請を受けた他国の安全委員支部は、戦力全てを集結し、これを迎撃。

 何千人という死者を出し、何百人という負傷者を出しながら、死闘の末、安全委員はヨミを瀕死寸前にまで追い詰める。しかし、勝利の直前突如として出現した“闖入者”により、ヨミは逃亡に成功。

 この戦いにより、安全委員の主力戦力は大幅な低下を余儀なくされる。また、これが後に「カワサキ対策委員会」創設のきっかけとなった戦いだった。

 ヨミを手助けした闖入者もまた、安全委員を捲いて逃亡、姿を眩ます。

 安全委員は、ヨミの手掛かりとしてKr因子についての更なる研究と解析を開始。


 翌年、安全委員は大勢の安全委員職員を惨殺したヨミの危険度を再検討し、ついにヨミは危険指定の更なる上、「最優先駆逐対象」に指定された。


 ……それが、今から五百年も昔のことだった。


      ◆


「あなたは、あの時、私が見逃した坊やね……」

 黒装束の少女は、静かに囁いた。

「あれから、二十年以上は経つかな……。あの時はまだほんの子供だった坊やも、もう立派な大人になるなんて。対する私は……」

 片目のヨミは、ルークたちの前方二〇メートルほどの距離で歩みを止めた。

「安全委員、今はカワサキ対策委員会という名前もあったかな。私が彼らと戦ったのは、もう五百年は昔のことになる。当時の戦力と今の戦力とでは、大幅に変わったと聞いているわ。私との戦いが、よっぽど刺激になったのでしょうね。でも、この五百年の間、私も変わり続けてきた。五百年という時間の中で、私の力は衰えることを知らなかった……」

 どこか自虐にまみれた彼女の声は、二〇メートルという間合いからは驚くほどはっきりと聞こえた。

 びりびりと周囲を張りつめさせる“気”を発しながら、彼女は続ける。

「私の力は、日に日に増していく。私自身でも抑えきれないほど……。時々、思うのよ。もしかしたら、カワサキも単に、この苦しみから逃れるために破壊を求めたんじゃないかって」

 ヨミは、そこで微笑を浮かべる。

 もし彼女が「片目のヨミ」でさえなければ、この上なく綺麗な微笑みと思えたことだろう。

 ルークたち四人が、戦慄に震える。死神がわらったようにしか、見えなかったのだ。ヨミの放出する圧力に、四人は完全に呑まれていた。

「――――っ、だ、大丈夫っすよ。あんなん」

 最初に奮い立ったのは、意外なことにリックだった。

 腰のホルスターに下げていたゲートを取り、リックはヨミを見る。

「あんなの、ただの女の子じゃないですか。大したこと……」

 ゲートの先端部のボタンを押そうとして――、その時には、既にヨミの姿は四人全員の視界から消えていた。


「――――――――――――――へ?」

 という、リックの間抜けな声。


 その瞬間リックが見た光景は、目の前に突然、拳を振り被った体勢で現れたヨミだった。

 まさに、ヨミの接近は音と供にあった。

 正拳が、リックの腹部に突き刺さる。

「――――っあ」

 断末魔の声を残して、リックの身体は遥か後方へと飛ばされる。裏口から一番に近い闘技場の、外周沿いの壁に激突した。

 この一瞬の間、当人であるリックやリミアンはおろか、ベテランと呼ぶに値する経験を積んでいたルークやクラザでさえ、ヨミの肉薄に反応できなかった。

「ああぁぁあああああぁぁぁああ!!」

「だああああああああああぁぁぁぁぁああああああ!!」

 直後の絶叫は、ルークとキミラ。

 同時に、二人はヨミ目がけて自分の武器を薙いでいた。ヨミ側から見て、左からはクラザの大剣が、右からはルークの極太の槍身が、ヨミを薙ぎ払わんと迫る。

 対するヨミの対応は、回避でも迎撃でもない、防御の構えだった。

 両手を頭と同高に上げ、さらに前腕部で頭部を守るように斜めに傾ける。

 クラザの大剣を左前腕で、ルークの槍身を右前腕で、それぞれ受け止める。

 数秒間、ルークとキミラの力とヨミの力が拮抗し、勝を取ったのはルークたちの方だった。

 ヨミの体が後方へ五メートルほど押し戻される。

 ――いや、違う。

 ルークたちは力比べに勝利したのではない。

 あの力の押し比べにおいて、もしヨミが本気・・で踏ん張っていたならば、弾かれていたのは間違いなくルークたちの方だ。

「ぐっ、……はあ、あ……くそっ!」

「なんて、力……」

 ルークとクラザは、既に肩で息をしている状態だった。

 あの一瞬の内の拮抗を征するために、それだけの全力を出した結果だ。

 なのに、ヨミは軽く足を払うのみ。たった一回武器を振っただけで息切れに近い状態に陥ったルークやクラザと違い、表情に疲労の色などは微塵もない。

 さえらに、ルークとクラザの全力の一撃を防いでなお、彼女の両腕は無傷だった。

 二人は直感した。

 たったの一度、得物を振るっただけで『彼女』には勝てないと思い知った。……思い知らされた。

 けれど、圧倒的な実力差を自覚しても、二人の思考に撤退の文字はない。

 ここは、なんとしてでも死守しなければならないのだ。

「ハルトイヤー補佐! フラム補佐を連れて応援を呼びに行きなさい!」

 ルークが、声を張り上げる。

 リミアンやリックの名を、いつものように自分で命名したあだ名で呼ぶ余裕など、今の彼にはなかった。

「し、しかし……」

 リミアンが戸惑うように言いかける。

「いいから行け!!」

 ルークは怒鳴った。

 普段のルークからは想像できない怒号に、リミアンが怖じけたように肩をびくつかせた。

「リックはまだ生きてるはずだ。僕とクラザはここで応援が来るまで時間を稼ぐ。行け!!」

「は、はい!!」

 脊髄反射のように、リミアンは弾けた。

 ルークとクラザを振りかえることなく、リミアンは駆け出した。

「…………さて」

 リミアンが彼方に飛ばされたリックを回収し、そのまま正門側に向かうのを背後で感じながら、ルークはクラザに囁いた。

「む?」

「やばいね。これって……」

「おまえは……」

「まあまあ。それでさ、僕らこのままじゃ勝ち目がないよね」

「はっきり言ってくれるな……。まあ、言ってもそれが覆るわけではないが……」

 クラザの表情には、悔しそうな苦笑いが浮かんでいた。

「……一発逆転、プロテクターの新機能に賭けてみるかい?」

「新機能か……、身体強化を掛けたところで、あのバケモノに通じるとは思わないが……」

「プロテクターの再現魔法は普通の魔法と違うから、僕らでも身体強化をかけて重ね掛けできるって、博士は言ってた」

「なるほどな……」

 ルークがニグルを片手で持ち直して、空いた右手で右の脇腹あたりを軽く叩いた。軽い稼働音と供に、ルークの身体が淡い薄青の光に包まれる。

 さらに、ルーク自身の魔力が一瞬揺らぎ、

「『ドープ』」

 薄青の光が、力強い紺色に変わった。

「うん、結構いけるね、これ」

 確かめるように、右手を開け閉めして、ルークの声には若干の自信が含まれていた。

 続いて、クラザも同様の動作を取る。

 紺色の魔力光を纏った安全委員部長職の二人は、おおよそ五メートル先で気だるそうに欠伸をする怪物を睨みながら、苦し紛れに笑っていた。


 いける、やれると思っても、本能が言っていた。

 ――この怪物には……勝てないと。

 それでも、ルークたちは戦うしかないのだ。




 ルークが地を蹴った。

 身体能力を極限以上に高められたルークにとって、約五メートルの距離など無いに等しい。

 極太の槍身を、ヨミに向けて突き出す。横からの薙ぐ攻撃に比べて、正面からの点の攻撃。槍の切先が狙うは、ヨミの胸の中心だ。

 神速の一突きは、しかしヨミにかわされてしまう。

 ルークの視界は、ヨミの姿が左にずれるのを捉えていた。横から、ヨミの拳が飛んでくる。拳は、一メートルはあろうかという二グルの柄部分に当たった。

 ――驚くほどの圧力が、柄に掛かるのがわかった。

「――――――あ」

 苦悶の音が漏れ出る。

 このままでは、やられる。

「だああああああああああああ!!」

 クラザの咆哮が、ルークの鼓膜に響く。ルークは背後に感じる気配だけで、クラザが援護に来るのがわかった。

 クラザの大上段からの振り下ろしは、ヨミに回避されてしまう。しかし、それでルークと槍の柄に掛かる圧力は解放された。

「ナイス、クラザ」

「うむ」

 ルークとクラザは、ヨミを睨む。先のクラザの攻撃を避けるため、ヨミは後ろへ跳躍していた。

 ルークたちと彼女との間で、現在の間合いは約一〇メートルほど。ルークとクラザにとっては、たった一歩があれば詰められる距離だ。おそらくはヨミの方も同様であろうが……。

「プロテクターの機能がなければ、ただの身体強化でここまでは出来なかったね」

「ああ、博士には、感謝の念が尽きんよ」

「うん。で、どうしたもんかね。大体予想はしてたけど、これでもヨミを超えられない」

 ルークは、その事実にもはや絶望すら感じなかった。身体強化魔法を超えるドーピングは、ヨミを超えるに至らない。肉体的な性能の話ではない。戦うという概念において、今の二人はヨミに及ばない。単純な強化で倒せるほど、ヨミは人間の域に停滞してはいない。

 例えヨミと同レベルの肉体のスペックを持っていたとしても、今のルークやクラザでは間違いなく返り討ちにあうだろう。

 まさにバケモノだ、とルークは奥歯を噛んだ。

「……あなたたちは…………」

 ヨミが、言葉を発す。

「一体、なんのために戦うのかしら?」

 どこまでも気だるそうな声が問うのは、2人の目的だ。

「ああ!?」

 クラザが唸った。

「んなもん知って、てめえはどうするってんだ!?」

「……意味なんてものはないわ。もとより、この世界にはそんなものはないわけだし」

 片目のヨミの声は、感情の一切を感じない、無機質な響きだった。

「言い方を変えましょう……。あなたたちはなんで逃げないの? 戦闘行為の果てに、あなたたちは何を求めると言うの? あなたたちは、どうしてそんなに必死になって向かってこれるの?」

 どこか訴えてくるような響きを孕んだ問いに、ルークは何故か何も言えなくなった。ヨミの声の裏に、何かとてつもない深い感情を感じたような気がしたのだ。

 クラザも同様だ。ヨミの声音から深い悲しみを感じて、一瞬その場に棒立ちになった。

「私にはわからない。戦いを求める理由も、戦いから得られるモノも。何もわからない。あの時から、私の時間は止まったまま……」

 恍惚ぞっとした表情を浮かべて、ヨミは言った。

 言葉に、ルークは反発心を覚えた。絶句した状態を、一瞬忘れるほどに。

「ふざけるな!! おまえが僕の住んでいた国を滅ぼした! あれだけのことをしておいて、何がわからないだ! ふざけるな!! 僕の故郷を、家族を返せ!!」

 普段の穏やかなルークを知る者にとって、一体どれだけの衝撃を生むだろう。ルークの顔は、怒りに歪んでいた。ほんの僅かだったルークの反発は、ふつふつと彼の中で大きくなっていく。

 けれど、ルークの糾弾を聞いても、ヨミの表情は動かない。

「……わから、ない」

 上の空で、返ってきた言がそれだ。

 激情がルークを支配する。

 高ぶる感情に身を任せ、ルークは地面が抉れるほどの脚力でヨミに向かって弾けていた。

「――――――――――!!」

 歪んだ口からは、声にならない叫びが出た。

 一〇メートルの間合いは、やはり、たったの一歩で〇メートルの間近になる。接近の間に、ルークは巨槍を振り上げていた。力任せで、大振りな一振りだった。

 一撃を避けるため、ヨミは背後にもたれかかるように跳躍した。

 振り下ろされたニグルの槍身は、あえなく地面を穿った。

 ――瞬間――、

 爆発音と砂塵が舞った。

「……野獣みたいね」

 ヨミの冷めた声は、ルークの耳には届かない。

「あああああああああ!!」

 吠え、さらにルークは跳んだ。

 前傾の姿勢から、ニグルを縦に薙ぐ。

 かわされる。

 それでも、ルークは止まらない。

 身体にみなぎる魔力が強く大きくなっていく。ルークの身体を包む今の魔力光も濃くなっていった。

 一撃一撃は、ヨミにとっては避けきれないものではないだろう。けれど、ルークは間髪いれずにヨミに迫り続けている。

 避け続けるヨミの表情に、焦りはない。もともとカンジョウと呼べるものさえ、彼女には希薄なのだ。

 だが、何筋目かの槍身をかわしたところで、ヨミの表情が強張った。

 ルークの猛攻に集中していたヨミが、クラザの不意打ちを察知したからだった。

「ふん!!」

 横薙ぎの一閃。

 巨大な剣身は、確実にヨミを捉えていた。

 獰猛な一撃は、ヨミの身体に負傷を負わせる――――はずだった。

「!?」

 クラザは、見る。

 半透明な青色をして、液体のような見た目と、煙のような流動さが合わさったような、ふしぎなモノが、ヨミの身体から出てクラザの大剣を止めているのを。

 形状は、尻尾というのが一番適切だろうか。脇腹部分から出現しているため、まるきり尻尾と表現するのもおかしいが。青の尻尾は、ゼリーのように柔らかな感触を想像しそうな質感とは裏腹に、全力で振るわれたクラザの大剣を受け止められるだけの硬さを持っていた。

 一撃を防がれたクラザの表情が、固まる。防御が間に合わないはずの攻撃を防御された混乱と、ヨミの取った防御方法の不可解さから。

 ヨミがステップを踏んでクラザたち二人から距離を取った。

 クラザがルークに寄る。

「ルーク、頭冷やせよ」

「……ああ、もう大丈夫だ」

「そうか、しかし、奴のアレは……?」

 クラザの目は、ヨミの身体から突如として出現した青色の尻尾上のモノを見ていた。そして、ルークはそれに、見覚えがある。

「錬気だ」

「錬気だと?」

「うん、どうやら、“あの噂”ってのは本当なのかも」

「“あの噂”?」

 どうやらクラザには聞き覚えがないらしい。

 “あの噂”。安全委員職員の間で伝わっている、とある昔話。Kr因子の研究が進むにつれて浮上してきた、疑惑の話だった。

「カワサキは錬気を使っていた・・・・・・・・って話だよ。聞いてないの?」

「む……」

「それにね、さっきまで見ていた定期戦の試合で、あんな感じのやつを使ってる子がいたんだ」

 もっとも、とルークは前置きを挟んで、続ける。

「アレを作るには、かなりの錬気が必要って話だったんだけど……やっぱ、ヨミの錬気量も凄いみたいだね」

 ヨミの、巨大な尾がうねる様を睨みながら、ルークは引き攣った声で笑う。

 尾は、瞬く間に淡い光となって霧散してしまった。

「どうすんだ。錬気使う奴の相手なんて、わかんねえぞ」

 横目で、クラザはルークを見た。

「…………そうだねえ」

 ルークは、片目をピクピク震わせていた。


      ◇


 リックを回収したリミアンは、一旦Kr兵器を呼び出し棒に戻して、リックに肩を貸しながら正門の方へ向かっていた。そこが、ルークとクラザ以外で1番の手練れが配置されている場所だった。他の配置場所の方が早く着くだろうが、生半可な戦力ではあの怪物に対抗できない。

「ぐっ……す、すいません。ハルトイヤー先輩……」

 リックの意識が戻ったようだ。

「キミラ部長と、ストーラ部長が時間を稼いでくれているわ。二人が生きてるうちに応援を呼ばないと」

「はい……」

 苦しそうな声音だった。プロテクターには、装着者の命を守る生命維持機能が付いているはずなのだが。それでこのダメージとは、あの片目のヨミという少女の腕力は、一体どれはどの力なのだろう。

「もう少しで正門に、……そうしたら、ナーロン部長が……」

 ラスパーナ支部所属の、あの青年が応援に来てくれれば、あるいは……。

 しかし、リミアンのその淡い希望は、正門に着くと同時に瓦解した。

「え?」

 リミアンが見た光景。正門側の警備に就いていたはずの、百人近い安全委員の職員たちの無惨な姿だった。生死の確認すらも難しい。倒れ伏した彼らは、ピクリとして動かない。

 屍が散らばる中に、一人だけ。

 禍々しい“気”を発散する、明らかな敵が立っている。

 赤黒い鎧を纏った小柄な戦士。リミアンたちに背を向けている鎧の君の右腕はブレード状に変形していて、下半身はスカート状に展開していた。

「だ……れ…………?」

 リミアンの口から、呟きが漏れる。

 鎧の君が、ゆっくりとこちらを振り向いた。

「……新手か」

 くぐもっていたが、高い声だった。

 鎧が、突然風化したようにぼろぼろと落ちていく。

 鎧の中身は、白いローブだった。フード付きで、目深に被っているせいで顔はわからない。

「鬱陶しい……」

 鎧を取ったからか、敵の声は今度は涼やかに響いた。――女の声だ。

「……ハルト、イヤー先輩、……あいつ、は」

 リックが途切れ途切れに何かを言おうとした。

 しかし、続ける前に敵の声が割って入る。

「ハルトイヤー?」

 訝しむような響きだった。

「あなた、ハルトイヤーの姓?」

 リミアンを向きながら、敵は訊ねる。

 リミアンは無言を返した。――だが、敵が次に出した言葉には平静を保てなかった。

「レオの娘か?」

「!?」

 レオ、という響きが、リミアンの脳を麻痺させる。

「……オジさんは……」

 呼吸が、荒くなった。

「……ああなるほど姪か。……私のこと、覚えてないかしら? レオを殺った時傍にいた子でしょ、あなたは。……まあ、私が直接殺したわけじゃないけれど」

 敵が、フードを取った。白い髪にルビーのような深紅の瞳を持った少女だった。

「まあいいわ。あなたが何であろうと……」

 少女が、真横に右手を上げる。

 刹那、

 少女の肩部あたりから、筋肉のような触手が2本、出現する。触手は右手に絡まっていき、やがては右腕そのものを覆い尽くした。

「ここに来た以上は、排除する」

 筋肉のようなナニかに覆われた右腕が、変形する。鋭く、太い、ブレードの形状だった。

 ブレードと化した右腕の切先が、リミアンたちに向けられた。

「あなた、は……?」

 リミアンが、震えた声を絞り出す。

「ヘルヘイムの幹部。使徒、カリン・フォーゲロン。あなたのオジとは、よく戦ったわ。最終的には、私が勝ったけど。そうそう、レオは元気?」

 ざわり、とリミアンの中で何かが切れた。

 確定的だ。やはり、あの少女が自分のオジを死に追いやったカタキなのだと、リミアンは認識する。

 ならば、やることがあるではないか。

 空いている手で、腰に下げた「呼び出し棒」を取る。

 光の瞬きと供に現れたKr兵器のずっしりとした感触を感じる。

「フラムくん、少し、失礼するわ」

 肩を貸していたリックを、そっとその場に下ろす。

「ハ、ハルトイヤー、先輩……、気を、つけてください……」

 リックは、リミアンを見た。

「あいつは、陽動作戦の時の奴です。クラザ部長より、強い……」

 陽動作戦――五月に行われたヘルヘイムの取引き作戦のことだろう。と言うことは、あの少女が報告書にあった闖入者か。人間ではないナニカだと、クラザは言っていたが。

「わかっているわ」

 少女の周囲に散らばった光景を見れば、彼女が一般の女の子ではないことは明白だ。正体が少しわかったところでそう変わらない。

 リミアンは少女を見た。

「オジさんは、……死んだ」

「そうでしょうね。私がやったんだもの。葬儀に行けなかったのは、少し残念だけど」

 開始は、唐突に。

 リミアンはバズーカ砲じみた筒を、カリンに向けて発砲した。

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