10,災厄――襲来
◇
ゾンビめいた大群は、唐突に動いた。
一人が、屋上から飛び降りる。それに続いて、ゾンビの群れが飛び降りを開始した。
ほぼ同時に、ルークたちも迎撃の意思を固めた。まず、リミアンが手に持ったバズーカ砲じみた筒を落ちてくる群れに向け、発砲する。
直径約一〇センチほどの銃口から、光の雨が放射する。落下中の大群を撃ち落としていく。
果たして、それでも群れの数が減ったようには見えない。地面に降り立ち、ルークたちと対峙する大群、その数は、改めて見れば千人超はいるだろうかと言うほどの規模だった。これでは、いくら広範囲を撃ち落としたとしても、たかだか一発分だけでは全体の大きさがぶれることはない。
「くっ……」
悔しそうな声が、リミアンの口から漏れる。
「まあ、気を落とすことはないよ。全員残らず掃除すればすむ、からね」
ルークが言う。
「あの大群に、気圧されてるわけじゃねえよな」
クラザが言う。
「…………」
リックは何も言わなかった。
「はい!!」
語気強く、リミアンが言う。
「うん。で、クラザ」
槍を構えながら、ルークは横目でクラザを見る。
「む?」
「あの大群、手加減は要らないってことで、いいよね?」
「俺に聞くな。最初からそんな気遣いは要らん。それに、あちら方も、俺たちに用があるようだしな」
「だよね」
アレがヘルヘイム絡みでないのなら、今現れるのはふざけ過ぎた悪戯だ。
死人めいた群れを睨みつける。約千対四の絶対的物量さにもかかわらず、ルークたちの中に逃避の選択はなかった(約一名例外)。
「さて、思った以上に激しくなりそうだね」
その言葉が、激突の合図だった。
◇
ラスパーナ総合闘技場の休憩エリアにて。
グランバルト・ドラグランは親友の姿をようやっと見つけた。
「ここにいたのか、ジーク」
声をかけた親友は、ベンチの上で呑気に昼寝をしていたようだ。
「グラン……何か用か?」
「用か、じゃないでしょ。どうしたのさ。反省会が終わった途端、いなくなったと思えば」
「ああ」
答えるジークの声は、どこか虚ろな影があった。
「カワキかい?」
「……まあ、な」
面倒臭そうに、ジークは上体を起こした。
「彼の何が気になるって言うのさ。そりゃ、身体強化なしでジークと格闘したって言うのは凄いと思うけど」
気に入らないが、認めるしかないだろう。
リュウト・カワキが、身体強化なしでジークと格闘戦を披露したというのは事実なのだ。グランバルト自身、その戦いようを見たわけではないのだが。
今回、ラスパーナは負けた。試合の流れを見てみればソージックの作戦勝ちと言った具合だ。けれど、それでジークが気負う必要があるだろうか。ジークはもともと、それぐらいで落ち込んだりはしない。これがグランバルトだったら、バカにされたと憤慨しているだろうが、あいにくと、早々に脱落してしまったグランバルトには自覚がなかった。
では、一体何がジークをこうさせているのか。少なくとも、グランバルトの考える範囲では、リュウト関係で他の心当たりはなかった。
「違う。あれは、あいつとの試合は格闘なんかじゃなかった」
静かに、ジークは言った。
「そう、なの?」
「ああ、俺は武術流派をやったつもりだった。でも、後から考えれば考えるほど、あの試合は格闘戦じゃなかったって気がしてくるんだ」
そう言われても、グランバルトにはその気持ちというのがわからない。
「どう言うことさ?」
「……俺は、あいつより強かった」
ジークの口から漏れた言葉に、グランバルトは少なからず驚きを禁じ得ない。自分の方がリュウトより強いと、ジークは断言したのだ。そんなこと、今までジークが言ったことなどなかったのに。
圧倒的な実力差があったのなら、ジークもリュウトを嘲ったことだろう。しかし、聞くところによればリュウトとジークの試合は白熱したと言う。そんな激戦を繰り広げた相手に対して、ジークが嘲笑を口にするとは思えなかったのだ。
「……珍しいね」
「うん。戦ってみて、よくわかったんだよ。俺と、あいつの力量差が」
高揚した口調でもなく、静かに、ジークは言葉を発した。
「俺とあいつで、多分どうやっても俺の方が勝った。あいつにはもともと勝機が薄かったんだ。そして、あいつは多分それに気付いていた」
「……気付いていたのに、ジークに挑んだってこと?」
「ああ。俺と戦っても勝てない。だから、あんな作戦にしたんだろうさ。俺との決着が直接勝敗に関係しないように。………………俺は、あいつが怖いよ」
その言葉に、グランバルトは眉間にしわを寄せた。言っている意味が、一八〇度回転していないだろうか。自分より弱いと言っておきながら、そいつのことが怖い? その心理を、グランバルトは理解できない。
「おかしくない? それ」
訊かずには、いられなかった。
「おかしくはないだろう。今日あいつと戦ってさ、わかったことがもう一つあるんだ。力の差は、戦闘においての勝敗には直結しない。相手が弱かったとしても、それで油断していい理由にはならない」
さらに、グランバルトは首を傾げた。それではなおさら、ジークの言ったことと矛盾してくる。
相手が弱かろうが油断してはいけない。戦闘(特に殺し合いでは)基本中の基本ではあるが、ならば何故、ジークは先刻どうなってもリュウトに勝っていたと言ったのだ?
「それじゃ、なんでリュウトとの試合、どうなっても勝ってたって言ったのさ?」
やはり、思ったことはすぐに出る。
「そこなんだよなあ」
頭を掻いて、ジークはまたベンチの上に身体を横に倒した。
「俺にもわかんないんだよ。あいつを見ていると油断できないって思った。でも、思い返してみると、危ないところはあったけど、俺が確実に勝ってたって思っちまう。どうなってんだ、全く」
苛立った様子で、ジークは吐き捨てるように言った。
「結局、ジークは、リュウト・カワキの何が気になるのさ?」
もう一度、始めにしていた質問をしてみる。
「……わからない」
返答は、歯切れの悪い結果だった。
「しっかりしろよ。試合には負けたけど、個人の戦闘では勝ったんじゃないか。自信持てって」
グランバルトとしては、励ますしかない。
けれど、ジークの表情は晴れなかった。
「……わからない。どっちも正しいように感じる。あいつが、俺は怖い」
ジークの声は、微かに恐怖の色を宿していた。
グランバルトは、何も言えない。その時――、
「グラン」
背後から、名前を呼ばれた。
振り返ると、声の主は自分と瓜二つの容姿の兄だった。
テラヴァルトの出現は、グランバルトに少なからず焦燥を与えていた。
「なんで、いるんだよ?」
低くした声で、グランバルトは唸った。
「うん、ま、おまえはオレの弟だし。試合始まってすぐ脱落しちまって、落ち込んでねえかなあって思ってさ」
励ましに来た、という意味だろう。よくもまあ、そんな気が起きたものだ。
「余計な御世話だ! 僕より友達の方を見てきたらどうなんだ? 彼、ジークにボコボコにされてたじゃないか」
ボコボコ、というのはやや大袈裟だったかもしれないが、実際、ジークの一撃でリュウトは医務室送りになっている。
「ああ、うん。その帰りだ」
肩をすくめるテラヴァルトに、グランバルトは舌打ちした。
「……なんの用だよ?」
「だから言ってるだろ。落ち込んでねえか見に来たって」
また、舌打ちする。
テラヴァルトと相対すると、どうしてこうも苛立つのか。
「……リュウトが言ってたんだけど」
静かに、テラヴァルトは語りだす。
ちらりと、グランバルトは背後を振り返った。特に意味があってしたことではなかったが、ベンチに横になっているはずのジークの姿が忽然と消えているのがわかった。いらない気遣い精神をはたらかせたらしい。
仕方なく、グランバルトはテラヴァルトの言に耳を傾けることにした。
「グラン、おまえなんで対魔障壁なんて習得したんだ?」
「はあ?」
予想外の質問形式に、グランバルトは間抜けた声を出す。
「だから、なんで対魔障壁を習得した? いくらおまえでも、あれを習得するのにかなり掛かったはずだろう?」
「だったら、なんだって言うのさ」
さっきから、グランバルトの声は低くなりっぱなしだ。
「なんで、そこまでして対魔障壁に拘った? おまえなら、もっと凄い魔法に手が届いたろうに」
「ちッ、」
三度目の舌打ち。テラヴァルトの声と言うだけで、グランバルトの神経は逆撫でされる。
対称的に、テラヴァルトは微笑った。その仕草が、さらにグランバルトの神経を刺激する。
「リュウトが言っていたぞ。魔法の才能はずば抜けてるのに、それを活かすんじゃくて否定してるやり方だって。もしあの試合、グランが対魔障壁でなく、普通の魔法戦闘をやっていたら、結果はもっと違っていたろうってさ」
諭すような声に、グランバルトはふんと鼻を鳴らした。
対魔障壁を使っていなかったら。もしそうなっていたら、リュウト・カワキは普通に身体強化を使っていたはずであろう。そうなれば、ジークがリュウトを圧倒する確率もずっと低かった。
バカにするような視線を、テラヴァルトへ送る。
自分と瓜二つの兄は、苦笑いで答えた。
「おまえ、魔法使うのが好きか?」
唐突のテラヴァルトの問いに、グランバルトは三秒間絶句した。質問の意味を理解するのに一秒、意図を思索するのに二秒だ。
「何さ。魔法使うの好きかって、そんなの――」
「魔法使ってて、楽しいか?」
そんなもの、楽しいに決まってる。楽しいと思うだけの才能も、弄ぶくらいには有り余っている。だから、習得困難な対魔障壁という「特化型」の魔法も習得できたし、その他の魔法だって優秀以上の成果は叩きだすことができるのだ。
――楽しいに決まってる。
そう言おうとして――――――――――出来なかった。
声が、口から出ない。ただの空気が吐き出されるのみだ。
――何故だ?
そう自問するが、答えは出ない。
魔法を使うのが、嫌いだから? 楽しくないから?
そんなはずはない。
だって、そうだったなら今のグランバルトはここにはいない。魔法があったから、そして、才能があったから、グランバルトはラスパーナ魔法学院に入学し、定期戦の新人戦選手にもなったのだ。魔法が嫌いだったら、こんなことは受け入れられないだろう。
――なのに、
口はただ開いただけで空気しか出ない。
「――――――――――!?」
戸惑うグランバルトを、テラヴァルトは微笑を浮かべて見ていた。
グランバルトには、既に何が何であるのか、その判断すら難しかった。頭の中を酷く掻き回されるような感覚に嫌悪感を感じない自分が、理解不能な別人に思えてならなかった。
グランバルトにはわからない。
ただ一つ。自分の魔法に対する疑問だけが、くっきりと浮かんできていた。
だから、
「うるさい!」
叫んで、グランバルトは逃げるように走り去った。
引き留めようと手を上げかけた兄を振り返らずに。
◇
グランバルトが走り去って言って。
「あちゃー」
テラは大きく肩を落とした。
「何が言いたかったんだ?」
横から、声をかけられる。
噴水と苗木の陰に隠れた黒髪の少年だった。たしか、ラスパーナのハイ・サヴァイヴ新人戦で、リュウトと戦った選手。
ジーク・カンザイという名前だったはずだ。
「あんた、グランの兄貴だろ?」
「そうだが」
ジークは、気軽な調子でさっきまで自分が寝ていたベンチの所へ戻った。
「あれは、どう言う意味だ?」
質問しながら、さすがに初対面の相手との会話中に横になるという無礼はしなかったが、ジークは遠慮なくベンチに座りこんだ。テラを立たせたままで。
その事で、口に出したりはしないが。
「どう言う意味って、どう言う意味だ?」
眉間を狭めて、テラは訊き返した。
「そのままの意味だよ。あんたとグランの仲、凄い悪いって聞いてたんだけどな。あんた、グランと仲直りでもしたいの?」
言われて、ぎくりとした。
図星を突かれた。
「…………」
沈黙を、ジークは肯定と取ったようだった。
「なんで?」
今度は、テラが沈黙する番だった。
「…………グランとどっこいだな、こりゃ。まあいいや。俺にはなんであんたがグランにあんなこと言ったのかもわからないし、なんでグランが何も言えなかったのかもわからない。でも、今はもうどうでもいい」
一方的に言いきって、ジークはついに上体をベンチへ倒した。
後に残されたのは、テラだけだ。
ぼんやりと、テラは上を見上げた。自分の今の悩みそのものをバカにしているような、澄み渡った快晴だった。
「…………ちょっと散歩するか」
リュウトたちの所へ行くのは、その後でもいいだろう。
テラは、ゆっくりと休憩エリアを後にした。
◇
ラスパーナ総合闘技場正門前にて。
突如として現れた人間の群れと、安全委員の職員たちによる乱闘が繰り広げられていた。
現れた群れは、およそで三千人。それに対し、安全委員側の戦力は百人程度。
三千対百の激闘は、安全委員が始終有利に動いていた。要因としては、主に二つ。ヘルヘイム迎撃用に闘技場警備に当てられたのが、ソージック、ラスパーナ、ミカド三国の安全委員支部における精鋭たちであったことと、それ以上に襲撃してきた大群の個人個人の戦闘力が、あまりにも低過ぎたことだろう。
大群は一分間に五、六人のペースで戦闘不能者を出していき、安全委員側は十分間に一人出るか出ないかといったところだった。
始め絶望的と思われた戦況は、一時間も経たずに明白な差を決していた。
大群の数は、既に三桁とない。
八十……六十……二十……八……。
最後に残った一体は、特に苦戦もなく処理を完了した。
「ふぃー。やったやった」
誰かが緊張の解けた声を出した。
負傷者二十八人、死者十二人という損害を出しながらも、安全委員はラスパーナ総合闘技場正門前での乱闘に勝利を収めた。
「駆逐、完了……」
この場の指揮を担当していた、ラスパーナ支部部長の青年が、誰にでもなく告げた。
その言葉に、場の空気が一気に緩んだ。
「終わった……」
「やったな」
「金属甲虫なしでもなんとかなったな」
――――――――――――直後のことだ。
「作戦の大幅変更。さすがに、肩が痛いな」
涼やかに透き通るような声だった。
全員が、声のした方を向く。白いローブ。フードを被っているため素顔は見えないが、体躯から判断して少女だろう。フードからちらりと覗く彼女の髪の毛は、真っ白の色だった。
「……誰だ?」
ラスパーナ支部部長の青年が、声を張り上げた。
少女はそれには答えず、懐から通信機を取り出した。
「……こちらカリン、分散はおおむね完了。はい、これより抹殺を開始します。ボス」
言って、少女は通信機をゆっくりと手から離した。
「あなたたちは、ここで死ぬ」
発言に対して、安全委員職員たちは即座の対応ができなかった。
「私は『あいつ』のように甘くはない。あなたたちへの攻撃の許可が下りた以上は……」
囁くような少女の言葉を、聞き取れた者はいなかっただろう。
「牽制から抹殺への急変更。これも、あなたの作戦だったのでしょうか? ベルス」
その瞬間、少女が異形へ変貌する。
背面のローブの白色の生地を突き破って、八本の還形動物を思わせる触手が出現する。
周囲がぎょっ、と強ばる中、少女の背中に出現した触手はみるみるうちに少女の全身を覆っていった。腕に巻き付き、胴に絡み付き、ローブの形状に会わせたのか、下半身部はスカート状に展開し、赤黒い鎧を纏ったようなカタチが現れる。
周囲の皆が状況を把握しようと動きかけた、その時。
「――排除する」
第二の激闘の、火蓋が切って落とされた。
◇
ラスパーナ総合闘技場裏口側にて。
約千対四から始まった激戦は、こちらも安全委員側の優勢で進んでいた。
現在動いている群れの数は、おおよそ五十。対する安全委員の戦闘続行中の数は三人。ルーク、クラザ、リミアンだ。リックは、激突が始まった途端に参戦しようとしていたのだが、その前に襲われ、あえなく気絶してしまうという不名誉な事態になってしまったのだ。
ルークが手にしている巨槍で敵を貫き、クラザが大剣を振り回して敵をまとめて薙ぎ払い、リミアンが銃撃によって二人をアシスト。千人にも及んだ軍勢を駆除するのに、ルークたち三人には一時間も必要なかった。
「うん、終わった終わった」
最後の一人を屠り、ルークは溜息交じりに呟いた。
「うむ、こいつらは数だけで戦闘力自体はなかったな」
クラザも、頷きながら口を開く。
「所詮は烏合の衆だ」
「……うん」
ルークは、自分の肩を叩いた。
「駆逐、完了です」
リミアンが筒を抱えながら告げる。
「……それにしても、この阿呆は……!」
クラザが、地面に倒れているリックを睨んだ。
さらに、クラザの蹴りが、リックの頭部に飛んだ。
「痛え! ちょっ、部長、やめて。おちついて!」
「うるさい! おまえ、一体どこの莫迦だ。あれだけ武器は展開していろと言ったのに」
叩き起こしたリックへ、クラザは拳骨の雨を降らせた。
「べぶっ、すいません。すいませんってば。仕方ないじゃないっすか。武器展開する前にやられちゃったんですから」
「だから、やられる前に出しておけって言ってんだろうが!」
「パワハラです。これは明らかなパワハラです。キミラ部長、助けてくださ~い」
殴るクラザと、絶叫するリック。ルークは、苦笑を隠せなかった。
「クラザ、リッくんも死んじゃったわけじゃないんだし、今回はもう許してあげて、次こんなことがないように注意すれば……」
「甘いんだよ! 死んじゃったわけじゃないだあ? だからこそだろうが!」
クラザは、ルークを睨んだ。
「まあまあ。リッくんも、もう懲りてるだろうし」
「ふん!」
鼻を鳴らして、クラザはリックを離した。
「リッくん、次からは、気をつけないとダメだよ?」
「はい!」
返事をするリックの声は、元気充分だった。
クラザが舌打ちする。
「そう言えばルーク、おまえ何か言ってたよな? さっき……」
思い出したように、クラザ。話題を変えようという意図もあっただろうが、クラザの問いは、純粋に「疑問に思った」ことを思い出したからだった。
「何かって?」
「確証がないとかって言ってたやつだ」
「ああ、あれ」
ルークは、そこで視線を裏口の向こう――ビル群の方へと向けた。
「疑問だったんだけどさ……ヘルヘイムはなんで犯行予告なんてしたのかな?」
「ああ?」
「だからさ、これから定期戦を襲撃しますって予告したら、僕らが動き出すのは目に見えてるじゃない? しかも、今回ヘルヘイムは安全委員に直接予告してきた。安全委員が主力を闘技場に固めて迎撃態勢を取るのは誰だって想像できるじゃないか。なのに予告してきたのは何故かってさ」
「それは……」
「ヘルヘイムのこの動き……、まるで安全委員の精鋭をここに集めたいみたな感じじゃないか。事実、襲撃に出てきた大群は大したことはなかったし。何か、別の目的でもあるのかな?」
「別の目的?」
「うん、主力をここに集中させて他の所で何かするとか、あるいは僕らをここに集めること自体が目的なのか……」
そこまでルークが言った時。
場の空気が突然変わった。
肌に感じる温度が一気に下がる。緊張感が高まる。
――何かが来る。
それは、ほとんど直感だった。
四人全員の意識が、外部へ集中する。
裏口の先の、廃墟と化したビル群。そこから、ヒトガタの存在がこちらに向かってくるのが見えた。距離があるため、詳細はよく見えない。ただ、異常だった。ヒトガタは文字通り人型で、人間ではないと即座に思ってしまうほど、異様な存在感を放っていた。
「部長、あれって……」
リミアンが、緊張した声で訊ねる。相手がルークかクラザかまでは、言わなかったが。
「……こっちが、本命ってわけかな」
「……む」
ルークとクラザの声音も、どこか緊張に強張っていた。
やがて、ヒトガタが姿がはっきりとわかるくらいの距離にまで迫ってきた。
クラザ、リミアン、リックの三人はヒトガタとの距離が縮まった結果さらに強く感じるようになった存在感に、ルークはヒトガタの容姿を見て、戦慄した。
「あ…………?」
ルークが呆けた声を上げる。
ヒトガタは、女性だった。いや、顔立ちにはわずかに幼さの残る部分が見受けられる。どちらかと言えば少女と言ったところだろうか。
静かに、ゆっくりとした足取りで、ルークたちの方へ歩いてくる。
黒地のシドー着を着て、夜の闇のように黒の長髪と、対称的に色白の肌。身長は、少女にしてはやや高いように見える。左目は黒い布で眼帯を巻いており、右目は髪の毛と同じくらい闇に染まった黒瞳だ。
「まさか、『彼女』が……?」
ルークが引き攣った表情を作りながら、言う。
「ルーク、あの娘を知って……」
問いかけようとしたクラザの口が、噤まれる。ルークの表情に、焦燥と恐怖が張り付いていたからだ。
「こりゃ、一筋縄じゃいかないな」
言葉を紡ぐルークの顔が、引き攣った笑みを浮かべる。もう、ルークには笑うしかないのだ。こちらに歩いてくる少女は、それだけの存在と言うこと。
「『彼女』がヘルヘイムと繋がってたなんてなあ……」
リミアンは、シドー着姿の少女を凝視する。
黒髪。
黒瞳。
眼帯……片目…………。
「あの、キミラ部長、もしかして……」
心のどこかで、そんなわけないと思いつつ、リミアンは疑問を口にしようとした。しかし、それより先に、ルークが言った。
「『片目のヨミ』だ……。僕らは、生き残れるかな」
ルークの言葉を聞いた三人の表情が、明確な緊張に引き締められる。
四人の視線の先で、片目のヨミと呼ばれる少女は、静かな微笑を浮かべていた。




