9,災厄――序章
サブタイトルを少し変更しました
◇
――意味がわからない。
沈むリュウトを見下ろしながら、ジークは内心で混乱していた。
リュウトを倒した。
なのに、ラスパーナの負け?
どういう意味なのだ。
周囲の状況を確認する。
虚を突かれたのは、ジークだけではなかったようだ。観客が、しんと静まり返っている。勝利したはずのソージック側の観客席からでさえ、黄色い声は上がっていない。
いや、今はそんなことより試合状況だ。
ジークのいる地点から離れた場所で、双子のグラミラ兄弟はそれぞれソージック選手と一対一で戦っていた。
ジーク以外のラスパーナのメンバーは、グランバルトの脱落を除けばまだ健在。兄弟それぞれの戦闘が、ジークとリュウトほどではないにしても激戦だったのは見ればわかる。
ラスパーナが敗れる理由があるだろうか?
スコアで言えば三対三。こちらの脱落者はグランバルト。あちらの脱落者はリュウト。
意味がわからない。
なおも周囲を見回したジークは、ある一点で目が止まった。
普通に見過ごしそうな、そんな光景。だが、その意味を理解したジークは……、
悔しそうに、本当に悔しそうに顔を歪めた。
あれを見てしまっては、確かにソージックの勝利は間違いないのだから。
◇
第五競技『ハイ・サヴァイヴ』新人戦。優勝はソージック。
白熱した試合展開とは裏腹に、勝敗は呆気なくついた。
ソージックが取った作戦が、あまりにも逃げに徹した内容だったのだ。
ラスパーナ選手の内、特に強力といわれた二名、ドラグラン選手とカンザイ選手をリュウトが担当し、双子のグラミラ兄弟にはAクラス代表の選手とDクラス代表の選手がそれぞれ担当する。三人がラスパーナ選手を抑えている間に、残りのCクラス代表がラスパーナ陣地に旗を立てる。という作戦だったのだ。
観客からの評価はまちまちだ。
「ちゃんとぶつかりあえ」と非難する声。
「やるなー」と感心する声。
「まあまあだな」と評論家気取りで評価する声。
そんな中、ソージックの観客席にて。
「……勝った?」
イルサが、顔を引き攣らせて呟いた。
「でも、リュウトは!?」
リンが、身を乗り出すようにして試合場を凝視する。
「安全措置がはたらいてるだろ。それに、もしものことがあっても回復魔法や治療魔法がある」
すまし顔で、テラが言う。
「…………勝ったのにみんな騒がないんですね」
静かに、レンは笑った。
「て言うか兄さんはどうするんだろ?」
「医務室じゃない?」
のんびりした口調で、イルサが答える。
「行ってみる?」
イルサの気軽な提案に、
「そうですね」
レンの落ち着いた返答。
「ッッッ行く!!」
リンの焦ったような返答。
かくして、一行は席を立ったのだった。
◇
……カジン流の本質とは何だろう?
魔法を併用した魔法戦闘術を始めとした、他の武術流派にはない特異性だろうか。
いや、違う。試合中にも、ジークが否定するような言を言っていた。
多分に、彼の言う通りカジン流の強みとは柔軟な戦闘術にあるのだろう。
今回の試合、ジーク・カンザイの戦い方を見て驚いたのは、驚くほどの足の速力と拳の威力だ。
しかし、おそらくあれがカジン流のスタイルの全てではないだろう。レタデミー戦とソージック戦とでジークの動き方はまるで違った。
……多くの型の動きの中から、もっとも最適と思われる動きを随時選択していく。
「――と、言うのが今現在までの俺の分析結果なのだが……」
医務室のベッドの上で。
見舞いに現れたリンたち一行に、俺は対戦相手だったラスパーナへの評価を長ったらしく(わざとである)語っていた。
彼らがここに来るのと、俺が覚醒するのと、俺の目覚めの方が僅かに早かった。それで、目を開けると自分を覗きこむ皆の顔が視界に飛び込んでくる、なんてことにならなかったのだが。つい、あちらが何かを言おうとする前に、それを遮って話し出してしまった。精神的に余裕は持っていたはずなんだが。
「いやー全く。安全措置がバリバリではたらいてると知っててもビビったね。最後のアレ。死ぬと思ったもん。実際相馬灯が駆け抜けていったし」
普段に比べて、今の俺は割と饒舌になっているようだ。死にかけた思い出も、時が過ぎれば笑い話やらなんやらだ。
みんなの呆れたような視線が、俺を見ていた。
けれど、ここで反省するようなそぶりを見せれば本格的に責めたてられるような気配がする。
口撃を受けるような事をした覚えはないが、直感が警告の鐘を鳴らしていた。俺の饒舌ぶりは、半ばそんな危険信号からの逃避術になりつつあった。
「で――、」
ばんッ、
と、リンがベッドの端に両手を叩きつけた。
彼女は俯いていた。
何か、嫌な展開を予感してしまう。
「…………」
黙っていると、リンがゆっくりと顔を上げてくる。目元から頬にかけて、うっすらと雫が伝っていた。
「………………」
「………………」
互いに、無言の時間が流れる。
リンが黙ったままだから、必然に俺がリンと見つめ合うという構図になってしまう。できれば目を逸らしたかったが、相手が親友なだけにそれもできない。
仕方ない。相手が何かするまでこの恥辱に満ちた睨めっこに興じるとしよう。
変な覚悟を決めようとしたところで、リンが動いた。
「……もう、無茶はしないで……」
押し殺すような声音だった。
――無茶をするな。
無茶とは、当然、ラスパーナの試合での俺のやり方のことだろう。
あんなやり方はもうするな、と。
気圧される風を装って、周囲に視線を回した。
レンも、イルサも、テラも、チームメンバーの三人も、当然だと視線で言っていた。
皆、リンの言葉に賛同している、ということ。言い換えれば、今の俺に味方はいないということだ。
さて、
「あーっと、…………」
この修羅場めいた状況を切り抜ける案。いくらかは思いついたが、どれも実行すれば、俺とリンと、下手をすればそれ以外の面々との間とで亀裂が生じてしまう。さすがに、周囲との絆を犠牲にしてまで、俺はこの息苦しい雰囲気から脱したいわけではない。
「安全措置があるから、大丈夫だと思うわけだが」
時間稼ぎと言うわけでもないが、一応弁論の余地はあるだろう。もっとも、俺がとっさに言ったのは火にそ注ぐ油のような内容だったが。
「それでも、……しないで」
「あー、なんで?」
相手の反応をある程度予想できるのに、こう返す俺は、やはり世間一般で言う最低野郎なのだろうか。
リンの口が、きゅっと結ばれる。
「なんで? なんで!? なんでってなんでよ!? 無茶しちゃダメでしょう!? 自分はもっと大事にしないとダメじゃない!!」
説教、だ。
説教されるのは苦手だ。
説教相手が友達でなかったなら、俺は舌打ちしていたかもしれない。
「大事には、してる」
俺が言えたのは、それだけだった。
「どこがよ!? あたし試合見てた。なんでリュウトあんな無茶するの!? そんなんじゃ、身体が持たないでしょう」
懇願するような視線だった。
潤んだ瞳が、直視しがたい視線が、ただ俺を見ている。
「……やけくそでやってるわけじゃない」
けれど、俺にも譲れないことはある。
「なん、で……?」
リンは絶句した。
「身体がもたなくても、死ななければそれでいいじゃないか? さっきの試合は、死なないってわかっていたからやったんだ。死ぬかどうかもわかんないような時にはやらないさ」
つい口に出てしまった。
一歩間違えば、リンやその他の友人たちとの関係は終わりになってしまう。
「そういう問題じゃないでしょう!? 死ななきゃそれでいいって何よ!? だったらどんなに怪我してもいいって言うの!? どんな身体になっても、死ななかったならそれでいいの!?」
ついに、涙を溢れ出させて、リンは怒鳴った。
これ以上口論を続ければ、もっと悪化するだろう。そうなれば、もう「一歩間違えれば」どころではなく、確実に絶交になるだろう。折れどきだ。
「…………わかったよ。無茶しなければ、いいんだろ」
降参するように両手を上げて、渋々といった調子で言う。
ちなみに言えば、リンが言った「死ななければどうなってもいいのか?」という問い、もし正直に答えるとしたら、俺の中では「イエス」だった。
――簡単な話だ。両腕を失うのと死ぬの。どちらがいいのかと言うことなのだから。そこは、はっきりさせて置いた方がいいだろうか。
「でもさ、リン」
まだ嗚咽が収まらないリンに、語りかける。
「無茶しなきゃ死ぬような時はどうするんだ?」
「え?」
戸惑うような返事だった。
「だからさ、無茶なことするしか、生き残る方法がなかったらどうするんだよ? 無茶しちゃダメなんだろ? そういう状況になった時は、俺は死ななきゃだめなのか?」
「それ、は……」
困ったように、リンは言葉に詰まったようだった。
無茶をしてはいけない。けれど、その無茶をしなければ死んでしまう。その状況下で、無茶をして生き延びるか、何もせずにただ死ぬのか。答えなんて、考えるまでもないだろう。
俺の前で、リンは面白いくらい狼狽えだした。
その様子に、俺の気勢は削がれてしまう。
「やっぱいい。何でもない。とにかくもう無茶はしないさ」
この話題はもう終わりだという意思をこめて、手をひらひら振る。ベッドから起きると、やけに身体が重い気がする。
「っとと」
軽くよろける。
カジン流と全力で対戦した直後。疲労はまだ残っている。まだ安静にしておいた方が無難だろうか。
「兄さん、大丈夫?」
眉を曇らせた苦笑い気味の表情で、レンが訊ねてくる。
「大丈夫に見える?」
殺人パンチと呼ぶに相応しい一撃(二撃)を喰らったのだ。普通に大丈夫なわけがないだろう。疲れが抜けても、しばらくは激しい運動は出来ない。
「やっぱ最後のアレ、避ければよかったかな」
口を尖らせて、愚痴をこぼす。
「……楽しそうだな」
横から、テラの声が入ってくる。なんとなく、声音は暗かった。兄弟仲がよろしくないテラにとっては、無意識であっても羨ましさが出るのかもしれない。
「そうだ、テラ」
「ん?」
「テラの弟のことなんだが……」
「グランが、なんだよ?」
今回の試合、グランバルト・ドラグランのことで一つ気付いたことがある。
「うん、あのさ、――」
医務室にいても退屈なだけなので、観客席へ戻ることにした。
安静にしていろ、とテレサに言われるかと思ったが、大人しくしていれば特に問題はないらしい。テレサ以外の養護師からはむしろ、早く医務室のベッドを空けてほしいという催促の念さえ感じた。
観客席に戻る道すがら、テラが少し用があると言って、どこかへと行ってしまった。医務室で俺がテラに言ったことを気にしているようだ。テラの向かう先は、やはり弟の所だろうか。
「……おや、リュウトくん?」
テラとわかれて少し歩いて、今度は見慣れた長身の男性と行き遭った。
「……ルークさん」
「うん、試合見ていたよ。凄かったね。何故ここに……、ああ、医務室からか」
「はい」
「うん、他のみんなは、お見舞いに来てくれた友達だね?」
俺と一緒にいるレン、リン、イルサ、とルーガたちを見ながら、ルークが言う。
「まあ、そんなところです」
当たり障りがないように返す。仏のようなこの男に、当たり障りが出てくるとはあまり思えないが。
「うんうん、友達は大切にね」
頷き、ルークは笑う。
「リュウトくんはもう出ないの?」
出ないに決まってるだろう。競技の複数掛け持ちなんて聞いたことがない。
「出ませんよ」
「そうか。うん」
ルークは、何故か頷く。
「ルークさんは、警備に戻るんですか?」
朝方、そんな風な言を言っていた気がする。視察担当がどうたらとか。
「ああ、まあ、そうだね。担当時間内にリュウトくんの活躍が見れたのは、運がよかったかな。他の子たちも見たかったんだけどね」
ルークは頬をかりかり掻いて言った。
「それじゃ、僕はもう行かないといけないから」
俺の後ろを指さして、ルークが片目を瞑る。
「はい。警備、がんばってください」
一礼する。背後で、レンたちも頭を下げる気配があった。
「うん、じゃ」
手を振って去っていくルークに、俺も軽く手を振った。
「リュウト、あのおっさんって安全委員の人だよな?」
ルークの姿が見えなくなったところで、ルーガの質問が飛んできた。
「ああ、そう言っていた。二月あたりの検査でも学園に来てたな」
……そう言えば、結局あの検査はなんだったのだろう。
俺とテラは、あの検査をやり直したのだったか。
「そうだっけ?」
リンが、間の抜けた声を出した。
「多分、男子と女子とで担当が違ったんだろ。リンの時は、別の人だったんじゃないか?」
おそらくリンたち女子勢の担当は、リミアンだったんだろう。ルークと一緒にいた、あの女性だ。
「うーん、そうなのかな?」
記憶を探るように、リンは歯切れの悪い声を出した。
「そうなんじゃないか」
その辺の事情について、議論する気はなかった。曖昧な返事を返した時、俺の視界はまた、見たことのある顔を認めていた。
「リュウト・カワキくん」
金髪、長身、イケメン。
この青年には、過去に一方的な魔法攻撃で医務室送りにされたことがあったか。
「エラパード先輩……」
イルサが、青年の名前を静かに呟いた。
シリウス・エスパーダは俺を見下ろしていた。
「……なんですか?」
「いや、その……君の試合を見ていてね。うん……」
やけにはっきりしない声で、シリウスは言葉を濁した。
なんだというのだ? まさか、ゲイとかじゃないだろうな。
「その……六年前は、すまなかった」
直角になるほど、シリウスは頭を下げた。謝罪だ。
というか、今更な感じだな。あれから六年も経っているというのに。
けれど、もともと根には持ってない。彼がどんなに罪悪感を感じていようが、それは無駄でしかないのだ。……実際に言ったりはしないが。
「いいですよ。気にしてないので」
「いや、そういうわけにはいかない!」
シリウスは食い下がる。
「僕はつまらない勘違いで君を侮辱し、攻撃したのだ。君に落ち度はなかったのに」
悔しそうな声音で、シリウスは捲し立てる。
「……先輩以外にも、攻撃してきた先輩はいますが……」
今となっては、顔もろくに覚えていない連中ばかりだ。
「それでも、だ。僕は君を攻撃した! その事実に変わりはない」
だんだん面倒臭くなってきた。
「あの、じゃあ自分は何をすればいいんでしょうか?」
懺悔を聞き続けろ、と言うのはなしだぞ?
「それは、いや、……」
答えに詰まって、シリウスは黙り込んだ。そこまで考えていなかったらしい。懺悔を延々聞かせられるよりはましだが。
「先輩。自分はなんとも思っていません。先輩も、根を詰めない方がいいと思います」
「それは、そうだが……いや、そうだな」
どうゆら、納得してくれたようだ。とりあえず、これ以上の面倒事にはならないと見ていいだろう。
「それにしても、さっきの試合、君が使ったアレは一体何なんだい?」
シリウスが、急に思い出したように話題転換した。
「あの青い光の、尻尾のようなものは、一体……?」
シリウスは、アレが錬気だとは気付かない。当然と言えば当然だ。ネワギワの世界で錬気とは、役に立たたない以外の認識がない。使い道もない。1人の保有量も微量。だから、錬気を使った戦術なんてものもない。
対魔障壁が効かない時点で、アレが魔力ではないと言うことはわかる人間はわかるだろうし、ならアレは何だと疑問に思うのは当たり前なのだ。
「錬気です」
俺は、直球で答えた。
「錬気? アレが?」
「はい」
「えっと、あれが錬気だとすると、どうやってその方法を知ったんだい?」
返答に困る質問が返ってきた。
バカ正直に言ってもいいが、それだと確実に困った事態になるだろうし。
返答内容をいくつか思案して、俺は答えた。
「昔本で読んだことがあったので」
苦しい回答だが、あまり間を置かずに答えたのでさして違和感は抱かれないはずだ。錬気量や、圧縮の方法などについては、この際機訊かれない限りスルーだ。
「ふむ、そうか……。うん、まあ、余計な詮索は止めておこう。引き止めてすまなかったね」
爽やかな笑みを浮かべ、シリウスは踵を返した。
余計な詮索って、錬気云々の時点ですでに余計だったのだが。
「リュウト、さっきの話、錬気って本当なの?」
歩き去っていくシリウスの後ろ姿を見ていると、リンがそう訊いてきた。
「ああ、うん。本当本当。……それより早く行かないか? ここに留っていると、他の人の迷惑になると思うわけだが」
俺たちがいる通路は、広めに造られていたが、さすがに七人ほどが一ヶ所に固まっていると、通行人の妨げになる。
他人に掛かる迷惑など知ったことではないが、その事で迷惑そうな視線を射されるのは御免だ。
俺たちは、そろそろと観客席へと移動を再開した。
……よくよく考えてみれば、第六競技はまた別の闘技場で行うのだから、観客席へ移動するのはあまり効率的ではなかったのだが。
◇
大闘技場を出て、ルークは総合闘技場の裏口の方へと向かった。
「うっす、クラザ」
裏口には、既に三人の仕事仲間がいた。
ルークと同期に安全委員に所属し、今では彼と同じ部長の位にいるクラザ・ストーラと、その補佐役のリック・フラム。
それとルークの現補佐役のリミアン・ハルトイヤー。
三人とも、戦闘用の装備を固めている。ルークもそうだ。大闘技場を出る前に、手洗い所で警備兵スタイルに着替えていた。
「状況は?」
クラザに訊ねる。
「まだだ。あやしい奴はまだ現れてない」
クラザは、首を振った。
「ふむ。昼過ぎになっても変化はなし、か。どれぐらいで来るんだろう……?」
「安全委員として、その発言はどうかと思うのだが」
「来なけりゃそれに越したことはないじゃない? でも、来るんだったらなるたけ早く来てほしーんだよねえ」
腕を組んで、ルークは唸った。
その様子に、クラザが溜息を吐く。
「まったく。……いや、それより武器を展開しておけよ」
漆黒の大剣をわずかに振りながら、クラザが警告する。
「おっと、そうだったそうだった」
言って、ルークは腰のホルスターにくくってあった金属棒を手に取った。
ルークたち安全委員が使用する武器類を、召喚魔法の式によって呼び出すもので、「ゲート」の名で呼称されている。
ルークが、ゲートの先端部分にあったボタンを押す。
光の瞬きの後、ルークの手には長大な槍が握られていた。
一メートルほどの細長い柄に、これもまた一メートルほどはある極太の槍身が柄の両端に取り付けられている巨槍。
ルーク専用に製造されたKr兵器だ。
「ん? ていうかリッくんは展開してないのね」
ルークと同様専用のKr兵器を握っているクラザと、量産型のキャノンタイプKr兵器を構えているリミアン。けれど、ルークの言葉通り、リックの腰のホルスターには、まだ武器を呼び出していない状態の棒がくくられたままだった。
「この阿呆は怠け者なんだ。戦闘が始まってから武器を出せばいいとか抜かしてな」
「い、いいじゃないっすか」
慌てた調子で、リックが言う。
「いいわけあるか! おまえの頭は本当に阿呆なのか!? てめえもさっさと武器を出せ!」
クラザの叱責が飛んだ。
「まあまあ、クラザ。三人が展開してるんだし、戦闘状態になればリッくんが武器展開するくらいの時間は稼げるって」
ルークがクラザを宥めに入る。
一連の三人の行動は、パターン化しつつあるようだ。
リミアンが、くすくす笑い出す。
「キャノンタイプは苦手なんすよ。俺」
ふて腐れたように、リックは吐き捨てた。
「エネルギーチャージの時間が長いし……」
「連射型に切り替えて撃ちゃいいだろ」
「それだと一点を狙う時不便じゃないですか」
「連射型で一点狙う莫迦がいるか。じゃあおまえは、何ならいいって言うんだ?」
こめかみを押さえつつ、クラザは問うた。
「……それを今発掘中なんすよねえ」
リックが、頭を掻く。
直後にクラザの拳が、リックの頭部を捕えた。
「まじめにやれ!」
鼻を鳴らして、クラザは裏口の外に視線を向ける。
その時だった。
四人の目が、驚愕の光景を捉える。
「あれは……」
言ったルークの口は、あんぐりと開けられたままだった。
四人が見た光景。それは、敵と思わしき人間の群れだった。裏口の先には、今はもう人が通わなくなり、廃墟と化したビル群が見えるのだが、そこから突如として百人を優に超える大群が、湧きだすように現れたのだ。
見渡す限りの全てのビルの屋上から、彼らはこちらを見下ろしていた。よく目を凝らせば、見下ろす彼らの顔からは生気が抜け落ちているのがわかった。服装は、見る限りでは統一感がない。皆、私服なのだろう。
「クラザ……、あれって」
顔を引き攣らせながら、ルークが呟く。
「う……む。多分、な」
クラザの返答にも、どこか緊張があった。
大群。あの人の群れが何なのか。まさか、警備するルークたちへのドッキリではあるまい。
「……大変なことになりそうだね」
ルークの沈んだ声は、やけに三人の耳に残った。
ゾンビじみた大群が見降ろす中、武器を手にしている三人は、気を引き締めるように身構えた。これから、大規模な駆除が始まるのだ。
ルークの装着しているプロテクターが、小さな電子音を鳴らす。プロテクターに備えられている通信機能だ。もちろん、戦闘で故障しないように工夫された設計になっている。
『ザザ、ザ…………。こちら、正門前、正門前。ヘルヘイム出現、これより駆逐を開始する。かなりの大群だ。できれば応援を……――』
通信はそこで切れた。
――さあ、ネズミ駆除の始まりだ。




