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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第3章 定期戦<下> 災厄襲来編
32/102

8,ハイ・サヴァイヴ(6)

      ◇


「あり得ない!!」

 安全委員用の特別指定席。

 シードは、大きく吠えた。

「錬気をあんなに圧縮して……。しかもエネルギー体のままで形状維持まで。いや、そもそもあれだけの錬気量は……」

 ぶつぶつと呟かれる一人言は、ルークにとっては理解不能の内容だった。

「あの、シード博士。少し落ち着いては……?」

 ルークは試合場でリュウトが何をやったのかわからない。だからこそ、シードと違って頭が混乱することもないわけだ。

 しかし、シードは違う。リュウトが何をやったのか、それがどれだけ異常・・なことなのか、理解できてしまう。半ばパニック状態になるのは、仕方がないことかもしれない。

「リュウトくんがやったことは、そんなにすごいことなんですか?」

 ルークは、あえてシードに喋らせることで気を落ち着かせようとした。

「まず私や、私のところの研究チームで、彼と同様のことが出来る者はいません」

 予測ではなく、断言だった。

「キミラさん、彼が何をやったのかわかりますか?」

「……いいえ」

 見栄を張ることもなく、ルークは答える。

 一回頷いて、シードは説明を始めた。

「まず、錬気を使った。ここはわかりますね? これだけでも驚くべきことですが……」

 一旦溜めて、シードは続ける。

「錬気はもともとエネルギーですから“濃度”もさまざまですが、ここから見た限りでは彼のあの錬気は意図的にやらないとできないくらい“濃い”エネルギー体です。彼は錬気をエネルギー体のまま圧縮したんですよ。私たちにとっては、機会の操作補助を使ってやっとできるかどうかなのに……」

 言葉を紡ぐシードの声音は、どこか悔しげだった。

「しかも、それだけ密度の高い膨大・・な錬気の形状を安定して維持し続けている。相当の集中力が必要な芸当なんですよ?」

 呆れたような色が、シードの声に混じっていた。

「リュウトくんは、アレ・・で戦うつもりでしょうか?」

 ルークが、試合場を見下ろす。

 彼の視線の先で、黒髪の少年は青く巨大な尻尾のようなカタチを背後から展開しながら、ラスパーナの選手と対峙している。

「そうなったら、彼の錬気に対する“熟練度”は私のところの研究チーム以上ということになります」

 悲しそうに、シードは言った。

「ああすいません」

 慌てた様子で、ルークが謝罪する。

「いえ、わきまえてるので」

「……そうですか」

 要らぬ心配だったらしい。

「でも……」

 間を置いて、シードが呟く。

「私が言ったことは、全てそれだけの錬気量があったのならって話なんですけどね」

「……どういう?」

「簡単な話です。彼の中の錬気量、まずそこが異常なんです。目測ですけど、彼の錬気は普通の……50倍以上はあるでしょう」

「50っ!? それはまた、大胆ですね」

「彼の錬気量が異常に大きいと見るべきか、もしくは私たち一般が著しく少ないと見方を改めるべきか」

 シードが溜息を吐く。

「どちらにせよ、彼の錬気は一般とかけ離れ過ぎてますね。一体、どうやったらそんな事態が……」

「あの……“噂”のせいだと思いますか?」

 緊張の面持ちでルークの声は発せられた。

 “あの噂”。ルークたち安全委員職員の間で伝わっている、とある昔話・・・・・のことだった。

「噂?」

「ええ、“あの噂”です」

「……そうですね」

 考え込むように、シードは顎に手を当てる。

「Kr汚染者ならば……。ですが、危険値ではなかったのでしょう?」

「危険値ではありませんでしたが、影響が全くないという方がおかしいでしょう?」

「そう、ですね。確かにそう言えるかもしれませんが……」

 なおも考えるように、シードの声は沈んでいく。

「そう言えば、シード博士はさっきリュウトくんが何か特別だとか言ってましたね。あれは一体どういうことなんですか?」

 ルークのこの質問で、シードの思考は中止されることとなった。

「……何度も言いますが、これは私の意見に過ぎません。あくまでもそこを意識して聞いてほしいのですが……、あのですね――――」

 淡々とした面持ちで、シードは自分の意見を話しだした。

 ルークはそれを、ただじっと真剣そうに聞いていた。


      ◇


 錬気で形作られた巨大な尾を、ジークへ向ける。先端部を三又に別れた鉤爪状に変形させる。

「カジン流てのは……」

 ジークが、ぽつりと言葉を紡ぎだした。

「武術流派の中でも異端て言われてる。魔法を取り入れた型があるからってのが理由らしいが、カジン流の本質は実はそこじゃないんだよな」

 世間話をするようなノリで、ジーク・カンザイは肩をすくめる。

「カジン流の型の中に、あるんだよなぁ」

 まっすぐに人差し指を伸ばし、リュウトの、そのエネルギー体の尾を指差す。

「錬気を使った型が。おまえのそれ、錬気だろ? わかるんだよ、それなりに慣れてるからさ。もっとも、そう言う使い方は知らなかったけど」

 リュウトは苦笑いを浮かべた。「そういう使い方」と言うのは、十中八九この錬気の鉤爪付きの尻尾のことだろう。

「カジン流は、取り入れるものは取り入れる方針、てわけ?」

「んー。うん、まあそんな感じかな。万能な戦闘術がコンセプトらしいけど。実際応用はかなり利くんだよなあ」

 戦闘行為を行うとは思えないほどの気楽さで、ジークは言葉を発している。

「で、どうやってその使い方知った?」

 何気ない様子で、ジークは核心を突いてきた。

「カジン流以外で錬気を戦闘術に取り入れてる武術流派はない。かく言うカジン流も、拳を堅くするぐらいにしか使わねえ。おまえのその錬気術、どうやって知った? 錬気の量も、バカみてえにでけえよな?」

「…………」

 リュウトは押し黙った。

「なんでだ?」

 微妙に首を傾げながら、ジークは再び問うてくる。

 しばらくの沈黙が訪れる。

 やがて、

 口を開いたのはリュウトの方だった。

「錬気術をどうやって知った云々については何も言えないな。俺の錬気の大きさについては、つい最近気づいた。俺でも何でこんなたくさんなのかは知らん」

 2度重ねられた質問への返答に、嘘はない。

 リュウトはつい最近、自分の中の錬気の大きさに気づいたのだ。だから当然、そこに心当たりなどあるはずもない。

「ふーん、そう」

 と。

 さして興味がないような口調で、ジークはそう言った。

「おまえ、錬気はどれぐらい使ってるんだ?」

 新たなる質問。反射的に、リュウトは己の記憶を遡った。

 ――はて、自分はこの世界ネワギワで錬気を使ったことがあるだろうか?

 ――6年前のイルサとの決闘で、ちらりと使うかどうか頭によぎった程度……。


 ……6年前?


「そういや、6年前に1回だけ使ったな」

 リュウトの口が動いた。

「1回……たった1回」

 懐疑的な視線が、リュウトを射抜く。

「なんの為に使ったんだ?」

「いやあ、ちょっと……気になるアノ人の頭の中身を覗くため☆ ――みたいな?」

 白けた空気が充満し始める。

「なんだそりゃ?」

「……うん、俺もふざけ過ぎたと思ってる……」

「……要は、それだけか。そんなんでよくそんなに使いこなせるな。錬気って、才能もくそもないモノだと思ってたんだけど……」

「才能はあるだろ。それ以上に“慣れ”が必要ってだけで……」

「ハッ、たった1回しかやった事ねえくせに慣れもあるかってんだ。でもまあいいや。今は試合中だし、おまえに聞きたいことはこの際置いとこう」

 言って、ジークは構えた。カジン流の構えだろう。

(八極拳みたいな構え……)

 リュウトの印象はそれだった。

 先刻の試合ではやらなかったジークの構えだった。

「レタデミーの時と、構え方がまるで違うな」

「よく見てるな……。カジン流に構えはないよ。本人の好きな体勢から型に入るってのが基本だから」

「ああ、なるほど」

「みんな、首を傾げるんだよな。それじゃ型に移るまで時間がかかるって。おまえもそう思う?」

 不敵に笑いながら、カジン流武術継承の家系の少年は問いかけた。

 リュウトは、言う。

「いや。俺も……、カジン流の考えには賛成かな」

 カジン流を批判した他の武術流派に反論するわけじゃない。どちらかと言えばカジン流寄りの意見、と言うだけのこと。

 ジークの目が、細くなる。

 構わず、リュウトは続ける。

「柔軟な戦術は、生存にもっとも適してると思っている」

「……生存、ね。武術流派は生き残るためのものじゃないんだけど」

 可笑しそうに、ジークの表情が歪む。

 ――直後に戦闘開始があった。




 先に動いたのはジークの方だった。

 獣族にすら匹敵しうる速度。

 12歳の少年には出し得ない速度。その正体は、何度も練習し反復したであろうカジン流の型の動きに他ならない。

 構えから、型に移って。そうなってしまえば、後は肉体に刻みつけられた動きに身を任せるだけ。

 12歳には出し得ない速度、その俊足のスピードによる接近を、リュウトは捉えていた。

 あと15メートル、10メートル7メートル。

 くっきりとまではいかないが、肉薄してくるジークが確かに見える。

 けれど、だからと言って対応できるとは限らない。

 視神経によって解析された情報に、運動神経による反応はあまりにも遅すぎる。脳の処理に肉体が追い付いていない。

 ジークの相手をするのに、リュウトの素の身体能力はあまりにも鈍い。

 身体強化を掛ければ対応するのは容易だったろうが……。

 今更それをやっても遅い……。

 ならば、どうするか?

 その答えはもう出ている。


 ――なんのために、錬気で尻尾こんなものを作ったのだ。


 一撃で意識を飛ばしてしまうであろうジークの掌底が、眼前に迫る。

 リュウトと、ジークの必殺の掌の間に、青い尾が割って入る。錬気で作られた鉤爪の尾は、ジークの動きを超えていた。

「ぬ!?」

 ジークがそんな音を漏らした。

 掌底を防いだ尻尾は、スライムが潰れるようにその形を崩した。けれど、リュウトの方にダメージはない。エネルギー体であるが故に、尻尾にも痛覚など通っていない。

 少なくない驚愕を顔に表すジークを他所に、リュウトは錬気の尾による横薙ぎの迎撃に転じていた。

 形が崩れたままの尻尾が、風を切ってジークを横から襲う。

 それに対して紙一重でバク転していたジークは、着地と同時に後ろへ跳んで間合いを取った。

「その尻尾、はやいな」

 苦笑いしながら、ジークが言う。

 相互の距離は、目測で10メートルあるかないかといったところ。

 リュウトが黙っているうちに、青の尻尾の形が整っていく。ぶくぶくと音を立てる様は、どこか不気味な毒薬めいていた。

 形が戻る様をちらりと見て、リュウトはジークへ視線を戻す。

 リュウトとは比べ物にならない身体能力。錬気の尻尾がなければ、対応することすら至難。

 試合気分で相手をすると、数秒と立たずに脱落させられる。やはり、今のリュウトでは殺し合うくらいの気構えで臨まねば、作戦通りには運べまい。

「…………」

 リュウトの右手が、首筋の後ろに触れた。

 どうするか。

 ジークの身体能力はリュウトを軽く凌駕している。すぐそばにまだ消えていない対魔障壁がある以上、魔法による中・遠距離からの攻撃も満足に集中できないだろう。

 接近戦、中距離戦、遠距離戦。いずれも動きながら戦う戦法ではリュウトに勝機はない。

「…………」

 ゆっくりと、リュウトの腰が下がっていく。

 リュウトの中で、ジークに対する戦い方・・・が決まった。

「……やっぱりな」

 何故か、ジークが納得顔を作った。

「おまえ、レタデミーの時も、今も、本気出してないだろ」

「…………」

「おまえの得意な戦い方って、一体どんななんだよ?」

「…………」

 リュウトは、黙る他なかった。

 何か自分の秘密を暴かれたような、不思議な焦燥感に捉われたのだ。

 ただ1つ言えるとすれば、ジークが少し、勘違いをしているということだろうか。

「俺に、得意な戦い方なんてない」

 リュウトは断言する。

「……そうか」

 ふむ、とジークは考え込むような声を出す。

 そこに、


 ――隙が、生まれた。


 3つの鉤爪がジーク目がけてはしる。

 不意打ちは見事に命中した。

「がっ!?」

 ジークの腹に、3つの爪先が喰い込む。身体が「く」の字に折れ曲がる。

 続けて、リュウト本人もジークに向けて疾走する。

 約10メートルの距離は、すぐに0に縮まった。

 猫の手のように指を折り曲げた右の掌を、ジークの腹へ突き入れる。が、それは防がれた。

 直後にジークの反撃が跳んでくる。「く」の字の体勢からどうやったのか、横からしなるような蹴りが飛んでくる。

 青の尻尾が防御に入る。水面に軽く触れた時のような波紋が錬気の尾体を伝い、形が崩れる。

 形を崩したままを尾を振るい、ジークの腹を狙う。

 胴を打たれたジークは、後方へと吹き飛んだ。

「ぐっ……、せこい真似しやがるな……」

 舌打ちしながら、ジークは立ち上がった。

(頑丈な身体……)

 リュウトは、口を拭うジークの腹辺りを見ていた。

 3本の鉤爪を不意打ちで突き入れたが、それによる刺し傷は特にはないらしい。よくて打ち身といったところだろうか。

 殺し合いの気構えで、最初の奇襲はほとんど加減抜きだった。本当に殺すつもりはなかったし、そもそも万一に殺すようなことになれば失格になってしまうが。それでも刺さるくらいはなるかもしれないと予想したが、リュウトが思った以上に、ジークの肉体は堅いようだ。

 荒い息を吐きながらも、その身は鋼鉄のように鍛え抜かれている。

(魔法のグランバルトと身体能力のジーク……。確かに2対1になるけど、レンでも勝てるかどうかって組み合わせだな)

 もしグランバルトが使っていたのが対魔障壁ではなく普通の魔法だったなら、おそらくはこの試合、レンを相手にするようなものだったのだろう。

 ならば、そういう状況になる前にグランバルトを沈められたことは大きいか。

「不意打ちとか、卑怯とか思わないのか?」

 からかうような表情で、グランバルトが声を絞り出す。打撃としてみれば、鉤爪はかなり有効な手段なようだ。

「正々堂々と戦えなんて、ルールブックには載ってなかった。それに、どちらかと言えばそっちが勝手に気を逸らしたんじゃないか」

「だからそこを狙うかって、話なんだよおおぉぉぉぉぉ!!」

 叫び、ジークが突進してくる。

 リュウトは体勢を前のめりにし、鉤爪付きの青い尾で迎え撃った。

 引き裂くような一撃は、しかしジークにかわされる。ジークの突撃は止まらない。

 回避直後のジークの踏み込みが、さらに肉薄の速度を加速する。その際に、掌底を作っていたジークの腕が折り曲げられる。カジン流の攻撃の準備動作だ。

 当てられれば、その一撃でリュウトは脱落する。そうなれば、作戦は失敗だ。

 掌底がリュウトの目前にまで来た。

「っ!?」

 ジークの掌が、くうを打ち抜いた。

 ほとんど同時に、ラスパーナの黒髪少年はそらを睨む。

 そこに、ジークの掌底を回避したリュウトがいた。

 リュウトがおこなった回避行動は単純だ。

 獲物を捕らえ損ねた鉤爪をそのまま地面に突き立て、尻尾で自分の体重を持ち上げた。ただそれだけのこと。

 ジークにかわされてしまった迎撃を使った、咄嗟の機転だった。

「くそ!」

 悔しそうに、ジークはこぼす。

 リュウトは、ジークの背後10メートルから15メートルほどの位置に、軽い音を立てて着地した。

 そして、

 その姿が、

 ジークの目の前から、

 一瞬で消える。

「!? ――――つぁ!」

 その場から身体を捻って跳んだのは、本能によるものか。

 ジークのいた場所を、鉤爪がかすめた。

「ちっ」

 距離を取ったジークに向けて、リュウトが舌打ちする。

「今のは、危なかった。あのスピードは、ああそういうことか……」

 納得したように、ジーク。

 理由は、ジークが捉えたリュウトの姿にある。

 新たに2つ、こちらは尻尾というよりは触手といった方がしっくりくる太さ。青色の表面は、液体であるかのようにうっすらと向こう側が透けて見える。

 素のリュウトで、あれだけのスピードは出せない。

 リュウトの脚力・・では、無理な次元なのだ。

 だから、錬気体を作りだして、それで移動した。錬気の操作スピードが異常に速いリュウトならば、それを移動の足として使えば、瞬間的に消えて見えるだけのスピードを出すことも可能だ。

 しかし――、

(今ので決めたかったんだけどなあ)

 リュウトは苦しそうな笑みを浮かべる。

「余裕なさそうだな」

「……頭が疲れるんだよ」

 絞るような声が、リュウトの口から出される。

「そうか……でも、それでもすげえと思うが。錬気をそこまでハイスピードでコントロールするってのは並みの練習じゃできねえ。やっぱおまえ、1回だけじゃないだろ、錬気使うのって。12歳ってのを疑うくらいの年月が必要なんじゃねえの?」

 答えに詰まる質問だった。

「君には言われたくないな」

 リュウトがしたのは、ありきたりな方向転換だった。

「俺はほら、生まれた時からカジン流やらされてるから。正直きついのは4歳くらいまでだったと思う。もう地獄の鍛錬の記憶なんてほとんど覚えちゃいねえよ。今はもう、鍛えるだけだ」

 構えを取りながら、ジークは済ましたように言う。

「へえ、そう。あんまり鍛えて筋肉付け過ぎると、身長伸びねえぞ」

 ここで言える精一杯の軽口を、リュウトは言った。

 面白そうに、ジークの口が歪む。

「おまえ、ほんと面白いな」

 ジークの跳躍。

 それに対するリュウトの反応は迎撃。

 3本爪の尾を足元の地面に突き立てて身体を固定し、2本の触手状のエネルギー体を振るう。

 しなる2本を、ジークは両の拳で打ち沈める。そのまま勢いを殺さずに、リュウトに向けて踏み込んでくる。

「ふん!!」

 固く握られた拳がリュウトの胸を狙って放たれた。

 リュウトの対応は、両腕でのガードだ。

 ガードの上からねじ込まれた拳の勢いは、踏ん張りもむなしくリュウトの身体を後方へと弾き飛ばした。

(あっ!)

 両肘から下が熱い。痺れる。折れている。

 その事実を、リュウトはすんなりと受け入れた。

 折れる物は折れるのだ、と。もとより、あれほどのカジン流を喰らって骨折しない方がおかしいと言うもの。

 吹っ飛ばされながら、リュウトは空中で体勢を整える。

 鉤爪の尾は、一撃を喰らった瞬間に地面から引き抜いている。ジークの拳の威力を瞬時に察知したリュウトが、飛ばされた反動でつっかえにならないように判断したのだ。

 鉤爪の尾と、2本の触手を使って、ジークからかなり離れた位置に着地する。

「……つ」

 両腕の痛みに、リュウトの顔がわずかに歪む。

 ――やはり使えそうにない。

 ならば、もう使う気も起きない。

 だらんと両手を下げ、リュウトはジークを見据える。

 間合いは、30メートルは離れただろうか。カジン流の威力の、そのすさまじさがよく実感できる飛距離だった。

「ははは」

 渇いた笑いが漏れる。

 リュウトの視線の先で、同じ12歳とは思えない屈強な肉体が、ゆっくりと前のめりの姿勢になるのが見えた。

 ――来る!!

 直後の対応は、速かった。

 鉤爪の尾と2本の触手を前方へ持たげる。

 これ以上生身で防御すれば、腕は本当に使えなくなってしまう。安全措置がどれだけはたらいていようが、治療魔法や回復魔法があろうが、後遺症の残るような負傷はけたい。

 なんとしても迎撃しなければならない。

 睨むリュウトの前方で、ジークは俊足の疾走を見せていた。

 相互の間合いは、既に10メートルほどに縮まっている。

 俊足を見せるジークの肉薄が急ストップしたのは、その時だった。

「!?」

 わずかに表情を曇らせるリュウトの眼前、ジークは急停止したその場で拳を振り抜いた。

 距離は足りてない。振り抜いた拳が喰らうべき相手など、いない。

 にもかかわらず、振り抜いた。

 その奇行の意味を考えるより先に、

 リュウトは本能で、迎撃の体勢を取っていた。

 前に宛がった3つのエネルギー体が、途端に破裂する。


 パン! パン!! パアン!!

 と。

 小気味のいい破裂音が響く。


 何をされたかはすぐに理解できた。

 振り抜いた拳から生じた拳圧が、リュウトの位置まで飛んできたのだ。

「カジン流……」

 口角を引きつらせながら、リュウトは呟く。

 拳圧を飛ばす武術流派があるといつか聞いた事があったが、それが今目の前の相手だったとは。

 ジークが1歩を踏みこむ。その1歩で、ジークとリュウトの間合いは、もう1メートルとないほどにまで縮められた。

 ラスパーナの黒髪の少年が、拳を両脇に折りたたむ様子がスロー再生を掛けたようにして見えた。

 どうする?

 錬気体を防御によこすか?

 ――いや、ぎりぎりで間に合わない。

 相手より遥かに劣る身体能力で、一か八か回避するしかない。

 そう判断して、体勢を揺らしたリュウトの視界に、こちらに迫るジークの体の、向こうの光景が映った。

 その光景を見た途端――、

(あっ)

 リュウトは悟る。

 勝敗の行方は、既に決していた。

 ならば、今の自分の行動は、あまりにも無意味になっているのではないか。

 ……そんな戸惑いが生まれた。

「っっっっっ!?」

 ジークの左右の拳が、リュウトの胸部に刺さる。

 重い衝撃が走り、リュウトの視界が反転する。

 直後、

『試合終了!! 勝者ソージック!! 第5競技『ハイ・サヴァイヴ』新人戦、優勝ソージック校!!』

 試合終了を告げる、アナウンスがあった。

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