表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第3章 定期戦<下> 災厄襲来編
31/102

7,ハイ・サヴァイヴ(5)

      ◇


「白熱でしたねー」

 ラスパーナチームとレタデミーチームの試合終了直後。

 選手たちが退場していく試合場を見ながら、ルークは感心の声を出した。

「対魔障壁に、最後のあの火属性魔法の魔力量、さすがはラスパーナと言ったところですかね」

 シードが合いの手を入れる。

「ソージックは一体、どうやって彼らと戦うんでしょうか。林ステージを焼き払われれば、あの少年の空中戦ももう見れませんし、対魔障壁がある以上身体強化した肉体にとっては鉄壁と同義です。これはラスパーナ優勝の線が濃いですね」

「そう、ですね」

 考えるように、ルークの声質が沈んでいく。

「魔法以外で何か、有用な手があれば別なんですけど……」

 唸るルーク。

「まあ、私たちがあれこれ対策を立ててみても仕方ありませんよ。実際に戦うのは私たちではないんですから。……話題を変えましょうか?」

 苦笑気味に、シードは提案する。ルークとしても、これに乗らない理由はない。

「そうですね。そう言えば、シード博士の研究テーマは錬気でしたね。どうですか、最近は?」

 思い出したような口調が、ルークの口から出る。

「ええ、そうですよ。“あの噂”が本当かどうか追及するために選んだんですけど、正直研究は笑ってしまうくらい進んでません」

 肩を落して、シードは落ち込むようなポージングをする。

「そうなんですか?」

「はい。一般常識なことですが、人一人に潜在する錬気量は本当に少ない」

 どれくらい少ないかというと、とシードは前置きして、

「我々研究チーム全員の錬気を一つに集めて、それを数か月ほど繰り返して、集まった量でやっと実験や研究がわずかに進むという感じですね」

「大変ですね、それは。……でも、錬気は練りだした個人個人で全く質が異なる、と前に聞いたと思うんですが、研究チーム全員の錬気を一つに纏めることなんてできるんですか?」

「ああ、そこは私たちも工夫したんですよ。練りだされた錬気は、同じ人間が練りだした錬気としか融合及び反応はしない。練りだした人の一部なんですよ、あれは。魔力と違って人と人の間でやり取りができないのもこれが原因なんじゃないかと推測してるんですけど。まあ、魔力だって個人個人で少し性質が異なりますから、多分錬気はそれが強いってだけでしょうがね」

 力なく、シードは笑う。

「話を戻しましょうか。ならばどうして研究チーム全員の錬気を溶け合わせ、一つの錬気として統一できるのか。キミラさんが訊きたいことは、ずばりそれですね?」

「ええ、多分……」

 言ってる意味が途中でわからなくなった、とは口にしなかった。

「研究してる際に、私たちは偶然、錬気の保存法を見つけました。あまり知られてませんが、錬気はただ練り込んで体外に放出する、というだけではいずれ時間の経過とともに消失するんです」

「まあ、エネルギーですからね」

「はい、錬気の保存ができるようになってから、我々の研究スピードは大分はかどりましたよ。全体として見ると何も言えませんけどね。他人同士で練りだした錬気の同調、共有は、これを応用した結果得られた技術なんですよ」

 はあ、とルークは曖昧な返事を返す。

 言われた内容は、まだよく理解できないものだった。

 シードが苦笑を漏らす。

「すいません、自分の世界を広げすぎました。要は、他人同士の錬気を一つのエネルギーとして集める技術を新しく開発したということです。でも、これでもよくはわかりませんよね?」

 嫌味ではなく、本心からシードは謝罪した。

「いえ、なんとなくはわかりましたから」

「そうですか、それはよかったです」

 安心するシードの様子に、ルークは思わず小さな笑い声を出した。

「ふふ、……それで、研究で何かわかりましたか?」

「ですから、あまり進んでないんですよ。でもそうですね。これはいろいろ調べてみてわかったことの一つなんですけど、錬気はある程度の操作と圧縮を行えば、エネルギー体ではなく、物質の構造体を取れるんです」

「物質の構造体……? 気軽にコップや靴の形を作りだせる、ということでしょうか? もしそうなら便利ですけど……」

「例を上げるならそうですね。ただ、コップや靴だけには留まりません。構造、というか形さえわかっていれば、刀剣類の形状も再現できますよ。まあ、そもそも人間個人には物質の構造体にまで圧縮するだけの量がないんですけどね」

 苦笑を交え、シードは肩をすくめて見せる。

「錬気の保存ができるシード博士たちならではの行為ですね。そうすると、銃機なんかも再現できるんでしょうか?」

「構造さえわかっていればできると思います。ただ、錬気で再現できるのはあくまで形状だけなので、火薬とかを使用する銃機器は再現できても発砲はできませんよ」

 そうですか、とルークは残念そうに、もしくは安心するように肩を落とした。

「でもそれを聞くと、錬気って便利そうですけど……?」

 首を傾げるルーク。彼の疑問に、シードは静かに答えた。

「無論、何度も言ってますがこんなのは全部、それだけの錬気量があったらという前提です。人間一人がやるとしたら、多分一年以上は錬気を練り溜めなければなりません。その人の錬気量を一般的な量で計算すると、それでやっとコップ一個ができるくらいの量なんですよ?」

 自嘲するように、シードは嗤った。

「それはなんとも、……気が遠くなるほどの量が必要なんですね」

 ルークの感想もまた、乾いていた。


      ◇


 ハイ・サヴァイヴ新人戦まで、残り3分ほど。

「リュウト、マジでやるんか?」

 試合場に向かいながら、ルーガが不安たっぷりの声音で訊いてきた。

「ああ、今度も危険な賭けになるけど、成功すれば十中八九は俺たちの勝ちだ。そうなりゃハイ・サヴァイヴの新人戦優勝は頂きだな」

 黙々と、俺はそう返す。

「でも、無茶だろ。おまえもさっきのラスパーナとレタデミー見ただろ。カジン流の黒髪と、対魔障壁の奴を同時に相手する・・・・・・・なんて、いくらおまえでも無理に決まってる!」

 断言するように、ルーガは言った。

 他のチームメンバー2人も、同様に頷く。

「言ったろう。一応の勝算はある。あの2人を押さえても、その時俺が無傷でいる方があり得ない。そうなってしまえば、残りの2人には勝てない。だからルーガたちにも頼んでるんだろう? 俺がグランバルト・ドラグランとジーク・カンザイの2人を担当するから、残りの双子(多分)は任せるって」

 敵チームの情報も既に確認済みだ。あの黒髪のラスパーナの姓はカンザイ。レンの知識によればカジン流の武術流派継承の家系らしい。

 あの双子(仮)の方も、姓は共にグラミラだった。双子と言う線は濃厚だ。イトコとかの可能性もあるが。

「とにかくもう最下位になることはないんだ。俺の言った作戦以外で、何かいい案あるか?」

「そりゃ、ないけど。リュウトの作戦だっていい作戦ってわけじゃねえだろ? それじゃダメだ!」

「なんで? これって所詮学生同士の模擬戦だろ。過去に死人が出たわけじゃないんだ。それで無謀な作戦を立てようが、無茶とは言わないだろ。死ぬわけじゃないのになんでそんな否定するんだ?」

「ぐっ、……それ、は……」

 言い淀むルーガ。

 これで終わりだ、と言う意味で俺は言い切る。

「どうせ試合が終わったって生きてるよ。なら、思い切って無茶・・しようぜ」

 半ば強引に、俺は自分の意見を押し通した。

 発言の矛盾については、指摘されない限りは無視する。

 試合場は元通りになっていた。そう、元通りだ。

 先のレタデミーとラスパーナの試合で焼き尽くされた林ステージは、元の青々とした緑を取り戻している。

 もともと即席で作ってるだけはある。

 上空を見上げる。

 巨大モニター、ここからでは見えにくく配置されているが、ノイズらしい揺らぎのようなものは認められない。焼死されたカメラたちも新しい物を用意したのだろうか。

 どうせまた焼き払われるだろうから、無駄だとわかっているだろうに。

 俺がレタデミー戦で獣族ばりの空中戦を披露した以上、向こうは絶対に林ステージの地の利を封じてくるはずだ。

 しかし、あの林ステージの全焼攻撃、ジークとか言う黒髪がやってたんだな。カジン流だけで選手に選ばれるわけがないが、あの魔力量で選ばれたんだろうか。イルサの見立てでは俺やレン以上らしいが、アレはもはや大砲キャノン並みだ。

「……はあぁ」

 気を落ち着かせる意味も込めて、大きく深呼吸。

 林ステージの向こうを軽く睨む。

 対魔障壁の魔法に対する絶対防御と武術流派の肉弾戦。1度に相手をするには、普通ならばあまりに相性が悪い。

 レンあたりならば、苦戦はしても勝算は普通にあるだろう。

 俺では無理だ。

 少なくとも、今までの俺のやり方では間違いなく勝てない。勝算も何もあったものじゃない。イルサたちに大見栄きった奥の手も、通じなければ無駄骨だ。

「……はああぁぁ」

 もう一度、大きく息を吸う。吐く。

 一連の動作は精神を落ち着かせるための所作であるはずなのに、今は逆に興奮を引き立ててしまっているようだ。

 これでは意味がない。

 けれど、これ以外で有効な精神安定法を、俺は知らない。逆効果だと思っていても、俺は深呼吸に頼るしかないのだ。

「はあ」

 今度は溜息が口から漏れる。

 対魔障壁に、カジン流……。

 ジーク・カンザイの使っていたカジン流を思い出す。

 カジン流の全てを知ってるわけではないが、あの動きは全て初歩的なものだった。つまり、彼にとって獣族3人とは、初級の型だけで倒せるぐらいの相手だった、ということだ。

 身体強化を封じられた俺が真っ向から突っ込めば、まず無事ではいられまい。

「……………………」

 落ち着かない気分になってくる。

「どうしたリュウト、首かゆいんか?」

 ルーガに声をかけられる。

「首って、何が?」

 眉を寄せる俺に、ルーガは右手で自分のうなじを軽く叩いてみせた。

「……………………」

 気が付かなかった。

 知らぬ間に、右手が首筋の後ろを撫でさすっている。

 ……………………。

 これは、ルーガたちにはああ言ったが、なんとも殺し合いなたのしくない試合になるかもしれないな。

「あーあ」

 愚痴をこぼしても仕方がないが、なんとも気乗りしない。

 ぼんやりと空を見上げる。

 澄みきった快晴だ。にもかかわらず、俺の気分は曇天とは随分と皮肉な天気だ。

『第3回戦ソージック対ラスパーナ、開始まで10秒』

 この短時間で聞き慣れたアナウンスが鳴る。

 その音を聞いた途端、


 カチリッ、

 と。


 何かが切り替わるような、奇妙な感覚がした。

『……5、4、』

 アナウンスの声は驚くほど脳に響く。

 けれど、その拡声器の声は遠くに聞こえるという、矛盾のパラドックスを感じた。


      ◇


 ソージック側の観客席にて。

「リン、まだリュウトくんのことが心配なの?」

 イルサが呆れ半分な声音で、そう訊いた。

「だって、あのカジン流って……」

 言葉が、途切れる。

 リンが懸念していること。それはすなわち、リュウトが無茶をすることだ。

 あのカジン流や対魔障壁に勝つために、リュウトが身体に無理をさせてしまうのではないか。6年前、イルサとの決闘でリュウトが自身に身体強化を掛けたように。

 無理をして、その反動が試合中に現れれば、いくらリュウトでもその動きに鈍りが生じるに違いない。そうなれば、あのカジン流の威力はリュウトの身体を壊してしまうかもしれない。

 死ぬ、とまではいかないだろうが。大怪我を負うかもしれない、と言うのであれば、友人として、「特別な感情」がなかったとしても心配するのは当たり前だ。

 試合場を見下ろす。

 リンの友人である、黒髪の少年がいるのがわかる。

 その右手が、自然な動きで首の後ろ辺りに向かうのが見えた。

 何か緊張している時などに、リュウトがよくやっている動きだ。

「……ふふ」

 こんな時だというのに、微かな笑みが口から漏れ出てしまった。

 あの少年の癖を見て、心が和んでしまったのだろうか。心配していたのに、何故か、あの動作は不安を取り除いてしまう。

 もしかして、あたしは変なところがあるのだろうか?

 リンは思わずそんなことを考えてしまった。

 リュウトが無理をしないか心配していたリンは、いつの間にか自分の性癖に疑念を抱く方向に向いてしまっていた。

 もともとリュウトへの配慮の心が欠けていたのか、それともリュウトの癖なる動作が本人の知らぬところでリンにリラックス効果をもたらしたのか。

 おそらくは、後者なのだろう。

「兄さんは……」

 レンが、ふいに口を開いた。

「やってくれます。絶対に」

 自信に満ちた口調と表情で、レンは断言する。

「ここのところ、ずっとレンくんと特訓してたもんね!」

 励ますようなリンの言葉に、レンは楽しそうに笑い。

「はい!」

 元気のいい、肯定を口にした。

 リンに対する気後れのようなものは、この時ばかりはなかった。


      ◇


 アナウンスのカウントは、驚くほどよく聞こえた。

『3、2、……』

 自然と、俺は両の手を胸の前で合わせていた。いつもやる、合掌のポーズだ。開始を告げるアナウンスが、やけに遅く感じる。

『……開始!!』

「――――――――」

 直後に紡ぐ、魔法の詠唱。

 対魔障壁がある以上、この魔法はある程度までしか使えない。でも、それだけで十分だ。

「『ドープ』」

 淡い薄青の魔力光が、俺の周囲に漂い出す。身体強化によって、活性化した魔力が漏れ出た結果だ。

「相っ変わらず遅えのな」

 近くで見ていたルーガが、そんな軽口を叩く。

「てか、おまえのそれなんなん? 身体強化する時の手合わせるやつ」

「……ブリショットルーティーンだ」

「ブリ? ぶり、ブリ? え?」

「なんでもない」

 そう言えば、ネワギワにゴルフなんて文化スポーツはない。必然的に、ブリショットルーティーンというゴルフ用語もないというわけだ。まあ、あったとしても、12歳ではゴルフに興味を持つなんてことも稀だろうが。

「さて、と」

 雑談はここまで。程よく気も紛れた。もともとそんなに、緊張はしていなかったが。

「作戦をおさらいしようか」

開始が宣言されたにもかかわらず、未だ自陣にいる他のチームメンバーに呼び掛ける。

「カジン流と対魔障壁の2人は俺でなんとかしてみる。後の2人は任せた。で、シェイサ」

Cクラスから来たチームメンバー個人に向けて、言う。

任せたぞ・・・・?」

一瞬、きょとんとした表情を作り、シェイサは不適な笑みを浮かべ、

ああ・・任せろ・・・

 胸を張って、そう返してきた。

「……じゃ、手はず通りに」

 言って、俺は林ステージを振り替える。

 短時間で再建設された人工の木々には、既にあの業火の魔の手が上がっていた。

 灼熱の林ステージを見、俺は弾けるように前方へ駆け出した。


      ◇


 林を焼き尽くしていた火炎が、ごうと唸る。

 あと数秒で、この林も先刻と同様の荒地に変わることだろう。

 油断なく、グランバルトとジークは前に一歩を踏み出した。

 レタデミーとの試合と違い、今回はグランバルトも出陣している。しかし、その足取り自体はジークよりやや遅い。

 あくまでもグランバルトは補助、ということだ。

 焼林ステージまであと半分ほどという距離にきたところで、林の火炎がさっ、と割れる。瞬く間に木々を焼き倒していた業火は鎮火していった。

 ラスパーナこちら側とソージックあちら側を遮っていた木々たちは、全てがジークの『フイー・レイ・ベルム』によって焼き払われている。そこには緑などなく、やはり先刻と同じ荒地が広がるのみだった。

 黒くなった元林ステージの、向こう側が見える。

 刹那の瞬間、

 ジークとグランバルトは、予想外の光景に動きを止めた。

 煙がくすぶり、まだ熱の籠った元林ステージ。その向こうのソージック側の平原ステージ。

 そこから、猛スピードでこちらに疾駆してくる選手が1人。ジークと同じ黒髪の少年。けれど、ジークとは違うシドー系のザーナ人。リュウトだ。

 薄い青の魔力光を帯のように引きながら、リュウトはこちらに突進してきていた。

 焼畑状態とかした林ステージまで半分ほどの距離を移動していたジークたちと違って、リュウトは既に黒ずんだ荒地に足を着けようというところだった。

 業火が止んだとは言え、元林ステージはまだ熱い。そこを、彼は何の躊躇いもなくアクセルを踏んでくる。

 いや、注目すべきはそこではない。

 疾駆するあのスピード、そしてわずかに見える薄青の光。

 ――身体強化を使っている。

 全ての魔法を例外なく無効化できるグランバルトがいるにもかかわらず、魔法を使っている。しかも、対魔障壁に対する大きなアドバンテージとなるはずの体術を封じられてしまう身体強化。

 ジークの目が警戒心に細められ、グランバルトの口が見下すように歪められる。

「やっぱバカじゃん。身体強化しちゃったら対魔障壁が突破不可の壁になっちゃうって知らないのか?」

「グラン、早く頼む。仮にそうだったとしても、あいつ、速すぎる」

 リュウトの疾走スピードは、第1回戦の空中戦でのそれとは比べ物にならないほどの速度だった。空中ではなく地面という状況の違いもあるだろうが……。

(あいつ、本気じゃなかったな!)

 ジークは苦そうな笑みを浮かべた。一杯食わされた気分だ。獣族と渡り合ったあの空中戦こそ、リュウトの実力だと思っていた。あれが、奴の得意な戦法なんだと知ったつもりでいた。

 しかし、違う。奴の得意な戦法、戦い方は別にある。

 そして、走りを見ただけで、ジークは悟る。

 ――これもリュウトあいつ実力やりかたじゃない。

 一直線に向かってくる突進。それすらリュウトの得意分野ではない。

 では、一体何が得意なのだ? 

 リュウトは一体、どんな風に戦うのが一番強いのだ?


 答える者などいない。


 だから、ジークは無理矢理に膨らむ疑問を思考の中から排除した。

 目の前を睨む。ジークたちとリュウトの間合いは、100メートルをきっていた。走りながら、リュウトのその姿は合掌のポーズを取った。

 そう言えば、レタデミーの時林ステージ内でもやっていただろうか。ここからではよく見えないが、口は確かに何かを紡いでいる。魔法の詠唱を唱えているのは、魔力の揺らぎを感じずともわかることだ。

「『イノヴァ』!!」

 すかさず、グランバルトの対魔障壁が展開される。

 敵の魔法発動の兆候を探知、発動前にこちらが展開。グランバルトの魔法の才がずば抜けてるが故の高速発動だ。単に、あちらの魔法の発動センスが皆無というのもあるが。

 座標は、ジークたちの前方20メートルほどの位置。

「ふん」

 これで終わりだ、とばかりにグランバルトが余裕そうに笑う。

 しかし、ジークの意識は晴れなかった。

 合掌しながら向かってくるリュウトを睨む。その背後に、魔力の塊が形成されていく。総数は5つ。大きさも形も申し分ない。

「――『レイ・ベルム』!」

 遠くで、微かな詠唱が聞こえた。

 リュウトの背後の魔力弾が、5弾全てが発射された。

 迫る魔力の弾丸。それらは全て、対魔の壁の前に消える。

「無駄だよ!」

 口角を引き上げて、グランバルトが叫ぶ。

 敵の攻撃を全て防いだ。

 なのに、ジークの気分は沈むばかりだった。

 まだ安心できない。そんな暗示のような思考に捉われて、精神が油断することを許さない。

 変わらず、突進してくるリュウトを見続ける。

 合掌だった姿勢から、リュウトの右手がこちらに向けて突き出された。走りながら、その背後に再び光の球体が3つ、形成される。

 間髪入れず、第2射が放たれた。

「だから、無駄なんだよ!」

 苛々した雰囲気を孕ませて、グランバルトはまた叫んだ。

 3発の光球が、対魔の絶対防御に触れて、


 そこに何もないかのように、障壁をすり抜けた・・・・・・・・


「……………………は?」

 消えず、迫ってくる3発の攻撃に、グランバルトが呆けた声を出した。

「避けろ!!」

 ジークが叫ぶ。

 不可視にして不可侵のはずの障壁を抜けた3つの光弾は、うち2つが一直線にグランバルトを狙っていた。

 慌てて、グランバルトが横に避ける。

 ジークも同様にして自分を狙う一撃を回避して、考えた。

 何故、対魔障壁が効かないのだ?


 グランバルトが失敗した?

 ――いいや、グランバルトに限ってそれはない。


 ならばあちらが、対魔障壁が機能しない魔法の隠し玉を持っていた?

 ――それもない。魔力が使われている・・・・・・・・・時点で、 対魔障壁で防げない魔法などありはしない。第一、第1射は防げていたではないか。


 魔力の相殺を上回る量の魔力で撃ち込んだ?

 貫通性に特化させた?

 ――否、否だ。グランバルトの対魔障壁の魔力相殺を上回る量など、まず学生の量ではありえない。それを3つも作るなんてことは無尽蔵な魔力量でもない限り無理だ。そもそも魔力の相殺自体、行われなかった。

 ――貫通性など、そもそも論外だ。対魔障壁は物理障壁ではない。いかに貫通力を高めようと、高速で一点を集中しようと、魔力である以上は相殺される。


 では何か。もしかすると、リュウトの魔力は対魔障壁が反応できない、特殊な魔力だというのか?

 ――いいや、それでは第1射が防げた結果と矛盾する。


 疑問を渦巻かせるジークの前方で、リュウトと対魔障壁の位置との距離は5メートルほどにまで縮まっていた。

 瞬間、リュウトが上に跳ぶ。

 上方5メートルほど。

 放物線を描くようにリュウトの体は空を舞う。


 ダンッ!

 と。


 何かを叩くような音がした。

 ジークは見る。

 音が鳴る直前、リュウトは前方へ今一度右手を突き出していた。しかし、それは先ほどの突撃命令でもするような動きではなく、何かを押し出すような、そんな動作だった。

 リュウトの体の軌道が、不自然なほど後ろ向きへ変わる。

 その意味を、ジークは理解する。

 リュウトがあのまま跳んだままだったとして、その先は対魔障壁への激突だ。

 それをリュウトは、右手の掌底を壁面部に叩きつけることで、己の身体の進行する向きを前から後ろに変えたのだ。

 身体強化し、活性化した魔力が流れている状態のリュウトの身体は、当然のように対魔障壁に阻まれたわけだ。

 たん、と軽い音を立てて、リュウトが着地する。

 対魔障壁との距離は、おおよそ1メートル。

 つまるところ、ジークたちと対峙する距離は20メートルほど。

 リュウトの右手が、上げられる。

 5つの光弾が、リュウトの周囲に現れる。

 放たれる。やはり、対魔障壁は反応しない。

 5つの攻撃は、全てグランバルトを狙っている。

「グラン!」

 ジークの表情に、焦燥が走った。

 警告を受けるまでもなく、グランバルトも回避行動に移っていた。

 1つ、2つ、大ぶりながら決して遅くない速力は、おそらくジークと共に練習した賜物だろう。

 これならば避けきれる。そう思ったジークは、信じられないものを見た。

 先にジークとグランバルトが避けた3発、そして5発の内でグランバルトが回避した何発かの光弾。


 避けきった。だが、その数発の光弾は消えていなかった。


 果たして、計8発の光弾がグランバルトに迫る。ブラウン髪の少年を、取り囲む。

 ほぼ死角なしの攻撃は、あるいはジークだったならかわせたかもしれないが。グランバルトに、そこまでの体術スキルがあるわけでもなく、8方向からの一斉攻撃はグランバルトの意識を沈めるのに十分だった。

 グランバルトの脱落リタイア。その事実をジークが理解するのに、おおよそ3秒ほどの時間を要した。

 その間に、ジークの背後で足音がする。

「!?」

 振り返ったジークが見た者。

 青い光を纏った、リュウトの姿だった。

「……おまえは!?」

 疑問が、ジークの思考を支配する。

 ジークと対峙するリュウトがいる位置は、対魔障壁の内側。

 対魔障壁を通過したということ。ならば、何故、リュウトの周囲に青の光があるのだ?

 身体強化を掛けているのなら、対魔障壁は通れない。

 …………いや。

「そうか」

 閃きがあった。

 ジークの中で、リュウトのやってのけた不可解な攻撃の解が導き出される。

「可愛い顔して、えげつねえな」

 年相応に幼い顔立ちの少年を、ジークは睨んだ。

 ある意味では、ジークの仮説は正しかったのだ。

 対魔障壁が反応しない・・・・・・・・・・特殊な魔力・・・・・

 第一に、魔力であれば対魔障壁が反応するので、リュウトが使ったのは魔力ではない。魔力ではない、ということは必然的にあの攻撃は魔法でもない。

 対魔障壁が反応しない、魔力ではない特殊な力を使ったのだ。それはすなわち――、

「おまえが使ったのは……」

 リュウトが纏っていた青光が、形を変える。

 煙のように不定形ながら、流れる水のように実体感のある、不思議な光はエネルギーそのものなのだ。集束したエネルギーの取ったカタチは、まるで巨大な尻尾だった。それを背面あたりから発生させているリュウトは、まさしく人間ではない怪人に見える。

 ゆっくりと、エネルギーで形作られた尾がジークに向けられる。先端部が割れ、3本の鉤爪のような形状に変わる。

「……錬気だな」

 静かに、薄く、黒ずくめの少年は笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ