6,ハイ・サヴァイヴ(4)
◇
獣族三人が硬直したように呆然と停止する。
林ステージを包む豪火は静まることなくその激しさを増していく。
数秒遅れで、三人は大きく後方へ跳んだ。
林を覆う業火のごとき灼熱は、瞬く間に木々を燃やし尽くしていく。
林ステージ全体を灰の荒れ地に変えるのに、数秒あれば事足りた。
まだ煙がくすぶる林ステージだったエリアを、ラスパーナ側から悠然と歩いてくる選手が一人。黒髪の少年だった。
三人がその存在に気付いたのは火炎が忽然と消えさるのと同時だった。瞬時に突撃に回るのもまた、同時のことだった。
林ステージの木々は既に灰と化し、入り組んだ構造など見る影もない。三人の地の利が奪われた。
けれど、しかし、三人の身体能力は一般の人間のそれを軽く凌駕する。何代にもわたって森の中で狩猟生活を続けてきた彼らは、遺伝子レベルでその能力を継承しているのだ。
開幕早々に林ステージを消し飛ばしたのはたしかに脅威だが、たかだか一人に三人が敗れる道理などない。
三人それぞれが、別々の三方向から攻撃に転じた。
グレンは正面、ジョンは相手から見て左側面から、フィンクは上方から、ラスパーナ選手の少年に襲いかかる。
『がああああああ!』
吠え声とともに、掌底が、回し蹴りが、鋭い爪での引っ掻きの動作が、ラスパーナの選手へ放たれた。
「……まるで獣だな」
そんな呟きが、ラスパーナ選手の口から漏れる。
直後の攻防は、観客席の観戦者たちをざわつかせるのに十分な結果だった。
グレンの掌底は突き出した右足の膝で、ジョンの回し蹴りは左腕の前腕部で、フィンクの引き裂くような動作は引き裂かれる前にその手首を掴むことで、彼は防御して見せたのだ。獣族三人の攻撃を、たった一人で。
それは、先の試合のリュウト対獣族三人の戦い以上の衝撃を巻き起こした。
ラスパーナ選手の少年が次に行った行動は、単純な反撃だった。
グレンに対し、掌底を受け止めたのは折り曲げた状態の右足の膝。その右足を一気に伸ばし、ピンと伸びたつま先がグレンの腹にそのままめり込む。
ジョンの回し蹴りを受け止めていた左腕が、その足を撒きこむように動き、掴み、フィンクの手首を掴んでいた右手と供に振りまわし、褐色肌の獣族2人の身体を、たやすく投げ飛ばした。
――ダメージを与えたのはグレンのみ。
投げ飛ばされた二人は空中で体勢を立て直し、危なげなく着地した。
ジョンとフィンクが同時に、一刻遅れてグレンがラスパーナ選手の少年から距離を取る。
野生の感がはたらいたのか、三人が取った間合いは、三人ともが接近戦を行うには余りにも遠すぎる距離だった。
「……少し、速いな」
ラスパーナ選手の少年は、特に表情を変えるでもなくうそぶいた。
両の手首をぶんぶん振り、グレンの腹を蹴り上げた右足も同様にして振りながら、彼はただ獣族三人を順に見た。
「速度が5、力が4、反応が7、てとこだな。平均的に」
ぶつぶつと呟く声は、三人には届かない。もとより、会話のための呟きではないだろうが。
――突然に、ラスパーナ選手の少年が前に出る。疾駆の先にいるのは、グレン。
少年の肉薄の速度は、獣族にも引けを取らない瞬足だった。
その姿がグレンの前に現れた時には、既に攻撃準備を終えた体勢で、
「――っくぁ!?」
両の掌底が、グレンの腹に突き刺さる。苦悶の音が、グレンの口から吐き出された。
レンの身体が、そのまま後方へ飛ばされる。
地面を数回跳ね、落ち着いて、グレンの身体はぴくりとも動かなくなった。気絶したのだ。
……開始早々に、レタデミーから脱落者が一人出た。
その事実は、褐色肌の二人に小さくない動揺を生ませた。
「やっべ!」
「……!」
同時に二人が行ったのは、自分の後方へ跳躍…………しながらの魔法攻撃だった。
普段肉体を使った格闘戦ばかりをやる獣族とて、人間なのだ。大なり小なりの魔力はきちんと体内に流れている(大多数が少だが)。
二人が即時に発動した『レイ・ガンス』が、グレンを下した少年へ迫る。
ランクBに指定された「特化型」が違う二方向から一弾ずつ、己に迫ってくるのを見ながら、少年の口には笑みが浮かんでいた。
直後、二つの強烈な魔力光線が少年を挟み打った。
◇
「凄いな」
豪火が林ステージを焼き尽くしていく。
あまりにも現実離れした試合模様に、観客中が呆然としていた。
そんな中で、リュウトはただそれだけを呟いた。
何が起こったのか自体は至極簡単なことだ。観客席に座る誰もが、どうしてこんなことになったのかすぐにわかっただろう。あるいはすぐにわかったからこそ、その非現実性に皆呆気に取られているのだ。
魔法で火を起こして、燃え移らせる。それだけでは、あんなに短時間で林ステージを全焼させることはできない。ならどうしたのか。
火属性を付けた『フィー・レイ・ベルム』で、林全体を魔力で覆ったのだ。かくして火属性の付加によって、火炎に変質した魔力は、林ステージを瞬時に焼却したのだ。
人々が呆然とする理由。もちろん、それは火属性が使えるということではなく、単純にその魔力保有量のデカさだ。いや、この場合ほとんどは魔力の大きさというよりか火炎の規模に呆気にとられているのだろう。
あっという間に林ステージを焼畑ステージに変えたのは、おそらくはラスパーナの選手の誰かだ。
「テラの弟かい?」
さして平然とした調子で、リュウトは隣の友人へ質問する。
「へ? なんだ、リュウト?」
「だから、あの火属性の魔法、テラの弟の仕業?」
黒髪の少年がゆっくりと歩いている灰ステージを指さしながら、リュウトは再度訊く。
「……いや、あいつ確か火属性は苦手だったと思う。オレの家の奴ってみんなそうだし」
ふむ、と頷きながら、リュウトは試合場を見る。このありさまでは、もう上空のモニターの世話になることはないだろう。一瞬上方を見ると、区分けされた画面のほとんどがノイズ状態だった。林ステージの木々と一緒に、浮遊設置されていたカメラも全て焼死してしまったというわけだ。
その時、観客中に衝撃が巻き起こった。
その理由を、リュウトはもちろん見ていた。ラスパーナ選手一人と、レタデミーの獣族三人との攻防が始まったのだ。
「……カジン流だな」
ラスパーナの黒髪の少年の動きを見ながら、リュウトはぼそりと口にした。
「カジン流?」
イルサが疑問の音を上げる。
「……レン、説明プリーズ」
リュウトがレンに押し付ける。リュウトとしては、自分よりレンの方がよほどわかりやすく説明できるだろうと考えての言だった。自分より弟の方がよく知っているという理由もあるが。それは単に楽をしたいだけかもしれない。
「……シドー国の武術流派の事ですよ」
「武術流派って、身体強化の魔法さえも使わずに自分の身体だけで戦闘を行うって言う、アレ?」
「はい。カジン流はシドーの武術流派の中でも異端で魔法を取りこんだ型もあるらしいですけど、あの動きだとかなりの手練ですね」
レンの説明に、イルサはまじまじと獣族三人とやり合う少年を見やった。
「まだ十二歳のはずなんですけどねー」
リュウトの軽口に反応を示す者は、誰もいない。
「身体強化を使わずにって、あれって使ってないんか?」
驚いたように、テラが目を見開く。
「当たり前だろ。身体強化使わずにやるのが武術流派だし、そもそも身体強化した時の青い魔力光が全く出てないだろう?」
その身体強化要らずの武術流派と獣族との戦いは、ちょうどグレンが脱落したところだった。
ふと、リュウトは疑問を覚えた。
(……他の選手は何やってんだ?)
疑問に思うのは、当然と言えば当然か。
敵と戦っているのはいやい一だけ。
残った三人は高みの見物か?
あるいは先のソージック戦と同じように獣族一掃まで待機か?
疑問はすぐに解消できる。視線を向こう側のラスパーナの陣地へ向ければいいのだから。
果たして、リュウトの目に映ったのは、獣族と格闘している少年へと、味方であるはずの少年へと右手をかざしているグランバルト・ドラグランと自然体で立っている双子(仮)の姿だった。
一瞬、魔力の揺らぎが起きる。グランバルトがかざしている右掌からだった。
一体何をしたのか、リュウトが訝しむより先に、
ドゴオォォォン、と。
大音響が鳴り響く。カジン流武術流派の、ラスパーナ選手の少年である。
そちらに視線を傾けると、少年がいると思わしき地点で砂塵と粉塵が舞っている。直後の光景しかリュウトは見ていないから全容はわからないが、褐色肌二人から何らかの魔法の攻撃を受けたと見るべきだろう。おそらくは『レイ・ベルム』か、それに準じるものだろう。
身体強化を掛けていないところに魔法を二発。
普通ならばそれだけで脱落になってもおかしくはないが。
ラスパーナ選手の少年がいた場所を取り巻いていた粉塵や砂塵が、だんだんと晴れていく。そこに、彼は立っていた。一切の攻撃を受けた形跡も、よろめいたような動きもない。魔法攻撃を受けてなお立つその少年は、静かに先ほどのように首と手首を振り始めた。
「十二歳の身体じゃないな」
さすがカジン流、とリュウトは他人事のように感想を漏らす。この後、十中八九彼と対峙するであろうに。
「……あれは……まさか!?」
レンは口に手をやりながら眉根を寄せた後、目をぎょっと見開いた。
「どうしたんだよ?」
「さっきの攻撃、『レイ・ガンス』だった」
「そりゃ、なんとも。バケモンだなあのラスパーナは。もしかしてテラより頑丈なんじゃないか?」
「そんなわけないだろ! 兄さん、カジン流をやってても肉体の強度には限度ってものがある。最低限二発も生身に喰らって平然としてられるのは人間じゃない。まだ十二歳だって言うなら、獣族だって気絶するよ?」
信じられない、とばかりにレンは語気を荒げた。
「じゃあ障壁魔法で防いだってこと?」
そんなことがあるわけないとわかりつつ、リュウトは質問返しでレンに訊ねた。
一般に、障壁魔法を展開したのならラスパーナ選手の少年の周囲に魔力濃度の濃い半透明上のフィールドが形成されるはずだ。普通の防御魔法でやろうが「特化型」を使おうが、その事実に変わりはない。
仮に身体の表面ぎりぎりで展開していたとしても、それで見逃すほど魔法障壁のフィールドは透明ではない。
「そんな風には見えなかったけど?」
さらに質問形式で、確認の言葉を繋げる。
「だから問題なんじゃないか! 一般に知られる防御魔法は使われてない。でも、もしあれが魔法による防御で防いでいたんだとしたら、ラスパーナが使ったのはおそらく……」
「おそらく、何だよ?」
その先を言うより先に、レンは弾けるような素早さで試合場を見下ろした。つられて見下ろしたリュウトが見た光景は…………、
レタデミー陣地で構えていたマクミランが、ラスパーナ選手の少年に向けて魔法を行使しようとしている場面だった。
そして、放たれたのは「特化型」のランクB指定『レイ・ガンス』。しかも、火属性と風属性付きの二発同時。
豪と唸る火炎と、しゅんと空を斬るカマイタチが、ラスパーナ選手の少年に迫る。
なのに、少年は避けるような動作さえしない。ゆらり、とその上体が前にのめる。突撃の動作は、『レイ・ガンス』が直撃する直前のことだった。
ドゴオォォォン、と。
また、轟音が鳴る。今度は先刻よりやや音量が大きいか。
砂塵と粉塵が舞い、ほぼタイムロスゼロで少年がその煙の中から飛び出してくる。その先にいるのは、褐色肌の二人の内のどちらかだ。
「あ?」
その模様に、リュウトは違和感を感じた。
ラスパーナ選手の少年が突撃しているのはわかる。魔力光線が直撃する前にその予備動作があったのだから。けれど、それでもあの試合運びは早すぎる。
障壁魔法か何かであの魔力光線を防いだとしよう。そうすれば少年が粉塵砂塵の中から出てくるのは、もっと遅れたはずではないだろうか。魔力光線を防いだ障壁に阻まれて、あんなに早くに前身することは出来まい。
ならばやはり、防御など一切行わず生身で堪えきったのか。いや、それも否だ。仮にそんな屈強な肉体だったとしても、前のめりに倒れかけた体勢だった。『レイ・ガンス』の威力ならば、たやすく押し戻せるだろう。
どういうことだろうか。まるで自分を阻む魔法攻撃などないかのように、あの少年はためらいなく突撃のアクセルを踏んだ。
そこに覚悟はあったのか。
勝機はあったのか。
リュウトにはわからなかったが、少なくとも普通ならば自分に迫る魔法攻撃に向かって地面を蹴る行為は異常だろう。
「やっぱり、『対魔障壁』……!」
合点がいった、とばかりにレンがやや大きな声を出す。
「大麻障壁?」
リュウトの解釈は、ネワギワでも問題視されている薬物の名称だったが。
「そう、対魔障壁。あらゆる魔法を無効化する、最強の対魔法用の「特化型」障壁魔法」
「…………タイマって対魔なのね」
ぼそりと、リュウトは自嘲げに小さく嗤った。
「魔法を無効化って、マジか?」
半信半疑な様子で、テラが訊ねる。
「はい、対魔障壁は魔法発動による活性化した魔力に反応して打ち消す効果があって、物理現象には全く反応しないから」
説明を聞いて、リュウトは納得する。それならば、あの早すぎる行動の切り替えも、迷わず魔力光線に突っ込めたのも頷ける。
障壁が一〇〇パーセント魔法を防ぐ。しかし自分の動きは障壁に阻害されない。活性化した魔力を全身に流し込んで身体能力を高める身体強化魔法ならば、おそらく対魔障壁が十分に機能するだろう。その点で言えば、身体強化をしない武術流派とは相性がいい組み合わせだ。
「誰が……展開してるんだろう?」
自分でも信じられないように、レンが呟く。
「誰がって、あの黒髪の奴じゃねえのかよ?」
「いや、多分テラの弟だよ」
「グランが!?」
俺の入れた横槍に、テラは驚くような、疑うような表情を見せた。
「初めに対魔障壁が展開される前、あいつが何か魔法を使っていた。多分それだろ」
「それに、対魔障壁ができるようになるには、理論の理解と構築、それに反復練習をたくさんする必要があるから、あれだけのカジン流と両立するのは難しいと思います」
もっともらしい補足を、レンが入れる。
「へえ、グランが……」
感心するように、テラが試合場にいる自分の弟の方を見た。
「……皮肉だな」
小さく、リュウトは漏らした。
魔法の才は兄より上でありながら、魔法を否定するようなやり方を使うとは。あの対魔障壁とやらは確かに超超高等な魔法だろうが、それでも魔法を否定していることに変わりはない。
……どちらにしても、リュウトとは関係のないことであるが。
「あらら?」
リュウトは思わずそうこぼした。
動きがあったのだ。
今まで自陣で待機していた三人のラスパーナ選手に。
◇
まず飛び出したのはグランバルトだった。保険のためにまたいくつか対魔障壁を展開しながら、レタデミー陣地へ向けて疾走する。
そのすぐ後ろを、双子のチームメイト二人が駆ける。身体強化も掛けず、且つ肉体派というわけでもないグランバルトの走速は、決して速いものではなかった。が、林ステージは開始早々に燃え尽き、獣族三人は一人が脱落して、残りの褐色肌二人もジークが牽制している。グランバルトたち三人を阻む壁はもはやない。
グランバルトたちはジークが牽制している獣族二人を素通りし。自分たちの目的である自マクミラン目がけて走った。
いち早く敵の接近に気づいたマクミランが、迎撃のために右手をこちらに向ける。
魔法攻撃が発動する、その前に、
「『イノヴァ』!!」
グランバルトの詠唱が発動する。
障壁展開の座標は、自分たちの五〇メートルほど前方。普通の物理的な壁や魔法障壁ならひとたまりもなく蜂の巣にしてしまいそうな魔力光線の雨は、対魔障壁に衝突するごとにことごとく消滅してしまう。
当り前なことだが、対魔障壁と魔法攻撃の激突は剣と矛の単純な激突というわけではない。イメージとしては、鉄を容易に融解させてしまうほどの超高温の盾に比較的融点の低い金属製の矛を突き入れるようなものだ。いくら力を入れて攻撃しようとも、手数を増やそうとも、盾に触れた瞬間矛は矛の形を失う。
無論リスクはある。
金属製の武器を全て無効化させてしまうほどの、そんな超高温の盾を装備すれば火傷どころでは済まないように、対魔障壁にもデメリットはある。
すなわち、対魔障壁とは活性化した魔力を拒絶する魔法キラーな障壁魔法だ。故に、対魔障壁展開中、使用者は一切の魔法が使えない。
魔法の無効化と言っても、魔力の打ち消しが追いつかないほどの巨大な魔力で練られた魔法とは相性が悪い。
しかし、そうでなければ。使われる魔法がバケモノレベルな魔力量でなければ。対魔障壁はやはり、最強の魔法キラーだ。
迫る『レイ・ガンス』を全て防ぎながら、グランバルトは突進する。
いつの間にか、彼の背後にいた双子はそれぞれ左右に離れて疾駆していた。
グランバルトとマクミランの間合いが、おおよそ三〇メートルほどに詰まった。
「『イノヴァ』!」
グランバルトが呪文を詠唱する。
対魔障壁の展開座標は、……マクミランの位置だった。
彼の周囲、半径約一メートルほどを、半円状に魔法キラーのフィールドが展開される。
「っ!!」
驚愕に、マクミランの顔が引きつる。
全方位を囲まれた。これで魔法は使えない。
――しかし、対魔障壁は魔法のみに効果を発揮する。普段体内に巡っている魔力は、身体強化でもしない限り活性化などしない。つまり、対魔障壁は物理的に通過することが可能だ。
一旦この魔法キラーゾーンを出てから魔法を使えばそれで解決だ。
障壁魔法をはじめとして、防御系の魔法は移動させることが極めて困難だ。魔法で作った壁ごと連れてまわるなんて芸当は、いくらラスパーナ学院生徒といえどできる者はそういない。まして、対魔障壁などという普通とは違う系統の防御魔法ならば展開以上のことは絶対にあり得ない。
そう判断してか、マクミランは横に跳ぼうと身体を動かす。
しかし、その前にラスパーナの双子が動いていた。
左右の側面から詰めるように走っていた二人は、ほぼ同時にマクミランに向けて片手を伸ばし、呪文を唱えた。
『「フィー・レイ・ベルム」!!』
マクミランの左右二方向から迫る、火属性の『レイ・ベルム』。その形状は弾丸ではなく、光線状だった。“火炎放射”という形容がよく当てはまる攻撃だった。
左右からの火炎放射は、瞬く間にマクミランを呑みこんだ。
いや、対魔障壁が展開されている以上、中のマクミランは無事だ。
しかしこれでは障壁の中から抜け出すことができない。
もしグランバルトたちが対魔障壁を解除して、双方からの火炎でマクミランを潰す作戦に出れば、あるいはマクミランならその状況を突破できるだろう。障壁が解除された瞬間、マクミランが自分で障壁を展開して、そこから反撃に転じられる。
しかし、
「……僕の足止めが目的か」
悔しそうに、マクミランは奥歯を噛んだ。
そう。グランバルトたちの目的は、あくまで獣族一掃までの間、邪魔なマクミランの足止めでしかないのだ。
グランバルトが背後を振り返る。
視線の先で、ジークが最後の一人を文字通り叩きのめしたところだった。
「ジーク!」
呼びかける。およそ二〇メートルは離れたグランバルトの友人は、静かにこちらを向いて、確かに頷きを返した。
右手がゆっくりと持ちあがる。
「――、――――、……――」
魔法詠唱が、途切れ途切れだが聞こえてくる。
それを聞いて、グランバルトはエリアに展開していた対魔障壁を全て解除した。
豪と唸る火炎の衝突があった。
マクミランを守っていた対魔障壁も焼失したため、当然障壁が止めていた火炎放射はマクミランに牙をむく。
豪と唸る二つの火炎の衝突だ。
しかし、
「やっぱ防いじゃうかなー」
淡々と、グランバルトはマクミランの方を見ながら呟いた。
盛る火炎の中で、マクミランは平然としていた。対魔障壁が消えた瞬間、今度は自分が魔法障壁を展開して火炎から身を守ったのだ。
しかし、全て戦略の範囲内だ。
「退却!」
叫び、グランバルトは一気に試合場の端まで疾走した。
火炎放射をしていた双子の二人もそれにならって魔法を中断し、試合場の端まで退避する。
試合場で、ジークとマクミランとの道が開けられた。
直後、
「『フィー・レイ・ベルム』!!」
ジークがその呪文を唱えた。
巨大な火炎の渦が、マクミランへと放射された。
第五競技ハイ・サヴァイヴ新人戦。第二回戦ラスパーナ対レタデミー。
勝敗の行方は、ラスパーナの完全勝利に終わった。
◇
向こう側、ラスパーナの観客席から割れるような拍手が巻き起こった。
「厄介だね」
俺の淡々とした呟きに、呆れるようにレンが喰いついてくる。
「兄さん、わかってる? 兄さんなら身体強化であのカジン流を圧倒できるけど、それやっちゃうと対魔障壁はスルーできなくなるんだよ?」
「確かに、そこはネックだな。何かいい手はないかな」
そう言っても、魔法が全て利かないというあの状況。魔法以外で何かなるとは……。
……ああ、だからグランバルトはあんなことを言っていたのか。魔法に頼らずにで戦えるようにとか云々、そういう意味だったのか。
しかしどうしたものか。魔法以外で俺ができることなんて………………、
「レン」
閃きは、突然だった。
ビクッ、とレンが面白い反応を示す。
「なに?」
「対魔障壁って魔力に反応するんだよな?」
「うん、魔法発動で活性化した魔力にだけど、なんで?」
「魔力だけに反応するって意味だよな?」
「そうだよ。魔力以外にあの障壁が反応するものなんてない。だから対魔って名付けられてるんじゃないか」
当り前だ、というレンの態度に、俺の口元は思わず歪んでいた。
「リュウトくん、何か作戦ができたの~?」
面白そうに、イルサが訊いてくる。
「ええ、まあそうです」
「どんな手?」
話すわけないだろう、そんなこと。突拍子もないことだし、言ったとしても冗談だとか言われるだけだろうし。
でも、そうだな。少しくらいのヒントなら、大丈夫だ。
「無論、奥の手という奴ですよ。先輩、俺と決闘した時のこと覚えてますか?」
「う、ん?」
イルサの疑問顔に微笑みを漏らしつつ、俺は言った。
「あの時はちょっと、できなかったことなんですけど、まあ今なら大丈夫だと思うので」
本格的に首を傾げた彼女を他所に、俺は口を薄い笑みの形に歪めた。




