4,ハイ・サヴァイヴ(2)
◇
ラスパーナ総合闘技場。その大闘技場の外周にて。
黒の外套を着た、黒髪黒瞳の青年は通信機を片手に喋っていた。
年は、十代後半ごろだろうか。身長はおおよそ一七〇ほど。太っているわけでも、別段痩せているわけでもない標準的な体付き。顔立ちはそこそこいい方だろうか。鋭い目つきと、底なしのような瞳が印象的だった。
「カリンにまで内密で俺を投入する意味、あったのか?」
青年がそう愚痴ると、通信機越しにくすくすという笑い声が聞こえてきた。
『カリンだけだと手に負えないことになるかもしれないだろう?』
「それもよくわからんね。あの使徒は結構やると思うんだが」
『念には念をってやつだよ。もともとカリンだけで「あいつ」を制御できるとは思っていないし』
「割と辛らつだな。あんたも」
『まさか。俺ほど「あいつ」を気遣ってる男はいねえさ』
通信相手が気遣っているのがカリンではなく『彼女』であることに、青年は苦笑しかけた。
「で、その気遣ってる『あいつ』で、どうしてこんな計画を立てたんだ? そもそも、やる意味が見当たらねえんだけど」
『なに、簡単なことだよ。「あいつ」は日々進化している。これはその度合いを測るためのものだ』
その返答に、青年は呆れてしまった。
「狂的、と言わせてもらおうか。あんたは“昔”からそうだったよな」
『ああん? おまえ、誰がこの世界に流れ着いて瀕死だったおまえを助けてやったと思ってやがる』
「…………」
脅すような通信相手の声音は、通信機越しでも本気とわかる迫力があった。
『……冗談だ。俺とおまえの仲だろう?』
「…………やっぱ、未だにあんただと信じらんねーな。昔はそんなこと言わなかった気がするが」
『そうか?』
「ああ、あんたの正体を知った時も驚いたが、やはりまったく意識できない」
ふむ、と通信機の向こうの相手は考えこむように唸った。
『たしかに、こうして生まれ変わったのに、未だに実感がないのは俺も同じだ。しかしまあ、それで困ると言うことでもない』
「そりゃ何よりで」
軽口を叩く。通信相手との会話を、青年は懐かしく感じ始めていた。
『……頼んだぞ。カリンがダメになった時は、おまえが「あいつ」を回収しろ』
「はあ? そりゃ無理だ。カリンを助力するのはいいんだが、『あいつ』の方は少しな……。その辺はあんたが来ればいいんじゃないのか? 俺がやるよりずっと安心だと思うが。カリン一人では『あいつ』を制御できないって言ってたが、俺だって難しいぜ?」
『ふむ、一理あることはある。仕方ない、そういう事態になったら連絡を入れろ。ああいや、やっぱりいい。最初から俺が行く』
溜息の音が、混じって聞こえる。
「ああ。しかし、回りくどいのが好きだな、あんたも」
『すべては俺の「愛」さ』
「……その『愛』とやらがどれだけのものなのか、俺には知る術がないな」
『知る前に、おまえは消えてしまったわけだからな。一体誰が、異世界漂流なんぞ想像できる? お前とこっちの世界で再会したときは、我が目を疑ったぞ』
遠い話をするような調子で、通信相手はそう言った。
「まったくだ。もっとも、あんたはもう、『昔のあんた』じゃないわけだが。こっちだっててめえが生まれ変わりだなんて簡単に信じられるものか」
笑うように、青年は口の形を歪めた。けれど、不思議と笑い声は漏れなかった。
「なあ、そう言えば、“奴”はどうなったかな?」
ふと、青年の脳裏に疑問がよぎる。それを、通信相手に向けて口にする。
『“奴”……?』
「ああ、考えてみれば、“奴”がいなければ俺たちは造られることもなかったわけだろう。こうして奴のいない俺たちが世界に来て、どうなっちまうんだろうな」
『あの魔術師が言うには、どの道俺たちが製造されることは避けられなかったように思えるんがな。まあ、おまえと違って俺は生まれ変わった身なわけだが』
「……そうだな」
『ああ、………………………………くく』
突然に、通信機の奥から可笑しそうに笑う声が聞こえてくる。
「どうした?」
『いやなに、ちょっと懐かしく思っただけだ。この言葉で話すのはいつ以来だろうな』
堪えきれなくなったように、笑い声がいっそう大きくなる。
笑いの理由はわかったが、笑点はわからない。とりあえず、青年は無視することにした。
「……しかし、これで良かったのかな?」
『うん? 何がだ?』
心底わからない、と言うように通信機越しの声は疑問の音を上げる。
「『彼女』をここの襲撃に使うのはいいさ。本来の目的のひとつなんだろ。でも、その監視にカリンと俺の二人をよこして、緊急時のための回収にあんた自らこっちにお出ましの予定。幹部三人と頭がこんな闘技場に集結するのはいいが、それで襲撃の本命の方は大丈夫なのかと思ってね。第一、また作戦を大幅に変えてる。いい加減、その気まぐれを何とかした方がいいんじゃないか」
『ああ、そんなことか。心配はないさ。すべては運命の向くままに、というやつだ』
「……・そうかい。ならいいんだが。そういえば『あいつ』に今回は殺さなくてもいいって言ったんだって?」
『ああ、「あいつ」はあまり人を殺したがらないからな。二十四、五年前に滅ぼさせた国も、一人か二人くらい生き残りがいたらしいし。変な戸惑いが出るくらいなら殺さなくても構わねえさ』
青年の周りに人はいなかったが、仮にいたとしても青年達の会話の意味を知る者はいないだろう。
しかし、それでいい。もともと聞かれては困るような内容でもある。だから彼らはこの世界のものではない言語まで使って通信していたのだ。
さすがに、杞憂だったらしいが。
「そいつはなんとも」
相手には見えないと知りつつ、青年は肩をすくめて曖昧な返事をする。
――その時、
『コエセ!!』
彼らが話していた言語とは違う、この世界の言語によるアナウンスが、大闘技場の方から響いてきた。
『おや、そっちでは何をやってるんだ?』
「……ちょうど、ホエ・ソヴォエヴとかいう競技らしい」
『そうか。……いい加減ややこしくなってきたな。ネワギワ語で話さないか? 茶番はもうやめにしよう』
その指摘に、青年はわずかに笑う。
「オオ」
『ヂホ、トナワドザ』
「オオ、タレオイズヨッチメルソ」
そう言って、青年は通信を切ろうとする。けれど、その前に、
『健闘を祈るぞ…………分断と牽制。失敗したら………………わかってるよな?』
最後に、通信相手はそう言った。先刻のような、本気とわかる声音で。
青年は、しばし通信機を睨んでいたが、やがて、
「……あんた、全く変わってねえよ」
◇
リュウト・カワキという転生者の話を少しだけしよう。
彼は戦闘狂でも、喧嘩っ早い不良でも、武の極みを目指す格闘家でもない。
強くなるために自分を磨き、努力する。そんな輝かしい人格を備えた人間ではない。
努力だろうがなんだろうが、自分の興味の湧かない事柄は頑張ろうともしないし、逆に興味が湧けばどんな無意味なことでも精魂を傾ける。そんな人間だ。
当然、人からの評価も様々で、好ましいと友人関係の者もいれば、いけ好かないと嫌う者もいる。大体後者が多い……。
さて、そんなリュウトであるが、戦闘そのものができないというわけではない。
やりたくない、面倒臭い、つまらない。率先して戦闘行為を行わないのは、そんな彼の性格を反映したに過ぎない行動なのだろう。
無論、彼とて例外的に率先して攻撃していくような状況もあったりする。
たとえば今回のように、戦闘そのものが前提の試合に出る場合、などだ。
突撃しながら、リュウトは両の掌をパチンと音を立てて合わせた。
合掌のポーズのまま、リュウトは林ステージへと駆けていく。
彼以外のソージック新人戦メンバーは、スタート時から一歩も動いてはいない。
リュウトだけが、林ステージに突貫していく様子に、観客席はにわかにざわめき出していた。
「何よあれ!?」
ソージック側の観客席にて。
リンは悲痛そうな声を上げた。
「何でリュウトだけ突っ込むの!? 他の三人は見てるだけなの!?」
リンの怒号に、答えを返す者はいない。
イルサも、テラも、レンも、皆険しい表情を浮かべている。
「これじゃあ、まるでイジメじゃない……!」
まさに、皆の考えを代表するように、リンが呟く。
他の、観客席の誰もが、大勢が、そう思ったことだろう。観客席からは、両サイドの平原ステージの様子が見渡せる。
ソージック側で行動を起こしたのが少年一人だけだったのに対し、レタデミー側は三人が、一気に林ステージへと突撃していた。このまま行けば、林ステージで一対三の衝突が起こる。
否、レタデミーの三人が獣族で、場所が林ステージである以上、衝突にすらなるまい。一方的に蹂躙され、突破されるに決まっている。
そんな予測が出来てしまう。観客席で、これがイジメだと思わない者は、数える必要もないほど超少数だろう。
観客の大勢、――三校の生徒たちから一般入場で観戦に来た保護者や他の学校の生徒たちの中で、これがリュウトの作戦なのだと気付いた者は一体何人いただろう。
◇
「速いな」
ラスパーナ魔法学院側の観客席にて。
リュウトの疾走を見て、ジークが難しそうに呟いた。
「ジークよりは遅いでしょ。それに、獣族の三人と比べても。あーあ、大したことないじゃん。連携、取る気なんてないでしょ、あれ。たった一人だけで獣族三人とやろうなんて。うわ、そのまま林ステージに入っちゃったよ。レタデミーの勝ちだね、こりゃ」
グランバルトは、バカにするような目つきで試合場を見た。
けれど、ジークの方の表情は真剣そのものといった風だ。
「……」
ジークは試合場の上空に、魔法で固定設置されている巨大なモニターへ視線を移した。
入り組んだ構造の林ステージの模様は、観客席からは見えない。そこで、林ステージでの選手たちの行動を見るため、ステージ各所に浮遊設置された特殊なカメラで中継するわけだが。
いくつかに区切られた画面のモニターのうち1つ、リュウトは林ステージの中を走っていた。
「ジーク、なんでそんなに真剣なのさ? レタデミーの勝ちだろ、これ」
「そうかな……?」
「? なんだよ?」
あくまで表情を崩さないジークに、グランバルトは怪訝そうに顔を歪める。
「油断は大敵だ。俺の信条。もしかすると、厄介な奴かも」
「いくらなんでもそれは買い過ぎでしょ。僕もあいつのことは少し変だと思ったけど、さすがに強いとかは……」
「油断大敵だ」
眉根を寄せるグランバルトに、ジークはただ、それだけを答えた。
モニターを見るジークの目は、どこか懐疑的な疑問を孕んでいた。
「……レタデミーとぶつかる」
ふと、呟く。
区切られたモニターの中、リュウトではなくレタデミーの獣族三人を映している画面。彼らはリュウトと違い、やはりその身体能力を活かして木々の上を目まぐるしいスピードで駆けていた。
まさに、彼らとリュウトの接触が始まろうという瞬間だった。
◇
安全委員用の観客席にて。
「速いですね、彼は」
シードもまた、そんなことを呟いていた。
「十二歳の少年にしては少々動けているでしょうな」
どこか得意げに、ルークが合いの手を打つ。
「誇らしそうですね。知り合い贔屓ですか?」
「まさか。確かにリュウトくんとはよく会いますが……、ああ、まあ、贔屓目が入ってたかもしれませんね」
頭を掻きながら、ルークは視線を試合場へ戻す。
今しがた会話に出てきたソージック選手の少年が、ちょうど林ステージへ突入したところだった。
「あの脚力、彼は鍛えているんでしょうか?」
「さあ、弟くんに感化されていれば、鍛えてるんじゃないでしょうか。根は真面目な子だと思いますよ」
ルークの、リュウトに対する評価はかなり高いようだ。
「しかし、相手の方は獣族三人、しかもレタデミーですからね。彼の戦闘技術は高いんですか?」
「……低くはないと思います。彼が一年生の時、六年生の優等生と決闘していい勝負になったらしいですし、私の目から見ても落ち着きがあるように思えます」
「ふむ、そうですか。これはもしかしたら……」
シードは呟きながら、上空の巨大モニターを見上げた。
モニターの中のリュウトは、依然として合掌したまま駆けている。このまままっすぐに進めば、数秒でレタデミーの獣族三人と遭遇するはずだ。
ふと、その走る姿に、薄青の淡い光が漂い出す。
――直後、
観客席全体が騒然の渦に巻き込まれた。
◇
観客席に、二度目のざわめきが広がった。
原因は上空に固定設置されているモニター。いくつかに区分けされて中継してある林ステージの様子。区分けされたモニターのひとつに、ソージック選手とレタデミー選手たちの遭遇が映し出されていたのだ。
レタデミーの選手三人は、いずれも“猫”の獣族。彼らが木々の上を縦横無尽に駆け回るという事実は誰もが予測しえる、いわば想定内の出来事。
問題なのは、ソージックの選手、リュウト・カワキという黒髪の少年の行動。
遭遇の直前、彼の身体の周辺に淡い薄青の光が漂った。それが身体強化の魔法であるというのは、誰が見てもわかる結果。けれど、その直後の出来事を理解できた者はそういまい。
レタデミーの三人のうち、シャーマン族と思わしき褐色肌の少年の一人が、真っ先にリュウトへ接近した。
そして、
「……え?」
モニターを見上げながら、誰かがそんなことを呟いた。
レタデミー選手の攻撃が、リュウトを捉えることはなかった。
――リュウトの姿が瞬く間に消えたのだ。
いや、消えたのではない。レタデミー選手の攻撃がリュウトを捉えようとした瞬間、突然リュウトが上へ跳躍したのだ。その方向転換があまりに急だったために、皆がリュウトの姿を見失ってしまった。それだけのことに過ぎない。
誰しもが予想し得なかった出来事に、観客席に波紋が起こる。
モニターの中で、空振りしてしまったレタデミー選手は呆けたように立ち尽くしていた。しかしそれも一瞬ほどのことで、すぐにその姿もまた上方へと消える。
その意味を観客中が理解したのは、別のモニターに四人の戦闘が映しだされてからだった。
木々の上、地上という平面なステージではなく空中という立体的なエリアで、四人の選手が縦横無尽に駆け回って戦っている。
――リュウトもまた、獣族と同様に木々の上で戦っている。
それは観客のほとんどが予想し得なかったことだった。
観客席に、二度目のざわめきが広がった。
モニター内で、先ほどリュウトに先制攻撃を仕掛けたシャーマン族の少年が、リュウトの手によって脱落させられたところだった。
◇
「ジョン!」
ジョン・シャーマンがリュウトの攻撃で脱落した。
攻撃そのものはいたって単純だった。空中戦での接触の瞬間、相手の腹へ正確に拳を見舞うというただそれだけの事。その一撃で、ジョンは意識を飛ばされたのだ。
「くそ!」
忌々しげに、グレンはリュウトの消えた方角を睨みつけた。
あの動きは一体何だというのだ。
身体強化の魔法を使っていた。それだけならまだいい。許容範囲内だ。補欠とはいえ、選手に選ばれるくらいなのだから、並の学生より優れた特技のひとつふたつ、持っていてもそこまで驚きはしない。けれど、あの動きは別だ。
――人間離れしすぎた動き。
一番にグレンが思ったことはそれだった。
冷静に考えてみれば、身体強化を施したリュウトの身体能力が獣族並みなことも、立体的に空間内を駆け巡る動きというのが人間でも十分に可能であるとい見解も、おおむね理解できることだろう。そもそも獣族とて人間なのだから、人間離れと形容するのはおかしかったりする。
しかし実際には、先制攻撃を不発にされた上仲間の一人を撃破された今。予想外のトラブルの連続に、グレンの頭は少なからず混乱していた。
(くそ! なんで獣族でもないのにあんな動きができるんだ!?)
焦りが、グレンの身体を突き動かす。
林ステージでの空中戦は、既に三対一ではなく二対一なのだ。さっき以上に、油断できない。
けれど、焦りは動きにムラを作る。
もしグレンが冷静だったら、こうまでリュウトを脅威に感じることもなかったろうに。
◇
目の前に、褐色肌の少年が躍り出る。
さっき撃破したのはリュウトに突っかかってきた方だった。ならば、こっちは比較的大人しそうだった方だろう。
更衣室の前で会った際とは違う、文字通り猫のように鋭くなっている目つきは、大人しそうだった時を知ってる分意外だった。
けれど、リュウトのやることに変わりはない。
正面からの交差の瞬間。
ただ前に突き出すように、リュウトは右手を褐色肌へと伸ばした。
……激突はなかった。
褐色肌の少年は、リュウトの右手が自身の顔面を打つ直前、無理矢理身体を捻って回避したのだ。
突き出された右手は少年を捕えるには至らず、わずかながらに曲げていた指の先が、その頬を引っ掻くに止まった。
爪先に、少年の皮と肉が食い込む感触があった。
引っ掻くだけでも、与えた傷はそれなりに深いのだろう。
一瞬だけ、リュウトは目を瞑る。
一般に、木々の上でそれを行うのは自殺行為に等しいが、リュウトにとってはさしたる障害でもなかった。
イメージはスーパーボール。壁に当たれば驚くほどのバウンドを見せるゴム球のように、リュウトは林の中を駆け回っている。
その動作のために必要なものは揃ってる。獣族に匹敵する身体能力、しなやかな身体、比較的思った通りに身体を動かせる運動神経と、瞬時に外部から入ってくる情報を伝達する感覚神経。
結果、リュウトが林の中を駆ける速度は獣族にも引けを取っていない。
スーパーボールのバウンドめいた反射で、瞬時に褐色肌の背後を取る。
獣族としての感か、褐色肌はこちらを向いていた。いや、まだ空中だから単に体勢を立て直せていなかっただけだ。
「…………!?」
リュウトの接近を認めた際の彼の瞳には、驚愕と恐怖が見て取れた。
空故に身動きが取れず、硬直してリュウトの接近にも対処しきれない。その無防備となった腹部へと、リュウトは掌底を突き入れた。
「ごは!」
空気を吐きだす音が、褐色肌から漏れる。しかし、その瞳はまだ生きている。
先ほどは一撃で仕留められたのだが、今度はそう甘くないらしい。鋭い蹴りの反撃が、リュウトの顔面目がけて飛んでくる。
避けるついでに、リュウトは褐色肌から距離を開けた。
太い枝の上に着地して、同じように向こう側の枝上に着地した相手の姿を視界に入れる。リュウトの一撃を喰らったが、やはりまだ戦闘続行は可能のようだ。
――ならば、もう一撃入れるまでだ。
リュウトの体勢が、わずかに前のめりに、腰が低くなっていく。
イメージはロケット噴射。
足のバネの力で、リュウトの姿は瞬く間に褐色肌の眼前にまで跳んでいた。
狙いは、褐色肌が乗っている枝。引き裂くような左腕の一振りは、狙い通りに褐色肌の足場を奪う。
「くっ!」
足場を攻撃された褐色肌の行先は、上だった。けれど、彼にとってそこはとっさの判断で選んだ回避方向。足場があるかどうかは、ハナから考慮されていない。
「!!」
空中での停滞の間。その表情は焦燥に溢れていた。
そこを、リュウトは見逃さない。
上に跳んだ褐色肌と違って、リュウトの跳んだ先にはちゃんとした足場があった。
身体強化で獣族並みに引き上げた跳躍力で、足場にした太い樹木の幹から褐色肌の少年の座標までを跳ぶ様は、まさにスーパーボールのバウンドめいていた。
「っな!!」
褐色肌の少年の目が、大きく見開かれる。空の彼は自由が利かない。がら空きの胴は、先刻以上に無防備だった。
そこへ、今度は片足での蹴りを打つ。
果たして、リュウトの足裏は見事に褐色肌の腹部へ先刻以上にめり込んだ。
今度こそチェックだった。
意識を手放した褐色肌の少年が、下へ落下していく。安全措置は取られているらしいので地面と衝突しても問題はないだろう。
リュウトの意識は、すぐに切り替わる。褐色肌の少年の脱落は確実。ならば、もう深追いして追撃する必要もない。
これが野良の戦闘だったなら、リュウトは間違いなく執拗に攻撃していただろうが、試合というルールの上の戦いならば、倒したと思っていた敵から不意打ちを喰らう心配も皆無だ。
リュウトの意識は、この林ステージ内でたった1人になってしまった獣族の少年に向いていた。ちょうど足場になりそうな枝に着地し、周囲の状況を丸ごと把握する。もとより、空間認識能力は高い方だ。
空色の瞳を持つ、長身の少年。名はたしか、グレンといったはずだ。
居場所はすぐにわかった。
(あそこか)
リュウトの右方。
褐色肌の少年との少ないながらの攻防で、少なからず闖入の機会はあったはずだが、グレンは臆病なほど手出ししてこなかった。
存外、彼は慎重な性格なのかもしれない。
「っ!」
けれど、そのグレンの姿が一瞬でリュウトの目の前に現れる。
リュウトが探知した座標から、優に十メートル以上は距離があった。その間合いを、一跳びでゼロ近くまで詰めたのだ。
縦薙ぎの一振りは、既に振り下ろされる瞬間だった。そのまま喰らっていたならば、リュウトの身体は地上何十メートルという高度から一気に地面に叩きつけられていただろう。安全措置が取られているとはいえ、ぞっとしないでもない予測だった。
その一撃がリュウトを叩きのめす前に、リュウトは回避に転じていた。
行った動作はいたって簡単。
褐色肌の少年よろしく上方への跳躍で逃げたのだ。一発でリュウトを落とし得る一撃は、しかしグレンの動きにムラが多くて避けるのに苦労はしない。
リュウトと先刻の褐色肌との違いはそう、きちんと足場を確保していたかどうかだ。咄嗟に上に避けた褐色肌の少年と違って、リュウトの回避方向には足場になるような太い枝があった。
その太い枝に、下方から両足を付けたリュウトは膝を曲げて、枝をしならせ、上方への勢いを殺して、スリングショットの弾のように下方へと弾けた。
リュウトの反撃は、単純な蹴りだった。ニュアンスとしては、ドロップキックの際に両足ではなく片足で相手を蹴るあのスタイルだ。
ともかくとして、上方への回避から一気に反転したリュウトの速度は、容易にグレンを捉えた。リュウトの右足の裏が、グレンの頭部を強かに打つ。
「がはっ!」
そんな音が聞こえた気がした。
林ステージに置いての一対三の空中戦は、リュウトの勝利に終わった。
グレンと供に、地面に落下していくリュウト。脳震盪を起こして意識がなかったであろうグレンはそのまま地面に盛大に衝突するが、リュウト自身はなんとか着地に成功する。
「………………ふう」
一息ついてから、また油断なく周囲に意識を向ける。
林ステージは静まり返っていた。この林の木々も、もともとはハイ・サヴァイヴのためだけに急設された偽の自然だ。虫や微生物、鳥もいはしない。自然のサイクルを無視して林が維持されているのは、やはり魔法のおかげなのだろう。
もしかすると他の二人が不意打ちを仕掛けてくるかと思ったが、どうやらあのに二も完全に伸びたらしい。だからリュウトは、一旦身体強化の魔法を解除した。直後に軽い倦怠感が身体を走る。
これで、リュウトの計画はおおむね順調だった。
「――――――」
天に右手をかざして、リュウトは魔法詠唱を開始した。もう周囲に敵はいない。だから、特に焦ることもなく紡ぐことができる。
リュウトの周囲に、魔力の塊がみっつ出現する。
「『レイ・ベルム』」
詠唱を完了すると同時、みっつの魔力弾は、上空へと打ち上げられた。
◇
「お?」
ソージック側平原ステージにて。
ルーガ含める選手三人は、林ステージの方から打ち上げられた三つの魔力弾を確認した。
「合図、だな」
「ああ、行こう」
ここに来てようやっと、ハイ・サヴァイヴ新人戦ソージックの残り選手三人は行動を開始した。
地の利を生かせる獣族は、既に脱落している。敵のいなくなった林ステージへ、三人は微塵の不安も抱かずに走り出していた。




