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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第3章 定期戦<下> 災厄襲来編
26/102

2,定期戦開幕(2)

      ◇


 定期戦第四競技『コドー・ファイナ』。

 ルールは各校それぞれ一人ずつ、三人でのバトルロイヤル形式。選手四人による団体戦に分類されており、試合に出ている一人は他の三人と試合中に交代することが可能で、交代回数に制限はないが一回の試合中で必ず一周回さなければならないという制限がある。

 勝利条件は、制限時間終了まで最も交代回数が少ないこと。必ず一周しなければならない制限と、見事に矛盾を作りだす条件だ。

 その、コドー・ファイナ「本戦」が終わった後。試合後の休憩時間中。コドー・ファイナ「新人戦」が間近に迫る今。

 時刻は午前十一時を四半刻ほど回った頃。

 選手控室の横の、女子用にと宛がわれている更衣室にて。

 着ていた服を脱ぎ、下着姿になったリンは、小さく吐息を漏らした。その手には、コドー・ファイナ用のユニフォームが握られている。

「……あぁあ」

 肩を落とし、また溜息を漏らす。

「リン、いる?」

 更衣室の扉が開けられる。入ってきた人物は、リンのよく知る人だった。

「お姉ちゃん……」

 リンより五つ年上で、背丈も二〇センチほどは高い彼女は、微笑みながらリンの傍まで来た。

「リン、緊張してる?」

「う、うん」

 言葉通り、リンは固まった声を出す。くすりと、イルサは微笑した。

「あら、そのユニフォームは……」

 ふと、リンが持っているコドー・ファイナ用のユニフォームに目を止めた。

 コドー・ファイナは定期戦の目玉競技のひとつとして有名だが、ユニフォームの改造の自由度が他と比べて圧倒的に広いことでも有名だった。最低限の決まりさえ守っていれば、選手はユニフォームを自由にアレンジすることができる。ズボンをスカートにする。ガントレットを付ける。など様々だ。

 そして、肝心のリンのユニフォームは……、

「シドー着、みたいになってるけど?」

「うん」

 ユニフォームを広げながら、リンは頷く。

 全体が黒色(今年のソージックのユニフォーム色)の布地で、おそらくはこれを身体に纏い、帯で締めて整えるのだろう。

「リュウトくんに見てもらいたいとか?」

「っ! な、なんでよ!?」

 顔を赤くして、リンはイルサの方を振り向いた。

「でも、リュウトくんはシドー系ってだけでシドー人じゃないんでしょう? シドー着なんてわかるのかしら?」

「リュウトは意外とシドーの文化に詳しいから、シドー着もリュウトから教えてもらったものだし……て違う!! リュウトは関係ないの!!」

「ふーん。まあ、そういうことにしておきましょうか。……それにしても」

 じろり、とイルサはリンの身体の一か所を睨み見る。その場所は、十二歳ながら既にイルサと同程度の大きさの二つの膨らみがあり、五歳という年齢差を考えれば、むしろまだまだ成長する可能性がある。

「また大きくなってないかしら?」

 しげしげと、イルサは妹の胸部を凝視しながら言った。

「お姉ちゃん、どこ見て――」

「妹ながら恐ろしいわね……。つん」

 ちょこん、とリンの左胸を突っつくイルサ。途端に、胸を庇うように抱くリンの反応があった。

「あはは、ごめんごめん」

 手をひらひらさせながら、イルサが小さく舌を出す。

「もう」

「うふふふ、で、どうなの? リュウトくん、褒めてくれるかしら?」

 からかうような声音で、イルサは言う。当然、リンの反応は可愛らしいものだった。

「な!? ななななな? なんでそうなるのー!?」

 更衣室に、リンの絶叫が響き渡った瞬間だった。


      ◇


 コドー・ファイナ新人戦まで残りこ五。

 選手控室にて、俺は何故かリンの話相手をしていた。どうしてそんなことになったのか。

 例の如く、試合と試合の合間に散歩に繰り出し、ちょうど選手控室の前を通りかかった時、偶然にもすぐ横の更衣室からイルサとリンが出てきて。そこでイルサにリンを押しつけられたのだ。「リンの相手ヨロシクね~」というイルサの言葉が、今でも俺の耳にハウリングしている。

「あー、キンチョーしてきたよぉ……」

 落ち込むように、リンはテーブルに突っ伏す。そばに立つ俺としては、苦笑いを禁じ得ない。

 ……それにしても、リンのユニフォームは実に大胆だ。露出度とかそういう方面でではなく、改造の度合いでである。

 彼女のユニフォーム、着物、もといシドー着のデザインは、激しく動くことも考慮した作りにしているらしい。もっとも、その構造をリンに教えたのは俺なのだが。

 シドー着という名称こそあるが、見た目はまんま俺の前世の着物である。

 いくら改造の自由が利くと言っても、これはもはや改造ではなく改装だ。一応、規定は守っているらしいが。

「ねー、リュウトー」

 突っ伏したまま、リンが蚊の鳴くような声を上げる。

「うん?」

「あたし。もうダメ……」


 ――あきらめんなよ!

 思わずそう言いたくなるが、寸でのところで飲み込む。


「大丈夫だよ。練習じゃ一番だったんだろ? 練習だと思ってやりゃいけるだろそんくらい」

 そんな、ありきたりな励ましの言葉を紡ぐ。口調は思った以上に莫迦にするような風になってしまったが。

 けれどリンにはそんな俺の他人事同然の励ましに反応している余裕はないようだった。

『まもなく、コドー・ファイナ新人戦を開始します。ソージック学園、レタデミーオルドー校の選手は入場を始めてください』

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 アナウンスの声を引き金にして、壊れた目覚まし時計のように、リンは騒ぎだした。

 頭をぐしゃぐしゃ掻き毟る様は、どこか締め切り前の漫画家を連想させた。

 いくらなんでも、緊張し過ぎな気がするが。緊張するようなことを、イルサに吹き込まれたのだろうか。それとも、イルサがリンの緊張を和らげようとして失敗したのだろうか。

「時間だぞ?」

 注意するが、効果がないのは明白だ。俺の注意も、一応の体裁でしかないから、別に反応がなくてもいいのだが。

「リュウトは出なきゃだめだと思うー?」

 顔を上げたリンは、思いのほか泣き出してしまいそうだった。もしかすると、ここで俺から肯定の言葉を引き出して、自分を奮い立たせようとしたのかもしれない。

 ……もしそうだったなら、残念ながら訊く相手を間違えたとしか言いようがないが。

「出たくないなら出なきゃいいんじゃねーの?」

 薄情で無責任な答えが、俺の口からこぼれる。

 さすがにリンも自分の耳を疑ったようだった。

「え?」

「無理して出ることはないと思う。少なくとも、リンの後ろには補欠がいるだろう?」

 俺のバックには誰もいない。代えの補欠が用意されているリンと違って、もう俺しか出る人間がいないから、俺はハイ・サヴァイヴの選手を引き受けた。俺とリンの違いを上げるとすれば、ただそれだけのことに他ならない。

「でも、そんな理由で出ないなんて……」

「じゃあ出るんだな?」

 ぐむ、とリンは口を紡ぐ。

「気の持ちようだよ。どうせ新人戦だろ?」

 リンが一体、どれだけ悩んでいるかなんて知らない。なのにこんな言を平然と言ってのけることができる俺は、


 ……本当に、救いようがない。


 しかし、今回ばかりはその淡白な対応は、どういう原理かリンを勇気づける効果を示したようだ。

「うん、そうだね。……どうせ新人戦……、ふふ」

 くすりと微笑わらって、リンは立ち上がる。

「……行くの?」

「うん。なんか、ふっきれた」

 俺の言った言に、精神安定剤の要素なんてあっただろうか。首を傾げかけた俺に向かって、リンは輝くような笑みを向けてきた。

 ――つられて、俺の口元もわずかに緩んだ。

「大丈夫そうだな、その様子じゃ」

「ん、見てて」

 溌剌はつらつな調子でそう言って、リンは勝利のVサインを俺に掲げたのだった。




 リンが更衣室を後にして数分。そろそろ俺も観客席の方へ戻ろうと更衣室を出た直後のことだった。

「兄さん、ここにいたの?」

 ばったりと、レンと鉢合わせた。

「ああ、ちょっとね」

 リンのことは、なんとなく言わない方がいいと思ったので口には出さない。少なくとも、俺の口からは言わない方がいいと。

「そう?」

 俺に対する言及は、特にはないようだ。

「ああ、……レンは何でここにいる?」

 初戦からソージックが出る、ましてやリンの出場する競技がもうじき始まろうというのに、何故レンは観客席にいない?

 そんな疑問に気付くのは、割と早かった。

「兄さんを探しに来たんだよ。リンさんが出るのに、観客席にちっとも来ないから」

 それでか。

 確かにさっき「ここにいたのか」と言っていたし。しかし――

「イルサ先輩からは何も聞いてないの?」

 俺が控室に拘束される原因を作った人物。彼女が「俺は控室にいる」と話していてもおかしくはないと思うのだが。

「イルサ先輩は本戦の作戦会議とかでいないから。兄さんがここにいたって知ってたの?」

「んん、ああ、まあね」

 なんと、そういうことだったか。万にひとつも情報の漏洩はないわけだ。

 ――別に漏洩しても困らない、……と思う。

「兄さん、早く行こう。始まっちゃう」

 足踏みなんてしながら、レンは俺を急かしてくる。そんなにリンの試合をする姿が見たいのだろうか。気持ちは分からなくもないが、しかし、

「リンの交代は確か四番目だろう? 選手交代は一回やったら三分間は出来ないから、始まってもすぐにリンが出てくるってわけじゃないだろ」

 焦る必要は、はっきり言ってない。

 けれど、そんな考え方をするほど、レンは老いてるわけでもない。

「でも、早く行かないと……!」

 結局折れたのは俺の方だ。肩をすくめて、俺なりの降参の意思表示。

「そうだね。行こうか」

「ちょっと待った」

 突然の、俺とレンの会話への闖入。

 いつの間にか、通路には俺とレン以外にさらに三人。彼らの方へ、俺たちは無言で視線を向ける。

 茶色のコートめいた丈長の制服。学校のブレザーというよりは、軍隊の兵服を思わせる。レタデミーオルドー校の制服だ。

 それを身に纏う、三人の少年たち。

 三人のうち二人は褐色の肌に、やや緑がかった暗い色の髪の毛。他の一人は、三人の中で一番背が高く空色の瞳が印象的だった。三人に共通して、顔立ちはナイフのような鋭さを匂わせる造形だった。

「ハイ・サヴァイヴ新人戦の選手リュウト・カワキだな。隣は……、驚いたな。『カワキの神子』か」

 空色瞳の長身少年が、高圧的な態度を前面に押し出してきた。

「……そうだけど、君たちは……?」

 どこかで会った覚えはない。さっき彼が言っていた内容から、おおよそ何者かぐらいの見当は付くが。

 質問に対する回答は、レンからもたらされた。

「今年のハイ・サヴァイヴ新人戦の、レタデミーの選手だよ。獣族の」

 ふむ。たしか、三人とも“猫”の民族だっただろうか。

「何か用かな?」

 相手方が誰なのかわかったところで、ここに来る意味自体がわかったわけではない。可能性としては、試合前の軽い挨拶か、それともラスパーナのグランバルトのように勝利宣言か。もしかすると、闇打ちという線だってある。

「別に、ただ挨拶しに来たってだけさ。もう結構話題になってる。神子の兄貴の怠け者が、新人戦に出やがるって」

 怠け者か。それを言われると痛い思いだ。確かになまけるのは好きだが、そっちの意味・・・・・・では最低限は頑張ってるつもりだったのに。

「怠け者とは言え、カワキの子供が出たところでどうにかなるとは思えないから。おれたちに勝つのは無理だよ」

 挨拶と言っていたが、ラスパーナの、ひいてはグランバルトと同じ勝利宣言じゃないか。もしかして、ソージックも勝利宣言しておいた方がいいのだろうか。

「ラスパーナは優勝を貰うって言っていたけど、レタデミーは俺たちに勝つってだけか。ラスパーナに勝つ自信がない、優勝する自信がないから、ラスパーナよりは弱いだろうソージックおれたちに勝つ、で留めてるわけかな?」

 結局、俺が紡いだ言葉は二校の宣言の微妙な違いを利用した嫌味だった。

 果たして、褐色肌の少年二人の視線が鋭くなる。空色瞳の長身少年の表情も、二人ほどではないか険しくなっていく。

「……おい」

 褐色肌の一人が、喧嘩腰に唸った。

「あんま舐めた口きいてっと――」

 ずい、と前に出る褐色肌を、空色瞳が片手を上げて制する。

「おい、なんでだよグレン」

「ジョン、抑えろ。問題を起こしたら困るのはこちらなんだから」

 空色瞳の言葉は、感情的でなく十分に抑揚の利いた調子だった。にもかかわらず、褐色肌はしぶしぶと引き下がった。どうやら空色瞳は、三人の中でリーダーのような存在らしい。

「まあ、そう言われると何も言えなくなるけど、君たちがラスパーナより弱いのも事実だろう? 今年の三位は君たちで決まりなんだよ」

「……なんか、その言い方は苛つくな」

 空色の瞳を見上げながら、俺は鬱陶しそうにそう言った。

「ふん、少なくとも君たちには勝ち目がないって言ってるのさ。せいぜい醜態を晒さないよう努力するんだね」

 グランバルトに似た台詞を吐いて、空色瞳は踵を返した。褐色肌の二人も、同様に俺たちに背を向けて歩きだそうとする。

 そのみっつの背中に、俺は不機嫌そうな声音で抗議を投げつけた。

「そっちも名乗ったらどうなんだ」

 声量自体は、ぼそりと呟く程度のものでしかない。俺と三人の距離を考えれば、聞き取れるか聞き取れないかといった程度。

 しかし、俺が言った相手は獣族。一般の人間とは比べ物にならない五感を有する狩猟民族。聞き取ること自体は、どうやら余裕だったようだ。

 ぴたりと、その足が止まる。

 しばらくの、沈黙が訪れた。

 一分か、あるいは二分か。

 振り返った時の空色瞳の顔は、やや赤かった。

「……グレン・ラパームだ」

 続けて、褐色肌の二人も、

「ジョン・シャーマン……」

「フィンク・シャーマン」

 俺に突っかかってきたのがジョンで、比較的大人しそうな方がフィンクというらしい。

「そう、じゃあ改めて。そっちはもう知ってるようだけど、ハイ・サヴァイヴ新人戦のリュウト・カワキだ」

 改めて名乗ることに、特に意味があったわけではないけれど。

 グレンの双眸が、俺を定めるように細められる。

「…………」

 何も言わず、今度こそ俺に背を向けて、グレンたちは去っていった。

「レタデミーも相当だな」

 三人の姿が見えなくなったところで、かたわらのレンにそうこぼす。

 もとより、ハイ・サヴァイヴは獣族と相性がいい。木々が入り組んだ林ステージを抜けるのに、奇襲を仕掛けるのに、獣族の機動力は強力なアドバンテージだ。しかも、立体的な空間が得意な“猫”ならばその限りではないだろう。

「…………」

 レンからの返答がない。

 怪訝に思ってそちらを向くと、レンは顔を俯かせていた。

「どうした?」

「……兄さん、ごめん」

 俯いたまま、その頭がさらに沈んでいく。

 またいつものように俺が莫迦にされたことで落ち込んでいるのだろうか。

「いつものことだろ。気にしてないし、お前と違って頑張らなかった俺の自業自得の事態でもある。努力もせずに、栄光を得るなんてことはできない。だからお前は必死に努力して、俺は何もしなかった。ただそれだけのことだ」

「でも……!」

 やるせない――、そう言いたそうな声色だった。

 毎度思うことだが、なぜレンは俺絡みでここまで真剣になれるのだろう。グランバルトの時だって1番憤慨していたし。……どこぞのブラコンの妹様でもあるまいし。

「レン、お前男だよな?」

 思わずそう訊いてしまったのは、本当に俺が不注意だったからとしか言いようがない。

 しかし、それでレンは毒気を抜かれたようだった。

「は?」

 きょとんっ、とした間の抜けた瞳が、俺を捉える。

「いや、男だよ? 僕は兄さんの弟だよ?」

「ああ、うん。ごめん俺が悪かった」

 ひとまずは、だ。

 いろいろと有耶無耶にすることはできた。

「……観客席に行こうか?」

 時間は、コドー・ファイナ開始時間をとっくに経過していた。




 コドー・ファイナ新人戦。

 結果だけを述べるのなら、優勝したのはソージックだった。

 勝因――それはやはりエースであるリンの存在だろう。

 序盤の方は、むしろ戦況は不利だった。ソージックの三人目が選手交代でリンに変わった時、他の二校はまだ二人目で、その時点でまだ残り時間は半分ほども残っていたのだから、実質的にかなりのハンデを背負っていたと言える。

 リンはその残り時間全てを、選手交代せずに試合場に君臨し続けた。リンが参戦してからの他の二校の選手交代の回数が劇的に増加した、という事実も忘れてはならない。リンのスタイルは姉であるイルサと同じ魔法型だが、実力は魔法専門学校であるラスパーナの並みを軽く凌駕している。姉と同様に、リンの魔法の才もずば抜けているというわけだ。

「うーむ。イルサ先輩に迫る実力だな、リンは」

 観戦していた俺の右で、テラがそんな感想を口にした。

「イルサ先輩はもっとすごいさ。でも、確かに同年代であったなら実力は拮抗していただろうな」

「兄さんは冷静だね」

 苦笑い気味に、俺の左のレンは肩を落とす。

「レン、お前もうかうかしてられないぞ?」

「何故兄さんじゃなくて僕なの!?」

「ほら、俺の魔法なんてたかが知れてるし……、まあ俺が頑張る必要はないかなー、と」

 悪びれもせず言うと、レンは諦めたような溜息をついた。

「やっはろー」

 そこへ、俺たちのよく知る上級生の声がする。

「イルサ先輩ですか。リンの試合もう終わっちゃいましたよ?」

 ソージックの制服姿のイルサが、手を振りながら俺たちの方へ歩いてくる。

「大丈夫よリュウトくん。控室のモニターで見てたから。リンかっこよかったわね~。ねえ、リュウトくん?」

「……なんで俺だけに振るんです?」

 確かにかっこよかったが。けれど、勇敢な勇者よりかは独裁的な暴君を連想する、一方的な試合運びにも見えた。

「かっこよくなかったのかしら?」

「まあ、かっこいいとは思いましたよ。それにあの衣装ですし……でも」

 着物姿(シドー着姿)の女の子が、試合場を舞うように戦う。そこには確かに幻想的な美と、勇ましい暴力的な興奮があったが、前世むかしの記憶が起因しているのか、着物姿の少女を見るとどうも複雑な心境になってしまう。

「でも、何?」

「……すいません、何でもないです」

 そう? と首を傾げながら、イルサはレンの隣へ腰を下ろした。

「作戦会議、纏まりましたか?」

「うーん、やっぱり新人戦の方の対策がねー。予想以上に手間取ってるわけよね」

 競技当日まで対策が全く練れてないなんて事例、あるだろうか? おそらく世界中探してもこんな呑気な結果はないだろう。

「リュウトくんは何か対策とか考えてるの? 初戦はレタデミーとよね?」

「はい。でも対策なんて浮かびませんよ。獣族3人が林ステージで勝負を仕掛けてくるかもしれないってぐらいしか聞いてませんし。最後の一人がどうなのかも全く情報がないわけですし」

 う~ん、と難しそうに唸るイルサ。

「獣族の三人とはさっき会いましたけど、俺たちを舐めきってる風だったので、そこを何とか利用するしかないですね」

「そっかー。ラスパーナの方は?」

「それこそですよ。俺が知ってるラスパーナの選手はテラの弟ぐらいです。噂の魔法のすごい二人ってのの内の一人と仮定してもあと一人以上、厄介なのがいる。実力主義のラスパーナであれば、その二人だけを警戒することもできません……そう考えると、俺たちは手詰まりですね」

 ――少なくとも君たちには勝ち目がないって言ってるのさ。あの空色瞳の言葉が思い出される。

 確かに、現状での俺の予想はソージックの惨敗。ラスパーナの優勝ってとこだ。

 グランバルトの見下した笑みが、脳裏に浮かぶ。

「……兄さん」

 心配そうに、レンが声をかけてくる。

「ま、作戦だけで戦況は決まらない。俺だって負けに行くつもりはないから、そんなに嘆くな、レン」

 優しく、語りかける。

 すると、レン越しにイルサがにやりと笑った。

「なーんか、リュウトくんとレンくんって、兄弟っていうより兄妹って感じじゃない?」

「ああ、たしかに」

 テラの同意するような言葉は、納得が半分、からかいが半分といったところか。

 さすがに、俺の心中にわずかな動揺が生まれた。

「どうなの? リュウトくんって、もしかしてソッチ・・・系?」

 十二歳の少年に、ソッチ系とか言うのは早すぎると思うのだが。俺の中では、動揺が冷めて呆れになりつつあった。

「……レンは、顔立ちは可愛い系だと思いますけど、女装とかしたらけっこうバレそうなので却下です」

 レンの顔をじっと見つつ、平静な口調でそう返した。

 ものすごく微妙な反応が返ってきた。どこかで会話を食い違えただろうか?

「えっと、ソッチ系なのは否定しない、と?」

「いや、否定したじゃないですか。レンは女装に向かないから前提として却下だって」

「レンくんが女の子みたいだったらOKってこと!?」

 戦慄したように震えながら、イルサ。紡いだ声もかすかに震えていた。

 ……ああ、これは完全に選ぶ言葉を間違えてしまった。さて、弁明の機会はあるだろうか。

「いえ、それは現物を見てみないと何とも言えないです……」

 これではさらに誤解を招いてしまう。そう気付いたのは、言った直後のことだった。

「きゃーダメよダメよ!! そういうのは倫理的に、しかも兄弟は、リンだっているのに……!!」

 後半はよく聞き取れなかった。ハイテンションのイルサの口調は、既に何語を話しているのかもわからないありさまだ。

「はあ、はあ、……ものすごいことを聞いちゃった気がするわ」

 頭痛を訴えるように頭を押さえて、イルサの瞳は戦慄していた。

 俺もものすごいことをやらかしてしまった気がする。どうしよう。

「兄さん」

 呆れたような双眸が、横から突き刺さってくる。

「……既にどうしようもない」

 こういうのは諦めが肝心だ。

 この件に関しては時間が解決してくれると信じよう。

「て言うか、リュウトくんは本当にソッチ系でもいいの?」

 落ち着いてきたイルサが、確認するように訊いてくる。

「……もし本気で好きになったならそういうの・・・・・は関係ないと思います。……でも、そうですね」

 イルサの方へ身を乗り出して、彼女だけにしか聞こえないよう声を落とし、耳打ちした。

「できるなら女の子の方がいいです」

 別に、イルサ以外に隠す必要もなかったとは思うのだが、何故か言い表せない感情がそれを忌避しているような、そんな気がした。

「……そう」

 済ましたように頷いたイルサは、ホッと胸を撫で下ろす。

「それは、少し安心ね」

「少しだけなんですか!?」

 安心ね、の一言だけ欲しかったところだ。

「ええ、残念な気持ちもあるわよ。なんだかつまんないから。それに、レンくんが女装は無理って言うけど、リュウトくんがやれば結構可愛い顔になると思うわよ。バレないんじゃないかしら?」

「……かもしれませんけど」

 俺が女装するのとレンが女装するのと、確かに俺がやった方がバレないだろう。俺が女顔とかいう意味ではなく、単純にバレにくいという話だ。俺は十二歳だから、まだ線も細い。十一歳ながら既に「男性的」なかっこよさも併せ持つレンよりも、まだまだ俺の方が「らしく」見えるだろう。実際にやるかは別だが。

「リュウトくんなら女装に抵抗なんてなさそうに感じるんだけど。少なくとも、さっきの話を聞く限りでは」

 ……ホモ話からどう飛躍したら女装への抵抗感の有無に繋がるのか。おそらく、俺に一生理解はできまい。

「あからさまな女物の服を着るのは、さすがに抵抗あるんですけどね」

「あからさまじゃないならいいってこと?」

「そう、ですね」

 ふと、試合場の方を見やる。

 着物姿のリンが、正確には優勝したソージックの新人戦選手たちが、未だに整列していた。

「シドー着とかですかね。着るとしたら」

 途端、イルサがどこか見透かしたような表情を浮かべる。

「リンのこと?」

「……何がです?」

 シドー着関係でユニフォームをそれ風に改造したリンに行きついたのだろうが、質問の意味まではわからなかった。

「えっと、リンのユニフォームどうだった?」

「? あの衣装を見た時は正直驚きましたが、何か言った方がよかったですかね?」

 正直に言って、もうあれをユニフォームと呼ぶ気は俺にはなかった。

「ああ? 何も言わなかったんか。リュウト?」

 テラが、素っ頓狂な声を出す。

「まあ」

「はあああああああ?」

 やれやれと、テラはこめかみを押さえて天を仰いだ。

 別に、俺だって気付かなかったわけではないが。もしリンがシドー着でなかったのなら「似合ってる」くらいの世辞は言えたと思う。でも、着物あれだけは無理だ。前世の記憶のせいで、俺は着物姿の女の子は苦手だった。

「リュウトくん、さすがにそれは……」

 イルサが溜息交じりに言う。

 何とも言えない空気が、俺たちの間に流れ出した。

「……あっ、次の試合出ないと」

 定期戦第四競技コドー・ファイナ。その後の試合――第五競技は、俺の出場するハイ・サヴァイヴの新人戦だ。

 本戦の後に新人戦を行っていたプノ・フィースやコドー・ファイナと違って、ハイ・サヴァイヴは新人戦の方を先に行い、本戦は最終競技として第八競技に回されている。

「コドー・ファイナの後は、二十分間の昼食休憩があるけど……」

 レンの言に、

「でも作戦会議は当然開くんじゃないかしら?」

 イルサの言、

「まだユニフォームに着替えてもいないしな」

 シメはテラの言だった。

「とにかく急ぐよ」

 言って、俺は席を立った。

「いってらっしゃーい」

「がんばれよー」

「兄さんファイトー」

 三人それぞれから激励をもらって、俺は選手控室に向かうべく観客エリアを後にした。


      ◇


リュウトが観客席を走り去っていってすぐ後。

「さて、それじゃわたしたちもぼちぼち移動しましょうか」

 さも当然のように、イルサは席を立った。

「えっと、どこへです?」

 疑問に思い、レンが問いかける。

「え? そりゃ、ハイ・サヴァイヴは大闘技場でしょ」

 当然だ、とばかりの声色だった。

 レンとテラは、そんな彼女の言うことがわからない。

「あの、どういう……?」

「え、知らない? ハイ・サヴァイヴって大闘技場でやるのよ。前にここでやったときいなかったの?」

「少なくとも、僕が入学してから定期戦をここでやるのは今年が初めてのはずなんですけど……」

「あ」

 そうだった、と彼女は苦笑いながら頷いた。

「前にここでやったとき君たちはまだ入学してなかったわね」

 面白そうに、笑う。

「じゃ、改めてそろそろ移動した方がいいかしらね」

 周りを見回す。大闘技場へ移動するため、席を立つ生徒たちは多かった。

「……そうですね」

 間を開けて、レンが同意の声を上げた。

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