8,グランバルト・ドラグラン
ソージック学園の医務室の扉の前まで、一体どうやって来たのだろうか。ただ当たり前のように学校まで歩いて来て、校門を抜けて、教棟の二階に上がり、そこまでの記憶は確かにあるのだが、それを自分の記憶だと実感できない。
まあ、だからどうというわけでもないが。
扉を開いて、医務室に入る。
並べられたベッドのひとつに、俺が予想した通りテラが寝ていた。ベッドの脇には、ふたつの椅子が置いてあり、内ひとつにはリンが座っていた。
「リュウト?」
こちらを振り返った赤髪の少女と、俺の視線が交差する。
「リンか。テラは……」
無言で、リンが視線をテラに戻す。
「よう、リュウトか。聞いたか? ちょっとへまやっちまった」
テラはそこで笑おうとして、しかし笑えていなかった。口の端をニッと持ち上げたのだが、直後に痛みで顔をしかめたのだ。
「無理はしない方がいいぞ。ウルスタイガーだろ」
「へ、へへ、面目ねえや。ま、生きてるだけよかったと思ってるさ」
「テレサ先生はなんて?」
リンの方を向きながら問う。彼女はシーツのシワを見つめながら答えた。
「直ぐには治せないって。襲ったウルスタイガーはまだ子供だったから、あの海老って子供の時は毒持ってるらしくて、完治にはあと三か月掛かるって言ってた」
三か月、ギリギリで定期戦には間に合わない。
「レア先生が、補欠からリュウトを選ぶしかないって言ってた」
「ちょっと待て。スマレは?」
俺と一緒に補欠に選ばれていたギリーの名を出す。
「ギリーは、先月おじいさんが亡くなったんだって」
「…………」
「今練習に出せる状態じゃないって、レア先生もテレサ先生も言ってた」
そういうことなら仕方がないか。
けれど、
「俺もウルスタイガーと遭って怪我したんだけど」
右足をざっくり斬られた。
リンがぎょっとしたように目を丸くして俺の方を向く。
「鋏で右足をスパッ、とやられたけど。これって毒やられてるかな?」
「……ウルスタイガーの毒は三本針にあるらしいから、鋏なら大丈夫だと思う」
「そうか、よかった」
……いや、冷静に考えればちっともよくない。要は、俺の怪我は魔法ですぐに治せるということだ。ハイ・サヴァイヴへの選手としての出場は、もう確定と見た方がいいかもしれない。
「右足、結構酷くない?」
俺の足をまじまじと見ながら、リンが訊いてくる。
俺も自分の右足を見下ろした。切り裂かれたズボンの生地の下から、痛々しい傷跡が覗いている。あまり考えないようにはしていたが、やはりここまで歩いてきた『結果』はきちんと現れているた。
「ていうかどこで遭ったのよ?」
「ああと、街の方で」
遠慮がちに答える。
「街っ!? 郊外でやられたの!? その足でどうやってここまで来たのよ!?」
「……歩いて」
俺の返答は、リンがこめかみを押さえるに十分な内容だったらしい。
「だからそんなに酷いんだ」
「まあね。テレサ先生に治してもらおうとも思ってきたんだけど、今いないの?」
医務室を見回す。
俺と、リンと、テラ以外ではこの医務室内には誰もいなかった。
「レンくんと保健室に薬取りに行ったの。医務室の薬棚はちょうど切らせてるんだって」
「レンもここにいたのか」
学校に来ていたのか、ではなく医務室にいたのかと漏らしたのは、レンが夏休み中もソージックに通っているのを知っていたからだった。本人によれば、定期戦のお手伝いのためらしい。
「ちょうどハイ・サヴァイヴの手伝い中にウルスタイガーが乱入してきたんですって。それでレンくんが襲われそうになったところをテラが庇ってこうなったから、とっても責任感じてるんでしょうね」
「ああ、そういうこと。あいつはそういうのも真面目だからな」
我ながら、やはり自慢の弟だと思う。
「それより問題はリュウトよ。ハイ・サヴァイヴの練習、ちっともやってないでしょう」
「休み前にやっただけだから、ちっともではないけど、まあ最近はほとんど身体動かしてないな」
だからこそ、ウルスタイガーの一撃を避けそこなったわけだが。
リンが大きく溜息を漏らす。
がらん、と医務室の扉が開けられた。振り返れば、薬瓶数本を抱えたレンが入ってくるところだった。
「あら、おかえりなさいレンくん。テレサ先生は?」
「……まだ探す薬があるから先に行くように言われたので……」
言って、レンは薬棚の方へと向かった。
「兄さんも来てたんだ」
「ああ、テラの見舞いと、あと右足怪我したから治せないかなって」
「怪我って、うわ! ひっどいな。ちょっと待ってて」
先ほど薬棚に並べたばかりの薬瓶を掻きわけて、レンは比較的小さな薬瓶と、引き出しからガーゼ取り出した。
「足出して」
薬瓶の蓋を開けながら、レンがこちらにやってくる。俺は言われたとおりに、レンの方へ右足を突き出した。
レンが、ガーゼの上で薬瓶を傾ける。垂らされた薬液は、ねっとりした緑色の液体だった。
「我慢しててよ」
それだけを言って、レンは緑の軟膏を馴染ませたガーゼで俺の右足を軽く撫でた。
――だけのはずなのに、
「――――――――――――――――――――――――――――――!!」
電撃が走ったような麻痺の感覚と、無数の刃物で刺し続けられるような鋭痛が、右足を駆け巡る。
「――――かっ」
激痛は、やがて焼けるような痛みへと変わる。ものすごく、熱い。
「消毒も大丈夫だと思うけど、どう?」
ガーゼを丸めながら、レンが訊ねてくる。
右足の痛みはまだ残留している。そのせいで感覚的にはよくわからないが見た目で言えば大丈夫と言えるだろう。傷跡はすっかりと言うわけではないが、かなり癒えている。痛々しい痕はどこにもない。
「痛みが引くのを待つしかないね」
「一応、すこし安静にしといた方がいいよ。それよりも――」
それよりも――何なのか。その先を俺が聞くことはなかった。
「こーんこーん」
ふざけたような調子で、ノックの音を口ずさむ声が、医務室の扉の方から聞こえてきた。
「お取り込み中申し訳ないですが」
その声の主を見た俺とレン、さらにリンの顔が、固まった。
「僕も入っていいですか?」
ブラウンの髪に、掘りのある顔立ち。身長は、俺たちとさほど変わらない。ものすごく見覚えのある容姿だった。けれど、この少年とは初対面だと何故か直感した。
少年の瞳は青ではなく、綺麗な黄金色だった。来ている服装も、普段着と言うには生活性を考慮したような作りには見えない。――制服だった。濃紺の生地に、白と黄色の刺繍が施された、あれはラスパーナ魔法学院の制服のはずだ。
「あう、……グラン?」
ベッドの上で、テラが絞るようにその名を言う。
少年はテラを見る。
テラとの唯一といってもいいだろう相違点である黄金色の瞳がスッと細められる。
「やあ、兄さん久しぶり。相変わらずバカそうだね」
少年は、見下すような態度でそう吐き捨てた。
「テラヴァルトの双子の弟、グランバルト・ドラグランです。よろしく」
言って、グランバルトと名のった少年は、ゆっくりと俺たちへ視線へ回していった。その視線には、おおよそ友好的な色はなかったが、別段嘲笑の類があったわけでもなかった。
けれど、視線がまたテラへと向けられた途端、希薄だったグランバルトの瞳に、優越と蔑みの色が付いた。
「兄さん、聞いたよ。ウルスタイガーにやられたんだって? よく生きてたね。普通は死ぬのが当たり前なのに。今こそ自分の悪運の強さに感謝することはないんじゃない」
「なんで、おまえが、ここに……? ラスパーナの、学院のはずだろ」
「今年の定期戦のプリントとか見てないの? 兄さんとはハイ・サヴァイヴの試合中で嫌でもでかち合うだろうから、予め『あいさつ』に来とこうと思って。新人戦が始まってからそんな間抜け面見るのもうんざりだし」
会話の所々から、テラとグランバルトの仲が窺える。むしろこれは、あからさますぎる。
「でも怪我で出れないんだって? 来て損しちゃったよ。ああでも、兄さんの現状が知れただけでもよかったかな。僕としてはちっともよくないけどさ。えっと、それで新しい選手は誰になったのかな」
テラの視線が、俺の方へ向く。
「そこの、リュウトだ」
グランバルトがテラの視線をたどってこちらを振り返った。
「……リュウト・カワキ、たったさっきから選手になった」
口から紡いだ口調は、思いの外キツめだった。
「カワキ? もしかして『カワキの神子』!? うっわ、お手柔らかに頼みたいな」
「違う、リュウトは、神子じゃない。神子はそっちのレンで、リュウトは兄貴だ」
若干怒ったような声音で、テラが言う。
「兄貴? ふーん、そう。通りで兄さんの方が選ばれるわけだ。本物だったら、間違いなく今ベッドで寝てるのは兄さんじゃなかっただろうからね。ふんっ、各クラスごとで一番優秀な奴を出して競技に出すなんてやり方取ってるからソージックの新人戦の成績はぱっとしないのさ。うちやレタデミーみたく学年で優秀な奴から出して言った方が効率的なのに。それで、えーっと、なに・カワキだっけ?」
うすら笑いを浮かべながら、グランバルトは俺の名前を訊いてくる。リンとレンから、ムッとするような気配がした。
グランバルトの俺を見る瞳は、もう希薄ではなかった。どうやら俺は、彼の興味を引いたようだ。――悪い意味で。俺を見るグランバルトの瞳には、テラに向けていたものに負けないくらいの侮蔑の光が浮かんでいた。
「……リュウトだ」
「ふーん、あんたがあの『怠け者』さんねえ……」
「グラン!!」
テラが怒鳴り声を張った。
「何だよ兄さん、この上喉まで潰したいのかい? 構わないけど血を吐くのは勘弁だよ? 今吐かれたら僕に跳んじゃうだろ」
テラから一歩引きながら、グランバルトは非難するように言う。
人差し指を立ててくるくる回して、考え事をするようにして唸ったあと、目線だけをこちらを向けてきた。
「ってーことは君の方が本物の『カワキの神子』?」
レンに向き直り、グランバルトは立てていた指をレンに向けて倒した。
レンは黙って頷く。
「ふーん。ねえ、僕ら友達にならないかな? 僕と君なら仲良くなれると思うんだ。僕らって似てるじゃない? どっちも兄貴がダメ人間で」
「っ!?」
もしレンが大人しい性格でなかったなら、そしてこの場に俺やリンたちがいなかったら、ここが学校の医務室ではなく誰も寄りたがらない荒野の真ん中だったなら、間違いなくレンはグランバルトにた飛びかかっていただろう。そう思わせるほど、レンの表情はわかりやすい反応だった。
「君もその怠け者の兄さんのせいで苦労してるんじゃない?」
……その物言いに俺が口を挟んでもいいのなら、俺の方がレンのせいで苦労してるといってもいいんだが。主にグランバルトのような勘違いを引き起こした暁には確実に面倒に巻き込まれるから。
でもまあ、それを言っても俺が能力不足なのが悪いとか言われるんだろうけど。
客観的にそんな風に考えていた俺の傍で、レンはわなわなと肩を揺らし始めた。
「……僕は、少なくとも兄さんをそんな風に言う人とは、……仲良くしたくない」
静かな声量だが、はっきりとレンは言い切った。
グランバルトのレンを見る瞳が、興味を無くしたように冷えきっていく。
「……そう、残念だな。天才と言われる神子がこんなに愚かだったなんて」
直後にその瞳には、テラや俺に向けていたような侮蔑が浮かんでいる。
その嘲笑には、さすがに俺も苛ついた。一体このグランバルトと言う少年は何様のつもりなのだ。テラの弟だという手前あまり邪険な対応はしないようにしようとしていた俺の気持ちは、瓦解しつつあった。
グランバルトの視線が、レンから俺へと移る。
その双眸には、越に浸ったような鼻持ちならない侮蔑が見て取れる。
がらがらと、何かが崩れるような幻聴がした。
「……っち」
舌打ちを打ったのは俺。リンとレンが、驚いたように目を見開いた。
「威勢はいいみたいだね。でも、僕らには勝てないかな」
うすら笑いを浮かべて、グランバルトは宣告する。
「君、一体どうして俺やテラにそこまで上から目線なんだ? 疲れないかな? そーゆーの。テラとは兄弟なんだろう?」
口端を引きつらせながら、訊く。グランバルトはつまらなそうにテラを一瞥してから、感情の一切を抜き取ったような口調で答えた。
「兄弟だからって、仲良くしなきゃいけない? 第一、兄さんが悪いんだ。ドラグランに生まれたのに大して魔法が上手くないから、他の国の学校に入ることになったんだからさ」
友達としての贔屓抜きで考えても、テラの魔法は十分に優秀だと思うのだが。グランバルトはそのことを知らないのか、それともその実力を知った上で嘲っているのかは現段階ではわからない。雰囲気的には前者のような気がするけど。
「あまり時間をかけたくもないな。ここにわざわざ来たのは単に挨拶ってのが偽りのない理由さ。何も企んじゃいないよ。企む必要もないもの。もっとも、挨拶に来た兄さんがこれだからな。だからとりあえず君に言っておこう」
俺を指さし、グランバルトは馬鹿にするような声で言う。
「今年の新人戦のハイ・サヴァイヴはラスパーナが貰う。君たちがやっても無駄だけど、まあがんばるんだね」
そう言い残して、グランバルトは医務室の扉の方へと向かった。
扉を開けたところで、思い出したように振り返り、
「魔法勝負で君らには絶対負けない。そこの神子くんにも、多分僕らなら勝てる。せいぜい魔法に頼らなくても戦えるように練習することだ。ま、魔法以外で勝つことなんて、到底無理だろうけど」
◇
「グラン」
ソージック学園教棟二階、その階段付近で、グランバルトは呼び止められた。呼び止めた人物は、グランバルトのよく知る人物だった。
「ジークか」
「おう、どうだった? 六年ぶりの兄貴様は?」
グランバルトを呼び止めた少年、ジークはからかうように質問する。グランバルトと同じラスパーナ魔法学院の制服を身に纏い、黒髪の下の表情はどこか楽しげだった。
「ウルスタイガーにやられたって生徒がいたでしょ。あれが兄さんだった」
「そりゃあすげえ。ウルスタイガーに襲われて生きてた人間なんてネワギワ史で数えるくらいしかいないだろ?」
「ああ、それで兄さんは棄権になったと。代わりに出てくるのはリュウト・カワキという奴らしい」
「カワキ? カワキの神子か」
少年のある意味おきまりな感違いは、グランバルトを失笑させるには十分だった。
「いいや、その神子の兄貴だってさ」
「なんだ、怠け者の方か」
「ああ、もし本物だったら、誰だって兄さんじゃなくてそっちを選ぶだろう? 初期に選ばれていなかったってことは、噂の天才児ではないってことだね」
グランバルトが、肩をすくめながら言う。
「で、そのリュウトって奴には会ったのか?」
「ああ、会ったよ。兄さんの見舞いで鉢合わせってやつかな」
「ふうん、どうだったんだ? そいつ、デキそう?」
「うーん、わかんないや。とりあえずジークより身体能力が高そうにも見えなかったし、魔法に関しちゃこれといって感じるようなものはなかったな。……ただ」
そこで、グランバルトは不自然に間を取った。
「ただ、なんだよ?」
その間を不信に思ったジークの質問に、グランバルトは首を捻って、
「なんか、何も感じなかったというか、感じなさすぎるというか」
「はあ? なんだそれ?」
キョトンとした様子で、ジークが訊く。
「さあ、僕もよくわからない。まあどうでもいいさ。僕とジークがいれば、とりあえずは今年のハイ・サヴァイヴはもらったも同然だし」
自信に溢れるグランバルトの宣言に頷きながら、ジークは不敵に笑った。
「ああ、俺たちのコンボは最強だからな」
その宣言は、単なる傲りか、それとも確たる根拠を内包した自信なのか。それは、少なくともこの場においては二人にしかわからない事実だ。
◇
「なんだよ、あれ!!」
グランバルトが出ていった後の医務室で。一番に口を開いたのはレンだった。
「感じ悪い! 誰があんなのと友達になるもんか!!」
先程から、かなりご立腹している。
「兄さんもなんで言い返さないんだよ!? 悔しくないの!?」
「落ち着け。いちいちいきり立ってたら切りがなくなるぞ? 悔しくない訳じゃないけど、それで俺がお前みたいになれるわけでもないだろ」
抑制のための俺の言は、半分は嘘だ。
悔しくない訳じゃない?
そんな感情、そもそも持ってない。自分の能力については欲こそあるものの、不満は欠片もない。
だからレンの才能を羨みこそすれ、大して劣等感を感じたりはないのだ。
そういう面での向上心に欠ける俺では、グランバルトの嘲笑の内容そのものには反発を持たなかった。
レンは額を押さえて溜息をついた。
大した反応を返せない俺は、曖昧に苦く笑ってからベッドの上のテラと視線を合わせた。
「それよかテラ、お前の家――ああいや、やっぱいい」
テラの家の事情は、むやみにほじくるべきではないだろう。
人間だれでも腹には一物抱えている。俺は常に周りに気配りするほどお人好しではないが、友人に対して無神経になるつもりもない。
けれど、俺の遠慮にテラは否と首を振る。
「いや、言っといた方がいいだろ? 半端に想像されてもな」
やはり、テラは年の割に大人びた考えを持っている。
「俺の実家てか、ドラグランて家はラスパーナの方にあんだ。魔法の名門で、ジビロンでいえばリンの家みたいな立場だと思う。で、俺とグランはそこに生まれて、まあ、その後は大体わかるだろ? あいつはすっげえ魔法の才能を持って、俺なんかよりずっとすごかった。身体は俺の方がずっと頑丈だったんだよな、何故か。それで小さいうちは俺の方がケンカでも勝ってたんだけど、……」
……喧嘩で魔法を使われちゃ、勝てないだろうな。魔法の名門なら、5歳にはもう『レイ・ベルム』とかは使えたろうし。
「それで、このままラスパーナの魔法学院に入ってもなんか楽しくやっていけねえだろうなって思って、だからソージックに来たんだ」
なんとなく、俺とレンの関係と対称的だ。
弟が兄貴よりも優秀だという点ではまだ俺たち兄弟とテラたち兄弟は同じベクトルだ。けれど、問題はその後。兄貴は劣等感を抱え、弟は優越感に溺れて、そこにテラたちの関係が出来上がるのだ。考えてみれば、俺とレンの関係だって俺が一方的にレンに友好的でも成り立たない。レンも俺に対して優越に浸らなかったからこその兄弟なのだ。
「親とかは心配しなかったの?」
俺の質問は、ある意味答えがわかってて言ったことだった。
「オレの家って、オレのことあんま気にしないから。ま、他の国の学校行くって言ったのがグランだったら絶対パニくったろうけどな。ああそうかって、しらっと言われたっきりだ。授業料とか生活費送ってくれんのだけでも、せめてもの親の気持ちなんだろうな」
言って、テラはやれやれと肩をすくめた。
なんというか、家庭環境までテラは俺と対称的なようだ。
俺の両親は俺がレンより能力が低かったからといって冷たかったことは1度もない。一介の暖かな市民と、貴族めいた立ち位置の魔法の名門家という家庭の違いこそあるが、それで仕方ないと済ませることはできまい。
「それがあの自意識過剰か。ある意味当然の態度なわけだ」
「悪いな、あれでも昔は無邪気に一緒に遊んだんだけどな」
時間は残酷なのだと認識する言葉を、こんなところで聞くことになるとは。
「リュウト、さっきのあいつの言ったこと、ほんとすまん」
「いや、いいよ別に。でも、彼はそんなに魔法が優秀なのかい?」
俺たちに勝ち目はないと言っていたが。レンが相手だとしても勝って見せるとも言っていた。さすがにそんな状況は想像できない。
「今年の優勝はいただいたーとか言ってたが」
「……さすがにそこまでぶっ飛んだこと言う奴じゃなかったけど、少なくとも出まかせ言うような奴でもなかったよ」
ふむ、出まかせではないということか。とは言っても、レンにも勝てると言うのはさすがに盛りすぎだろう。全く想像できない。
――とは言え、
「厄介そうだな」
「兄さん」
横からレンに口を挟まれる。
視線を向ければ、レンはむすりとした表情で俺を見ていた。
「あー、なんだ?」
「ラスパーナに勝つために、兄さんには本気で特訓してもらいたいんだけど……」
無表情で、抑揚のない口調のレンは、俺の目から見ても非常に怖い。
「それで、朝のジョギングの後の組手、明日からは兄さん中心に回ってほしいんだけど」
明日からはって言うより、組手はこれまで一度も参加したことがないわけだが。見学も最近は全くしてないし。
「それって、俺が組手をやるってこと?」
一応の確認だ。
レンは黙って首を縦に振る。
「父さんの相手はレンだからできることだと思うんだが。体格の差とか身長差とか……」
「兄さんの相手は僕がやるよ。僕なら兄さんと身長も体格もあんま変わんないし」
レンの相手をするとか、俺は死んでしまうんじゃなかろうか。割と本気でそう思う。
「あららー」
「これは」
俺の視界の外で、テラとリンが曖昧げな声を出す。それだけ、今のレンには有無を言わせぬ迫力があった。
「えっと」
「兄さん、あんな奴負かしちゃえ!!」
ファイティングポーズのように拳を握ったレンの瞳には、闘志の炎が燃えている。既に選手として出場することに反論はないのだが、レンの燃えようには若干引きぎみになってしまうほどの情熱があった。
「…………あの、最初は優しく、お願いします……」
冗談めかした台詞が、途中から小さく消えていく。
普段からは考えられないほど燃えているレン。それだけ悔しかったということだろうか。
「さ、明日からみっちりやるよ!!」
「……おー」
燃えるレンの手前、俺は小さく溜息をついたのだった。
活動報告でも書きましたが、たびたび修正しています。
さて、定期戦編と名を打っておきながらまったく定期戦に突入しない。申し訳ございません。章のタイトルの<上>からもわかると思いますが、この定期戦は上下で投稿しようと考えてます。本格的な定期戦の模様や、主人公の活躍は<下>からになる予定です。
もしよければ、これからもこの拙作をよろしくお願いします。




