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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第2章 定期戦<上> 代理出場編
21/102

6,ルークの疑念

      ◇


 ルーク・キミラは時折昔の夢を見る。彼がまだ、十二歳ごろの時の記憶である。



 ルーク少年の故郷はザーナ大陸の辺境の小国だった。大国ジビロンとは同盟関係にあり、またここでしか採れない特殊な鉱石のこともあって、小国ながらそれなりに豊かな国だった。

 低年部ももう少しで終わるという季節。

 ルーク少年はその日、学校が終わると、そのまま家には向かわずに国境付近へと寄り道した。思えば、気まぐれで起こしたこの行動が、彼の命を救ったのだ。

 ルーク少年の故郷の国は、国境付近に一キロ超の高さの巨大な防壁を築いていた。大戦時代、シドー国の侵略に晒されることが多かったこの国は、周辺を強固な壁で囲むことで防戦に回っていた。

 大戦が終わり、シドーと和解条約が結ばれても残されているこの壁は、築1万年を超えるのに未だ何者にも突破されたことがない。

 四時になろうという頃だった。

 午後ののどかな時間を、ルーク少年は昼寝をして過ごすことにした。

 どれ程時間が経っただろうか。目を覚ましたルーク少年は異変に気づいた。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 微かな悲鳴が、少年の耳に届いた。

 町の方を向く。その両の眼が、凍りつく。町の中央の王城が、無惨に崩れていた。周囲の家々からもごう、と火の手が上がっている。

 ルーク少年は我を忘れて走り出した。

 ルーク少年の家は比較的城の近くに建てられている。曲り角をまがった少年の目は、人々が逃げ惑う大通りの向こうに、自分の家が破壊された痕を発見した。

 小さな隕石が飛来したのかと思うような惨状だった。楽しかった彼の日常が、何の警告もなしに瓦解していった。

「ルーク! 何してるんだ!!」

 怒鳴り声が聞こえる。

 振りかえると、ルーク少年の父親が必死の形相でこちらに走ってくるところだった。

「父さん、母さんは? 僕らの家は?」

「いまは後だ!! とりあえず、ここから逃げるぞ!!」

 ルーク少年の父は、唾を撒きながら少年の腕を強く掴んだ。

「痛い!」

「逃げるんだ! おまえだけでも逃がさないと!! はやく、あいつ・・・が来る前に!!」

 彼が、そのままルーク少年を引き摺るように走りだそうとした時だ。

「……っぐ」

 ルーク少年の父の手から、いきなり力が抜けていった。

 がっくりと膝をつき、彼は咽るようにして大量の血を口から逆流させた。

「父さん!!」

 何が何なのかわからない。ルーク少年は父親に駆け寄る。

 見れば、彼の背中には大きなが空けられていた。さっきはなかった。つい今しがた、誰かに背後から撃たれたのだろうか。

 ルーク少年は後ろを振り返った。

……そして、後悔した。


 彼の目に映ったのは、この世のモノとも思えない狂怖きょうふの塊だったのだ。



 夢はいつもそこで終わる。

 今日も、ルークは自宅のベッドで目覚めの悪い朝を迎えた。

「……はあ」

 ルークの故郷はアレのせいで滅んだ。

 数年が経って、彼は安全委員に所属した。生き残った自分がのこのこと勉強しているわけにはいかない。そんな思いから、高年部を途中でやめて十代の内から働き出したのだ。しかし、彼はその職場で初めて知った。自分の故郷を襲ったあの化け物の正体を。

 『片目のヨミ』。故郷を襲ったのは、最優先駆逐対象に指定されたバケモノだった。

「朝から縁起悪いねこりゃ」

 五月も半ばに差し掛かった今日こんにち。三十七歳となったルークは、舌打ちしそうな声でそう呟いた。




「ねー、リミちゃん?」

 いつものレストランにて。ルークは補佐役の女性に遠慮がちに声をかけた。

「何ですか? 部長」

「仕事の重要な話だっていうのはわかんだけどね。なんでそれをこんなとこでするの?」

 時刻は昼食時。二人の座ったテーブルの周りは、親子連れやカップル、はたまた学生同士の友人たちで賑わっていた。

「抜かりはないです。認識疎外の結界は張ってあります」

「……気付かなかったよそれは」

 感心したように、ルークは笑った。

「で、話って?」

「今月の初めに行われた作戦についてです」

「ああ、クラザが担当してたやつね。失敗したんだって? あいつにしちゃ珍しいかな」

 頬杖を付きながら、ルークはコーヒーを啜った。

「ええ、指名手配中のバギーがヘルヘイムに所属していたことが判明し、さらにもう一人構成員と思しき人物を確認したそうですが、肝心の捕獲には至らなかったそうです」

「バギーね。あいつはもう少しで危険指定されるとこだったけど、これで間違いなく指名手配から繰り上げられちゃうな」

 茶化すような口調で、ルークは合いの手を打った。

「さらに、報告書には、バギーが何らかの形で異形の身へと変わったとありますが、真偽のほどは……」

「クラザは口は悪いけど仕事はきっちりやる奴だよ。まず適当じゃないと思うけど、でも異形の身って一体なんだろう? Kr汚染によるカワサキ化じゃないんだよね?」

「バギーの十二歳の時点での測定結果は、反応なしです。Kr因子に接触するような機会があったとしてもまず汚染まではいきません。それに、Kr因子テストとそれによる肉体変質のシュミレーション上では観測できない器官を発生させていたともありますから、カワサキ化とは別口と見るのが妥当でしょうね」

 淡々と、リミアンは告げる。

 Kr因子のデータと、肉体の遺伝データからコンピューターの演算によって導かれた遺伝子変質後の肉体組織のシュミレート結果がそう言っているのなら、間違いではないだろう。

「はあ、たたでさえ大変だってときに」

「仕方ありません。で、この事についてなんですけど、本人たちに直接話を聞いた方がいいかと」

「本人たち?」

「ええ、ちようど来られたようですね」

 レストランの入り口の方を見ながら、リミアン。つられて視線を向けたルークは、かつての同僚を認めた。

 ルークほどではないにしろ、一八〇を超えるであろう長身に、ルーク以上に横に広いがっしりとした体形。灰色のスーツ姿は、ルークが安全委員に入局はいった当初から見覚えのある光景だった。

 傍らには、彼の補佐役の青年が立っている。

「クラザ」

 手を上げて、軽く呼びかける。

 魔法は認識が重要だ。認識疎外の魔法も、阻害先をコントロールすることで任意の相手を対象外にすることもできる。

 ルークの声量は認識疎外が働いているとはいえ、とても控え目なものだった。しかし、クラザは気付いたようで、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「や、久しぶり。クラザ」

「ルークか」

 クラザはほとほと疲れきった顔をした。

 愛想笑いを浮かべながら、ルークはクラザの斜め後ろに控える青年を見た。

「どうも、リッくん。久しぶりだね」

「……ご無沙汰してます。キミラ部長」

 ぶっきらぼうに、リックは答える。

「リック、上司にはもっと敬意を払わんか!」

 こめかみを押さえたクラザから叱責が飛ぶ。それでも、リックに反省の色は浮かばなかったが。

「お久しぶりです。ストーラ部長、それとフラムくん」

「うむ」

「……ちわーす」

 軽快なリックの挨拶に、クラザの額にまた青筋が浮かんだ。

「こいつは…………!」

「まあまあ。あ、僕が移動した方だいいかな」

 ルークは席を立ちあがって、向かいのリミアンの隣に腰を下ろした。

 クラザとリックが、ルークたちと対峙するように席に座る。

「では、さっそく本題から訊きましょう」

 特に表情を崩さずに、リミアンは話を進める。

「先日の作戦はお疲れさまでした」

「ふん、成功させていないのだから労いは無用だ」

「まあまあクラザ、何も得られなかったわけじゃないんだし」

「得られたことの、なんと少ないことか! ルーク、今回取り逃がしたのはそんじょそこいらのチンピラではない。ヘルヘイムなのだ! この失敗は大きいのだぞ!?」

「まあまあ、落ち着きなさいなって。ヘルヘイムに関しては定期戦襲撃の予告もあるし。その襲撃を防ぎ切れれば問題はないんじゃない? もともと今回の作戦ってその襲撃を未然に防ぐためってのが大きな決行理由だし」

「そんな低い意識で襲撃を防ぎきれるものか」

 吐き捨てるように、クラザは言う。

 認識疎外をかけているとはいえ、剣呑な空気が周囲に伝わりそうだった。

「話を戻しましょう。今作戦においてヘルヘイムの構成員であると判明したバギー及び捕獲の際に乱入してきたというもう一人の構成員についてです」

「うむ」

「報告では人間ではない何かに変貌していたとありますが、具体的な説明をお願いできますか?」

「ああ、奴らか。あいつらは……、危険だ」

 腕を組み、クラザは重苦しい声で続ける。

「バギーはどうとでもなさそうだったが、それでも動きは速かった。あれは普通の人間が到達できる速さではない。俺も反射で動けなかったらやばかった。しかし、そのバギーよりも問題は少女の方だ。アレは明らかに異常だ。正直に言って勝てる気がしなかったよ」

 ぶるり、クラザはわずかに身を震わせる。普段の彼を知る者にとってそれは、信じられないような光景だった。

「人間になく、またKr因子によるカワサキ化のテストとシュミレーションでは発生しえない未知の体組織器官の発生については……?」

「……あれか。ちょうど、環形動物のようだったな。少なくともバギーの肩と肘から出たモノはそんな印象を受けた」

「環形動物って、ミミズとかだよね? 気色悪いなー」

「キミラ部長、茶化さないでください。と、おっしゃいますと別の形状のモノも確認したということですか?」

「む、あれは件の少女からの発生だったが。そうだな、黒くて、節のような目が入っていて、背骨のような感じだったな」

「背骨って、先っぽに頭蓋骨でも付いてたの?」

 口元に若干笑みを浮かべながら、ルークが口を挟んだ。全くこの人は、と言うようにリミアンは溜息をつく。

「いや、鉤爪のように鋭利な刃になっていた。そう言えば、バギーのモノも先端は尖っていたな」

 律儀に答えるクラザは、本当に真面目だ。リミアンはそう思ったことだろう。

「体内の骨格を変形させて体外へ放出させているのではないでしょうか?」

「それではバギーの方が説明がつかないと思うが」

「その少女とバギーが別種である可能性は? 発生させた器官も全く別のモノである可能性もあります」

「無くはないだろうが、それでもやはり説明がつかないことがある」

 面倒臭そうに、クラザは指を一本立てる。

「逃亡の際の飛行方法だ。君の言う変形させた骨と言うか、少女が発生させた器官は最終的に八本だったが、俺たちから逃げる時に器官と器官の間に飛膜のようなものを張って翼のように使っていた。あの膜はどう説明する? 言っておくが、皮膚を変形させたような感じではなかったぞ。なんというか、触手と触手の間から広がっていくような、上手くは言えんが皮膚を伸ばして張るというよりは、即席で形成しているような感じだった。なら、触手の方も同様だと見ていいのではないか?」

 リミアンが言葉に詰まる。さすがの彼女も、それを納得させるような説明は思い浮かばない。

「それは、そうですね。私もそれは説明できません。ストーラ部長はどのように考えているのですか?」

「ふむ、そうだな。まず思うのが、アレが体内に収納していたモノなのかという点だ」

「どういうことでしょう?」

「うむ、つまり、体内に収納していた器官を膨脹させて発生させるのか、それとも体の表面から分泌させるようにして発生させているのか、ということだ」

 腕を組んで、クラザは自分の考えに没頭するように目を瞑った。

「まあ、現状俺が思うのはそんなところだな」

「……ていうか、こんなことに意味ってあるんすかね?」

 それまで黙っていたリックが口を開いた。

「これじゃまるでヘルヘイムに関する話し合いってよりは珍生物発見の話し合いみたいですよ?」

 ざっくばらんに話すリックの声には、若干見下すような響きがあった。

「……まぁたおまえは」

 語気を荒げるクラザ。けれど、リックに反省の色はない。

「だって、部長もハルトイヤー先輩もさっきからそっちばっかで肝心のヘルヘイムについてじゃないじゃないですか」

 非難めいた視線で、リックはクラザとリミアンを見た。

「わ、私は……」

「大体アレが何なのかって、今の段階でわかんないのが普通なのにあれこれ空想しても仕方ないと思うんですけど」

「私は!!」

 リミアンが、声を張り上げる。

「わ、私は、……ヘルヘイムのことなら、どんな疑問でも解いておいた方がいいと思います」

 絞り出すように言葉を紡いだ彼女の目じりには、うっすらと雫が溜まっていた。

 リックが訝しむように眉根を寄せる。

「憶測を述べることは、疑問を解消するのとは違うと思います。大体……」

「じゃあ!! 一体どうすればいいって言うの!?」

 テーブルに勢いよく手を付いて、彼女は立ち上がった。頬を一筋の光が伝う。

「……今は何もしなくてもいいでしょう? ていうか何でそんなに必死なんですか?」

「私は、……私は!!」

 もう一度テーブルを叩き、リミアンはそのままレストランから走って出て行ってしまった。

「……は?」

 しばらくの間があって、リックが漏らす。

「やっちゃったねリッくん」

 苦笑いを浮かべたルークが、肩をすくめてリックを見た。

「ハルトイヤー先輩、ヘルヘイムに関して敏感だってのは聞いてましたけど、さすがにあれはないんじゃないですか? ちょっと突っついただけであんなに取り乱すなん……痛!」

 クラザに頭をはたかれて、リックは悶絶した。

「何するんですか部長」

「莫迦かおまえは。それだけ彼女にとって奴らがトラウマと言うことだ」

「わかんないすね」

 口を尖らせて、リックは文句を言うように呟やいた。

「ああ、それはね……」

 説明しようとしたルークを、クラザが遮る。

「クラザ?」

「ルーク、おまえはハルトイヤーの所へ行け。部下の管理は、上司の責任だろ。勘定はこっちでやっとく」

「クラっちゃん……。最高にイかしてるよ全く!!」

 親指を立てて、ルークはリミアンを追ってレストランを出たのだった。


      ◇


 ルークがレストランを後にして、

「部長、あんなことして大丈夫だったんですか? 先輩やキミラ部長何も注文してたわけじゃないでしょうに」

 テーブルに置かれた空の皿とカップを見て、リックは愚痴をこぼした。

「おまえの考えることは何度向き合っても付き合いきれん。ハルトイヤーの慌てようだがな、おまえ、レオ・ハルトイヤー元総部長を知ってるか?」

「レオ・ハルトイヤーって、知ってるに決まってんじゃないですか。安全委員でエースやってた人でしょう?」

 レオ・ハルトイヤー。安全委員で知らない者がいないほどの有名人だった。

 安全委員に入局当初から優秀な功績をあげ、わずか三年で準部長の役職にまで昇り上げる。パートナーに関しては、当時特別部長に就いていたミリー・ホルミナの補佐役として彼女の下に就き、さらに功績を上げる。

 彼女の引退後は三か月で部長に昇り、さらに一年後には総部長を務めるほどにまで出世していた。新たなパートナーとしては、特に固定した相手は取らずに当時部長になったばかりのルーク・キミラや準部長だったクラザと、特定の数人と定期的に組んでいた。

 ヘルヘイム撲滅に、最も貢献した安全委員職員としても称えられている。

「レオ先輩がハルトイヤーの伯父だってのも知ってるよな」

「そりゃ、知ってますけど」

 クラザの目が、ゆっくりと閉じる。

「レオ先輩が昨年亡くなられたのは知ってるか?」

「…………」

 無言は、否定の沈黙だった。

「リック、始めに言っておくがハルトイヤー元総部長は安全委員で最も戦闘術に長けた人物でもあった。当時はKr兵器なんてものもなかったが、それでもレオ先輩はバケモノよりも強かった」

 クラザの言葉を、リックは黙って聞いた。

「公式には引退したことになってるが。言ってしまうが、なぜ引退することになったと思う?」

「……それは、知りませんけど……」

 珍しく、クラザが笑った。けれどそれは、どこか自嘲するような嘲いだった。

「ちょうど、この前のような作戦だったな」

「?」

「ヘルヘイムの捕獲作戦だ。確かな情報から奴らの取引場所を見つけて、レオ先輩は俺とルークを引き連れて捕獲に赴いた。そこでヘルヘイムの構成員と戦闘になってな」

 なんとなく、その先は想像できた。

「俺とルークは、情けないが下っぱ相手に手間取ってな。どんどん敵を斬り伏せていくレオ先輩には追い付けなかったよ。まあ、レオ先輩にしてみれば実力の問題以上に負けられなかったんだろうがな」

「どういう?」

「ヘルヘイムと戦った時、偶然リミアンもそこに居合わせていたんだ。全くの偶然だ。学校の遠足だったらしい。俺たちとヘルヘイムの殺し合いが始まって、生徒たちがみんな避難させられるなかで、彼女だけ逃げ遅れてな。レオ先輩は、だから負けるわけにはいかなかったんだろうな。俺たちとは背負ってるモンの重みが違ったんだ。だから、レオ先輩は彼女を命がけで守ったわけじゃない。リミアンの親はそのときには既に事故で死んじまってたから、レオ先輩だけが彼女の唯一の肉親だった。まだ幼かった姪っ子を、一人置いていくような真似だけはしないはずだった。死ぬまけることは許されない。常に勝ち続けなきゃならなかったんだろう」

 クラザの口が、キュッ、と結ばれる。

「だから、それだけの強敵だったってことだろうな。逃げ遅れたリミアンを連れに来た教師の話だと、もちろん彼女の記憶は情報漏洩阻止のために後で改ざんしたが、レオ先輩はヘルヘイムの幹部を名乗る敵と戦って、重傷を負った。その時の傷はどうにも癒すことができずに、……植物状態と言うんだろうな、病院のベッドで寝たきりになっちまったんだ。死んではいないが、はっきり言って死んでた方がましだろうぜ、リミアンにとってはな」

「……そんなことがあったんですか」

 やや間をおいて、リックは静かに呟いた。

「俺とルークが駆け付けた頃には、先輩はもう意識不明だった。あれほど無力感を感じたことはなかったよ。ルークはその後安全委員を抜けちまうし」

 静かに語るクラザの姿は、普段が嘘のように愁いに溢れていた。

「リック、言いたいこともあるだろうが、もう少し抑えてはくれないか? リミアンの中ではまだ心の整理がついてないんだ。ヘルヘイムは、あいつからたった一人だけだった家族を奪った存在だから」

 沈黙が二人の間に広がる。術者がいなくなったことで、認識疎外は既に機能していなかったが、二人の会話を聞く者はいなかった。

 やがて、リックが渋々と口を開き言った。

「……わかりました。後で、謝っておきます」

 それを聞いて、珍しくクラザは微笑んだ。


      ◇


 レストランからずっと走ってきたリミアンは、公園の噴水の前にいた。

 ついカッとなって出てきてしまった。今更戻るのもなんとなくはばかられる。

「……はあ」

 溜息がこぼれる。

「リミちゃん!」

 後ろから、上司の声が聞こえてきた。振りかえれば、やはり予想通りルークがいる。

「部長」

「リミちゃん、リッくんも悪気あったわけ、ではないと思うよ」

 おかしなところで区切ったのは、発言した彼自身も疑問に思ったからに違いない。

「……わかっています」

 静かな声で、リミアンは答えた。

「私も冷静ではありませんでした。フラムくんの言ってることは正論なのに、自分を否定されたように考えてしまって。申し訳ありません」

 深々と、頭を下げる。

「いや、リミちゃんが全部悪いわけじゃないでしょ。リッくんはその、レオ先輩のことは知らなかったわけだし……」

 ずきり、リミアンの胸が、静かに痛んだ。けれど、いつまでもそれではいけない。

「そう、ですね」

「そ、あんまり悲観して考えすぎないようにね?」

「悲観してなど、いません」

 拗ねるように、リミアンは言った。

「うん、そうだね。……リミちゃんは、これからどうすんの?」

 そう言われた途端、リミアンはあることに気付いた。

「図書館の生物の部門で資料を当たってみようと思ってますけど、それより部長、その、会計は……?」

「ああ、それね。クラザがやってくれるって言ってた。ああ今度会ったときに礼言っておきなよ? 謝罪は要らないだろうからさ」

 どこか慌てたように言うルークに、リミアンはくすりと可笑しそうに笑った。

「はい」

「図書館の生物って、例の珍生物調べるつもり?」

「ええ、フラムくんにはああ言われましたけど、見当を付けておくことは無意味ではないと思うんです。なので」

 いつの間にか、涙は晴れている。心なしか、体も軽く感じた。

 ルークが微笑を浮かべ、うんと頷いた。

 伯父と十年以上話をしてないことも、ましてやついに話も出来ずにお別れになってしまったこともつらい記憶だ。けれど、今はそれほど悲しくはない。不思議と、落ち着いた。

「僕はこの後予定があるから手伝いはできないけど、まあがんばって」

 ルークを見て、ああそうかと納得する。人を落ち着かせる彼の雰囲気は、レオ・ハルトイヤーにとても似ている。

「はい」

 この全幅の信頼を置けるに足る上司に、リミアンは再度頭を下げた。


      ◇


 ユグシルナ研究機関にて。

「久しぶりだね。ルークくん。またしても体がでかくなったな」

「そりゃあ、現場に復帰しましたからね。眠っていた筋肉達がまた覚醒しだしたんですよ。ご無沙汰してますガード博士」

 応接間で、ルークは白衣を纏った老人に挨拶した。

「うむ、ところでKr兵器の具合はどうかね? たしか『ニグル』だったかな?」

 ソファに座る足を組み直し、ガードは身を乗り出して訊ねる。

「まだ使うような機会には会ってませんよ」

 ガードの態度が、目に見えて落ち込むように萎んでいく。

「そうか。もうひとつ新しく渡しとったモノがあると思うが」

「それこそです。アレを日常的に着るのは…………何分、今は夏ですし」

 手で顔を扇ぐ仕草をしながら、ルークは苦笑う。なるほど、とガードは納得するように頷いた。

 一日中研究所で過ごしているとわからなくなるだろうが、五月というとまだ夏の日差しががんがん照りつける季節。全国の学校でも、共通の長期休暇を取る一か月だ。

「それは実に残念だ」

「近々、使う機会がやってきそうなんですよね」

 ルークの声に、重みが増した。

「……例のヘルヘイムとかいう犯罪組織か」

「はい、それでなんですが、博士にニグルの最終メンテナンスをお願いしたくて。あと少し話を伺いたいのですが」

「話し、ね。そっちから先に訊いてもよいかね?」

 何故か、ガードはそちらの方に興味を持ったようだった。ルークとしても、この話は軽視できないことだったので、特に焦らしたりはしない。

「三か月ほど前のKr測定検査の結果、博士はご存知でしょうか?」

「うむ、私も一応は君たちの仲間だからな。たしか、レープ一の秀才といわれたお譲ちゃんと、後はソージックから三人。ホルミナとドラグランとカワキだったかな」

 悲しいよ、とガードは両目を手で覆った。

「よくそこまで詳しく知ってますね」

「みんな有名人と繋がっとるからの。レープのカミネと言えばカワキの神子に匹敵するとまで言われる優秀な子だろう? まったく、三校のどれかに入学はいっとれば違いなく今年の新人戦で活躍が見れたろうに」

「レープ校はまだ創設から間もないですからね」

 ルークが合いの手を入れる。

「全くだよ。で、そのカワキの神子のカワキじゃろう? カワキなんて名字は他にない。弟があれだけ優秀ならば、兄である彼もまた相当な優秀さだろうにな。怠け者と言われとるんだっけか」

「さすがにそこまでは、私も詳しく話を聞いたのではないですが、成績は大体平均よりは上を取るらしいですよ。……全部ではないようですけど」

 小さく付け加えられた一言に、ガードはほっほと笑った。

「博士、未来ある少年を嗤うのはどうかと」

「いやすまない。ならば君も黙っていればいいだろう? 他の2人だが、ドラグランと言うのはジビロン国では耳にしないだろうがラスパーナでは有名だろう? あの家系はホルミナ家に匹敵すると言われとるしの。ホルミナの譲さんについては、知らん方がおかしいじゃろう。彼女の祖母さんとは、仕事仲間だったからな。で、その四人がどうしたと?」

「はあ、正確にはソージックの三人についてなんですが。博士、六年ほど前に地下三十階に保管してあったKr因子ポッドの爆発事故を覚えてますか?」

「覚えとるよ。被爆者が出んでよかったと今でも……まさか?」

 こくり、とルークは頷く。

「あり得んじゃろう。被爆者はいなかったのだ。それは間違いない」

「爆発事故が起きた当時、彼らは一年生だった。そして、爆発当日はソージックの見学の日。おまけに三人ほど、迷子が出ていた。の三人でした。時間的な問題を除けば、辻褄は合います」

「しかしな。仮にその三人が迷子で、奇跡が重なって地下三十階に到達していたとしても、その痕跡が残るはずじゃろう?」

 しかし現実には、地下三十階の爆発が起きた研究室には、誰かがいたような痕跡はなかった。

「ええ、ですから私は、思いたくはないのですがユグシルナ(ここ)の職員の中にスパイがいるのではないかと……」

「莫迦を言っちゃいかん!!」

 ガードが声を張り上げる。ルークは怯まずに続けた。

「そもそもの爆発の原因は警備に配置していた、たしか『セクトピオン』でしたっけ? その一体がハッキングによる干渉を受けたせいではないかと仰ってましたよね?」

「職員の誰かがハッキングしていたと言うのかね」

「当時、アレの存在を知るのはここの職員だけだったでしょう?」

「うむ、とすると一体スパイとはどこの……?」

「それについては、やはりヘルヘイムと見るべきでしょう」

「ヘルヘイムからスパイがまぎれこんどる、か……頭が痛くなりそうだ」

「ええ、博士はこれからも充分な警戒を取ってください。研究所の中だからって、安心しないでくださいよ?」

「わかった。なんだか後に回したほうがよかったのかもしれんな。で、結局例の四人は処分なのかね?」

「……いえ、四人からはKr反応が検出されましたが、誰もまだ危険値には達していませんでした」

 二名ほど数値が異常に高かったですけど、とは言わなかった。それは、ほっと一安心したようなガードの表情を、崩したくなかったからかもしれない。

「何はともあれ、か。さて、メンテナンスだったな。実を言うとクラザくんの『ボルボ』も見てくれと頼まれていてな。この際だ。二人の『プロテクト・アーマー』の方も強化しよう」

 そう言って立ち上がったガードの顔は、いつもの研究者のものに戻っていた。

「そうですね。こりゃ、ヘルヘイム打倒の目途も立ってきたってもんです」

 言って、ルークも立ち上がった。


      ◇


「この小説の主人公ってリュウトだよな?」

 この回を書いた時ふとそんなそんなことを思いました(笑)

 主人公視点のタグの意味って何なんでしょう?

 キャラクターそれぞれに悲劇を持たせりゃいいってもんでもないのに、この小説の主要人物には普通の人生を送ってきた人がほとんどいないという非現実的な設定。

まあ、異世界ですし、ファンタジーですし、まあいっかなー(笑)

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