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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第2章 定期戦<上> 代理出場編
20/102

5,練習開始

感想欄の方で指摘いただいたおかしな点について、詳しい事情を加筆しました。

具体的には、なぜ自分たちだけでユグドラシルについて調べているのか、ユグドラシルは秘密にしているのか、という点です。

 ぼんやりと、目を覚ました。

 時計の針は午前の五時半をさしている。

 俺は軽く伸びをすると、洗面所へと向かった。軽く支度を済ませて家の外に出ると、既に準備を整えているレンと父さんがいた。

「よし、じゃ今日も走るか。リュウト、レン」

 父さんとレンの三人で朝のランニング。

 昔から変わらず、今では習慣になっているが、この五、六年で変わったこともある。二人が走る時間は相変わらず一時間だが、俺の走行時間は三十分に伸びていた。しかも、昔とは違ってレン達のペースで。

 俺が走り終わっても、二人は変わらずさらに三十分は走ることに変わりはないのだが。

 走り終わった後は、シャワーで汗を洗い流す。朝から風呂場の世話になる日が来るとは、今でも少し実感がわかない。汗を流した後は、睡眠の続きだ。レンと父さんは習慣に習って組み手を始めるが、俺はもう見学しなくなっていた。

 朝食までの小時間をゆっくり休み、朝食の後は自室で支度を整え、ソージックに向かう。大体、登校はレンも一緒だ。

 三月に入ったばかりの今日この頃。

「今日から定期戦の練習だね」

 通学路で、レンが話を振ってきた。

「そうだな」

「そうだなって、兄さんも出るんだよ?」

「は?」

 初耳なんだが。何故俺まで出なければいかんのだ?

「選手じゃなくても、兄さんは補欠だろ?」

「選手交代なんてそうないと思うんだが」

 補欠なんて名ばかりの、ただの敗者だろう?

「それでもだよ。いつ事故が起きるともわからない。選手がダメになった時補欠が全くの素人な状態だったら笑い物だろう?」

 それは、テラがダメになると言ってると解釈していいんだろうか。テラ、落ち込みそうだな。

「テラが簡単に怪我するとは思えないけど」

「ま、そりゃそうだけどさ。とにかく、ちゃんと練習には出なきゃダメだよ?」

「へーい」

 レンこいつが出れば万事解決なのに。カワキの神子という異名を付けられるほどの天才児が。何故お前はまだ十一なのだ?

 そんなことを僻んでも仕方がないのはわかっているが。

 登校途中から、リンが一緒になることが時たまある。テラは寮生活なので一緒に登校するなんてことはないが。今日も、公園近くを通ったところで、見慣れた赤髪が視界に写った。

「おっはよー、リュウト」

「おはよう」

「……おはよう、ございます」

 レンは相変わらず、リンの前では別人だ。

 大人しいという点では、リンを相手にしたときとリン以外とで、さして変わらないようにも思えるが、コミュニケーションの取りやすさが全く違う。

「リュウト、今日の練習来るんでしょ?」

「やっぱり出なきゃまずいの?」

 あまり気分が乗らない。

「当たり前でしょ。ま、あたしはリュウトとテラと違ってコドー・ファイナだから練習場も違うけど。ちゃんと出ないとダメよ?」

 腰に手を当て、まるで母親のようだ。

「どっちかっていうとテラの方がサボりそうなもんだけどな。今回はなさそうだけど」

「選手だもん。リュウトも練習でないとダメよ? 何が起こるかわかんないんだから」

 話題転換も、それほど効果を為さなかった。

 と言うより、リンまでテラがダメになるというのだろうか。どうもそう言ってるように聞こえて仕方がない。

 テラは友達、それも親友だ。俺だけはテラの味方でいようと、俺はふざけ半分にそんな決意を立てた。

「そうだ、リュウトは他の二校の、今年の新人戦の選手オーダー知ってる?」

 ソージックの校門が見えてきた時、リンが思い出したように言ってきた。

「知るわけないだろ」

「あー、やっぱり?」

「……レンは知ってる?」

 投げやりにレンに話を振ると、こくんと頷かれた。

「今年はラスパーナでスゴイ優秀な人が二人、ハイ・サヴァイヴに出るみたい」

 スゴイ優秀か。

 それは、レンから見てスゴイ優秀ということか。それとも一般的にスゴイ優秀という意味か。

 どちらにせよ、魔法が戦局を握る新人戦で、魔法が優秀と言うのは厄介だ。

「じゃあ今年の新人戦ハイ・サヴァイヴ優勝はラスパーナかな」

「そうとも言い切れないよ。レタデミーからは獣族が三人出るらしいから。“猫”のシャーマン族から二人とラパーム族から一人」

「…………」

 なんとなく、俺は沈黙した。

「へえ、シャーマン族とラパーム族。獣族が出るってのは聞いてたけど、結構有名なのが出るのね」

 感心したように、リン。

「リュウト、何で黙んの?」

「……なんとなく」

 獣族と言っても、な。

 獣族といえば、おのずとあの天然の猫耳や犬耳が思い浮かぶが。俺がもしそういう方面・・・・・・で興奮するような質だったら、間違いなく絶望の淵に落されていただろう。

 ネワギワには、やはり異世界ファンタジーなどないのだ。……いや、この場合は異世界ロマンだろうか。

 獣族、と名はあるが彼らはれっきとした人間だった。

 獣の遺伝子が混じってたりとかは一切ない。故に、尻尾も付いてないし耳も普通に人間の耳だ。

 彼らが獣族と呼ばれるのは、単に森の奥深くで原始的な狩猟生活を営んでいるからにすぎない。

 常人を軽く超える身体能力と五感、野生の第六感はまさしく獣の如し、だ。つきつめれば原始人と変わらないというのに。

「ていうか何で原始人が学校にいるの?」

 何故レタデミーの選手として出れるのだろう?

「獣族だって学校には行くよ。卒業するまでを村を離れて過ごすって、同じクラスの獣族の子から聞いたんだ」

 レンがわずかに苦い微笑みを浮かべながら説明する。

 と言うかソージックにも獣族がいたのか。

「知らんかった」

「まあ、獣族は珍しいし、そんな習慣知らなくても当然だけどね」

 俺の言った知らない内容と、レンが受け取った知らないという意味は、恐らくは違うだろう。認識のずれを、俺はあえて修正しなかった。




 五時限目が終わった。

 今日は六時限目はないから、これで終わりだ。ところが、俺を含める新人戦の選手と補欠には、放課後の練習が待っている。

「だるいな」

 掃除中、俺の気分はどんどん降下していった――というわけでもないが、まあそんなに気分は乗ってない。

 教室の掃除が終わると、体操着に着替えて練習場へ向かう。ハイ・サヴァイヴの練習場は、体育館となっていた。

 ハイ・サヴァイヴのルール上、屋外で練習した方がいいと思うのだが。

「ちーっす」

 体育館にはまだ誰もいなかった。一番乗りなのに挨拶。どこか、空しくなる光景だ。

 俺は体育館に設置されている時計を見やった。

 午後の二時四十三分。五時限目が終わって既に三十分は経っているのに、誰もいないとは。

「みんなサボったんかな?」

 ……マジでみんなどこ行った?

「あれ、リュウトくん」

 そこで、呼びかけられた。鈴が鳴るように綺麗な声音だった。そして、俺にとって聞いたことのある声だ。

 ゆっくりと、俺は声のした方を振り向く。

「……イルサ先輩?」

「やっぱり。どうしたの?」

 イルサ・ホルミナは、俺にとってはいわば年の離れた友人と言える存在だ。リンの姉ということもあり、容姿は彼女に似ている。

 もっとも、今年で十七の彼女は可愛いというよりは綺麗といった方がしっくりくる。

「新人戦の練習に来たんですけど、みんないなくて」

 首を傾げて苦笑気味に言うと、イルサは何故かくすくすと微笑わらいだした。

「どうしたんです?」

「定期戦の練習は本戦と新人戦のメンバーが一緒にやるのよ。練習開始はまだ少し先ね。高年部の六時限目が終わって、掃除して、少しの猶予があるから、……大体四時くらいからかな?」

 ……まだまだ余裕がありすぎる。

「じゃあ先輩はどうしてここに? 高年部なんだからまだ六時限目のはずでしょう?」

 ふむ、サボったのかな? 俺は適当に当たりをつけてみた。

「サボりよ」

 ……本当にサボっていたとは。

「冗談よ。限りなくサボりに近いけど」

「なんか、イルサ先輩がわからない」

「うふふ」

 彼女は楽しそうに微笑った。

「授業で倒れちゃった子がいて、医務室に運んだ帰り」

「寄り道ってか、一〇〇パーセントサボりじゃないですか。こんなとこ寄ってないですぐに戻ってください」

「リュウトくんはわたしと一緒にいるのは嫌なの?」

 自分の体を軽く抱きながら、イルサはからかうように訊いてきた。十二歳を相手に何を言っているのだこの人は。

「そういうわけじゃないですけど。話を逸らさないでください」

「いいじゃない。すぐ戻ればいいだけだもの」

「……そうですか。魔法科の実技か、戦闘実技の授業ですよね? 先輩の授業って」

「戦闘実技だけど、なんでわかったの?」

「体操着なので」

 彼女の着ている体操着をしゃくりながら告げる。

 高年部からは、校内では指定の制服を着用することになっている。体操着を普段着代わりにすることができるのも、低年部までなのだ。

「ああ、なるほど」

「それよりもう戻った方がいいのでは?」

 時計を見ながら忠告する。二時五十分を回ったところだった。

「そうね。じゃあ戻るわ」

 手を振りながら、彼女は体育館から出て行った。

「そうそう、最初の練習はここじゃなくて保健室だから、遅れないようにね」

 戻り際の言葉は、なんともありがたき言だ。

 練習開始までまだ一時間近くあるというのがわかった。それまでここで待ってる気もないので、俺も体育館を後にする。

 行先は図書室だ。

 教棟の三階にあるため、比較的時間をかけずに到着できた。

 図書室に入った俺は、室内をぐるりと見渡す。目的の人物たちはすぐに見つかった。「難しい」本が並ぶ高年部コーナー近くのテーブルにて、テラとリンがそれぞれぶ厚い本と格闘している。

「よう」

「リュウト。なんで体操着なの?」

 とりあえずリンに声をかけたのだか、予想通りの質問が返ってきた。

「着替えたからだよ。まだ一時間あるって知ってたなら教えてくれればよかったのに」

 俺の抗議に、リンはくすりと笑った。

「さすがに、リュウトはテラみたいに間違わないと思ったんだけど」

テラへ視線を向けると、なるほどテラも体操着を着ている。

「うっさい」

 テラがふて腐れたようにぼそりと言った。

「イルサ先輩が来てくれなかったら、さらに恥ずかしいことになってた」

「お姉ちゃんに、会ったの?」

 表情を怪訝そうに歪めて、リンが訊いてきた。

「医務室にクラスメイト連れてった帰りだって言ってた。今日の練習、最初は保健室に集合とも言ってたな」

「それ、採寸のためらしいわよ」

「採寸? なんで?」

「知らないわ」

 あっけらかんとして、リンは答えた。

「そ」

 別に興味が湧いたわけでもない。特に言及はしなかった。

 それにしても、と俺はテーブルに座るリンをしげしげと眺める。

「何?」

「いや、やっぱイルサ先輩のお下がりじゃないんだなって」

 リンの服装は、入学したての頃のようなドレスのような感じではなく、当時のイルサのように動きやすい物になっていた。が、あくまでも新品の服を着ている。

 理由はまあ、胸部にある二つの膨らみが関係しているんだろうが。

「サイズが合わないもの」

「ああ、(胸の)サイズが合わないのか。ま、姉妹と言っても何から何まで一緒じゃないしな」

 ふと、リンの読んでいた本に視線を移す。

「また“ユグドラシル”について調べてんの?」

 野外活動から帰ってきて以来、リンとテラは頻繁に図書室でユグドラシルについて調べるようになっていた。

 あの後、二人には密かにこのことについて誰かに話したりするのはやめておこうと提案していた。

 どこの世界・時代でも、情報とは最強の武器になる。アレが提供した情報が信用に足る根拠などないが、だからと言ってガセだと決めつける根拠もない。

 仮に、アレが本当のことを言っているとしたら、アレを手に入れた国は天下統一への道が開けたと言ってもいいほどのアドバンテージを他国に得るのだ。

 今はどこの国も和解しているが、すべての国が不満を持ってないわけじゃない。

 面倒ごとになるのは御免だった。

 そんなわけで、調べるのであれば出来る限り自分たちで調べるしかないわけだ。

 ……もっとも、本当は調べないでそっとしておくのが最良の安全策なんだが。

 北欧神話のユグドラシルについてはまだ言っていない。というよりは、言うつもりはない。ネワギワにない神話の話などしない方がいいし、しても無駄だろう。

「だって、気になるんだもの。リュウトは気にならないの?」

「気にはなるさ。情報検索ソフトなのになんであんながらんとしたとこにあるのかとか。どうやって情報を収集してるのとか」

「それにしては、ちっとも調べようとしてないじゃない?」

 そりゃあ、ただ疑問に思っただけだし。解決したいなんて欠片も思わないし。人生わかんなくてもいいことなんていくらでもあるし。

「興味ないもん」

 インターネットみたいなシステムだと思えば、気にならなくなる。

「リュウトって、やる気ないことにはとことんやる気ないよね」

 呆れた口調で、リンは言う。もしかして、皮肉なんだろうか?

「やる気が起きないからやらないってだけだ」

 あっけらかんと、そう返した。

 とてもシンプルだと思うのだが。

「そういうことじゃ……まあいいわ。それより手伝ってよ」

 げんなりしそうな表情までは抑え、俺はしぶしぶ頷いた。

 時折二人のこの「無駄」な作業に付き合わされるのだが、せっせと調べる二人と違って俺はユグドラシルという単語を調べても無駄だと知っている。ただでさえ低いやる気も、これでガタ落ちだ。

 とはいえ、それでいやだと言うわけではない。今は他に、やることもないのだし。

「どの本持ってくればいい?」

 俺は集合時間まで、二人の調べ物に付き合った。




 保健室には思った以上に生徒が集まっていた。主に高年部が多い。ハイ・サヴァイヴ以外の競技の選手、補欠も来ているらしい。

「やっほー。来たみたいね」

 入ってすぐに、体操着姿のイルサ先輩が声をかけてくる。

「イルサ先輩、さっきはどうも」

 彼女がいなかったら、そのまま体育館に居座っていただろうし、保健室に集合なんてことも知らなかった。

「いいわよ別に」

「お姉ちゃん、なんで採寸するの?」

 リンが首を傾げながら問う。私服から体操着に着替えた彼女は、身長を除けばイルサにとてもよく似ていた。

「ユニフォームのためよ」

 平然と、彼女は言った。

「まさか、作るってことですか?」

「そうよ」

 時間と経費の無駄だと思う。

「去年使ったやつは……?」

「毎年同じ人がやるわけじゃないし、配食は統一してるけど競技ごとにデザインって違うから、作った方が早いらしいわよ。前の年と同じ競技に出て、サイズもまだ大丈夫って言うなら採寸はしなくてもいいんだけど。ほら、デザインも毎年微妙に変わるじゃない? 結局ね、作った方がいいのよ」

 ――ふむ。

 とすればここにいるのは今年参加する競技が去年と違う人か、もしくはサイズが合わなくなった人か。

 新人戦のメンバーは絶対参加なわけだ。

「補欠の分も作るんですか?」

「補欠の場合は、測るだけらしいわよ。数字がわかってれば結構早く仕立てられるらしいから」

 それは少し残念だ。自分のユニフォーム、少し着てみたかった。

 ……待てよ。

「先輩がここにいるってことは、じゃあ今年はコドー・ファイナじゃないってことですか?」

 俺の疑問に、イルサがぺろりと舌を出す。

「今年はハイ・サヴァイヴに出るから」

「……はい?」

「ハイ・サヴァイヴよ」

「……男子競技ですよね?」

 くすくすと笑いながら、イルサは説明する。

「あれ、もともとは男女混合だったのよ? なぜかこの競技だけ男子の人気が異常に高かったから、いつの間にか男子競技のように扱われちゃってたけど。先生に今年はハイ・サヴァイヴに出たいって言ったら、すんなりではなかったけど一応許可は下りたわ」

 にこりと笑みを浮かべて、彼女は言った。

 採寸は競技ごと、さらに男女にわけられて行われた。

 ハイ・サヴァイヴの本戦の選手は男子が三人、女子が一人、補欠が男子四人。新人戦の選手は男子四人、補欠は各クラスから二人ずつで八人だ。

 男子に比べて、女子の採寸はさぞ早いだろう。一人だけなんだもの。


 採寸の後は体育館に移動して軽いミーティングだった。みんなで輪を作るように腰を下ろして、作戦会議が始まる。

「えっと、本戦の方は俺らでなんとかできるから、まず新人戦の方の話し合いだな」

 本戦のリーダーを務める十四年生男子が言う。名前はトム・ケンヤというらしい。

「まずラスパーナとレタデミーについてだけど……」

 一斉に、配られたプリントに目を通す。各三校から出場する選手の名前が、競技ごとに分けられて記載されている。

「レタデミーからは獣族が三人も出る。三人とも“猫”の部族のようだから、恐らくは林ステージで勝負してくるはずだ。なんとか平原ステージに引きずり出せればいいんだけど」

 ハイ・サヴァイヴのルールは単純だ。

 四人一組、二チームの団体での対抗戦。

 四人全員を戦闘不能にすれば勝ち。もしくは、相手側の陣地に選手それぞれに配られるフラグを設置すれば勝ち。

 もっとも、エリアの関係上どうしても鉢合わせが起こるから、ほとんどの試合が前者の全員KOのやり方で勝敗が決まる。

 エリアは円形ではなく長方形型に広く、中央部分に木々の入り組んだ林ステージを設置し、両端方面は草原にして平原ステージとしている。

 陣地は基本的にそれぞれの平原ステージにひとつずつ置かれるため、選手はまず向こう側の平原ステージを目指す。そのためのルートはふたつ。

 まっすぐ林ステージを突っ切るか、側面に回って林ステージを避けて行くか。

 前者は方向感覚さえ間違わなければ短時間で抜けることができる。後者はただの一本道のような状態になっているが、その分厄介なトラップが置かれている。

 故に、大体の試合では林ステージでの遭遇が起きるのだが。

「平原ステージでも獣族の身体能力は強いですよ?」

 俺の隣に座っているイルサが、眉を寄せながら言った。

「“猫”ですから開けた空間よりは三次元的な行動ができる限定された空間の方が得意でしょうけど、決して侮れないと思います」

「うーん、そうなんだよなあ」

 獣族という民族は、主にふたつのグループに仕切られる。“猫”の民族は、森の中を縦横無尽に駆け巡って狩りを行う民族だ。もう一方は、持久戦と団体の連携で獲物をしとめる“犬”の民族。

 今回出場するという獣族は、三人とも“猫”。平原ステージで力を発揮する“犬”がいなくて良かったとみるべきか。大して慰めにもならないだろうが。

「対策はゆっくり考えるとして、次はラスパーナだな。今年は二人、特に優秀な奴が出るらしい」

 ラスパーナの出場選手の蘭に目を通した。――その中にふと、気になる名前を見つけた。

「テラ」

 作戦会議中につき、イルサとは反対側の隣のテラに小声で呼び掛ける。

「なんだ?」

 小さく訊き返される。

「グランバルト・ドラグランて名前あるけど、お前の従兄弟か何か?」

 ラスパーナの新人戦選手の蘭に、確かにドラグランというスペルが認められる。参加競技は、俺たちと同じハイ・サヴァイヴだった。

「ああ、それな。まあ、偶然かな? はは」

 テラの声は、やけに空々しい。何かを誤魔化しているのは明白だった。

 ドラグランという同性に、名前の発音も若干似ている気がするが……。

「そう、か」

 けれど、言及はしなかった。気にはなるが、別に知らなくてもいいことだ。

「とにかくラスパーナの方は具体的な対策はまだだな。うーむ」

 トムの唸る声で、俺の意識は表面上は作戦会議に戻った。

「何を仕掛けてくるかわかんないからな~。新人戦の対策、今年はやけに難しいな。先に本戦の方を話し合った方が良かったかも」

 話し合いが終わると、今度は軽い予行練習だ。とりあえず初日は本戦と新人戦の選手だけで行い、俺含める補欠組はギャラリーとステージの2か所に分かれての見学となった。

「ギャラリーフロア側もステージフロア側もよく見ていてくれ。いいな」

 トムの声が、広大な体育館に響く。

 新人戦と本戦で別れるのはフェアではないとのことで、それぞれ二人ずつを取り替えて作ったチームでの模擬戦だった。

 ハイ・サヴァイヴのエリアは、この体育館の約3倍の広さだ。しかし、広さという方面では、まず問題はないだろう。

 後はもう少し長方形型で、林ステージの代わりがあれば文句なしなのだが。俺が出場するわけでもないので特に言ったりはしない。

「はーい、じゃあ、始め」

 審判を任された本戦の補欠の生徒が、片手を上げながら開始を告げた。

 予行練習ではあるが、さすがに選手に選ばれるだけはある。しかし、陣地取り合戦のはずなのだが魔法対戦に見えるのは、やはり倒した方が手っ取り早いからだろうか。高年部の本戦でもほとんどKOで勝負が決まるらしいし。

 ギャラリーで俯瞰的に観ている俺は、そんな客観的なことを思った。まあこの場合は客観でいいのだが。

 練習とメンバーチェンジを数回行い、それで今日の練習は終わりだ。

「五月の夏休み中も選手は何回か練習するから、七年生は忘れないように」

 体育館から出ていく際のトムの言葉に、テラがげんなりと肩を落とした。

 それにしても、

「俺は、着替える必要なかったかもな」

 教室に戻る中、ぼそりと俺は一人ごちた。




 教室に戻って帰り支度を済ませるが、そのまま帰宅するわけではない。

 リンと合流し、向かう先は教棟。

 目的地は、もちろん図書室だ。

 ソージックの図書室には数万もの書物が置かれている。絵本、小説、評論文などさまざまだ。

 二人が熱心に調べようと思うのも、あるいはこれだけの量ならばいくつか当たりはあるだろうと思っているからかも知れない。

 付き合わされた初日の内に、俺は神話に関する本はほとんどに目を通した。その中に「ユグドラシル」という単語があったのかどうか、結果は今更言うまでもないが。

 神話の本にないのなら、歴史の本はどうか。一応はそう考えてネワギワ史について詳しく分析された歴史書を読んだが、

「リュウト、それ、あたしもう読んだ」

 数ページ目を捲ったところで、リンに指摘される。

 大した反応も示さず、俺は読んでいた「ネワギワの記憶」の表紙を閉じた。

「こんなことに意味ってあんの?」

「それを言われると何とも言えないけど、でも気になるんなら解き明かしたいじゃない?」

 その辺を聞くと、やはり彼女たちがまだ十二歳なのだと認識させられる。

 俺とリンたちとでは、知識欲がまるで違う。わからないことはどうしても解き明かしたい彼女たちと、興味のあることで、なおかつわかることだけを把握しようとする俺。

 そのずれに生まれるのは問題解決への意識の差だ。

 やる気のない物にはとことんやる気がない――だとすれば、俺はやはり自己中心な性格と言えるわけだ。

 視線を横に逃がし、何気なくまた本を開いた。

「……一万前の大戦か」

 偶然にも、区切りのいい項目を捲りあてたようだ。しかし、あまり言い時代の内容でもなかった。

「一万年前か、考えてみればそれだけでも結構昔よね」

 結構?

 かなりを使っても表現できないほど太古だと思うのだが。前世の俺の人生の何倍になるかわからない。いや、まあ、どれぐらい生きられたかもよく覚えてないのだけれども。

「昔から人間は争ってばかりね」

「それが、人間おれたちの本性だからだろう? ……自分の利益を、他者から奪うことでしか得られないんだから」

「……なんだか、さ。リュウトって、時々きつい時あるよね」

 ………………。

「時たまさ、あたし、リュウトが寂しそうにしてるように見えるの」

「……そう?」

 リンの顔には、若干朱がさしていた。

 なんとなく気まずい空気になりかけたその時、今まで向かい側で黙々と本を読んでいたテラが、ぽつりと呟いた。

「……奪わなくても、幸せなことはあるさ」

 聞き逃してしまいそうなほど、小さな声だった。

 事実、リンはよく聞き取れなかったようで、わずかに怪訝そうな顔をテラに向けていた。それきり、テラはまた調べ物に戻ったようだ。

 しばらくきょとんとしてテラを見ていたが、やがて視線を天井にスライドする。


 ――奪わなくても得られる幸福。

 それは、テラが言うように確かにあるものだろう。けれどそれは極希少だ。本当の意味でそういう幸せを得られたのならば、その人は本物の幸せ者だろう。


 ……………………。

「どうしたのリュウト、変な顔して」

 リンの声が、何故か遠く聞こえた。


 本当の意味での幸せ……

 ……だとするならば、前世むかしの俺は幸せだったと言えるのだろうか。


 ――答えはわからない。

 それを判断するには、俺の記憶はあまりにも摩耗しすぎているのだから。

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