1,三校総合対抗定期戦
人間にとって、一年を感じる長さというのは実に曖昧なものだ。幼いときは、とにかく時間が過ぎるのが遅かった。目に入るもの全て、肌で感じるもの全てが新しく映るが故の、一種の好奇心の仕業だ。けれど、人は成長する。知らなかったものが知ってるものに変わると、途端にその対象への興味を失う。そうして、人は時間の経過をやり過ごす術を身に付けていくのだ。
メルーラ暦2312。俺がソージック学園に入学して、実に六年ほどの歳月が経った。
今の俺は七年生。低年部においての、最終学年となっていた。
◆
「そろそろ定期戦だな。リュウト」
二月の二十一の日。昼休みの教室で、テラがそう言ってきた。ブラウンの髪に青の瞳を持つこの少年に、俺は首を傾げながら応じた。
「定期戦は七月頃の予定だったと思うけど」
「いやいや、オレが言ってるのは本戦じゃなくて選手決めのこと」
言って、テラは考え込むように目を閉じた。
「誰が選ばれっかなー」
「と言ってもね、定期戦やるのは高年部だろ?」
三校総合対抗定期戦。通称の定期戦。
ザーナ大陸の三大国、ジビロン国、ラスパーナ王国、ミカド帝国それぞれの国における最高教育校とされる、ソージック学園、ラスパーナ魔法学院、リタデミーオルドー校の三校で執り行われている競技大会。
毎年七月の中旬から下旬あたりに開かれており、各校から選ばれた選手が互いの力量を競い合う場とされている。
魔法ありの実戦的な競技内容で、たしかここ五年ほどはラスパーナ学院がずっと優勝していたはずだ。
参加条件は、八年生以上、つまり高年部であること。しかし、
「オレたち今年は七年だから新人戦に出れるだろ?」
低年部最終学年である七年生に限り、本戦競技の後に行う新人戦競技に出ることができる。翌年からの定期戦本戦に向けた予行練習なんだとか。選手の数は本戦と比べると圧倒的に少なく、新人戦で取り扱われている競技もみっつだけだが。
「テラは出たいの?」
俺の質問に、テラは首を捻り、
「出たいとは思うが、でも低年部だとラスパーナががぜん有利だからなぁ」
定期戦は魔法大会ではない。ざっくりと言ってしまえば戦闘技術の競い合いだ。故に本戦においては戦術的な訓練を戦闘実技の授業に取り入れているレタデミーが理論上は有利になる。
が、新人戦は低年部による競技だ。低年部同士の戦闘では、どうしても魔法で決着がつくようになってしまう。つまり新人戦は魔法教育に力を入れているラスパーナの方が有利になる、というわけだ。ちなみに、ソージックは魔法教育も戦闘術についても偏りなく教育しているため、本戦と新人戦どちらでも安定した戦績を納めている。言い換えてしまえば、それは決定力に欠けているということでもあるわけだが。
「じゃあ出たくないってことか?」
「んん、いや、出たいんだけどなあ……」
俺の目の前で、テラは頭を掻いて唸った。
「て言うより、リュウトは出たくないのか?」
考えに詰まったテラが、鸚鵡返しのように訊いてくる。
俺は落ち着いた風で、その質問に答えた。
「……出たくはないな。見てるのが一番だ」
「向上心がないな、リュウトは。一年の時イルサ先輩をあんだけ追い詰めたんだからいい線行くと思うんだけど」
「どっち道新人戦は選手選ぶの先生だろ。俺たちがうだうだ相談したって意味ないさ。それに、決闘の事ならイルサ先輩自身もやりづらい戦法選んでたってのもあるからな?」
六年ほど前だろうか、入学して一か月で俺は決闘を申し込まれた。相手は当時の六年生。五年も上の先輩との決闘の結果は、俺の敗北に終わった。けれど、テラの言う通りあと少しで勝てるところまで追い詰めたのもまた事実だ。魔力を亡くした彼女には、戦う術は残っていなかったのだから。
「選ぶ戦法でそんなに負けそうになるもんかね?」
「ああ、先輩の本来の主力のスタイルは一撃で決める重量方、持久戦を意識したああいう物量型の魔法戦は、そもそも先輩には合ってなかったんだよ」
なのに、慣れない持久戦で勝負してきたから魔力切れを起こしたのだ。反射的な反応で、本来の重量型の魔法に余計な魔力を使ったからなおさらにガス欠は早まった。
俺の説明に、テラは納得したような声を上げた。本当は全然納得してないだのろうけど。
「とにかく俺は出る気はないよ。めんどくさそうだし、やるのはつまらなそうだし」
ああ、とテラはとりあえずは納得した顔で応じた。
「イルサ先輩と言えば、去年はかっこよかったな」
「そう言えばそうだな。ラスパーナの対戦相手を完封した時はオレ、スカッとしたぜ」
去年の定期戦。俺とテラの共通の知人であり、友人と呼べるほどには親しい先輩である彼女は、定期戦本戦の目玉競技のひとつ『コドー・ファイナ』に出場、ラスパーナ学院とレタデミーの選手相手に苦戦なく勝利し、コドー・ファイナで優勝している。
「俺たちもイルサ先輩みたいにならないとな、とか思ってるか?」
「お姉ちゃんみたいになりたいの?」
突然横から割って入ってきた、凛とした声。その主は、例のイルサの妹で俺とテラの親友の少女。
凛ならぬ、リン・ホルミナだった。
「リン」
「お姉ちゃんがどうしたのよ? リュウト」
近くの椅子に座ったリンは小首を傾げて俺に訊ねた。
彼女の深紅の髪の毛がふわりと揺れる。
「去年のイルサ先輩が綺麗だったなってリュウトが言ってたところだよ」
横からのテラが説明した。と言うより、若干イルサについての表現が変わっている。
聞いたリンはむっ、と少し頬を膨らませた。
「お姉ちゃんが?」
目線を細めて、リンが俺に問うてきた。
「ま、綺麗って言えば綺麗だったし」
実際に試合中の彼女は綺麗だった。リンと同じ真っ赤な髪を翻し、それでいて舞うように勝負を決めていた。いや、あれは一種の「舞い」と評してもいいだろう。
俺の言葉を聞いて、リンの頬がさらに膨れた。面白くなさそうに、俺を睨んでくる。
「あーあ」
俺にしか聞こえないくらいの声量で、テラが言う。
それを無視して、俺はリンに対して質問を返した。
「イルサ先輩は今年も出るのか?」
「……知らない!」
ぷい、とリンはそっぽを向いてそれだけを言った。まあそんな反応されるだろうとは予想できたが……。
「じゃあ、今度本人に聞くか」
そう自己解決したような言葉を聞かせて、俺は椅子から立ち上がった。
教室の後ろ側に掛けてある時計を見やる。
時刻は午後の十二時十五分。四時限目が始まるまでは、あと五分しかない。今日の四時限目は実習場での戦闘実技だ。
「リュウト?」
訝しげに、リンが俺に声をかける。
「四時限目、始まる」
俺の言葉で、リンもテラも跳ねるように椅子から立ち上がった。
俺たちは早足で実習場へと向かった。
「五時限目は何だっけ?」
その途中で、リンがふとそんな疑問を口にした。
「たしか、何かの検査だって言ってたよな?」
テラが答える。
「なんの検査よ?」
リンの、更なる質問だ。
「さあ、知らん」
テラは首を傾げた。
実習場には、Bクラス以外も集まっていてそれぞれ列を作っていた。七学年全クラス合同で戦闘実技の授業、ではなさそうだ。
どうやら俺たちで最後だったらしい。Bクラスの列に並ぶと、戦闘実技担当の男性教師が話し始めた。
「みんな、集まったな。知っている生徒もいると思うが、七年生は定期戦の新人戦に参加する。今日の戦闘実技の時間は、七学年全員の今現在の魔力量を測定する。Aクラスから順に測定するので、それまで他のクラスは静かに待機しているように」
噂をすれば、だったわけだ。
戦闘実技担当教師は、腕輪タイプの魔力測定器を手にAクラスの列の前に立った。
「じゃあ始めるぞ。順番になったら前に手を出しなさい」
俺は後ろの2人を振り返った。リンもテラも、わけがわからないというような顔をしている。
「どうしたんだよ?」
俺の問いに対して答えたのはテラだった。
「先生の言ってる意味がわからんのだが」
「何故わからん?」
非常に分かりやすい説明だったと思うのだが。
「何で魔力測定が必要なんだ?」
「低年部のうちは魔力量が大きく戦闘に影響するからだろ。俺とイルサ先輩の時みたいに。もちろん魔力量だけで選手決めするわけではないだろうけど、魔力量は大きなアドバンテージになる」
リンもテラも、納得したように頷いた。
「テラは魔力量に自信ある?」
「んー、普通よりはあると思うけど、でもそんなには自信ないな」
「リンは?」
「あたしはまあまあ? お姉ちゃんくらいはあると思うけど……。リュウトは?」
リンの質問に、俺は少し答えに詰まった。
「……自信はある。でも俺の場合はほら、第一工程が苦手だから」
発動速度が依存している魔法発動における第1工程が苦手な俺では、まず選手には選ばれない。新人戦とはいえ、立派な戦闘競技だ。魔法が戦局を左右する新人戦だからこそ、いかに上手い魔法を使うかより、いかに相手を早く倒せるかが重要になってくる。
「第二工程は、結構上手くできんのにな」
テラの言うことはおおむね正しい。けど、第2工程は魔法の精度を決める式だ。高速発動が著しく苦手な俺では、やはり選手には入れない。
「魔法撃つまでの時間相手が待ってくれれば行けるんだがな。ハイ・サヴァイヴでもない限り無理かな?」
そう皮肉を言って、俺は視線を横に逸らした。
Aクラスの測定は終わったようだ。
「次はBクラス、自分の順番になったら、右手を前に出しなさい」
俺たちは列の後ろ側だから、まだいくらか時間はある。
「そういやリュウト、今度の野外活動行くか?」
後ろからテラがひそひそ声で訊ねてきた。
「ジビロンの外れの森の方だろ? 行こうかなとは思ってるけど」
ソージックでは毎年一月から二月の中旬ごろまでの時期に見学、もしくは野外活動でどこかしらの施設や自然の場に各学年それぞれで訪れる行事がある。
入学後初めての一年と学校生活最後の十五年は例外的に同じユグシルナ研究機関に行くが。ちなみに去年、六年生の時は海に行った。
「森なんて何が楽しいんだ?」
「俺もそこは同感だが、行っておいた方がいいだろ。先生の評価とか、さ」
見学や野外活動は自由参加ではない。本来ならばテラの訊いた「行くのか?」という問いは不良発言ともとれる言だ。
「まあな」
テラが諦めたように肩を落とす。そこで――
「カワキ、次はお前なんだが」
前の方から太い声がした。魔力測定というのは、案外早く済むものらしい。
「はい」
「右手を前に」
言われたとおり、俺は右手を前に差し出した。
腕輪型の魔力測定器が手首に付けられる。
「ふむ」
太めのケーブルで腕輪と接続している測定機を眺めながら、先生は口元に手を当てた。
「なるほど、な。うむ、わかった。次」
もしやとは思ったが、本当にすぐに終わるようだ。
こんなにも時間が掛からないとは思っていなかった。
「む。次、ホルミナ」
俺がそんなことを考えている間に、Bクラス最後のリンの番になった。
魔力測定はその後も滞ることなく進行した。
七学年全四クラスの魔力測定に授業時間の半分を使い、後の後半は戦闘実技としては珍しく自習ということで四時限目は終わった。
教室に戻った俺たちは三人で余った時間を潰していたが、
「カワキくん、呼ばれてるよ」
クラスメイトの女子が、俺にそう言ってきた。
「誰に?」
「君の弟さん」
「……レン、か」
教室の扉の方に目をやると、クラスメイトの言う通り、そこに俺の弟が立っているのがわかった。
「レン」
俺は大きめの声で呼びかけながら、弟の元へと向かった。
俺と同じ真っ黒な髪の毛と瞳。背丈は今は俺の方が少しだけ高いが、近いうちに追い越されてしまうだろう。優しそうな顔立ちは俺の姿を認めるとわずかに微笑みを浮かべた。
「どうしたんだ?」
教室から廊下に少し出て、俺は弟であるレンに問う。
「兄さん、今年の七年の野外活動のプリント、僕が届けに来たんだけど」
手に持ったプリントの束を揺らしながらレンは言う。
「ああ、そりゃどうも。何故にお前が届けに来たのか訊いてもいいかな?」
途端に、レンは苦笑を浮かべた。
「レア先生に頼まれたんだ。兄さんのクラスに届けてくれって」
「あの人か。自分の担当するクラスなんだから自分で届けりゃいいのに」
俺の愚痴を聞いて、レンはまたわずかに苦笑う。
「先生にも考えがあるんじゃないかな? 一応、兄さんが入学した時からずっと担当学年繰り上がって一緒にやってきたんでしょ?」
「ずっとあの先生が担任だったわけじゃないんだけど」
俺の言葉に、レンは肩をすくめて見せた。
「レンくん、久しぶり」
俺の後からやってきたリンが、レンに話しかける。
「あ、はい……。久しぶりです。リンさん」
レンのリンに対する態度は、俺の時とは正反対にしおらしかった。そう年も違わない女の子と話すというのは、レンにとっては慣れないことなのだ。それだけがこんなに大人しすぎる理由ではないないかもしれないが。
「おっす、レン」
「どうも、テラ先輩」
同じく教室の入り口にやってきたテラが相手になった途端に、また俺の時のような普通の態度に戻る。
その変わり様にリンはとても不機嫌そうに頬を少し膨らませた。
「レンくん、あたしと話をするのって嫌?」
目線をあえて下から見上げるようにして、リンがレンに詰め寄る。
「え? あ、そんな……ことは……」
目に見えて狼狽するレンを見るのは、傍観しているだけの俺としても正直言って楽しい。それだけレンの反応はおもしろかった。
「じゃあなんであたしの時だけ元気ないの? リュウトとテラの時は普通に友達に話しかけるみたいな感じだし」
「それは、その……」
俯いたレンの頬は、仄かに赤くなっていた。
「あたしだけ仲間外れ?」
口調と語尾から、リンが面白半分に詰問してるのは明白だ。
しかし、当のレンはそれに気が付かないらしい。
「リン、あんまりレンをいじめないでやってほしんだけど……」
傍観もここまでだ。別に、後でレンに拗ねられる、というわけでもないが、兄としてはここで止めに入るべきだろう。
リンはわずかに俺の方へ視線をよこした。
「からかうのは、もういいだろ?」
「……わかったわよ。ごめんね? レンくん」
リンは明るい声でレンにひらひらと手を振った。
「ああ、いえ。……大丈夫です」
レンもなんとか絞り出すようにそれだけを言う。
「レン、もう戻った方がいんじゃね?」
テラが教室の後ろ側の壁に掛けられた時計を覗きながら言った。時計の針は午後の一時十五分を指していた。
「あ、ほんとですね。じゃあ兄さん、これプリント」
「ウィッす」
レンからプリントの束を受け取って、俺は最後に労いの言葉をかけた。
「悪かったな。二十五人だけだけど、プリント持ってきてくれて」
「いいよ別に。二十五人分だからそんなに重くないし、それじゃ」
そう言って、レンは自分の教室に戻っていった。
「俺たちも教室に入っといた方がいいな」
「そうだな」
「そうね」
俺たちが教室に入った瞬間、五時限目開始のチャイムが鳴った。
教室に入ってきたのは、今の俺たち七年Bクラスを担任するレア・エルスだった。
「はーい、皆さん着席してますね?」
今年で三十だっただろうか。
俺が入学した時はまだ幼さの残る顔立ちだったが、今はもうすっかり大人の顔立ちだ。ほんわかした雰囲気は、相変わらずだが。
五時限目の授業は検査と前もって言われてある。けれど、それが何の検査なのかは知らされていない。
「では、まず保健室の方へ検査のために向かいます。あ、そうそう、まずは女の子からね。男子たちは女の子が終わるまで静かに教室で自習です。女子のみんなは、廊下で列を作ってください?」
レアはそう言い、教室の扉の方へと向かった。
「女子と男子を別けるってことは、身体測定か何かかね?」
俺の前の席に腰掛けるテラが、椅子に寄りかかりながら小さな声で話しかけてきた。
「それならもう先月にやってるでしょう?」
テラに答えたのは俺ではなく、がたんと席を立ったリンだった。
「早く終わるといいんだけど」
彼女は溜息をついて教室から出て行った。
「なんか不機嫌そうだな、リン」
「大方この前の身体測定思い出したんだろ。あいつ男子からからかわれてたもんな、胸がデカイって」
「ああ、そうだったな」
先月の測定の記憶は比較的はっきりと覚えてる。あの時は今のように男女別で保健室に行ったわけではなかった。だから、女子が終わって保健室から出てきたとき、廊下で待っていた男子の内数名がリンの胸についてからかったのだ。
リンの胸は、年の割にいささか発達が早いようで、男子たちにとっては恰好の的だったというわけだ。
「あ? Cクラスも移動してんぞ」
廊下側の方を見たテラが、疑問そうな声を漏らした。
つられて俺も教室の廊下側の窓の方を見てみると、確かに七年Cクラスの担任教師の姿が見え、それに続くように複数の足音も聞こえた。
「この時間も合同なんじゃない?」
俺はそれだけ言って、机に突っ伏した。
「なんだ、寝んのか?」
「ああ、少し」
最近、なんだか体がダルい。とりあえずは、男子の番がくるまではこうしていよう。
そう思い、俺は女子が戻ってくるまでの間、睡魔の波に身を任せることにした。




