13,呉呉の果てより
翌日から、学校でのみんなの俺の見方が変わっていた。
何が変わったかと言えば、まず俺がカワキの神子ではないという事実が広まっていたのだ。なんでも決闘の後、倒れた俺に対してイルサが怒鳴ったらしい。十分に想像できる場面だ。
それをリンとテラが止めた際に、リンが大声で言ったそうだ。「リュウトくんはカワキの神子じゃないの」と。リンにとってはイルさに対してのみ言ったつもりだったのだろうが、これが結果的に俺が天才児だという誤認を解くことになったのだ。なんというか、手間が省けてラッキーだった。
「そう言えばリュウト、訊きたいことあんだけど」
昼休み、教室で弁当を食べながら、テラがそう訊いてきた。
「何?」
「決闘してるときさ、おまえ属性魔法使っただろ。あれ何なんだよ? オレあんな呪文聞いたことないぞ」
「ああ、あれ。すっかり忘れてた」
主にその後の濃い戦闘の記憶に隠れて。
「あれは、短縮魔法だよ」
「短縮? 聞いたことないぞそんなの」
「ま、仮名だし。そうだな、簡単に言うと、全ての魔法には呪文式があるよな?」
「ああ、詠唱するときに頭に入ってないといけない魔法の設計図だろ」
「そ。その設計図を完璧な美しい物と仮定してだ、短縮魔法はその設計図と同じ意味になる式で、さらに短く短縮できるように組むってことなんだけど、わかる?」
「まったくわからん」
「まあ俺もよくはわかんないんだけど、要するに既存の呪文式と同じ意味になる式を短く組むってわけ。俺が使ったあれは、風属性を付けた『ウィル・レイ・ベルム』の短縮。もっとも、一番いい形を無理に短くしてるから、発動する結果は同じだけど、ものすごいむずい。俺がやったんじゃただの劣化にしかならなかった。ま、俺は短縮じゃないと詠唱破棄できないんだけどね」
「それってつまり基礎の魔法をそのまま『特化型』レベルに短くしたってことじゃないのか? かなりすごいと思うんだけど」
「言ったろ、すごい難しいんだ。『特化型』と比べもんになんないくらい」
うむむ、とテラは唸った。
「正直言って、俺にはあの結果が精一杯だった。ホルミナ先輩みたいなレベルの属性魔法はできないよ」
「でもすごいことには変わりないじゃん。もしかして短縮魔法ってリュウトが作ったのか?」
テラの目は興味津々だった。
「まさか。レンが適当に思いついたのをおもしろそうだと思って教えてもらったんだ。できるようになるまで半年もかかったけど」
「あちゃー」
やっちゃったなー、とでも言いたそうな顔で、テラは笑った。
「じゃもうひとつ、おまえなんで最後までやんなかったんだ? ホルミナの姉ちゃんも魔力無くなってたし、あのままいけば勝てただろ?」
「ああ、あれか。いや、勝てなかったよ」
「……?」
テラは視線で説明を求めてきた。
「俺の肉体は、身体強化魔法をやるにはまだ早いっていうかさ、あの時はばんばん魔力使ってブーストにしたから。あのままやってたら身体が耐えきれなかったさ」
事実、身体強化を解いた瞬間、身体が動かなかったわけだし。
俺の説明に、テラはとりあえずは納得したようで、何度か頭を上下に振っていた。本当は、全く理解してないだろうが。身体強化のブーストなんて、五歳児が知ってるわけがない。
「そういや話変わるけど、最近変な視線感じてんだよなあ。リュウトはそういうのとかある?」
ふと、テラがそんなことを漏らす。
視線――それはきっとあれのせいだろうな。
青年が俺を監視していた理由、言ってしまえばそれは俺たちがリンと話すようになったからだった。
件の事件以来、安全委員は更なる被害を想定してイルサとリン、そして彼女たちの近くを一時的に監視することにしたのだ。
あの青年はまさに俺を監視する係だったわけだが、正直あれはないだろう。監視がバレバレすぎて最後まで安全委員だってことに納得できなかったし。
「ないな」
「ええオレだけかぁ。なんかやだなあ」
監視云々は俺の胸の中だけに留めておこう。これから先もしばらく監視はあるだろうが、もう実害はないわけだし。
「ねえ」
横から鈴が鳴るような声をかけられた。リンだった。
「何? ホルミナさん」
「あの、その……」
リンは何かを言おうとしているようだった。俺に言いたいこと、それでここまで言いづらそうなことといったら、ひとつしかない。というよりそれ以外で話しかけてくるとは思えない。
「ホルミナ先輩が何か?」
「あの、ね……その」
リンもイルサも、これまでのことでかなり悩んでるようだ。
昨日、落ち着いたイルサがまた俺に謝罪した時のことを思い出す。
「ごめんなさい。わたし、どうかしてた。あなたにも、あなたの弟にも……」
何度も何度も、彼女は謝ってきた。
あまり気にならないとは思うが、これから一日ごとに気まずそうにしてくるんだろうか。
「…………」
それは、すこし面倒な気がする。いや、確実に面倒臭いだろう。
「あんまり、力まないでくれるとありがたいんだけど」
「あ、うん……」
リンはそう言ったが、実際どこまでリラックスしたのやら。俺の見たところ全く力みが取れてないようだが。
「ああ、仕方ないかな」
強引にでも、納得させてしまうか。
「ホルミナさん、手出して」
「え?」
俺の言葉に、リンはきょとんとした表情を浮かべる。
「この前の命令。ホルミナさんは俺が命令を思いついた時言ってくれればいいって」
「あ、あぁ。あの……」
六日前の罰ゲーム。これを利用させてもらう。
リンは、おずおずと俺の前に右手を差し出して、俺はすかさずにその右手を掴んだ。
「なっ?」
「リュウト・カワキ、昨日で六歳、誕生日は二月の十の日。よろしくだ」
早口気味に言いきって、掴んだ彼女の手を上下に軽く振る。つまりは握手だ。
「あの……これって……?」
「俺たちと友達になってくれ。それが君にする命令」
わけがわからない、と言うようにリンは俺の顔をまじまじと見た。
「あの?」
「友達なら、細かいことは水に流すし、気にしなくていい。そんな気まずそうにする必要はないよ。友達なんだから」
そうそう、と横からテラが合いの手を入れてくる。
「えと、その」
「言っとくけど、これが命令だ。他はない。俺の言うことをひとつ、何でも聞くんだろう?」
リンは戸惑っていた。謝罪以外の言葉を言わせるまで、もう少しだろうか。
「俺たちは気にしないよ」
「え? オレも?」
そう言えばテラは怒ってたな。イルサに対して。
「当たり前だ。と言うよりテラへの命令がそれな。もうホルミナさんたちに怒るのやめろ。ねちっこいと友達九十九人できねえぞ?」
テラを沈黙させて、俺は再びリンに視線を戻す。
「と、言うわけだけど。もういちいち気にしなくていいよ。俺たちは友達になる。それでいい?」
リンの顔から、戸惑いは消えていた。
「うん、えと……リン・ホルミナ、六歳、誕生日は一月の二十八の日。よろ、しく?」
言って、リンはぎこちないながらも微笑った。
それはリンが俺たちに初めて見せる、いや、恐らくこの学校に入学してから初めての、本当の意味での笑顔だった。
「ああ、よろしく。リン」
ひとつ、思い出したことがある。
あれは一体いつだったろう。二十歳より先の記憶だというのはわかっている。でも何歳の頃かはわからない。
二十歳になってすぐ後だったか、それともしばらくしてからだったか。
あまり深くは思い出せないが、ある時、あいつが俺に言ったのだ。
「お前、それでこれから生きてくつもりか?」と
――そのつもりだけど……
あいつには結構世話になった。俺よりずっと年は上だったが、あいつとはなんだかんだで友人のような関係だったと思う。
「哀れだな。お前はこれから、そんなのを背負っていかないといけないのか」
――やっぱ無理かな?
「いや、どうだろうな。……なあ、呉呉って言葉を知ってるか?」
――くれぐれ?
「ああ、繰り返し繰り返しとか、念を入れるとかの意味。お前の人生は、まるで呉呉だな。いや、意味合いは少し違うかもしれないけど」
――何が言いたい?
「いや何、これから先もお前は繰り返していくんだろうけど、お前たちなら上手くやっていけるだろうとね、思ったんだ」
――なんだそれ
「なに。くれぐれも、気をつけろよ?」
今にして思い出してみてもわかる。なるほど確かに、俺の人生は地獄の呉呉だった。
二度とあんな螺旋は感じたくない。
でも今は、
その螺旋から抜け出せたことを嬉しく思うとしよう。
第1章/了
とりあえず、第1章はこれにて終了です。




