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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
第1部 第1章 ソージック学園入学編
13/102

11,決闘と視線の主(3)

      ◇


 結局、風邪で休んだりはしなかった。

 校庭には既に何人か人がいた。俺とイルサの決闘の見ようとやってきた観客だろう。

「来たわね」

 イルサ・ホルミナは既に実習場に着ていた。

 白のシャツに青のスカート、今日も妹のリンとは違って庶民的な服装だ。どうでもいいが、決闘するんだからスカートじゃなくてズボンとかを履いてほしいんだが。見えちゃってもいいのかあれは。

「リュウト・カワキくんだね?」

 イルサの隣に佇む眼鏡をかけた男性から声をかけられた。状況から判断して、審判をしてくれるという高年部の先生だろう。というよりユグシルナの見学の時のバスに一緒に乗った十五年の担任の教師だ。

「十五年Aクラス担任のギブルです。聞いてると思うけど、君とホルミナさんの決闘の審判をします」

「……はい」

 人の良さそうな笑みを浮かべて、ギブルはさらにルールの説明に移った。

「今回の決闘については、二人の内一人がまだ十歳になっていないので、彼に対してある程度のハンデを設けます」

 俺はちらりとイルサの様子をうかがった。イルサは何でもないというように済ました表情をしている。

「まず、ホルミナさんが使っていいのは基礎の魔法までとします。式魔法や、それこそ「特化型」魔法はダメですよ。といっても、ソージックでは「特化型」は高年部にならないと教えてませんけどね。あと、本来は敗けを認めるか気絶するまで勝負は続けられるんですが、リュウトくんに限り、私が個人的に続行不能と判断した場合を試合終了の条件に加えます」

 どちらも俺に有利な条件だ。それだけ、六年生と一年生に力量の差があるということ。

「ちなみに、制限時間は通常通り取りません。開始は、今から五分後とします」

 おや?

「今すぐにやるのではないんですか?」

 意外そうな口調で、俺はギブルにそう訊いた。

「ええ、リュウトくんも心と身体を落ち着ける時間が欲しいでしょう?」

 本音を言えばそんなことはなかったのだか、俺は「はい」と静かに答えた。

「リュウト、どうするんだ?」

 決闘開始までの五分間の間に、観客もかなり増えてきた。未だ廃れていないとはいえ、学校で決闘と言うのはそれなりに珍しいのだ。それに、対戦者の一方が俺、正確にはカワキの神子と思われていればこんなことにもなる。

 実習場の端のベンチに座って精神を落ち着かせているふりをする俺に問いかけてきたテラが問いかけてきた。

「今更だけど、相手結構強いらしいじゃん」

 確かにそうだ。

 この五日間でわかったことだが、イルサ・ホルミナという女子生徒の成績は、学年でも5指に入るという、俺の想像を超える優秀さだった。

 しかも、得意科目は魔法科。

 別に決闘では魔法を使った戦闘しか認めていないというわけではない。だが学生の、しかも低年部の生徒の決闘においては主に魔法が使われている。

 理由は、生徒にとって魔法を使った戦闘が一番「できる」ことだから。格闘戦や武器を使った戦闘はまだ早い、というより上手くできないからやらないということが多い。

 つまり低年部の決闘とは実質魔法の撃ち合いによる魔法戦闘というわけだが、その魔法が得意な科目。低年部ではまず勝率が安定してることだろう。魔法が得意な彼女に魔法で戦いを挑むのは彼女以上の魔法センスが要求される。

 あいにく、俺の魔法センスは凡人以下だ。詠唱魔法で、詠唱破棄がほとんどできないのだから。

「なるようになればいいけど……」

 そう言って、俺は少し離れた所のベンチでこちらは本当に精神統一をしているイルサの方を見た。

 彼女の傍には彼女のスカートと同じ青の、しかしこちらは全く庶民的ではない服装を着たリンがいる。

「ホルムナは何であっちなんだろ?」

「不思議じゃないさ。ホルムナ先輩は俺たちとホルムナさんが話すようになったってこと知らないだろうし、憎たらしい奴のとこに妹を行かせるわけがない」

 納得したようにテラは頷いた。

 イルサが不意にこちらを向いた。

 憎しみに燃えた双眸が、俺へと突き刺さる。

「…………」

 その激情渦巻く視線に、俺は乾いた無感情な視線で答えた。

 予想通り、イルサの顔が怒りで赤くなる。殺意さえ感じそうな形相だったが、俺の心はいたって平生と変わらない。もう、彼女の怒りにいちいち反応することさえも今の俺には億劫に感じられていた。

 五日ほど前、安全委員の者だと名乗る青年から、勝手に引き出した記憶のことを思い出す。安全委員が何故に俺を見張る必要があるのか、その理由を知っておきたいと思い引き出したのだったのだが、その記憶の中にイルサやリンが俺、というよりカワキの神子を憎む理由・・があったとは。

 あの記憶が真実だとするならば、そもそも記憶である以上真実でない可能性の方が低いが、イルサが俺を憎むのは、実に……。

「……はあ」

 視線を下に戻し、溜息を吐いた。

「もうすぐかな」

「リュウト、本当に大丈夫か? 怖くないのか? あいつは、お前より強いんだぜ?」

 立ち上がる俺に、テラがまた問いかけてくる。

「ま、どうやって勝つかというより、どうやって生き残るか考えてるし。それにさ――」

 ――自分より強い・・・・・・相手と戦う・・・・・のは慣れてる・・・・・・んだ。




 決闘開始の時間だ。

 制限時間はなし。つまりもし長引けば四時限目まで持ち越すことになる。むろん、イルサも学校側も、そこまでの持久戦にするつもりはないだろう。俺もそんなに長くやろうとは思ってないし。

 実習場の中央にて、俺とイルサは十メートル前後の間合いを取って向き合っていた。

「それでは、二人とも用意はいいですね?」

 俺とイルサの中間地点で、ギブルが最終確認を行う。

 俺とイルサが、そろって首を一回、上下に振った。

「それでは……」

 ギブルが右手を上げながら大きく後ろへ後退する。

 観客中が、息をひそめた。

 ギブルの右手が最高点まで登る。

「始め!!」

 決闘が始まった。

 イルサが右手を前方へ突き出す。俺を睨む双眸に、殺意がギラリと光った。

「ホルミナ先輩」

 しかし、彼女が魔法詠唱を始める前に、俺は先手を打った。

 大して声を張り上げたわけでもなく、また呟くと言うほど小さくもない、聞きとれる程度には大きく、確実に聞こえると言うほどには大きくない声で、俺は言った。

「先輩が俺を、カワキの神子を恨む理由、それを知る機会が最近あったんですけど」

 イルサの表情が、目に見えて変わった。ぴくりと眉が動くどころでは済まないほど、彼女の顔が歪んでいく。

「……そう」

 返事をしてきた彼女は、一体いかほどの怒りを抑えて言ったのだろう。けれど俺は、火に油を注ぐことになるとわかっていても、言った。

「はい、そのことではっきり言わせてもらいますが……先輩の俺に対する感情は、単なる八つ当たりです」

 世の中に、言っていいことと悪いことがあるのは知っている。俺はその区別がつかないわけじゃないし、これから言うことが最低なことくらいわかっているが、あえて俺は言おうと思ったのだ。

 これ以上ないとさえ思えたイルサの顔が、さらに歪む。歯が壊れてしまうのだはないかと思うほど奥歯をぎりぎり噛みしめ、瞳の光からは憎しみがさらに増し、涙さえ浮かんでいた。

 観客ギャラリー中から、俺を非難する声が飛び交った。

 それらの声はすでに騒音と化していたので、意識しなければ一つ一つを正確に拾うことはできないが、みんな俺にいい感情を抱いてはいないだろう。もともと上級生には欠片ほどもいい印象を抱かれていないわけだし。

「とりあえず、俺が思うのはそれだけです」

 そして――――、

 俺は真横へ大きく跳躍していた。


      ◇


 リュウトがいた場所を、魔力の塊が直撃した。

 地面が抉れる。明らかに殺傷を意識された威力に、リュウトの額にたらりと嫌な汗が流れた。

 イルサが使った魔法は放出魔法『レイ・ベルム』。魔力を体外に放出するだけの現象を起こす魔法であれだけの威力を出すのは、よほどの集中力とイメージ力で第二工程を設定したのだろう。しかも、詠唱が聞こえなかった。彼女は基礎の魔法とはいえ感覚で魔法を発動したのだ。

「…………やばいかも」

 リュウトの引きつった口から、小さな声が洩れた。

「特化型」の魔法だけが戦闘魔法ではない、という言葉がよくわかる魔法だった。あの一撃を喰らっていたなら、間違いなくリュウトは戦闘続行不可どころではなかったに違いない。

 そう思えばこそ、リュウトは自分の反射神経の速さをつくづくありがたく思った。

 イルサがリュウトへ右手を向ける。

「『レイ・ベルム』!」

 詠唱魔法の完全な詠唱破棄。破棄できる部分全てを削いで紡がれた一言は、彼女の周囲に無数の魔力の球を具現する。

 連射式に切り替えて調整された『レイ・ベルム』。

 発射される魔力弾一つ一つの威力は、先ほどの比ではないだろう。イルサの判断は、一撃重視の重量戦から、命中重視の物量戦に変わったようだ。

 いや、一撃目を外したからこそ、物量戦に切り替えたのだろうか。

 どちらにしろ、あんなに早く第二工程を変えるとは、やはり学年五指は伊達ではない。

 無数の魔弾が、いっせいに発射された。

「っ!」

 迫る弾幕を、リュウトは紙一重でかわしていく。

 時折、肘を、肩を、脇腹を掠めながらも、リュウトは見事な体裁きで魔力弾の雨を潜りぬけた。

「ふう」

 しかし、それでイルサが驚愕したわけもなかった。

「――――」

 彼女が魔法を感覚ではなく、詠唱で、しかも中途半端に破棄して唱えるのは、精神に余裕を持っておくためだろう。紡がれた魔法は、『レイ・ベルム』ではなかった。

「『ブロード・バロー』」

 彼女の周囲の地面から砂ほこりが舞い上がった。

 彼女が詠唱した浮遊呪文の対象は、おそらく小さな砂粒ひとつひとつだろう。


 ――まじか、

 と。


 改めて、リュウトは彼女の魔法に感心した。

 無数の砂の粒が、砂嵐となってリュウトへと押し寄せた。それ自体に威力はない。無数の砂粒は、ただリュウトの視界を遮るほどの効果しか発揮しなかった。腕で顔を庇いながら、リュウトは砂嵐が止むのを待つ。

 そして、

「――――『ウィル・レイ・ベルム』!」

 砂嵐が止んだ直後、イルサの掌から竜巻が発生し、リュウトへ迫ってきた。

「っ!」

 属性魔法。中位の風属性によって変質し、威力を引き揚げられた『レイ・ベルム』だった。




 風属性によって竜巻と化した魔力の渦が、リュウトを呑み込もうと唸りを上げる。

 リュウトは竜巻へ向けて跳躍した。

 ごう、と唸る竜巻の側面に、風の流れに逆らわない向きで背中から体当たりする。

 突風がリュウトの身体を吹き飛ばす。側面ではなく正面から当たっていたら、間違いなく四肢が千切れていた。それほどの豪風。事実、竜巻をくぐり抜けたはずのリュウトの背中には、軽くない裂傷が刻まれていた。

「……くっそ」

 受け身も取れずに地面を何度か跳ね、落ち着いたところでリュウトは小さく悪態をついた。

 イルサはただ、リュウトを見ていた。

 その右手は、風属性によって変質した魔力を纏っている。

 彼女が風属性を使ったのは反則ではないか、と一瞬考えて、リュウトはすぐその疑問を引っ込めた。

 反則ではない。

 属性は一部の例外を除いて全ての魔法に使うことができる。故に、彼女が使った『ウィル・レイ・ベルム』も、厳密には基礎の魔法『レイ・ベルム』の扱いとなる。

 風属性は、魔力を風そのものに変えるのではない。変質した風の正体は、極圧縮された空気の層だった。イルサの右手の魔力は、視認できるほどまで圧縮された空気の流れとして彼女の右手を渦巻いていた。

 イルサの右手が振るわれる。

 纏っていた魔力(かぜ)が、カマイタチとなってリュウトへ襲いかかる。

「!?」

 その攻撃に、リュウトはまたしても感心してしまった。彼女の放ったカマイタチは先の竜巻のものと同じ風属性を付けた魔力放出系の魔法『ウィル・レイ・ベルム』だ。同じ魔法で、ここまで違う現象にすることができるなど、彼女の第二工程の組み方の上手さが窺える。なるほどこれならば魔法が得意と言う自信も納得だ。

 彼女の武器は扱える魔法の数でも圧倒的な魔力量でもない。限られた魔法で、しかも戦闘という方向性においてここまで多彩を発揮する汎用性こそが、彼女の真骨頂なのだ。

 リュウトへ迫る風の刃は全部で五刃。

 人体をやすやすと切り裂くであろう大自然の凶器を前にして、それでもリュウトは冷静だった。

 縦に裂くように来る刃は横に避け、低空を這う刃はわずかに跳ぶことで逃れる。

『レイ・ベルム』の雨を凌いだときのように、紙一重で風の鋭刃をかわしていく。背中に怪我を負ってなお、リュウトの動きには隙がなかった。

 最後のカマイタチを屈んでやり過ごし、リュウトはイルサへ視線を伸ばした。

 憎しみの双眸の返事が返ってくる。

「……こりゃ、ダメだわ」

 頬を引きつらせ、乾いた笑みを浮かべるリュウトの表情が自分を嘲笑ってるように見えたのか、イルサの両目がカッ、と開かれた。

 更なる追撃の雨が、リュウトの元へと殺到する。

(やっぱり簡単に丸めこめるほど甘くないか)

 魔力弾の弾幕と、風属性のカマイタチを捌き続けながら、リュウトは心の中で舌打ちした。

 イルサの実力は本物だ。

 何の覚悟もなしに、事態の鎮静など図れるわけもなかった。

 でも、

 けれど、リュウトの中に焦燥はなかった。

 覚悟がなくてダメなら、覚悟を決めるまでだ。

 今回の件は、さすがに真剣・・に取り組む必要がある。リュウトの中で、何かがカチリと切り替わった。

 全力を出すわけではない。既にリュウトは回避に全力を尽くしている。弟のレンに劣るとはいえ、リュウトも落ちこぼれではない。それなりに“できる”ことはある。今回は、そのできることをやるだけだ。

 リュウトの頭の中で、多くはない隠し玉の中で何を使うかの議論がめぐった。

 奥の手ともいえるアレは使えない。

 生まれ変わる以前の世界でも使うことができた、人類の生命と精神の純粋な力。この世界にも存在していたエネルギー。

 しかし、リュウトはそれをすぐにあきらめた。

 前世と違い、この世界のものは微量しかない。前世のように・・・・・・遠慮なく使うわけにもいかない。あいにくなことに、奥の手と称してはいるが、現段階ではこの状況を打破できるほどの量を、リュウトは持っていない。

 なら、どうするか?

「…………」

 このままやられていても、リュウトの運命が死であることに変わりはない。リュウトの目的は、あくまでこの決闘を生き残ること。そしてイルサの決闘の流儀スタイルは典型的な魔法型。ならば……。

「……うし」

 リュウトの中で、何かがカチリと切り替わった。それは、覚悟を決めた音だった。無意識に、左手がうなじを撫でていた。

 イルサへの最終的な決着の付け方は決まった。そこ・・まで繋げる方法も決まった。多少、奇形な魔法を使っても、相手の意表を突けるならば仕方あるまい。

 あとは実行するだけだ。

 そうと決まったリュウトの動きは速かった。まっすぐに、攻撃の雨を抜けながらイルサの元へ疾走する。

「!?」

 イルサの攻撃が変わった。

 横に薙ぐような大きなカマイタチ。命中重視の物量戦から一撃重視の重量戦へ再び切り替わったのは、リュウトの肉薄に対する冷静な対処か、それとも単なる条件反射による防衛本能の迎撃か。どちらにせよ、その答えを知るにはイルサに直接訊くしかないわけだが。

 余計な雑念を振り払い、リュウトは上へと大きく跳んだ。

 四メートルという、おおよそ子供が跳べるような飛距離ではなかったが、レンはもっと高く跳べるので自慢にはならない。

 リュウトは、俯瞰の視界の中でイルサがこちらに掌を向けるのを捉えた。

 リュウトの身体能力を目にしてなお、イルサもまた冷静なのだ。くうでの身動きは鳥でもない限り取れない。イルサの頭には、はっきりとした勝利の未来が見えたことだろう。

「――――」

 紡がれる魔法の詠唱。リュウトを撃ち落とすべく唱えられる必殺の呪文。けれど、呪文が完成する、その前に――、

 リュウトは掌をイルサへ向けて唱えた。複雑怪奇な、一般にはない独自の呪文式を思い浮かべて。

「『ウィルベルム』!」

 それは、皆が聞いたこともない呪文。そして、今のところリュウトが唯一詠唱破棄できる特殊な魔法。同時に、たった1つだけ使える風属性・・・の属性魔法。

 突風が巻き起こる。

 イルサの使った竜巻形態の『ウィル・レイ・ベルム』と比べると、その威力の貧弱さは明らかだった。その圧倒的な差は、本来あるべき魔法の完成体を無理やり改変して省いた代償だ。

 風属性であるのか疑わしくなるほどの貧弱な威力。

 突風ではあるものの、子供でも踏ん張りが効くほどに風力は弱かった。

 けれど、リュウトの狙いはそこではない。

 リュウトの起こした風は、きちんと彼の思惑通りの結果をもたらしていた。

 リュウトの起こした風は上から下への一方通行ではない。風を起こすだけなら属性を使わずとも他の魔法で事足りる。リュウトの起こした突風は、その勢いを殺さぬまま吹き荒れ、


 イルサが穿いている青のスカートを、ふわりとめくり上げたのだ。


「「「!?」」」

 観客中が――主に男性陣が――ある意味息を呑んだ瞬間だった。

「きゃ!」

 イルサの両手が、めくれるスカートの端を前後から押さえこむ。

 これまでほぼ常にリュウトに向いていたイルサの掌が、リュウトから離れた。

 ――今だ。

 パチン、とリュウトが空中で両の掌を合わせた。

「――――――」

 落下しながらも、リュウトの口は魔法の詠唱を紡いでいた。

 スペルも、発音も、今は後回し。「言った」という自覚さえあれば、魔法は発動できる。それにこの魔法は、スペルも発音もそれほど重要ではない。発動さえしてしまえば、後はこちらで調整できるのだから。

 すたん、とリュウトは合掌したまま着地した。

「……」

 既に破棄できる部分の詠唱は終えている。詠唱開始からここまで、わずか一秒とコンマ少し。落下しながらという状況を加味すれば、それなりに短いタイムだ。

 後は、仕上げの呪文を唱えるだけ。イルサを見据えながら、リュウトははっきりと、その魔法を口にした。

「『ドープ』!!」

 リュウトの身体に、淡い薄青の光が漂い出した。

 リュウトの肉体そのものにかかる魔法の光。

 先の短縮・・魔法『ウィルベルム』とは違って、一般的に知られる魔法。


「……身体、強化魔法?」

 観客の中で、誰かがそう呟いた。


 戦闘用に開発され、それ以外に使い道のない戦闘魔法。短時間での発動に「特化」させるため、第二工程のほとんどを組まない設定にした結果、副次的に大幅な詠唱簡略に成功した「特化型・・・」の魔法。代わりに、発動にかなりの技術を要する難度の高い魔法。

 リュウトが身体強化を使ったことに、お咎めはなかった。もともと基礎の魔法しか使えないのはイルサ一人だけなのだ。リュウトの「特化型」魔法の使用は、ルール上何の問題もないのだから。

「さて」

 リュウトが落ち着いたように、息を吐いた。

 何はともあれ、これで少しは生き残れる確率が上がっただろう。

(――とは言え、やっぱり風属性は喰らえない)

 リュウトの視線の先で、イルサがふいに手を上げた。

 また命中重視の物量型『レイ・ベルム』。

 しかし、

「っ!?」

 連弾の雨は、リュウトを捕えることなく空振りする。

 リュウトの回避速度の異常な上昇ブーストに、初めてイルサの表情に大きな揺らぎが生まれた。

「――!?」

 その隙を、リュウトは見逃さない。リュウトは一気に接近を仕掛けた。

 真正面から、彼女の驚愕の表情が見えた。

 間違いなく条件反射・・・・の迎撃で、彼女の手から巨大な魔力球が放たれる。

 その一発を、リュウトはやすやすと横に避けた。

(よし)

 感覚的に見て、後何発か今のような大玉を発動させれば――、

「っ!!」

 再びの物量戦。

 無数に襲い来る弾幕を、リュウトは舞うようにかわしていく。

 イルサの攻撃は、低年部の決闘で行われるような魔法ではなかった。恐らくは、高年部とも互角に戦えるだろう。彼女は魔法という土俵の上で、カワキの神子に迫る実力を備えていた。

 けれど、しかしリュウトはだからこそそこに賭けていた。

 風と魔力の嵐の中を舞いながら、リュウトはそのを待つ。しかし、

(やっばくなってきたな)

 もはや見慣れた魔力球の雨から、パターン化したような動きで難なく逃れながらも、リュウトは己の限界・・が近いのを感じていた。

 自分が倒れる前に終わらせたいところだが、終わらせられるかは相手の魔力・・次第だった。

 時折、不意を突くような接近を入れて大玉を誘いながら、リュウトはイルサの攻撃を捌き続ける。

 自分にとって最善の結果が訪れる、その瞬間をひたすら待つ。


 ――そして、その時が訪れた。




(くっ)

 一発も当たらなくなった相手に、イルサは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。

 もう無駄遣い・・・・できないというのに。

「!?」

 不意を突いて、リュウトが突進してきた。この少年は、隙さえ見せればすぐに喰いついてくる。

 来る! ――という本能的に感じた恐怖から、イルサの反射はまたしてもあの巨大な魔力球を放とうとした。


(――――――――――――――――え?)


 発射された魔力球の、その大きさにイルサは頭の中が真っ白になった。

 反射的な反応だったが、イルサが設定したのは間違いなく重量級の巨大な球体のはずだ。あんな物量戦のときのものよりも少し大きいぐらいのものではない。


 何故?

 どうして?


 イルサの頭の中に、次々と疑問が浮かぶ。

 放たれた魔力球がリュウトに向かって飛んでいく。

 彼は今回ばかりは避けなかった。

 右手を思い切り振り抜いて、その単発の魔力球を弾き飛ばす。

「――!!」

 イルサが掌に魔力を込めた。詠唱ではなく、自らの脳内のみで第一工程を完了させる。次は第二工程。彼女が優先したのは威力よりも命中と手数。

 ……しかし、その魔法が発動することはなかった。

「え!?」

 想定内の結果に、イルサの思考が霧散する。

(なん、で?)

 考えてみても、その原因はわからない。

 それより――、

(そうだ、あいつは――)

 自分の対戦相手へと、意識を戻す。

 リュウトは止まっていた。比喩などではなく、文字通り物理的に、彼はその場に佇んでいた。息は荒く、肩が激しく上下していたが、その瞳は真っすぐにイルサを睨んでいた。

「こっ、の!」

 馬鹿にされたと思った。この少年は、今自分が勝つ絶好の好機だというのに、それなのにそれを見逃したのだ。

 イルサの中に、激しい憎悪がまた火を灯す。

「『レイ・ベルム』!」

 今度は詠唱で唱える。それでも魔法は発動しない。

「なんで!」

 ――出ないの! と言おうとして、ふいに途切れる。意識が一瞬だが揺れた。

「……あ」

 酷く気分が悪かった。目眩がする。立っている足に力が入らない。これは、

(魔力、切れ?)

 イルサの保有魔力量は決して少ない量ではない。むしろ同年代の中ではなかなかに持っている方だ。今まで模擬戦で、魔法の実習で、日常生活で、魔力が足りなくなることなんてなかった。

 こんな経験は、初めてだったのだ。

 この決闘でイルサは相手の実力を侮らず、物量戦で消費する魔力を抑え、なおかつ命中するように工程を組んで戦っていたが、ふいの対応では今までどおり・・・・・・の残りの魔力を気にしない大玉を、反射行動の迎撃で取ってしまっていた。

(そん、な)

 イルサの決闘においての手法は完全な魔法型。魔法を織り交ぜて戦うのではなく、魔法のみを使って戦う。魔力が尽きた今、それはできない。つまり、

 イルサはもう、戦うことができない。

 そうなれば、あの異常な身体能力を持つ少年に対抗することはできない。

 負けだ。

 イルサは悔しそうに顔を歪めてリュウトを睨みつけた。

 その時、彼女の全く予想し得なかった事態が起きた。




 イルサ・ホルミナの魔力はもう尽きた。

 リュウトはそう判断した。

(やっと、か)

 狙い通りになったが、あの持久力は予想できなかった。イルサ・ホルミナの魔法の才は、間違いなく同年代のどの優等生よりも上だろう。

 しかし、その才能も魔力を亡くした今は単なるレッテルにすぎない。

 使うことができなければ、意味はないのだ。

「――――――っ」

 ぐらりと、リュウトの重心が傾く。

(もう、大丈夫か)

 ここまでくれば、もうイルサが魔法を飛ばしてくる・・・・・・・・・こともない・・・・・

 だから、リュウトは自身にかけた身体強化の魔法を解いた。

「――――あ」

 前のめりに、リュウトの体が崩れる。

 読みが甘かった。リュウトの肉体は、すでに限界を超えていたのだ。

 仕方ない、とリュウトは心の中で溜息を吐いた。六歳児の肉体など、そもそもこんなものなのだ。しかし、意識が消える前に、言っておかないといけないことがある。リュウトは自分の体に鞭打って、声を張り上げるように叫んだ。

「ギブル……先生」

 実際に出たのは聞きとるのがやっとというくらいの大きさだった。

 この決闘の審判は、呆然としながらも倒れるリュウトに顔を向けた。

「俺、もう動けません……。ギブアップっす」

 その言葉の意味が浸透するのに、数分の間があった。

 慌てたような表情を作って、ギブルは高らかに言った。

「この勝負、リュウト・カワキを戦闘不能と判断し、勝者イルサ・ホルミナ!」

 その言葉を最後まで聞くこともなく、リュウトの意識は暗い闇の底へと落ちていった。


      ◆


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