10,決闘と視線の主(2)
文章をやや変えました
大変なことになってしまった。
「すまん、リュウト」
「ごめんなさい」
五時限目が終わった後の放課後、俺とテラは再び医務室を訪れていた。リンは既にベッドから降りて、服も体操着から例のドレスのような服に着替えていた。
で、今現在、テラとリンは二人とも俺に頭を下げていた。
「謝ってどうにかなるもんでもないからいいよ別に」
だがそう言っても、二人とも頭を上げない。
「俺が余計なこと言っちまったばかりに」
テラの言だ。
「あたしがテラ君にあんなもの飲ませちゃったせいで」
こちらはリンの言。
なんだか昼休みのテラとリンの問答を思い出す。
どこかで妥協しないといっそう面倒臭くなるだろう。
「じゃあ、昼休みの時のやつまたやるか?」
そう思って、俺は二人にそう提案した。
「昼休みの?」
と、疑問そうな顔でテラ。
「そ、テレサ先生が言ってたやつ。何かひとつ言うことを聞くっての」
「えっと……」
テラが気まずそうに視線を逸らした。
「オレらってさ、友達だよな?」
「友達だな。で?」
「いや、あのさ、そこだけは勘弁しほしいなーって、ダメか?」
よほどトラウマになったのだろう。その罰ゲームじみたものをやるはめになったのも、べろんべろんになったのもテラの自業自得なわけだが。
「今更何言ってんだ」
テラの希望を、俺はその一言で切り捨てた。
「あははー」
「じゃ、それでオッケー?」
二人に、というよりリンの方に向けて確認する。
リンは沈んだ表情で、こくんと頷いた。
「ちぇ、仕方ねーか」
テラもやれやれと頭を掻きながら了承の言葉を言った。
「で、リュウト、オレたちは何をすればいい?」
テラの切り替えは、やはり早い。
「それなんだけど……」
納得はしてくれないと思うが、現状ではいい命令が思いつかない。
「今は特にない」
その言葉で、リンもテラも目を丸くした。
「はあ? そりゃズルじゃねーかリュウト」
「ズルなもんか。いつか返してくれればそれでいいさ。今は貸しといてやる」
「借りは作らない主義だ」
「なら、俺も言っとく。貸しっていうのはな、すぐ返してもらうよりそのまま貸したままの方が何かと都合がいいんだよ」
あまりかっこいい言ではなかったな。
「性格悪いぞ、リュウト」
テラも納得する気はないみたいだ。
「あたしは、それでいい」
リンの声が俺たちの間に割って入ってくる。
「それでいいって、なんでだよ?」
「いまこの場で無理に命令させても、さっきみたいなことになったんじゃ意味ないじゃない」
意外としっかりした考えがあった。
テラもううむと唸っていた。
「確かにさっきみたいになるんじゃ元も子もないか」
「そ、ちゃんと命令ができる時の方がいいわ」
それでテラは納得したようだ。彼には存外、せっかちな面があるようだ。それはそうと――、
「ホルミナさん」
ひとつ、疑問に思うことがある。
「君の姉さん、俺のことカワキの神子だと思ってるみたいだったけど、言ってないの?」
「あれ、そうだったっけ?」
眉を歪めながら、テラが首を捻った。
「テラはおかしくなってたから……。そうだな、ホルミナ先輩の言ってる感じからして、まだ俺のことをカワキの神子と思ってるみたいだったけど」
入学してから今日までカワキの神子でないと訂正しなかった俺も俺だけど。おかげでこの一か月で嫌がらせをされた回数は二十四回にまでなっていた。
しかし、少なくとも真実を知ってるリンの姉ならば、いち早く俺がカワキの神子でないと伝わりそうなものだが。
あの怒りようは、リンと同様俺をレンと人違いしての怒気だったように感じる。リンがカワキの神子に良くない感情を抱いているのも、確か彼女の姉の言葉からだったし。
「その……」
リンは言いづらそうにもじもじと俯いた。
「お姉ちゃんは、カワキの神子って聞くと、すごい怒るから、それで、言えなくて」
なるほど。言ってないんじゃ、勘違いしたままでも仕方ないか。
入学時点で校内中に俺=カワキの神子って方程式が既に完成してしまっていたようだし、そのまま何の訂正も入らなかったんじゃ今でも俺のことをおばあちゃんを殺したにっくき敵とか思ってるんだろう。
……まあ諸事情は知らないが。
「それは、結構まずい状況だね」
あれは完全にリンの時のように殺しに来るだろうな。
というより六学年ということはイルサは十歳か十一歳か。もう少しで六歳の五歳児に決闘を申し込むとか、どうなんだろう。十一歳対六歳、決闘はまかり通るのだろうか。
この学校の規則上、生徒が生徒に決闘を申し込んだ場合、学校側からの最終的な許可が必要なはずだが。
……まかり通って、しまうんだろうな。みんな俺をカワキの神子だと思ってるわけだし、このぐらいなら大丈夫だろうと許可が下りてしまいそうな気がする。
レン・カワキ、あいつの異常ぶりが、今まで気にもならなかった天才ぶりが、今ではこんなにも憎いとは。
「お姉さんって、やっぱ優秀なの?」
対戦相手の情報は、できるだけ知っておいた方がいい。リンの成績は結構上だし、魔法教えてもらったって言っていたし、気になるところだ。
「うん、風属性が使える」
頭を抱えて溜息を吐きたくなった。
発動が著しく困難になるという属性魔法、その中で一番発動が容易と言われる下位の地属性ではなく、一コ上の中位の風属性。むろん、十一歳ができるような属性ではない。
「変質属性ね、本当決闘から逃げたくなってきたな」
属性魔法には付与したそれぞれの属性によって特殊な効果が発揮されるものがある。
中位の火、水、風属性は、魔力の質が変化することから「変質属性」の別名を持っている。ちなみに言うと、下位の地属性と上位の空属性は「特異属性」と呼ばれている。
「こりゃマジで死んじゃうかも」
風邪をこじらせれば休めるかな。
と、そこで、ガラガラと医務室の扉が開かれた。
「いたいた。やっぱここだったのね、リュウトくん」
テレサ先生は、何故か俺たち三人ではなく俺個人を指して話しかけてきた。
「さっき先生たちの話し合いで決まったことなんだけどね……」
厭な予感が、背筋を震わせた。
「君と六年のイルサ・ホルミナさんの決闘は五日後の昼休み、校庭で行うことになったって、審判は公平に高年部担当の先生から一人来るらしいわよ。それと、六年生と、一応一年生の決闘だからいくらかルールを変えるって」
テレサ先生の報告を聞いている間に、俺の表情はどんどんと無感情になっていった。五日後、今日は二月の五の日。五日後と言えば二月の十の日、俺の誕生日じゃないか。
どうして俺はこうも、今も昔も自分の誕生日に何かイベントが起きるのだろう。
「あ~」
下校の道の途中、家から徒歩で五分ほどの距離にある公園のベンチで、俺は一人で昼に食べ損ねた弁当を食べていた。
おかずやご飯がこんなにおいしいのに、何故かそのおいしさは俺には感じられなかった。
「はあ」
今ので一体、今日一日に何回目の溜息を吐くのだろうか。
入学以来上級生から嫌がらせを多数受け、見学に行った研究所で予期せぬトラブルに見舞われ、ついに勘違いで自分を憎んでいる成績優秀者から決闘を挑まれる。
この世の中に、俺ほどの苦学生がいるだろうか。いやいるだろうけども、そう言いたくなるくらい今の俺はストレスを溜めこんでいた。もしかして十歳になる前に白髪が出たりして。
とにかく大変なことが後にも前にも目白押しだった。
溜息をすると幸せが逃げていくと言うが、この場合体内の不幸をできるだけだそうとため息を履いている、というニュアンスがしっくりくる。実際そんな言い方は聞いたことがないが、今の俺にはそうとしか表現できない。
…………まただ。
「朝と言い、なんなのだろうか?」
視線を感じる。
ストーカーができるような覚えはまったくないんだが。
朝と同様に俺をいらつかせるこの鬱陶しい視線は、気付かせない意思がまるでない。
もし張り込みか何かだったら即アウトないくらいにはバレバレだ。いや、この場合五歳児を張り込むわけだからそんなに緊張しなくてもいいのか。
何はともあれだ。こんなに見られて何も感じないほど、俺は鈍感にはなれない。
だから――、
「――――」
短く、小さく呟く。言ったという認識さえあれば、発動させるために高らかに唱える必要も、スペルを正確に丁寧に紡ぐ必要もない。
薄い青色の光が、俺の身体から幽かに漂いだした。
◇
公園の決して小さくない茂みの陰で、ユハラ・インジケートは驚きに声を上げそうになった。
さっきまで様子を見ていた幼児の姿が、突然消えたのだ。
「……そん、な」
小さく、呟く。何かをしようとするような仕草はなかった。ならば、
「――っ、誘拐か!?」
考えられないケースではない。彼が監視していた少年の性はカワキ。カワキと言えば、あのカワキの神子で有名だ。それに、これは彼の仕事柄偶然知り得た情報だが、このザーナ大陸においてカワキと言う性は一家系のみ。
以上から総合的に考えて、あの少年がカワキの神子で間違いないだろう。誘拐の対象にされる可能性は十分にある。
さすがの天才児も、不意打ちの誘拐には対処できなかったか。そう思い、ユハラは正確な状況判断のために茂みから出た。出てしまった。
「おにいさん誰?」
背後で、幼子の高い声が聞こえた瞬間には、彼の両手は後ろから掴まれていた。
「っが!」
後ろ手に交差させられ、掴まれている手から五、六歳とは思えないほどの握力が加えられてくる。
彼の足から力が抜けていった。
◇
青年を膝立ちにさせて、俺はゆっくりとした口調で問いかけた。
「誰?」
敬語を使う気も、五歳児を装う気も、最初からなかった。今の俺にとって、目の前で押さえているこの青年は正体不明のストーカー(仮)なのだ。
「……」
青年は何も答えない。いや、答える余裕がないのか。
「――っはあ! はあ……」
左手の方を離してから、俺は再度問う。
「誰だ?」
「ボク、大人をからかっちゃだめだよ」
諭すような声音が帰ってくる。まあ当然の反応と言えなくもないだろう。けれど、
「質問しているのは俺なんだけど。誰っす?」
まだ掴んでる彼の右手に、さらに力を加える。青年の口からから苦悶に満ちた呻き声が漏れた。
「このままいけばたぶん千切れる。できればやりたくはないから、その前に答えてほしいんだけど」
「こ、ここには偶然通りかかったんだよ。ボク、大人に乱暴してはいけない! いい加減、怒るぞ!」
青年は、あくまでしらを切るつもりだ。でも、甘い。
「嘘だ」
「う、ウソじゃない。一体、何を根拠に……」
「うん、脈。ドクドクいってるから」
俺の自由な方の手は、掴んでいる青年の右の手首に当てられていた。
脈拍を脅しの材料に使ったはいいが、興奮状態ならそれだけ脈拍数も上がって嘘かどうかわからなくなる。
そのことを指摘されると何も言えなくなってしまうが。
「……くそ!」
幸いに、青年は自分の嘘を認めた。
「わ、わかった。嘘は言わない。くそ、こんな子供に……。はあ、僕は『安全委員』の者なんだ」
小さな声で言ったつもりだろうが、この至近距離では「こんな子供に」って丸聞こえだ。
しかし、俺の意識はすぐに別の言葉の方へと向いた。
――安全委員。
このザーナ大陸内において三大国と言われているジビロン国、ラスパーナ王国、ミカド帝国のどこにも所属せず、またその他の小国にも所属していない完全な独立機関であり、その目的は世界平和の維持である。
例えばの話、犯罪が起こった際、それを取り締まるのは何か?
もちろん、それは警察だ。
けれど、その警察が対処しきれない事件が起きたとしたら。
個人レベルでの争い事とは比べ物にならないほど、大規模な紛争や災厄が起きたとしたら。
安全委員とは、つまりはそんな大事に対処するための機関なのだ。
危険指定された極悪人や、危険種指定された超危険生物の鎮圧、国家間の紛争解決や各国を害する第三勢力的な脅威が現れた際の処理が主な仕事だったはずだ。
たかだか五歳児をストーカーするような変質者集団では、断じてないのだ。
「そっちの方が嘘っぽいな」
この状況で嘘を言うとは思えないが、俺は一応、カマをかけてみた。
実際、彼の言うことは疑わしいわけだし。
「本当だ。信じてくれ!」
「じゃあ、何のために隠れて俺を視ていたんですか?」
敬語を使ったのはとりあえずは得体が知れなくはなくなったからに他ならない。それまでの理由だった。
「それは、言えない。だが、決して君を傷つけようとしたわけじゃないんだ。」
訴える彼の表情は見えないが、必死であることは声から伝わってくる。
彼はこういう場面で嘘は言わないだろう。
言えるだけ狡猾ならそもそも俺に捕まったりはしないはずだし、安全委員だなんて言わないはずだ。
もちろん、まだ全てが青年の計算の内だって可能性もあるにはあるが。
「……わかりました」
俺は、彼を自由にした。
精神年齢はともかく、幼児相手にここまで必死にさせたことに、少し気の毒にも思った。
彼は右手をさすりながら立ち上がる。
黒いスーツ姿の青年は、改めて見るとどこかボディガードのような見た目だった。
「すいませんでした」
「いや、いいさ。僕の話をわかってくれた。それに……」
刹那、青年の身体が動いた。
視界から黒いスーツ姿が消え、次の瞬間俺の首筋の後ろに重い衝撃が走る。
「――――っ!」
当身だ。
青年の位置は……俺のすぐ後ろ。
とっさの対応が遅れていたら、俺は気を失っていただろう。
「悪いね」
前のめりに倒れていく中で、そんな声が聞こえた。けれど、
倒れる寸で踏みとどまる。
「なっ!?」
青年の驚愕が聞こえた。
その声に、俺は青年の顔を見上げることもせず、がら空きになっていた青年の腹部にむけて拳を放っていた。
五歳が大人に格闘戦で勝てる道理などない。
腕力以前に、身体の使い方の熟知度も、体格差も違いすぎる。
けれど、今の俺ならば。
職業柄戦闘に慣れているであろう彼を堂々と圧倒することはできなくとも、不意打ちで意識を沈めることぐらいはできるのだ。
俺の前で、青年は力なく崩れた。
「……五歳にのされる大人って、どうなのよ」
手首を軽く振りながら、俺は言った。
――実に情けないと思う。
さて、彼が俺の意識を奪おうとした理由、それは恐らく俺を攫うため――などではなく、もっと別の理由があるはずである。
「記憶操作で消す気だったな」
俺が彼と接触した記憶を、手っ取り早く消そうとしたのだろう。「僕は安全委員だ」とかいろいろ言っちゃってたし。
安全委員の構成員は素性がばれてはならない、なんてことはないと思うが、こう言う仕事は隠蔽するに越したことはないだろう。
「さて、何を知ってんですか~」
このまま放っておいたところで、俺から監視がなくなるわけでもないだろう。
そう思って、俺は彼の記憶を探ることにした。
上手くできるかどうかはわからない。けれど、前世の世界と同様、この世界にもある以上、できるはずだと思った。
ゆっくりと、俺は右手を青年の頭へと当てた。
名前も知らない青年の、頭の中を覗くために。
◇
五日後。二月の十の日。
三時限目の終了を告げるチャイムが鳴ると同時、俺は真っすぐに教室を出た。向かう先は、校庭にある魔法実技場だ。




