9,決闘と視線の主
リンはすぐに医務室へと運ばれた。
実技の授業については、とりあえず終了ということになった。
三時限目が終わった後の昼休み、俺とテラは医務室に来ていた。
リンの容体については、軽い打ち身で済んだとのことだった。ただ倒れた際に予想以上に頭を打ったらしく、意識が戻ったのは三時限目の最中だったらしい。
二時限目が終わってから、テラはずっと青ざめた顔をしていた。
自分のせいでリンに怪我をさせたとあっては当然の反応だろう。
「……ごめん」
ベッドの上で上半身を起こしたリンに謝罪する時のテラは、いつもの元気がまるでなかった。
「本当にごめん」
「あの……」
そんなテラに対して、当のリンは困惑ぎみだった。
これは少し意外だ。よく話すようになったとはいえ、俺たちとリンはまだそこまで仲良くなったわけではない。だから俺の中のリン像は、ユグシルナで俺に躊躇なく魔法を放とうとしてきた時のようなひどい癇癪持ち、という当初に感じた印象からあまり変わっていなかった。本来の彼女は俺が思う以上に優しく大人しい性格なのかもしれない。
「気にしてないから」
「でもっ!!」
戸惑うリンに、テラは食い下がった。
「あの……本当に、いいから」
リンの対応は変わらずだ。それに対するテラの反応も一向に変わらない。
十分ほどは互いに譲り合うような、そんな奇妙なやり取りが続いた。
「あの、2人とも?」
俺の介入で、ようやっと二人は譲り合いを中断した。
「時間もあるわけじゃないし、どこかで妥協した方がいいんじゃない?」
昼休みは三十分だ。
俺たちが医務室まで来るのに一、二分かかり、さらにさっきのやり取りで十分は削れているから、四時限目が始まるまではあと十八分くらいだろう。ここで重要なのは、俺たちがお弁当を医務室に持ってきていないという点についてだ。
戻って食べる時間は最低限確保したい。そうなると、このお見舞いにはそれほど時間をかけられないわけで、
「でも、どうすれば……?」
リンの疑問はもっともだろう。
テラも同意するようにこくりと首を上下させる。
リンは今回の件は特になんとも思っていない。対して、テラはかなり自分を責めてるようで何か重い罰を欲している(本当に五歳なのだろうか)。
二人の意見は根本から平行線になっている。
一回授業に戻って、放課後に再度話し合うのも手だが。ていうかそれ以外に解決策はあるだろうか。
そもそも何で俺が考えなくちゃならないんだ? 当事者はこの二人なのに。
「リュウト、何か考えがあるのか?」
ないに決まってるだろう。あったらさっさと言っている。意外とこういうケースは難しいな。
「二人が納得できるやり方は……」
「では、こういうのは?」
突然話に割り込んできた声は、医務室の先生(テレサ先生というらしい)のものだった。
俺を含めるその場の三人の目が、テレサの元に集まる。
「罰ゲームみたいなものかしら。テラくんは、リンちゃんの言うことを何でもひとつだけ聞かなくちゃいけないっていうのは?」
そういうのもアリって言えばアリだろうな。
「えーっと」
リンが戸惑いの声を上げる。
考えを巡らせるためか宙をさまよわせた視線が、俺と合う。
「俺もそれがいいと思う」
俺の賛成の言葉に、
「しゃーないかな」
テラも同意の声で続く。
「…………はい」
ようやくリンも了承の言葉を呟いた。
なんだか気のりしなさそうだな。ソッチ系で言う“お嬢様”みたいで嫌なんだろうか。六歳にはまだ意味がわからなくても本能的に忌避するものなんだろう。
でも、これで解決の目処は立った。
「で、ホルミナ、オレは何すればいい?」
「えっと……」
リンが言い淀む。あんなにやりたくなさそうだったのだ。そんなにすぐに命令の内容が決まるはずがない。
たっぷり三分は時間をかけて、リンは「じゃあ」と前置きしてた。
「あの、リュウトくん、あたしの服取って?」
ベッド脇に畳まれて置かれた彼女の服を指して、リンは俺にそう言ってきた。
「えっと、はい」
いつもそうだが、やけにドレスみたいな服だ。もしかしたらリンはいいとこのお嬢様なのかもしれない。……普通の意味で。
「うん、ありがと」
服を受け取ったリンは、そのまま服のポケットの中をあさり始めた。そして、桃色の液体の入った小瓶を取り出し、テラの前に差し出した。
「これ、飲んでみて」
差し出された小瓶を、テラはしげしげと眺めていた。
「えっと、ホルミナさん、何それ?」
「毒ではないわ」
毒じゃないからオッケーということにはならないと思うわけだが。
あれだけ言っておいてなんだが、やめた方がいい気がする。
「テラ……」
「……よし!」
遅かった。既に小瓶の蓋を外して、テラはその中身を飲みほしていた。
「あっ、少しでいいのに」
リンのその呟きを俺は聞き逃さない。
厭な予感しかしない。こういう予感は、世界共通で結構当たる。
案の定、テラの身に起こったことは決して嬉しいことではなかった。
「……うぃ~~~~」
酔っぱらったのかな。
「ホルミナさん、あれ何だったの?」
「惚れ薬の主成分で効果を増幅させた自白剤、のようなものみたいね」
俺の疑問に答えたのはテレサの方だった。彼女の手にはテラが飲んだ後捨てさったと思われる例の小瓶が握られていた。
「それ、どういう効果で?」
「えっと、たった三滴あればどんな堅い口でも柔らかくなってしまう、とあるわね」
なるほど、真実薬か。しかし、三滴か。テラは小瓶に入っていた量全部を飲んだように見えたが、どうなるのだろう。
「飲んだ量は効果時間ではなく自白に対する抵抗力の低下に影響するのね」
「あの、それって……」
飲めば飲むほど自白しやすくなると、そういうことだろうか。
「今のテラくんはものすごーーーーく正直者ってことかもね」
そこまで強調する必要は…………あるかもな。
テラの様子を窺う。
テラはしばしボーっとしていたが、突然膝立ちになってリンのベッドの上に突っ伏した。
「ごめええぇえぇぇェェェんよおおおぉォぉ!! うおわあああぁぁぁ!!」
……正直者というより、ただの莫迦になったんじゃないだろうか。
だとすると残念だ。あの五歳とは思えない大人な感じのテラ、結構好ましかったのに。
「ちきしょおおおオおおおぉぉぉォォォ!! オレがあのとき――――――」
後半は何を言っているのかもわからない状態だった。これ、やっぱり酔っぱらってないだろうか。
リンは完全にお手上げな状態だった。珍しく、助けてと目で俺に訴えてくる。
「はあ」
しょうがない。
ほっとくとテラはずっとここにいそうだし。ほっといて教室に戻ってもいいがそれだと後で正気に戻ったテラに何か言われそうだし。
「テラ、行くぞ。教室」
テラの肩を叩いて、退室を促す。
「ふあぁ!? 止めんなリュウド!! オレはずっと――――」
「ここにいたらホルミナさんにも迷惑だろう? それに時間ももうないし」
もう教室に戻って弁当を食べるにはぎりぎりの時間だった。
「いやああだああぁぁぁぁ!!」
嫌がるテラを連れ出すのに、かなりの時間がかかった。もう、俺たちに弁当を食べる余裕などなかったのだ。
教室に戻ったのは四時限目が始まる五分前だった。ソージックには予鈴がない。間に合ってよかった。
テラの様子はまだ治りそうにない。ひょっとして置いてきた方がテラのためにも良かったんじゃないか。
四時限目は確か算数だ。
俺はテラを連れながら自分の席まで行き、机の上に教科書を出した。
「あひゃひゃひゃ~」
大声で喚いたり号泣したりはなくなったが、それでもまだ十分にテラは変だ。授業中に珍回答なんかしないといいんだが。そういえばテラがあの自白剤を飲んだ理由って、
「テラ、自業自得もあるけど、今のお前は十分罰を受けてるよ」
やさしく肩に手を置いて、俺はテラに語りかけた。きちんと、哀れみを孕ませた声で。
――その時。
教室の扉が勢いよく開け放たれた。なんだかデジャブを感じる。前にもあったような。
教室の扉を開いたのは先生ではなかった。どこかで見たことがある真っ赤な長髪、これまた見たことがある少し吊りぎみの大きな目、幼いながらも端正に整った綺麗な顔立ちはここ最近はあまり見なかった憎しみの歪みを立てている。
リンではない。似ているが、リンであるはずがない。その少女の背丈はリンよりも大きかったし、服装はリンが来ているような優雅な風ではなく、もっと動きやすそうな庶民的な感じだ。
突如現れた赤髪の少女は、ぐるりと教室全体を見回し、大きな声で言った。
「リュウト・カワキって子はどこ!?」
クラス中の目が俺に向いた。
んん?
なんだかまたデジャブを感じる。
「……そう、君が」
赤髪の少女は、ゆっくりと俺の所へ歩いてきた。
近づいてみると、改めてリンに似ている。そして背が高い。俺の目線から見て。
彼女は上級生だろうか。私服なところを見ると低年部のようだが。
「あなたがリュウト・カワキくん?」
静かな問いだった。
「あの、は――!?」
最後までは、言えなかった。
肯定の言葉を言おうとした瞬間、反射的に俺が勢いよく身を退いたからだ。
「うなああ!?」
すぱーーんという、なんとも気持のいいような、痛そうな音が鳴る。
少女が振りぬいた平手が、俺が回避したことで空振り、そのまま横にいたテラの頬を引っ叩いた音だ。普通であったなら、テラも避けることができたものを。やっぱり十分テラは罰を受けている。
そんな冗談めかした思考は、次の瞬間凍りついた。
少女のビンタによって、テラは文字通り吹っ飛ばされ、教室の後ろ側の壁に激突したのだ。
「うんにゃ~~~」
テラの悲鳴になっていない声が、静寂と化した教室によく響いた。
赤髪の少女は、そんなテラには一瞥もせず、ただ俺の方を見ていた。
「ねえ」
少女が口を開く。
「君、いったいどれだけ、私の大切な人を傷つければ気が済むの?」
言われた意味は少しわからない。
「大切な、人って、誰ですか?」
予想は容易にできた。敢えて聞いたのは、逆効果だったに違いない。
少女の顔が怒りに染まった。
「あなたは!! そうやって、わたしの妹も、死なせるつもり!?」
……妹。やはり彼女は……。
「あなたは……」
少女の目元が、ぴくぴくと痙攣しだした。
「わたしは、六学年の、イルサ・ホルミナよ。このクラスの、リンの、姉よ!!」
叫ぶイルサの声は、途切れ途切れだった。怒りを抑える彼女の肩は、激しく上下していた。
「ねえ、君、決闘はわかる?」
イルサが突然、そんなことを訊いてきた。
――決闘。答えだけを言うならば、
こくん、と俺は静かに頷いた。
「そう」
少女の反応は、質素なものだった。
決闘。前世では、俺が生まれた時点で既にやる人間がほとんどいなくなっていたもの。ネワギワでは、今なお決着をつけるやり方として廃れていないシステムだった。
「じゃあ」
少女の静かな声が、また教室に鳴る。
「わたしは、あなたに決闘を申し込むわ!!」
静寂が広がった。
俺も、やや思考が遅れた。
「答えは?」
少女の冷たい眼光が、俺を射抜いた。
決闘を行うには、お互いの合意が必要だ。俺が了承しなければ、そもそも成立はしないのだ。だから、さらなる激怒をもらうとわかっていても、俺は――、
「おおおう!! じょおとおうだああぁあああぁああ!!」
否を吐こうとしていた口が固まった。声の主へ視線を向ける。
テラがダウンから復帰していた。なのに、俺は背筋に厭な悪寒を感じていた。
「お前なんかリュウトがやったらあああぁぁあい!!」
まだ自白剤の効果が残っているのか、その口調はいつもの彼らしからぬ乱暴さがあったが。
というより、これはもしかして……。
「……そう」
イルサは表情を無表情なものに戻し、すたすたと教室の扉の方まで静かに歩いて行き、
「日付と場所は改めて伝えるわ」
四時限目開始の、チャイムが鳴った。
やっとバトル展開への道がみえてきました。
戦うのはもう少し先になりそうですが。




