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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第四章 ボイドの記憶
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8,セイラの夢

毎度のことながら、また非常に期間が開いてしまいました。

書き溜めた話が一区切りついたらまた投稿、と前回言いましたが、いざ話を一話書いてみると「この一話だけで一区切りついてるような……」と感じたので、今回投稿するのはこの一話だけになります。


      ◆


『いやはや……まさかこうも早く再開する時が来るなんて、思ってもみませんでしたよ』


 ――荒涼とした砂漠。


 一面、どこを見ても、あるのは荒すさんだ大地の傷跡だけ。そんな世界が、どこまでも続いている。黙々と立ち上がっていく煙は、人が犯す最も野蛮な現象の名残である。誰も、この哀愁漂う情景が現実のものだなんて思うまい。事実ここは現実のどこにもありはしない、夢の中の世界である。

 とても寂しい情景をバックに、リウジがため息交じりに呟いた。

 前回の対峙から、そう日数はたっていないはずだ。

 セイラとて、リウジと再会するとは思ってもみなかった。

 なかなかに居心地のいい夢の中で、普段は感じられない安らぎを得ていたというのに……。

 夢の内容は、もう朧げにしか覚えていない。とにかくセイラにとっていい夢であったことは、この場所へ着た瞬間に感じた、この気分の落胆さを思い出せば充分に証明できる。おそらくは、朝に起きる頃にはもう、見ていた夢のことは綺麗さっぱりと忘れていることだろうが。


「なんで呼んだんです?」


 自然、声には不機嫌さが滲む。

 人がいい夢を見ていたのを邪魔したのだ。「ただなんとなく挨拶だけ」などということはないだろう。というか、もし万が一にそうであったとしたら、流石のセイラも自分を抑える自信がない。もしこの場で上手く呑み込めたとしても、目が醒めて現実の世界で、うっかり(・・・・)例の本を燃やしてしまうことだってあるかもしれない。――うん、そうしよう。

『怖い人だ。ちゃんと理由はありますよ。まあ、貴女にとってはあまり面白い話でもないでしょうが』

「…………」

『……呼ぶんじゃなかったな』

 まだ何も言っていない。

 この上さらに気分が悪くなるかもしれませんよと言外に言われたような気がして、あの本を燃やしてしまおうと決心しかけただけだ。

 もっとも、あちらはそんなセイラの心情をも読み取っているわけなのだが。

『貴女を呼んだのは、他でもありません。貴女の周囲の環境の変化についてです』

「……わたしのまわりが、あなたとどう関係があるというんですか?」

『もっともな意見です。たしかに僕は、これまで貴女とはほとんど関係がなかった。従って、正直なところ、貴女のまわりの環境がどうなろうと僕の知ったところではないんですが。しかし今は、そうも言っていられなくなってしまいました』

「……つまり?」

 どうにも、厭な予感がする。


『つまり、それだけに貴女の周囲が今、不安定な状態になってきているということなんです』


 ……言われている意味がよくわからない。

 自分のまわりなど、常に不安定で足下がおぼつかなかった。

 いつも、一歩を踏み出すことさえも戸惑われ、踏み外してしまえば奈落の底に一直線に堕ちていってしまいそういなる。

 刻々と変わっていく周囲の状況に、自分はただ、自分が堕ちないように踏ん張っていることしかしていない。

 しかし、それを今この男に進言したとしてもそれは無駄だ。

 何故ならば、この男は自分セイラ人生これまでを知っている。こちらの思考を読んでいるのであれば、記憶も読まれているということでもあるはずだ。

 そして、だからこそ男が「不安定な状態」と形容したことが気になった。


 ――不安定


 それは、これまで以上にセイラの周囲の変化が大きくなるということだろうか。

 地を揺るがす大地震よりも激しく、全てを呑み込む大波よりも荒れ狂っている。表現としては大袈裟かもしれないが、そんな修羅場にこれから自分は立つことになるというのだろうか。

 さすがに、非現実感が凄いが……。

『ええ。もしかしたら、そうなるかもしれません』

 思考を読んだリウジの言葉に、うんざりさせられる。

 訊ねてもいないのに勝手に返事をされるのも少し不気味だが、男の言葉があっさりと全てを肯定していた。

 これまで以上に厄介な未来が待ち受けている。

 どうか、ただの夢であってくれと思いたいが、現実逃避に走ったところでどうにもなるまい。どれほど信用できるか知れたものではないが、戯言と切り捨てることはできない気がした。

 訪れるのは、一体どれほどの苦境だというのか。


『まあ、今の時点で僕にはどうすることもできないのですが』


 言うだけ言って、肝心の部分は無責任な男だ。

 ――いや違う。そもそも頼ること自体が間違いなのだ。自分セイラは、誰かに頼ってはいけない。頼れる者などいないのだから。

 周囲の人間はただ、利用することしかできない。

 久しく、頭に浮かんでこなかった考えだ。物心ついた時から、わかりきっていたはずなのに。

 セイラの周囲を取り巻いている今の状況が、その考えを抑え込んでしまっていたのだろうか。たしかに、数か月前……転校するより以前の頃よりかはずっと居心地がいい。ぬるま湯にかれば、セイラとて感覚が鈍くなる。

 この数か月の生活を厭うつもりはさらさらないが、どうすればいいというのだろう。

 彼らを利用して、そうすればまた自分は安全な場所に身を置けるだろう。でもそれで、彼らが危険にさらされるとするなら……。


 できればそれは、避けたいことだ。

 ――でも、じゃあ、どうすればいいのだろう?

 思考の底に埋没していたセイラを、その時、リウジの言葉が引き上げた。


『だからと言って、助けないと言っているわけではないですよ』


 胡散臭い、と直感した。

 リウジは苦笑気味にその口角を少し吊り上げる。

『信じてください。100%保証することはできませんけどね……』

「……どうするんです?」

『まず、貴女の周辺の状況を整理してみしょう。実際に口に出してみることで、より鮮明に整理できるものですからね』

 リウジのこの言葉は、テレパシーみたいな芸当ができるお前にはそんな必要ないだろう、というセイラの心の声に対する返答だろうか。


『それでは、貴女が今通っている学校に、最近、新しい教師が赴任してきましたね?』


 もう慣れたはずだったが、言ってもいないことを的確に当ててくるリウジの言葉に、セイラは虚を突かれたように身構えてしまう。

 脳内に現れるのは、もちろん自分と浅からぬ因縁があるあの男の顔、クレート・アベンジの骸骨めいた狂顔だった。

「……はい」

『その教師と貴女には、少なからず因縁がある。いいや、正確には貴女が一方的に彼を意識しているだけだ。“もしかするとこいつは私のことを嵌めようとしているのではないか”そんな考えが貴女の中にある。確たる証拠はなく、しかし確実にそうだと確信している』

「……ええ」

 一応首肯しておくが、このやや上から目線な態度は正直不快だった。この男の本性はもしかすると、サドではないだろうか。

『すいません。言い方が気にくわないでしょうが、僕の性質なので』


 ……何度でも思うことだが、こう思考が筒抜け状態だとやはり不気味だ。

 どういうわけか人生相談(?)してもらってるわけであるが、正直こんな奴に何かを相談したいなんて思えない。こんな状況でもない限り――いや、こんな状況でも本当は誰かに頼りたいとは思わないのだが。


『貴女がそう思うのは、教師から感じた尋常ならざる憎悪の念が起因している。“この男は絶対に私のことを憎んでいる”と。けれどその心当たりは、具体的には思いつかない。今まで幾度となく恨みを買うようなことをしてきたから、あの男はそういった連中の親族なのかもしれない。なら、自分に敵意を抱くのも当然か。……まあ、おおむねそんな感じでしょうか』

「はい」

『随分と消極的ですね。本人に訊いてみる……ことはなくても、どうして確かめようとしないんです?』

「……他人に興味はありません」

 いつだって、今だって、セイラは大抵の人間に無関心だった。

 だから今回も、自分は何もせずにいる。

 レープ校での出来事は既に過去になっている。今さら、何故クレート・アベンジが自分を敵視しているのか、調べる気も起きなかった。

 そして何故、今回ソージックにやってきたのかも、調べようと思えば多分調べられる。でもそうしないのは、単にあの男のことより優先したいことが多いからだ。


 いや、違う。そういうのがダメなんだろう。


 そうやって面倒なことを後回しにしていけば、いずれ自分一人では取り返しの利かない状況に陥ることになる。今回来るであろう困難な未来とは、つまりはそんな自分が積んできた怠惰に対するツケなんだ。

『まあ、僕に真実を確かめる手段は今はないので何とも言えません。これ(・・)、現実世界に現界しない限り今の状況では貴女の思考しか読めないんですよ』

 これ(・・)というのは、読心の魔法のことだろう。

 つまりは、この男の読心魔法が通じる範囲は夢の中のセイラに限定されているということ。

 現界すれば――というからには、現界することはできるのだろう。というか、この男との初めての遭遇はシドー国の闘技場だったわけだし。

 逆召喚系の魔法でも使うのか、それともセイラの知らない手段があるのか。

 なんにしても、この男が表に出てきてもあまり役に立つというわけでもないだろう。

 意外と役に立たないな、と心の内で罵る。他人の心が読めるこの男にはそれだけでも充分である。


 結局のところ、自分はいったいどうすればいいのだろう?


 状況を整理しても、そんな疑問だけが浮き彫りになっていくような気がする。

 今の自分の周囲の環境、それを諦めるには、ぬるま湯に浸かりすぎてしまった。今の自分に、リュウトたちを切り捨てられるほどの非情さが残っているか怪しい。

 いずれ来るという苦境な未来、それを解決しようにも、時間が遅すぎる。クレート・アベンジがどうして自分に敵意を向けるのか、ずっと前から調べることぐらいはできたはずなのに。

 どうすればいいのか。いったいどうしたいのか。そんな簡単なはずのことさえわからない。


 ……いや、もうこうなったら、最終手段しかないじゃないか。


 どうにも、自分の未来に待ち受けている苦境とは、クレート・アベンジが原因であるらしい。ならば、そうなる前に奴を闇に葬り去ってしまえば……。

『それはやめた方がいいですね。それこそ地獄への道だ』

 リウジの有無を言わせない語調に、セイラは眉をひそめる。

 クレート・アベンジを消す方法も駄目……まあ、仮に殺せたとしても殺人者となった自分がこれまで通りの生活を享受できるはずもないが。

 人の死には慣れている。でも、他ならない自分の手によって一人の人間を葬って、果たして自分は、彼らの前で平常と変わらぬままに振舞えるだろうか?

 ……自信がない。

 たとえあんなのでも、一度でも人を殺めてしまえば周囲からの目が変わる。誰にもばれなくとも、殺人という記憶が自分の中に溜まり続けていく。

 そうしてどんどん、自分は人から遠ざかっていくのだ。


 ……。

 …………。

 ………………。


 思考が明後日の方向へ向かっている気がする。

 考えているうちに頭の中で脱線していきやすいのは、昔から自分の悪いところだ。深く考えていくせいで、どうしてそう考えたのかすら忘れてしまうこともある。

 ええと、何について話していたんだっけ――?

『クレート・アベンジについて、どうすればいいのか、という議題でしたね』

 記憶を辿ろうとするセイラへ、リウジが助け舟を出す。

 そう、クレート・アベンジだ。あの男が、近い未来、セイラの前に苦難を振りかざしてくるらしいのだ。その未来を、どうすれば回避できるのか? どうすれば自分はこのまま日常を送っていけるのか?


『とはいえ、結局のところ現状でできることはありません。……と、いうよりは、もう全部が手遅れなんですよね…………』


 後半のセリフは、声量が少し小さくなっていった。この男にも、気遣いという心情があるのだろうか。

 いや、それよりも……。

 リウジのその言葉は、セイラの頭にやけに響いた。もともと不思議なエコーがかったような声だったが、拡声器でも使われたようにガンガン響いたような気がしたのだ。


 ……なんだ。もう手遅れって。


 セイラの中で、何かがプッツンと終わったような感覚が生まれた。

 今まで大事にしてきたのに、価値が失われた途端に綺麗さっぱりそれを捨ててしまうように。

 今まで抱えていた悩みが、捨てた瞬間に心が解放されてすべてが清々しくなるように。

 それは、これまでセイラが何度もしてきた行為。「諦める」という選択だった。

 もう手遅れだと言われて、逆にすっきりした。

 自分の行く道に、苦難が確実に居座っていると認識して。

 どうしても逃げることが出来ないとわかって。

 セイラは、この数か月の間過ごしてきた生活を、諦める(・・・)ことにした。

 そう選んでしまえば、後は簡単だ。

 失うものが確定してしまえば、もう怖いものなど何もない。

 振りかかってくる火の粉――否、今回は猛火を、全力で振り払っていくだけだ。

 そうとくれば、もうこんな夢は必要ない。リウジなんていう役立たずとも、もう金輪際会わなくたっていいのだ。


 けれど。


 はっきり諦めたからこそわかる。

 さっきまで自分がどれだけ悩んでいたかを。

 どれだけ今の生活に居心地よさを感じていたかを。どれだけ未練を感じていたかを。

 それを再認識してしまった。

 今までも幾度か、セイラの「今」を壊しかねない事態は起こった。旅行で泊まった旅館での出来事。定期戦で起こった大規模な襲撃事件。

 いや、放火魔事件の時、あの夜にリュウトと会っていなければ、セイラの「今」なんてものはあり得なかったかもしれないのだ。

 ――できれば失いたくなかった。

 ――このままぬるま湯に浸かっていたかった。

 ――違う。

 自分は、絶対にこの生活を失いたくなかったのだ。

 思い返せば、両親と過ごした十五年も。

 セイラにとっては、かけがえのない肉親との時間だったはずなのに。

 もう、戻ることなんて……。


『いやいやいや、一人で勝手に進まないでください。言ったでしょう、僕も助けになりますよ』


 役立たずが、何か、言っている……。

 一人でさっさと進もうとするセイラに、リウジは呆れたように溜め息を漏らす。

『手遅れとは言いましたけど、要は貴女の未来がある程度確定してるだけというだけです』

 それは、もうどうしようもないほど絶望的という意味ではないだろうか。

『貴女がさっきまで考えていた最悪の結末を回避することはできます』

 宥めるような口調が、癪に障る。

 こいつの「全てを知っている」みたいな態度が気にくわないのだ。

 こいつならば、今自分がどんな心境なのかは文字通り手に取るようにわかるだろう。ならば、悪戯にこちらの不安を煽るような真似は、最初からしないでほしいものだ。

『……とりあえず、話を元に戻しましょう。近いうちに貴女の前に、クレート・アベンジともう一人、厄介なのが立ちはだかることになります。これらの未来を回避するには、他の国に逃げるくらいしか方法がないでしょう。ですから、迎え撃つことになります。時期が来たら、貴女には僕を現世に召喚してほしいんです』

 つらつらと話しているが、一体どうすればいいというのか。

『呪文を唱えていただければ、それだけでいいです。呪文式も必要ありません。それに、貴女の魔力であれば問題ないでしょう。しかし、肝心な呪文に関しては、また次の機会にしましょう』

 次? 今、教えてくれればいいのに……。

『いえ、どうやらもう、時間みたいなので』

 時間。それを聞いた次の瞬間、頭の中が一瞬ぐらりと揺れたような感覚を覚えて、


『では、またの機会を。次回も、そう遠くはないでしょう。常に警戒を絶やさないでくださいね』


 意識がどんどん世界から切り離されていく。

 この夢の世界から、現実の世界へ切り替わろうとしているということだろう。

 前に来たときは、時間制限みたいなことは一言も言っていなかったのに……。


『それに関しては、お詫びしましょう』


 囁くような、そんな謝罪の声を最後に、セイラの意識は暗転した。

ではまた。

纏まった数の話が溜まったら投稿します。

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