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転生者の苦悩 ~呉呉末  作者: 近藤 了
 第四章 ボイドの記憶
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7,セイラの日常(3)

      ◆


 セイラが謎の夢を見た日から数日。

 ソージック学園に、一人の教師が赴任してきた。

 教師の名はクレート・アベンジ。ソージックへの赴任前はレープ校で教鞭を取っていた。教える科目は、科学と魔法理論学。

 季節外れの転入生や教師の赴任は、珍しくはあれ、滅多にないというほど希少な出来事でもない。問題は、その男の容姿に会った。

 一九〇を超えようかという長身と、骸骨のように痩せこけた体躯。

 死人のように蒼白な肌。

 おおよそ、常人を逸した風貌のその教師は、しかしその瞳だけは狂気じみた意志の炎を宿しているのだ。

 不健康そうな見た目に、白衣を纏った姿は、まるで自身の研究に心血を注ぎ続けるマッドサイエンティストか何かにも思えた。

 そんな男が教える授業も、やはりマッドに満ちたカオスな地獄絵図……というわけではなく、この教師、教え方自体は普通に上手い方なようで、少なくとも赴任してきてからの授業でおかしくなった(・・・・・・・)生徒は一人もいない。

 クレート・アベンジはその外見が恐ろしいだけで、中身は常識的な教師であったのだ。

 挨拶をすれば普通に返してくれるし、授業でわからない部分をたずねれば懇切丁寧に生徒が理解できるように説明してくれる。

 いい教師かダメな教師かで言えば、文句なく「いい教師」と言えるだろう。

 しゃがれた声質と、やはりそのおぞましい姿から、流石に生徒たちからすぐに慕われるようなことにはなっていないが、それでも表立ってクレート・アベンジを厭う生徒は赴任してきた日からかなり減っている。

 今なお彼を嫌う生徒のほとんどは、常軌を逸したクレート・アベンジの容姿を嘲る者たちである。

 もっとも、容姿以外の理由で彼を嫌う生徒もいることにはいる。

 セイラ・カミネという少女が、まさにそれだった。

 彼女とクレート・アベンジの間に何があるのか。


 その理由は、セイラがソージックへ転入してくるよりも以前に遡る。




 セイラとクレート・アベンジの関係の前に、まずセイラ・カミネのという少女の人生を振り返る必要があるだろう。


 彼女が生まれたのは、メルーラ歴2300 七月の二十六の日である。

 母親がジビロン国育ちのシドー系であり、セイラもどうやらその血統を色濃く受け継いだらしい。

 黒い髪、黒い瞳、ザーナ大陸の人種とはやや異なる顔立ち。

 両親と同様、生まれも育ちもジビロン国であるセイラにとって、幼少期はそのシドー系の容姿によりイジメの対象になり得た。


「なんだ、あの女子の髪の色は」「変わってるな」「ようし、あいつだけ仲間外れにしてやれ」


 少女の幼少期は、心無きクソガキどもによって陰湿で目も覆いたくなるような日々の連続……ということにはならなかった。

 たしかにイジメの標的にされはしたものの、セイラの学校生活が真っ暗になったわけではなかった。

 セイラをイジメようとしたのは、クラスの男子数名だ。

 彼らはセイラの私物をどこか(トイレ、ごみ箱、等々)へ隠したり、彼女のロッカーの中にガラクタやゴミをこっそり入れたり、といった悪戯を仕掛けた。


 対するセイラ本人は、無反応。


 男子たちの悪戯に涙を流すこともなく、それどころか一切表情を変えなかった。

 どんなに悪戯をしようとも、セイラは彼らに構うようなことはなく、せいぜいが呆れたような溜め息を吐くぐらいだ。

 当然、男子たちは面白くない。

 鬱憤が溜まった彼らのうち一人が、実力行使でセイラを下そうとするのも、時間の問題だったかもしれない。

 幸か不幸か、セイラは喧嘩が強かった。

 幼少の頃から、セイラには戦うという才能があったらしい。

 今のような敏捷さや筋力は、もちろん当時は持っていなかったが、それでも魔法の才は当時から健在だ。

 身体能力強化の魔法を使えば、襲いかかってきた男子を返り討ちにすることなど造作もない。


 かくして、セイラを標的としたイジメは、別の方向で問題になった。


 朝のホームルームが始まる直前、セイラへの鬱憤を爆発させて彼女へ殴りかかった男子生徒。周囲の生徒たちが止める間もなく、セイラ本人が瞬時にその男子を迎撃する。男子の拳を外側へいなしながら、下からの掌底を相手の顎へと突き上げる。

 問題なのは、その勢いだ。

 カウンターを喰らってしまった男子生徒は、そのまま気絶し前のめりに倒れ込んだ。

 横に退いて倒れた男子生徒を無感情に見下ろしていると、彼の顔から見る間に赤い血が流れ出てくる。この時、男子生徒の顎は砕け、歯も数本が折れた状態だったのだ。

 男子生徒はすぐに医務室へと運ばれ、彼を攻撃したセイラは別室にて教師たちから事情を聴かれることとなった。


 非常に幸いなことに、この事件が更なる惨劇の火種になるようなことはなかった。


 怪我をした男子も、怪我をさせたセイラも、まだ非常に幼かった。

 加えて、怪我をした男子の家庭事情・・・・により、セイラへの追及が大したものではなかったこともある。

 ともあれ、それ以降、男子たちはセイラへちょっかいをかけるようなことはなくなり、またセイラも他の男子を攻撃するような真似もしなかった。


 だが、それですべてがなかったことになったわけではない。


 客観的に見れば、状況はセイラの自己防衛によって襲いかかった男子生徒の方が怪我をした――というものである。だが、それで収めてしまうには男子側の怪我の度合いが重すぎた。

 怪我をした男子本人も、セイラに対してトラウマになったのか不登校気味になり、ついには転校していくことになった。

 セイラに嫌がらせをしていた他の男子たちも、なんら関係していなかったその他の生徒たちも、話を聞いた他のクラスの生徒たちも、やがてセイラを不気味がって避けるようになり、


 こうして、入学して一年とたたずにセイラは校内で孤立したのだった。


 セイラ自身、そのことにショックはなかったと言えば、嘘になる。

 学校に通うようになれば、普通に友達ができたりするんだろうと、入学する前は思っていたのだ。自分が、校内で孤立するなんて、思ってもいなかった。

 しかし、だからと言って悲しかったかと言えば、そうでもなかった。

 いるかいないかで言えば、いる方が楽しい。だが、いなくても別にいい。セイラにとって、友達とはその程度の認識だ。

 入学して男子たちから除け者にされ始めた時点で、セイラは学校で友人を作ることを諦めた。

 そして、自分が孤立してしまったという事実も、案外すんなりと受け入れることが出来た。

 孤立したセイラに、手を差し伸べようとする者はいなかった。当然、セイラにも友人を作る気は、もうなかった。

 時折、他校の生徒と交流するような機会があると、何も知らない男子に声をかけられることもあったが、そういった輩にセイラがなびく可能性など、万に一つもありはしないのだ。

 低年部時代のセイラは、常に孤独と共にあった。

 クラスメイトとまったく話をしなかったわけでもないが、それでもセイラと他の生徒たちとの間には、明確な壁があった。


 両親には、そもそも相談していない。


 だから、セイラの父親も母親も、最期まで彼女が学校でずっと孤立していたとは思わなかっただろう。

 打ち明けなかったのは、セイラ自身、独りになってしまった状況をそれほど苦痛と思わなかったからに他ならない。もし彼女の心が年相応に孤独を恐れていれば、イジメにあった時点で両親に泣きついていたに違いない。

 けれど、二人がセイラの事情を察するには、家庭でのセイラはあまりにも大人しすぎた。セイラが感情をほとんど表に出さないのは、家でも学校でも同じだ。セイラを育てた二人も、ついにセイラの鉄面被の下を知ることはなかったのである。

 それに、セイラ自身が変に心配させてしまうのも厭だった、という気持ちもある。そんなことを気遣う程度には、両親への情も持ち合わせていた。

 セイラの孤独な学生生活を知る機会がなかったことが、両親にとって幸だったのか不幸だったのかは、セイラにも誰にもわからないが……。


 そして、セイラが高年部へ上がり。

 十三歳となったセイラの前に、ついにクレート・アベンジが現れたのだ。


 春からレープ校に赴任してきたクレート・アベンジは、やはりその異様な外見故に当初は学校でも浮いていた。

 恐怖、敵意を隠そうとしない生徒も、少なくはなかった。

 だが、外見とは裏腹のいたって常識的な性格や授業内容、何より生徒たちへの態度は、すぐさまその誤解を解くこととなった。

 だが、だからと言ってクレートアベンジが“ただ見た目がおぞましいだけの教師”だったわけではなかった。

 学校内でただ一人、セイラに対してだけ、クレート・アベンジの態度は他の生徒へのそれと異なった。

 クレート・アベンジは、初めてセイラと対面した時から、彼女を意識していた。

 授業中に目が合った時、休み時間に廊下ですれ違った時。

 クレート・アベンジの、その瞳に宿る狂気の炎は、より一層強く燃え上がるのだった。

 セイラ自身、彼のその熱意を感じ取っていた。クレート・アベンジが、彼女へ向ける狂おしいまでの感情を。


 それはセイラへの――溢れんばかりの憎悪の念だった。


 これにはセイラも戸惑うしかなかった。

 これまで、セイラを敵視する教師がいなかったわけではない。

 興味のある事柄にはことさら熱心に追及した彼女だが、逆に興味のないことには一切情熱を燃やそうしない。

 非常に希なことだが、授業中に居眠りをしてしまうこともあった。

 だから、そんなセイラの授業態度に、腹を立てる教師がいないわけがないのだ。

 彼らは大なり小なり、セイラを内心で罵倒していた。

 彼らにとって、やる気のない授業態度の割に成績だけは優秀だった彼女セイラは、非常に忌々しい存在だったに違いない。


 けれど、クレート・アベンジは違う。


 セイラを嫌っている教師は、少数ながら存在した。だが、全く心当たりがないのに敵意を向けてくる教師など、これまでにはいなかったのだ。

 どんなに記憶を探してみても、クレート・アベンジは初対面の時点でセイラへ憎悪を抱いていた。彼女を憎む理由など、まだないはずなのに……。

 しかし、だからといってすぐに実害が出た、というわけでもなかった。

 クレート・アベンジは、憎悪に満ちた視線をセイラに向けてくるが、それだけだったのだ。

 一年間ほどは……。




 変化が訪れたのは、十四歳になった年の秋ごろのことだった。

 今までセイラは、ずっと孤独だった。

 クラスメイトと挨拶くらいの会話こそすれ、談笑するほどの仲の友人などできたこともない。

 ――だから、初めのうちはセイラも気づかなかったのだ。


 自分セイラという存在が、徐々にクラスから無視されて行っているという状況に。


 比較的セイラにも積極的に話しかけてきていた女生徒(無論、だからと言ってセイラと親しいわけではないが)は、朝セイラと会っても「おはよう」と言ってこなくなった。

 一年前ほどからセイラへ密かな思いを寄せていたらしい男子生徒(何となく周囲が察せる程度にはバレバレでセイラ本人も知ってはいた)は、人が変わったようにセイラに見向きもしなくなった。

 そうして、セイラの存在はクラスから締め出されていった。

 セイラを無視するその態度は、やがて他クラス、教師陣にまで広がっていき、ついには学校でセイラの存在を認める者は一人としていなくなった。

 それは、自分の存在が世界中から忘れ去られたような、これまでのものとは度を越した、本当に清々しいくらいの孤立だった。

 ……それだけならば、むしろセイラにとっても別に取るに足らない変化に過ぎなかった。形がどう変わったのであれ、それはこれまでと変わらない。セイラにとっては日常生活の一部なのだから。

 けれど、そうではなかった。

 徹底的なまでに孤立して、世界が自分を忘れたんじゃないかと錯覚したりして、セイラはある予感を覚え始めていた。

 形容できるような感触もつかめていない、漠然とした直感でしかなかったが、今、自分のまわりは何か良くない状況に変貌しつつあるような……。

 予感は、だんだんと強くなっていった。

 学校中で、不気味な違和を感じるようになったのだ。


 ――まるで異界だ。


 だんだん、学校に行きたくなくなっていった。

 だからといって不登校になったわけでもなかったが、とにかく、あの異質で異形な空間にいるのは苦痛だった。形容しがたい拒絶を覚えた。

 自分が一体何に苦を感じているのか、その確たる正体も判然としない。学校内に起こった変化が原因であることは推察できても、では具体的に何が自分の苦しみの種なのかという疑問には明確な答えは出ない。正体不明の何かに嫌悪を募らせる毎日に、セイラの精神は徐々に摩耗していった。


 そんな日々の中、ついに、セイラの両親が彼女の異変に気づいたのだった。


 さしものセイラも、苦痛を感じ続ければ隠し通せなかったのだ。

 セイラの両親の勘は鋭く、すぐに学校内の異様さまでも知られてしまう。

 けれど、セイラの学校での孤独については、二人はやはり最期まで知ることはなかった。

 だが、学校でセイラが感じた不気味な予感を、二人も正しく危険信号として察知していたのは事実である。

 ある日の夜、セイラは二人から話があるとリビングに呼び出された。

 そして、どうしたいのかと、セイラ自身の意思を問うてきた。

 セイラが望むのであれば、他の学校へ転入してもいいと。

 それが厭だというのならば、学校に残りたいというのであれば一緒にがんばってみよう、と。

 一番最初に「逃げる」選択肢を提示したのは、もしかすると両親も感じていたのかもしれない。


 あれは、自分たち親がどうにか解決できるようなモノではない、と。


 それほどに異様なナニカを、セイラの両親はこの時点で感知していたのかもしれない。

 教育委員会なりに訴えても無駄であると、薄々勘づいていたのだ。

 セイラにとって、どうしたいかなんて決まってる。

 彼女にしては珍しく弱気だったが、セイラは転校することを希望した。

 両親も、「頑張ろう」なんて言わなかった。

 こうして、セイラの転校はとんとん拍子で決定した。

 父親の仕事の都合で引っ越ししなければならなかったことも、この場合はプラスに向いた。

 転入する学校として選ばれたのは、ソージック学園である。母と父の母校であり、セイラが生まれた時からレープ校とどちらに入れさせようか迷った学園だという。

 セイラとしては、あの不気味な空間を離れることが出来るのであればどこでもよかった。

 メルーラ歴3614の十一月の下旬頃のことである。


 それから数か月ほどして、カミネ一家に起こった悲劇は語るまでもないだろう。


 放火魔の不良集団の標的となり、セイラを残して両親は焼かれ死んだ。

 身寄りのなくなったセイラは、偶然知り合った少年の家に転がり込み、ソージック学園へと転入したのだ。

 あれから、セイラはレープ校に足を運んだりはしていない。

 だから、あの後レープ校がどうなったのか、詳しくは知らないのだ。

 何故にクレート・アベンジがソージック学園に赴任してきたのか、セイラは知らない。

 けれど、セイラにとってクレート・アベンジとはあの異界じみた場所(レープ校)の象徴であった。


 アソコがあれほどの変貌を遂げた原因には、クレート・アベンジが関与しているに違いない――根拠のない直感であったが、セイラは半ば確信していた。

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