8,リュウト・カワキの日常(2)
一時限目の授業は国語だった。
やることは俺の記憶に残る国語の授業と変わらない。教科書に載っている小説や評論文を音読し、その内容について先生の話を聞くのだ。
「じゃあリュウト・カワキくん、初めから読んでみて」
国語の担当で、二年のCクラス担任の先生から指名された。ソージック学園では、一年から十五年までずっと授業は専門の先生が受け持つことになっている。
「はい」
俺は立ち上がって、今国語でやってる話の最初のページを開いた。今、一年Cクラスでは国語の時間は「孤独なバケモノ」というタイトルの小説の短縮版をやっている。
孤独なバケモノ
昔、ある国に男が1人いた。
男は国を守る仕事をしていた。仲間たちと供に国のためひたむきに頑張る男に、国民たちはただ称賛を送った。
男はまじめな性格をしていた。仲間の1人が仕事をサボればその態度を怒り、また自分に非があった時は素直に謝り詫びた。
国民たちはそんな男が好きだった。男の方も国民たちを守るために日々精進した。
しかし、そんな日常も終わりを迎える時が来た。
国の近くに、カワサキが現れるようになったのだ。カワサキは当然、男のいる国も襲ってきた。来る日も来る日も現れ、国民たちを殺し喰らってくカワサキに、男と彼の仲間たちは必死に戦った。カワサキとの戦いはいつも激しいものになった。1日かけて追い払うのに、何十人もの被害を出さなければならなかった。それでも男は戦った。諦めなかった。来る日も来る日も襲ってくるカワサキを迎え撃った。
カワサキが現れるようになって1年が経った。あんなに大勢いた男の仲間は、今はほんの数十人しか残っていなかった。みんな限界だった。終わらない襲撃に、男も諦めかけていた。そんなときに、国に吉報が届いた。
カワサキがいなくなったのだ。
みんなが喜んだ。男と仲間たちも、カワサキの消失に大いに乾杯した。国民たちの中に渦巻いていた不安と絶望は、きれいに洗い流されていた。
そして、みんなが男とその仲間たちを英雄と呼んだ。自分たちをここまで守ってきてくれてありがとうと、これでまた平和な毎日が送れると、みんなが彼らをもてはやした。
絶望しかけていたところへの、希望の光だ。男の仲間たちはみんな気を良くした。男でさえ、あれだけ頑張った自分が誉め称えられることに得意になった。
やがて、国にまた平和が訪れ、民は男たちを英雄として記憶に永遠に刻みつけた。はずだった。
時間は流れ、かつて男たちを褒め称えた大人たちは死に、当時何も知らなかった子供が大人になっていた。
今の民は、男に敬意など払わなくなっていた。
みんな、彼のことを忘れてしまった。
彼はひどく悲しんだ。もう誰も男を英雄とは読んでくれないと、誰も好いてはくれないと、嘆くようになっていった。
いつしか男は、また自分が注目されたいと思うようになっていた。その考えは、人としてしてはいけない部分まで思考するようになった。
誰も彼を止めようとしなかった。
男はだんだんと、常識から外れていった。
孤独だけが男の居場所にになっていた。男は、かつてカワサキと戦っていた際に着ていた武具を再び着たり、カワサキが出たことがあると言う場所を訪れたりするようになった。またカワサキが現れてくれれば、そう思うようになっていたのだ。
自らの英姿を妄執する男は、自分が次第に何かに呑まれていくことに気づけなかった。
ある日、男が国に帰ると民たちが一斉に騒ぎだした。化け物が出た、子供たちを早く家の中へ、その騒々しさに、男は歓喜した。
これでまた英雄と呼ばれる、もう誰も俺を忘れたりしない、男は張り切った。
なのに、その化け物はどこにもいなかった。国中を探してもそんなものはいなかった。途方にくれた男のもとへ、今国を守る仕事をしている男たちがやって来た。何事かと訝しむ男へ、彼らは言った。
化け物よ、おとなしく出ていけ、男は言われたことがわからなかった。
出ていかないならば我々も力づくで貴様を追い払う、彼らは攻撃してきた。
そこで、男は初めて自分が化け物になっていたことに気付いた。
自分の輝かしい姿を妄想し、返り咲くことにとりつかれていた男は、知らず知らずの内に人間としての知性を捨てていたのだ。
男は激しく抵抗した。何かの間違いだ、こんなはずじゃない、わめき散らしながら、男は攻撃してきた彼らを殺していた。
もう男に居場所などなかった。みんなが男を恐れ、忌み嫌った。
国を出ても、男にいくあてなどなかった。1人ぼっちになった男は、いつまでも泣いた。
「カワサキの話も」そうだが、小さな子供にする話ではないと思う。
あれは、前世の、高校の頃だったか。国語の先生が言っていたことだが、国語で重要なのは文章を読んで内容を覚えることではなく、そこから教訓を学ぶことなのだとか。
この「孤独なバケモノ」から学べる教訓とは、一体何だろうか。
まず思いつくのが、男がバケモノになってしまった理由だ。恐らくは文章中にもあったが、人間性の欠如だろう。
もてはやされていた頃の栄光をまた手にしようとした男は、自分の行いが倫理に反するということにも気付かないまま異常を積み重ねていき、最終的には人であることすらも捨ててしまったのだ。つまり、倫理の消失をバケモノになるという言葉で表現しているのだ。また、もうひ一つ、この話はどんなに優れた人間でも、その身をバケモノに変えてしまうということも暗示しているに違いない。
この話は、悪行に手を染めたが最後その味をしめて次々と悪事に手を染めていく人間の危険性を訴えているのかもしれない。
「この話にはいろいろな続きや、似たような展開があります。化け物になってしまった男の人が自分を悔い改めたところ、再び人間に戻り幸せに暮らした話とか、最後まで国の人々に嫌われ、ついには公開処刑で殺されてしまった話などがありますね。さてそこで、何故男の人は化け物になってしまったのでしょうか」
先生がクラスへ問いかける。
俺みたいな考え方をする奴はいないのだろうな。まだ、みんな無垢だし倫理がどうたらといった悪意がドロドロはびこった考え方はできないだろう。案の定、先生の問いに答える者はいなかった。
「ううん、まあ、いきなり答えるのも無理ですね。この答えは宿題として次の授業の時に何人かに聞きたいと思います。皆さん、考えておいてくださいね?」
教室中から上がった「「「えー」」」という声を無視して、先生は国語の授業を進めた。
ソージック低年部の授業は、一時限目から三時限目までを午前授業とし、三十分間の昼食休憩を挟んで午後から2時限分があり、一日の授業の数は計五時限分となっている。授業一時限の時間は五十分で授業と授業の合間には十分間の小休憩時間が設けられていた。ちなみに低年部内での最高学年たる7学年は高学年に上がった時の準備として時折六時限目を入れている。
二時限目の授業は魔法科の実技だった。
低年部が取っている授業科目は国語、算数(7年生から数学になる)、ネワギワ史、戦闘実技、魔法科、体育、くらいだ。理科はしない。物理学や化学は高年部からとなっている。
さて、魔法科についてだが、これには理論と実技の二種類の授業形態がある。簡単に言えば、理論の授業で魔法発動のプロセスを確認し、実技の授業で実際に魔法を使うというものだ。
魔法科において理論の授業は教室で済むが、実技は当然教室で行うことはできない。つまりは移動教室だ。
俺たちは一時限目の国語の授業の終了後、体操着に着替えて実技の授業の実習場である校庭へ向かっていた。
「リュウト、今日って何やんだっけ?」
「『レイ・ベルム』だったと思う。二十メートル先の的に当てるやつ」
「ほほう、『レイ・ベルム』ね。ん? そういやあいつ使ってたよな」
ふと、テラが視線を前方へと向ける。特徴的な真っ赤な長髪が揺れた。
「おーい、ホルミナー!」
俺たちの前を歩いていたリンはくるり振り返って俺たちと向き合った。
「……何?」
「おまえってさ、確かレイ・ベルム使えたよな」
「……ああ」
真っ赤な髪の少女は、さも興味がないと言うような声を返した。
あのユグシルナでの一件から約一か月、リン・ホルミナは俺たちと話すようになっていた。理由としては、俺がカワキの神子ではないということと、後は所謂「吊り橋効果」というやつだろう。
時たま睨まれたりするが、もう攻撃してきたりとかはない。
振り返りながら歩くのに疲れたのか、リンは俺たちに並んで歩きながら喋った。
「お姉ちゃんに教えてもらったの」
「へえ、その姉ちゃんて今何歳?」
テラ、女性の年齢を訊いてはだめだ。
「今六年生」
それぐらい若いのならまだ大丈夫か。
「ねえ」
実習場にもうすぐ着くころになって、リンが話しかけてきた。
「リュウトくんは、魔法できるの?」
「俺はそんなにできないな。弟のレンと比べられるとまず勝てないし」
レンは俺よりずっと多くの魔法が使える。その上上手い。俺が使える魔法が少ないというのもあるが。
詠唱魔法においての破棄できる詠唱節の数もあいつの方が断然多いし、魔法発動後のコントロール自体は俺の方が上手いって言われてるがそれでも僅差だ。属性魔法もあいつは空以外が一通り使えるし、とにかく魔法はレンの方が上手い――と言うより俺がレンに勝ってるのって年と身長ぐらいなんじゃないだろうか。
「そう、なの?」
「ああ、あまり練習とかもしてないから、詠唱もそんなに破棄できないしさ」
というかほとんど破棄できないが。
魔法の発動において、重要な工程は主にふたつ。
まずひとつ目は詠唱で魔法を唱えるか感覚だけで発動するか、まずそこを設定する。この第一の工程が苦手だと、魔法の発動自体が困難だったりする。
多くの魔法発動では、詠唱による魔法が使われている。理由は、感覚だけでの発動に比べて簡単だからだ。今更なことだが、詠唱魔法とは文字通り、詠唱による魔法発動のことを言う。詠唱魔法発動に必要な要素は発音やスペルなど色々とあるが、第一は「言った」という認識だ。どんなに雑で乱暴な詠唱でも唱えた本人が「詠唱した」と認識できれば魔法は発動する。もちろん、スペルや発音も魔法の性能と密接に関係してるのでそれだけで詠唱魔法だとは言えないが、極論まずは言ったと認識することから始まるのだ。
比べて、感覚だけでの発動は詠唱に比べて発動速度が早い。頭の中だけで詠唱と同等の工程を踏むことで、一言も喋らずに魔法の発動が可能になるのだ。もちろんそれは詠唱による補助を受けずに魔法を発動させることに他ならない。難易度は高い。が、コツさえ掴めれば後は詠唱による発動と大差ないらしい。
魔法の詠唱には破棄、つまり省略できる部分と決して省けない部分がある。いかに破棄できる詠唱部を破棄できるかが、詠唱魔法の実力に繋がるという。
破棄できない部分はそのまま魔法の名称にもなっており、俺が襲われるとき大半に使われていた『レイ・ベルム』を例に挙げると、この場合破棄できない部分は「レイ・ベルム」の箇所だ。この部分だけは詠唱の際必ず唱えなければならない。
……ちなみに、この第一工程の際魔法使用者は魔法の設計図を脳内に描く。「呪文式」と呼ばれるもので、これが長いほど、詠唱に時間がかかる仕組みになっている。
さて、ふたつ目の工程だが、これは発動した魔法をどういう風に制御するかという点についての設定だ。
魔法は万能の可能性を秘めた技術だ。呪文を唱えれば「決まった事象」が「勝手」に起こるというわけではない。
詠唱と同じように『レイ・ベルム』を例に挙げるとしよう。『レイ・ベルム』とはそもそも魔力弾を相手に向けて発射する魔法ではない。魔力を体外へ形の概念を持った状態で放出する魔法なのだ。当然、魔力弾という攻撃的要素はない。そこでふたつ目の工程で放出した魔力をどうするのかを設定する。体外に出した魔力を圧縮して球にし、相手に向けて飛ばす。こうして件の魔力弾の『レイ・ベルム』は発動する。ちなみに、目標の座標の設定や威力の調整、軌道については、発動時の術者の認識によるらしい。
要は、魔法の呪文ひとつでできることはかなりあるということだ。『レイ・ベルム』も使いようによっては戦闘以外でも幅広い道がある。
逆に、ひとつの魔法でひとつの事象しか起こせない魔法は、身体強化魔法や回復魔法のように、戦闘において重要とされ開発された「特化型」の魔法に分類されていることが多い。こういう魔法は、発動が難しい代りに詠唱自体が短くなっている。
ついでに属性魔法についても触れておこう。属性は下位属性の地属性、中位の火、水、風属性、上位の空属性がある。
属性魔法を行うのは非常に難度が高く、もっとも容易といわれる地属性ですら、ソージックでは五学年ぐらいになってからだ。
属性魔法の発動工程は普通と比べて少々特殊な方式を取っている。というのも属性魔法は発動の際にもう一工程を挟むのだ。
詠唱か感覚かの工程の前に、「属性を付ける」という工程を設定するのだ。
属性魔法は、普通の魔法に比べて格段に性能が上がる。普通に使った場合の倍以上の性能が出るのだとか。
意外なことに、属性間での優劣は特には存在しない。火属性は水属性に弱いとかも存在しない。魔法だからだろうか。
……魔法実技は、やはり『レイ・ベルム』の的当てだった。
五つ並んだ的に、二十メートル離れた位置から五人が一斉に魔法を唱えて的に当てるというものだ。
俺は一番最初の列で、テラは最後列、リンは四列目だった。
「では、はじめ!」
先生の合図と共に、俺を含める一列目のみんなが、いっせいに的へ手をかざす。
『――――――――』
魔法の詠唱が始まる。それぞれで終える速度が違い、俺の隣の女子が一番早くに魔法を唱え終えた。
「『レイ・ベルム』!!」
他のみんなも、次々と魔力弾を的に向けて飛ばし始めた。俺はまだ詠唱中だ。
「『レイ・ベルム』!!」
やや感覚を開けて、やっと唱え終えた。詠唱破棄なんてほとんどできないから、ビリになるのはわかっていたが。
俺の手から放たれた魔力弾は、申し分ない速度で的に向かって飛んで行き、見事命中した。
「はい、終わった人は的を片付けてください。次の人はそれまで待機」
先生の指示が飛んだ。
的の設置も俺たちでやるらしい。
「リュウト、上手だったな」
終わった人は、基本的に後は自由に見ていていい。俺は作業を終わらせた後、テラの後ろに来ていた。
「評価点高いんじゃないか?」
「まさか、詠唱はほとんどそのままにやったからそんなに高くはないと思う」
そもそも、俺にはほとんど詠唱破棄ができないわけだが。何故なのかは、俺自身わからない。
「でも当てただろ? なんかコツとかある?」
「う~~ん、視野を広く持つとか」
「視野を?」
「うん、落ち着いて遠くを見るようにするとか」
「はい、次の人たちー」
そこで、テラの番がやってきた。いつの間にか、リンの番が終わっていたようだ。
「テラ、ファイト!」
「おう!」
四列目の準備が終わった。先生が大きく息を吸う音が聞こえた。
「はじめ!」
『――――――』
一斉に唱えられる、魔法の詠唱。
「『レイ・ベルム』!!」
テラが一番に詠唱を終えた。
その時、すぐ後ろで見ていた俺には、どうしてそうなったのかわからなかった。でも恐らくは、先ほどテラに指摘した助言の通りに、「視野を広く」したテラの視線に、彼女が運悪くいたのだろう。それで、目に止まってしまった。そんな感じだと思う。
「やべっ!!」
テラの掌から魔力弾が放たれる瞬間、そんな声が聞こえてきた。
魔力弾はテラの前方二十メートルの的、ではなくその大きく横、最後列のための準備を終え、こちらに戻ってくるところだった四列目のリンの方へと飛んで行った。
「危ない!!」
という俺のとっさの叫びが届くはずもなく。
「あっ」
魔力弾は見事、リンの腹部に命中した。
やっと魔法の説明ができましたw




