デート
「ほう?今日もそれ着てくのか。」
ケーキバイキングの時に来たワンピースとカーディガン、それにオープントゥパンプスを履いて外にでようとした所で母親に見つかった。
「なんだよ。気に入ったから着るだけだ。
・・・悪いのかよ?」
ニヤニヤとしながら上から下までじろじろと見てくる。
「いや、全然悪くないさ。よく似合ってる。
義爺さんも袖を通してくれて喜んでると思うぞ?」
お世辞なんて言わない母さんが似合ってると言ってくれるんだから、素直に喜んでいいだろう。
だが、褒められる事なんて滅多に無いから、顔が熱くなってしまう。
「あ・・・ありがとう。
今度爺ちゃんの所に行く事があったら、ちゃんと着てくよ。」
「そうか。それはきっと喜んでくれるぞ。」
珍しい事にやわらかく微笑むと、オレの頭を撫でるように手を置く。
「相手がどんな奴か知らないけど、良い恋をしてるようだ。
応援してる。頑張れよ。」
「ちょっ、アイツはそんなんじゃないからな?
これはあくまで侘びの為であって、喜んでこの服を着てくわけじゃない。
ただこういうときに着る服がこれしかないから着てくだけなんだよ!!」
「そうか、それは母さんの勘違いだった。済まないな。」
「う・・・いや・・・うぅぅぅぅ、行ってきます!!」
「ああ、行ってらっしゃい。気をつけてな。」
母さんの言葉に妙に恥ずかしくなってしまい、つい飛び出してしまった。
そんなんじゃない・・・そんなんじゃないのに、ついにやけてしまいそうになった頬をつねる。
そう!!
今日はこの間殴ってしまったお詫びに、服を買いに行くのに連れて行くだけなんだ。
決して他意があるわけなんかじゃない!!
この間と同じ、待ち合わせ時刻の30分前。
きっとアイツもその時間に合わせて来ているだろう。
歩いている間、上がってきそうな口角を気合でねじ伏せる。
後ちょっとで待ち合わせ場所だ・・・
今日は服を買ったら何所に行こう?
お昼は何を食べようか・・・
そんな事をつい考えてしまう。
――ポーピーポーピーポーピーポー
救急車の音が聞こえる。
車道を見ると、後ろから追い越すように走って行った。
「事故か?」
何気なく呟くと、音が直ぐに止む。
・・・近いな?
嫌な予感がして、少し急いで待ち合わせ場所へと向かう。
「人が跳ねられたんだって――」
「――まだ高校生ぐらい――」
「――飛び出した女の子を助けて――」
周りの言葉が耳に入るにつれ、不安が大きくなっていく。
ピーポーピーポーピーポーピーポー
さっきの救急車の音が鳴り始める。
誰かが乗せられたのか?
今度は向かっている方向から、さっき走ってきた方向へ戻ってゆく。
オレはいつの間にか全速力で走っていた。
そんなはずは無い。
あるわけが無い。
そう思いながら、アイツの姿を探す。
待ち合わせのモニュメントの前。
その周辺は騒然とした状況だった。
パトカーが2台も居て、へこんだ車を取り囲んでいる。
へこんだ車の隣には警察官が3人と私服の女性が1人・・・
別の所に小学生ぐらいの女の子が泣きながら警察官に頭を撫でられている。
囲むように人垣が出来ていて、その中にアイツの姿が・・・
無い。居ない。何所にも無い。
なら、モニュメントの近くには・・・居ない。
そうだ!!きっとこの前はたまたま早く着ただけで、今日も早く来るとは限らない。
・・・・・・そう思っているのに足は警察官の方に向かってしまう・・・
「あのっ!!何があったん・・・ですか?」
問いかけると、私服の女性を囲んでいた若い警察官の1人が私に向き直る。
「君は?」
「あっ・・・えっと・・・」
何て言おう、思わず声をかけちまったが何も考えてなかった・・・
「ここで人と待ち合わせをしていたんだけど、その相手が居なくて・・・
この騒ぎ、何か有ったんじゃないかと思って・・・」
オレの言葉に何かを察したのか、警察官の顔が暗くなる。
「失礼ですが、待ち合わせ相手はお嬢さんと同じぐらいの男性の方で間違いないでしょうか?」
「・・・はい。」
「お名前と特徴を教えて貰っても宜しいでしょうか?」
「えっと・・・名前は都築 柾。服装はわからないですが、肩に掛かるかどうかぐらいの髪の長さで、色は茶髪。
一件チャラそうに見えるんですが、ピアスとかそういったアクセサリーは付けてなくて・・・」
特徴を言えば言うほど警察官の顔が曇って行く。
「あの・・・それで・・・」
「大丈夫。それ以上言わなくて構いません。
彼の連絡先やその他については判りますか?」
「いえ、携帯の電話番号しか・・・」
「そうですか・・・」
警察官はそれだけ言うと、女性に話しかけている年配の警察官に声をかける。
「巡査長、失礼します。
どうやら被害者と待ち合わせをしていた女性のようです。」
その言葉に息が止まる。
足に力が入らなくなり、地面にへたり込んでしまった。
「こら!!いきなりそういう事を言ってはいかんといつも言っているだろう!!
・・・お嬢さん、勇気ある少年の待ち合わせ相手・・・でいいんだよね?」
年配の方の警察官がかがみこんで目の高さを合せて話しかけてくれるが、さっっきのショックからただ頷くしかできない。
「ほら、お前が無神経な事を言うから、ショックを受けちまってる。
・・・あー、お嬢さんすまないね。こいつが変な事を言っちまって。
先に気になっている事から教えておこうか。
彼は命に関るような怪我はしてないよ。最悪でも右腕の骨折ぐらいだ。」
「・・・え?」
警察官が別の所にいる女の子を指差す。
「あそこにいる少女。
あの女の子が車道に飛び出したところを少年が助けてくれたんだよ。
その際、運悪く右腕が車と接触しちまってね。
跳ね飛ばされた際に頭と右腕を強く打ったんだが、すぐに意識は戻った。
右腕が凄く腫れていたのと頭を打ってたって事で救急車を呼んだんだ。
病院は・・・まぁ、教えちまってもいいか。
ここからすぐ先にある薮野病院に搬送されてるから、気になるなら・・・あー、おい西野。
お前のせいでお嬢さんを脅かしちまったんだから、送って来い。」
先ほどの若い警察官が指示されると、すぐにオレの横に歩いてきた。
「えっと、申し訳ないです。
で、どうしますか?行きます?」
「あ・・・お願いします。」
ある程度は聞いたけど、まだ足に力が入らない。
ちっと恥ずかしいが、お言葉に甘えて載せて貰おう。
「じゃ、準備してくるんで待っててください。」
警察官はそう言うと1台のパトカーに戻っていった。
「お嬢さん、立てるかい?」
年配の警察官が手を差し出してくれた。
「あっ・・・はい。」
俺はその手を取って何とか立ち上がると、促されるままにパトカーに乗り、病院まで送ってもらうことになった。